たぶん悪役貴族の俺が、天寿をまっとうするためにできること   作:嶋野夕陽

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こまっしゃくれた子供

「ふむ、予習をしっかりしてきておるようじゃな。儂いるのかのぅ?」

「いります。ルドックス先生のお話が分かりやすいからちゃんと理解できてるんです」

「ふむ。本来ならもう少し倫理観が育った年頃にやるべきじゃが……ルーサー様なら大丈夫じゃろう。そろそろ魔法の実践をしてみないかね?」

「いいんですか!?」

 

 思わず立ち上がってルドックス先生を見上げる。

 ルドックス先生、座ってても俺より背が高いんだ。

 

「うむ、いいとも。ルーサー様はどうやら随分と頑張られたようじゃからな」

「頑張った……ですか?」

「そうじゃ。臆病の虫を追い払って、アイリス様やオルカ様と話をしてきたんじゃろう? まぁ、失敗もあったようじゃが」

 

 失敗というのはきっと母上に大目玉を食らったことだろう。

 あれからすでに3日たったというのに、母上は昨日の夜も目をぎらぎらとさせて俺の部屋に居座っていた。今まで接していなかった分を取り戻すかのように、眠るまで本を読んでくれたり頭を撫でてくれる。

 問題があるとすればすでに言葉を覚えたので絵本はそれほど楽しめないし、優しく頭を撫でられると気恥ずかしくて仕方ないことだろうか。

 可愛らしい美女である母上にこれほどまでに健気にお世話をされて、恋心らしきものの欠片も浮かばないのは、母上がちゃんと俺の母上だからだろう。

 

「ありがとうございます! 初めてお会いした日からずっと楽しみにしていたんです!!」

「ほっほっほ、初めて会った日からルーサー様が魔法に憧れていたことは気づいておったよ。お体のこともあるからどうじゃろうかと思っておったが、それも改善されておるんじゃろう?」

「はい! 元気です!!」

「よろしい。それでは一つだけ条件があるんじゃがいいかな?」

「なんでしょうか!」

 

 好々爺の表情を浮かべているルドックス先生は、長く白いあごひげをしごきながら頷いて言った。

 

「儂、今朝アイリス様にルーサー様に魔法を教えたい、と提案したんじゃよ」

「はい」

「そしたら表情がすっと消え失せてな、じっと目を見られてな、めちゃくちゃ怖くて返事が聞けなかったんじゃ」

「……はい」

「あれなんじゃろな? 若いころ【絶死】と呼ばれた魔法使いと対峙したときと似た恐怖を感じたんじゃけど……」

 

 うちの母上がご迷惑をおかけして申し訳ありません。

 

「だから魔法を習いたければ、まずルーサー様からアイリス様を説得してくれんかの」

「…………はい、わかりました」

 

 母上さ、距離が縮まったとたん全力の愛を感じるようになったんだよね。

 いや、俺がずっと心配かけていたのが悪いのはわかってるんだよ。でもさ、愛が深すぎて何というか、その、たまにヤンデレめいたものを感じるんだよね。

 説得できるのかな、俺。

 

 

 うららかな春の日。

 草花がそよ風に揺れる中で微笑む母上の姿は、まるで妖精のように可憐だ。

 父上は豚さんなのにいい奥さんもらってて羨ましいなぁ……。

 

 でもねぇ、目にハイライトがないんだよねぇ。

 魔法の実践がしたいっていった途端にこれだもん。

 母上付きのメイドさんは、普段は絶対に母上の方を見ているのに、今は塀の上で戯れる蝶々を見ているし、ミーシャが俺の服の背中をこっそりと指でつまんだのがわかった。

 ごめんね、怖い思いさせて。

 

「ルーサー、なんですか? 聞こえませんでした」

 

 負けるな、聞こえなかった振りに負けるな!

 ここで押し負けたら一生魔法の訓練に入れない気がする。

 

「魔法の実践をルドックス先生から習いたいと考えて」

「駄目です」

 

 食い気味に否定するのやめてください。

 

「なぜでしょうか?」

「まだ病気が完治したかわからないからです」

「でも、あれから一度も気絶していません」

 

 母上はいつもとは少し違う目の細め方をした。眉間の皺の入り方とかが違う。

 あ、これ泣きそうだ。だめだ、母上また泣くぞこれ。

 

「ルーサー、あなたの病気には名前がないの。私、たくさん本を読んで調べたわ。見逃しがないよう何度も何度も読んだの。それで分かったのは、あなたの症状は魔力をすべて使い切ったときに似ているということよ。何もしていないのに突然体の中の魔力がすべて消失する恐ろしい病気よ」

 

 せいぜい気絶するまで二日酔いの時の頭痛を覚える程度だったから、そこまで深刻じゃないと思うんだけどなぁ……。目が覚めたころにはすっかり治ってるし。

 ……というか、母上の目が悪くなったのって、本をめちゃくちゃ見てたせいなのか? 時期を考えるとそうとしか思えない。これも俺のせいじゃん。

 

「一流の魔法使いでも、魔力を使い切ると熱を出して数日寝込むというわ。人によってはトラウマで二度と魔法が使えなくなるとか。今までは回復が早かったからよかったけれど、これからだってそうとは限らないわ。折角治ってきたかもしれないのに、今やる必要があるのかしら……?」

「母上……」

 

 心配してくれてるんだと思うと温かい気持ちになるけれど、それと同時に本気で治癒魔法を覚えたくなってきた。このままじゃ俺は、自分勝手なことばかりして迷惑をかけている疫病神だ。

 もし本当に病気なのだとしたらここで引き下がるべきだけれど、俺はそうでないことを知っている。

 もうすでに迷惑をかけてしまったのならば、それをふいにせずに前に進むことが大事なんじゃないだろうか。

 

「僕は早くちゃんとした治癒魔法の使い手になって、母上の目を治したいんです。魔法の実践で一度でも気絶するようなことがあれば、もうわがままは言いません。母上も立ち会っていただいていいですから、今回だけは許可もらえませんか?」

 

 母上は手元をしばらくじっと見てから、顔を上げて俺の目を見つめる。真意を探るように見えるのはきっと俺にやましい部分があるからだろう。

 でも今回は俺だって譲れない。母上の目を治してあげたいというのは本音だし、魔法を自在に操れるようになることが、結果的に自分の身を守ると信じている。実践中に調子に乗って気絶するつもりもない。

 

「……お医者様も同席の上で、一度だけ」

「危なげがなければ続けさせてくれますか?」

「見てから考えます」

 

 厳しい顔をして見せる母上だったけれど、お願いに一歩譲ってしまった時点でもう俺の勝ちだ。

 ごめんね母上。これからはもう心配をかけないように気を付けるよ。

 

 

 

 ところ変わって、サービスシーン。

 もとい俺の入浴時間。

 

「ねぇミーシャ」

「はい、なんでしょうルーサー様」

 

 贅沢にも湯で髪を洗ってもらいながら俺は尋ねる。

 

「母上と父上って、お互いに好き合ってるよね」

「ええ、もちろんです」

「じゃあさ、なんであまりお話しされないんだろう?」

「……なぜでしょう? 私が来た頃はもっと仲睦まじかったような気がしましたが……。私より先輩の方々もお二人の関係については心配されています」

「そうだよね、心配だよね」

 

 あー、いい気持ち。

 毎日じゃないけれど、時々こうして頭を洗ってもらうのはすごく気持ちがいい。

 こんな贅沢をして悪役っぽいと勘違いされたらいやだけど、俺だって別にミーシャをこき使おうと思ってやっているわけではない。ただ、髪を洗いたいと話をしたら自動的にこうなってしまっただけだ。

 過保護だ過保護だと思っていたけれど、今ならばわかる。

 病弱な坊ちゃんはあまり勝手なことをさせてもらえないのである。つまりこれも俺のせい。でも気持ちよくてやめられない……。

 

 洗い終えて、おそらく高級であろうふかふかのタオルでおとなしく髪を拭かれていると、ミーシャから話しかけられる。

 

「ルーサー様は、この間の件以来いろんなことを気にされるようになりましたね」

「……うん。皆に心配かけてたみたいだってわかったし。もっといろんなこと知らないとなって」

「ルーサー様はきっと素晴らしい跡取りになられるんでしょうねぇ」

「やめてよ。今まで勉強ばっかりだったのが良くなかっただけでしょ」

「ルーサー様くらいのお年で自省できる方がどれだけいらっしゃると思いますか。先ほどのお話も、ご主人様とアイリス様の仲を取り持とうというお考えなんでしょう?」

「……そうだけど」

「最近はルーサー様がお元気で、屋敷全体が明るくなっています。無理はしないでいただきたいですが、私のできることでしたらなんでも手をお貸ししますよ」

 

 うら若い乙女が何でもとか言っちゃダメだと思う。

 でもミーシャのことだから本当に何でも手を貸してくれちゃいそう。大事にしてあげないと、もちろん変な意味ではなくて。

 

 

 夜になると母上が部屋にやってくる。

 寝入るまでの間ずっと監視されているのだけれど、朝にはいなくなってるので、多分途中で退室しているんだと思う。

 ほかに人がいない今は、母上と内緒の話をするチャンスだ。

 

「母上は、父上のことが好きですか?」

「ずいぶん気にするわね。……好きよ」

 

 堂々と好きと言える相手がいるっていいなぁ。

 俺、前世で好きな子に人生で初めて告白して、返事待ってる間に死んだんだよね。

 返事は明日、って言われたんだけどさ、ちょっとさ、いい雰囲気だったんだ。浮かれてたんだよなぁ、いけるんじゃないかって。

 

 結局その日の夜死んだっぽいんだけど。

 あの子が変に気に病んでないといいなって、この体になってから何回も考えてる。

 

「……それじゃあ、なんであまりお話しされないんでしょう?」

「それは、オルカ様がお忙しいからで……」

「食事の時も、父上の方を見てないですよね」

「……よく見ているわね」

 

 ベッドに寝転がって母上の顔を見ていないから聞ける。

 多分対面していたらなんとなく気が引けて聞けないと思う。

 

「ちょっとだけ喧嘩しちゃったの。その間にオルカ様も忙しくなってしまって、如何して仲直りしたらいいのかわからなくて……。でも好きよ」

「父上が太っちゃったからやだ、とかじゃないんだよね?」

「そんなわけないじゃない。オルカ様の魅力はお顔だけじゃないの。優しくて真面目で、いつも一生懸命なのよ。口下手なところもかわいらしいわ」

 

 ……なんか惚気られちゃった。

 別に何もしなくたって勝手に仲直りするんじゃないかって思うくらいの激しい惚気だったけど、事実ここ数年はた目には二人の仲が冷え切っているように見える。

 というか、父上って優しくて真面目で口下手なんだ。

 悪役貴族から縁遠そうなワードしか出てこないなぁ……。

 

「父上、少し仕事が落ち着くって言ってました。そうしたら仕事をしている時でも、執務室に遊びに行って一緒にお食事をしたりおやつを食べてもいいと」

「あら、いいわね。でもお行儀悪くしたり、お仕事の邪魔をしたら駄目よ」

「母上も一緒に行きましょう」

「……どうかしら、お邪魔になると思うのだけど」

「本当は父上に、母上と一緒ならいいと言われています。仲直り、しませんか?」

 

 返事がなかなか戻ってこない。

 顔は見ていないけれどきっと迷っているんだと思う。

 ええい、追撃。

 

「僕、母上と父上には仲良くしていてほしいです」

「……そうね、そうよね。ごめんねルーサー、心配をかけて」

 

 頭が優しく撫でられる。

 これでよし。

 仲良しで穏やかな夫婦が悪役に見られることはあまりないはずだ。

 あとは父上にしゅっとした姿に戻ってもらって、貴族の味方を増やしてもらうのが大事かな。

 

 二人を会わせるために口がペラペラ回ってしまったけど、これ大丈夫だろうか。隠しステータスの悪役適性とか上昇してないよね?

 

 ……まぁいいか、俺のことは。自分で気を付ければいいだけだし。

 打算抜きにしたって二人が健全な夫婦関係を営んでくれる方が嬉しい。

 何せ二人は俺の血のつながった両親なのだから。

 

 後日俺は、母上に話した条件が違ったことがばれて散々説教をされることになる。

 その年から嘘をついてはとか、人間は誠実であるべきだとか。

 二人見事なタッグで穏やかながらも懇々と諭され、途中で泣きそうになってしまったくらいだ。

 

 仲直りできて良かったね!

 でもいくら物分かりがいいからって4歳児に難しい説教しちゃダメなんだからね!!

 

 

 

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