たぶん悪役貴族の俺が、天寿をまっとうするためにできること 作:嶋野夕陽
どうやら新入生でこんなに張り切って寮に来ている奴はそれほどいないらしい。
いるのは領地が忙しくて帰ってくるなって言われたとか、遠すぎて帰るのがめんどくさいとかそんな奴ららしい。
基本的に味噌っかすが残っているのではないかというのが俺の推測だ。
数日間寮の内外をうろついて、ひそひそと陰口をたたかれた俺は、若干気持ちがくさくさとし始めていたのだけれど、ある日それを避ける画期的な方法を思いついた。
俺はそれを、アウダス虫よけ法と名付けている。
なんと先日仲直りをしたアウダス先輩、都合のいいことに行動範囲がめちゃくちゃ広い。
くっついて歩き、分らないことを尋ねると大体答えが返ってくる。
朝一番で寮内を巡回し、その後訓練場へ。
数度手合わせをさせてもらったけれど、いつだって冷や汗が出るくらいに強力な一撃を放ってくる。最初はやっぱり俺のことが嫌いなのかと思ったけれど、終わってからのブリーフィングでそうではないことが分かった。
構えから何となく俺の実力を察して、いい訓練相手だと判断してくれたらしい。
訓練が終わって昼食をとり一休みした後は、また寮内を一巡。
さらにそのまま足を延ばし、校内全域をうろついて、また訓練場。
その後カフェテラスでお勉強をして、まさかの三度目になる寮内を一巡してお部屋へ帰る。
そしてアウダス先輩のお部屋は、四階。
巡回前に捕まえることができれば、お出かけからお帰りまで快適に校内を歩き回ることができる。
本人から仕入れた情報によると、彼はなんと寮監の一人に選ばれこのお部屋を得たのだそうだ。それが子爵の次男で弱冠16歳だというのだから、よほど優秀なのだと察せられる。
しかも特別扱いされているのだから、それなりに仕事をするべきだと、日に三度の寮内巡回と、一度の校内巡回を行っている。もちろんこれは寮監に定められた仕事ではない。
アウダス虫よけ法、別名虎の威を借る狐作戦は、俺に精神的なゆとりを与えるのに十分な効果をもたらしていた。
これほど素晴らしいアウダス先輩がなぜ寮に残る者たちに恐れられているかといえば、そこにはいくつか理由がある。
一つ、訓練で手加減をしないこと。
二つ、卑怯なことや陰口が嫌いなこと。
三つ、しかもそれを堂々と相手に伝えてしまうこと。
まぁ、一番の理由は2m近い長身と、めちゃくちゃ怖い顔だけど。
「先輩、ご一緒しても?」
「好きにしろ」
ああ、あと口調もそっけない。
多分、いや、多分なんだけど、嫌われてはいないはずだ。
この人を見ている限り、嫌いだったら尋ねた時点で断ってるからね。
一緒に歩いていると、まず俺より先にアウダス先輩の姿が目に入るから、皆すっと目を逸らす。
流石にそれに対して快感を覚えるほどやばい奴ではないんだけど、大助かりではあった。
かなり慣れてきたところで、そろそろ人の情報でも集めようかと、校内巡回中に早足で歩くアウダス先輩に問いかける。
「先輩、先日褐色の肌と銀色の髪をした男性に出会ったのですが、心当たりはありますか?」
「……本人に聞け」
あ、知ってるんだ。
でも人の情報を勝手に漏らすのはいいことではないって判断かな。
「失礼しました」
色々他にも知りたかったけど、この調子じゃ無理だな。
まぁしかし、校内のマッピングがほぼ終わっただけでも十分すぎるくらいの収穫だ。
しばし無言で歩いてから、そうだと思いだして他の質問を投げかけてみる。
「女子寮の特定の人物と連絡を取る手段をご存じですか?」
「兵士に取次を頼めばいい、と聞いた」
ああ、この人女子と連絡とり合ったこととかないんだな。
硬派そうだもんな、素直にかっこいい。
だらしないよりは断然好感度高いね。
クルーブも見習おう。
いや、見た目からして正反対だし、こんな感じにきりっとされてもなんか嫌かもしれない。
学園内には、普通の学校だったらこれ必要ある? みたいな施設がたくさんある。
噴水のある広場。
植物園に畑。
それから立派なダンジョンまでそろっている。
流石にここは勝手に入れないけれど。
立ち入り禁止エリアみたいなのっていくつかあって、その多くは学園の先生に与えられた私有地らしい。
ま、実験場とかの類だな。
一か所変な音が響いてくる場所があって、アウダス先輩に「あそこは何ですか?」と尋ねたのだけれど、ふいっと目を逸らして答えてくれなかった。
この先輩にしては珍しい反応だ。
そのうち一人の時に行ってみよう。
そんなことを考えながら歩いているうちに、校舎付近をぐるりと一周して、また噴水のある広場へ戻ってくる。
昼下がりの広場のベンチには生徒が一人座っていた。
本を広げて読んでいるようだけれど、太陽光の真下で読むと目が疲れるからやめたほうがいいと思うんだよな。本が日焼けするし。
その生徒は顔を上げてにっこりとほほ笑む。
ただでさえ糸目気味の目が、すっかり線だけになって、愛嬌のある感じだ。
「やあ、アウダス。今日も巡回かな?」
「そうだ」
親し気な声掛けにも、アウダス先輩はいつも通りのそっけない答えだ。
怒っているんじゃないかと勘違いされそうだが、多分本人の言う通り会話が下手くそなだけである。
「私はね、水音を聞きながら本でも読もうかと思ってね」
「そうか」
ああ、水も紙にはあまりよくないからな。
マジでここ読書には向かないと思うぞ。
「あれ、珍しく連れ合いがいるのだね? 新入生かな」
先輩は答えない。
え? シカト? もしかして本当に怒ってたりするのか?
「アウダス?」
「俺に聞くな、本人に聞け」
「ああ、うん、ごめん……」
容赦ねぇなぁ、アウダス先輩……。
普通こんなに親し気に接してくれる人にそんなこと言えないよ?
憧れないけどちょっと痺れるわ。
アウダス先輩のことだから、自分より年上には流石に敬語を使いそうな気がする。ということは多分、この糸目先輩はアウダス先輩の同級生なのだろう。
まずこの強面に軽い感じに声をかけられた時点でただ者ではない。
「いきなり声を掛けたら委縮させてしまうかと思って紹介を頼んだのになぁ……」
パタンと本を閉じながら独り言を言った糸目先輩を観察する。
あー、なんかいびつなハートみたいな形をしたロザリオぶら下げてるな。
〈光臨教〉の人か。あんまりかかわったことないけど、最近プロネウス王国にもかなり深く入り込んでるらしいんだよな。イレインの親父を裏で支援してたのも〈光臨教〉って話だ。
あんまり油断ならないな。
基本的には神様がいてーとか、普段から善行を積んでーとか、いざってときは救いの手が来るからー、みたいな普通の宗教なんだよな。
ただ問題がいくつかある。
長く続き広く知られているのに、内部の一部が間違いなく腐敗していること。
これは各国が警戒している問題ね。
それからもう一つは、いざってときにくる救いの手が、勇者と聖女ってことだ。
言い伝えによればすでに生まれているはずらしい。
つまり、そろそろ世界やばいって言ってんだよね、〈光臨教〉は。
終末を煽って何かをしようとしているのか、それとも本当にやばいことが起きるのか。どちらにしても不穏な気配しかない。
そしておれはそんな勇者と聖女を邪魔する、悪役貴族として配置された説が濃厚になってきている。
だってそうじゃん!
物語的にはどう考えてもそうだもん!
〈光臨教〉の言うことを聞く、ウォーレン王国。
そこと微妙な関係のプロネウス王国。
ウォーレン王の友人のはずなのに、手伝わない父上。
その息子の、ウォーレン王女の許婚の俺。
国内で評判の悪いセラーズ家。
俺は悪役貴族。
Q.E.D.
まあでもここ4年の間に俺も色々考えた。
俺は俺なりに頑張って、セラーズ家を守りたい。
家族、ミーシャをはじめとした使用人。師匠としてずっと一緒にいてくれたクルーブ。街を歩けば良くしてくれる領民。
それらすべてを守るのが、貴族であり領主になるであろう俺の務めだ。
父上はそれを乗り越えて国や友人までも手を伸ばしているようだけれど、俺にそこまでできるかわからないから、とりあえず最低限の線引きがここになる。
まぁ、余裕ができればもうちょっと手を伸ばしてもいいけどさ。
イレインとか、殿下とか、マリヴェルもローズもヒューズも、あいつらは友人だし、俺が手を貸すことはあっても守るとはまた違うしな。
多分悪役貴族の俺だが、できることは全部やるんだ。
そのうえで畳の上で大往生出来たら最高だと思っている。
気負い過ぎてアウダス先輩の件ではいきなり失敗しそうになったけどな!
というわけで、まずは冷静に糸目先輩に対処しないとな。
あと一つだけ言わせてほしいことがある。
パタンって音を立てて本を閉じるな。かっこつけてんじゃねぇ、本が傷むだろ。
前世と違って今世の本は一つ一つ丁寧に製本されてんだからな!
昼日中の直射日光の元広げていることといい、何読んでたか知らないがもうちょっと丁寧に扱ってほしい。
「はじめまして。私はエル=スティグマというんだ。アウダスと同じ3年生だよ。こんなに怖い顔をしたアウダスと一緒に歩いている勇気のある君の名前は?」
うーん、わかんない。
笑ってるから余計に表情が読めない。
「ルーサー=セラーズと申します。先輩はいつごろから学園に戻られたんです? まだ学園が始めるまで随分ありますが」
「昨日戻ってきたところだね。ルーサー君こそ来るのが随分早かったんだね。退屈をしていないかい?」
「お陰様で。早く学園に慣れることもできましたし、頼りにしてもよさそうな先輩にも出会えました」
アウダス先輩をよいしょしてみたけど表情は変わらない。
何でできてるんだあの表情筋。
「頼りにしてもよさそうな先輩?」
鸚鵡返ししてアウダスの方を見たエルは、糸目が開き瞳が覗いている。
「なんだ」
「いや、なんかよかったね……」
「なにがだ」
「ルーサー君、良くしてあげてよ。アウダスはこんな怖い顔で、訓練になれば容赦なく人を叩くけれど、根は優しいいい奴なんだ」
「そう思っていなければ一緒にいません」
「……驚いた。アウダス、間違ってもこの子と訓練をしたりして怖がらせてはいけないよ」
「もうしている」
「なんだって!?」
驚いたエルは手に持っていた本を取り落とした。
オーバーリアクションだよ。
俺はかがんで本を拾い、そっとほこりを払って閉じる。ちらりと見えた文字から察するに、王国やこの地域全体の歴史を描いた本のようだ。多分昔に一度目を通したことがある。
肝心な部分は伏せてあるにしても、読み物として十分に楽しめる内容だったはずだ。
「なかなか強い。本気をまだ引き出せていない」
「ははぁん、アウダス、君も冗談を言うようになったんだね、いい傾向だ」
……ばれてるか。
剣術だけで戦うことが俺の本気ではない。
あれだけ魔法の訓練をしてきたのだから、俺の剣術の根本には当然魔法を撃つ動作というものが混ぜ込まれている。
癖になった余計な動作の一部から察せられたのかな。
ということは、もしその時に魔法を撃ったとしても致命打を与えるには至らなかったかもしれないということだ。アウダス先輩、やっぱり強いな。
そっと先輩の表情を窺うと、お前の手の内は分っているぞと言わんばかりの憮然とした顔だ。
いや、いつもと変わらないから俺が勝手にそう受け取っているだけだけどさ。
「冗談……冗談でしょう?」
エルの問いかけに俺たちは答えない。
それが俺たちの返答でもあった。
いちいちオーバーリアクションの人だ。
でもまぁ、客観的に見て俺は1年生なわけで。
その素行や成績や、そして剣の腕によって16歳にして寮監に選ばれているアウダス先輩と、まともに打ち合える時点で特殊ではあるのだろうと思う。
俺の中では、13歳なんてすっかり体も成長しているイメージあったけど、実は全然そんなことがない。
現時点での俺の身長は、なんとイレインより小さいのだ。
ちょっと悔しい。
これから背が伸びて手足が長くなっていくのに合わせて、戦闘の感覚を微調整をしていくのは面倒だけれど楽しみでもある。
今は工夫して力で打ち合わないことを念頭に置いているけれど、背が高くなれば取れる手段も増えていく。父上も祖父も曽祖父も、かなりがっちりとした立派な体つきをしているから、俺だけがこのまま背が伸びないということもないだろう。
そういえばこの人、家名まで名乗ってもあまり反応が変わらなかったな。
まさかセラーズ家のことをよく知らない?
〈光臨教〉の人間だとしたら、ウォーレン王との関わりもあるだろうし、学園に通っていて俺を知らないというのもおかしな話だ。
でもなぁ『僕のことを知らないんですか?』なんて尋ねるのは、めちゃくちゃに自意識過剰に聞こえないだろうか。
この会話の切り上げ時がわからない。
発端が俺じゃないから、勝手に切るのも気が引ける。
「驚いた。剣の腕もたつんだね」
あ、違う、こいつ知ってるぞ。
しかもわざとそこに触れてこない。
学園に来てからこんなことばかりだな。
相手は俺のことを知っているのに、俺は相手のことがさっぱりわからない。
酷いハンデ戦をやらされているような気分だ。
いいや、今はその辺全部触れずにおこう。
中途半端にやり合って余計な情報を与えても仕方がない。
「父と訓練をしていたものですから」
「そうだとしても、アウダスは最上級生だって真正面から打ち破る剣豪だよ?」
「どうりで、伸びた鼻をへし折られるわけです」
「はは、謙遜が上手だなぁ」
「いえいえ、本当のことですので」
「くだらん。俺はもう行く」
俺たちの上っ面の会話に、眉間の皺がさらに深くなったアウダス先輩が歩き出す。
まぁこんな会話はお好みじゃないと思っていたよ。
「僕は先輩と一緒に行くので。はい、本をお返しします」
「ああ、悪いね。……神童の噂は伊達じゃないようだね」
にっこりと笑って小さな声での賞賛、なのかな?
ここはひとつ、俺の知っている物語の主人公たちを見習おう。
「本は大事にしましょうね! では、失礼いたします」
難聴系主人公たち、お前らももしかしてこんな風にドキドキしながら聞こえないふりをしていたのかなぁ。
しばらく歩いて追いかけてこないことにほっとする。
ま、いきなり距離詰めてきたりはしないか。
「悪かったな」
周りに人気がなくなったところで、唐突にアウダス先輩が謝罪をした。
こちらこそ先輩が帰りたくなるような方向に話をもって言って申し訳ないんだけどね。
あのエルって人が本当にアウダス先輩と仲がいいのだとしたら、俺が邪魔をしてしまったわけだし。
「お前との訓練のことを勝手に話すべきではなかった」
「ああ、そんなことですか。話の流れですから仕方ないでしょう」
「久方ぶりに、まともな訓練相手が見つかったことが嬉しかったのだ」
アウダス先輩を見上げてみたが、目が合うことはなかった。
そうか、嬉しかったのか。
俺もいい訓練相手が見つかって嬉しかったよ。
あと今その本音が聞けたことも嬉しい。
「別にいいんですよ、あれくらい。僕だって人よけに先輩を使わせてもらっていますから」
「……やはりそうだったか」
「怒りますか?」
「……いや、好きにしろ。俺は……、父上が尊敬していると言っていたセラーズ伯爵が、噂されるような悪い人物であるとは思えんのだ。自分の目で確かめていないことをとやかく言うのは気に食わんのだ」
先輩、ぶっちゃけ過ぎだと思います。
この人貴族には向いてないなぁ……。
俺なんか、よっぽど身近なところが攻撃されなければ、案外へらへらとやり過ごせるほうだと思うけど、この人の場合は真面目過ぎるんだろう。
ただ一つだけ絶対に伝えておかなければいけないことがある。
「先輩」
「なんだ」
「ありがとうございます。僕も父上のことを尊敬しています。強く、優しく、懐に入れた人を本当に大切にする人です」
「……そうか。知らん奴の噂よりは参考になるな」
先輩はそれきり無言で寮に向かって歩いた。
でもまぁ、こんな沈黙なら望むところだ。
改めて、この間酷い態度をとったまま放置しなくてよかった。
短気は損気、気は長く持ちたいものだ。
◆
「勝負も受けられねぇのか? はっ、神童ってのも噂が独り歩きしただけだな」
「はは、すみません。僕は魔法の訓練をしに来ただけですから……」
はぁ、魔法の訓練場に来ただけでこれだ。
今日は
「その調子じゃ、魔法の腕も大したことないんだろうな」
「そうですね、皆さんに披露するほどのものではないかもしれません。皆さんのお邪魔になりそうですから、これで失礼いたしますね」
「はっ、どーせお前に魔法を教えた『賢者』ってのも大したことなかったんだろうな」
「……はい?」
は?
「聞いたぜ、最後は賊に負けて無駄死にしたんだろ? はっは、師匠が師匠なら……」
袖を伝って短い杖を滑り落し、その先端を傾けて魔法を一発。
脳みそにごみが詰まっている阿呆の耳の一部を消し飛ばす。
「
短気は損気?
は? なんだそのことわざ、聞いたことないけど。
俺は杖の先端をその馬鹿の眉間に突き付けて問いかける。
「ルドックス先生が、なんですって?」