たぶん悪役貴族の俺が、天寿をまっとうするためにできること 作:嶋野夕陽
殿下は思った通り、すっごくしっかり成長していたなぁ。
ただ、俺の方をキラキラした目で見ていることは変わらなかった。
俺は大したことしてないのに、妙に殿下から評価されてるんだよなぁ。
正直重たい期待だけれど、裏切りたいわけじゃない。
学園生活でもぼろを出し過ぎないように気をつけないとな。
ヒューズと一緒に適当に朝食をとって、時間に余裕をもって学園へ向かう。
ぎりぎりに行くようなことになると、間違いなく玄関部でもみくちゃにされる。
何せすべての生徒を合わせると余裕で千人を超える数がいるのだ。
人混みに入り込んだらどさくさにまぎれて何をされるかわかったもんじゃない。
昨日案内された通りの教室へ向かう。
この学校の教室は横長の備え付けテーブルを、幾人かの生徒で共有する形だ。
好きな場所に座っていいらしいので、折角なら俺は一番後ろの席を占領するつもりでいた。
背中を誰かに観察されるのって何か気になるしな。
この世界で剣を覚えたりするまでは、全然気にしてなかったんだけどなぁ。
教室の後ろ扉を開けて中へ入ると、すでに中に人がいた。
その少年は、一番前の席の窓際で、そよ風を受けながら教科書をめくっていた。
一瞬振り向いて俺を見たその少年は、軽く頭を下げてまた教科書に目を落とす。
眼鏡かけてたな。
見栄を張る貴族の家だと、眼鏡はかけさせないはずだけど。
少しだけ眼鏡少年のことを気にかけながら、俺は一番後ろの窓際の席を陣取った。
別に態度が悪く過ごそうとか、そんなことは考えていない。
眼鏡少年にならって、俺も教科書を開いて今日からの学園生活の予習を始めた。
「……ルーサーって真面目だよな。俺はダメだ、眠たい」
「だから無理に付き合わなくてもいいって言ったじゃないですか。寝てたらいいですよ、どうせ人が増えてきたら目が覚めます」
ヒューズは上半身を伏せて、自分の腕を枕に目をつぶってしまった。
それならぎりぎりまで部屋で寝てりゃいいのに。
予習をしながらも俺は、教室の扉の方へ意識を割く。
人が来るたびに、俺に対してどんな視線を向けるのか確認する必要があった。
評価基準としては、俺のことが嫌い、よく知らない、特に思うところはない、好意がある、だ。
初めの頃にやって来たものの多くは、特に思うことがない、が多かった。
そして段々とよく知らない、が入ってきて、それから俺のことが嫌い、ってタイプが増えてきた。
好意的なのかはわからないけれど、俺を認識してなお近くの席に座った奴らの顔は憶えておく。なぜならそいつらには何らかの意図があるはずだからだ。
昨日殿下も言っていた通り、俺はこの学園生活の中で、敵味方の区別をしていかなければならないのだ。
弱冠13歳にして世知辛い世の中である。
性格が歪みそうだ。
皆できるだけ仲良く、仲良くできない人は見ないようにしよう! では済まないのが貴族社会である。
俺、そんな世界には向いてないけど、やるしかないんだよなぁ。
そんな感じで人が揃ってきたが、相変わらず俺の周りはやや空席が目立つ感じだ。
はいはい、そこで窮屈そうにしている君、俺の近くが空いてますよ。
どうせこねぇんだろうけど。
殿下の周りはびっしり人が集まっているが、近くでローズが目を光らせているおかげか、しつこく声をかける者はいないようだ。幸いなことに、イレインやマリヴェルもローズの圧力の傘の下に入れてもらっているようである。
俺といるよりは余程平和かもな。
こうなってくると、俺と眠りこけているヒューズはまるで不良である。
俺はぴっちり制服を着て予習してるだけなのに。
実は廊下側の最後列の席にも、それっぽい人相の悪いのがちらほらといて、俺のことを気に食わなさそうに見ている。
貴族の中にもあんなチンピラみたいなのがいるんだなと驚きである。
◆
いくら俺のことが気に食わないと言っても、そう簡単に手を出したりするのは難しいらしい。
遠巻きに気にしている様子はあるけれど、直接絡んでくる奴は今のところいない。
授業が始まってからすでに数日たったけれど、学園生活中にヒューズ以外で俺に話しかけてきたのは教師だけである。
それもヒューズが授業中に居眠りしているせいで指名されて、答えられなかったから隣の俺にというパターンだけだ。特別贔屓されているようには感じない。
腫物を扱うような雰囲気でもないし、教師側が外の世界の身分や関係を意識していないのは本当なのかもしれない。
生徒たちに関しては遠巻きに観察されている状態が続いている。
特に俺たちの席を囲うように座っている連中は、こっそり様子を窺っているのがわかる。俺のことを観察するにしても下手なんだよなぁ。
いくら貴族の子供と言っても13歳だし仕方ないか。
なんかうまいこと味方を増やせるといいんだけど、腹の中で何を考えているかわからないのが相手だと、どうしても躊躇しちゃうんだよなぁ。
当面の目標はいい成績を維持して、セラーズ家の嫡男優秀じゃん、って思われることくらいか。あとは父上と陛下の関係改善とかにお任せになっちゃうんだけど、それだとなぁ、あまりに俺が役立たずである。
殿下には妙に期待されてしまっている感じがするし、なんか成果が欲しいもんだなぁ。
しかしまぁ、少なくとも座学をしている間は何も起こらない気がする。
だって普通に勉強してるだけで喧嘩とかしないもの。
◆
「そんなわけで、結局何も起こらずに平和に過ごしています」
「良いことだろう」
たまたま帰り道に遭遇したアウダス先輩と俺は、訓練場にやってきて剣を交えている。
ウォーミングアップ的な手合わせでは、まだまだ互いに会話をする余裕がある。
「もっといろいろな事件とかが起こると思っていたんですよ、っと!」
やや強めの踏み込みからの一撃を、アウダス先輩はやすやすと受け止めてはじき返して見せた。相手の力に逆らわずに再び距離をとった。いくら鍛えているとはいえ、体格的にパワーでは勝負できない。
遠巻きに見ている人たちからは、俺達が何を話しているかなんて聞こえないだろうから、好き勝手なことを話している。半分ストレス解消のようなものだ。
「最初と同じだな」
先輩の打ち込みを木剣で受け止め滑らせる。
まともに受けると手がしびれるからなぁ、馬鹿力め。
「何が、ですか!」
滑り落ちた拍子に手首を返して横なぎ、はすでにアウダス先輩の手元に戻った木剣にしっかり受け止められる。
「警戒しすぎてたら、誰も行動などおこさん」
はじき返される勢いのまま、体を回転させて、反対側から強襲。
当然受け止められるだろうと思っていたのだが、一瞬目を離した隙に、アウダス先輩は更に前へ一歩踏み出したらしく、胴体に腕がぶつかるだけに終わってしまった。
木剣の柄尻の部分で、頭の天辺をコンと叩かれる。
「集中力が散漫だぞ」
「……すみません」
「さっさと生活に慣れろ、張り合いがない」
「もう一度お願いします。今度は集中しますから」
「話がしたいなら手合わせの時でなくてもいいだろう」
「そっちはもうすっきりしました。今度は本気です」
「勝手な奴だな」
そう、俺って結構勝手な奴なんだよな。
なんか妙に持ち上げられたりするし、それらしく振舞わなきゃいけないって思うけど、根本はただの小市民だしなぁ。
アウダス先輩は初対面の時から遠慮がないから関係性が心地いい。
殿下とかマリヴェルといる時もしんどいわけじゃないんだけどな。
よし、頑張るかって気分になるからさ。
ああ、この手合わせに俺は多分クルーブとの訓練の時間のような心地よさを感じているんだろう。
寮に入ってからまともに喋れてないしなー。
明日は休みだしクルーブにでも会いに行くか。
何度か手合わせをして、ことごとく負けたけれど、最後の方はなかなかいい線いってたんじゃないだろうか。
すっかり体中が気持ちよい疲労に包まれたころには辺りが暗くなってきていた。
集中していたから気づかなかったけれど、いつの間にやら観客のように数人のガタイのいい先輩が周りを囲んでいる。
俺の背がまだ小さいから、集まられるとなんかちょっと怖い。
そのうちの一人が突然手をパチパチと叩くと、それにつられて他の数名も拍手をし始めた。
アウダス先輩はいつもと変わらない顔でそれを見ていたが、やがて拍手が収まると、最初に手を叩いた先輩が腰に手を当てて笑った。
「一年でこりゃあ大したもんだ。ちょいと俺とも手合わせしてくれねぇか?」
「……いいですけど」
結構疲れてるんだけど。
あと、誰だよお前……、ほぼおっさんみたいな見た目してるけど、制服だから生徒なんだろうなぁ。
「ま、そう警戒するなって。ただの手合わせだ、大けがはしないよう互いに寸止めでいいか?」
足元に置いてあった木剣をしゃがみこんで拾った先輩は、その重さを確かめるように軽く振りながら提案してくる。
振り返りアウダス先輩を見ると「好きにしろ」と、短いお返事を頂いた。事情が分かるなら相手の正体とか教えてほしかったんですけどね!
「よっし、かかってこい」
先輩が剣を構えると、快活そうな雰囲気が一変する。
あ、この人、マジでちゃんと手合わせをする気だっていうのが一発で分かった。
何か裏の考えとかがあるんじゃないかって疑っていたけれど、今は余計なことを考えないで、真剣に向き合わないと勝てない気がする。
学園ってアウダス先輩以外にも、ちゃんと強い人いるんだな……。
……いい勉強だ、やるぞ。
んで、やるなら勝つぞ。