たぶん悪役貴族の俺が、天寿をまっとうするためにできること 作:嶋野夕陽
前日よりも勝率の下がった訓練場での手合わせを終えて、その日はぐっすりと休むことが出来た。
毎日のようにダンジョンに潜っていた頃より、ほんの少し疲労感が強かったのは、時間が空いたせいかな?
だとしたらやっぱ、週末はダンジョンに潜る時間にあてたほうがいいかもしれない。
んで日曜日。
正直学園の筆記授業は履修済みのところばかりなのだけれど、念のため予習でもしておこう。
ってわけで、勉強するなら図書館。
学校といえば図書館。
セラーズ家の書庫より広い図書館に俺はやって来たのである。
ベストセラーから眉唾な論文までぎっしり詰め込まれたその部屋は、俺にとってはそれなりに楽しい空間だ。
今まで来なかったのは、入学してガイダンス的なのを受けるまで立ち入り禁止だったから。
さーて、どういう順番で本が詰め込まれてるんだ?
できればジャンル別に分けてあって欲しいものだけど。
ぐるりと回ってみると、どうやら大まかにジャンル別になっているようだ。
魔法関係の一部本棚全てがルドックス先生のもので埋まっているのを見て、なんだかおかしくなって笑ってしまった。
図書館で一人で笑う変な奴である。
誰にも見られていないだろうなと確認したところ、勤勉そうな委員長っぽい女の人と目が合った。
……俺、変な貴族じゃないよ。
勝手にできてしまった笑顔のまま軽く会釈をしてから、背表紙を眺めて歩く。
うん、セラーズ家の書庫にあるやつばっかりだ。
書物の絶対数は図書館の方が多いけれど、ルドックス先生著に限るのであれば、圧倒的大勝利である。
名残惜しいけれど、そのあたりの多くは目を通してあるものなので素通りさせてもらった。
学園の歴史とか、ダンジョンの考察とか、あと光臨教関係の本。
5冊くらいを積み上げてテーブルに重ねてから、そういや勉強しに来たんだったと思いだした。
本のにおいをかぐとついね。
どうやら図書館はさほど人気がないらしく、人の姿はまばらにしかない。
その多くが広くとられたテーブルのスペースで、席を随分と離れて座っている者だから、互いの作業の邪魔になることはないだろう。
折角だからと光臨教の本をめくると、中には神話的なものが描かれていた。
どちらかいえば物語よりも光臨教についての解説的なものが見たかった俺としては、ちょっと期待外れでがっかりである。
一神教ね。
んで、数百年に一度訪れる災厄を打破する勇者を授けてくれる人の味方。
勇者はこれまでも大きな戦争だったり、氾濫《スタンピード》だったり、疫病だったりを退けてきた実績があるとか。
なんつーか、うさんくせぇけどなぁ……。
その時の困難を都合よく乗り切るための傀儡を、勇者とか聖女って呼んでるだけじゃないのか?
この辺の国は基本的に光臨教を信じるものが多い。
基本的に悪さしないし、熱心な信者からのあがりを、恵まれない人に分け与えたりするので、あって困るようなものじゃないのだ。ただ、国からするとあまり権力を持たれて、あれこれ口を出されるのも困る。
適度に援助したり、援助されたりの関係がちょうどいいのだ。
国にいる光臨教は、その国の法に従うことが基本となっているが、時折その要求を突っぱねることもある。
その辺の判断は、各国に派遣されてる一番偉い人がするらしいけど。
普通に平和を愛するやつらもいれば、自らの権力のために暗躍するような奴らもいるから対処に難しいのだ。無理に排斥しようとして、国民に不信感が広がっても困る。
ウォーレン家の裏側にも、それを支援する教会の派閥がいたとかいないとか。
まぁ、プロネウス王国は国王に権力を集中させようとしてたから、教会にしてみれば釘差しときたかったのかもしれないよな。
ところでこの間勇者とか聖女とかいたけど、あれが何かできるのか?
あいつらに救われるところとか想像できねーんだけど。
聖剣とか持ってるんだろうか。もし魔法の発動に便利な一振りならば、一度貸してほしい。
絶対に借りパクとかしないから、嘘じゃないよ。
ペラペラとめくっていると、近くに人がやってくる気配があった。
今は学校の生徒にそれなりに警戒心を持っているから、あまり近くに陣取られると気が散るんだよなぁ。
これだけ広いんだから別の場所に座ればいいのに、そいつは態々俺の正面の椅子を引いて腰掛けた。
絶対に意図的なものだろうと思って顔を上げてみると、そこには糸目の先輩が座っていた。
自称アウダス先輩のフレンズ、エル=スティグマ先輩だ。
この間は本の扱いがなっていなかったから、勝手に似非本好きだと決め込んでいたけれど、もしかしたら違うのだろうか。
横に置かれた本を見てみると、そのタイトルは小さな女の子が読むような本だった。
こいつ、やっぱり本が好きなわけじゃないだろ。
いや、本気でこの本を読みに来たんだって言われてもちょっと驚くけどさ。
まぁ、図書館でわざわざ会話をする必要もない。
完全に目が合ったのを確認した俺だが、気付かないふりをして再び本に目を落とした。
用事があればあちらから何か声をかけてくるだろう。
できればさっさと本を読み終わってどこかへ行って欲しい。
この人胡散臭いんだ。
そう思って文字に目を落とした俺は、それから一時間ほどして、ため息をついて顔を上げることになった。
「……エル先輩、あなたその『エルザと旦那様の幸せ料理生活』をどれだけ熟読するつもりですか? 僕が確認しただけですでに4周目ですが」
「ん? そうだったかな? いや、中身が面白くてね」
嘘つけ。
エヴァに請われて読み聞かせしたから俺は中身を知っている。
それはお金持ちの旦那と結婚したエルザが、色んな料理を作る物語で、半分レシピ本だぞ。
お前絶対料理とかしないだろう。
相変わらずの糸目で微笑む胡散臭さに負けた俺は、仕方なく本を閉じて先輩の相手をしてやることにするのだった。
「それで、何か御用ですか?」
「いや? 僕は本を読みに来ただけだよ」
いけしゃあしゃあとよく言うよな。
そういやこの先輩、最初に遭った時も、本の扱いが微妙に雑だったんだよなぁ。
「じゃ、その本の内容覚えてますか?」
「うん? まぁね。エルザって子が料理しながら幸せな生活送る話だね」
この本を読んでの感想がそれか。
普通レシピの方に目が行くだろ。
「それ、半分レシピ本ですよ。小さい子が料理に興味を持つようにって、貴族の道楽で書かれた絵本で、対象年齢は幼児です」
「……やけに詳しいね」
「妹にねだられて何度も読み聞かせているので」
「ふーん、家族と仲がいいのかな?」
探るような言い方してくるのが嫌なんだよなぁ。
隠す気があるのかと思えば、そんなにないし。
「いいですよ。両親のことは尊敬していますし、下の弟妹もかわいいですから」
糸目先輩は開いていた本を閉じると、背もたれに寄りかかって指を組み、会話をする姿勢を取った。
「……これは褒めているつもりなのだけれど、君の家族関係はあまり王国貴族らしくないね」
一応予防線張ってるけど、相当無礼な発言してきたな。
俺が相手だからいいけど、いわゆる旧貴族派の貴族たちにこんなこと言ったら、無礼者扱いされて大騒ぎだぞ。
「褒めているというのなら、そう受け取っておきます」
会話をしながら何かを探っているのはわかるんだけど、何が知りたいのかがわからない。
今度は俺の読んでいた本の表紙に目をやった糸目先輩は「おや」とわざとらしい反応を見せる。
「光臨教に興味が?」
「……ええ、数日前に勇者と聖女を名乗る同級生を見かけたので。光臨教が認めたものでしょう?」
「ああ、それならユナ君とアルフレッド君かな。確かに彼らは光臨教の関係者だ」
「この本によれば、勇者と聖女は、人に襲い掛かる困難に対抗するために選ばれるんですよね。つまり光臨教は、これから大きな問題が発生すると考えているわけですか」
「うん、そうだね。神からの啓示があったそうだよ」
「それで選ばれたのがあの二人ですか」
「不満がありそうだね」
あるに決まってんだろ。
性格の悪そうな女と頭の悪そうな男だったぞ。
両方顔は良かったけど、あいつらが広告塔以外の役に立つとは思えねぇんだけど。
「僕は部外者ですので、特には」
「あんなでもね、戦いの才能は相当なんだよ」
身内があんなとか言うなよ。
そう思うならちゃんと教育しておけ。
「アルフレッド君は剣と魔法どちらもが大人とやり合えるほどだし、ユナ君は第五階梯の治癒魔法を使うことが出来る。年齢を考えたら十分才能に溢れていると思うだろう?」
ふーん。
第五階梯の魔法使えるなら、まぁ優秀か。
俺も治癒魔法使えるようになるのに相当時間使ったもんな。
それもちゃんとした魔法の先生がいて、学ぶ環境が十分にあった上でそれだ。
平民の寮に入ってることから、あいつら二人とも貴族の出身じゃないだろうし、環境を考えれば俺よりも優秀なのかもしれないな。
見た目と行動だけで判断したらいけないってことか。
「まぁ、そうですね」
なんかよくわかんないけど頑張ってください。
俺はあいつらにはあまり関わりたくありません。
そもそも俺ってば、王国の悪役貴族ポジションだし、勇者とか聖女とかいう主人公側の存在とは圧倒的に相性が悪いはずなのだ。
何かをきっかけにして悪認定されて絡まれてもダルすぎる。
なまじ光臨教が広く信仰されてるから、敵対していいことなんて何もないのだ。
それこそ殿下が中央集権を済ませて、国内の悪事を働きそうな光臨教の連中を排除した後だったら構わないけど。
「ルーサー君は、勇者とかに興味あるのかな?」
「いいえ? 世界の大きな危機を救ってくれるというなら、ありがたい存在だと思いますけどね」
「うーん、そっかー。ルーサー君くらいの年齢だと結構興味があるかと思ったんだけど、やっぱり貴族生まれの子って現実的だよね」
いや、ヒューズだったら喜ぶと思うぞ。
俺の中身がすでに40歳オーバーな上、単純に相性が悪そうだから近寄らないようにしようってだけで。
「ところで、勇者と聖女ってどうやって決まるか知ってるかな?」
糸目先輩いつまで話すんだろうか。
まだまだ話が終わりそうにない。
「……あまり僕と話していると、悪い噂が立ちますよ」
「うん? そう言うの気にするんだったら、アウダスと友達をしていないね」
ああ、そういえばこの人自称アウダス先輩の友人だった。
どちらかというと奇人変人寄りの人間なんだろうな。
「……まだ話があるのなら場所を移しましょう。他の人の邪魔になります」
「え?」
なんで驚いたような顔してるんだ?
当たり前のことだろうが。
本をまとめて元の場所に戻すべく立ち上がる。
「あ、うん、そうだね。そうしようか」
本を戻しに歩きだすと、糸目先輩が小さな声でつぶやくのが聞こえてきた。
「うーん……、もうちょっと傍若無人なタイプだと思ってたけど……」
マジで失礼だなこいつ。
わざと聞こえるように言ってないか?
学園に来てからは結構大人しくしてるはずだから、相当ひどい噂が広まってるんだろうな。
まぁいいや、折角だからこいつから情報収集でもしてやるか。
建物は校舎と別に建っているのだが、連なっているものだから、休みの日にこの辺りをうろつく者はあまりいない。
まだ新年度が始まったばっかりだし、図書館にこもって勉強するほどのことがないのかもしれないな。もうしばらくして、試験が近くなったり、長期休みになったりすると、もう少し人口密度が上がるのかもしれない。
「少し散歩でもしようかな」
「構いませんよ」
学園全体の大まかな探索はすでに済んでいるから、どこに行ったって迷うようなことはない。万が一この糸目先輩が俺と敵対してたら、奇襲とかを警戒しなきゃいけないんだけどな。
もしそうだとしたら、もう少し上手くやるような気がする。
少なくとも今の俺は糸目先輩のことを全く信用していない。
これでどこぞの刺客だとしたら相当お粗末だ。
ぐるりと図書館や校舎の外に巡らされた道をのんびりと歩く。
時期的にそれほど暑くもなければ寒くもない、散歩日和ではあった。
「先ほど傍若無人と言いましたが、何をもってそんなことを言ったんです」
「聞こえてた?」
「聞こえてましたよ」
のんびりと草花を愛でながら散歩をする糸目先輩は楽しそうだ。
学園は隅々までが整えられているから、校舎の裏であろうと綺麗な草花の道が作られている。
「何でも気に食わない先輩を殺しかけたと聞いたよ」
「だいぶ説明が端折られていますね」
「だとしてもそれに近いことをしたんだろう?」
こうやって噂って広がっていくんだなぁ。
願わくばルーサー君擁護部隊も欲しいところだが、国内だと圧倒的にアンチルーサー君部隊が多い。悪い噂ばかりが千里をかけるのである。
碌でもねー、やっぱ味方増やさないとダメだな。
行動の方は気を付けてもどうしようもない部分あるし、何やったところで悪意をもって語られたら俺は悪者だ。
「まあ、そう思われるならばそれで構いませんが」
だからまぁ、俺が自分をいくら擁護してやったって無意味なのである。
糸目先輩がそういう色眼鏡をかけて俺を見るのならば、それなりの対応をするだけだ。
どうも胸襟を開いて語り合おうって気にはならねぇんだよなぁ。
「やけに諦めがいいね」
「訂正したところでそれほど得がなさそうなので」
「僕を味方につけられるかもしれないよ?」
「先輩が味方になるとどんないいことがあるんですか?」
「光臨教の後ろ盾が得られるかも」
「それって国からウォーレン王のように裏切るんじゃないかとさらに疑われるってことですよね?」
この野郎、絶対セラーズ家の状況理解して言ってるだろ。
何がしたいんだ本当に。
「うーん、ルーサー君は随分と大人びているね。というより、状況への理解がとても13歳とは思えない。これで剣術も魔法も大人顔負けだって噂だけど、そうだとしたら君に弱点なんてあるのかい?」
「ありますよ。こう見えて意外と短気なんです」
「それも噂通りだね」
けん制しようとして睨んだのに、全然堪えた様子がない。
畜生、俺にはまだまだ威圧感が足りないようだ。
早く父上みたいな上背が欲しい。
「でも、聞いていたよりずっと人間味に溢れている」
俺が一人歯噛みしていると、糸目先輩が突然俺のことを褒めた。
何を聞いたのか本当に知らないけれど、俺はずっと人間味に溢れてると思うけどな。
それもこれも、この世界に来てよかったと思わせてくれた家族のお陰かもしれないけど。
父上や母上、ミーシャにルドックス先生。
イレインとは秘密を共有する同胞だし、殿下たちだって精神年齢は離れていてもちゃんと友達だ。
妹や弟はかわいくて仕方ないし、クルーブはあれで頼りになる師匠だ。
これでどうしたら人間味がない奴に育てるっていうんだか。
「そんな君に改めて聞きたいんだが、勇者に興味はあるかい?」
「ないですよ。この王国では俺の存在はその対になるような立ち位置です。精々討伐対象にならないように気をつけますよ」
「……それは少々卑下が過ぎると思うけれどね」
今のところそう思う位には味方が少ないけどな。
あれだけ立派な父上が、一時期貴族社会からつまはじきにされたくらいだ。
もし俺が殿下と仲良くなっていなかったら、父上を説得して王国を裏切っていた可能性すらあるぞ。
「というか、そういう話ではないんだ。君が、勇者になることに興味がないかと、僕は聞いている」
「……勇者は決まってるんでしょう? まさか暗殺でもしろっていうんですか?」
「すぐ物騒な方向へ考えるねぇ、君」
冗談めかして肩をすくめると、糸目先輩は笑って見せた。
家族の前では猫をかぶっているけれど、軽口をよくたたくのは俺の元々の性格だ。
ちょっとタガが外れかけてるから気を付けたほうがいいかもな。
「実は光臨教の勇者ってね、任命制なんだよね。何人か候補を選んでおいて結果を残したのが本当の勇者ってわけ。だからさぁ、実はアルフレッド君とユナ君は勇者候補でしかないんだよね」
「もしかして……、先輩は俺を勇者候補にしようとしています?」
「うん。一組選ぶ権利を持っているんだけど興味ある?」
勇者ねぇ。
本当に光臨教の後ろ盾が得られそうだけど、逆に言えば所属が曖昧になる。
これから貴族社会で生き抜いていかなきゃいけない俺が、安易にその身分を得るのはリスキーだろうな。
勇者が光臨教の指揮下にあるとしたら、俺はプロネウス王国と光臨教の二つの顔色を窺わなきゃいけなくなる。
平民だったら後ろ盾が一つできて万々歳かもしれないけど、王国の大貴族の嫡子の俺にとっては面倒くさいだけだ。
「興味ないです」
「そう言わずちょっと考えてみない? いまなら聖女候補もルーサー君が選んでもいいよ?」
「そんなおまけみたいな言い方されるとありがたみがないですね」
しかしこれが糸目先輩の本題だったのか。
ようやく付きまとってきた理由が腑に落ちた。
「しつこく言っても仕方ないから今回は諦めるよ」
「他の学年にいないんですか?」
「うん、お告げがルーサー君たちの年の子なんだよね」
「そこまで指定するなら名前まで言えばいいと思うんですけどね」
「うん、僕もそう思う」
「そんな簡単に同意していいんですか? 怒られますよ、神様に」
「僕ごときを怒るんだったら、もっと別のところに罰を当ててほしいものだね」
ん……?
この感じ、糸目先輩はあまり敬虔な信者じゃなさそうだな。
でも勇者候補を選ぶ権利は持っているのか。
なーんか複雑な背景がありそうだなぁ。
「ま、僕がこうして話をしに来るくらい、君はあちこちから注目されているってわけだから、行動には気を付けたほうがいいよ。注目度は殿下と同じくらいだ」
「ご忠告感謝します」
「今日こうして仲良くお散歩できたことで、僕との縁は周りに周知されたってことになるね」
「…………なるほど、気をつけます」
めちゃくちゃいい性格してますね、糸目先輩。