たぶん悪役貴族の俺が、天寿をまっとうするためにできること   作:嶋野夕陽

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分岐

 人を探す魔法。

 手順は細かい部分を除けば想像通りだった。

 そう言っても魔法で大事なのって実はこの細かい部分で、それが制御とかリスク減少とかを担っているんだと思う。

 魔力を細く細くして、自分の周りにゆっくりと広げていく。

 はじめは1本。それを地面に這わせてみる。

 うまくいった。

 2本、3本、増やしても問題はない。

 自分を中心に蜘蛛の巣のように魔力の糸同士につながりを持たせながら広げていくと、なんとなく糸の上にある物のことが把握できた。そして部屋中にそれを広げたところで、魔力の糸はそれ以上先に進めなくなった。

 

 ……どうやって障害物を無視して進めるんだ?

 あ、糞、この魔法、前提条件で使えなきゃいけない技術がいくつかあるっぽいぞ。

 

 駄目だ、やり方を切り替えよう。

 無理に独自で何とかしようとするのが悪い。俺は魔法使いとしてはまだまだひよっこなんだから、ルドックス先生の真似をすることから始めるのが一番だ。

 スクロールは魔力さえ込めれば発動する魔法の装置だ。もちろん魔法についての理解が浅いとその消費魔力は爆発的に増大するのだけれど。

 それならば、まず俺がやるべきは、先生が街を模して作ったスクロールに魔力を流し込むことだ。

 

 先生の杖を握って、床に広げたスクロールに向けて魔力を流し込む。

 どのくらいの広さの回路が張り巡らされているのかわからないから、ゆっくり慎重に、少しずつ流し込んでいく。スタート位置は、先ほど先生がナイフをおいていた位置。

 スクロールに描かれた円形の図形を街と見立てたのならば、そこはおそらくこの家の場所に当たる。

 

 ここで焦ると魔力の流し込み過ぎで、回路が焼け焦げてスクロールの全てが壊れてしまう。

 

 魔力を放出することは得意だし、繊細な操作もクルーブとの訓練で学んできたつもりだ。それでも先生の作ったスクロールを壊してしまわないように、少しずつ魔力を流し込むのは神経を使う作業だった。

 ぼんやりと地図が光りはじめる。

 先生が使ったときは一瞬だったのに。

 

 それが少しずつ広がり、スクロール全体に明かりが灯った。

 なんとなく自分の意思とは異なって、魔力が消費されていく感じがする。

 魔法を使うのってボールを上手に投げたりするのに似てるけど、今やっていることはコントローラーでラジコンを操作しているような感覚だ。

 魔力という力を消費し続けることで、この魔法を発動させ続けている。

 

 今のところまだ魔力を5%くらいしか消耗していないけれど、逆に言えばもうそれだけ消耗してしまったということにもなる。

  回復する分を計算に入れても、そう長いこと魔法を維持することはできない。

 そう考えると、ルドックス先生がいかに素早く無駄なく魔法を発動していたのかがわかってしまう。

 

 ああもう、余計なこと考えてる暇はない。

 これ、無理やり魔法を込めたら街の外にまで範囲を広げられたりしないだろうか。

 できなくてスクロールが焼け焦げる可能性が高く、そうでなくても馬鹿みたいに魔力を食いそうな気がする。

 

 やるか、やるまいか。

 

「ルーサー!」

 

 ドアが勢いよく開けられて、集中していた俺は驚いて魔力をほんの少しお漏らしする。

 ほんの少し、およそ1割程度。

 

 その直後、体から一気に魔力が吸い上げられて、部屋中がぼんやりと光り、輝いた。

 その中でも特別光る一点を見て、俺はすぐさま魔力の供給を切り上げ、そこに礫弾を放った。

 スクロールが明滅して、魔力が通る回路が壊れたのがわかる。

 やってしまったという気持ちがあったが、それより先に俺は伝えるべきことを父上に伝える。

 

 魔力の9割方を吸い上げられて、酷い頭痛に襲われたけれど、そんなことを気にしている場合じゃなかった。

 

「父上! このスクロールを街に見立ててください。ナイフのある場所がここ、あちらが北、礫弾が刺さっている位置が今スバリさんがいる場所です。先ほど見た位置からまっすぐ北へ向かっています。追えるのならばすぐに追いかけてください!」

「…………わかった、行くぞ!」

 

 父上の表情が幾度か変わったけれど、やがて引き締まった顔つきになって、ついてきていた騎士らしき人たちに下知を飛ばした。

 

「ルーサーはここで待っていなさい」

「はい!」

 

 足音がいくつか。

 今更聞こえてきた馬のいななく声と、その足音が遠ざかる音。

 父上なら、何とかしてくれるだろうか。

 ジワリと額に浮かんだ汗が目に入った。

 

 その場にしゃがみこみ目を閉じると、激しく鼓動する心臓の音が聞こえて、その鼓動が聞こえる度に頭にひどい痛みが走る。

 あぁ、魔力枯渇だ。

 久しぶりに感じてみると、覚えていたよりずいぶんとひどい痛みだった。

 これが割としんどいから、魔力枯渇するなら一気に気絶まで行ってしまった方がいいんだ。

 

 一瞬魔力を垂れ流してそうしてしまおうかと思ったけれど、気絶はしないって母上に誓ったし、このまま暫く安静にしていることにしよう。

 

 あーあ、先生の作ったスクロール一つ壊しちゃったよ。

 すごいものだったんだろうな。

 本当はこんなにも魔力を使わなきゃできないようなことを、知識と準備で実現させていたのだから。

 

「……ルーサー君、めちゃくちゃな魔力の使い方したでしょ」

 

 いつの間にか入ってきていたクルーブが、咎めるような言い方をしてくる。

 

「……しました」

「すっきりした顔して答えないでよ。駄目だよ、危ないから」

「気絶するくらいですから」

 

 薄く目を開けて見上げると、クルーブがすごく悲しそうな顔をして俺のことを見ていた。

 なんだよ、その顔。

 

「まあいいや、生きてるみたいだから」

 

 ため息交じりの言葉は、いつものクルーブらしくなかった。

 

「……父上は、スバリさんに追いつくでしょうか」

「どうかな……、追いつく、かもね」

 

 追いついてほしいのかほしくないのか。

 スバリと一番仲がいいクルーブの返答は、曖昧なものだった。

 

 こうなってしまうともう俺にできることはないように思える。

 少なくとも今のところは考え付かないので、俺は壁を頼って立ち上がり、そのまま壁伝いにルドックス先生が眠る部屋へ戻ることにした。

 壁を伝って数歩進むと、クルーブが勝手に俺の腕をとって肩を貸してくれた。

 

「ルーサー君はさぁ、あまり人に頼らないよね」

 

 頭が痛いのに、妙にまじめな顔でクルーブが話しかけてきた。

 今はそっとしておいてほしいけれど、珍しいことなので無視できない。

 

「そうでしょうか? いろんな人の世話になっています」 

「世話になっているだけで、自分から助けてって言わないよね。……なんで?」

 

 ややこしいこと聞いてくるなぁ。

 ずるずると少しずつ廊下を進みながら考えてみる。

 繰り返し脳を直接叩いてくるような痛みに思考がまとまらない。

 

「そんなこと……、ないと思いますけど」

「ならもっと頼った方がいいよ。さっきの魔法だって、僕に先に言っていれば、少しは魔力消費が抑えられたかもしれないでしょ」

 

 思いつきもしなかった。

 クルーブだってルドックス先生のことを『先生』と呼んでいるのだから、俺と同じように魔法を教わっている可能性はある。そうでなくとも俺のもう一人の魔法の先生なのだから、俺よりはまだまだ魔法に関する造詣が深いはずだ。

 聞けばよかった。さっきまでは一人で挑戦してみることが、今できることの全てだと思っていたけど、視野が狭くなっていたのかもしれない。

 

「聞けばよかったです、すみません」

「まぁ、聞かれても分からなかったけど」

 

 ……なんだこの野郎。それなら謝らせるなよ。

 ああ、でも、これから気を付けよう。一度思いついたことでも、もっといい手段がないか模索してみることは大切だ。

 

「あとさぁ……、ルーサー君も、イレインちゃんも、先生も、それにセラーズ伯爵も、なんで僕のことを疑わないのかなぁ?」

「何がです?」

「僕、スバリの相棒だよ? 今、悪いことしてるのってスバリだよ?」

 

 言われてみれば、当たり前にクルーブは俺たちの味方だと思い込んでいた。

 

「でも、スバリさんを追いかけるとき、一生懸命に動いてくれてましたし……」

「演技かもしれないじゃん」

「……クルーブさんにそんなこと出来るんですか?」

 

 俺の知ってるクルーブは、陽気で、負けず嫌いで、女性にだらしなくて、魔法に真剣な子供っぽい奴だ。陰謀や裏切りとつながるような印象は何もない。

 

「ルーサー君、結構僕のこと馬鹿にしてるでしょ?」

「してませんけど?」

 

 本当はちょっとだけしてる。

 むっとした表情のまま、クルーブはベッドルームへの扉を開いた。

 

「でも、クルーブさんのことは信じてます。ルドックス先生と同じくらいには」

「……ふぅん」

 

 部屋に入るとクルーブが俺を支える腕を外す。

 イレインが何をするでもなく椅子に腰かけてルドックス先生の横に座っていた。

 

 ひどい頭痛にも少し慣れてきて、壁に寄りかかり一息ついたところで、唐突に窓ガラスの割れる音がした。

 驚いて顔を上げると、覆面をつけた者が数人部屋の中に飛び込んでくる。

 

「スバリからクルーブに、こちらに手を貸せと伝言だ」

 

 おいおいおい、クルーブの怪しい言動がマジだったってこと?

 クルーブは襲撃者をじっと見つめて口を開く

 

「聞いてないけど」

「『賢者』を殺し、子供二人を回収する。そのままセラーズ伯爵の後を追い、人質を利用し説得を試みる」

 

 何言ってんだこいつら。

 ルドックス先生を殺して、父上を説得?

 父上を外まで連れだして、街でできないような話をするためにこんな計画を立てたってことか?

 誰が、何のために?

 

 魔法で撃退できるか?

 頭痛はあるけど、魔法が使えないほどに消耗はしていない。

 ただ、もしクルーブが相手方についたら、俺、何とかできるのか?

 

 横目でクルーブの様子を窺うと、その手には既に愛用の短い杖が握られていた。

 そしてその杖は手首だけでクイッと頭を持ち上げられ、覆面の男たちに向けられた。

 

 「烈風爪」

 

 呟くくらいの詠唱の直後発動する魔法。

 家財を巻き込みずたずたに切り裂きながら、いくつもの風の爪が壁一面を削り取って外へ消えていく。

 

 その魔法は、俺のことも、イレインのことも、もちろんルドックス先生のことも一切傷つけたりしなかった。

 代わりに、逃げ遅れた覆面の男たちの体はずたずたに切り裂かれ、血煙が崩れ落ちた建材の屑と共に空を舞った。

 

「僕、本当は貴族が嫌いなんだ。スバリも貴族が大嫌い」

 

 クルーブは油断なく外を睨みながら、呆然としている俺に話しかけてくる。

 

「でもさぁ、僕、ルーサー君のことは気に入ってるって、スバリにたくさん話してたんだ。スバリは僕とルドックス先生との関係も知ってるはず。……セラーズ伯爵は、スバリの相棒っていうめちゃくちゃ怪しい僕に、ここを頼むって言って頭を下げて出て行ったよ」

 

 外から馬の足音がして、何度か見たことのある騎士が数人、壊れた壁の向こうから姿を現した。

 

「何事だ、これは……!」

「襲撃があったから撃退したよぉ。ルドックス先生、寝込んでるから守ってあげてください。僕は逃げ出した襲撃者を追いかけるから」

「え、いや、この場の状況の説明を……」

「もうしたよ。後のことはええっとぉ、そこにいるイレインちゃんに聞いて。……僕はスバリを追いかけるけど、ルーサー君はどうする? 頭が痛いならここで待っててもいいけど」

 

 なんだこいつ……、きりっとした顔してさ、かっこいいじゃんか。

 

「行きます」

「そっか、じゃあ一緒に行こう」

「待ちなさい、君たちの名前は。身分は。この現場の話を……」

「クルーブ=ウィード、探索者、邪魔しないで」

 

 壊れた壁面から外へ出ようとしたところで、肩を掴まれたクルーブが名を告げる。

 

「探索者のクルーブ? 【黒風(こくふう)】のか……。確かルドックス様の弟子、だったな」

「そうだよ。じゃあ、襲撃の犯人を追うから、そこをどいて」

 

 なんだそれ、二つ名? かっこよくない?

 怯んだ隙に早足で歩き出したクルーブの後ろに引っ付いて歩いていくと、しばらくして背中に声がかかる。

 

「あ、おい! 子供はこっちに残りなさい!」

 

 走り出すクルーブと、それを追いかける俺。

 途中でクルーブが唐突に口を開き、さっきの続きを吐き出した。

 

「だから、僕は君たちの味方をする。僕は、君の魔法の先生だ。僕は、なにも判断できず、スバリの言うことを聞くだけの子供じゃない」

 

 角をいくつか曲がるとすぐに声は聞こえなくなって、俺達はそのまままっすぐ街の北へと進路を定めるのだった。

 

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