たぶん悪役貴族の俺が、天寿をまっとうするためにできること   作:嶋野夕陽

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今日2話目です


殿下はルーサーと話がしたい(殿下視点)

 壇上で挨拶をしている途中に、目的の人物を見つけることができた。

 私達が今よりもずっと小さなころ、ずっとその中心にいた頼りになる男だ。

 穏やかで、賢くて、気が回り、他人思い。

 

 私達は皆、ルーサーに好かれたくて一生懸命だった。

 

 ローズですら、私を好いてくれるのとは違う意味で、ルーサーのことを好いていたと思う。いや、認めていて、認めてもらいたがっていた、というのがより近い表現だろうか。

 マリヴェルやヒューズはもちろんだし、あのクールなイレインですら、ルーサーのことだけは特別に見ていたように思う。

 

 そんなルーサーを身近に感じるのは、一緒に遊んでいる時よりも、ルーサーが家族や魔法の先生たちについて話している時だった。彼らについて話すルーサーは、仮面をほんの少しだけ外して、私達と同じ場所に立っているような気がした。

 

 やがて時間が過ぎて、付き合いも長くなると、ルーサーはようやく私達をその大事な者たちと同じように扱ってくれるようになった。多分ルーサーは、明確に自分の味方と敵を区別しているタイプなのだと思う。

 その内側に入れたことを、こっそり他の仲間たちと喜んだ記憶がある。

 

 そうなってからのルーサーは、丁寧な態度や口調は変わらなかったけど、以前にもまして私達の心配をして、世話を焼くようになった。

 何をするにもルーサーに見守られているような感じがして、当時の私達は、それだけで何でもできるような気がしていたのを覚えている。

 

 だからこそ、あの事件の後のルーサーのことが、私はとても心配だった。

 魔法の師であるルドックス殿。

 イレインの兄、サフサール殿。

 懐に入れていた相手を失い、手の届かぬ所へ攫われたのだ。

 場合によってはイレインですら失うところであった。

 

 それを聞いたとき私は、今こそルーサーの力になるんだと張り切った。

 しかし、政治上微妙な立場になってしまったセラーズ家を訪ねる許可は出なかった。政治的敵対関係にあったローズの生家であるスレッド家はもちろん、マリヴェルに甘いスクイー侯爵も訪ねる許可を出さなかった。

 それだけ難しい時期だったのだと今ではわかるが、当時の私は結構本気でかんしゃくを起こしたものだ。

 絶対に大人しくするとの約束の下、ルドックス殿の葬儀に出席させてもらったけれど、その時に見たルーサーは魂の抜けた人形のようだった。陛下が傍へ来た時などは、機械的にあいさつをしていたようだったが、少なくとも私のことは目に入っていなかった。

 

 無視されたことよりも、ただ自分たちの兄のような存在であるルーサーが、酷く気を落としているのを見るのが辛かった。そして相変わらずセラーズ家を訪ねることもできない、己の身分としがらみが憎かった。

 

 いよいよセラーズ伯爵が大臣を辞して、自領へ帰るとなった時私は焦った。

 このままではいけないとわかっていても取れる手がなかった。

 

 陛下と共に仕事の現場に立ち会っていても上の空で、何度も注意をされた。

 普段ならば絶対にないことなのに、陛下に注意されることですら煩わしいと思ってしまったほどだ。

 

 そんな中、私は一つ希望を託した。

 我がプロネウス王国で、個人として最も恐れられている人物である、【皆殺しの】オートン女伯爵が謁見に来ていたのだ。

 何を話していたかはよく覚えていない。

 

 ただ私は、帰らんとするオートン卿の背中に声をかけて、ルーサーへの伝言を託したのだ。

 オートン卿はそんな私を、つま先からつむじまで睨みつけて口を開く。

 肉食動物の前に立った兎のような気分だった。

 

「殿下の頼みを聞く義理はない。ですが個人的にセラーズの顔は拝んでおきたいと思っていたところだ。ついでにうちの軟弱者も連れていくことにしよう。ヒューズ!」

「はい!!」

 

 それまで私は気づかなかったのだけれど、隣にかわいそうに気配を小さくさせて立っていた。オートン卿が怖すぎて、ヒューズまで目に入らなかったのだ。

 

「1分以内に話を聞いて追いついてこい。来なければ置いていく」

「はい!!」

 

 カッカッカッ、というオートン卿の足音がまだ聞こえるうちに、私はヒューズにルーサーへの伝言を託した。走り書きのメモを渡し「頼む」と祈るように言うと、いつも少し自信なさげだったヒューズが、表情を引き締めて「分かった」と答えてくれた。

 

 きちんと連絡をしてくれたとは聞いていた。

 しかしそれから私個人としては連絡を取れていなかった。

 心配だった。

 ヒューズは、ルーサーは変わらず元気にしていると教えてくれていたが、直接やり取りしていないのだから心配に決まっている。

 

 私が最後に見た時のルーサーは、今にも消え入りそうな顔をしていたのだから。

 

 もしかしたら、私のことなんか忘れてしまっているんじゃないかって、そんな心配もどこかにあったのだと思う。

 

 ぎりぎりまで寮に入らなかったのは、単純に面会者が多かったからだ。

 いよいよ私が入学する数カ月前から、私の面会予定はびっしり詰まってしまった。

 

 面会の建前は色々あるのだけれど、最終的には息子・娘をよろしくとなる。

 わかっていても立場上最後まで話を聞いてあげなければいけないのが辛いところだ。

 プロネウス王国は王政だけれど、貴族の力が非常に強い。

 王はどの貴族と比べても豊かな土地と軍を持っているけれど、過半数に反乱を起こされたら対応は難しくなる。

 何でも自由に決められるほどの権力はないのだ。

 だからこそ父上は苦労しているし、セラーズ家を庇うことができなかった。

 

 ようやく面会を終えた頃には、入学式が翌日に迫っていた。

 挨拶をすることは前々から知らされていたから、準備だけはしてきてある。

 

 正直かなり疲れがあったけれど、明日からまた友人たちと同じ空間で過ごすことができると思えば辛くはなかった。

 

 

 当日、人が集まってくるまで控室で待機をして、いよいよ式が始まる時間になったら、あらかじめ用意されていた席へ向かう。

 その途中、思わず一度足を止めそうになる。

 教師の席に、ルーサーのもう一人の師であるクルーブ殿が足を組んで座っていたのだ。

 

 これもまた、私にとっては懐かしい顔だ。

 数年たったにもかかわらず、相変わらず幼い顔立ちで、他の教師と並ぶと大人と子供のように見える。

 私の姿を確認すると、悪戯っぽくウィンクを飛ばしてきた。

 クルーブ殿は隣の先生に注意されながら、どこ吹く風でぷいっと顔を逸らした。

 どうやら中身もあまり変わっていないようだ。

 

 挨拶の順番が回ってきた。

 顔を上げ堂々と覚えてきた文章をそらんじる。

 

 大勢の前で話すときは、どこを見るでもなく全体を見るように。

 相手が私と目が合っているように思ったのならば満点だ。

 なんとなく会場の様子を把握していくうちに、まずはローズとマリヴェル、それにイレインの姿を見つける。

 イレインはすらりと背が伸びて、昔の姿から想像した通りの美人になっていた。

 あまり話しかけるとローズに怒られそうだ。

 

 挨拶を続けつつ、さらに意識を他の場所へ移すと、ぽっかりと空いている場所が一か所目に入った。

 ヒューズがいる。

 そしてそのすぐ近くに、ルーサーが立っていた。

 

 身長はそこまで伸びていない。

 涼しげな表情は昔と変わらず、壇上に一応注目しているようだった。

 挨拶を終える頃にはふっと薄く笑って、私から目を逸らす。

 

 こうして聞いてもらえるのならば、少しくらい代り映えのすることを言えばよかった。無難に締めてしまったことで、つまらないと思われたら嫌だな。

 元の席に戻り、クルーブ殿の挨拶を見てしまってからは、なおさらそんな風に思ってしまった。とはいえ、王族である以上、あれほど好き勝手やることは、当然できないのだけれど。

 

 式が終わっても立食パーティは続く。

 順繰りにまわっていけば、そのうちルーサーの下にもたどりつくことができるはずだ。男子たちが固まっている方へ足を踏み入れると、すました貴族の子供たちが礼儀正しく私を迎え入れてくれる。

 声をかけてくるのは貴族ばかり。

 平等とうたっても、最低限無礼のないように、中々そのあたりの教育はしっかりされている。

 

 いいことではないかもしれないけれど、国を運営していくうえでは必要なことだろう。

 歓迎してくれた皆と一言二言交わしながら進むだけでも、ルーサーの元までたどり着くのには随分と時間がかかる。

 

 小一時間そうして歩みを進め、ようやく目的のテーブルまでたどり着くと、そこにはもうルーサーはいなかった。

 少年数名がかわいらしい少女の機嫌を取っており、その中に一人だけ、居心地悪そうにしている少年がいる。

 

 見たことのない顔ばかりだから、おそらく貴族ではないのだろう。

 私は基本的に、ゆっくりと歩いてあちらから話しかけるのを待つ形だ。

 平民たちは先ほどの挨拶で私が王太子であることを知っているので、まず話しかけてきたりしない。

 当然このテーブルで話しかけられることはないだろうと考え、ルーサーはどこへ行ってしまったのだろうと、意識を別のところへ飛ばしていると、さっと進路をふさがれて足を止めることになった。

 

「カート様、お初にお目にかかります! 私、光臨教より聖女候補とされております、ユナと申します。どうぞよろしくお願いします!」

「聖女候補か。さぞかし優秀なのだろうな。君の活躍を聞くのを楽しみにしているよ」

 

 心中やや動揺しながらも、それを表に出すことなく対応できたと思う。

 この会場においては私の行く先が開けることはあっても、塞がれたのは初めてだった。

 それにしても光臨教か。

 確か勇者と聖女の候補を何組か選定し、その優秀さを競っているのだとか。

 本物を見つけて迫りくる危機に備えているというが、王国としての見解は、光臨教内の代理戦争だ。

 本物の勇者・聖女と認められた組の後見人が次の教皇になるのだろう。

 

 彼女が聖女だとすれば、何らかの能力が人より秀でているということになるはずだ。

 

「良かったらこちらでご一緒にお食事はいかがですか?」

 

 かわいらしく首をかしげてくれたけれど、私はその申し出を受けるわけにはいかない。

 まだまだ挨拶をしていないテーブルがたくさんあるのだ。

 ここで止まってしまっては、あとで自分のところへは来なかったと噂されかねない。

 

「お誘いはありがたいけれど、まだ他のところも回らなければならなくてね」

「そうですか、残念です……」

 

 なんとなく今私は、すぐ近くにローズがいなくてよかったなと思っている。

 やり取りを見られる前に次のテーブルへ移動してしまおう。

 

 

 変わった出会いがありつつも、私は全てのテーブルをまわり終えた。

 そしてどこにもルーサーの姿を見つけられなかった。

 

 ローズにこっそりと聞いたところによると、ルーサーは私に失望したりもせず、むしろ心配をしていたというから嫌われてはいないはずだ。

 おそらくルーサーは、公の場での再会で互いに話ができないのをもどかしく思ったのではないだろうか。

 

 ルーサーのことだ。

 姿をくらませば、後で私が夜に訪ねるであろうことも想定済みなのだろう。

 

 式を終えて寮に荷物を置いた私は、時間を待ってルーサーの部屋を訪ねることにした。

 普通であれば非常識な時間であるけれど、ルーサーならば問題ないはずだ。

 私は何のためらいもなく、ルーサーの部屋のドアを手の甲でそっと叩いた。

 

ノックをして割とすぐに中から声がした。

 

「どなたです?」

「私だ、カートだ」

「開けます」

 

 やはりルーサーは私の訪問を予測していたのだろう。

 急に訪ねたというのに、その対応は非常にスムーズだった。

 

 ずいぶん前に部屋へ戻ったはずなのに、未だに制服を着ているのは、私を待ってのことだろう。別に楽な格好をしておいてくれても良かったのだが。

 

「殿下、どうされたんですか、こんな時間に」

 

 非常識な時間に訪ねた自覚はあるのだが、ルーサーは怒ったりしなかった。

 当時と変わらず、私達がどうしたいのか、何をして欲しいのか、ちゃんと尋ねてくれる。

 積もる話は山ほどあったけれど、それよりも先に再会し、また同じ時間を過ごせることが嬉しかった。

 

「ルーサー、違うだろ、そうじゃないだろ」

「なんです?」

 

 とぼけるルーサーに向けて腕を広げて笑いかけると、ルーサーは仕方ないなとでも言いたげに苦笑して、私の抱擁を受け入れてくれた。

 さっさと帰ってしまったことに文句を言ってみたりしたが、ルーサーはどこ吹く風で笑っている。それでも、ルーサーの笑顔に陰がないことが今は嬉しかった。

 もしかしたら恨まれているんじゃないかとか、僅かながら残っていた懸念が払しょくされた瞬間だった。

 

 ローズとは仲良くやっていること。

 学ぶうちにようやく状況が呑み込めたこと。

 そして私がこれからどうしていきたいか、そのすべてをルーサーにぶちまけた。

 

 反応は思っていた通りで、受け入れて、そして笑って肯定してくれた。

 賢いルーサーのことだから、私が語る夢が非常に難しい道のりの先にあるものだとわかっているだろう。

 

 まずは学園に通う間に、敵味方を見分け、協力者を探さなければいけない。

 ルーサーの話を聞いたところ、すでに幾人かの先輩には目をつけているようだ。

 騎士団長の息子で堅物で有名なアウダス先輩とは、すでに親交があるとか。

 

 もしかしたら、クルーブ先生を学園の中に引き入れたのも、何か深い考えがあるのかもしれない。

 

 疲れているだろうから早く休むよう念押しをされてルーサーの部屋を出る。

 明日からは学園生活の始まりだ。

 初めの年は身分でクラスが分けられるから、全員が同じクラスになるのは間違いないだろう。

 

 私もルーサーを見習って、きちんと人を見分けて味方を探していかないといけないな。

 

 

 

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