たぶん悪役貴族の俺が、天寿をまっとうするためにできること 作:嶋野夕陽
秘密の部屋には一通りの生活用品が整っている。
テーブルの上には洋菓子が置かれ、水差しは満たされている。
掃除が行き届いているけれど僅かに埃っぽく感じるのは、部屋に窓が存在しないからだろう。
扉らしきものは見当たらないけれど、どこかに通用口があるはずだ。
暖炉を使うことが出来ないとなると、冬場は服を着こまないと厳しいかもしれない。
「久々に皆がそろったんだ、まずは席についてくれ」
横長のテーブルには椅子が8脚つけられている。
数が合わないから俺たちのために用意されたわけじゃなさそうだな。
考えている間に殿下が座り、隣にローズ。
身分とか考える必要は……流石にないか。
どうせ殿下が主導で会話をするんだろうから、対面にでも座っておくか。
しれっとローズの隣に座ったのはイレインで、隣で目を泳がせているマリヴェルに何かを指示している。
「よし、んじゃあ俺がルーサーの隣な」
「……ヒューズ、ちょっと」
ヒューズがぐるっとテーブルを回り始めたところで、イレインがそれを呼び止める。それからすぐにマリヴェルの背中を押して、早く椅子に座るように促した。
イレインのことを気にしながら俺の隣へやって来たマリヴェルは、俺の隣までやってくると、椅子の背もたれを持ったまま俺のことを見る。
……まぁ、なんというか、俺はこの目で見られるとつい甘やかしてしまうのである。おそらくイレインも同じなんだろう。
「こんな部屋があるなら、これからはお話しできる機会が増えそうですね」
「うん……!」
嬉しそうな元気な返事のあと、ガタガタと椅子を引いて椅子に座るマリヴェル。
まー、勘違いしちゃいけないけど、マリヴェルのこれは恋愛感情とかではなく、おそらく俺に懐いているだけってことだ。昔から全く態度が変わらないし、間違いないと思う。
だからこそ俺もつい甘やかしたくなってしまうのだけれど。
ご機嫌に横揺れする度、頭のてっぺんに少しだけ飛び出している髪の毛がゆらゆらと揺れる。
「なんだ?」
「いえ、やっぱり何でもありません」
「なんだよ……、あ、ルーサーの隣とられてんじゃん!」
どうでもいいだろ俺の隣の席なんて。
マリヴェルと張り合うな。
「うるさいですわね、さっさと座りなさい」
殿下には絶対むけない冷ややかな目つきでローズが注意をする。
「イレインが呼んだから来たんじゃんか」
昔はヒューズもこれに随分怯んだものだったが、付き合いが長くなったおかげであまり気にしなくなったし、ここにいる面々は今更ローズの厳しい言葉を気にするようなことはない。
というか、そもそも厳しい言葉をかけられてたのは俺とイレインとヒューズの三人で、イレインに関してはすぐに言われなくなった。話し合った結果、殿下のことを一切狙っていないと判明したためらしい。
基本的にローズは殿下に近付かず、身の程をわきまえている女性にはそれほど厳しくない。
マリヴェルに関しては俺たちの間では末っ子枠なので、最序盤からローズは気にしていなかった。最近は凛々しくなった上にあまりしゃべらないので、警戒されたりワーキャー言われることはあるようだけれど、貴族にしては珍しく素直で裏がない。
早くに跡継ぎをなくしたスクイー侯爵閣下が、目にいれてもいたくないと猫かわいがりして育てた孫娘だ。
わがまま放題で育ってもおかしくないだろうに、愛情が功を奏したのかめちゃくちゃいい子になってしまっている。
なってしまっているという言い方をしたのは、マリヴェルのような性格をしていると貴族社会を生き抜くのが難しいだろうという、俺なりの心配によるものだ。ヒューズ・マリヴェルの末っ子セットをのぞいた俺たちがたまに話すのは、二人が何か失敗した時は俺たちでフォローしてやらないといけないなってことである。
俺とイレインはともかく、殿下とローズにまでそう思われるのは本来問題があるのだが……、どうしてもそんな思いが抜けきらないままこの年になってしまった。
しばらく離れてたからもう大丈夫かなと思っていたのだけれど、まだまだ心配しておかないといけなさそうだ。
「な、俺そっちがいいんだけど」
ヒューズが体を傾けて話しかけると、マリヴェルはふるふると首を横に振った。
お前はいつも授業中隣にいるんだから、たまには譲れ。
……まぁ、いやな気分ではないんだけれど。
「さて、実はこの部屋をこれまで使ってこなかったのには理由がある。実はこの部屋は、というか、この部屋に入るための転移魔法は、空に満月が出ている時しか使えないのだ。正確には満月に近ければ使えるそうなのだが……。つまり使えるのは月に5日間程度になる」
つまり月に数日間は話し合う時間を設けられるってことだな。
よっぽど急ぎの用事でなければ、外で交流がばれるリスクを取って連絡を取る必要がないってことだ。めっちゃ便利。
「一度この部屋に入ったことで、今日以降皆は、今回入った壁から自由にこの部屋へ出入りすることが出来る。もし私が公務で忙しくても自由に使えるというわけだ」
「セラーズ家の評判のせいで殿下にお手間をかけてしまいましたね」
「何を言うんだ、そんなことは思っていない。……またこうしてみんなで集まれるのが、私はただ嬉しいんだ」
「……ありがとうございます」
本心からいってくれてるんだろうなぁ。
最初に出会った頃の殿下は、ただ元気で明るいだけの子供だったけど、なんだかすっかりしっかりしてしまった。
寂しいような、嬉しいような複雑な気持ちだ。
「……それに、ほら、昔ルーサーが教えてくれたじゃないか。こここそ、私たちだけの秘密基地だ! わくわくするじゃないか!」
殿下の目がキラキラと輝いた。
言った途端に子供っぽくなったぞ。
「……殿下」
「な、なんだ?」
「……確かにここ、最高の秘密基地です」
「だろう……!」
殿下が楽しそうでよかった。
そりゃあそうだよな、こんな秘密基地、ワクワクしないほうが無理ってものだ。
殿下はぎりぎりまでこの部屋のことを俺たちに言わなかったけど、きっとめちゃくちゃワクワクしていたんだろうなぁ。
この満足そうな殿下の顔。
ああ、成長はしたけれど殿下は殿下なんだなぁと思った瞬間だった。
ひとしきり楽しくおしゃべりをした後、殿下が「さて、では本題に入ろう」と言ったことで部屋の空気が引き締まった。
「先ほども述べたことだが、私は今ここにいるものが無二の友人であると全幅の信頼を寄せている。イレインは隣国の姫、ということではあるが、それであっても気持ちは変わらない」
「ありがとうございます」
相変わらずすまし顔のありがとうございますだけれど、これだけのことを言われているのだから心の内ではイレインだってちょっとばかり浮かれているはずだ。
2人になると、やれガキだ、心配だとぶつくさ文句を言っていたイレインだったが、この六人で遊んだ日々は楽しかったのだから。ちなみに遊びごとになると、イレインも俺も結構本気で遊ぶから、ガキレベルで言うと大して変わんなかったけどな。
かくれんぼの時とか、イレインはめちゃくちゃ大人げなかったし。
「殿下がこういってくれてるのにすました返事だこと」
「大喜びしたらあなたが嫉妬するからでしょう」
「あら、イレインなんかに嫉妬したりしませんわ」
「そうですか、それなら今後はもっと喜ぶことにします」
「……やっぱり今まで通りで良くてよ」
美少女が二人流し目で喧嘩をしているような構図にも見えるが、これはいつものじゃれ合いの範疇。
マジ喧嘩だったら多分マリヴェルがおろおろしていると思う。
今はご機嫌に会話を見守っている。
「話を続けてもいいか?」
「もちろんですわ、殿下」
なんかローズの椅子の位置殿下に近いんだよなぁ。いつの間にかくっついてて、肩に頭を預けている。ラブラブなのはいいんだけど、外でやったらローズに惑わされてるとか言われそうだから気を付けてほしい。
まぁでも大丈夫か。
昔のローズは判断のつかない狂戦士だったけれど、今は随分と理性的に物事を判断するようになっている。おそらく俺たちの中では一番貴族らしいどろどろとしたやり取りをする家の中で育ってきたはずだ。
いわゆる足の引っ張り合いを制するのは得意とするところだろう。
「私の展望については皆に以前語った通りだ」
「なんか聞いたっけ?」
頷く俺たちに対して、とぼけた顔をしているのはヒューズだ。
「……ヒューズ、いいか? 簡単に説明するからよく聞くんだぞ?」
「おう」
「私が王になるまでに、旧態依然の貴族たちをある程度父上が整理をしてくれる。その中で優秀そうなものを、学園生活中にローズを通して見繕い、できるだけそれらに家を継がせる。ここまではいいか?」
「多分いい」
待て待て、殿下もしかしてヒューズに話すの忘れてたのか?
ヒューズも全然気にしてなさそうだし、あんまりよくわかってなさそうだぞ。
オートン女伯爵はこいつにどういう教育してきたんだ……? 昔の方がもうちょっと賢かった気がする。
魔法をハードに訓練しすぎて、勉強したこと全部頭の中からはじき出されたんじゃないだろうな。
「よし、続けるぞ。国を豊かにし、いずれウォーレン王国を平和裏に再び属国化し、ウォーレン公爵として国へ迎え入れる。できればその時は、サフサール殿に協力を仰げるといいのだが……」
「ああ、サフサールか……元気かな」
サフサール君。
穏やかで勉強熱心で妹思いの、ウォーレン家の跡取りだ。
元気だと話には聞いているけれど、スバリに連れ去られて以来一度も会えてない。
溺愛していた妹と離れ離れになって、上手くやっているのだろうか。
当時からしてウォーレン家は厳しい教育方針だった。
その中でも自分なりのよい領主像を夢見ていた、本当によくできた少年だった。
あの時のサフサール君、まだ今の俺たちより年下だぞ?
ヒューズを見ていると、いかにサフサール君が優秀だったかがうかがい知れる。
当時は皆が世話になった。
俺だって、気にして世話していたつもりでも、サフサール君の優しさにはいつも癒されていたんだ。
部屋の中がしんみりとした空気になってしまった。
「兄様でしたら、きっと立派にやっています。いずれ話をしなければならない時は、私から」
イレインが凛とした口調で言うことで、固まってしまった時間が流れ出す。
居心地の悪かったウォーレン家で、イレインが唯一気にしていたのがサフサール君だ。2人でいる時もたまにそれについて話すことはあったが、信じるしかないというのが俺たちの結論だった。
後継ぎが他にいないのだから、いくらあの厳しいウォーレン王でも、サフサール君のことを大事にしてくれているはずだ。
ただ一つ、イレインにも話していない心配事がある。
それは、あれ以来一度もサフサール君が公的な場に姿を現したことがないということだ。
父上がこっそりと俺に教えてくれたことだが、イレインに伝える勇気はなかった。
ただ大事に教育しているだけ。
たった一人の嫡子を大事にしているだけと、そう思いたい。
どこかで一度でいいから、大人びた姿のサフサール君を見て安心したい気持ちはずっとあった。
「うん、頼む。……さて、もう一つ共有しておきたい話として、光臨教の勇者と聖女の話がある」
「ああ、あいつらか」
真っ先にヒューズが反応して顔をしかめたのは、俺の代わりに応対をさせてしまったせいだろう。めんどくさいんだよなぁ、あの勇者と聖女。
でも学園にいる以上、これから先絶対に関わっていくことになる。
俺の方から話せる話もいくつかあるが、まずは殿下の話を聞いてからだな。