たぶん悪役貴族の俺が、天寿をまっとうするためにできること 作:嶋野夕陽
入学式、というか、俺に言わせれば入学立食パーティ、みたいなのが始まった。
基本的に毎年の慣例として、どっかで成績優秀者が挨拶するらしいのだが、今年は違う。
殿下が入学するのに、まさか他の人を代表にするわけにもいかないから仕方ないね。近くに殿下がいないか探してみたけれど、残念ながら前に立って何かするために、俺達とは違う場所に座っているようだ。
教師らしき人物たちが並んでいる辺りにいるんだろうな。
ここからは見えないけど。
もう一人俺の知り合いがその辺にいるはずなのだが、その姿も俺からは見えない。もしかしたら二人ともどこかで待機してる可能性もあるか。
新入生だけの立食パーティだけれど、うろつくと人と肩がぶつかるくらいには混みあっている。ヒューズがじろりじろりと目を光らせているおかげか、あるいは俺を避けてか、俺達の周りだけはちょっと空いてるけど。
その辺は、だんだん神経が太くなってきたのか、役得だと思えるようになっている。
俺と同じテーブルについているのは、貴族以外の子達ばかりだ。
俺もヒューズも噛みついたりしないので、好きに過ごしたらいいと思う。
ただお前、勇者候補のアルフ君? 君だけはどっかに行って欲しい。ヒューズのことを威嚇するのもやめようね。
男子は男子、女子は女子で集まってるっぽいから、勇者候補君よりめんどくさそうな、あの聖女候補がいないだけましか。
ちなみにヒューズはあまり相手にしていない。
もしかするとすでに格下判定しているのかもしれない。
髭の校長先生や、在学生代表の先輩の話とかをぼんやり聞いていると、視界の端に動く新入生が映ったので、そちらに意識を向ける。
なんか知らん奴がやってきて、俺と同じテーブルにいる爽やかそうな少年に、こそこそと耳打ちをしはじめた。俺の方を頻りに窺ってるとこを見ると、多分貴族の間の事情を知って注意しに来たってところなんだろうな。
爽やか少年が俺の方をちらっと見てきたのでにっこり微笑んでやる。
俺、危険人物違う。安全、安全。
少年は、首を少しだけ動かして俺に挨拶をして、忠告をしに来た奴に小声で何かを答えた。
てっきり立ち去るのかと思ったら、ここに残ることにしたらしい。
忠告しに来た奴は俺の方を見て、見られていたことに気が付いて、人ごみに紛れるようにして逃げて行った。
そんなことしてももう顔憶えたけどな。
爽やか少年は寮で見たことないから貴族じゃない。
なのに忠告をくれるようなやつが近くにいる上に、どこか余裕のある雰囲気を持っている。
大きな商人の家の子とかかな?
金持ちだと下手な下級貴族とかよりよほど力持ってたりするし。
考察をしている間に、新入生代表の挨拶が始まる様だった。
殿下はやはり俺からは見えないあたりにいたらしい。
身長は俺とそう変わらない。
歩いて出てくるその横顔は、以前よりも落ち着いて自信がありそうに見えた。
どんな話をするのかと期待して待っていたのだが、その内容は特段変わったものではなかった。
平等の精神とか、頑張るとか、まぁ、無難な内容だ。
昔の殿下だったら、もっとオリジナリティあふれる挨拶くらいするかと思っていたけれど、周りに配慮する位には成長したってことなのかもしれないな。少し寂しいがそれも成長だろう。
まぁ、つまり、俺を見つけて何かリアクションくらいしてくれるかなと、僅かながらに期待をしていたのだ。
自意識過剰だな。
人に知られでもしたらめちゃくちゃ恥ずかしい。
殿下が壇上から降りると、続いて新任の教師の紹介が入る。
これが終われば後はそれぞれ自由行動自由解散だ。
流石にこの場で殿下にコンタクトを取りに行くわけにもいかないから、話すとしたら寮に戻ってからだな。殿下だって流石に今日からは入寮するはずだし。
「おい、ルーサー、あれ」
「なんです?」
「なんですじゃないだろ、ほら、あれ、クルーブさんじゃんか」
そうなのだ。
相変わらず童顔で、軽薄で、俺の魔法のもう一人の先生であるクルーブは、俺の入学と同時に学園の教師に就任する。
ダンジョン学の教師だってさ。
ダンジョン学って今まで座学がほとんどで、ダンジョンにほとんど入ったことのないような人がやってたんだってさ。最近ちょっとダンジョンの発生が増えてきたし、ここらで専門家をってことで、クルーブが採用されたわけだ。
「そうですね」
「知ってたのか? 教えろよ」
「驚かすから秘密でって、クルーブさんから言われたので」
「くそー……、驚いた……」
クルーブの片手にはルドックス先生の杖。
得意げにくるくるっと回しながら壇上へ上がり、中心に立つと、杖の先でとんと床を叩いた。
自信たっぷりの表情は、ちょっとむかつくけれど、俺はクルーブにそれだけの実力があることを知っている。
「クルーブです。本職は探索者《シーカー》の魔法使い、どーぞよろしくね?」
23歳男が小首をかしげると、主に女子たちの方から黄色い声が上がった。
ちなみに男子の方からもちょっとだけ上がってる。よかったな、モテモテだぞクルーブ。
本来ちゃんと挨拶をしなければいけないんだろうけれど、クルーブなんてこんなものだ。そもそも何かを期待する方が間違っている。
杖の頭を天井の方へ向けたクルーブは、にっこり笑うと、誰が止める間もなく屋内で魔法をぶっ放す。
パンッ、という破裂音がいくつか響き、高い天井に色とりどりの花が咲いた。
それは、ルドックス先生が王誕祭の時に披露していた魔法だ。
そして、亡くなってから一度も見られなかった魔法だった。
そういうの、もっと広いところで、皆の見えるところでやれよな……。
「それじゃ、楽しくやっていきましょーぅ」
その挨拶は、一拍置いてわっと盛り上がった会場の声にほとんどかき消されていたけれど、クルーブは満足そうに壇上を降りていく。
そしてその途中で俺の姿を見つけると、ばちっとウィンクを送ってみせた。
「すごいな、この魔法。これも知ってたのか、ルーサー」
「……知りませんでした」
くそう、普通にびっくりしたし、なんだかちょっと、ちょっとだけ、この魔法がまた見れて、嬉しくなってしまったじゃないか。
式らしきものが終わって、あとは好きに食事してあまり遅くならないうちに寮へ帰りなさいよという状態になった。教師たちや寮監の先輩方もその場に残っているので、みんなお行儀良く過ごしている。
ぼちぼちはじめましての挨拶とかをしている人たちもいるみたいだけど、ヒューズはそう言うの得意なタイプじゃないし、俺は声かけると迷惑になりそうだ。お陰様で話すきっかけのない俺のテーブルは周りと比べると幾分か静かだ。
イレイン達と合流するのも一つの手かと思ったのだが、そちらに目を向けてみると気の強そうな少女が一人目に入った。
間違いなくローズだろうな。
この間の話からして、俺が行くのはあまり都合がよくないのだろう。
「ヒューズ、あっちにローズがいるから挨拶でもしてきたらどうです?」
周りに聞こえないように提案すると、ヒューズが少しだけ眉を顰めた。
お、あんまり見ない表情だな。
「しばらく会っていないでしょう?」
「会ってないけどなー、あいつ俺にあまり興味ないだろ」
「……そんなことないんじゃないですか?」
「あるだろ。男はカートのことしか見てないぞ、あいつ」
こいつこの年になっても殿下のこと呼び捨てにしてるのか。
そのうち怒られるぞ。
殿下からじゃなくて、他の偉い人とかに。
「否定はしませんが、よく遊んだ相手ぐらいには認識されていると思いますが」
「まーなー……、行ってくるか」
「僕の分まで挨拶しておいてください」
「仕方ねーなぁ」
ぶつくさと文句を言いながらも人ごみに紛れていったヒューズ。
俺に付き合わせて人と関われないのも申し訳ないからな。本人は気にしてないかもしれないけど、貴族としては問題がある。
入学式直後のこういうイベントってさー、結構大事なんだよな。
ここで仲間を作れないと、この先の生活に影響が出たりする。
寂しい学園生活を避けるためには頑張り時なのだ。
俺は頑張っても意味ないからやらないけど。
妙に人が寄り付かないことに気づいた平民出身の1年生が、一人また一人と減っていき、いつの間にやら俺と同じテーブルを前にしているのは、さっきの爽やか少年だけになってしまった。
うーん、もう食事は十分にとったし、寮に戻っちゃおうかなぁ。
公の場で殿下の方から接してくるってこともないだろうし、正直言って今できることがもうないんだよな。
そうだ、そうしよう。
多分この爽やか少年は、俺が人から嫌われているのを察して、憐れんで残ってくれているに違いない。俺がいつまでもここにいると、この推定心優しき少年の学園生活の邪魔までしかねない。
そうと決まればさっさと退散しよう。
ヒューズにはあとで謝っとけばいいでしょ。
一応爽やか少年に「僕はこれで」とだけ告げて、その場を離れる。
「え、あ……」と後ろから声が聞こえたが知らん顔だ。少年よ、俺と関わると火傷するぜ。
寮へ帰ると、ちょうど夕食時だったのか、随分と注目を浴びてしまった。
アウダス先輩は入学式典に駆り出されているけれど、寮の先輩方は大人しい。
まー、俺も寮に来てから結構たつから、いつまでも緊張してばかりはいられないよな。
それにしたってあまりに早い帰りに、ぎょっとした顔をされてしまったけど。
階段を上がって4階へ着くと、廊下でメフト先輩と遭遇してしまった。
皆大体誰かと一緒に歩いているというのに、俺も一人、メフト先輩も一人である。
互いに人との縁があまりないらしい。
「おや、随分と早い帰りだね」
「式典は終わりましたよ」
「そのあとの自由時間が本番だろうに……」
肩をすくめて忠告するような言葉を吐くメフト先輩だが、その顔に張り付いているのは笑顔だ。俺が友達を作れる環境にないことをわかった上でからかっている。
「生憎、人付き合いはあまり得意でないもので」
「いよいよテラスの住人となってしまいそうな発言だな」
「仲間に入れてもらえるのなら寂しくなくていいですけどね」
互いに気を抜いた軽口の応酬は、なんとなく少し仲が良くなったようで悪い気分ではない。しかし廊下の向こうから足音が聞こえてくると、メフト先輩はそれを敏感に察知して表情を感情のないものに変えた。
「ではな」
短く一言告げると、すたすたとそのまま俺が今来た方へと去っていく。
まー、色々あるんだろうな。
ばれたら困るって程ではないけど、大っぴらに付き合いを認められるのは問題があるって感じな気がする。俺も何事もなかったかのように歩き出して、すました顔をして自室の扉をくぐった。
さて、ローズの忠告に従うのなら、殿下の部屋を訪ねたりするのは良くないだろうなぁ。できれば偶然出会う形で、言葉をいくつか交わして、実際の殿下の考えを聞いておきたい。
テラス、来てくれねぇかなぁ。
そうするとめちゃくちゃ話が早いんだけど。
行儀悪くベッドに上半身を預けて考えているうちに、だんだん眠たくなってきた。
いいや、寝てしまおう。
まだまだ先は長いんだ、悩んだってどうしようもないし。
ミーシャがいないせいですっかり怠惰な暮らしをしている俺は、そのまま目を閉じて眠気に身を任せてしまうことにした。