たぶん悪役貴族の俺が、天寿をまっとうするためにできること 作:嶋野夕陽
この間呼び出された件で、後ろの方にいる奴らの大半を警戒する必要がないことが分かった。ちらちらと俺の方を見ていたのは、ただセラーズ家に恩があるから俺のことを気にしていただけだったというわけだ。
気負い過ぎだったな。
「まぁ、そんなわけなのであの人たちは気にしないで大丈夫です」
「ふーん、何かあったら俺が蹴散らしてやろうと思ってたのに」
こういうところ変わらないけど、昔と違って、いざ本番になった時も俺の後ろに隠れることは流石にないだろう。
皆殺し女伯爵より怖い13歳なんてこの世界にはきっと存在しない。
そういえば剣術の授業の時、ヒューズとは手合わせしなかったけど、こいつの実力はどうなんだろう?
「ヒューズは剣術の稽古もしてきたんですよね? 今度手合わせでもしますか?」
「……うん、まぁ、いや、どうしてもって言うなら」
「……機会があったらにしましょうか」
こいつ絶対に魔法の方の訓練を偏重してたな。
まぁ、戦場に出る時は間違いなく指揮官であるヒューズが、接近戦馬鹿強い必要はないんだけどさ。
今日の授業もいつもと変わらず、予習の範囲内。
本来退屈な授業のはずだが、結構な頻度で本に書かれていないような教師の見解が混ざるから結構面白い。
クルーブがダンジョン担当の教師であるように、各分野の一流が授業をしてくれているのだから、当然っちゃ当然だ。
今は歴史の授業が進められているが、王国成立以前のプロネウス家の詳細とかを楽しげに語り始めた教師に、少しだけひやひやする。元々はただの一領主だったとか。子供が多くて、同盟と政略結婚をうまく使ってとか、数百年前とはいえ、王家の醜聞ともとれるような話がしばらく続く。
まぁ殿下があまり気にせずに熱心に聞いているから、突然身分をはく奪されるようなことはないだろう。教師に向いている人と学者に向いている人は違うから、学園は教師を雇う時にちょっと考えたほうがいいかもしれない。
まぁ、俺はこの先生結構好きだけど。
俺の席からは教室全体を一望することが出来る。
殿下が前の真ん中、ローズがその隣。
マリヴェルとイレインは、すました顔してその派閥の端っこの方に座っている。
イレインはもう少し避けられるかと思っていたのだが、マリヴェルが貴族令嬢に人気があるため、休み時間とかになると周りに人が集まっている。
はじめのうちイレインは、そっとその輪から逃げ出そうとしていたのだが、今では諦めて静かに勉強をしているふりをしている。
逃げ出そうとすると、マリヴェルがそっとその裾を掴むのだ。
イレインはそれでも何度か逃げ出そうと試し、一度は成功したのだ。
まぁ、その後ろにマリヴェルがついてきてしまったので、結果的には成功と言えなかったかもしれないけど。
あいつ意外と優しいから、一人にして欲しいとかマリヴェルに言えないんだろうな。
多分マリヴェルからしても悪気はない。
元々交流が得意でないことによる寂しさや不安、それと、イレインが教室で受け入れられるように頑張ろうと思う気持ちなどがあの行動の原理だ。
まぁ、俺がイレインの立場でも断れる気がしない。
お友達がいっぱいできてよかったな、イレイン。
俺もこっそり友達が増えたよ。
「ルーサー、この後どうする?」
「いつも通り訓練場。ヒューズも行きます?」
「いや、俺は魔法訓練場に行く」
俺たちも毎日放課後までつるんでいるわけじゃない。
一度だけヒューズをあの放課後剣術倶楽部まで連れて行ったことがあるのだが、ガタイのいいお兄さんたちがいっぱいいて怖かったらしく、二度と誘いには乗ってくれなくなった。
怖いのか、と煽りたい気持ちがあるのだけれど、流石に大人げないから我慢している。キャラでもないしね。
脳筋の先輩たちが来るのはちょっと遅めだから、ヒューズが立ち去った後も俺は図書館から借りてきた本を開いて教室でのんびりしていた。
朝一番もそうだけど、人が少ない教室が俺は割と好きだ。
この世界に来る前は人と関わるのとか結構好きな方だったんだけど、しがらみが色々あるとちょっと面倒くさくなっちゃうんだよなぁ。
文字に目を落としていると、前の方から集団の気配が近づいてくるのがわかった。
教室から出ていくなら、前の扉から出ればいい話だ。
後ろの窓際付近に来るのなら、目的は俺しかいないだろう。
しおり紐を挟んでそっと本を閉じる。
ルドックス先生以前に書かれた魔法に関する本だが、内容は結構興味深かった。
先生も俺たちぐらいの年の頃は、この本を読んで育ったんじゃないかって思うと感慨深い。
「邪魔してすみません」
「いえ、丁度終わろうかと思っていました」
イレインと俺の外での会話は丁寧語だ。
傍から見たらこいつら仲が悪いんじゃないかと疑われること間違いなしだろう。
実際は仲がいいし、逆に親しさをだして、傍から恋愛のようにとらえられるのがだるいので、これぐらいでちょうどいい。
それにしてもなんだ?
マリヴェルとイレイン、それからその後ろに隠れるようにしている知らん令嬢たち。
好奇心半分、恐れ半分くらいの感じか?
視線を令嬢たちに移すとさりげなく目を逸らされた。
「何か御用でしょうか?」
「……みんなが、ルーサーと話してみたいって」
普段から言葉少ないマリヴェルが口を開くと、令嬢たちはわぁっと感嘆の声を上げた。
あ、わかった、こいつらマリヴェル王子ファンクラブだ。
女子寮の先輩たちの同級生版である。
止めろよイレイン。
俺まで巻き込むな。
わざわざ人がいなくなるのを待ってから声をかけたのだろう。
教室には俺とその集団しか残っていなかった。
「あのー、イレインさんと一緒に暮らしてたって本当ですか?」
おい、何話したんだお前。
イレインに一瞬視線を送るがすっとそらされる。
目を逸らすってことは悪いって思ってるってことだな?
「事情が事情でしたから」
「婚約者なんですよね?」
「……昔にそういう話もありましたね。その時とは事情も変わっていますが」
ウォーレン家が王国から独立した以上、その話はかなり厳しくなっている。
少なくとも父上は、イレインと俺の結婚を認めたりしないだろう。
王国の貴族から疑いの目を向けられているセラーズ家が、イレインを嫁に取ったりしたらそれこそ大問題だ。
いよいよ王国を裏切るぞと喧伝しているようなものである。
ま、イレインを預かってること自体めちゃくちゃに問題があったんだけど、それはもう、一家一族相談して、それでも王国に置いておくならセラーズ家でと申し出たので仕方ない。
ちなみにこの話し合いでは、一族に結構な反対をされたらしい。
それを押し切ったのが父上で、母上はその姿がかっこよかったと後でのろけていた。
幸せそうで何よりだよ。
多分この件もあって、父上の中央復帰は予定より遅れたはずだ。
イレインはそれを酷くに気に病んでいたけど、俺は以前に増して父上を尊敬するようになった。
父上は俺にいつだって広い背中を見せてくれる。
ちなみに前世の親父は、自分用に買ってきたケーキを母ちゃんに食べられて、直接言いだせずに俺に愚痴っているような情けない男だった。
そしてそれがたまたまなんかの記念日で、母ちゃんがめちゃくちゃご機嫌になったのも覚えている。棚ぼたラッキー親父は、それで「おぼえてるに決まってるだろ」とか調子の良いこと言ってたっけ。
次の年は忘れてて喧嘩してたけど。
尊敬はできないけど親しみやすい親父だったよなぁ……。
ああ、思考がそれた。
まあ、そんなわけで王侯貴族になったというのに一つ屋根の下、男女で暮らしていたわけだ。思春期に差し掛かった青少年にはそりゃあ気になるよなぁ。
っていうか、他人と一緒に暮らしていた王女様って、どこか嫁の行き先あるのか?
待てよ? ……え?
もしかして俺のところに来るしかねぇんじゃねぇか、これ?
ないよね? 大丈夫だよね?
「でも仲がいいんですよね?」
「それは、まぁ、はい」
「イレインさんの好きな食べ物なにかわかります?」
寿司じゃない?
騙されるくらいだし。
ああ、でも……。
「魚介の入ったホワイトシチューは好きですね」
「むむ、じゃあ好きな色!」
「赤ですかね」
なんか思ってたのとちょっと違うめんどくさい感じだ。
あと、マリヴェルがなんだか得意げな顔をしている意味が分からない。
「うぅん、ヴェル君の言ったとおりだ……」
「うん、そう」
「何がそうなんですか?」
マリヴェルに少し顔を寄せて尋ねると、目を泳がせて黙り込む。
何、俺に言えないような話なの?
「ヴェル君照れてる、かわいいー」
ああ、照れてたのね。
ちょっと顔赤いもんね。
ぶんぶんと首を振って否定してるけど、察しのいい女の子たちにはバレバレだ。
俺よりよっぽどイケメンって言葉が似合う顔立ちになったのに、マリヴェルは昔と変わらないんだよなぁ。
気持ちの問題でじゃあ付き合おうとか結婚しようとか、そういう気にはならないんだけどね。
でもマリヴェルに近付く男がいたら、どんな奴かチェックくらいはするかもしれない。しょうもない奴だったら邪魔する気もめっちゃある。
まぁ妹のエヴァに対する感情に割と近いかな。
「それで、何の話です?」
「私があまりしゃべらないから、セラーズ家で酷い扱いをされているんじゃないかと勘違いされていたみたいです。否定したんですが、私の言葉は信用ならないそうで」
「違う違う、信用できないんじゃなくて、心配してたの! 怒らないでよー」
「怒っていません。迷惑をかけてすみません、皆さんもう満足ですね? 行きましょう」
なるほど、悪役らしく火のないところまでしっかりと疑われていたというわけだ。
それをマリヴェルが否定して、じゃあ実際に話してみる、みたいな流れかな?
疑いが晴れたんなら別にいいけどさ。こういう地道に誤解を解く作業も、印象を変えるためには大事かもしれない。
なんだかんだここにいる奴らは全員王国の貴族なわけだし。
話しは終わりだと歩き出したイレインには誰もついていかない。
すぐに気づいて足を止めたイレインは、ため息交じりに半身で振り返る。
「話は終わったでしょう?」
「折角話せたしもうちょっと! 駄目?」
「駄目です、いきましょう」
小柄な女の子がかわい子ぶって言うのを、イレインはバッサリと切り捨てた。
一歩だけ踏み出したマリヴェルが、どうしたらいいのか困った顔でイレインと集団を交互に見ている。
「ええー、でもー……、話してみたらいい人そうだしー……」
ちらちらと俺の方を見る、薄く化粧をした女の子。
ローズほどばっちりメイクではないが、多分ませがきだな、これ。
色目を俺に送ってくるんじゃない。
さりげなさを装って場所を移動したマリヴェルが、その子と俺の間に体を割り込ませる。
「あ、ちょっと、ヴェル君? 今はそのかっこいいお顔より、ルーサー君のお顔が見たいかなぁって、ね? どいて?」
うん、ありがとね……。
君はマリヴェルのお顔拝んどいてください。
「ベル、ありがとうございます」
立ち上がって教室の扉へ向かって歩き出す。
これ以上会話を伸ばして、誰か来ても面倒だしな。
この子達だってどこかの派閥に属する貴族の子だからな。
見られて立場が悪くなったからなんとかしろー、とか言われたって困る。
「ベルはいい子なので仲良くしてあげてください」
「イレインさんは?」
「程々にお願いします」
別に深い意味はない。
イレインだってこの年代の女の子と仲良くなりすぎるの面倒くさいだろうし、なによりマリヴェル程純粋にいい奴じゃないからな。
教室から出ると、わっと女の子たちが騒ぐ声が聞こえてくる。
女の子ってなんだか知らないけど、いつも楽しそうだよなぁ。