たぶん悪役貴族の俺が、天寿をまっとうするためにできること   作:嶋野夕陽

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成敗

 エルという如何にも裏がありますよって先輩に出会ってから数日。

 アウダス先輩に魔法の訓練ができる場所を聞いて、俺はこそこそしながら訓練場へ向かっていた。

 自室で自主練はしているけれど、やはり実践をしないと感覚が鈍る。

 衆人の下すべてを出し切るわけじゃないけどさ。

 

 訓練場の場所を聞いた俺に、色々と言いたそうな顔をしながらも「そうか」の一言で場所を教えて送り出してくれたアウダス先輩に感謝。

 

 で、いざ訓練場にたどり着いてみると、なんか集団がいくつかできていて、仲良く魔法の訓練をしているんだよな。

 いちゃつきながらやってるので、シンプルにちょっとだけイラっとしたけど、いくら俺だってそんなことでトラブルを起こすような馬鹿ではない。

 見たところ15歳くらいだもんなぁ。

 ちょうど女の子とのイチャイチャを見せつけたい時期だろう。

 しゃーないしゃーない。

 

 訓練場の端っこを通って的がある場所へ向かっていると、集団の中にいる女性の一人が、俺の方を見て小さく手を振ってきた。

 なんだ、美人局か?

 そうじゃない可能性もほんの少しだけあるので、俺は軽く頭を下げるだけの会釈をして通り過ぎる。

 

 的までたどり着いて基礎的な礫弾を続けざまに放つ。

 まっすぐ、想定通りの速度で。

 あるいは、曲げたり、前の礫弾に隠してもう一つ礫弾を放ってみたり。

 まぁ、本当に準備運動みたいなものだ。

 

 そういえば俺は、学園に来てからはクルーブに貰った杖を使っている。

 無理やり奪い取ったわけではなく、クルーブが新調したから譲ってもらったのだ。

 

 普段は剣を加工して杖として使ってるから、これは俺にとっても予備になる。

 

 帯剣が許可制なのに、杖は自由でいいよっていうのはどういうことなんだろう。

 今一つ納得できていないけど、ルールとして決まっているので渋々従っている。

 

 それにしてもこの短い杖使いやすいんだよなぁ。

 杖によってめちゃくちゃ性能が変わるってわけじゃないんだけど、やっぱり多少は魔法の扱いやすさが変わってくる。

 クルーブの杖は、小さい形にできる限りの勝手の良さが詰め込まれた良い杖だ。

 

 さて、準備運動は終わったから次はどうしよう。

 そう考えていると、わざわざ離れてやったはずの男女の集団が俺の方へ近づいてくるのが見えた。

 

 

 

 

 変な時期に学園の寮に残っている貴族は、大概みそっかすか、何かしらの事情があるものだ。

 その日魔法訓練場にできていたのは、いわゆる事情がある方の貴族を中心に、みそっかすと平民が集まっている集団だった。

 その貴族の息子は、帰省しようという時期に、突然手紙で忙しいから帰ってくるなと言われたのだ。

 理由もろくに書かれていない突き放すような内容の手紙。

 不安や不満を抱えるのは当然だった。

 

 彼はそれを紛らわすために、自分がちやほやされる、この魔法訓練場へやってきていた。

 頭を下げられるのは気分がいい。

 多少雑に扱ったところで注意する者もいない。

 

 しばし王様のような気分を味わいながら訓練場で過ごしていた男は、ふと取り巻きのうちの一人である、なかなかかわいらしいと目をつけていた少女が、何者かに手を振っていることに気がついた。

 

 いい気分だったのに気に食わない。

 

「なんだ?」

 

 唐突な要領を得ない質問だった。

 しかし急降下したことだけは取り巻きにもわかる。

 

 集団はぴたりと静かになって、それぞれが自分に対して発せられた言葉でないことを祈る。

 

「今のは何だと聞いている」

 

 明確に目が合った少女は、尋ねられていることに心当たりがあった。

 少年が一人、自分たちの様子を窺いながらそーっと歩いているのが可愛らしくて、先ほどちょっとだけ手を振ってしまったのだ。

 まさか見とがめられるとは思っていなかったので、一度目の問いかけで答えることができなかった。

 

 少女は平民出身の魔法使いだ。

 問いかけの主は、彼女を推薦してくれた貴族の嫡男だった。

 絶対に逆らうわけにはいかない相手だ。

 

「小さい子が、こっちを気にしていたので手を……」

「どいつだ」

「あ、あの、マッツォ様、彼はその、きっとこちらに混ざりたかったのだと思います! マッツォ様の魔法の腕は有名ですので……」

 

 自分が手を振ったせいで、それで機嫌を損ねたせいで、少年が嫌な目にあわされてはと思いとりなそうとした少女だったが、子爵家の嫡男であるマッツォから向けられた冷たい視線に口をつぐんだ。

 

「どいつだ、と聞いているのがわからないのか? 私に、また同じ質問をさせたな?」

「も、申し訳ございません……」

 

 少女の泳いだ視線が、ルーサーの姿を映す。

 その視線は、マッツォに対象を悟らせるのには十分なヒントになってしまっていた。

 

「……あれは、セラーズ家の息子だな。なるほど、面白いことを思いついた」

 

 マッツォは知っている。

 セラーズ家の嫡男が『神童』と呼ばれて調子に乗り、王太子と交流を持っていたことを。

 そして魔法が得意であるということを。

 

 マッツォの魔法の成績は優秀だ。

 上から指折り数えればすぐに名前が挙がるくらいである。

 

 マッツォの実家の領土は、ウォーレン王国と接している。

 余計な出費、余計な悩み、それらが今回の帰ってくるなという手紙の原因の一つであると、マッツォは思いこんでいる。

 坊主憎けりゃ袈裟まで憎い。

 表だっては言えないが、貴族界ではセラーズ家は裏でウォーレン王とつながっているともっぱらの噂だ。国内の殆どの貴族が、セラーズ家のことを嫌っている。

 

 少し意地悪をしてやろう。

 魔法の指導と称して、痛い目に合わせてやろう。

 そうしたって、嫌われ者のセラーズ家を庇うものなんていない。

 

 歩き出したマッツォに、少女が追いすがって機嫌を取ろうとする。

 

「マッツォ様、あの……」

 

 マッツォの手が翻り、少女の頬を打った。

 

「私に気安く触れるな」

 

 マッツォはこれまでは少女に対して比較的穏やかに接していた。

 顔が気に入っていたからだ。

 しかし今はもっと別に気になることがある。

 

 へたりこんだ少女をおいて、マッツォは胡散臭い笑みを浮かべながらルーサーの下へと向かうのだった。

 

 訓練場をまっすぐに突っ切れば、マッツォとルーサーの距離はすぐに縮まった。

 それなりに顔を知られているマッツォの道を遮る者はいない。

 何せ今はみそっかすしかいないのだ。

 その中での子爵家嫡男の名はなかなかに重い。

 例えマッツォのことをよく知らなくとも、肩で風切って歩いていればその邪魔をしようなんて思うものはいない。

 

 本来学園は、身分を気にする場所ではないのだが、それを知っている生徒たち自身が気にしてしまっていると、なかなかそれを正すのは難しいのだ。

 

 ルーサーは集団が近づいてくると、それに気が付き場所を移した方がいいかなと、杖をこっそりと袖の中へしまった。

 ただ、ここは訓練場の端っこだ。

 移動しようにも必ずこちらへやってくる集団とすれ違う必要はある。

 わざわざ自分が訓練している場所へ向かってくるなんて、いやがらせでもしたいのだろうなと、ルーサーは呆れてため息をついた。

 

 また訓練場の端っこを歩いていこうと一歩踏み出したところ、マッツォが声を上げる。

 

「まて、君はもしかしてセラーズ家のご嫡男じゃないのか?」

 

 そのにやけた顔を見てルーサーは思う。

 知ってるくせにわざとらしいな、この野郎、と。

 

 しかし外に見せる顏は笑顔のままだ。

 身長はいまだ150cm台。

 子供らしい顔つきは優しげで、少し儚げにも見えて、溌溂としている王太子と比べてもよほど王子様らしく見える事だろう。

 

「よくご存じですね、おっしゃる通りです」

 

 しかしその一見大人しそうに見えるルーサーは、声をかけられると怯える様子も見せずに正面からその言葉を受け止める。

 

 それはマッツォに生意気だと反感を買わせるには十分な態度だった。

 セラーズ家ならば、多くの貴族から嫌われていることを自覚しているはずだ。

 自分を避けて訓練場を歩くくらいならば、怯える姿の一つくらい見せよと。

 

「新入生で自主的に魔法の訓練をするとはいい心がけだな。さて、セラーズ家のご嫡男と言えば、神童と名高かったはずだ。特に魔法の腕に関しては王都でも噂されるくらいにな」

 

 マッツォは一拍空けて様子を見るが、ルーサーは答えない。

 それは周りから見れば気圧されているようにも見えたけれど、マッツォから見ると少し違う。

 その一見穏やかそうに見える瞳が、まっすぐ自分の目を見返してきているのだ。ルーサーの心が折れていないのは明白だった。

 

「一つ、手合わせをしてみないか?」

「成程、ご指導の申し出ありがたいですが、生憎僕は、手合わせのやり方を知りません」

「何、降参するまで魔法を撃ちあうだけさ」

 

 嘘だ。

 正確には嘘ではないが、そんな命に係わる様な訓練は教師立会いの下でしか行われない。

 

「怪我でもしたら危ないですから」

 

 この言葉も周りから見ると、自分の身を守っているように聞こえる。

 しかし、マッツォの頭にはカッと血が上った。

 冒頭に隠された『あなたが』というニュアンスを受け取ったからだ。

 

「成程、なるほどな」

 

 息を吐いたマッツォに、周りはホッする。

 この嫌な緊張感のあるやり取りがようやく終わるのかと、気を緩ませたその時だった。

 

「勝負も受けられないか? はっ、神童というのは所詮噂が独り歩きしただけか」

「はは、すみません。僕は魔法の訓練をしに来ただけですから……」

 

 ルーサーが困ったような表情で答える。

 実際は呆れかえっているだけだったけれど。

 

「その調子じゃ、魔法の腕も大したことないのだろう?」

「そうですね、皆さんに披露するほどのものではないかもしれません。お邪魔になりそうですから、これで失礼いたしますね」

 

 一歩歩き出そうとしたルーサーに、逃がす者かとマッツォが追撃をかける。

 大人げない挑発だと本人も思っていたが、傷つけられたプライドが口の滑りを良くしていた。

 

「なるほど、散々持ち上げられているが、きっとお前に魔法を教えた『賢者』というのも大したことなかったんだろうな」

「……はい?」

 

 ルーサーの雰囲気ががらりと変わったことに気づいたのは、冷静に様子を見ていた周囲の取り巻き達だった。

 小首をかしげ、目を細め、うっすらと笑みを浮かべたままの美少年がマッツォを見る目は、道端に落ちている汚物を見るようであった。

 

「聞いたぞ。最後は賊に負けて無駄死にしたんだろ? はっ、師匠が師匠なら……」

 

 ルーサーの腕が僅かに動き、直後一瞬見えた杖の先端から何かの魔法が放たれ、マッツォの耳の一部を削り飛ばして空へ消える。

 マッツォがその暴挙に気づいたのは少し後。

 

「あつっ」

 

 何が起こったかわからぬまま耳を押さえて身をかがめたところへ、目を見開いたルーサーが詰め寄り、その眉間に杖をごりっと押し当てた。

 

「殺すぞ」

 

 紅顔の美少年から放たれる言葉としてはおよそ適当な言葉ではなかった。

 その場にいる全員が、一瞬幻聴ではないかと疑ったが、見開かれた目と眉間に寄ったしわがそれを否定している。

 しかしそれもほんのわずかな間だった。

 もう一度杖の先端がごりっと、押し付けられる間に、ルーサーの表情は少しずつ柔らかくなり、そして最後には冷たい、冷静に人を見下すような表情だけが残る。

 

「ルドックス先生が、なんですって?」

 

 問いかけに、マッツォは唾をのみ、ごくりと喉を鳴らした。

 一瞬にして乾ききった喉が、返事をすることを邪魔していたからだ。

 命を握られている。

 まさか学園内で殺しはしないだろうと思っても、今両手で押さえている耳からは、その命の一部が流れ出し続けている。

 

 やるんじゃないか。

 こいつなら本当にやるんじゃないか、という恐怖が心に宿ってしまったらもうダメだった。

 

「い、言い過ぎた、口が滑ったんだ」

「口が滑ったということは普段から思っているということですね」

「違う! 神童である君とどうしても手合わせがしたくて、つい」

「つい、でルドックス先生のことを侮辱したと」

 

 本人を持ち上げたというのにさらに怒りのボルテージが上がってしまう理由が、マッツォにはわからない。

 ここに至って言い訳も何も思いつかなくなったマッツォは悲鳴を上げるように言った。眉間にさらにめり込んだ杖の先端は、もはやマッツォの身体を押し倒さんとするような力が込められていた。

 

「申し訳なかった! 私の全てが間違っていた、許してくれ、頼む」

「……僕のことは、最悪ある程度気にしません。しかしルドックス先生や家族のことまで触れるようでしたら、次はありません。よく覚えておいてください、次はありませんからね」

 

 ルーサーは十分に忠告をすると、杖をひっこめ、視線を外し、歩き出す。

 マッツォはその場で地面に崩れ落ち、ルーサーの後姿を目で追いかけることすらしなかった。

 

 

 あー、やった、やりました、やってしまいました。

 頭にかっと血が上って、魔法を放ったまではそうでもなかったけど、それ以降はだんだんと冷静になってきていた。

 いや、ルドックス先生を馬鹿にされて怒ったこと自体には全く後悔はない。

 あそこで怒らなかったらむしろ自分を許せない。

 

 問題はもうちょっとうまくやれなかったのかってことなんだよ。

 取り巻きの面前で、あそこまでプライドをぼこぼこにするのはやり過ぎた。

 あちらに言い訳をする余地があるようにしておいても良かったんじゃないだろうか。

 貴族ってのはプライドが高い生き物らしいからなぁ。

 冷静になった時絶対あいつは俺のことをめちゃくちゃ恨む。

 

 うーん、余計な敵を作ったか。

 ……いやぁ、元から敵だったよなあいつ。

 俺が避けて通ったのに、わざわざ近寄って因縁つけてきたわけだから。

 

 いやでもなぁ、怪我させてるんだよなぁ。

 証拠的に俺が不利になるか?

 

 ……隠ぺいするか。

 

 回れ右。

 名乗りすらしなかった物だからどこのどなたかもわからない、おそらく貴族の息子である何某の下へ戻る。できれば格上の爵位じゃないとありがたいけれど、どうだろう。

 

 取り巻きがざわついたことで俺の接近に気づいたらしい何某君は、息を吸って小さな悲鳴のような音を立てた。

 おお、結構ビビってる。

 案外放っておいても大丈夫だったかもしれない。

 

「な、な、なんだ、なんなんだ」

「怪我をさせてしまったので、治そうかなと思いまして」

「い、いや、結構だ」

「後に残っても困りますから、治します」

 

 お前がいるとかいらないとかじゃないんだよね。

 俺が治した方がいいと思ってんだよ。

 残念ながら取り巻き達も、俺の行く手を遮るほどに忠実ではないらしい。

 座り込んだ何某君の耳のあたりは、丁度俺の手を少し動かせば届く位置にあった。

 

 また袖の中に収納していた杖を滑らし手に握ると、何某君が後ずさった。

 

「ああ、名前、聞いていませんでしたね。僕はご推察の通り、セラーズ伯爵家嫡男、ルーサー=セラーズと申します。先輩は?」

「あ、いや、私は、その……」

 

 ほう、こいつ、名前を名乗らないで後で探されないようにしようとしてるのか?

 もしかしてまだ舐められてる?

 

「お名前、教えていただけませんか?」

「マッツォだ! フルベルク子爵家嫡男、マッツォ=フルベルク!」

 

 ああ、ウォーレン領の近くだな。

 すべての貴族の名前を完璧に覚えているわけではないけれど、ウォーレン王国関係の話題で見かけたことがあるから覚えている。 

 

 最近ウォーレン王国の周りでは、運営に困っている領地が多いのだ。

 その理由はウォーレン王国の制度にある。

 税率の低さによる領民の流出と、探索騎士の採用による、探索者(シーカー)の流出。どっちも対処しないほうが悪いじゃろがい、って話ではあるのだけれど、先に先に手を打たれてる現状、身を切る改革はなかなか難しいのだろう。

 どの領地にもだいたい小さなダンジョンくらいはあって、そこの生産物は市井の暮らしを潤し、金を巡らせている。

 逆にダンジョンに潜る者がいなくなると、ちょっとした便利な品や加工品の材料なども手に入らなくなったりする。光石なんかを外から買うようになると、それだけでちょっとした財政圧迫になるだろう。

 

 後継ぎなのにこの時期に寮にいるのはそのせいかもな。だとしたらフルベルク領はかなり切羽詰まった状況になっている可能性が高そうだ。

 

 おっと考え込んでいる間に、だいぶ怯えた目で見上げられてしまった。

 

「ではマッツォ先輩、手をどけてください」

「な、なにをする気だ!? わ、私は、子爵家とはいえ嫡男だぞ? い、いくらセラーズ伯爵家が大きな家だとしても、こ、殺したりは……」

 

 何言ってんだこいつ。

 

「殺す? 僕、治しますって言ったでしょう?」

「治す……? つ、杖を頭に突き付けて、何をどう治すというのだ……」

 

 いや、だから……ああ、そうか。

 こいつ、俺が治癒魔法使えるの知らないもんな。

 そりゃあさっき自分の耳をえぐり取った杖の先端が頭に向かってたら怖くもなるか。

 

「治癒魔法が使えます。先ほど見た程度の傷であれば、5分もあれば治せます」

「治癒魔法は……第五階梯だぞ……?」

「いいから、手をどけてください」

 

 恐る恐るどけられた手のひらには結構な量の血がべっとりとついていた。

 でもパッと傷口を見る限り、宣言通り5分以内には治せそうだ。

 言っておいてできなかったらかっこ悪いから、この程度の怪我で良かった。

 

「では……」

 

 俺は詠唱をせずに杖の先に魔力とその動きのイメージを送り込む。

 焦ってはいけない、魔力はなんだってできるけれど、俺が使うことのできる治癒魔法は万能のものなんかじゃない。

 この程度の傷は5分以内に治せる、は、逆に言えば、この程度の傷ですら、治すのには5分程度はかかるということだ。

 

 母上の目を完治させるまでに、俺は毎日1時間の治癒魔法をかけたうえで、半年の時間を要した。

 俺が、それなりに魔力を消費してもそれだ。繊細な魔法なのである。

 

 まぁ、正直ここで適当な加減で一気に魔力を流し込み、耳にでっかい腫瘍を作ってやることもできるのだが、治癒魔法を使うものとしてあまりに外道なのでそれはやらない。

 治すのだったらできるだけ綺麗に治してやることが、俺の魔法使いとしてのプライドだ。痕が残って治癒魔法が下手だなんて噂が流されたら、俺は多分かなり悔しがると思う。

 

「……治りましたよ。後で鏡で確認してください」

 

 マッツォは両手で耳を触り、その形を何度も確認している。

 この野郎、全然信用していないな。

 

「本当に使えるのか……第五階梯を……」

「使えますよ、嘘をついてどうするんですか」

 

 マッツォがごくりと唾をのんだ。

 ああ、想像したんだな。第五階梯の魔法で、自分が消し飛ぶところを。

 

 やらないよ、反省しているならね。

 

 ところで俺、さっきから気になってたことがあるんだよな。

 取り巻きの女の子のうちの一人が泣きそうな顔して、ほっぺた腫らしてるんだよ。

 

「そっちの先輩、ほっぺ、怪我してるならついでに治しましょうか?」

「……あ! いえ、私は……」

「遠慮しなくていいですよ。……ああ、もし怖いとかなら、やりませんが……」

 

 一歩踏み出したところでめっちゃ後ずさりされた。

 善意100%の提案だったのだけれどちょっとショックだ。

 普通に落ち込む。

 

「な、治してもらえ!」

「え、あ……、は、はい」

 

 マッツォから偉そうな言葉が飛んできて、女の子はびくりとしながらもこちらに近寄ってきた。

 なんか、権力と暴力をちらつかせて女の子に悪さするやつみたいに見えない?

 俺、今すごく悪役っぽくないかな? 大丈夫か?

 

「痛みとかないので。マッツォ先輩の時と同じで、5分程度で治ると思います。体を楽にしておいてください」

「うん、お願いします……」

 

 ちょっとはにかんでくれた。

 これ、俺のこと怖がってたわけじゃなさそうだな。

 

 よく考えてみれば、さっきまで主人が敵対しようとしていた相手からの提案なんだから、断ろうとするに決まってるか。後でこの子の立場が悪くなったりしないといいんだけど。

 しばらく黙って治癒魔法を使っていたけれど、沈黙に耐えられなくなって尋ねる。

 

「この傷はどうして?」

「あ、えっと……」

「ああ、答え辛いことを聞いてしまいましたか。申し訳ありません」

「う、うん」

 

 うーん、寮にいる以上DVとかではないんだろうけどなぁ。

 同室の人と喧嘩したとか?

 いじめとかだとしんどいけどな。

 しかし取り巻きに入っているのに、そんなこと起こり得るんだろうか。

 

 ……待てよ。

 この子、さっき俺に手を振ってくれた子だよな。

 

「…………マッツォ先輩」

「な、なんだ?」

「この人のこと、叩きました?」

 

 返事なし、沈黙が答え。

 

「ち、違うんですよ。私がすぐに返事できなかったのが悪くて……」

「こう言ってますけれど?」

「……私が、短気を起こして手を挙げたのだ。すまなかった」

 

 俺に謝っても意味ねぇけど。

 

「僕、ちゃんと見てますから」

「な、何がだ?」

「マッツォ先輩の名前も顔も、それからここにいる全員の顔も、ちゃんと覚えましたから。くれぐれもこの後妙なことはしないでくださいね?」

「……しない、約束する」

 

 どうかなー、返事までのちょっとの間が怪しかったなぁ。

 

「何か嫌なことがあったら教えてください。僕のせいで叩かれてしまったようですし、僕のできることならやりますから」

「え! いや! そんな、本当に全然そんなことなくて!」

「……はい、治りました。本当に、遠慮せずに言って下さい。知らないうちに妙なことになっているほうが嫌なので」

「は……、はい……」

 

 よし、とりあえずこれでオッケー。

 さて、けが人もいないし、今度こそ寮に戻るか。

 

 いや、訓練の途中だったな。事も片付いたし、このまま継続してもいいんだけど……。

 

 そんなことを考えていると、取り巻きの人たちが再びざわついた。

 なんだと思ってみんなが見ている方を向くと、5割増しくらいで険しい顔をしたアウダス先輩がまっすぐこっちに歩いてきている。

 そして俺の前でピタッと足を止め、ぐるりと辺りを見回してから、マッツォの手に着いた血を見つけて動きを止めた。

 

「喧嘩か?」

 

 俺が目を逸らすと、マッツォの焦ったような声が聞こえる。

 

「い、いや! 俺が勝手に転んでけがをしただけです!」

「本当か?」

「は、はい! それを新入生のルーサー君に治してもらいました!」

「……本当だな?」

 

 取り巻き達をぐるりと見ると、全員がこわばった顔をして縦に頷く。

 

「分かった。ではそういうこととする」

 

 よし、ごまかしがきいた。

 俺は訓練の再開でもしようかなっと……。

 

「ルーサー」

「……はい」

「寮へ戻るぞ、話がある」

「はい……」

 

 アウダス先輩の声色がかなり硬質だ。

 全然誤魔化せてなさそうだなぁ、これ……。

 

 

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