たぶん悪役貴族の俺が、天寿をまっとうするためにできること   作:嶋野夕陽

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マリヴェル見守り隊

 新年度からは最上級生になる彼女は、貴族向けの女子寮の寮監を務めることになった。

 

 彼女は自分が凡人だと認識している。

 確かにそれぞれの寮にいる半ば変態的な才人たちとは違い、特別何かに優れているわけではない。

 

 侯爵家の令嬢という身分であり、成績も生活態度にも問題ないことから選出されたに過ぎないというのは、彼女の一側面であるだろう。

 だからこそ彼女は、寮監という身分に相応しい態度で毎日を過ごさなければいけないと考えていたし、それが学生たちから、そして生家から、求められていることだと、割り切って考えていた。

 

 実際のところの彼女はどうかと言えば、成績は何をやらせても常に上から3番目以内をキープし続けていたし、品行方正で、先輩を立て後輩を慈しむ、正に優等生を絵にかいたような超人であった。

 ただ一つ、彼女に問題があるとすればそれは、自己評価が異常に低いということくらいだ。

 

 さて、そんな彼女の紹介はともかく、その日は新入生の入寮開始日だった。

 彼女は寮の内外を完璧に整え、予定を一切入れずに寮のエントランス付近で新入生を待つ。

 

 例年通りならば、入寮開始日に来るものなんてまずいないのだが、もしやって来た時に不安な思いをさせてはならない、という彼女の気配りだった。

 学校の開始まではまだひと月もあるのだ。

 早めに着いて慣れるにしたって、1週間もあれば充分である。

 1カ月も手持無沙汰であると、むしろホームシックになってしまいかねない。

 

 彼女は今日はそれでも、エントランスにて今年度の授業の予習をしながら新入生をひたすら待っていた。

 本来であれば新入生を案内するのは、雇われている寮の管理人の仕事だ。

 学園は、寮監にそこまでの負担をかけるようなことはしない。

 飽くまで何か起こった時や、学生同士のトラブルの際に頼りにされるのが寮監というものの役割である。

 

 とすれば彼女のしていることはやりすぎであるのだが、誰かが損をするようなやり過ぎではない。

 管理人の方も「学生が案内した方が馴染むのも早くなると思うので」と真摯な態度で言われると「じゃあ、そうする……?」となってしまうわけだ。

 

 当然だが、寮や学園内を自主的に巡回しているアウダスも、相当な変人であることを追記しておく。

 

 昼下がりの眠たくなる時間帯に差し掛かって、彼女がふと顔を上げると、換気のために開け放たれた扉の奥に人影を見つけることができた。

 手荷物だけを持ったそのシルエットはすらりと背が高かったので、彼女は初めのうち生徒の誰かかなと思った。しかしその影は動くことなく、じっと彼女へ視線を向けている。

 何か用事があるのかと見つめ返してみても、声はかからず、ややあってから彼女は立ち上がって声をかけた。

 

「新入生かしら?」

 

 角度が変わると顔が見えてくる。

 背は高いけれど幼い顔立ちをした少女がこくりと頷くと、彼女は表情を柔らかくしてその身をよけて道を空けた。

 

「ようこそ。名前を教えていただけるかしら? お部屋へ案内するわ」

「……マリヴェル=スクイーです」

 

 彼女は素早く頭の中の資料をめくって、該当人物の情報を探り当てる。

 スクイー侯爵が普段から仕事に連れ回している愛孫で、あのセラーズ家の嫡男と仲良くしている。

 

「アリシア=ヘズボーンよ。寮監をしているから、分らないことがあれば何でも聞いて」

 

 ヘズボーン家はスクイー家と同じ、古くからある年季の入った侯爵家だ。

 その家風は黴臭く堅苦しい割に、付き合いは多く、王国内の噂にはなかなか詳しい。家であの家はどうだこうだと話をする当主である父のことが、アリシアはあまり好きではなかった。

 相手にするなと言われたセラーズ家の関係者であっても、しっかり世話をしてあげようと心に決めていた。早速やってきた1人目がそうだとは思っていなかったけれど、アリシアにとってマリヴェルの来訪は望むところだったというわけだ。

 

 そうして張り切っていたアリシアは翌日も、エントランスで一人予習を続けていた。

 すると気にしないでもわかることがある。

 マリヴェルが寮の前の石階段に一人ちょこんと腰を下ろしているのだ。

 

 もちろんたまにいなくなることもあるけれど、その頻度はアリシアと変わらない。

 何をするでもなく、ただじっと寮から延びる道の先を見つめている。

 

 その日はたまたま風の強い日だったにもかかわらず、ただじっと座っている姿を見ていると、アリシアはなんだか無性に切ない気分になってしまった。

 アリシアは席を立って、部屋から上着をとってくると、座り込んでいるマリヴェルの肩にそっとかけてやった。

 ずびっと音がして鼻をすすったマリヴェルは、座ったまま振り返って、アリシアのことを上目遣いで見つめる。

 

「……ありがと、ございます」

 

 なぜだか胸を締め付けられるような気持ちになったアリシアは、その横にそっと腰を下ろす。

 

「あそこにテーブルセットがあるわ。使っても構わないのよ?」

 

 令嬢が地べたに座るなんてはしたない。

 新入生だから遠慮しているのかと思い教えてあげると、マリヴェルはふるふると首を横に振る。

 

「使ってる人、いるので。ずっとここにいるから、邪魔になります」

 

 とりあえずテーブルセットの数を増やそうかしら、と思うアリシアである。

 

「どうしてずっと座ってるの?」

「友達が来るの待ってます」

「そう……」

 

 アリシアには、セラーズ家の嫡男と関わっていて、今年入学してくる女の子にあと2人心当たりがあった。

 あまり突っ込んだ話をすると面倒なことになりそうなので、アリシアは立ち上がり際にそっと栗色の髪を撫でてやりながら言った。

 

「ここにいてもいいけれど、暖かい格好をするのよ?」

「……はい、ありがとうございます」

 

 中性的な見た目のマリヴェルがへにゃりとほほ笑む。

 その瞬間アリシアは、先ほど締め付けられていたように感じた心臓が、ドクドクと音を立てて脈打ったのを確かに感じたのだった。

 

 翌日も、翌々日も、翌々々日も、マリヴェルは何をするでもなくじーっと石階段に座っていた。

 

 ここ数日で寮の前のテーブルセットを使う人が随分と増えた。なぜかエントランスでアリシアと共に予習をする生徒も増えている。

 彼女たちは本を読み、しゃべり、勉強する傍ら、時折じっと座っているマリヴェルの様子を横目で観察している。忠告通りもこもこの温かい服を着たまま座っているマリヴェルの姿は、事情を聴いてみればいじらしいとしか言いようのないものだった。

 

 背が高いのに幼くも見え、かっこいいともかわいいともとれる顔立ち。ちょうどその不安定な感じが、年上ぶりたくてお世話したがりのお姉さま方の心の真ん中にずっぽりと突き刺さったらしい。

 

 誰かの足音がしたときにぱっと表情が明るくなる。

 そしてそれが目的の人物でなかったときにはしゅんと落ち込む。

 

 わかりやすいその反応が自分に向けられたらとっても嬉しいのになと思うマリヴェル見守り隊である。

 

 その第一人者であるアリシアは今日も夕暮れ時にマリヴェルに話しかける。

 

「明日にはテーブルセットがたくさん届くから、そちらを使うといいわ。……ほら、最近使う人が増えたから」

「……わかりました、ありがとうございます」

「良かったら学園内の案内もしてあげるのだけど……、どうせならお友達を待ちたいわね」

 

 マリヴェルが少しだけ困った顔をしたのを見て、アリシアはすぐに前言を撤回する。プライドの高い貴族だったら先輩の申し出を断るなんて、と考える者もいるだろうが、ここにはそんなことを言いだす者はいない。

 一途なその姿を微笑ましく眺めるばかりだ。

 

 同時にここにいる令嬢たちは知っている。

 セラーズ家の嫡男ルーサーには、小さなころからの許婚がいると。

 マリヴェルの気持ちが友愛ならともかく、もし恋愛なら。そして、ルーサー=セラーズがもしそれを知っていて利用しようとしているなら。

 彼女らは滅多なことで一致団結したりはしないが、この時この場にいる者はその点において同じ気持ちを持っていた。

 

 もしそうならば、ルーサー=セラーズをマリヴェルから引きはがしてしまわなければならない。

 

 そんな誓いがひそかに立てられているある日、マリヴェルの顔がぱーっと笑顔で彩られたことがあった。やって来たのはしゃんと背を伸ばした、少しきつい目つきの女の子。

 銀色の波打った長い髪をして、そのやや鋭い瞳は綺麗な紫色をしている。

 冷たそうに見えるその女の子、イレインは、前からやってくる背の高い生徒を見て、大きく目を見開いた。そうなるとイレインの表情からは険がとれてかわいらしいものになる。

 

 もしかしてマリヴェルがいじめられるのではないかと、腰を浮かせてハラハラしていた先輩たちは、イレインの顔を見て一時待機することにした。

 

「ベル、ですよね?」

「うん、うん」

 

 二人が向き合うと、イレインがマリヴェルを見上げるようになる。

 

「大きくなりましたね。それに、目元も出すようにしたんですか」

「この方がいいって」

「似合ってます、すごくかわいいです」

「イレインは、相変わらず綺麗」

「ん、んっ、はい、ありがとうございます」

 

 他の令嬢たちと同じく、イレインの照れたような返事に一瞬気を緩めたアリシアだったが、その名前がウォーレン王国の王女のものであると認識すると、それを引き締め直す。

 二人の間では、ルーサーを巡っての熾烈な争いが繰り広げられる可能性があるのだ。

 

「ルーサーは……?」

「男子寮へ。まずは荷物を置いて、落ち着いたらこちらにも一度顔を出すと言っていました」

「そっか……」

 

 どうやらルーサーとイレインが一緒に来たらしいとわかったアリシアは、むむむと静かにうなった。どうやら許婚同士仲が悪いということはないらしい。

 しかし彼女にとって不思議なことは、マリヴェルがこんなにあからさまにルーサーのことを気にかけているのに、イレインがそれをまるで気にした様子がないことだ。

 普通ならば許婚として牽制の一つでもしそうなものだ。

 

 本人たちからしたら、気持ち悪いことを言わないでくれで済む話なのだけれど、外から見ればそうではない。

 

「待っていればそのうち来るわ。ルーサーもあなたたちに会いたがってたから」

「うん、楽しみ」

 

 とにかく、この二人の間だけならば、特に問題ごとはないらしい。

 そう判断したアリシアとその他大勢は、ルーサーがやってくるまでは静かに二人を見守ることにしたのだった。

 

 その翌日からも、マリヴェルは寮の前でルーサーを待ち続けた。

 本当は学園の探索や、情報収集をしたいと思っていたイレインも、放っておくのが忍びなくてそれに付き合う。

 

 どうせ次の日くらいには来るのだろうと思って待っていたイレインだが、ルーサーはなかなか姿を現さない。

 気にせず待ち続けるマリヴェル。

 それを見て焦れてくるイレイン。

 イレインよりもよっぽどじれまくっている外野のアリシア他令嬢達。

 

 そんな環境へ、ようやく姿を現したのがルーサーだったというわけだ。

 最初の一言を間違えていたら、どうなっていたのか。

 おそらくルーサーが想像している以上にやばいことになっていたけれど、それは知らぬが仏という奴である。

 

 一先ずマリヴェルをたぶらかして何か悪さをしようとしているわけではないと判断されたルーサーだったが、マリヴェル見守り隊による監視は、おそらくこれからも続くことだろう。

 

 ルーサーのある意味気の抜けない関係が、ひっそりと、新たに誕生していたのであった。

 

 

 寮に来てからのことをかいつまんで話す。

 周りにこれだけ人のいる状態だと喋りづらくてしょうがない。

 だって明らかに聞き耳立ててるんだもの。

 

 これが敵意満々だったら場所を移すところだけど、マリヴェルのことを気に入っている人達らしいからめちゃくちゃめんどくさい。

 場所の移動なんかしたら、何をする気だと無駄に勘ぐられそうだ。

 

「僕としては先ほど遭遇した勇者と聖女、というのが気になるところですが、誰か何か知っています?」

 

 イレインに関しては殆んど俺と同じ情報ルートしか持っていないから、知らないだろうけど、他の二人はもしかしたらだ。

 情報を集めてそうなローズだったら間違いなく知ってるんだろうけどな。

 

「……勇者と聖女の、候補がいるって」

 

 ぽそっと小さな声でマリヴェルが言った。

 あ、知ってるのね。ゆっくりでいいからお兄さんに教えてね。

 あーそうだ、我が愛しき妹と弟は元気してるだろうか。敷地の外に出ていじめられるようなことがあったら、俺は絶対に加害者を許さない。

 

「確か……光臨教が決めてるんでしたっけ?」

 

 頭の中では別のことを考えながら問うと、マリヴェルはやや気合いの入った顔で頷いて答える。

 

「うん。何かに備えて、って」

「予言者でもいるんですかね」

「神様の、啓示? ボクも、よくわからない」

 

 神様の啓示って、どうせ嘘だろうけど、もし本当にそんなもんがいるんだとしたら、いったい俺やイレインには何を求めてるんだろう。

 方針を示してこない以上好きにやるしかないけど、意図からそれたことをした途端神罰とかだけはやめてほしい。

 

 それにしてもベルはボクっこかー。

 似合うけど貴族の令嬢としてはこれでいいんだろうか。

 

 そもそも俺と一緒にいることになにも文句言わない時点でだいぶ問題があるけど。

 スクイー侯爵閣下って、男の子供ばっかりで、孫も男だらけでただ一人の女の子がマリヴェルだったらしい。

 それはもう可愛がりまくりの連れまわしまくりで、目にいれてもいたくないってやつだ。逆に言うとマリヴェルを悲しませたり、酷い目に合わせたりすると、もうまず間違いなくスクイー侯爵はぶちぎれる。

 優しそうな顔をしていたけど、王都全体のことや、そこから延びる道の管理を長年やっている人だ。

 持っている権益は馬鹿でかい。

 もちろんマリヴェルに酷いことする気なんてこれっぽっちもないんだけど、なんかの誤解があっただけでも大変なことになるのだ。

 

 周りの先輩たちがキャーって言ってるから、結果的にボクっこで良かったのかもしれない。

 ボクっこ、いいっすねー。

 俺、すごくいいと思いますよ、スクイー侯爵閣下。流石、先見の明がある。

 

 心の中でこっそり太鼓持ちをしておこう。

 ああ、そんなことより話を進めないとな。

 

「候補ってことはまだ決まっていないんですね。本人たちはその気でしたけど」

「多分……?」

「思い込みの激しそうなやつらだったからな」

 

 おー、ヒューズがまともな分析をしている。

 あれだけ酷いとみんな同じ感想を持つよな。

 あの寮から出てきたってことは勇者君は平民だろ。

 イレインがユナって名前にも心当たりがなさそうだから、自称聖女の方も平民だ。

 

 仮に勇者や聖女じゃなかった場合が怖くないのだろうか。

 光臨教って後ろ盾がなくなったら、ただ貴族に無礼を働きまくった奴って結果になるわけだけど。もし光臨教がまともなところだとしたら、それくらいの教育施しそうなものだけどな。

 アウダス先輩と同い年っていってたあのエルって奴は頭が回りそうだった。今度会ったら勇者と聖女について詳しく聞いてみるのもいいかもな。

 

 それにしても、集団の会話になるとイレインはすぐ存在感を消して静かになるんだよな。普段から丁寧語とか女言葉ばっかり使ってると、そうなっていきそうで嫌なんだとか。

 俺はもう手遅れだと思うけど、なんか一生懸命あらがってるから、邪魔しないようにしてやってる。

 

 こればっかりは気持ちを理解してやってるかって言うと微妙だからなぁ。

 俺も姿かたちは変わったけれど、はっきり言って前世よりもグレードアップした見た目になっている。イレインだって美女には違いないけれど、性別が変わるとなると心中は複雑だろう。

 アイデンティティ保つのしんどそう。

 

 いっそ外面や言葉遣いが女であることは諦めればいいんだろうけど、こいつの中じゃ折り合いがつかないんだろうな。

 

 とりあえずその話以外にも出会った人のことなどを共有。

 たまに昔の話を交えているうちに、気付けば肌寒いくらいの時間になってきていた。

 学園では夜に出歩くことは禁止されていないけれど、推奨はされていない。

 身分関係なく在籍する学園内で、夜に出歩いて万が一のことがあっては困るからだ。

 まぁあまり夜にうろついていると、よろしくない噂が流れて将来に影響するから、保護者の方で良く言い聞かせてくださいと言ったところか。

 逆に言えば平民側の生徒は割と夜になっても外をうろついたりしてるらしい。

 当然、その間にもしものことがあっても学園側は責任をとらないけど。

 

 厳しい寮監だったら注意くらいするのかもな。

 まぁ、これも一種自主性を重んじるというやつだろう。

 自分で考えて自分で決めて自分で責任を取る。

 

 貴族社会の荒波で生きていくことを考えれば、それくらいちゃんとしろって話だ。

 

「それじゃあ今日はこれで寮に戻ります」

「明日はどうする……?」

 

 上目づかいで尋ねてくるのはマリヴェルだ。

 今は座ってるからできるけど、立ってたらチョイ難しそうね。

 

「明日は魔法訓練場集合な! 今日行くつもりだったけどいけなかったから」

「うん、わかった」

 

 予定どうしようかなーって思ってたら、勝手にヒューズに決められてしまった。

 異論はないけどね。

 この間はマッツォ先輩に邪魔されてあまり訓練できなかったし、丁度いいかもしれない。

 

 席を立って去っていく間、マリヴェルが笑顔のままぶんぶんと手を振ってくれる。

 お姉様方はそれを微笑ましいものを見る顔で眺めていたけれど、同時に窓やテラスから、白けた顔をしてそれを眺めている女生徒たちがいることにも俺は気づいていた。

 

 まぁ、そりゃあ一枚岩じゃないよな。

 イレインも適当に手を振りながらそちらを横目で気にしている。

 

 家族のために立派に貴族をやるつもりでいるけれど、権力闘争みたいなのって本当にめんどくさいよなぁ。

 どんなに誠実に働いていても、陰口叩いて失敗を喜ぶようなやつらはいるしさ。

 

 本気でバチバチやる前に、それがなんとなくわかるっていう点では、学園で過ごすっていうのは結構役立つのかもしれないな。 

 

 

 

 

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