たぶん悪役貴族の俺が、天寿をまっとうするためにできること   作:嶋野夕陽

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夜の貴族寮

 学園の教師というのは、各家の息がかかっていてもおかしくないのだけれど、身分による差別をしてくる人が一人もいない。

 どうやら優秀な人材を集めていくと自然とそうなるようだ。

 更なる変人たちは噂の『変人窟《王立研究所》』にスカウトされるらしいけど。

 お陰様で俺は、教師から目をつけられるようなこともなく、快適な毎日を過ごさせてもらっている。

 

 また、クラスの連中も俺のことを遠巻きに警戒してることはあっても、積極的な嫌がらせをしてくることは殆んどない。

 どうやら俺がマッツォ先輩に酷いことをしたという噂が、尾ひれがついて広がっているらしい。

 印象を良くしようと思って、目が合ったときに微笑んで見せたら、顔を真っ青にして逃げられたことがある。俺は母上にそっくりの美少年フェイスをしているはずなのに、めちゃくちゃ失礼な奴らだ。

 

 普通に授業を受けて、夕方には剣術の訓練と、まあそれなりに充実した毎日を過ごしていたある日のことだった。

 

「ルーサー、カートが夜中起きといてくれって」

「分かりました、ヒューズも一緒ですか?」

「そうっぽいな」

 

 どうでもいいけど、こいついつまで殿下のこと呼び捨てにする気だ?

 俺は小さいときはカート様って呼んでたけど、学園で再会してからは殿下呼びに戻している。

 殿下も流石に名前で呼べとは言わなくなっていたな。

 ま、注意をしないあたり、本当は殿下は今でもカートと名前で呼んで欲しいのかもしれない。

 

 さて、学校が始まってからひと月と半分程たつけれど、その間殿下とは直接話ができていない。

 確かにたまにはそんな機会も必要だよな。

 ちょっと話すだけでも気を遣わなきゃいけないってのは本当にめんどくさい。

 

 詳細はわからないけど、また俺の部屋で話でもするのかな。

 軽く片付けて、つまめるものの一つや二つくらい用意しておくか。

 

 

 夜になると少し早い時間にヒューズが俺の部屋を訪ねてきた。

 今は勝手にベッドを占領してすやすやと眠っている。

 いい気なものだと思う反面、夕方に剣術の稽古で相当体力を使わせているので、仕方がないかと思ったりもする。

 俺にとっては毎日の習慣でも、ヒューズはまだ慣れてないもんな。

 まぁしっかり休んでおくといい。

 

 それにしても殿下って休みの日は大抵王宮に戻ってるみたいだけど、今日は夜更かししても大丈夫なんだろうか。

 俺たちは明日明後日と週末の休みだけど、あまり遅くなっても体が心配だ。

 何せ俺たちはまだ13歳の育ち盛りである。

 まだ無理をするような年頃じゃない。

 

 ……小さいときに筋肉をつけるようなことすると背が伸びないって聞くけど、俺大丈夫かなぁ。

 血縁男性全員背が高いから大丈夫だと思いたいけど、俺母上に似てるんだよな。

 母上は女性としても比較的小さい方だ。

 ……カルシウムを取るように気をつけよう。

 

 そんなとりとめのないことを考えていると、部屋に控えめなノックの音が響いた。

 ノブをゆっくりと下げて扉を開けると、殿下が隙間から体を滑り込ませる。

 

 これなぁ、本当は俺が訪ねて行った方がいいんだろうけど、俺の方からコンタクトを取ることも、『今日行くわ』とか言うことも難しい。

 入ってきた殿下を見ると、ちょっと興奮気味で扉の外の様子を窺って「よし、大丈夫そうだ」と呟いた。

 殿下は殿下でこのお忍びを楽しんでそうだし、まぁいいか。

 

「ヒューズのことも迎えに行かねばな」

「いえ、ヒューズならそこのベッドで寝てますよ」

「なに! ……本当だ」

 

 殿下はヒューズと俺の顔を交互に見てから、やや表情を険しくして尋ねる。

 

「二人はいつもこんな風に部屋を行き来して遊んでいるのか?」

 

 なんか咎めるような言い方だな。

 

「いいえ? そういえばヒューズをまともに部屋に入れるのは初めてですね。殿下がいらっしゃる前に寝てしまいそうだからと、勝手に人の部屋に来てベッドで眠り始めました」

「そうか、ならまぁ……」

 

 もやっとしているのか、どうも歯切れが悪い。

 俺たちと一緒にいる時まであれこれ遠慮してもストレス溜めても体に悪いだろう。

 嫌なことは言ってもらおう。

 

「……なにかご不満でも?」

「いや、うむ。私抜きで楽しく遊んでたら羨ましいと思ってな」

「ああ、はい、なるほど」

 

 思わず笑ってしまった。

 

「別に遊ぶのはいいのだ。事情があるから仕方がないしな。ただ部屋の中ならば、何とかすれば私のことだって呼べるのではないかと思ってな、と、まぁそんなことは良いのだ。……今回はその問題を解決しに来た」

 

 言い訳のように早口でまくし立ててから、殿下はにっと悪戯っぽく笑う。

 こうしていると殿下も年頃の子供っぽく見えるんだよな。

 逆に言えば、いかにいつも気を張っているのかって話なんだけど。

 

「ヒューズ、殿下が来ましたよ」

 

 殿下が近くに来たというのに目を覚まさないヒューズに声をかける。

 こいつ暗殺者とか来た時そのまま殺されそうで怖いんだけど。

 オートン女伯爵はそういう教育はしてないのか?

 

「ん、ああ、おはよう……」

「うむ、おはよう」

 

 目をこすって起き上がったヒューズは、大きなあくびをして立ち上がる。

 確かにこれじゃあ殿下が迎えに来ても目を覚まさなかったかもしれないな。

 

「それで、問題の解決とは?」

「うむ、静かに音を立てずに私についてきてくれるか? この時間は廊下の出歩きが禁止されているから、滅多なことでは人と出会わないはずだが……」

「構いませんが……、ヒューズ、行けますか?」

「行ける行ける。なんか面白いことだろ」

「そうだ、面白いことだ」

 

 認識それでいいのか?

 俺たちが集まっていると、年は同じだけれどヒューズかマリヴェルが一番年下のような扱いをされる。本人もそれに慣れて受け入れているが、普段のぶっきらぼうな様子を見ている同級生がこの関係を見たら驚くだろうな。

 

「じゃ、行くぞ。びっくりしても声出さないでついてくるんだからな?」

「わかったって、しつこいな」

 

 ヒューズが言い返すと、殿下は楽しそうに笑った。

 まぁまぁまぁ、殿下がいいんなら俺はいいんだけどさ。

 

 そんなわけで俺たち悪ガキ三人組は、光石のランタンをそれぞれ手に持って、こっそりと廊下を歩きだした。

 

 夜の廊下を歩いていると、昔肝試しをしたことを思い出す。

 ただこの建物は管理者がいて常にきれいに整備されているせいで、お化けが出そうな雰囲気はなかった。

 ダンジョンに潜ってアンデッド系の敵をばちぼこに倒して回ったことのある俺からすると、正直なところ夜歩きはそれほど怖くない。

 

 ヒューズは俺の裾を掴んでるけどな。

 こいつ本当に当主になれるのか、俺はちょっと心配だよ。

 実力というよりメンタルの方向で。

 

 今の西方戦線は皆殺し女伯爵様のお陰で完全に沈黙しているけれど、元々は激戦区だ。まぁ、そんなことを言ったら、俺の実家であるセラーズ領も、海を渡ってたびたび戦争をしているんだけれども。

 だからこそ四方の伯爵家は国内のどんな貴族よりも戦争に長けている。

 そしてそんな伯爵家である北方のウォーレン家の独立は、国にとってはめちゃくちゃな大問題だった。

 ま、ウォーレン王国と仲良くしてる限りそれ以外からは攻められないわけだから、以前と変わらないっちゃ変わらない。

 

 殿下について歩くと、やがて見覚えのある廊下の突き当たりにたどり着く。

 ここにはヒューズと一緒に探索したときに来たことがあった。思い出してみれば、隠し部屋があるとか言ってどや顔してたな。

 

「……ここの壁には秘密があるのだ」

 

 殿下は壁にあった額縁を外す。

 額縁によって隠されていた壁には、僅かな窪みがあった。

 

「王族だけが自由に使える秘密の部屋」

 

 ポケットから赤い宝石を取り出した殿下は、それをゆっくりと窪みに近付け、手を放す。

 その宝石は、殿下の手を離れてなおその場にとどまる。

 

 宙に浮かぶ宝石へ、殿下が再び手を伸ばす。

 俺たちが宝石に目を奪われている間に、なぜか殿下の指から血が出てるんだけど……。血液認証が必要なタイプの魔法が使われているのか……。

 血が宝石に触れた瞬間、壁が波打った。

 気持ちが悪い動きだった。

 

「二人とも、今のうちに中へ入るんだ」

「壁に入れ、ということですか?」

「そうだ。宝石を外すと入れなくなるからな」

「大丈夫なのか……、それ……」

 

 不安そうに呟くのはヒューズだ。

 まあ、ちょっと怖いよな。

 でも俺は殿下が俺たちに害のあるようなことをやってくるような奴だとは思ってないんだよなぁ。

 だから別に、入れと言われればその通りにするわけで。

 どーんと突っ込んで言ってぶつかっても恥ずかしいので、そっと指先で壁に触れてみる。

 俺が触ったところから波紋が広がった。

 まるで本当に水面のようだ。

 

 少し前に出ると、何の抵抗もなく手首までがずぶりと呑み込まれた。

 これ、半端な状態が一番気持ち悪いな。

 途中で壁が元に戻ったりしてもかなり怖いし、さっさと入ってしまおう。

 よくわからんものは、俺だって怖いのだ。

 

 目を閉じて壁に飛び込む。

 足元の感覚が変わった。板ではなく、これはじゅうたんの感触だな。

 

 目をそっと開けてみる。

 そこは十分な光石で照らされた、豪華な調度品が揃えられた部屋だった。

 足元は感触通り絨毯。

 

 振り返ると後ろの壁からは、手が突き出てきている。

 ヒューズの手なんだろうけど、なんかキモイな。

 

 そのうち入ってくるかとしばらく待っているが、ヒューズはそこから一向に中へ入ってこようとしない。

 ……いつまでも廊下にいて見つかったらどうすんだよ、こいつ。

 

 さっと手を掴み、ぐっと引っ張ってやると妙な悲鳴を上げながらヒューズが部屋の中へ転がり込んできた。

 

「……ヒューズ、夜は静かにしましょう」

「か、か、覚悟を、決めてたのに、きゅ、急に引っ張るなよ!」

「遅いんですよ。誰か来たら殿下が困るでしょう?」

「怖いんだから仕方ないだろ!!」

 

 あーあ、怖いって言っちゃった。

 涙目になっている。なんだ、俺が悪いのか?

 

「……すみません、手をつないで連れてきてあげるべきでした」

「…………いや、別に、怖くなかったし」

 

 遅いって。

 俺の言葉に我に返ったのか、ほんの数秒前に叫んだ言葉を否定する。

 気まずい空気が流れる俺たちの後ろに、赤い宝石をもった殿下が入ってきた。

 後ろの壁はまだ脈打っていたが、殿下がその壁の窪みに宝石をかざすと普通の壁に戻ってしまう。

 

「殿下、説明を頂いても?」

「王族のための秘密の部屋、だよ。話は用事がすべてすんでからにしよう。もう少しだけ待ってほしい」

 

 そういうと殿下は、今俺たちが入ってきた壁を向き「ええと……」といいながら横へずれていく。

 よくみるとこの壁、へこみが5つあるようだ。

 

「何してんだ、カート」

 

 いや、だから説明は後でって言われたじゃん。

 俺も聞きたいけど。

 

「いや、この壁はな、色んな場所につながっているんだ。確か、これだったはず……」

 

 あまり説明になっていない説明をしてくれた殿下は、宝石を別の窪みにかざすと、再び壁が波打ちだす。

 なるほど、これがどこかに壁がつながった合図なんだな。

 

 最初に手からではなく、堂々と歩いて入ってきたのは、我らが狂戦士《バーサーカー》ローズ嬢だった。

 

「殿下、このような時間にお会いできてうれしいですわ」

「うん、私も嬉しいよ、ローズ」

 

 あ、仲良しで何よりです。

 他の人に被害が行くよりラブラブしてくれていた方が俺としてはありがたい。

 

 続けて慎重に姿を現したのがイレインで、その袖に捕まってびくびくしながら入ってきたのがマリヴェルだ。

 しかし俺の姿を見るとパーッと目を輝かす。

 

 うーん、この表情の変化を見ていると、どうしてもマリヴェルのことは甘やかしたくなっちゃうんだよなぁ……。

 しかしまぁ、なるほど、殿下が張り切るわけだ。

 ここでなら、俺たち仲良し幼馴染組が他に遠慮をすることなく話をすることが出来るのだから。

 

 

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