たぶん悪役貴族の俺が、天寿をまっとうするためにできること   作:嶋野夕陽

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君の名は?

「なんかさぁ、嫌な感じだよな」

 

 ヒューズが何を言わんとしようとしているかはわかる。

 『なんのことですか?』と誤魔化すこともできたけれど、それをする気にはならなかった。

 

「まぁ、予想はしてましたけど……嫌な感じですよね」

「だよなぁ……。俺はさ、伯母上に好きにやっていいって言われてるんだ。だから好きなようにする」

 

 こいつ意外と度胸あるな……、あの人のこと伯母上って呼べるのか。

 なんて、別のこと考えて誤魔化したけど、ヒューズの言葉は俺の心に結構ぶっすり突き刺さっていた。

 なんだよ。別れ際からこいつがすっげえ俺のこと気にしてくれてたのは知ってたけど、こんだけ間空けてもそれ変わらないんだな。

 

「そっか。……これからもよろしく、ヒューズ」

「うん、とりあえず魔法訓練場行こうぜ。場所分かる?」

 

 結構しっかり心を込めてしたはずの返事は、ヒューズにあっさり流された。

 ほんの少し恥ずかしいけれど、多分これは俺とヒューズの差なんだろうな。俺がよろしくっていうことくらい、ヒューズにとっては当然のことだったってわけだ。

 俺の方が今まで薄情過ぎただけってこと。

 甘んじて受け入れようじゃないか、この恥ずかしさ。

 

「実は丁度昨日、そこでやらかしたんですよ。だからまた今度にしましょう」

「やらかした? ルーサーが?」

「はい、ちょっと喧嘩しまして」

「喧嘩? 当然勝ったんだろ?」

 

 信頼はありがたいけど、俺たち新入生だぜ。

 先輩と喧嘩したら負けることだって想定してほしいものだ。

 

 勝ったけどな。

 

「まさか、負けたのか?」

 

 俺の返事が遅いことを心配してか、表情を曇らせたヒューズが顔を覗いてくる。

 

「勝ちましたよ。でも喧嘩したことでアウダス先輩に注意を受けてるんです」

「わかった、やめとこう」

 

 アウダス先輩、便利に使ってすみません。

 でも嘘はついてないからね。

 

「でも、そしたらどうするかな。……あ、イレインに会いに行こう」

「女子寮ですか? そっちは僕も行ったことがないんですよね」

 

 てっきり学園内をくまなく探索すると思ってたから意外だった。

 

「久しぶりなんだから会いたいだろ。あー、でも多分ローズはいないだろうな。あいつの家、付き合いで忙しいらしいし」

「……もしかしてヒューズって貴族間の付き合いに結構詳しかったりします?」

「いや、全然知らない。お前たちの家のことだけなんとなく聞いて覚えてた。伯母上もそれでいいって言ってたからな。気に食わないやつは叩きのめせって言われた」

「……あ、そうですか」

 

 もしかしてローズがいなくても、色んな細かい情報引き出せるんじゃないかなーって思ったけど、案の定駄目だった。

 というか駄目具合が俺の想定を越していた。

 気に食わないやつは叩きのめせの部分で、俺は何か注意をしてやった方がいいんじゃないかって老婆心を覚えたのだが、自分も似たようなことを考え、実際にやってしまっていたことを思い出し、留まることに成功した。

 

 というか、オートン伯爵、本当に教育に悪い人だ。

 そもそも初対面でヒューズが俺に勝負を挑んできたのも、オートン伯爵にけしかけられたからだって今は知っている。そうじゃなきゃこんな小型犬みたいな性格したヒューズが、あんな形で勝負を挑めるはずがない。

 

 しかしまぁ、あの伯爵がそうしてこいというくらいには、ヒューズも成長しているってことなんだろう。

 さっきちらっと見えた手のひらにはちゃんと剣ダコができていた。

 

「それじゃ、イレインの様子でも見に行きましょう。実は学園に来てからまだ一度も会ってないんですよね」

「うわぁ、薄情だな……」

「そうですか?」

「イレインはルーサーの許婚だろ。毎日会いにいけよ」

 

 俺達、子供だけで遊ぶときもそれなりに仲良くやっていたから、ちゃんと許婚としての関係が保たれてると思われてんだよな。

 それにしたって毎日は会わないだろうと思うけど。

 

「ルーサーは俺が来たからいいけど、イレインは一人ぼっちで過ごしてたかもしれないんだぞ。不安に思ってたらかわいそうだろ」

「……ヒューズって、結構いい男ですよね」

「なんだそれ?」

 

 ぶっきらぼうでちょっと気弱で、でも女性には優しいタイプか。

 意外と女の子にもてそう。

 

 一方で俺は、丁寧語系、何考えてるかよくわからない悪役ポジションに納まってる気がする。せめて言葉遣いだけでも穏やかにして印象を良くしようという作戦だったが、これが功を奏しているかどうかは疑問が残る。

 つーか、どんな態度してたって、多分悪役は悪役だから関係ないけど。

 

 さて、貴族の女子寮へ着くと、その前にはテーブルセットがいくつも用意されている。

 建物自体は男子寮とさほど変わらないのに、花が飾られてたり、色とりどりのパラソルが用意されていたりと、なんだか随分と豪華に見える。

 パッと見ただけでもQOLが段違いだ。

 なんだかいい匂いまで漂ってきている。

 

 今日の天気は悪くないので、寮の前にはそれなりに女性がたくさんいる。

 それらからたまにチラリと視線を向けられるのは、正直言って、結構なプレッシャーだった。

 お化粧ばっちりな先輩も多いんだよ。

 俺の中にはいまだにちょっとだけ、ほんのちょっとだけだけど、化粧ばっちりな女性に対する苦手意識がこびりついてる。

 命を落とす原因になったんだからしょうがないけどさ。

 

 そんな集団の中に、俺はイレインの姿を見つけることができた。

 あちらも気づいたようで、椅子を引いて立ち上がると、こちらに向けて歩いてくる。

 

 すぐ後ろにぴったりと、背の高い、ちょっと幼い顔立ちの栗色の髪をしたイケメンをくっつけて。

 

 誰だあいつ? 浮気か?

 いや、別に彼氏ができたんならそれでいいんだけど。

 突然の知らん奴の登場に俺は混乱したままイレインと合流することになった。

 

 

 偉く距離が近い。

 ほぼぴったり真後ろって距離感だ。

 イレインもその距離感に対して違和感はないらしく、よほど仲がいいことが分かった。

 

 あともう一つ、よく見たらこいつスカート履いてるぞ。

 ……なんか昔も一度、性別間違えたことあったな、まさかな。 

 

「もう少し早く来るのだと思ってました」

 

 ツンとした言い方をしたイレインに、うるせぇお前の方から訪ねてこいって気持ちもちょっとあったけど、周囲にたくさんの目がある以上そういうわけにもいかないだろう。

 

「そのつもりだったんですが、色々と面倒ごとがあったので。そちらは問題ごとありませんか?」

「思っていたより穏やかね」

 

 イレインはそう言ってから、さらに距離を詰めてきて続ける。

 

「下手にわたしに手を出すと国際問題になるので。……ルーサーにばかり矛先が向いてしまうことは申し訳ありませんが」

「別に構いませんよ、それも役割でしょう」

 

 普通に話を続けているんだけど、後ろに引っ付いているのの視線が痛い。ずっと俺に突き刺さっている。

 わかったよ、わかった。外れたらごめんだけど、一応俺から確認しておこう。こういうのは最初が肝心だしな。

 

「……ベル、随分背が高くなりましたね」

「ルーサー……!」

 

 ぱーっと明るい表情になって表情が柔らかくなると、ああ、女の子だってはっきりと分かった。

 何度も見た顔、マリヴェルだわ、これ。

 

「もしかしてイレインのこと守ってくれてたんですか?」

 

 うんうんと何度も頷くマリヴェルは、不覚にもかわいらしい。

 ああ、成長はしてるけど、中身は変わってないんだなぁ、この子も。

 でもさぁ、俺より10㎝以上背が高いんだけど。

 

 すすすっとイレインの後ろから移動してきたマリヴェルは、ぴとっと俺の左側にくっついた。うん、むふーって満足そうに息はいてるけどね、真横に来ると身長の差が余計に目立って俺はちょっと悲しいよ。

 そうかぁ、俺、マリヴェルより小さいのかぁ。

 ……いや待てよ、今この中で一番背が高いのマリヴェルだな。こいつヒューズよりも背が高いぞ。

 

 ヒューズも悔しがってるだろうなぁ。

 そう思って右側を見ると、意外なことに平然とした顔をしていた。

 ヒューズのくせに生意気だな。

 

「驚かないんですか? ベルがこんなに背が高くなっていて」

「ん? ああ、俺は何度か会ってるからな。にょきにょき背が伸びたから、最初は悔しかったけど、もう慣れた。あと数年したら俺の方が背が高くなるし」

 

 高くなるのは確定事項らしい。

 いやぁ、でもマリヴェル170㎝以上あるぞ、これ。

 改めてよく見て見ると、足がすらっと長くて、めちゃくちゃスタイルがいい。

 

 まぁ、中身はマリヴェルだから、俺がじっと見てるとてれてれと顔を逸らしたりしてるんだけど。

 女子にもてそうだなぁ。

 

 ただちょっと心配だ。

 

 中身はあまり変わっていないようにみえるし、俺の目の届かないところとかでいじめられたりしたらどうしよう。

 色々事情が分かってないかもしれないし、説明してやった方がいいんだろうか。

 あんまり近づかないほうが安全かもしれないぞとか、それくらいのことは……。

 

 俺が悩んでいると、照れて顔を逸らしていたはずのマリヴェルが、いつの間にかこちらを見つめ返していた。

 

「ルーサー……」

 

 女の子にしては少しだけ低いけれど、静かな落ち着く声だ。本人の性質もあってそう聞こえるのかもな。

 

「どうしました」

「……ずっと会いたかった。また一緒に遊べるね」

 

 ああ、そうか、うん、危なかった。

 いっぱい喋ったなとか、首傾げてかわいらしいなとか、そんな感想もあったけど、それよりも先にそんな言葉が頭をよぎった。

 逃げ腰になって、マリヴェルに酷いことを言うところだったと、気付くことができた。

 

 『ずっと会いたかった』って、こんな笑顔で言ってくれる奴に俺は、『あまり近づかないほうがいいぞ』って言う気だったんだ。そう言ってしまったときのマリヴェルの表情を想像して、俺は勝手に胸を痛めていた。

 あぶねぇ……。

 

「僕も、会いたかったです。また一緒に楽しく過ごしましょう」

「……! 一緒にお茶!」

 

 浮かれた様子で俺の手を握ったマリヴェルは、自分たちが座っていたテーブルセットの方へ歩き出す。

 いや、何でも聞いてやりたいし、お誘いはめちゃくちゃうれしいんだけど、やばくない?

 

 女子寮の住人の顔が怖い。

 マリヴェルが俺の横に並んだ辺りから、ぴしぴしと冷たい視線が突き刺さっていることに気づいていたが、手を取られた瞬間にそれが一気に増加した。

 正直、男子寮で俺の陰口を言ってるやつらから浴びるものより、よほど数が多くて質も高い。個人的で粘着質な、身の危険を感じるほどの怒りみたいな何かを、めちゃくちゃに感じる。

 

 俺は足をその場に固定して微笑んで見せる。

 その顔が引きつっている自覚はちょっとあった。

 

「ベル、止まってください、ベル」

「ん?」

「女子寮の前ですし、お邪魔しては悪いですから」

「……大丈夫、だと思う。皆優しいし……」

 

 ベル、優しいのはね、君にだけだよ、多分。

 多分ね、君、女子寮のお姉様たちのアイドルになってる。

 俺、視線だけで殺されそう。

 つーか、なんで断ろうとしたらさらに怒りの度合いが上がるんだよ。

 なに? 断るなってこと?

 あとヒューズは俺の真後ろに並んで気配を消すのやめろ。

 俺だってそうしたいんだよ。

 

 断るなよ、絶対に断るなよ、断って悲しい顔をさせたらわかっているな、という言葉にならない威圧をめちゃくちゃ感じる。

 さっき余計なことを言ってマリヴェルを悲しませなかったのは、めちゃくちゃなファインプレイだったのかもしれない。

 

「なら、ちょっとだけ……」

「うん!」

 

 あー、マリヴェルは昔から変わらないねぇ。

 変わったのは周りからの目だ。

 目隠れの時は見向きもされてなかったのに、どうしてこんなことになってしまったんだか。

 

 別に話すのは全然かまわないんだけど、ワードチョイス間違うと袋叩きに遭いそうなのが怖すぎる。

 

「ルーサー、噂で聞いたんですが、先輩と魔法で決闘をしたとか?」

「してませんよ。酷い尾ひれがついてそうですね」

「噂というのはそういうものですから。私が聞いた酷いものだと、泣き叫ぶ先輩の四肢を捥いだというのもありましたよ」

 

 どんな悪魔だよ。

 でも俺、耳を引きちぎろうとした人なら知ってるよ。これは本当。

 

「ちょっと行き違いがあっただけで、今は互いに納得していますよ。だいたいそんな大けがをしていたら、もっと大問題になっているでしょう」

「ああ、仲違いをしたのは本当なんですね」

「まぁ、大事な人の名誉のためにそうしなければいけない時もあります」

「……大事な人?」

 

 なんで三人とも俺のことをじっと見た。

 あと、周りのやつらちょっと距離縮めたのわかってるからな。椅子を引いた音が四方から聞こえてくるんだよ。

 野次馬根性が酷いご令嬢たちだ。

 

「ルドックス先生関係ですね」

「そうですか、それは仕方ありませんね」

 

 マリヴェルが一瞬がっかりした顔してから、はっとなってうんうんと頷いた。

 思考の流れがめちゃくちゃ分かりやすい子だ。

 

 まだ再会もしてない時の話だし、そもそもしっかりと権力を握っている家の子供を馬鹿にする阿呆は流石にいない気がする。

 まぁ、万が一ベルとか殿下とかを馬鹿にするような輩がいたら、ちゃんと怒ってやるけどさ。

 

 イレインとヒューズとローズは勝手に何とかしろ。

 

 殿下に関しては俺よりもローズがぶちぎれて大怪獣化しそうだけど。

 

「さっきも聞きましたが、そっちは平和そうで何よりです。いつからベルと一緒にいるんです?」

「初日からですね。私が来るだろうと待っていてくれたそうです」

「ベルは……、いつ来たんです?」

「一番に来た」

 

 一番っていうと……、一応長期休みに入ってから数日で入寮できるはずだから……、3週間は前から来ていたってことか。

 

「早く会いたくて、毎日寮の前で待ってた」

「……ホントに毎日寮の前で待ってるんです。次はローズを待つって言ってて、それで段々とここの設備も拡充されてこんなことに」

「毎日、ですか?」

「そう、毎日です。ルーサーも来ていると知って、男子寮にも顔を出そうとしましたが、先輩方に止められていました。……だから、来るのが遅かったな、と」

 

 ああ、最初の一言はそういうわけだったのか。

 なんであんなに殊勝なことを言ってきたのかと思ったら、毎日健気に待っているマリヴェルのことを見ていられなかったんだな。

 ……とりあえずもっと早く顔出してやればよかった。

 

 いや、マリヴェルの家って普通に派閥とか関係ないくらいきちっとした侯爵家だから、絶対にもっとぎりぎりに来ると思ってたんだよな。来ているとしたら謀をするタイプのローズだとばかり思っていた。

 

「この、寮の前のテーブルセット類は元々なかったと?」

「あったみたいですよ。でも、もう少し古い物で、これほどの数はなかったそうです。先輩方がお茶の時間を楽しんでいる間、ベルは毎日階段に腰かけて、私達の誰かが来るのを待っていたそうです。……先輩方がつい優しくしてしまう気持ちもわかります」

 

 うん、俺も分かる。

 うちのマリヴェルをお世話してくれてありがとう、先輩たち。

 

 そんな気持ちから周りを見て笑顔を作ると、数名から舌打ちをされた。

 ……淑女なのにマナーが悪くなくて? どういうこと?

 

「……浮気な男はあまり好かれないそうですね」

「はい?」

 

 危ない危ない、何言ってんだお前と、素で言い返しそうになった。

 イレインが意味もなくそんな束縛めいたことを言うはずがない。

 

「ベルはルーサーの姿を見たとき、分かりやすくいい顔をしてました。ずっと待っていたんですものね?」

 

 うんうんとマリヴェルが頷くと、周りの先輩各位はお上品におほほと笑い、その波が過ぎると俺のことを冷たい視線で貫いてきた。

 ははぁん、分ったぞ。

 俺が一応イレインの許婚なのに、マリヴェルに不誠実な対応をするんじゃないかって警戒してるんだな。

 

 客観的に見たら、まぁ、気持ちはわからないでもない。

 でもさぁ、先輩方と違って俺たちはまだ13歳なんだよなぁ。

 まだ恋愛云々考えるような年齢じゃない。

 

 そりゃあ俺は中身がちょっと別物だから、恋とか愛とかについて考えることはあるよ。

 でも考えた上で、現状同い年の子とどうこうとはならないんだよな。

 俺、ミーシャだって年下の子だと思ってるんだぞ。

 13歳なんて、本当に子供じゃないか。

 

 マリヴェルだって懐いてくれてるけど、それは小さなころからの付き合いでしかない。

 多分いつかはいい男を見つけて俺の下から巣立っていくんじゃないのか?

 まぁ、そいつが許婚がいるのにマリヴェルに粉かけてるって知ったら、俺も諸先輩方と同じような目をして威嚇するかもしれないんだけど。

 

 そんなわけだから、心配は無用で、むしろそちらの陣営に混ぜてほしいぐらいだって話。

 

「私達の方はそれくらいです。そちらの話を聞かせてください」

 

 イレインから言われて、俺はどこから説明していけばいいか考える。

 どちらにせよ、もう少し声を落として、周りに聞かれないようには気を付けなければいけないけどな。

 

 

 

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