たぶん悪役貴族の俺が、天寿をまっとうするためにできること 作:嶋野夕陽
イス君の剣術の腕は、お世辞にもいいとは言えなかった。
どのくらいかというと、ヒューズにも普通に勝てないぐらいである。
ただ負けたからといって拗ねるわけでもなく、へこむわけでもなく、次にどうしたらいいかを考えていた。
成長するためにはこうあるべきだという理想のような姿だ。
「やるじゃんか」
「いえ、手も足も出ません。素振りをしてみるのと実践は違いますね」
「まぁな」
調子に乗って上から目線のヒューズにも丁寧な対応である。
まぁなじゃないんだよ、お前も実践経験ないだろうが。
でもヒューズって俺に付き合って友達ができてないからさ、こういう同学年と仲良くしている姿見るとちょっとほっとする。
イス君、ヒューズをよろしくね。
ちょっと偉そうにすることあるけど、根本的にはいい奴だから。
無事に怪我無く訓練を終えて、先輩たちが三々五々に散っていく。
そんな中体力を使い切ったヒューズとイス君は、訓練場で大の字になって休んでいた。
いやぁ、青春だなぁ。
ちなみに俺たちを心配してか、アウダス先輩だけは腕を組んで残ってくれている。
傍から見るとアウダス先輩にしごかれた後輩たち、みたいな構図だろうか。
「ルーサーは俺より訓練してたのに元気そうだよなぁ」
上半身だけ起こしながら、ヒューズが口をとがらせる。
「そりゃあ毎日鍛えてきましたし、持久力は大事ですよ」
「持久力?」
「戦い続ける力です。例えば近距離まで近づかれて不意を突かれたとき、危機を脱出するまで息を切らしてる暇はありませんから」
「あー……、なるほどなー」
言われれば納得できるのか、苦々しい顔をするヒューズである。
オートン女伯爵なんかは、あからさまに指揮官魔法使いタイプだが、きっとそれだけではないはずだ。いざという時はその場をしのぐための術の一つや二つ持っていそうなものである。
ヒューズがそれを持っていないのは、オートン伯爵がまだそれが必要な状況になっていないからと判断したか、あるいは、先に圧倒的な攻撃力を身に着けることを優先したせいで時間が足りなくなったかのどちらかだろう。
学園のセキュリティなどを信用してのことかもしれないけれど、友人が心配な俺としては、ダンジョンに潜りたいのであればもうちょっと持久力をつけてほしいところだ。
少なくともダンジョンに関しては、オートン女伯爵より俺の方が詳しいはずだし。
なんせ俺の師匠は探索者《シーカー》のクルーブで、一緒に相当な回数ダンジョンに潜ってるからな。
「この時期に剣術の訓練を思い立ったということは、イスもダンジョンに入るのが狙いですか?」
「うん、付け焼刃だとは思うのだけれど……、やらないよりはいいかと思って」
「正直、今の実力では無理をしないほうがいいでしょうね。もし魔法がすごく得意とかでしたら、話は変わってきますが、どうですか?」
イス君の持っている何かしらの勇者の資質がそちらにあるのならば、あるいはって感じだ。
正直に相手を否定するのは、何も急に嗜虐心が芽生えたわけではなく、単純にすごくいい奴っぽいイス君を心配してのことだ。最初のダンジョン探索は、いくらベテランのクルーブが引率するとはいえ、何かトラブルが起こってはぐれてしまう可能性もゼロではない。
そんな時に実力不足で命を落としていいような子ではない気がする。
「実は魔法も特別得意じゃないんだ。習ったから、一応頑張って覚えているところなんだけど……」
「悪いことは言いません、次のダンジョン探索のメンバー入りは先延ばしにした方がいいでしょう」
両方駄目となると、イス君が勇者候補になった理由は、その性格に由来するところなんだろうな。そんなイス君なら俺の話も素直に聞いてくれそうなもんだけどどうだ?
「うーん、やっぱりそうだよね……」
あれ、ちょっと微妙な感じだな。
「何かどうしても入りたい理由でも?」
「いえ、どうしてもというわけではないんだけど……」
どうも歯切れの悪い言い方だな。
誰かに遠慮してる?
うーん、別の角度から攻めるか。
「無理に話せとは言いませんが。そういえば僕は平民クラスに知り合いがいないんですよ。答えづらいことを聞くようですが、正直なところそちらでの僕の評判はどうですか?」
「え、別に、そのー」
うんうん、一生懸命誤魔化そうとしてくれなくていいよ。
その反応でもう全部わかったからね、めちゃくちゃ悪いんだね?
「はい、わかりました」
「いや! みんながみんな悪く言っているわけではなくて……!」
「イスみたいな奇特な人以外は悪く言っているってことでしょう? そうだと思っていましたから気にしないでいいですよ」
うっと黙り込んだイス君。
俺が聞いたんだからそんなに気に病まなくていいんだよ。
お兄さんは君みたいな人がいてくれるだけで、悪い気はしないから。
それに、この状況は悪くない。
「それで、イスは俺みたいな評判の悪い奴には相談事はできませんか?」
すごく悪役っぽい嫌な言い方だけど、折角こうして知り合えたのだから、事情くらい聞きだしておきたい。のっぴきならないことでも、迷惑がかかるかもとか思ったら言いださなさそうだ。
「う、うーん。じゃあ、ちょっと情けない話なんですけど、聞いてもらえますか……?」
よし、話してくれそうだ。
かなり無理やりだけど、ま、俺にしてはうまいことやったんじゃないだろうか。
イス君は両手の指を合わせて、立っている俺のことをちらりと見上げて話し始めた。
「僕が教会から後援を受けたことは話した通りなんだけど……、勇者候補ってまだ勇者ってわけじゃないんだ」
まぁ、候補なのに勇者とか聖女ってちゃんと名乗ってる悪い奴らもいるけどね。
「……なぁルーサー、この間のやつって勇者なんじゃなかった?」
「え? 勇者、決まっちゃってるんですか……?」
不安そうにヒューズに尋ねるイス君。
俺以外にはちゃんと敬語を使っているの偉いよね。
好感度プラス1です。
「心配しないでも大丈夫です。彼も勇者候補で、彼女は聖女候補だそうですから」
「ふーん、嘘つきじゃんか」
いやどうかな。
本人たちは本気でもう勇者であり聖女であるつもりなのかもしれない。
彼らと密にコミュニケーションを取ったわけじゃないからわかんねぇけど、やばい奴独特の雰囲気はあったしなぁ。
「続きを話しても?」
「すみません、続けてください」
すいませんね、うちのヒューズが話の腰を折って。
「勇者候補って枢機卿が選ぶんだ。だから4組の勇者候補がいるはずなんだけど、僕が知ってるのは自分以外だとアルフ君だけなんだ。アルフ君って剣術も魔法も得意らしくて……」
「対抗意識を燃やしていると?」
まぁ、子供らしい理由ではあるよなぁ。
俺としてはあの二人が勇者になるよりは、イス君がなった方がありがたいけどな。
「対抗意識というか……」
「というか?」
「選んでくれた枢機卿に恩返しがしたくて……。折角選んでもらったのに、箸にも棒にもかからないんじゃ面目を潰してしまいそうだし……」
自己顕示欲より人に報いたいって方面か。
イス君を選んだ枢機卿がそれを求めているか知らないけど、頑張ろうってしてるなら手伝ってやりたい気持ちはあるなぁ。
「……アウダス先輩」
「なんだ?」
置物のようになっていた先輩に声をかけると、すぐに返事が戻ってきた。
ちゃんとこちらに耳を傾けていたらしい。
「ここって魔法の訓練はしちゃダメなんですか?」
「……ここは訓練場としか銘打ってない。環境さえ用意すれば無理ではない」
「無理ではないってことは、やめたほうがいいってことです?」
「そういう利用の想定はされていないだろうな」
あー……、そうなるともしばれたりした時に先輩達に迷惑がかかるか?
ここと似たように、人があまりいない魔法訓練場とかがあるといいんだけど……。
「確認しておこう」
「はい?」
「魔法用の的を用意できるか確認しておく。そいつの力になってやりたいんだろ」
「……先輩方の迷惑になりませんか?」
「……ならん」
返事までの微妙な間の感じ、もしかしたら迷惑になったりしそうだけどなぁ。
いいって言うなら甘えさせてもらうか。
「それではお願いします」
「構わん。それにここで魔法の訓練をする許可が出れば、お前が魔法を使って訓練をすることもできるだろう?」
「……あー、確かにそうですね」
アウダス先輩は以前から、本気の俺と戦ってみたいと思っている節がある。
実は俺の方もちょっとそれを試してみたいと思っていたところだ。
目が合うと先輩の口角が僅かに上がった。
意外と好戦的なんだよなぁ、アウダス先輩。
俺もちょっとだけ上がってるかもしれないけど。
楽しみが一個増えたところで、同級生との会話に戻ろうかな。
「イス、そういうことならできる限りは剣術も魔法もここで見ますよ」
「いいの!?」
「はい。ただし、僕と訓練してるというのは周りに言わないでください」
「それは、評判が悪いから……? だったら僕が周りに言って……!」
まぁ、その辺もあるんだけどな。
「いいえ、僕の都合です。ウォーレン王は独立の際に光臨教の支援を受けたと噂されています。そしてセラーズ家は、ウォーレン家とのつながりが強かったため、立場が弱くなりました。勇者候補のイスと近づいているって、印象が良くないような気がしません?」
「だったら逆に……迷惑がかかるし」
「別にばれちゃいけないってわけじゃないんです。自然に知られる分には構いません。秘密にする、というよりは積極的に話さないでくださいってことです。誰かに聞かれたら、アウダス先輩に剣術を習いに来てるとでも言えばいいのでは? 先輩は寮監ですから」
実際は、ただイス君がいい奴だから、俺のせいで評判が下がったらかわいそうだなーって思ってるだけなんだけどね。
難しい顔して考え込んでいるイス君のことをせかしたりはしない。
無理強いしたいわけじゃないんだよな。
これでやっぱりやめたって言ったって、イス君がいい奴だって評価は変わらない。
ま、ちょっとは寂しい気持ちになるかもしれないけど。
「……お礼を言いに来たはずなのに、余計世話になっちゃいそうだ」
「やめておきます?」
「いえ、お願いします、僕を鍛えてください」
俺とヒューズは顔を見合わせてから笑い、殆んど同時に手を差し出した。
イス君は目を白黒させてから、両手を出して俺たちの手を掴む。
「それじゃ、明日からよろしくお願いします」
軽く手を振ると、イス君は「はい!」と元気よく返事をしてくれた。