たぶん悪役貴族の俺が、天寿をまっとうするためにできること   作:嶋野夕陽

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はじまりの数日

 先輩達と手合わせをした結果だけれど、勝ったり負けたりだった。

 全力で言い訳をさせてもらうと、こっちはまだまだ子供の体な上、疲れ切った後で、しかも魔法を使わないで戦ったのだから、勝率5割は大勝利だと胸を張らせてもらいたい。

 

「いや、なかなかやるじゃん」

「……ありがとうございます」

「拗ねた顔するなよ」

「拗ねてませんけど」

 

 いたって普通の顔だ。

 何なら笑顔も見せてやってるのに、先輩がぐりぐりと首が動くほどに頭を撫でまわしてくる。今日勝ったからって、明日も勝てるわけじゃねぇからな、覚えておけよ。

 

「次いつ手合わせしますか」

「おーこわ、もう二度としねぇよ。セラーズ家の天才坊ちゃまに勝ちこしたって自慢すんだから」

「お、いいなそれ」

「じゃ、俺もそうするわ」

「逃げるんですか?」

 

 おっと、つい口が滑った。

 でもずる過ぎる。たった一回勝っただけで勝ち逃げは完全に詐欺だ。

 俺の挑発に楽しそうに笑っていた先輩たちは、ぷっと噴き出した。

 

「冗談だよ、また手合わせしてくれ。今度は元気な時にやるよ」

「そうですか」

「俺たちこの時間には大体訓練してるから、また暇なときにでも顔を出すといい」

「ありがとうございます、いい訓練になります」

「精々卒業までに勝ち越せるよう頑張るんだぞぉ」

 

 お前顔憶えたからな。

 一番俺のこと挑発してくるちょっと天然パーマが入った先輩の顔をしっかりと目に焼き付ける。卒業の前に、お願いですから最後にもう一戦お願いしますって言わせてやる。

 実際この天パ先輩は、剣だけだとアウダス先輩に近い実力を持っていた。

 何とかしてへこましてやる。

 

「いやしかし、アウダスの言う通りだったな」

「何がですか?」

 

 アウダス先輩は一瞬振り返っただけで、訓練場の片づけを継続する。

 

「いやな、殿下の御入学と同じくらい、セラーズ家の坊ちゃまの入学も噂になってたわけよ。四大伯爵家の嫡男で天才児で殿下のお気に入り。よくない噂も聞いてたから、実際どんな奴なんだって話してたんだよ」

「……悪い趣味してますね」

 

 まー仕方ない。

 当然のことだし、それでも俺と接してみようと思ってくれたのだから、この人たちは噂よりも自分の目を信じる人たちだ。これからの付き合い次第だけど、信用してもいい要素を持っている。

 

「ま、学園は閉鎖された空間だからな。噂話も娯楽の一つなんだ。そう怒るなって」

「怒っていませんけど。それで、アウダス先輩がなんて?」

「剣を交えれば相手がどんな奴かなんて大体わかります。根も葉もないうわさ話が面白いですか? ってな。あれ絶対ちょっと怒ってたよなー」

「うん、あれは怒ってた」

「目つきが怖かったもんな」

 

 アウダス先輩が片づけをする手を止めて、また振り返って先輩達を睨む。

 学園では怖がられているはずのアウダス先輩の視線を受けても、先輩方は笑うだけだ。話が進まないので、俺から先を促す。

 

「それで、どうなんですか」

「下らねぇことするような奴が、13歳でこんなに強くなるわけねぇよ。色々大変だろうが、あんまりため込まずにたまにはここに来いよ」

 

 ごつい体で、太い腕を横に広げて俺のことを歓迎してくれた先輩に、俺はちょっとだけ感動してしまって礼を言った。

 俺、人の親切とかに弱いんだよな。

 

「……ありがとうございます」

「残念ながらセラーズ家の坊ちゃまの政争に役立つような身分のやつはいないけどな。俺たちみんな騎士になるくらいしか道のないスペアだからな」

 

 貴族が人と付き合っていく上で、身分というのは見逃してはいけないファクターだ。どれだけ大きな派閥が作れるかとかって結構大事で、その大きさによって意見が通せたり通せなかったりする。

 そういった意味では確かにこの先輩たちは役に立たないのかもしれない

 多分一代限りの騎士爵の息子とか、スペアの三男四男だろうしな。

 

 それは十分に理解している。

 俺だって貴族教育を受けてきたわけだしな。

 

 でもなぁ、俺個人の感覚はそれとは違うんだよなぁ。

 身分とか関係ないですよ、って言いたい気分に駆られたけれど、それもなんだかちょっと違う。

 少しだけ間をおいて、俺は精一杯不敵に見えそうな笑顔を作って、胸を反らして先輩方にこう言った。

 

「安心してくださいよ。僕がえらくなったら、皆さんを取り立ててみせますから」

 

 クッソ生意気だろう。

 それで怒り出す人がいたって仕方ない。

 それでも、ここまで先輩方が俺に言ってきた無礼を思えば、これくらいの軽口を返してもいいんじゃないか?

 一応、身分とかじゃなくて、あなたたちとの付き合いを大事にしたいって気持ちを込めたつもりだけれど、上手く伝わるか?

 

 一瞬場がしんと静まってから、天パ先輩が膝を叩いて笑った。

 

「言うじゃん! なぁ、アウダス、この坊ちゃん面白いな! よーし、乗った。卒業までに俺に勝ち越せたら、俺は大人になった時、ルーサーに取り立てられてやってもいいぜ!」

「おもしろいな、俺もそれでいいぞ」

「よし、じゃあ俺も!」

「お前はもう今日で負け越してるだろ」

 

 がやがやと騒がしくなる訓練場。

 もう暗くなる直前で、この場に見えるのは筋肉もりもりの大人間近の先輩ばかりだ。

 俺は調子に乗って言う。

 

「安心してください。ちゃんと全員傘下にいれてくださいって頭下げさせてみせますから」

 

 ごんっ、と音がして目に火花が散る。

 

「調子に乗り過ぎだ」

「叩かなくても分かりますよ……」

 

 アウダス先輩から拳骨をもらった。

 いいじゃん、みんな笑ってるし、ちょっとくらい調子に乗ったって……。

 

 

 学園内には一応教職員用の寮もある。

 毎日授業するわけだから当然だ。

 

 いくら同じ学園の敷地内にあるとはいえ、生徒が教師の下を訪ねることなんてあまりない。思い出してみればわかるけど、元の世界の頃だって先生宅に訪ねて行ったことなんてない。

 

 とか思いながら俺は今日その寮へ向かっているんだけど。

 朝食をさっさととって、クルーブに会いに来たわけだ。

 あいつ落ち着きないから、早めに訪ねないとどこか出かけちゃって捕まえるの大変そうだし。

 

 何か用事があるわけじゃないんだけど、毎日のように会っていたのが急に途切れると妙な感じだ。

 

 教職員用の寮に入ると、受付のような場所にベルが置いてある。

 上からタッチするとチンって音がする、レストランとかにあるようなのだ。

 鳴らしたら迷惑かなと思ったけれど、誰も出てくる様子がないので、少しだけ待ってから俺はベルを叩いた。

 

 軽い金属の音がして、奥からペタペタとスリッパの足音がして、穏やかな表情をしたおじいさんが現れる。

 頭のてっぺんに髪の毛がない、優しそうな普通のおじいさんだ。

 

「おや、新入生ですか? 何か問題でも?」

「いえ、問題ではありません。個人的にクルーブ先生に用事があってきました。ルーサーが訪ねてきたとお伝えいただけますか?」

「ああ、新しい先生ですね。ちょっと待っていてくださいねぇ、さっき食事をしているのを見かけましたから」

 

 クルーブは怠惰そうな雰囲気を出すことがあるけど、あれでなかなか勤勉だ。

 毎日ちゃんと訓練をするし、朝は早く起きてきて寝汚(いぎたな)いこともない。

 

 それにしたっていつもよりはちょっと早起きだな。

 何か用事でもあるのか?

 

「うーあーあん」

 

 しばらくすると、片手に杖を持って、もう片方の手に荷物を持ったクルーブが、パンを口にくわえて姿を現した。

 

「くわえたまま喋らないでください」

 

 クルーブは口をもごもごして中身を飲み込んでから、水筒のふたを開けて口に水を流し込む。流石に口に物が入ったまま喋ったりはしない。

 というか、そこまで緊急の用事じゃないから、飯ちゃんと食ってからでよかったのに。あのおじさんなんて伝えてくれたんだろうか。

 

「どしたの、こんな朝から」

「いえ、休みになったので一度くらい話しておこうかなと。ついでに悩み事があったら聞いてあげようかと思いまして」

「生意気だぁ」

「でもクルーブさん、大人との付き合いとか得意じゃないでしょう。うまくやってるんですか?」

「それを言うならルーサーも子供との付き合いとか上手じゃないでしょ?」

「クルーブさんで慣れました」

「よく回る口だなぁ!」

 

 杖の頭で頬をぶにっとつつかれた。

 軽く手で払いながら、杖を見て思い出したことを伝える。

 

「あの魔法、よくできましたね。綺麗なだけで実践的じゃないし、クルーブさんは習得したがらないと思ってました」

「ま、ね。でも綺麗だったでしょ」

「はい」

「あの魔法って案外手順が複雑でさぁ、結構いい魔法の勉強になるんだよねぇ。だから他の魔法の訓練がてら習得しただけー」

 

 ルドックス先生から受け継いだ杖をくるくるっと回しながら、クルーブは歩いて外へ向かう。顔を見せないのがクルーブらしいなぁーって思う。

 

「どこ行くんです?」

「ん? ダンジョン。一緒に行くでしょ?」

「……なにも準備してませんけど」

「じゃ、剣だけ持ってきてよ」

「許可制なので持ってきてませんけど」

「えー、めんどくさ。ダンジョンの前の倉庫にあるはずだから適当に見繕って持ってけばいいか」

「勝手にそんなことしていいんですか?」

 

 クルーブは荷物の中からちゃりっと鍵束を取り出す。

 

「ダンジョン関係は全部任されてるんだよね。問題なーし」

「あ、そうですか」

 

 学園大丈夫か?

 こいつまだ来たばっかりだけど。

 全部任せるほど信頼していいのか?

 俺はともかくとして、傍から見た時にそんな人物には見えないと思うんだけどなぁ。

 

「何しに行くんです?」

「ほら、生徒に適当にダンジョン潜らせなきゃいけないじゃん。地図はあるんだけど、それが正しいとは限らないし確認しておこうと思って」

 

 信頼できる情報なのかの確認。

 必要なことだろう。

 

 ふざけていたり抜けていたりするようで、こう言った部分がクルーブはちゃんと探索者(シーカー)だ。

 普段のクルーブはへらへらした青年だけれど、魔法を使っている時と、ダンジョン関係の準備をしている時はめちゃくちゃに頼りになる、ように見える。

 

「学園のダンジョンってどんななんですか?」

「階層によって雰囲気が違うらしいよ」

「あまり深くないんですよね?」

 

 俺が尋ねると、クルーブは何気なく周りを見回してから声を潜めて言った。

 

「いや、それが実は結構深いらしい」

「……どういうことです?」

「管理されてるから学生たちは3階層までしか知らないけど、本当は7階層以上ある。これ秘密ね」

「学生にばらしていいんですか?」

「駄目に決まってんじゃん」

 

 じゃあ言うなよ。

 

「ルーサーが来るなら今日はとりあえず最低4階層まで行くから。そこまでいったら敵の強さと時間見て帰る。そのうち昔から潜ってるらしい騎士とかと一緒に入るらしいんだけど、信用できない知らないやつとよりルーサーと先に入ってちゃんと調査しておきたいし」

「どこまでの人が知っている情報なんでしょう?」

「騎士の上層部? ルドックス先生は一緒に潜って、たまに間引きしてたらしいよ」

 

 そうだ。

 ダンジョンは定期的に入って魔物を倒さないと、いつか氾濫する。

 まさか各地の貴族や、各国の要人が揃う学園内で氾濫を起こすわけにはいかないだろう。

 

「学園内にそんなものを残しておいたら危ないと思うんですが、どうして潰してしまわないんです?」

「そんなの、潰せないからでしょ。僕さっき言ったよね、7階以上あるって。なん階まであるかわからないらしいよ。もう数百年ずっとあるから、氾濫の心配はない、らしいけどね?」

 

 ……いや、心配がないかなんてわかんねぇだろ。

 大丈夫なんか、この国。

 

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