たぶん悪役貴族の俺が、天寿をまっとうするためにできること 作:嶋野夕陽
クルーブは多分俺のペースに合わせて走ってくれていた。
じゃなきゃ現役の
グネグネした路地を最短距離で進み、塀を乗り越えて街の外へ飛び出したところで、クルーブはようやく速度を緩めた。
「よくついてこれるよね」
「クルーブさんが、加減してくれたからでしょう……」
「したけど、それにしたってさ」
息を整えながら横を歩いて、落ち着いたところで尋ねる。
「急がなくていいんですか?」
「落ち着いたらもう一度走るつもり。場所はセラーズ伯爵が言ってたのを聞いたし、スバリは交渉のために僕たちが来るのを待ってるんでしょ? セラーズ伯爵が追い付いていたって、サフサール君を人質にとって膠着状態になってると思うんだよね」
「ぶつかってしまうってことはありませんか?」
「そうなってないことを祈るしかできないね。息切らして戦えない状態で到着したって仕方ないし」
話しながらも少しずつ歩みは進んでいる。
話を聞けば聞くほど、クルーブもちゃんと考えて行動しているんだってことがよくわかった。いつもの顔が噓ってわけではなくて、今は
日が暮れる前に森までたどりつくことができた。
途中でクルーブが馬の足跡を見つけて、父上たちの痕跡を追いかける形での森歩きだ。一応人が通ることが想定されている場所のようで、森の中には道のようなものが用意されていた。
「あまりよくないかもね」
「なにがですか?」
「スバリが追手が来ることを想定して準備してるんだとしたら、状況が良くないかもって話」
「父上に危険が?」
「セラーズ伯爵はともかく、怪我をしている騎士ぐらいはいるかも」
スバリはクルーブの相棒だ。
サフサール君と別れてからのわずかな間に、俺は嫌って程クルーブの優秀さを思い知らされてきた。
その相棒の腕が悪いわけがない。
俺には騎士が怪我をしているかもしれないという言葉が、かなり信ぴょう性を帯びて聞こえた。
「いた、にらみ合ってるね。……ああ、やっぱり騎士が倒れてる」
木の陰に隠れて様子を窺ったクルーブは眉を顰めてため息をついた。
俺からは全然見えないけど、状況はあまりよくないみたいだ。
「…………ルーサー君、人質のふりしてくれる? 不意打ちする」
「わかりました」
「え、いいの? 大丈夫?」
間をおかずに了承すると、クルーブが目を丸くした。
いつもの間抜けそうに見える顔が見れて俺は満足だ。
「クルーブさんを信じます。全部任せます」
「……頑張る。先生の杖貸して」
「わかりました」
俺には少し長くて重い杖をクルーブに預ける。
クルーブは空いた俺の手を取って、横に回り込んで何食わぬ顔でにらみ合いの現場に姿を見せた。
「スバリ、これどういうこと? 僕聞いてないんだけど」
「……クルーブ、そっちによこした奴らは?」
「ルドックス先生に返り討ちにされた」
「お嬢様は?」
「巻き込まれて死んだ。それで、なんなの? 一応言われた通りにルーサー君は連れてきたけど……」
「つまり、お前は俺の味方か?」
「病気のルドックス先生を倒してきたのにさぁ、今更そんなこと聞くの?」
見せびらかすように杖を振るクルーブ。
父上がものすごい形相でスバリとクルーブを睨みつけていた。
いつも穏やかな表情をしているからこそ優しそうに見えるが、怒りの表情を浮かべると、祖父たちと同じような武人にしか見えない。
何でもないように歩み寄っていくクルーブ。
一応父上の方を警戒していますよ、というポーズなのか、杖の先は父上に向けられている。
「……説明もなく悪かった。でも失敗するわけにいかねぇからな。お前がこっちについてくれるかは博打だったが、これから説明を」
あと数歩で隣に並ぶという場所で、クルーブの手首が翻った。
杖の先がスバリに向いた瞬間、スバリはその場から跳躍。
肩に抱えた麻袋をそのままに、片手で木の枝を掴みそのまま体を上へと持ち上げる。
スバリのいた場所の足元へ殺到する礫弾。
麻袋にサフサール君が入っていることを考えて、相手の機動力をまず封じるつもりだったのだろう。
全弾当たっていれば下半身が吹き飛ぶような威力だったけども。
つまり、クルーブは殺意十分でスバリに攻撃を仕掛けていた。
枝がしなり、スバリがさらに別の木に飛び移る。
クルーブはすぐさま礫弾を広範囲にまき散らしたが、それは木々をいたずらに傷つける結果に終わった。いくつかの礫弾は確実にスバリにぶつかるはずだったのだが、スバリが拳につけた手甲でそれをことごとく叩き落していた。
クルーブは俺の手を放して少しの間スバリの姿を追いかけたが、やがて見失って立ち止まる。
逃げていくスバリを見ればわかる。
本気で逃亡をされたら、追いつくことは難しいだろうと。
馬に乗ったところで、障害物の多い森から抜け出す間にスバリは行方をくらましてしまうだろう。
「……スバリの馬鹿野郎ぅ! あほ! 意味わかんないんだよ! なんでこんなこと……! なんでこんなことしてんだよ……」
聞こえているかもわからない罵倒をして、それから肩を落として呟いた。
父上が倒れている騎士に駆け寄りながら、俺に向かって大きな声を出す。
「ルーサー! クルーブ先生と一緒にいなさい。離れるんじゃないぞ!」
そっか、父上はこの一瞬で状況を把握したんだ。
というか、あんなに強いスバリも、父上をどうにかしようとは思わなかったんだな。交渉とかのためにしなかったのかもしれないけど、圧倒的に強ければねじ伏せて言うことを聞かせればいいだけのはずだ。
つまり父上は、それだけの実力を有してるってことなんだろう。
俺、勢い込んで出てきた割に、役に立たなかったなぁ。
むしろクルーブの邪魔になってたんじゃないか?
サフサール君は攫われたままだし、スバリはやっぱり誘拐犯だった。
骨折り損のくたびれ儲け。
そう思うとどっと疲れが襲ってくる。
父上の馬にのせてもらっている帰り道。
もっと何かできたんじゃないかって自問に、しっくりくる答えは出ない。
ふと気づくと、俺はいつものベッドに横たわっているようだった。
窓の外が白み始めていて、サフサール君がスバリにさらわれたことが、全部悪い夢だったんじゃないかって思えた。
扉をそっとあけると、そこには椅子に座ってうとうとしているミーシャがいた。
そして、俺に気づくとすぐに立ち上がり言った。
「ルーサー様、ご無事で何よりです……!」
ああ、そっか、夢じゃなかったんだな。
◆
あんなことがあったからか、イレインもうちに泊まっていたらしい。
日のよく当たる部屋の床に座り込んだ俺とイレインは、エヴァが一人で遊んでいるのをぼんやりと眺めていた。
父上と母上は忙しいらしく、今日は俺達だけでお留守番だ。
屋敷で働いている人たちはいるんだけどね。
俺たちの元気のなさを察してか、遠巻きに見守ってくれている。
ありがたいよなぁ、大人の対応って。
陽の光あったけぇ。
なんも考えたくねぇ。
エヴァはかわいいなぁ。
「……兄貴、生きてるかな」
「生きてるだろ。目的があって誘拐したんだから」
俺だって知りてぇよ。
そう返したいところを堪えて、望まれた返答をしてやると、イレインが少しだけ肩の力を抜いた。
サフサール君の心配はもちろんのこと、これからどうなるのかも不安で仕方がないだろうな。
あの厳しいウォーレン伯爵のことだから、サフサール君のことを見捨てて、イレインに当主を継げとか言いだしそうだ。俺が婿養子に行くことはないだろうから、きっとどこかの男を婿に取らされることになるのだろう。
……いや、この国には女伯爵で結婚してない前例があったから、必ずしもそうではないんだろうけれど。しかしあれは〈皆殺し平原〉なんて地名を作るくらいの規格外の存在だからこそできたことかもしれない。
ああ、ルドックス先生の体調はどうなんだろうな。
朝起きてから俺が知らされたことは、父上と母上が忙しくしてるということくらいのものだ。
その後の経過や先生の病状の情報は一切ない。
昨日は現場にいたから、そして保護者が
こんな考えも今日だけですでに何周したかわからず、結果俺は今、何も考えたくねぇって思ってるわけだけど。
だって考えてもなんもわかんなくてどんどん気持ちが落ち込んで行くだけだから。
ぼんやりとしていてふと気が付くと、目の前にエヴァの顔が迫っていた。
「にーちゃ、げんきない」
「……元気ですよ」
エヴァの顔がほんの少しだけくしゃっとなる。
俺の表情と言葉が裏腹であることをなんとなく察したのだろう。
妹を心配させる悪いお兄ちゃんだ。
さてどう取り繕おうかと思ったけれど、表情を明るくする元気もあまり出ない。
突然視界が真っ暗になった。
「にーちゃ、げんきして」
エヴァに抱きしめられた。というより顔にへばりつかれたような状況だ。
小さな手が乱暴に頭をなでるから、髪の毛が引っ張られてちょっと痛い。
でも不思議と引きはがそうという気にはならなかった。
しばらくそうしていると、流石に呼吸が苦しくなってきて、俺はもごもごとくぐもった声で「元気になりました」と言ってエヴァの背中を軽くたたいてやる。
離れたエヴァが「ふへへへ」と笑ったのを見たら、不思議と本当に少しだけ心が軽くなった気がして、俺も少しだけ笑ってしまった。
「……エヴァ、イレインにも同じことしてあげてください」
いたずら心でけしかけてみると、エヴァはイレインと俺を交互に見てから首を横に振った。
「イレインも元気ないですよ?」
「……いれいんは、にーちゃとるからや」
あー……、そうだな、イレインといる時ってあまりエヴァと遊んでやれないもんな。エヴァからするとそういう認識なのか。
「でも元気欲しいって言ってますよ?」
言ってないけど。
エヴァはうーうーとしばらく悩んでから、難しい顔をしたままイレインのもとへ歩いて行って、腕をがばっと広げた。
「にーちゃがいうから」
「いえ、私は」
そういった矢先に座っているイレインの顔にエヴァが抱き着いた。
引きはがそうか迷っているのか、イレインの手は半端に浮いていて見た目にもひどく滑稽だ。
しばらくそうしていると、イレインの足がパタパタとし始める。
あ、これ普通に呼吸できなくて困ってるな。
「エヴァ、イレインも元気出たって言ってます」
エヴァがイレインの顔から離れて、すごく近い距離で問いかける。
「いれいん、げんきした?」
「……した」
「エヴァえらい?」
「すごくえらい」
エヴァはまた気の抜けた笑い声を漏らし、元々遊んでいたおもちゃの方へ戻っていく。大方俺たち二人が深刻な表情をしなくなって満足したのだろう。
イレインはかなり呼吸が苦しかったのか頬を上気させている。
「どうだよ、元気したか?」
「……したって言ってんだろ。なんか乳くさいんだな、子供って」
「くさいとか言うな、いい匂いだろ」
「嫌なにおいとは言ってないだろ。……なんかわかんないけど、少しだけ安心した」
「そうかよ」
今できることがないのなら、ほんの少しだけゆっくりしていてもいいのかもしれない。
バタバタしたところで、多分父上たちの迷惑になるだけだ。
ああ、そうだ、本でも読もう。
同じようなことが起こることがあれば、その時こそもっと冷静に対処がしたい。
何もできない期間なんかじゃない。次の何かに備えて、ルドックス先生から預かった本の全てに目を通してしまうことにしよう。