たぶん悪役貴族の俺が、天寿をまっとうするためにできること   作:嶋野夕陽

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恵まれた関係

 訓練場から離れて、無言のまま寮へ向かう。

 元からよく話す方ではないし、怒気を感じる動きもしていないから、怒っているわけではないのだと思う。

 この状況で俺の方から色々と話しかけるのもなんだか違う気がして、俺は黙って先輩の横を歩いていた。いつもそんなに話すわけじゃないから、そこまで違和感ないんだけどね。

 

 階段を上がって四階の廊下に着いたところでアウダス先輩はようやく振り返った。

 まっすぐな廊下は奥まで見通せるし、角の先までは声が聞こえない。

 

「学園において喧嘩は両成敗だ。不満があるならば訴え出るといい。そのための寮監だ」

「……訓練、とかはどうです?」

 

 訓練場で起こった事態だし、そもそもマッツォのやつは手合わせをしろとか言ってきてた。それくらいは許されているはずだ。

 

「互いに納得してならば手合わせして構わんが、その場合は寮監か教師の承認がいる」

「……最初に手合わせをしようと言ってきたのはあちらですけどね」

「おおかた、新入生だから規則を知らないだろうと吹っ掛けてきたのだろうな。それで受けたのか?」

「いいえ、断りました」

「怪我をした形跡があったが」

「……転んだと言ってましたけど?」

 

 マッツォ君がそう言ってましたー。

 

「周りにいた者に聞き取りをしても良いが」

「すみません、ちょっと魔法を撃ちました」

 

 アウダス先輩に凄まれたら、いや、本人はただの聞き取りのつもりだろうけれど、とにかくそれをされたら、多くの人はげろげろっと真実を口からこぼしそうだ。

 

「お前は俺と違って柔らかな顔立ちをしているが、随分と気が短いのか?」

「いえ、どちらかといえば温厚な性格をしているつもりです」

 

 いや、本当に自分のことに関してなんか言われても、大抵のことは笑って済ませられるんだけどね。

 先輩は一応怖い顔してる自覚はあるんだね。

 後俺はやっぱり温厚そうに見えるのか。いつも笑顔で丁寧語を心掛けている成果が出てるな。

 

「新入生が絡まれていると聞いて見に行ったのだがな」

「それ正しい情報です」

「俺にはお前が奴に脅しをかけているように見えたが」

「やや語弊がありますね」

 

 その大きな体で腕を組まれると圧迫感あるなぁ。

 大きなため息をつき、一言。

 

「何を言われたんだ」

「話を聞いてくれるんですか?」

 

 アウダス先輩は寮監なわけだから、てっきり怒られるかと思っていた。

 よくできた性格の人だなぁ。顔は全然違うけどサフサール君を彷彿とさせる。

 ……元気かな、サフサール君。

 もし学園にいたら、アウダス先輩より1学年上か。

 きっと立派になってるんだろうな。

 一緒に学園に通いたかった。

 

「結果がどうあれ、年上の者が集団で新入生を囲んでいたのは事実だ。俺について回って面倒ごとを避けているお前が、わざわざもめ事を起こしに行くとは思えん」

「……既に亡くなっている恩人を馬鹿にされたんですよ」

 

 思い出しただけでちょっと腹が立ってきた。

 アウダス先輩が悪いわけじゃないのに、吐き捨てるような言い方になってしまう。

 立場上どうしたらいいのかわからなかったから引いたけれど、あれぐらいで溜飲が下がるというわけでもない。

 

「卑怯だと思いませんか? ルドックス先生は偉大な魔法使いでした。僕が至らないことはともかく、先生のことを馬鹿にするのは許せません」

「……なんと馬鹿な」

 

 少し震えた低い声。

 多分これは俺に向けての言葉ではない。

 アウダス先輩はいつにもまして恐ろしい形相で、訓練場のある方を睨んでいた。

 

「今の話は誓って本当か?」

「本当です、こんな嘘つきませんよ」

 

 アウダス先輩めっちゃ怖い顔してる。

 

「奴は『賢者』様の功績を知らないのか。戦場では幾隻もの敵船を沈め、大雨が続けば川の流れを変え、王都の重犯罪を三分の一まで減らした、あの『賢者』様を馬鹿にした? 学園で教える魔法の基礎を刷新された方だぞ? いったいどれだけの魔法使いが『賢者』様を慕っていると思っているのだ。陛下の御前で唾を吐くに等しい愚行だ……。……なぜもっと完膚なきまでに叩きのめさなかった」

 

 何? いまなんて言ったの?

 なんで叩きのめさなかったって言った?

 この人寮監だよね?

 

「先輩、あの、さっきと言っていることが違いますよ」

「俺が今から話をしてくる」

 

 冷静に話をしてくる顔じゃないんだよ!

 拳は固く握られているし、眉と目がくっつきそうなくらい近寄っている。

 多分この人、真面目で愛国心が高いだけに、そこから外れた行為にめちゃくちゃ厳しいんだ。考える余地がある事態ならばともかく、今回のマッツォの行動と発言は、その余地が全くない。

 ノータイムでぶちぎれたというわけだ。

 

 とか冷静に考えている場合ではない。

 このまま行かせたら何をするかわからないような形相をしている。

 

「先輩、やりましたから、僕、耳の一部ふっとばしておきましたから」

「卑怯者に耳などいらん。両方ちぎってくる」

 

 うおー、この人、結構やばいじゃん!

 なんで今までトラブル起こしてこなかったんだ?

 最悪マッツォの耳ちぎるのはいいけど、頼りになる先輩がいなくなるのは困る!

 

 というか怖い、冷静になると耳ちぎるとかめっちゃ怖い。

 一部を吹っ飛ばしたのはまだピアス感覚で誤魔化せ……誤魔化せはしないけどさ! 

 でもちぎるのはもう次元を超えて蛮族のやることなんだよ!

 

「どうどう、先輩、僕はもう怒ってないですから、落ち着いてください。マッツォとかいう先輩も謝ってました、自分が間違っていたと認めさせましたから」

 

 階段の前で手を広げてゆく手を塞ぐ。

 顔を真っ赤にした暴走機関車みたいな先輩は、流石に俺を突き飛ばすわけにもいかず、行き場のない怒りを貯めこんだ。

 ええと、どうする、こういう人にはなんていえばいいんだ。

 

「そ、それに、今先輩が行ったら、まるで僕が先輩に泣きついたみたいでかっこ悪いじゃないですか! やめてください」

「…………ふー。…………そうだな、今のところは止めておこう」

 

 あ、ちょっと収まった。

 こええ、なんで今まで問題起こしてこなかったんだ、この人。

 それにしても怖い顔だなぁ、人間の頭とか片手で持って握りつぶしそう。

 

「マッツォ……、確かフルベルク家の嫡男だな……?」

 

 あ、この人生徒に結構詳しい。

 真面目だもんなぁ。

 

 俺分かったよ。

 多分みんなアウダス先輩が怖いから、この人の前では悪いことしたり、妙なこと言ったりしないんだ。

 だから今までトラブルになってなかっただけだ。絶対そうだ。

 

 マッツォ、お前ちょっと怖い人に目をつけられたかもしれないけど、俺のせいではないから恨まないでくれよな。

 

 

「なにしてるの、邪魔だけど」

 

 学生服を着崩した、褐色肌のたれ目。

 先日屋上で見かけて、名前を教えてくれなかった先輩だ。

 身長的に先輩だよな?

 

「すみません、どきます」

「……へぇ、アウダスと仲良くなったんだ、ふーん」

 

 こっちはこっちで俺のこと知ってるんだよな。

 初対面で気づくぐらいだからどこかで出会っているはずなんだけど。

 俺が公の場に出たのって、王誕祭の時ぐらいだ。一方的に観察されている可能性もあるよな。

 

「……まぁ、僕が一方的についてまわってるだけですが」

「この怖い顔についてまわれるだけで、それなりじゃない?」

 

 怖いもの知らずだな、この先輩。

 アウダス先輩いつもの5割り増しぐらいで怖い顔しているのに。

 

「……先輩は、なぜ僕の顔を知っているんですか?」

「知らないよ。ただ外見的特徴を聞いていただけ。それとある程度一致していて、私が顔を知らなくて、四階に部屋を割り当てられた新入生、これだけ条件が揃えば、君がルーサー=セラーズだってことはわかるさ」

「「なるほど……」」

 

 アウダス先輩と同じ反応をしてしまった。

 エキゾチックな王子様顔してるくせに、まるで名探偵みたいな先輩である。

 

「私はここから東へずっと行ったところにある、スルト帝国の末の皇子、メフト=スルトだ」

 

 マジで皇子様だった。

 でも俺の知る限りスルト帝国は、後継者争いがめちゃくちゃ激しい国だ。

 それで一時的に国が小さくなることはよくあるけれど、基本的に優秀なものが後を継ぐから、最終的には勢力を盛り返す。さらに東にいる国と激しい領土合戦をしているので、プロネウス王国とは比較的友好的な関係を築いている。

 少なくとも今のところは。

 

 結構裏切りとか激しいから怖いんだよな。

 ただ、若い皇帝が帝位についた後は、ものすごい勢いで版図を広げたりするから、下手に敵対するのもめんどくさいのだ。

 王国は、いやおそらくほかの周辺国も、できれば内紛でめちゃくちゃ弱って勝手に滅びてくれたらいいのになぁって思ってる。

 

 でも何で今日は名前教えてくれる気になったんだ?

 

「この間は教えてくれなかったですよね」

「君がどんな人物かわからなかったからね。下手に付き合いをもってめんどくさいことになるのが嫌だった」

「ではなぜ今日は?」

「そこの怖い顔をしている奴が、並外れた堅物であると知っているからだ。君が信じるに値しない人物だとしても、アウダスに関してはそれなりに信をおける」

「ありがとうございます」

 

 やや不満そうな顔をしながらアウダス先輩が礼を言った。

 おそらくアウダス先輩よりもさらに年上なんだろう。

 

「もちろん、勝手に私の名前を出されては困るけれど、そんなことはしないだろうと信じているよ」

 

 メフト先輩はゆっくり優雅に歩み、片腕を上げて挨拶をして、振り返らずに去っていった。

 気障な奴だなぁ。でもまぁ、王子様だし似合ってるけど。

 

「アウダス先輩、四階って変な人が多いですか?」

「答えづらい」

 

 アウダス先輩はこの階ではかなり身分が低い方だ。というか、伯爵家の嫡男である俺よりも身分が高い人も結構いそうだ。早速皇子様だったわけだし。

 ……ああ、もしかして殿下もこの階に来るのだろうか。

 だとしたら少し楽しみだ。

 

「今日は部屋へ戻ります。先輩も、マッツォ先輩探しとかしないでくださいね」

「そんなくだらないことはしない」

 

 言葉にしたことを破るタイプではなさそうだから、今日のところはマッツォの命も長らえそうだ。

 あとは遭遇しないように怯えて暮らすといいだろう。

 いや、マッツォ自身は、アウダス先輩がばちぎれているのを知らないから、避けようもないか。

 とにかく今日は休もう。

 明日こそ女子寮にでも顔を出して、イレインやローズと会っておきたいところだ。

 ……まぁ、その二人に会うならマリヴェルの顔も見ておきたいところだけど、他の二人と違って、俺と仲良くしたせいでいじめられたりしそうなんだよな、ベルは。

 ちょっと変わってるけどいい子だし、迷惑はかけたくない。

 どうしたもんかな。

 

 

 翌朝、日が昇った頃に目を覚ました俺は、ちゃんと身支度をしてしっかりと目を覚ましてから一階へ食事をとりに行く。

 アウダス先輩と合流して、ほぼ会話がないまま食事を終えると、一度四階へ戻る。

 

「今日は別行動します」

「問題を起こさないように気をつけろ」

 

 昨日の今日なので大丈夫ですよと胸を張りづらい。

 

「僕は起こしていません、あちらからやってくるんです」

「降りかかる火の粉は払うしかないが、流血沙汰はできるだけ控えろ」

「できるだけですね、はい、できるだけ」

 

 昨日のような事態になってまで黙っていろと言うわけではないらしい。

 流石先輩、話が分かる。

 

「先輩こそ、人の耳をちぎったりしてはダメですよ」

「あれはものの例えだ」

「では今日仮にマッツォ先輩に出会ったらどうするんです?」

「昨日のことを問いただし、必要に応じて対処する」

 

 僅かに怒気が膨れ上がったのがわかる。

 怒ってるじゃん、ちぎりそうじゃん、まだ。

 

「……ああ、言い忘れていました」

「なんだ」

 

 そうだ、忘れる前に伝えておかなければいけない。

 自分の気持ちを言葉にすることは大切だ。

 

「昨日、ルドックス先生のために怒ってもらえて、とても嬉しかったです」

「当然だ、感謝されることではない」

 

 ぶっきらぼうに答えた先輩は、そのまま自室のドアを開けて中へ引っ込んでいった。

 俺、こういうわかりやすい不器用な人好きだなぁ。

 

 自室へ戻り、身支度を整える。そうして外へ出ようとドアを少しだけ開けたところで、廊下を一人の少年が歩いているのが目に入った。

 新品の制服を着て、両手に荷物をもっている。

 ありゃ新入生だな。

 割と鋭い目つきをしていて、やけに気を張っている。

 初日の俺は、アウダス先輩やメフト先輩からはあんな風に見えていたのかもしれないな。そりゃあ注意されたりするわけだわ。

 

 様子を観察していると、自分の部屋を探すためにきょろきょろとしている少年とばっちり目が合ってしまった。

 ……なんかまっすぐこっち向かってくるぞ。

 走るな、廊下を走るな。

 

「お! ルーサー!」

 

 声出すな、大声出すな。

 誰だかわかったぞこいつ。

 近くへ来ると、廊下に荷物を放り出して、勝手に俺の部屋の扉を開ける。

 正面から向き合うと、目線が俺よりも高いことがわかる。体もちょっとがっちりしてるな。

 俺、成長期がちょっと遅いのかもしれない。

 

「……よし、俺の方が背が高い!」

「……良かったですね、ヒューズ。久々の挨拶がそれですか」

 

 俺の仲間の一人、よく吠える子犬ことヒューズ=オートンは、鋭い目つきを細めながらにっかりと笑った。

 

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