たぶん悪役貴族の俺が、天寿をまっとうするためにできること   作:嶋野夕陽

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雨の降る日。変わる者、変わらないもの。

 ルドックス先生が亡くなった。

 目を覚ましたら、難解な部分を聞いてみようとか、この間スクロールを駄目にしてしまった魔法の反省点を教えてもらおうとか、そんな夢みたいなことばかり考えていた。

 

 本当はそんな日は来ないんだろうなって分かっていたんだけど。

 

 先生の葬儀はしめやかに行われた。

 身内はいなかったそうだけれど、先生に魔法を教わったというものが、老若男女問わず訪れた。

 ちょうどクルーブが壊した壁から、先生のベッドまでみんなが土足ではいっていき、夜になる頃には部屋中が花で埋め尽くされていた。俺とクルーブ、それにイレインは、ずっとそれを見ていたけれど、途中で陛下まで来ていたのを確認している。

 

 先生は本当に偉大な人だったんだ。

 そんな人の晩年の時間を、あれほど長いこと貰えたことに、俺はただ感謝をしようと思っていた。

 悲しくて、寂しくて、誰かが先生に何か語り掛ける度に涙があふれてきたけれど、少し時間をおいたら前向きに考えられるようにと、自分に言い聞かせた。

 

 先生の部屋にあった資料やスクロール、そのほか魔法関連全てのものを、セラーズ家の空いている部屋に移動させた。大穴の空いたままの部屋に置いておくには、あまりに価値の高いものが多すぎるからだ。

 泥棒が入ったところでどう使っていいかわからないような物ばかりだけれど、下手に魔法の知識があるものの手に渡っては悪用されかねない。

 

 先生があらかじめ残していた遺言状の指示に従って、そういう運びになったわけである。

 

 そしてなぜかクルーブが、そのすぐ隣の部屋に住み込むようになった。

 食客のような扱いになるのだろうか。

 

 相棒を失ったクルーブは、俺と同じですっかり本の虫になっている。

 たまに先生の事を話したり、魔法理論のわからない部分について議論を交わしたりするのだが、基本的にはお互い静かにしているような感じだ。

 先生の家にあったのは主に魔法関係の書物ではあったけれど、その蔵書には他にもさまざまなジャンルのものが含まれていた。

 

 つまりまあ、イレインもそこに居座って本を読んでいるわけである。

 すっかり現実逃避三人組だ。

 

 しかし父上も母上も、今は何も注意してこない。

 

 先生が亡くなってから一週間が過ぎたある雨の日、クルーブがボーっと外を見ながら口を開いた。

 

「……今更聞くんだけどさ、ルーサー君とイレインちゃんって、こっそりすごく仲がいい?」

「……なんでそう思うんです?」

「言い争いしてた時、下町の友人同士みたいだったから?」

 

 素早くイレインと視線を交わす。

 打ち合わせは済んでいた。

 聞かれたら答えるつもりだったので素直に頷く。

 

「まぁ、普通に友人関係です。恋愛感情とかは一切ありません」

「そうですね。でもひとには吹聴しないでください。どちらの家の両親も、このことは知りませんので」

「ふぅん。じゃあ、あの時の話し方が君たちの普通ってこと? 貴族育ちなのに?」

「……ええ、まあ。でも理由は話せませんよ」

「……別にいいけどね、誰にだって秘密の一つや二つあるし」

 

 しとしとと雨が降る。

 今日は窓を開けられないな。

 この季節は雨が降っても冷え込んだりはしないけれど、湿気は紙や皮の大敵だ。

 

 ぱらり、ぱらりと、本をめくっていると、またクルーブが口を開く。

 良くしゃべるようになったということは、ちょっと気持ちが浮き上がってきたってことかな。

 

「僕も秘密あるんだけどさぁ、聞く?」

「しゃべりたいのならどうぞ」

「……聞きたいって言いなよぉ」

「静かにしてもらえます?」

「イレインちゃんも僕に対してその感じで来るんだぁ……」

 

 本から顔を上げると、クルーブが少し寂しそうな顔をしている。

 仕方ないなぁ。

 

「教えてください」

「……うん。実はね、僕も貴族の生まれなんだよねぇ」

「……へぇ。じゃあなんで探索者(シーカー)に?」

 

 まぁ、なんか、貴族っぽい顔立ちしてるっちゃしてるような気もする。

 それに魔法が得意な人って貴族の血を引いてることが多いし、それほど驚くような事じゃなかった。

 

「嫌々聞かれたからこっから先は教えてあげない」

「……もう聞いてほしくなっても聞いてあげませんからね」

「いいよ、そんな気分になったら勝手に話すから」

「そうですか」

 

 この世界は騒音が少ないから、雨が地面をたたく音も良く聞こえる。

 規則的に、時に風に吹かれてリズムが変わるそれは、案外いい読書用のBGMになっていて集中できる。

 

 すぐにまた本の中に意識を潜り込ませようとしたところで、三度クルーブが声を上げた。

 一度に話してくれねぇかな。

 

「色々あってさぁ、先生に助けられたんだよ」

 

 ……そうか、それが言いたかったんだな、多分。

 クルーブもきっと、気持ちの整理をしようとしているんだ。

 

「……そうですか。僕も……、ルドックス先生に助けられました。先生がいたから、魔法に憧れて、先生がいたから、父上や母上と仲直りできました。イレインと出会ったのも、クルーブさんに魔法を教われたのも、エヴァが生まれたことも、先生のお陰だったかもしれません」

「……そっか」

「はい、そうです」

 

 イレインが本から顔を上げて、俺達を見ていた。

 しばらく全員が本を広げたまま顔を上げ、雨の音を聞きながら黙り込んでいた。

 

 

 それから数週間ほどたったころ、しばらく家に戻っていなかった父上に俺とイレイン、それにクルーブが呼び出された。

 執務室で人払いをしたうえでの話だから、サフサール君の件なのだろう。

 覚悟なんてできていないけれど、ぐっと腹に力を入れて、何を聞いても動揺しなくていいように構えて待つ。

 父上はデスクに肘をつき指を組み、眉間に皺を寄せている。

 それから大きなため息をついてこう言った。

 

「プラック……、いや、ウォーレン伯爵が、王国からの独立を宣言した」

「……は?」

 

 俺は息をのみ、クルーブは瞬きをして、イレインが間抜けな声を出した。

 わけがわからなさ過ぎて思わず呼気と共に漏れ出してしまったような、小さな声だった。

 

「それ……は、サフサール殿の件のせいですか?」

「いや順序が逆だ。王国から独立するために、サフサール殿を連れ去った、のだろうと考えている」

「ならばイレインは……?」

 

 あれだけ優秀だ優秀だと言ってきたイレインを連れて行かなかったのはなぜだ。

 機会がなかったからか?

 父上は俺の質問に答えない。

 

「ウォーレン王国。北方の騎馬民族をいくつか従属させ、肥沃ではないが広い国土を有している。プロネウス王国の古い貴族たちの腰の重さや、遺跡管理の在り方に疑義があってのことだそうだ。わが国では、現在それを認めるかどうかの協議をしている。……心配しているだろうから伝えておこう。サフサール殿は、ウォーレン王国の次期国王として無事国へ戻られたそうだ」

「ですからっ! イレインはどうなるのです!」

「……協議の結果次第だ」

 

 わけがわからない。

 なんでさらったんだ?

 なんでわざわざ騒ぎを起こした?

 なぜイレインを連れて帰らない?

 

「……クルーブ殿、ここで一度席を外していただきたい」

「……はぁい」

 

 目を伏せたまま思案顔をしていたクルーブは、素直に返事をして部屋から出て行った。

 父上はきちんと扉が閉まるのを確認してから、再び大きく息を吐いた。

 

「あのような事件を起こした理由はおそらく、私を外へ連れ出して何かしらの密約をさせたかったからだ」

「何かしらとは?」

「なんだと思う」

 

 わかんないから聞いてるんだよなぁ……。

 しばし考えてから顔を上げると、父上の視線は俺ではなく、イレインに向けられていた。

 

「……推測でしかありませんが」

「述べてみよ」

「……お兄様を誘拐。それが閣下のもとまで伝わることも想定内。閣下が動き出す前に、クルーブ殿を使って私とルーサー様を誘拐、および今後の障害となり得る可能性の高いルドックス先生を排除。郊外にて閣下に対し協力の要請。…………国を二分できたのならば、プロネウス王国を相手取り、戦を起こすつもりだったのではないかと愚考いたします」

 

 イレインは少しだけ躊躇ってからとんでもないことを口にした。

 いくら王国の四方を守る伯爵家と言えど、たった二つの貴族でこの広い王国と戦なんかできるのだろうか。

 イレインの言葉は続く。

 

「ウォーレン家は騎馬兵と魔法兵を育ててきました。遺跡に潜らせることで兵士に判断力を身につけさせ、戦を続けることで戦場へ慣れさせました。長く計画してきたのであれば、物資調達のめども立っていることでしょう。父上は山を越えたところにある光臨教の国、ラクス聖国と頻繁に連絡を取っておりましたので、そのあたりが怪しいかと。それに加えて南のセラーズ家が手を貸せば、その庇護下にある多くの沿岸の貴族家が寝返る可能性があります。また、セラーズ家であれば海を渡り物資を調達することで、粘り強い戦いをすることができるでしょう。一気呵成に王国を亡ぼすまではいかないまでも、東のシノー家を何とかできれば、王国の大部分を占拠することができるのではないでしょうか」

 

 そういう話になると突然饒舌になるな、とか、普段だったら茶化したいところだけど、とてもそれどころではなかった。

 ウォーレン伯爵は、本気でプロネウス王国を取りに来ていたのだ。

 

 当初だったら、簡単に裏切るはずだったクルーブが、俺達の味方に付いてしまったこと。それからおそらく、サフサール君が何らかの抵抗をしたこと、辺りが誤算だったのではないだろうか。

 

「……という見方もあるだろうな。ルーサーよ、これから我が家は厳しい視線にさらされることだろう」

「なぜです」

「私がプラックの友であったこと。陛下やプラックと協力し、古い貴族の力を排除しようと努めてきたこと。腹立たしいことだが、今回いち早く動きを見せたことも場合によっては疑われる原因となろう。プラックのやつは、おそらくそこまでわかっていて、これからも私に何かしらの声をかけてくるだろうな。性格の悪い奴だ」

 

 そうか。

 そして多分、イレインが家にいることも、その要因の一つになる。

 

「……プラックはおそらく、イレイン嬢を我が家に置いておくように言うだろうな。戦にならなかった以上、プロネウス王国に人質を差し出すという名目でだ。しかも許婚の地位を解消することはないだろう」

「……ご迷惑を」

「やめなさい」

 

 イレインが謝ろうとしたところで、父上が言葉を遮った。

 

「イレイン嬢、君は賢い。しかし子供であり、プラックのやつに利用されただけだ。ルーサーとずっと仲良くしてくれていたのも知っている。毎日のように顔も合わせてきた。今ではエヴァもいるが、私は君のことをもう一人の娘のように思っているぐらいだ、謝る必要はない。……ただ、これからは少々不便な思いをさせることもあるかもしれない。それだけは理解してほしい」

「はい、もちろんです」

「……ルーサー。おそらくしばらくしたら、領地へ戻ることになる。場合によっては大臣も辞して所領の安定に努めるつもりだ。……どちらの方が、裏切らぬと各家に思ってもらえるか、総合的に判断しながらになるが。……口さがのない噂を聞くこともあるかもしれぬが、あまり胸を痛めたりしないように。私は、父は、何一つ人に恥じるようなことはしていないし、これからもしない」

「……はいっ」

 

 父上は立派だ。

 人に優しくて、家族を大事にしていて、剣術は強く、国のためを思って生きている。

 それでももしかしたら、これからは悪い噂が流れてくるのかもしれない。

 もし本当に、悪役貴族のように謂れのない噂をされるのだとしても、俺は絶対に父上を侮ったりしない。

 

 誰が何と言おうと、父上は父上なのだから。

 

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