たぶん悪役貴族の俺が、天寿をまっとうするためにできること   作:嶋野夕陽

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賢者の慧眼

 今日は待ちに待った魔法の実践の日だ。

 見たいと言っていた父上は残念ながら仕事のようだけれど、代わりに母上がきている。それからミーシャと、医者と医者と医者と医者っぽい奴と呪術師っぽい奴と、なんかよくわからない派手な格好をした偉そうな爺さんがきてる。

 母上、心配のあまり詐欺師とかに騙されてないよね?

 

 まぁしかし、冷静になって良く見ると、あの爺さんはきっと光臨教の偉い人かなんかなんだろう。なんか一応宗教みたいなのがあるらしくて、勇者の選定とかしてるらしいよ。

 勇者は俺にとっては天敵になりかねないから、できればこの宗教ごと亡くなればいいのになってちょっと思ってる。結構でかいらしいのでそんなこと口に出すと、天罰とか言って嫌がらせとかされそう。

 うちはね、代々無宗教だったんだよね。

 庭によくわからない祠みたいなのがあったから、一応実家にいるときは月に一度くらいはお掃除してたけど。

 

 まあそんなことよりも今日は魔法の実践の日だ。

 あらかじめ詠唱のようなものは教わっているので準備は万端だ。

 

 ちなみに一人で練習している時は、魔力を指の先からぶわーっと外へ捨てるように意識してやっていた。最初は人差し指の先からしか出なかったのが、慣れてくるとどの指からでも出せるようになり、そのうち手のひらから、やがて体のどこからでも出せるようになった。

 一度に出せる量が多いと気絶もしやすいのだ。

 

 そのせいでさんざん心配されたんだけど。

 

 本来魔法というのは指から出すのにも苦労するそうで、魔石をはめ込んだ杖や剣などを通して使用するのだそうだ。魔力の操作だけルドックス先生に習ったとき「妙に手際がいいのう……?」と不審な目を向けられたのは記憶に新しい。

 手際が良かったお陰で早々に実践をさせてもらえることになったんだけどね。

 

 ルドックス先生は後ろから俺の手を包み込むようにして、一緒に愛用の杖を握ってくれる。大きな節くれだった手は皺だらけでガサガサしており、ルドックス先生の年齢を感じさせた。

 

「よいかルーサー様。これから使うのは小石を飛ばす魔法。難しいことは何もない、儂の後に続いて唱えて、杖を通してほんの僅かだけ魔力を放出するんじゃ。よいな?」

「わかりました!」

「では後に続くんじゃ」

「はい!」

 

 母上が指を組んで心配そうにしているのが見えた。大丈夫、うまくやるし、気絶もしないよ。

 ルドックス先生の、ゆっくりとしゃがれた声の詠唱が始まる。

 

「押し潰すもの、踏みしめるもの、砕かれるもの、我が前に顕現せよ。第一階梯礫弾(だいいちかいていれきだん)

 

 先生の詠唱を小さな声で追いかける。

 詠唱は大きな声で唱える必要はない。わざわざ戦いの場で、何をするか相手に伝える必要なんてない。

 それから、魔法を使用する感覚にさえ慣れてしまえば、詠唱をせずとも自在に使えるようになるんだとか。逆に言えば新しい魔法に慣れるまでは詠唱しないといけないってことなんだけどね。

 

 俺は魔力を杖に流し込む。

 ほんの僅かだけと言われても、どれくらいが僅かに当たるかわからないのが難しいところだ。

 念のため本当にちょろっとだけ魔力を杖に流し込む。

 

「顕現せよ。第一階梯轢弾」

 

 杖の先端に突然ルドックス先生の顔ほどもある石、というよりも岩が現れる。

 自分がきちんと魔法が使えたのだという事実に、思った以上に興奮してしまう。後はこれを的に向けて放つための詠唱があるはずなのだが、ルドックス先生が何も言いだしてくれない。

 そして杖に魔力らしきものが流れると、突然その岩がぼとりと地面に落ちた。おそらく俺と岩の間につながっている魔力が、ルドックス先生の魔力によって分断された形、なのかな?

 

「ふーむ、大したもんじゃ。今日はここまで!」

「え?」

 

 もともとはこれを的に当てるところまでやる予定だったはずなのに、唐突に実践のおしまいを宣言されてしまった。

 俺の変わりない様子に安心したのか、母上がゆっくりと歩み寄ってきてルドックス先生に頭を下げる。

 

「ありがとうございます。ルーサーは、その、魔法を使っても大丈夫そうでしょうか?」

「ふむ、もちろんじゃよ、アイリス様。こんなに才能のある子も珍しいくらいじゃ。もしかしたらルーサー様は儂を越えるような大魔法使いになるかもしれぬよ」

「そう……ですか。しかし、無理はさせないでください」

「ふむ、しばらくはゆっくりやるつもりじゃよ。ほれ、今日じゃってもうこれで終わり、あとは座学の時間にするつもりじゃし」

「そうですか……。心配なので私も同席してもよろしいですか?」

 

 母上の提案に、ルドックス先生は顎髭を撫でながらしばし考えてから首を横に振った。

 

「何かあれば儂から声をかけよう。初めての魔法を使った後じゃし、少々静かに様子を見させていただきたい。なに、これもルーサー様のためじゃ」

「……わかりました、ではよろしくお願いいたします。ルーサー、調子が悪かったらすぐに先生に言うのよ」

「……はい、母上」

 

 頭を下げて母上が去っていく。ぞろぞろとそのあとについてく医者とその他諸々はなんだか面白かったが、今はそんなことを笑っている場合ではない気がする。

 普通の状態のルドックス先生は、予定を変えることなんてめったにないし、母上の参観を断るようなこともないだろう。つまり、今は普通ではない状態、ということになる。

 

 先ほどまでと位置関係は変わらず後ろに立っていたルドックス先生は、ポンと俺の肩に手を置いて言った。

 

「ルーサー様、儂に隠し事があるじゃろう」

 

 確信が込められた問いかけだった。

 とても誤魔化せなさそうな状況に、俺は諦めて一言「……はい」と言うことしかできなかった。

 

 幸いなことにルドックス先生は気づいたことを公にするつもりはないらしく、そのまま俺の自室まで一緒に歩いてきてくれた。誰とすれ違うかわからない廊下では、今日の魔法の話や、一般的な魔法の雑学を話すくらいで、先ほど囁いた隠し事には一切触れない。

 

 部屋についてしっかりドアを閉め、中をぐるりと見まわしてからルドックス先生は大きく息を吐いた。

 

「まぁ、座って話すとするかのう」

 

 促されて対面に腰かけてみたが、ルドックス先生は髭を撫でるばかりで話を切り出そうとしない。なまじここに来るまでに話しかけられたせいで、俺も考える時間が足りなかった。

 何がばれたのか、どこまで隠せるのか。

 

 まず自分が生まれたころから記憶があるとか、前世の知識があるとかの話はNGだ。それがばれれば、ルーサーという人間の根幹が揺らいでしまう。

 言ってしまえば俺は化け物みたいなものだ。

 真っ新なキャンバスから育ててきたつもりの両親、そして今まで関わってきた人々が、それを知って気持ち悪がらないという保証はない。率直に言ってしまえば怖い。

 

 生まれて暫くの間は、悪役として断罪されるよりも先に、これがばれることで人生が終わることの方が可能性としてはずっと高いと思っていたくらいだ。

 

 血と共に体温と命が流れ出ていく感覚。

 激痛がやがて寒さに代わり、朦朧としていく意識。

 誰一人として知っている人のいない路上で命を終えようとしていると気づいたときの虚しさをどう表していいのか俺にはわからない。

 まだやっていないことが山ほどあった。

 近しい人に伝えたい言葉もあった。

 それでも俺は死ぬんだなって分かったときの絶望感。

 

 再び生を受けたとわかったとき、多分俺はめちゃくちゃ泣いたと思う。

 意識を失って戻ってきた瞬間の訳の分からない状況や、自分が別のものに変わっていることに気づいた混乱。それからはっきりと、以前の俺は死んだんだとわかった喪失感に、めちゃくちゃに泣きじゃくった。

 この世界にきて声を出して泣いたのは多分その時だけだと思う。

 

 俺は今度こそ年を取るまで生きたい。

 皺だらけになって、畳の上、は無理でも、寝転がって親しい人たちに囲まれて眠るように死にたい。

 

 この家の人たちは俺にすごくよくしてくれる。

 

 わざわざ得体のしれない化け物にならなくたっていいじゃないか。

 かわいくて賢いルーサー様のままでいる方がみんな幸せじゃないか。

 何も正直に話すことだけが正しいこととは限らない。

 秘密の共有が重荷を背負わせることだってある、と俺は思う。

 

 結局はわが身かわいさなんだけどね。

 

「そんなに思いつめた顔をしなくてもいいんじゃけどなぁ」

 

 ルドックス先生が困ったような顔をして笑う。

 いくら『賢者』と呼ばれる先生だからって、何から何までわかるほどのヒントを出してしまったとは思わない。だったら自分から白状した方がいい。

 

「申し訳ありません、以前から魔力の鍛錬をしていました」

「そうじゃろうな。あれほどスムーズに魔法を発動できるのじゃから。正直なところ、ルーサー様ほど賢い子なら、そんなこともあるんじゃないかと思っておった」

 

 よかった、何か追及されるような雰囲気はない。

 もしかしたら母上にばれないように現状を確認するために、こうして時間を設けてくれただけなのかもしれない。

 

「そんなことよりも、じゃ。ルーサー様はつい先日までよく気絶をされていたと聞く。症状が魔力の枯渇によるものとひどく似通っているが原因がわからないとされておったが、あれはもしやその鍛錬によるものかのう?」

「……はい」

 

 確信をもって尋ねられた時に誤魔化せるような材料はない。頷くしかなかった。

 

「体は大丈夫なのか? 魔力枯渇による苦痛を経験すると、大人ですら魔法を使うことをためらうことになるほどじゃ。中には魔力が枯渇することによる衰弱で、命を落とすものもいる」

「それは、大げさではないですか? 確かに意識を失う前には酷い頭痛を伴いましたが……。気絶したとしても数時間で元の状態に戻りますよ」

 

 目が覚めたときに苦痛や体のだるさを感じたことはない。

 そんなにひどい症状だったら、流石の俺だってもうちょっと鍛錬を控えていたはずだ。

 

「……本来は数日寝込むような症状じゃぞ。それからもう一つ、こちらの方が大事なことなんじゃが」

「はい……、なんでしょうか」

 

 気絶までたどり着いた時点でここまで質問されるかもしれないことはわかっていた。

 覚悟を決めるしかない。

 

「ルーサー様は生後間もなくから、謎の意識消失の病にかかっていたそうじゃな。今までの話からすると、随分と幼い時期から魔力の鍛錬をされていたことになる。これはどういうことじゃろうか? 納得のいく説明が欲しいところなんじゃが……」

 

 ルドックス先生はいつもと変わらなかった。

 化け物と疑って俺に杖を突き付けるでもなく、厳しい追及をするでもなく、あくまで対話を試みる。

 その穏やかな瞳にじっと見つめられると、何でも話して頼ってみたくなってしまう。今まで知らなかったけど、よくしてくれる人に嘘をつき続けるのって結構辛いんだ。

 

「……お話しできないといったら?」

 

 それでも我慢しなきゃいけない。

 俺が今話したいのは、ただ楽になりたいからだ。

 ルドックス先生に寄りかかって、甘えようとしているからだ。

 

「そうじゃなぁ……。まぁ、これからも変わらぬ関係が続くだけじゃ」

「え?」

 

 我ながら気の抜けた声が出てしまった。

 少しは粘るなり、もうちょっと追求するなりがあると思っていた。

 

「なんじゃ、無理やり聞き出されたかったような顔をしておるのう」

 

 あ、図星。

 仕方ないから話した、みたいな感じになって、ルドックス先生のせいになって全部うまくいったらいいなぁって、心のどこかで思っていた気がする。

 

「我慢できるなら我慢したら良い。しかし抱え込みすぎるのは辛いもんじゃ。老い先短い爺相手なら秘密の一つくらい口を滑らせてもいいんじゃないかと思ったんじゃがなぁ」

「先生……」

「ルーサー様が人と何か違うことには気づいておった。だがルーサー様は従者に優しく、誤解を受けやすい父母を案ずる優しい心を持っておる。向上心があり、魔法に興味があり、努力ができる。たまに調子に乗る癖はある様じゃが、それを補って余りあるだけの可能性を持っておる」

 

 めちゃくちゃに褒められてる。

 思わず顔面が紅潮してくるが、これだけ褒めるということはきっと、こっから先は落ちるだけなんじゃないかな。

 あと、俺って調子に乗りやすいのか? 知らなかった。

 

「そして何より、儂の弟子じゃ。ルーサー様は儂のことが信じられぬか?」

 

 少しだけ寂しそうな顔。

 やめてよ、俺、そういうのに弱いんだ。

 話しなさいを断るより、話してもらえないのかって言われる方が心に来る。

 

 罠、これ罠じゃない? 話したら引っ掛かったなあほめぇ、とか言って討伐されないよね?

 

 まぁ、なんていうか、こんなやり取りを続けられて、結局俺は全部白状(ゲロ)ったわけなんだけど。

 

「ふーむ……」

「やはり、気味が悪いでしょうか?」

 

 ルドックス先生が目を閉じて考えている。

 うまく乗せられた俺は、先生に2つのことを伝えた。

 前の世界で生きた記憶があること。それから、魔法を知ったその時から魔力を空っぽにし続けてきたことをだ。

 

「いやいや、不安がらせて悪かったのう。考えていたのはそのことではないんじゃ」

「そうですか? しかしその、やはり他の人には話さないほうがいいですよね」

「それは……、残念だがそうじゃろうな」

「……やはり、父上や母上からしたら気持ち悪いですものね」

「……身内に関してはルーサー様が自身で判断するべきじゃろうな。儂が言いたいのは世間的な話じゃ。前例のないことを公表することでペテン師と言われたり、監視をされたりするのは嫌じゃろう?」

「嫌です」

「じゃったら慎重に事を運ぶべきじゃ。今まで黙っておったのは賢明な判断じゃ」

 

 深刻な話をしているところだけど、ルドックス先生に褒められると妙に嬉しくなってしまう。賢明だってさ!

 でもやっぱり人に言うべきじゃないよなぁ……。

 嘘をついたならともかく、本当のこと言ってペテン師扱いは結構傷つくと思う。

 

「ありがとうございます。それから、考えの邪魔をしてすみません」

「いやいや、結局は本人に尋ねることじゃからな。ルーサー様は魔力を毎日枯渇させていたんじゃろ? 何か魔法が使えるのかの?」

「いえ、ただこう、全身から魔力を垂れ流していただけです」

「……現象に変えずに魔力を垂れ流す、か。ではもう一つ。先ほどの魔法を使ったとき、体の中のどれくらいの魔力を消費したかのう?」

 

 感覚的に言えば指の先にあるのがちょろっと漏れ出した、くらいのつもりだった。体の中に満ちている魔力全体からすると、1%にも満たない量であったように思う。

 

「ほんの少しです」

「具体的にはあとどれくらい使えそうじゃ?」

「100くらいは続けられるかと」

「それで魔力が枯渇するぐらいじゃろうか?」

「いえどれくらいになるかわかりませんが、間違いなく枯渇まではいかないと思います」

 

 俺の魔力は空になっても2時間も寝れば全回復する。これ、実は効率がいいからやってただけで、起きてたって10時間もすれば全回復するのだ。

 それも考慮すると、『轢弾』を何度使用できるかを正確に想定するのが難しい。時間を空けながら放っていけば、俺の眠気が来るまでは続けられるから、いくらでもと答えても間違いではない。

 

「魔力量はすでに破格じゃな。それならば訓練にも支障あるまい。これからは積極的に実践をしていくことにしようかのう」

 

 ありがたい提案だ。

 俺の正体を知ってもまだ、ルドックス先生は俺の先生でいてくれるつもりらしい。 

 もしかしたら化け物として攻撃されるかもしれないと覚悟していた俺としては、望外の喜びだった。

 

「ありがとうございます、ルドックス先生」

「何がじゃ? 予定がちょっと変わっただけじゃぞ」

「いえ、その」

 

 何をどう伝えたらいいか迷っている俺に、ルドックス先生はお茶目に笑う。

 

「多くのことを知ったつもりでも、世の中不思議なことがまだまだあるもんじゃ。これだから人と関わることは止められぬ。よき出会いをくれたことに、儂の方から礼を言おう。ありがとう、ルーサー様。これからも儂の良き弟子でいてくれることを期待しておるよ」

「先生……、俺……、頑張ります! 悪役とか言われないように、精一杯真面目に生きていきます!」

「……ん? なんじゃ、あくやくって」

「はい! こっちの話です!」

「そうかそうか。それじゃあのう、詠唱をいくつか教えておこうかのう。ただし、勝手に使ってはいかんぞ」

「はい、先生!」

「返事がいいとなぜか逆に心配になるんじゃが」

 

 約束は守ります! 本当は使ってみたいけど!

 

 ルドックス先生は、尊敬すべき立派な魔法使いであり俺の先生だ。

 秘密を知っても、どっしりとそれを受け止めてくれるだけの広い度量を持っている。

 期待に応えて見せるとも。

 いつか誰かに「あなたの先生は?」と聞かれたときに「ルドックス先生です」と胸を張って言えるくらいの立派な魔法使いになろう。

 

 その日ルドックス先生は、俺のやる気に押されたのか、教えられる限りの魔法の詠唱を書き出してくれた。驚いたことにその中には、本で見たことのないような、先生が考案したものも交じっているようだった。

 先生は「本当に危険なものはまだ教えられんのう」と言っていたけれど、オリジナルの魔法なんて秘伝みたいなものだ。これは宝物だな。

 

 ルドックス先生を玄関まで送り届けてから、走って部屋に帰る。

 部屋へ飛び込んで扉を勢いよく閉めると、参考にするように渡された分厚い本を開き、先生の達筆な文字で書かれた詠唱の言葉とにらみ合う。

 

 横合いからそっと明かりを差し出されて、いつの間にか日がとっぷりとくれていたことに気が付いた。

 顔を上げて横を見ると、ミーシャが片手に光石のランタンを持って立っていた。

 

「ルーサー様、そろそろお食事にしましょう。オルカ様とアイリス様がお待ちですよ」

「……もうそんな時間なんだ。気づかなかった」

「私がノックしても声をかけても反応がありませんでしたからね。よほど今日の魔法の実践が楽しかったんでしょうか?」

「……うん、そうだね」

「そうですか。しかし根を詰めるのも程々にしてくださいね。あまり暗いところで本を読むと目に毒ですよ」

「うん、気を付ける」

 

 立ち上がりながら返事をすると、ミーシャが先導するように僕の前を歩きだす。

 

「ルーサー様、なんだかすっきりした顔をされていますね」

「そうかな」

「ええ、なんとなくそんな気がします」

「じゃあそうかも」

 

 とりとめのない会話をしながら思う。

 俺という存在がルドックス先生に認知されたことが、思いのほか気持ちに変化を与えているようだ。

 今までルーサー様として愛されてきた自覚はあった。しかし俺は、それはあくまで俺ではないという認識を持っていたらしい。

 それが初めて、ルーサー=俺として認めてもらえたのだ。

 

 今までよりほんの少しだけ、この世界に馴染んだような気分だ。

 足取りが軽い。

 薄ぼんやりとしか照らされていない廊下も、気のせいか今日はずいぶんと明るく見える気がした。

 

 

 

 

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