たぶん悪役貴族の俺が、天寿をまっとうするためにできること 作:嶋野夕陽
俺の気分転換のはずの街ブラは、気づいたらクルーブが好き勝手にうろつくお散歩に変更されていた。
食べ物屋を見ていたかと思えば、ふらふらと綺麗なお姉さんについていく。
犬の散歩をしているような気分だったが、不思議とみているだけで悩みごとが小さく思えてくる。
ルドックス先生はもう会わないつもりだったようだけれど、俺までそれに合わせる必要はない。10歳近く年上のクルーブがこんなに好き勝手しているのだから、俺だってわがまま言ったっていいはずだ。
少なくともこの世界じゃまだ大人じゃないんだからさ。
ルドックス先生だってそんなことで俺のことを嫌いになったりしないと思う。
笑って『仕方がないのう』って言ってくれる姿が想像できた。
そうと決まったら、父上に許可を取って、ルドックス先生の家へ通えるようにしておかないとな。
もしかしたらクルーブに感謝をしなければいけないのかもしれないけれど、なんだか悔しいのでミーシャにだけお礼を言うことにしよう。
「……王都も、意外と貧しい人が多いですね」
放し飼いにしているクルーブを眺めながら、広場のベンチに腰を下ろして休憩していると、サフサール君がぽつりと呟いた。
しきりに狭い路地を覗いていたのは、きっと街の住人の経済状況を確認していたのだろう。
勉強と政治場に顔を出すことで忙しかったサフサール君は、王都の街見物はあまりしていなかったらしい。俺たちが出かけるのも、イレインの息抜きを兼ねてたから、意図的にサフサール君がいない日に計画していたのもある。
ちなみにサフサール君はいつも慈悲溢れる笑顔で送り出してくれていた。
絶対デートだと思われている。
俺たちはただ街歩きを楽しんでいただけだけど、サフサール君は息抜きでも真面目モードに入っちゃうんだなぁ。
苦労する性格をしているよ。
「まあどこへ行っても一緒でしょうねぇ。でも王都付近にはダンジョンがいっぱいあるおかげで、多少はましなんですぜ。国としちゃあ、必要のない者たちが勝手に死んでくれて万々歳ってなもんで。街で死なれると後片付けが大変ですし、病の原因にもなりやすからね」
気の良く回るスバリにしては嫌な言い方だった。
思わずそちらを見ると、スバリは自嘲するような笑みを浮かべて地面を見つめている。
「……そんな言い方は嫌いです」
「でも真実ですぜ」
二人はつかの間にらみ合ったが、すぐにスバリがへらっと卑屈に笑う。
「いやいや、サフサール様、俺は弱い奴らを馬鹿にしてるわけじゃないんですぜ? 俺は若い時からダンジョンに潜ってきましたが、同じ世代で生きてるのはほんの一握りでさぁ。思い出して嘆いてた、って考えちゃもらえませんかね」
「…………わかった」
真偽を探るようにしばし黙り込んだサフサール君だったが、結局謝罪のないスバリの言葉に了解の意思を示した。
なんか険悪だなぁ……。
適当に間に入って話を逸らした方がいいか?
「サフサール様は下々の者のこともよく気にされてるんですね」
下々という言葉が気に食わなかったのか、馬鹿にされているように聞こえたのか、サフサール君の顔は曇ったままだ。
「俺の言葉選びがいけねぇんですかね、坊ちゃん」
肩をすくめてスバリが俺に助けを求めてくる。
そんなこと言われてもなー、サフサール君がこんな感じになってるのはじめて見るからなぁ。
「どうでしょう? 仲良くしてもらえたらいいなと思いますが……」
これは本音。
折角のお出かけなんだから、俺の機嫌が直ってきた今、サフサール君にも楽しんでもらいたい気持ちがある。
「あー、そうですねぇ……。そんじゃサフサール様、俺が一つ街の裏路地とかを案内して差し上げますよ。さっきのご様子だといろいろ気にされてるんじゃないです?」
「……それは、そうですが。遊びに来てるのにルーサーやイレインに悪いので」
ちらりとこちらを確認するサフサール君。
いやぁ、俺たちは本当に気分転換に来てるだけだし、真面目に色々考えているサフサール君の邪魔をしようとは思わないぞ。
「ここで待ってますから、行ってきてください」
「でも……」
「ま、坊ちゃんがこういってくださってますしね? おーい、クルーブ、こっち戻って来い!」
「えー? なにー?」
「戻って来いって!」
スバリが背筋を伸ばして手招きすると、唇を尖らせたクルーブが渋々戻ってくる。どうやらまだドッグランで遊びたかったらしい。
「急に何さ」
「いや、サフサール様にちょっと裏路地を見せてやろうかと思って」
「裏路地ぃ? やめなよねぇ、危ないから」
意外や意外、クルーブがまともなことを言った。
「まあちょっと行って戻ってくるだけだ。それとも俺が街のチンピラなんぞに後れを取ると思ってるのか?」
「思ってないけどさぁ。しょうがないなぁ、ルーサー君なんで裏路地なんか見たいの? 別に楽しくないよ、あんなとこ、酒臭いし、げろ臭いし、生臭いし」
臭いを三連発したことから、クルーブがよっぽど裏路地に行きたくないことはよくわかった。
「僕は行きませんよ。サフサール殿とスバリさんが行きます」
「……何、グループ分かれるの? 僕が二人見てるってこと?」
「そうなるな」
「……スバリ、なんか今日変じゃない? お酒とか飲んでる?」
「は? 飲んでねぇよ、貴族の坊ちゃま方護衛するってのに」
クルーブはスバリに顔をかなり近づけてじっと観察しようとして、途中で大きな手のひらで押しのけられた。
「いくらお前の顔が良くても、男とキスする趣味はねぇよ」
「僕だってないよ、気持ち悪いこと言わないでよねぇ。……お酒の臭いはしないか。でもなんか変なんだよなぁ。……ちょっとでも違和感あったらすぐ戻ってきてよね」
「今日はやけに突っかかってきやがるな。……んじゃうちのチビの許可も出たし、ちょいと裏路地見学、いきやしょうか」
「……うん。ルーサー、イレイン、ごめんね。そんなに時間かけずに戻ってくるから」
「お兄様がみたいのでしたら、そんなに気になさらずに。ここでおとなしく待ってます」
「ルーサーと仲良くね」
「……お兄様に言われなくても分かっています」
こいつ相変わらずツンデレしてるんだよな。
本性はばれてなくても、ツンデレであることはサフサール君に見抜かれてるから。
生意気なこと言われたのに、サフサール君はニコニコだ。
「んじゃクルーブ、勝手にうろついて迷子になるんじゃねぇぞ。ここで待ってろよ」
「わかってるよ。早く戻ってきてよね」
「はいはい」
すでに歩き出していたスバリは、振り返らずにそのままひらひらと手を振って、サフサール君と横並びで人ごみに紛れて行った。
そして、日暮れ近くになっても二人が広場に戻ってくることはなかった。
スバリが近くにいないと、流石のクルーブも慎重になるのか、ベンチの横で立ったまま腕を組み、周囲を警戒していた。
できるんなら最初からやれよと思う気持ちはちょっとだけある。
それでも今までやらなかったのは、きっと相棒であるスバリをよっぽど信頼しているからなんだろうな。
二人が出かけてから数分。
イレインはぼけーっと本気で気の抜いた顔をして街を歩く人を見ているけれど、俺はだんだん退屈してきた。
「クルーブさん、さっき何をあんなに気にしてたんですか?」
スバリを信頼しているクルーブが、その様子が変だとかなりいぶかしがっていた。
いつもとどう違ったのかなんて、付き合いの短い俺にはわからない。
「……何が違ったんだろ?」
「酔っぱらっている人の言動には見えませんでしたよ」
「……ああ、やたらとサフサール君に絡んでいってたから? スバリってお酒飲むといつもより喋るようになるんだよね」
言うほど変わってたか?
「僕の時と大差ないように見えましたけれど」
「ルーサー君の時はさぁ、あらかじめ僕が色々話してたから。でもサフサール君のことは何も話してない。興味のない相手に、あんなに話しかけるタイプじゃないんだよ」
「……サフサール殿は次期ウォーレン家の当主ですから。もしかしたら出身地の領主だっていうので気にされていたとか?」
「あぁ、そっかぁ。……うーん」
それらしい理由を与えてやったのに、クルーブは相変わらず難しい顔をしている。
いつもへらへらしているクルーブがこんなだと調子が狂ってしまう。
それから三十分が過ぎた頃、イレインが声を上げた。
「遅いです」
イレインはいつの間にかきりっとした表情に変わって、俺たちの方を見ている。
「確かに、ちょっと行って帰ってくるにしては遅いよね。……探しに行く?」
「一応ここに待機しているよう言われましたけど……」
「しかし、お兄様は人を待たせるような性格はしていません。それほど時間のかかる場所まで行くようだったら、途中で引き返してくるはずです」
二人のそわそわした様子に、俺もだんだん不安がせりあがってきた。
すれ違いで二人が戻ってきたとしたら合流することは難しいかもしれない。
しかし今この時にトラブルが起きているのだと想定したのならば、今すぐに探しに向かった方がいい。
「……探しに行きましょう」
俺が立ち上がるのとほぼ同時にイレインが立ち上がり、クルーブが歩き出す。
するすると人を躱しながら、二人が進んだ方向に向かうクルーブは、並行して人ごみの中に目的の人物がいないか目を走らせている。俺たちは追いつくだけで精いっぱいだ。
路地裏、というほど狭くもない脇道に入ると、人通りが減ってついていくのが簡単になる。
とうとう小走りになったクルーブだったが、一応俺たちのことも気にしてくれているらしく、時折振り返りお互いの位置を確認する。
イレインが少し呼吸を乱しながらついてきているし、これ以上のスピードアップは不可能だろう。
いよいよ本格的に裏路地に入ると、ふらふら歩いていた酔っ払いが俺たちに気が付いて両手を広げた。
「おーっとっと、そんなに急いでどこに行くんだぁ? ちょっと酒代が欲しくてよぉ、ひっ」
邪魔をする気満々のその男の頬の肉を削り取って、鋭い石の欠片が飛んでいく。
「どいて」
ほんの一瞬のためらいもなく、的確に相手の意思をくじいたクルーブは、腰を抜かして座り込んだ男のことを飛び越えながら初めて忠告の言葉を吐いた。
転がって路地の端へ避難した男の横を、俺たちもクルーブに続いて通り抜ける。しかし、通り過ぎた直後クルーブは足を止めた。止まり切れずにイレインがその背中にぶつかり、クルーブが一瞬よろける。
フィジカルはあまり強くないんだよな。
「ちょっと前にすごく背の高いひょろっとした無精ひげの男と、身なりのいい10歳ちょっとくらいの男の子見なかった?」
「い、いや?」
「嘘ついてる?」
「うわああ!」
問答の時間が惜しいのか、クルーブは男を張り付けにするほどに魔法を放つ。
男は地面や家の壁に突き刺さった石の欠片から身を守ろうと体を丸めた。
「男は見た! 子供が入るくらいの麻袋肩に担いでた! あんな堅気じゃなさそうなのと関わりたくなかっただけなんだよぉ、俺は関係ねぇんだ、勘弁してくれよぉ」
「どっち」
「あっちだ、あっちに行った。俺の酒瓶蹴飛ばしたから文句言おうとしたら、めちゃくちゃ睨まれたんだ! なんだよ今日はもう、勘弁してくれよぉ。何も悪いことしてねぇだろうがよぉ」
男が指さした直後にクルーブは出発していた。
頭を抱えたまま地面にうずくまった男の声が徐々に遠くなっていく。
俺達から金を巻き上げようとしといて、何も悪いことしてないなんてよく言ったもんだ。『危ないから出てけ』とでも言おうとしてくれたのなら申し訳ないけどな。
それにしてもクルーブの判断が的確でめちゃくちゃ早い。
俺がこうかなと思ったときにはもう行動している。
こいつって本当に現役の探索者で、生きるか死ぬかの世界に生きているんだなって痛感させられた。
しばらく駆けずり回って、そろそろイレインの体力が限界ってところで、クルーブは足を止めてひどく怖い顔をした。
「このまま、先生のところに行く、ついてきて」
くるりと踵を返したクルーブは、歩き出してからもう一度だけ振り返り、イレインの状態を確認して足を止めた。
「……急ぐから、背負ってもいい?」
「すみません、お願いします!」
すぐさま了解したイレインは、息を切らしながらもクルーブの近くへ駆け寄って背中に乗る。
「ルーサー君は悪いけど頑張って。スバリなら二人抱えても……、ああ、もう! 意味わかんないよ!」
それは俺も同じ気持ちだ。
きっとスバリがサフサール君を誘拐した。
それが俺たち三人が考えている、今現在の最悪の状態だった。