たぶん悪役貴族の俺が、天寿をまっとうするためにできること 作:嶋野夕陽
光臨教は俺の知っている限り、この辺りの地域では結構広く知られ、信じられている宗教だ。
一神教であり、神が人の営みを見守り導いているというのが基本の教えだ。
生きている間に行った善い行いを見ていて、それに応じて天国とか現世とか地獄とか、なんかそんなに振り分けられるみたいな話。
ありがたいことに時折現世には天国的なところから人を導くために遣わされたやつがいるらしく、その中でも特別な力を授かったのが勇者とか、聖女とからしい。
教会は市井において安い授業料で教育を施したりするし、孤児院を運営したりもしてる。基本的には悪者ではないのだけれど、なんせ俺は悪役っぽいポジションにいるものだから、警戒は怠っていない。
まぁしかし、組織なんてもんはでかくなればなるほど濁るところも出てくるもので、金もうけに走る様な悪い奴もいるらしいけどな。
そういうやつらにとって、でかい国の王に権力が集中すると面倒なんだ。
東方の国からはそれで結構追い出されたりしてるみたいだし。
そんな理由で、教会の組織の一部がウォーレン王の独立の後押しをしていたらしい、ってのが表には流せないけれどかなり真実味のある情報として耳に届いている。
セラーズ家嫡男としては関わらないのが一番なんだけれど、なかなかそうもいかない気がしてきてるんだよなぁ。
「光臨教が勇者と聖女を選定しているのは知っているだろうか」
殿下の語り出しに俺は頷いた。
知ってますとも、糸目《エル》先輩から妙な勧誘を受けてるし。
俺たちの反応を確認してから殿下は話を続ける。
「正直な話、私はこの中の一人と言わず幾人かがその候補に選ばれてもおかしくないと思っている」
……俺の行動もしかして監視されてる?
順々に俺たちのことを見た殿下は、最後に俺のことをじっと見つめてゆっくりと瞬きをした。明らかに俺の時だけ時間が長かったよね?
「候補は4名ずつ。わかっているのは勇者候補のアルフと聖女候補のユナ。普通は派手に言いふらさないらしいのだけれど、この二人の候補だけは自己紹介して回っているからすぐに分かった」
「あいつらは勇者と聖女、って言ってたけどな」
「実力は確からしい」
「どうだか」
二人の態度が気に食わないヒューズは、殿下の言葉を否定する。
まぁ、実力に関しては年の割に大したものだって糸目先輩も言っていた。
少なくとももう一人の勇者候補であるイス君よりは総合力が高いのは本当な気がする。
だってイス君やる気も志もいいけど、正直現状弱いからなぁ。
「もう一人の勇者候補はイスナルド=ホープズというマッツォ領出身の同学年です。お姉さんも学園に通っています」
「さすがルーサーだな……、いつの間に調べたのだ」
「偶然ですね」
本当に偶然です。
「そんな優秀なルーサーは、まさか勇者候補になっていたりしないよな?」
「しませんが、なぜそんなことを?」
「うん。仮に勇者として内定してしまうと、所属が国から教会に移ってしまうのだ。立場としては教皇と対等の扱いになり、国としては非常に困る」
「…………なるほど、もし勧誘があっても必ず断ります」
あの糸目、わざとこの話言わなかったな。
俺が勇者候補の話を受けていて、万が一勇者になってしまっていたら、セラーズ家が継げなくなるところだっただろうが。
ちょっと今度見つけ出してしばいておくか。
「そうか、いや、悪いな。勇者というのは憧れでもあるから、強制するようで心苦しいのだが」
「いえ、別に憧れていませんので心配なさらずに」
「そうなのか……? 私としては共に歩むことが出来てうれしいのだが……。ルーサーは本が好きだろう? 勇者の物語もたくさん読んできたのではないか?」
そりゃまあ読んだとも。
でもなぁ、俺は昔から自分が悪役なんじゃないかって思ってたから、勇者の話を読むときってちょっとひねくれた目で見ちゃってたんだよな。俺の未来の敵はこんな感じか、みたいなさ。
それにしても俺は信用がないようだ。
殿下をポイッと捨てて勇者になると思われてるのか?
「僕はセラーズ家の嫡男であり、僭越ながら殿下の友人であると思っています。悩むことがあれば相談しますし、そう軽々に別の道を歩もうとは思いません」
「ルーサー……」
あーあーあー、ちょっと真面目に話したらお隣のお嬢様のスイッチが入ってます。
そんな感動したように俺の名前を呼ぶのはやめてください殿下、お隣のお嬢様の目がかっぴらかれたままこちらを貫いてます。
怖いからやめろまじで。
もう直接言っちゃうもんね。
「殿下、ローズが怖いのでやめさせてください」
「……何がだ?」
すんって表情が戻る。
器用だなこいつ、実は俺のこと牽制してるだけか?
「私実は、マリヴェルやイレインはもちろん、他のどのご令嬢方よりもルーサーのことを警戒してるんです」
「何を言ってるんだ……?」
「何を言ってるんでしょうね……」
余計な心配をするのやめろ。
「まぁ、その分頼りにしても良いとも思っていますが。とにかくもし私が聖女候補に誘われたとしてもしっかりお断りしておきます」
「うむ、ローズが隣にいないなど想像できないからな」
「……殿下」
あ、うん、マジで心配する必要ないだろ。
ローズはどっちかっていうと悪役令嬢だし、そういう問題じゃなくても二人ともめちゃくちゃ仲良しじゃん。
早く婚約発表しろよ。
まぁ、今やるとローズの生家が力を持ちすぎちゃうから絶対できないんだろうけど。
◆
「まぁ、どうしても話しておきたいことはそのくらいか」
殿下が妙な方向にそれていきそうな話を切り上げる。
バランス感覚がいいよな、殿下は。
「私たちはそれなりにやってますが、ルーサーは信用できる相手とかできたのかしら?」
信用できる相手ねぇ。
とりあえず筋肉集団は俺的にはいい感じなんだよなぁ。
ちょうどいい感じに身分の高くない家の人が多いし、そのお陰で旧貴族派閥とはかかわりが薄そうなのが多い。金銭的な問題で間接的には関係しているかもしれないから、その辺りは要調査か。
「放課後に敷地のはずれの方にある訓練場で、アウダス先輩のお仲間の方々と仲良くしてもらっています。主に騎士団関係の先輩方です。あとは、先ほど名前を挙げた勇者候補のイスですが、彼に関しては心根のまっすぐな良い人物であるように思います」
俺の思い描く、理想的な善性の勇者って感じなんだよな。
熱い思いを心に秘めている割には見た目が爽やかだから、暑苦しさもあまりない。
なんというか、素直だし世話をしてやりたくなるタイプだ。
この世界に来てから、どうにも前よりおせっかいな人間になった気がする。
「ああ、それから、セラーズ家に恩のある家の人たちが連絡を取ってきました。あまり力のない家の人が多いので、そちらとはセラーズ家の立場がもう少し落ち着いてから交流を持とうかなと」
「ふ、ふーん……」
ローズが腕を組んで目を逸らした。
なんだその反応は。
俺にしては割と頑張ってる方だと思うんだけどな。
「あー、あと」
「まだあるのかしら?」
「ええ、まあ。これは微妙なところですが、スルト帝国のメフト先輩と、光臨教のエル先輩とはたまに話をします」
「帝国の皇子と枢機卿の嫡男か……」
「……随分と手が早いこと」
殿下が深く頷きながら彼らの身分を明かすと、ローズが悔しげな表情でよくわからない言葉を投げつけてきた。人をナンパものみたいに言うのは止めろ。
まったく、憎まれ口ばっかり叩いてるとマジでそのうち痛い目見るぞ。
「それで、そちらはどうなんですか」
「難しいですわね。私の派閥、殿下に取り入りたいもの、イレインを通してウォーレン王国を探りたいもの。色々と混ざり過ぎてて選別に難航していますわ。ああ、あとはマリヴェルのことを好きな子たちもいますが、これはわかりやすいので」
ああ、あの子たちか。
他にもいるんだろうけどなぁ。
すっかり見た目はきりっとしちゃってるから、なんて思いながら横に座っているマリヴェルを見ると目が合った。
「えへへ……」
何もわかってないのに笑顔を振りまくんじゃありません。
この子本当に純粋だからちょっと心配なんだよなぁ。
とりあえずぽんと頭だけ撫でてやって話を続ける。
「信じられそうな人はいましたか?」
「……慎重にことを進めてますの」
「そうですか」
「……なんですの?」
「いえ、納得しただけですが?」
キッと俺のことを睨みつけるローズ。
煽ってるわけじゃないよ? マジでそうなんだーくらいの感想しかない。
まだひと月くらいしかたってないんだからしょうがないと思うし。
「次は! ルーサーにも負けない成果を出してみせますわ!」
「無理しないでいいですからね」
いや、まじで。
強硬手段とかとって反感買っても仕方ないしのんびりやって欲しい。
卒業まではまだまだ時間があるのだから、そんなに急ぐ必要はどこにもない。むしろ俺たちが仲良くたくらみごとをしていることがばれないように、めちゃくちゃ慎重にやって欲しい。
「殿下ぁ! ルーサーがいじめますの!」
「え? ああ、程々にな」
どうしてすぐに対抗意識持つかなぁ。
殿下も言われるがままだし。
ま、ローズは昔からこんなだからしゃあないな。このくらい元気でいてくれる方が、心を許してくれてるんだと安心する。
「ローズ、本当に焦らずゆっくりやりましょう」
「うっ……、分かってますわよ……」
こっちが真剣に話せばちゃんと聞いてくれるだけローズは賢い。
なんたって俺たちまだ13歳だからね。大人になってもこのままじゃ……、いや、別に身内だけならこのままでもいいけどさ。
話が落ち着いたところで、イレインが流し目で俺をちらりと見て口を開く。
「ルーサーはクルーブさんがここの先生になることを知っていたんですか?」
「まったく、知りませんでした。イレインは?」
「私も知りませんでした。その後、二人でお話しされたりとかは?」
イレインの美少女顔が歪む。
俺と同じくクルーブの世話になっているイレインも、やはり知らされていなかったらしい。
家を出る前にクルーブにめちゃくちゃ丁寧にあいさつをしていたイレインだったから、余計に恥ずかしいような腹の立つような微妙な気分になったのだろう。
「ああ、この間の休みに一緒にダンジョンに潜りました」
「え!?」
「だ、大丈夫……?」
ローズとマリヴェルの過剰な反応……というわけではないようで、殿下も顔をしかめている。
「一応、ダンジョン学の教師であるクルーブ先生が許可をしたので問題はないはずですが……?」
「そうではない。ダンジョンは危ないところだから心配をしたのだ。見る限り怪我などはないようだが」
……そういえば俺、あまりダンジョンに潜った話とか詳しくこの三人に話してなかったかもしれない。
「僕、これまでも何度もクルーブ先生と一緒にダンジョンに潜っていますよ?」
「そうは言ってもたった二人でってこともないだろう?」
「まぁ……、たまにイレインも連れて行きましたけど、基本的には二人です」
お、珍しく殿下とローズが横並びで間抜け面している。
肩に手を置かれたので視線を向けると、マリヴェルが眉尻をさげて俺のことをじっと見ていた。
「貴族がダンジョンに潜るとなれば、せめて護衛をたくさん連れて行くものではないか……?」
「僕はクルーブ先生を信用しているので」
餅は餅屋だ。
剣にだけ長けていたり、魔法にだけ長けているものがダンジョンの深層に潜れるわけではない。
ダンジョンに潜るには、知識と、適応した技術が必要なのだ。
人がいれば何とかなる場面もあれば、何ともならない場面もある。
護衛をたくさん連れているよりも、クルーブの目が届く範囲にずっといる方が安全だと、個人的には考えている。
まぁ、咄嗟に出た、クルーブを信用しているというのも本当のことだけど。