たぶん悪役貴族の俺が、天寿をまっとうするためにできること 作:嶋野夕陽
たまに、イレインとマリヴェルが訓練場に顔を出すようになった。
ローズとは違って、これまでも微妙に殿下の派閥からは距離を取っていた二人だ。
これまでよりは少しばかり周囲の反応がよそよそしいこともあるようだが、生活を一変させるほどのことは何もなく、俺としても一安心である。
二人が来るようになったこと以外の俺の変化と言えば、これまで数度、殿下からの寂しそうな視線と、ローズから何とかしなさいよという理不尽な視線を頂いたくらいである。
ローズなんかは俺が余計なことしたらしたで文句を言うだろうに、殿下の寂しそうな顔を見ると胸が痛むらしく、無責任にそんな視線を送ってくる。胸のあたりを抑えて妙な表情をするせいで、周りの女子から心配をされていた。
あとなんか、男子が色めき立っていた。
切なそうな表情が刺さったらしい。
俺にとってはマジでどうでもいいことである。
というわけで、動くとやや暑いくらいの気候になってきた五月の半ば。
俺とクルーブとアウダス先輩の三人は、しっかりと装備を整えて、学園のダンジョンへ潜っていた。
迷宮型のダンジョンは、外の気候と比べるといくらかひんやりとしていて、夏場なんかは過ごしやすい。
代わりと言っては何だが、ちょっとばかりカビと埃の匂いがするのだけど。
まぁ臭いに関しては、魔物を殺すと自動的にそちらで上書きされてしまうので、気にするほどのことではない。そもそもダンジョンに快適な環境を求めるのが間違っているのだけれど。
アウダス先輩はダンジョン慣れしているわけではないから、罠がありそうな場所は俺が先行する。代わりに魔物が出てくれば最前線は先輩にお任せだ。
俺とクルーブは後ろで固定砲台と化す。
一切の敵を後ろに通さないアウダス先輩がいると、それだけで探索効率が爆上がりだった。ダンジョンの特徴や罠についてレクチャーしながらでも十分におつりがくる。
バランスのいい探索者《シーカー》チームって本来こういうものなんだろうなあ。
俺やクルーブのように、一人で戦うことを前提と考えている人の方が珍しいのだ。
何かこじらせていない限りそうはならない。
ちなみにこれは俺のことではなくクルーブのことを指している。
俺の場合は元々身を守るすべを手にするために、実戦を求めてダンジョンに潜っているだけだから例外なのだ。
そういえばアウダス先輩は訓練場では普通のロングソードを使っていたのだが、実戦では2mはあろうかというツヴァイハンダーを振り回し始めた。
攻撃を形容する言葉としてよく炎が使われるが、まさに先輩の攻勢は烈火のごとくだった。ぶん回す癖に戻しが早すぎて付け入るスキがない。
その有効射程はいつも以上に広く、味方にいれば非常に頼りになる存在だった。
そりゃあ訓練場でこんな武器を振り回すわけにはいかないだろう。本気を出していなかったように見えたのも納得である。
突っ込んでくるミノタウロスの分厚い体を唐竹割にしたときは思わず感嘆の声が漏れた。
特に怪我も不調もなく、前回引き返した4階層と5階層の間までたどり着いた。
時間はおそらくまだ夕方にも差し掛かっていない。
地面にごろりと仰向けに転がりリラックスしたクルーブに習って、俺も壁に寄りかかって座る。
クルーブほど本気で休む気にはなれないが、ここが安全なことはよくわかっている。気を張ってたったままでいるのはアウダス先輩だけだ。
性分なのか、安全エリアと分かっていても休む気にはならないらしい。
「いや、実際大したものだよね。探索者《シーカー》としてやって行く気ない?」
「お誘いはありがたいですが、騎士になると決めています」
相変わらずの童顔であるクルーブとアウダス先輩を見比べると、どう見ても後者が年上だ。寝転がっているクルーブに敬語を使っている姿を見ると、すでに貴族のボンボンと真面目な騎士のやり取りのように見えてくる。
先輩はともかく、クルーブはもうちょっと緊張感を持て。
「残念。あいつが強かったから、中々満足いく前衛って見つかんないんだよなぁ……」
ぼやくクルーブが思い出しているのは、きっとスバリのことなのだろう。
先輩とは違って正統派ではなかったけれど、クルーブが認めているのだからさぞかし優秀な探索者だったに違いない。
しばしの休憩を挟んで「よっ」という掛け声とともに、上着をはためかせ華麗に、無駄にカロリーを消費しそうな動きで立ち上がったクルーブは、首のストレッチをしながら下りの階段を見る。
「さて、こっから先は墳墓型のダンジョンになるから。5階にいるのは血吸い蝙蝠と、スケルトンね。どちらももろいけど、数が多い。スケルトンに関しては、骨を砕かない限りしばらくすると勝手に組み合わさるから気を付けて」
「めんどくさそうですね。動きが早くないなら露払いだけして無視した方がいいのでは?」
クルーブは肩を竦めると面倒くさそうに答える。
「それがそうもいかないんだよねぇ。この階からボスみたいなのが出るんだけどさぁ、5階のボスはでかいスケルトンなわけ。この階で無事だったスケルトンの骨の数だけ巨大になるっていうから、ある程度処理しないと後ででかいのを処理することになる」
「あー……、じゃあ処理しないとダメですね」
「……倒すのは構わないが、無視して先に進むこともできるのでは?」
これまでもボスが出るようなダンジョンに潜ったことがある俺は、納得できたが、アウダス先輩は素直に疑問を持ったらしい。初めてボスがいるダンジョンに潜った時、俺も同じように思った。
「それがねー……、ボス倒さないと扉があかないんだよねぇ」
「なるほど」
案外意地悪にできているのだ、ダンジョン。
「ってことで、墳墓攻略、気合入れて行くよぉ。迷宮型と違って罠は気にしないでいいから、アウダス君はガンガン前でて」
「承知した」
絶妙に気合いの入らない掛け声の後に、それでもクルーブは的確に指示を出していく。初めてのエリアだけれどクルーブが一緒ならば、それほど心配をする必要もないだろう。
地下五階では俺とアウダス先輩がメインとなって戦う。
地上の敵を先輩が薙ぎ払い、飛んでくる蝙蝠を俺が撃ち落とす形だ。
ではクルーブが何をしているかというと、あちこちを観察し、記憶をする係だ。
ダンジョンの内部というのは、基本的に地形があまり変わらない。
一度しっかりマッピングを済ませてしまえば、比較的安全に探索できるのだ。
この墳墓型のダンジョンは、壁で仕切られていないせいでどこまでがダンジョンなのか分かりにくい。墓のど真ん中にぽっかりと湧いてしまったような状態だが、クルーブは迷うことなく行く先を指示した。
階段からまっすぐ正面に向かって進めばとりあえず次の階段にたどり着くらしい。
これはクルーブが探索した成果ではなく、かつてルドックス先生たちが残した資料に従っているだけだそうだ。かなり昔の資料になるから、改めてクルーブの目から見て資料に間違いがないかの確認をしているらしい。
しばらく進み襲撃が一段落したところで、クルーブが後ろを振り返りながら呟く。
「これ、進路以外のスケルトンも全部倒したら、すっごいしょぼいボスが出てくるんじゃない?」
振り返ると遠くに俺たちに気づいてないスケルトンが歩き回っているのが見える。
確かにそれは試してみる価値がありそうだ。
「やってみます?」
「いける?」
クルーブに頷き、俺は剣をしまい、両手を前へ突き出した。
杖や剣のような魔法を発動するために使用する媒介は、主にコントロールや出力を上げるために使用するものだ。
俺の場合これらの道具は、コントロールを上げるためにのみ使用している。
相変わらず杖がない場合、魔法の制御に関してはやや難があるのだ。だからかなり手加減をした魔法しか使えなくなるし、発動も少しばかり遅くなる。
逆に言えば、俺が遠慮をしなくていい相手に魔法を使うのであれば、媒介なんてない方がいい。
体の正面に発生した砂ぼこりはやがて竜巻へと変わり、墓石と俺が加えた瓦礫たちを体の中に飲み込んで大きくなっていく。
「その魔法名前つけたの?」
地面をはい回りながら全てを飲み込んでいくそれを見上げながら、クルーブに尋ねられるが、名前を付けるほどの魔法ではない。あれで第六階梯を名乗るのはおこがましい。
「つけてないです。ただ第三階梯の風塵に瓦礫を加えただけの魔法ですから」
「規模がさぁ……、ま、いいか」
俺の放った風塵プラスアルファは、やがてうろつく骨たちを巻き込み瓦礫とシェイクして引き潰していく。魔法比べをしたときにヒューズが使った風這天焦《ふうぼうてんしょう》にかなり近い魔法だけれど、あの魔法は炎の制御が必須だ。
この魔法よりもさらに高度な魔法であることは間違いない。
俺が得意とするのは、ただでたらめに規模と威力を上げただけの魔法である。
初めて魔法を習った頃、ルドックス先生が俺は第一階梯を極めるだけで強いと言ってくれた。
俺の戦うための魔法は派手でなくていい。
地味でいて効果的であればそれでいいのだ。
風這天焦《ふうぼうてんしょう》よりもおそらく圧倒的に制御が楽で、それでいて威力はそう変わらない。
時折竜巻の中から瓦礫が飛んできて味方にも被害が出るので、使いどころは限られているけれど、この人数だったら飛んできたときは撃ち落とせばいいだけなので問題はなかった。
「無茶苦茶だな」
「何がです?」
経過を見守っていると、後ろに控えたアウダス先輩がぽつりとつぶやく。
「これだけの魔法を使って平気な顔をしていられるのならば、剣の訓練など必要ないのではないか?」
「何を言ってるんですか。ふいに近付かれたときに戦えないと簡単に殺されてしまうでしょう。魔法使いなら安全な場所から攻撃すれば、一方的に相手を殺せるのは当たり前です」
「お前はいったい何と戦おうとしているんだ……」
「何って……、暗殺者とか……、なんかすごい勇者とか……」
「魔王か何かなのか?」
「まさか、そんな大層なものじゃないですよ」
じゃなくたって、悪役って討伐されるものなんですよ。
備えあれば患いなし。
大切な家族のことを思えば、これくらいは朝飯前でできないと困るというものだ。
「ルーサーってさぁ、昔からこうなんだよね。心配性なのか、妄想がいき過ぎてるのか知らないけどさぁ」
「前から変な奴だと思っていたけど、本当に変な奴だな」
「何ですか二人して。有事に備えるのは貴族として当然のことでしょう」
「僕はやり過ぎだと思うんだけどなぁ……、貴族って意味わかんないよね」
「いや……、貴族にしても普通ではないと思うが……」
喋りながらも飛んできた瓦礫や骨の欠片を、撃ち落としたり風のシールドではじいたりしてるうちに、後方でうろつくスケルトンたちの数は減っていく。飛んでいく瓦礫もあちこちのスケルトンを勝手に破壊するから、この魔法、実に効率がいい。
ついでに地面も掘り返されたようにぐしゃぐしゃになっているが、どうせダンジョンは魔物が復活するタイミングでフィールドも元に戻るので特に問題はない。
「ま、無駄無駄、言っても聞かないもん」
「なるほど」
俺がぐいーんと風塵の進行方向をコントロールしている間に、二人は何やら呆れたように会話をして、正面からやってくるスケルトンと吸血蝙蝠を撃ち落とし始めた。
まるで聞き分けの悪い奴のように言われるのは心外だ。
いい年こいて『もん』とか言っている男に言われたくないけどね。