たぶん悪役貴族の俺が、天寿をまっとうするためにできること   作:嶋野夕陽

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勘違い

 入学を早めにしたのは俺の希望だ。

 そうすることで寮内の探索をするのも予定通りだ。

 決してワクワクしているからリスクを忘れて徘徊しているわけではない。

 

 ダンジョンでそうするように脳内で寮内をマッピングしながら歩き回る。

 時折人の気配があると角や物陰で待機。

 やり過ごすことが難しい場合は、平然とした顔ですれ違う。

 

 そもそも長期休みのこの時期に寮にいるような者は、あまり家を大事にしていないものが多い。ひねくれものや変人の可能性が高いから、逆に俺にとっては安全である可能性すらある。

 『セラーズ家のルーサーが入学するから油断するな』という家の命令に対して『うるさいなバーカ』くらいに思っていてくれると最高だ。情熱的なハグをしてやってもいい。

 

 前世から合わせた年齢がそろそろ40になるのだけど、体の年齢に引きずられているせいか、なんか最近普通に多感な少年の気持ちもなんとなく持ち合わせている。どうせ学園なんてものに通うなら、仲良く話せる友人もちょっと欲しい。

 難しいとわかっていても心のどこかにそんな気持ちがあることを否定できない。

 

 そんなことを考えながらうろついているうちに、一階のカフェテリアのような場所に辿りついてしまった。

 太陽の光が差し込み、良く磨かれた渋い茶色のテーブルとイスが光沢を放っている。優雅に軽食を召し上がった後、お茶を召し上がっている貴族のお子様たちの姿は様になっている。

 多分年上だな。

 背が高いから多分15歳くらいかな。

 

 そっと壁に寄りかかって耳を澄ませていると、喋り声が聞こえてくる。

 

「そういえば今年入ってくるんだよな」

「ああ、セラーズ家の。……めんどくさいよな」

「入学しないでくれりゃよかったのに」

「そうだよな、いっそ裏切っててくれりゃ……」

「やめとけよ、誰かに聞かれたらどうすんだよ」

「聞かれたって大丈夫だろ。今のセラーズ家と関わるなんてよっぽどだぜ」

「それでもだよ。関わらないのが一番だろ。なんか聞かれたときに答えられるように情報収集だけしとこうぜ」

 

 あー、そんな感じか。

 やっぱ結構俺の情報は広がってそうだな。

 こりゃ俺の方でもしばらく大人しくして、敵味方はっきりさせないと動きようがない。すり寄ってくるのはむしろ情報収集しに来てる敵だと思った方がいいかもしれないな。

 よし、二階に行くか。

 

 そう思って階段へ歩き出そうとすると、通路の正面に一人の男が佇んでいた。

 背が高くりりしく整った容姿をしている男は、眉間に皺を寄せて俺のことをじっと見ている。

 長い廊下だから人が来ていないか警戒していたつもりなんだけど、どうやら音もなく現れたようだ。その時点で俺からしてみれば十分以上に警戒対象だ。

 

 これでもダンジョンに頻繁に潜っているから、角の向こうにいる敵の気配だって察知できるくらいにはなっているのだ。たかが学園の生徒にその警戒を突破されるとは思わなかった。

 

 しかも黙って俺のことを見ているということは、当然俺が誰だかわかっているということだ。

 何も言ってこないし、近づいても来ない。

 ならまぁいいかと、俺は気にしていないように装ってその男の横を通り過ぎることにした。

 

「……ただでさえ人に疑われているのだから、あまりこそこそした真似はしないほうがいいのではないか?」

 

 通り際に嫌みを込めた忠告をされる。

 無視して通り過ぎても良かったが、その言い方に引っ掛かって俺は足を止めた。

 

「今日来たばかりで寮内を歩いていたら、僕の噂が聞こえたので。乗り込んでもあちらの方々が気まずくなるでしょう? それとも僕はここにいるぞと躍り出るべきでしたか? お好みならば、今からでもやってきますが」

 

 あれ、思ったより攻撃的な感じになったな。

 まぁ仕方ないか。

 だってこいつ害虫を見るような眼で俺のこと見てるんだもの。目は口程に物を言うっていうけどさ、これはもう喧嘩売られてるようなもんだろ。

 こいつは俺を通して、セラーズ家を害虫のように見ているってことだ。

 

 人に疑われてるってつまり、セラーズ家ってプロネウス王国を裏切っているんじゃねーの? って言ってるんだろ。

 身と心を削りながら王国を良くしようと務めて、どんなに疑われても怒らず二心持たず国と領地のことを考える父上が裏切っていると、遠回しにそう言ったってことだろう?

 

 誰かに疑われているんじゃなくて、今お前が、そう思っているってことだろう。

 人に、とか言って他人のせいにしてるんじゃねぇよ、決闘するかこの野郎。

 

 とまぁ、そこまでの言葉が一瞬で脳内に駆け巡るくらいには、どうやら俺の気持ちがささくれ立っていたらしい。

 

「……態度の大きな奴め」

「失礼、どこのどなたか存じ上げないものですから。お名前を頂いてもよろしいですか?」

「アウダス=パワーズだ」

「ありがとうございます。どうやら名乗る前からご存じのようでしたので不要かとも思いますが、僕はルーサー=セラーズと申します。ご忠告ありがとうございました」

 

 追加の嫌みと礼を述べて俺は早足にその場から立ち去る。

 パワーズ近衛騎士団長の家の次男だな、覚えたぞ。

 パワーズ家の爵位は子爵。

 

 4年間忙しく過ごしながらも、学園にいるであろう爵位持ちの子供の名前は結構頭に突っ込んできたんだ。

 まぁ、周辺情報はイレインに任せてるんだけど。

 

 そんで、爵位を継承する予定がない次男のアウダスが、伯爵家の、それも兵力や財力で言えば、侯爵家を上回るセラーズ伯爵家の嫡男である俺のことを馬鹿にしてきたんだな。

 別に貴族としての権力を振り回す気とかはさらさらないけど、あちらがそれを無視して馬鹿にしてくるのは違うだろう。いくら学園が平等を謳っているとしても、超えるべきでないラインはある。

 俺一人のことだったらへこへこしてたっていいけど、セラーズ家を背負ってるとなるとあんまりへりくだってばっかりもいられないんだよな。なんとか馬鹿にされないように立ち回らなければいけない。

 

 あーあ、こりゃあマジで悪役貴族の役割をしなければいけないような予感がしてきたぞ。

 

 アウダスから距離を取って階段を昇り、部屋ばかり並ぶ廊下を歩きながら少しばかり考え直す。

 さっきのやり取り、大人げなかったかなって。

 

 『ただでさえ人に疑われているのだから』

 

 これはよく考えれば公然たる事実だ。

 失礼には違いないけれど、平等を謳っている学園内であり、先輩と新入生という関係性を考えればぎり許されるような気がする。いや、やっぱり許せないけど、人によっては口から出てきても必ずしも悪意があるとは限らない。

 

 それに続く『こそこそ』云々も、盗み聞きしていた俺の方が悪いという捉え方もある。というか、悪いだろ、盗み聞き。趣味が悪い。

 

 ふーむ……、まずいな、ちょっと警戒心強くなりすぎてたか?

 いつもの俺だったら多分怒ってない感じのことだぞ、これ。

 3つも4つも年下の俺がかなりむかつく発言をしたはずなのに、あいつ『態度の大きな奴め』で済ませてたよな。しかも名前先に名乗ってたぞ。

 

 冷静に考えて無礼者はどっちだ? 身分差を鑑みても6対4くらいで俺の方が悪い気がしてきた。……さっきの考え方も、思い返してみれば身分をかさに着た悪役貴族そのものじゃなかったか?

 

 どうも冷静じゃなかったな。

 あの先輩が俺に気配察知させないで近づいてきたせいで、メンタルが敵対モードになってたのかもしれない。

 

 さてどうするか。

 選択肢は3つ。

 1つは、やっぱりあいつは悪い奴に違いないと判断して、このまま寮の探索を続け、いつか潰す。

 2つ目は、これからの行動次第で敵対するか判断し直す。とりあえずめんどくさいし今は保留。

 3つ目は、今すぐ戻って観察をして、場合によっては謝罪する。

 

 いやぁ……3つ目か。

 かなり恥ずかしいけど、いったん様子見に戻るべきだろうな……。

 父上でも、ルドックス先生でも、きっとそうするはずだ。いや、あの二人だったらそもそも最初のコンタクトで失敗なんてしなさそうだけど。

 

 回れ右。

 戻って先輩の観察、開始。

 

 

 

 

 アウダス=パワーズは誇り高き近衛騎士団長の次男だ。

 近衛騎士団長ともなると、子爵の地位を拝命している。それも騎士爵とは違い、一代限りではなく、代替わりした後継者にも男爵の地位が約束されている。

 つまりアウダスの兄は、何の役目につかなかったとしても法衣貴族として暮らしていけるのだ。

 

 アウダスの兄はそれをわかっているからか、あまり勤勉なタイプではなかった。

 父が口を酸っぱくして注意しても、なんとなくちゃらんぽらんとして、女性の尻を追いかけているなよっとした男である。要領はいいので家をつぶすことまではしないのだろうけれど、父も兄の矯正は半ばあきらめていた。

 

 代わりと言っては何だが、その弟のアウダスは父を尊敬し、憧れ、勤勉で公正な男に育った。立派な体躯と誤解されやすいきつい目つきをしている上、不器用な父の言葉遣いを真似しているせいで誤解を受けやすいが、ほんの短い期間付き合いを持てば、アウダスが一廉の人物であるのはすぐにわかることだ。

 

 その真面目な性格と腕っぷしを買われ、アウダスは弱冠16歳にして今年から寮監の一人として抜擢された。他はみな最高学年であるから、その背中にかけられた期待も分かろうものだ。

 

 そんなアウダスは悩んでいた。

 今年はあのセラーズ伯爵家の神童が入学してくる。

 

 『アウダスならば噂の神童が悪さをしても抑え込めるのではないか』

 

 言葉にはされないがそんな期待があることも、アウダスは気が付いていた。

 

 しかしアウダスはそれに唯々諾々と従うことには疑問があった。

 アウダスの父は酔っぱらったときに、ぽつりと漏らしたことがある。

 

 セラーズ伯爵は清廉な人物であった。

 最近では忙しくて手合わせができないが、それはそれは腕の立つ人物であった。

 

 どうしてこんなことになってしまったのだろう、と。

 

 腕一本でのし上がったアウダスの父は、子爵という地位をもってしても政界に顔が広いわけではない。

 槍働きは得意でも、宮中のどろどろとしたやり取りは苦手なのだ。

 

 そんな話を聞いてから数年。

 セラーズ伯爵家の立場は一向に良くならない。

 悪い噂は流れ続けるし、独立したウォーレン王国は着実に力をつけ続けている。

 

 国の未来を憂いて、父の飲む酒の量が増えていることを、アウダスは日々心配していた。

 

 今日はルーサー=セラーズの入寮日だ。

 本来知らされないものを、横車を押して情報を手に入れた。

 

 なんとしてもその人物像を見極めたいと思っていた。

 そして必要ならば、守ってやらねばならぬと思っていた。

 

 そろそろ部屋の片付けも終えて、昼時も近付く。

 カフェテリアへやってくるかもしれないと足を向けたアウダスが目にしたものは、険しい表情で耳をそばだてているルーサーの姿だった。

 

 優しそうな顔の造りの眉間に皺を寄せている。

 

 アウダスは思わず足を止めた。

 カフェテリアの中を見れば、生徒が二人何か話をしている。

 ルーサーの表情を見れば、何を話しているかなど見当がついてしまった。

 

 ルーサーが振り返り、アウダスと正面から向き合う。

 アウダスはその瞬間ルーサーの右手がピクリと動いたのを確認。

 自分よりもよっぽど実戦でならされていそうな、素早い目配りを見て、おそらく剣の柄に手を置こうとしたのだろうとわかった。

 

 今は互いに武器を持っていないのが幸いしたが、そうでなければ一触即発の行動だ。

 アウダスにはそれだけでルーサーがこの場所をどれだけ警戒しているかが分かった。

 13歳の少年が持つにはあまりにも鋭敏な警戒心だと思った。

 

 しかしその対応はいただけない。

 ルーサーが戦いなれていることはわかったけれど、貴族社会に馴染んでいないことはよくわかった。何せあの事があってから丸々4年間、領内に引きこもっていたのだ。

 それは、本来ならば貴族としての付き合い方を実践で学ぶ期間のほぼすべてだ。

 いくら神童と呼ばれようとも、知らないことはできやしない。

 

 アウダスはどうしたものかと思いながらも、まずはルーサーの行動に忠告する。

 

「……ただでさえ人に疑われているのだから、あまりこそこそした真似はしないほうがいいのではないか?」

 

 ルーサーの優しそうな顔のパーツが凍り付いたように固まり、殺意にも思えるほどの鋭い敵意を向けられたことにアウダスは気づいた。気づけてしまった。

 

 結局物別れとなって、アウダスは深くため息をついた。

 うまくいかない。

 口下手であるばかりに、敵だと認定されてしまったのがはっきりと分かったのだ。

 警戒心の強い猫のような新入生に、自分のような不器用な男がいの一番に近付くべきではなかったのだと、ただ自分を責めていた。

 寮監なんかに選ばれたことで、調子に乗って自分が何とかせねばと思ったのが悪かったのだと反省した。

 

 そうして反省しながらゆっくりと歩いてカフェテリアに入り、ルーサーの噂をしている生徒たちの近くを練り歩く。

 それだけでぴたりと嫌なうわさが止んだ。

 

 アウダスはほんの少しだけ、その立派な体躯といかつい表情に感謝をすると同時に、もう少しかわいらしく大人しい容姿であれば、ルーサーとまともに会話できたのではないかと、一人ない物ねだりをするのであった。

 

 

 戻ってみると少しばかり人が増えたカフェテリアの中をアウダスが歩いていた。そうして軽食を手にして戻ってくる。

 眉間には皺が寄っていて、俺と相対している時と変わらぬ怖い顔をしていた。

 なんとカフェテリアに滞在している生徒たちも、アウダスが横を通るとさりげなく目を逸らしたり、会話を止めたりするのだから驚きだ。

 

 背も高くて顔が怖いというだけの理由で、そこまで影響力があるとは思えない。

 勢いで戻ってきたけれど、さてなんて声をかけるのが正解なんだろう。

 念のため気配を殺していたつもりだけれど、カフェテリアから出てきたアウダスには普通に気付かれた。ばっちり目が合ったままつかつかと歩み寄ってくる。

 歩くの早いんだよなぁ。

 考えがまとまる前にやってきてしまった。

 

 アウダスは態々俺と少し距離を置いて立ち止まり、結んでいた口を開いた。

 

「……俺はあまり口が回る方ではない」

「……はい」

 

 表情はさっきのままなのに、自分の精神を落ち着かせてみれば、なんのことはない。

 最初ほど攻撃的には見えなかった。

 いや、黒目が小さすぎるし、眉毛短いし、口を閉じるとへの字になるし、怖いことには違いないのだけど。

 

「だが寮監だ。困ったことがあれば頼るといい」

「……頼っていいんですね?」

 

 これは確認だ。

 本音で言っているのか、役割として言っているのか、しっかり観察して見分ける必要がある。

 アウダスはほんの少しだけ鼻の穴を膨らませて、普通にしてても伸びている背中をさらに逸らすほどにピンとさせてうなずいた。

 そうしてつかつかと歩き去っていく背中に、俺は声をかけた。

 

「……アウダス先輩、先ほどの無礼な言葉を謝罪します。肩肘を張り過ぎました」

 

 ぴたりと足を止めたアウダスは、わざわざきちんと振り返って正対して答える。

 

「いや、警戒することは間違いではない」

 

 ああ、こういう人から見てもそう思うくらいの環境ってことには違いないのか。

 でもなんか、全員が全員本気で敵対してるわけじゃないって分かっただけでも、ちょっと気が楽になった。

 そりゃそうだよな。

 父上ってしっかりと仕事をしてきていたわけだし、元々陛下の右腕のようなものだったのだ。その間に世話になった貴族だって絶対にいるはずだ。

 というか、いきなり襲い掛かってきて俺達を傷つけるようなことは基本的にあり得ないんだ。だって、セラーズ家が裏切ったらマジで国がやばいのだから。

 ちょっとダンジョンに通いすぎたせいで、警戒心の調整の仕方が馬鹿になっていたのかもしれない。反省しないとな。

 

 イレインはうまくやってるといいんだけど……。

 

 それにしても現地の情報不足だ。

 こうなってくると4,5年、おそらくちゃんと貴族子女と交流していたと思われる人物による協力が欲しい。

 表立って敵対している貴族、こっそり敵対している貴族、中立。

 それだけわかればいいか。

 

 そうすると適任は……ローズだな。

 ローズの家は侯爵家で、元々セラーズ家とは仲が良くなかった。あちらの情報もわんさか持っていそうだ。

 マリヴェルはしゃべらないし、ヒューズはコミュニケーション能力に難があるからなぁ。

 イレインが頻繁に連絡とり合ってたっぽいけど、俺にはその内容教えてくれない。

 プライベートな話だろうから探る気もねぇけどさ。

 

 あと気になっているのは殿下だ。

 あれだけ仲良くしてた殿下だけど、王都を離れてからは連絡が取れていない。

 ヒューズによれば、俺のことを疎ましく思っているわけではないらしいけど、王族だけあって勝手なことはできないらしい。

 セラーズ家の跡取り息子と仲良しこよしじゃ、上手く回るものも回らなくなるというところだろう。

 

 逆に言えばセラーズ家が立場を取り戻すことができれば、また仲良くできるってわけ。

 

 ……これじゃまるで、俺が殿下のこと大好きみたいだな。

 まぁ、実際割と好きなんだけどさ。

 

 今後のことは、明日以降イレインと合流してからだな。

 女子寮とか今の状況で訪ねたら変態扱いされてものすごく不名誉なことになりそうだし。

 

 そしたら寮の探索の再開だ。

 えー、二階の途中からだな。

 

 基本的に一階部分にシステム周りがすべて集まっているから、二階より上は部屋ばかりだ。

 さっきも同じようなこと思ったけど、本当に変わり映えしない景色だよな。

 ちょいちょいドアの横に飾り物をしている部屋とかを見ると、ああ、こいつお洒落なんだなーとか思うくらいだ。表札がついているわけじゃないから、誰の部屋かなんてわからない。

 男でこれなんだから、女子寮の廊下とか華やかそうだな。

 

 長い廊下だからか、階段は3つ用意されていた。

 四階建てなんだからそれくらいあってもおかしくないか。

 通学の時間、一つの階段に人が殺到しても危ないからな。

 

 しかしどうやら非常口のようなものはないみたいだ。テラスのようになっている場所は見つけたけれど、そこから下へ降りるための階段は用意されていない。

 石造りの建物だから火事になっても延焼とかはしなさそうだし、まぁいいか。

 

 三階は二階と変わり映えしない。正直見る価値はあまりなかった。

 しいて違う点を挙げるとするならば、部屋数が若干少ないことと、テラスの設置されている場所か。

 二階と別の面に設置することで、太陽光を遮らないように工夫されているらしい。

 歩いているうちに数名の生徒とすれ違ったけれど、ほとんどの者は俺が誰だかわかっていなさそうだった。

 わかった奴も知らないふりをしていたけどね。

 

 四階、俺が割り振られた部屋がある。

 正直登ってくるのがめんどくさいけれど、基本的に高位貴族は上層階に部屋を割り振られているみたいだ。あまり目の届かないところで、上位貴族に下位貴族がいじめられても問題あるしな。

 平等とか言っても、そのフロアごとの身分は同じくらいにしておこうってことなのかもしれない。

 

 多分四階にもテラスがあるんだろうなと思って端まで行くと、案の定あった。

 

 他の階よりも用意されているセット類が豪華で、広々としている。

 部屋数が少ない分、ここに広さが割かれている形だな。キャッチボールくらいなら気軽にできそうだ。

 

 景色も随分と良かったから、誰もいないことをいいことに深呼吸して体を伸ばす。

 

「よし、頑張るか」

「なんだ、普通の子供じゃん」

 

 びびった。

 気づかなかった。

 テラスの端の、屋上というにはおこがましい、ただの屋根の部分に褐色の肌をしたたれ目のヤンキーみたいなのがダルそうに座っていた。

 

「だ……、どなたですか」

 

 誰だよお前、と言いそうになるのを堪えて尋ねる。

 

「お前、セラーズ家の嫡男だろ?」

「そうですが……、何か御用でしょうか」

 

 さっきのアウダス先輩の件もある、冷静に対応したいところだ。

 

「いや、用はないけど。帰っていいぞ」

 

 それだけ言って体を横にしたその男は、それから本当に一言も発さずに寝転がっているだけだった。

 だから、誰なんだよお前は……。

 俺のこと一方的に知ってるのずるくない?

 

「あの、あなたのお名前は……?」

 

 無視。

 それどころか、片手だけ挙げてしっしと俺を追い払うような動作をしてきた。

 くそう、嫌な奴だけど、何考えているかわからないし退散するか……。

 

 アウダス先輩とは正反対のダウナーなやる気のなさそうな雰囲気に、こっちの気力までちょっと削がれてしまった……。

 

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