たぶん悪役貴族の俺が、天寿をまっとうするためにできること   作:嶋野夕陽

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マリヴェルの主張

「ベル、大丈夫です。いじめられてません」

「そうだぞ、むしろ俺たちがいつも訓練相手にさせられていじめられてる」

「……噓」

「噓じゃないぞ」

 

 シグラト先輩とマリヴェルはしばらく見つめ合う。

 大人でも目を合わせることを避けそうなシグラト先輩相手にマリヴェルは一歩も譲らなかった。

 

「すまん、嘘だ」

 

 シグラト先輩がお手上げすると、ふんっ、とマリヴェルが俺の頭の上で鼻から息を漏らす。

 怖がりのはずなのによく頑張ったなぁ。

 

「ベル、ありがとうございます」

「いいの」

 

 満足そうな声で答えるが、俺は言わなきゃいけないことがあるんだよな。

 

「でもね、ベル。僕はここに来ちゃだめですって話をしたはずですよ?」

 

 俺が言うとマリヴェルはそーっと俺から手を離すと、後ろに手を組んでそろりそろりと俺から離れて草むらへ戻っていこうとしたので、逃げないように今度は俺が捕まえる。

 

「虫に刺されるからやめましょうね」

「うん」

「ここはあまり人目につかないからいいですが……。あまり仲がいいのを見せてしまうのも」

「別にいい」

「特にローズの友人とかは何か言ってくるかもしれません。ベルが嫌な思いをするのは僕が嫌です」

「ん……」

 

 拗ねたような顔をしたマリヴェルは、急に聞き分けが悪くなる。

 何が原因だ?

 

「ベル、どうしたんですか」

「ボクは……、ルーサーと話せないほうが嫌だ」

 

 なるほど。うーん、でもなぁ。

 俺の中のマリヴェルっていつも後ろに隠れてもじもじしている子なんだよな。

 ませた女の子たちに嫌なことを言われたりされたりして、自分で解決できるとは思えない。ローズだって派閥のことを考えれば、あからさまにマリヴェルのことばかり庇うわけにはいかないと思うし、イレインが肩入れしすぎても隣国の王女と繋がっていると思われるのも厄介だ。

 どう考えても俺とはあまり関わらないほうがいい。

 

「イレインは……! 一緒に訓練したって……」

 

 秘密の部屋では納得したように見えていたけれど、じっくり考えた結果やっぱり自分もとなったわけだ。マリヴェルは昔から殿下じゃなくて俺にくっついてきている節があったから、気持ちはわからないでもないんだよなぁ。

 

「ルーサー、いじめるなよ。かわいそうだろ」

「シグラト先輩は黙っててくれませんか? 結構繊細なお話しなんです」

「ほらな、こいつの方が意地悪だろ?」

 

 シグラト先輩の訴えにマリヴェルはよくわからないというように首をかしげる。

 

「何でこれはわかんねぇんだよ」

 

 天然パーマを片手でかき回しながら先輩が愚痴る。

 つーかいつまで近くで話聞いてるんだよ、この人。

 

「……わかりました。じゃあ来てもいいですが、誰かが僕の文句を言ってるのを聞いても言い返さないでください。もし嫌な思いをするようなことがあったら、どんなに僕に言いにくい内容でも、ちゃんと相談をしてください」

 

 マリヴェルは嫌そうな顔をして俺から目を逸らす。

 意外と強情だなぁ。

 

「約束しないと来ちゃだめです」

「…………うん」

 

 これ了承なのか? 本当にわかってる?

 まぁ、いざとなったら寮の先輩方が庇ってくれるかな。だいぶかわいがってくれているようにも見えたし。

 

「……いい?」

 

 俺より背が高いマリヴェルは、そっと俺の表情を窺うようにしても上目遣いにはならない。

 それでも仕草の可愛らしさに思わず気が抜けてしまって、俺は苦笑した。

 

「じゃ、怪我しないように端っこにいてください。帰りは送っていきますから」

「うん!」

 

 俺の返事に満足したのか、マリヴェルはそのまま訓練場の端っこへ走っていった。

 交代するようにヒューズとイス君が俺の近くへ寄ってくる。

 

「やっぱルーサーは強いな!」

 

 うんうんとヒューズに同意するイス君は、マリヴェルと少しだけ似ている。

 素直なタイプってみんな目がキラキラしてて、甘やかしてやりたくなってしまうから不思議だ。

 年下の兄妹が出来てからはそれが加速している気がする。

 俺は甘えられるのに弱いのかもしれない。

 

「先生がいいですから。さ、二人も訓練です。剣だけだとまだまだアウダス先輩には及ばないので、僕も頑張らないと」

 

 訓練場でお喋りばかりしていても仕方ない。

 全力で戦った後でも、俺の体はまだまだ動く。

 魔力も体力も、やり過ぎない範囲で毎日ぎりぎりまで鍛えたほうが伸びるに決まってるのだ。

 今日のことでアウダス先輩にはまだまだ剣で及ばないことが分かったので、今日からまた気合いを入れ直して訓練だ。

 

 二人を促して課題を与えると、俺も先輩方の間に飛び込んで実践の訓練を積むことにするのだった。

 

 ほとんど日が落ちてしまってから、四人で並んで寮へ戻る。

 先輩方が先に帰れと言ってくれたので、お言葉に甘えた形だ。

 ちなみに四人で並ぶとマリヴェルが一番背が高いし、一番かっこいい。

 遠目から見たら男友達四人に見えるかもなぁ。

 

 女子寮の前へ来ると、入り口付近で先輩たちが数人外を見て待っていた。

 端の方でイレインが気配を消して座っている。

 俺たちの姿を確認すると、数人の先輩がそのまま寮の中へ消えていき、イレインと先輩の親玉みたいな人だけが残る。

 

「アリシア先輩、どうしたんですか?」

「帰りが遅かったので心配をしていたの」

「ありがとうございます。ルーサーが……送ってくれたから大丈夫です」

「そうみたいね。ありがとうございます」

 

 なんで俺がマリヴェルを送ってお礼を言われるんだ?

 まるでこのアリシアって先輩が、マリヴェルの保護者みたいだな。

 ちょっとポジション奪われた感じがしてもやもやする。

 

「いえ、当然のことですので……」

「少しお話があるのですが、お時間はありますか?」

「……僕にですか?」

「はい、あなたにです」

 

 俺だけにかと確認すると、そうだとはっきり答えられてしまった。

 

「ヒューズ、イス、先に帰っていてください」

「え?」

「帰るぞ」

 

 戸惑っているイス君の腕を引いて、ヒューズがさっさと引き上げていく。

 ヒューズはあれでも貴族だから、お前らは席をはずせという言葉の裏くらいは理解できたのだろう。

 さて、先輩はいったい何のお話があるのだろうか。

 

「上がってください」

 

 女子寮の入り口から人がいなくなると、アリシア先輩が室内のテーブルセットの前に立った。

 

「中に入っても怒られませんか?」

 

 中に入ったらかかったなあほめ、とか言って通報されたりしないだろうか。

 何せここは未婚の貴族令嬢が暮らす寮である。

 齢13歳にして、エロ小僧なんて不名誉な罪を背負いたくない。

 

「怒られるようなことを私があなたにするとお思いですか?」

 

 いや、そんなこと言われても、俺この人のことあまり知らないしなぁ。

 たしかヘズボーン侯爵家の長女だっけ。

 国内国外問わず顔が広い家で、国の外相を任じられることの多い家だ。

 はっきり言って油断ならない。

 

「問題ないのですね?」

「誓ってありません」

「では失礼します」

 

 俺が中に入ると、アリシア先輩はカーテンを引いて外からの視線を遮断する。

 少し警戒度を上げた俺に、アリシア先輩は軽くため息をついた。

 

「あなたも色々ありますから、視線は避けたいでしょう?」

「お気遣いありがとうございます」

「警戒心が強いですね」

「国内でのセラーズ家の立場は理解しているつもりです」

「なるほど。その上でマリヴェルさんやイレインさんとお付き合いをされているわけですね」

 

 確かこの先輩は寮監なんだっけ。

 余計なトラブルになるから、お付き合いは避けろとでも言いだすのだろうか。

 それ自体は至極当然の要求だと思うけれど、他人に言われてやると考えると釈然としないのはなぜだろうか。

 俺が黙っていると、先輩は続ける。

 

「別に怒っているわけでも注意しようというわけでもありません」

「……そうなんですか?」

「ですからそんなに警戒心を露わにするのは止めていただけませんか? まるで私が後輩をいびっているようです」

 

 ……俺、分かりやすいのかなぁ?

 殿下とかローズくらいだと、感情がばれることも少ないんだけど。

 貴族の学園で何年も過ごして感性が磨かれた先輩方には通じないってことか。

 

「率直に、ご用件をお伺いしたいです」

 

 これ以上ぼろを出したくない。

 精神的に不利な相手といつまでも話しても疲れるだけだ。

 

「まだ警戒していますね? ……そうですね、マリヴェルさんが喜ぶので交流をするのはいいことと思います。ああ、イレインさんも、あなたと話すとすっきりとした表情をしていますし。そのことで起こり得るリスクも理解されているようですし、それについて私から言うことはありません。これで少しは安心しましたか?」

 

 じゃあ何の用事だよ。

 むしろ何言われるのか全く分からなくなって、余計不安になったんだけど。

 

「駄目そうですね。では率直に用件を。あなたとイレインさんは、未だに婚約関係にあるのでしょうか?」

 

 は?

 

「ありませんけど?」

「なるほど! そうですか。では、今好きな子はいらっしゃいますか?」

「ちょっと待っていただけますか?」

「なんでしょうか?」

 

 こいつそんな質問するために、ここに俺を呼び出したのか?

 俺、結構マジで警戒してたのがめちゃくちゃ馬鹿らしいじゃん。

 女子寮に足を踏み入れるのとか、ものすごく勇気が必要だったんだぞ。

 

「本当に質問はそれでいいんでしょうか?」

「はい、そうです。それで、好きな子はいるんです?」

 

 女子かよ。

 いや、女子だけど。その前に貴族令嬢だろう?

 アリシア先輩くらいの年齢だったら、普通に婚約者とかいてもおかしくないぞ。

 好きな子いるんですかとか、頼むから同級生の女子同士で話してくれ。

 

「恋愛的な意味ではいませんけど……」

「そう! 私としてはマリヴェルさんを推すわ」

「大丈夫ですか?」

 

 頭とか。

 じゃなくて、そんな他人の家の婚姻事情に口出したりして。

 セラーズ家もスクイー家も国内では非常に影響力の大きい家だ。

 アリシア先輩のヘズボーン侯爵家だって、きっとイレインとの婚約関係を破棄した後のセラーズ家の動向は注視しているはずである。

 

「心配しなくても、マリヴェルさんの家ならセラーズ家とも釣り合うはず」

「それは……、ヘズボーン侯爵家としてのお言葉でしょうか?」

「いえ? 私とマリヴェルさん見守り隊の総意ですけれど?」

「帰ってもいいですか?」

「もうちょっとだけお話をしましょう」

「帰りたいです」

 

 わがままな子供を見るような視線を向けるのはやめて欲しい。

 今自分がやっていることと俺の行動、どちらに理があるかまともな淑女なら理解できるはずだ。

 

「じゃあ今日はもう一つだけ」

「今日は?」

「今日は」

「はい……、何でしょうか」

 

 いくら俺が押しても全く動じないので、強く出るのが無駄だというのはよくわかった。多分脳がお花畑へお散歩に出ている先輩は、プロネウス王国とか、貴族社会とか、そういうのを度外視したところで会話している。

 

「今のところ、今のところよ? イレインさんとマリヴェルさん、どちらをお嫁さんにしたいとかあるかしら?」

「……両方友達ですけど」

「どちらかと言えばよ?」

「……じゃあ、ベルで」

 

 胸元の前で小さくガッツポーズ。

 貴族令嬢がはしたないですわよ。

 

「帰っていいですか?」

「……ええ! ありがとう。またお話聞かせてほしいわ」

「…………お時間が合えば」

 

 嫌ですという言葉を一生懸命飲み込んで返事をした俺は偉い。

 さっさと退散しようと立ち上がったところで、最後に一言アリシア先輩が俺に告げた。

 

「少なくとも今年いっぱいは、私が二人のことは守ります。来年までに立場と仲間をしっかり作って、イレインさんとマリヴェルさんを守れるようになってくださいね」

「……それは、ヘズボーン侯爵家の意向ですか?」

「いいえ? あの二人と、あなたたちの関係が気に入った私個人の意向です」

 

 俺は振り返って頭を下げる。

 どんな変な人でもこの人は寮監だ。

 力もあるし、それに……本当に二人のことを気に入ってくれているようだ。

 

「ありがとうございます、努力します」

 

 ショーもない人だと思って話していたけれど、にっこりと笑ったアリシア先輩は意外と頼りになりそうな顔をしていた。

 

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