たぶん悪役貴族の俺が、天寿をまっとうするためにできること   作:嶋野夕陽

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イレイン
イレインお嬢様


 俺がすっかり気絶しなくなってから一年。

 父上と訓練するとき以外は相変わらずあまり外へ出ることがないのは、単純に母上がまだ許可してくれないからに他ならない。

 狭量だというなかれ。要人の息子である5歳児を街に出すとなると、それなりの準備が必要だ。

 「もう少し大きくなってからにしましょう?」と言われると、俺としても頷くしかないわけである。早いうちに世間を知っておきたい気持ちもあったんだけど、そこで焦る必要もないかなって。

 

 結構本気で2人に申し訳ないことをしたって思ってるから、これ以上心配かけたくないし。

 あと母上は最近お腹が大きくなってきたから余計に。

 父上みたいに丸くなったんじゃないよ。単純に弟か妹ができるってだけ。

 

 父上は球体からかなり人型に戻ってきていて、表情が見えるようになってきたし、いいことづくめだ。

 ちなみに俺の方はいまだに一度も父上の体をかすったことすらないし、走り込みで父上より長く走れたこともない。俺の体力がついて上達するほど、父上が瘦せて元の力を取り戻していくので、差は縮まるどころか開く一方である。

 

 結構頻繁に才能がないんじゃないかって自分を疑いたくなるんだけれど、その都度ミーシャに励ましてもらって頑張ってる。ほんとにいい子なんだよ、ミーシャ。余計なお世話かもしれないけど、俺が自由に動けるようになった頃にまだ相手がいなかったらちゃんといい人探してあげたい。

 

 

 そんな感じで平和な毎日を過ごしているのだけれど、今日はちょっと母上が変な感じだ。妙にそわそわしていて、何か俺に言いたげな顔をしている。

 せかすのも悪いかと思って様子をしばらく見ていたのだけれど、母上付きのメイドさんから幾度か目配せをされて、これは尋ねたほうがいいのだなとようやく気付いた。

 

「母上、何か気になることでもありますか?」

「あら、わかってしまうかしら……。恥ずかしいわ」

 

 わかります。

 去年のことがあってから、母上と父上のことはよく観察させてもらったので。

 

「実はね、今度うちに女の子がやってくることになってるの。ルーサーと同い年の子なんだけれど、仲良くしてあげてもらえるかしら?」

「ええ、構いませんけれど……。どちらの方なんですか?」

「セラーズ家と長い付き合いがある、ウォーレン伯爵家のご令嬢よ? 私の妊娠のお祝いに、家族ぐるみで来てくださるの」

 

 伯爵家同士の家族全体での交流って、結構大事なんじゃないのか?

 互いに気軽に行き来していい身分ではないだろうし、派閥とか色々あるだろうし。

 それに父上は財務大臣だ。気軽にその辺りと交流して妙な難癖付けられたりしないのだろうか。

 

「それは……パーティとかを開くということでしょうか?」

「いいえ、そうではないの。ウォーレン家のご夫婦とは、私たちが学生時代の頃からの友人なの。だから公のことではなくて、個人間の交流に過ぎないわ。ルーサーはご令嬢のイレインさんと仲良くしてくれたらそれでいいの」

 

 あー、友達。

 もしかして俺の病気とか、父上と母上の仲違いの状況とか、父上の仕事の忙しさで長いこと交流できてなかった、みたいな話かな。

 俺が知らないだけで本当に仲がいいのかもしれない。

 

 まぁそう言うことなら俺も一肌脱ごう。

 幼い子供相手をするって考えるとちょっと憂鬱だけど、せいぜい数日のことだろう。折角だから昔読んだ絵本でも引っ張り出してきて読み聞かせてやったら喜ぶかもしれない。

 俺が5歳の頃って、どんなことしてたかな。

 田んぼの周りを走り回って虫とか捕まえてた気がする。ちなみに女子にはめっちゃ嫌がられてた覚えがある。嫌がられるのが楽しくて、追いかけまわしてた記憶がある。

 しっかり糞ガキだったな、俺。

 

 気を付けよう。

 折角王子様っぽい見た目してるし、それらしい言動をするように心がければいい。相手も身分あるお嬢様だし、嫌われたら後々絶対めんどくさいことになる。

 あー、でも、だからと言ってあまり好かれ過ぎるのもなぁ……。

 さて、どうしたもんかな。

 

 

 

 

「ミーシャ、俺くらいの年の女の子ってどんなことが好き?」

 

 勉強系や剣術以外の知識を手に入れたいとき、俺はたいていとりあえずミーシャに聞いてみる。ミーシャは幼いころから街を出歩いたり、偉いお貴族様に会ってちゃんといい子にしていたりと、意外と経験が豊からしい。

 学問的なことを学ぶ機会はなかったけれど、その分貴族社会で生きていくための知識や、ちょっとした雑学なんかの知識は豊富だ。

 

「イレインお嬢様のことですか?」

「うん、まぁ、そう」

「どうでしょう? 普通はお人形遊びをしたり、ごっこ遊びをされるものですが……。ルーサー様を見ていると、本当にそうだったかなと疑いたくなるんですよね」

 

 俺を基準に考えるのはやめてほしい。

 一応前世を足すと、ミーシャよりかなり年上だからね。

 

「聞いた話によると、イレインお嬢様もかなり聡明な方だそうですよ? 巷ではルーサー様と同じように神童と呼ばれているとか」

「……ん? なにそれ?」

 

 神童なんて聞いたことないぞ。

 誰がどこでそんな話をしてるんだ。

 

「あ、いえ、今のは忘れてください」

 

 口が滑った自覚があるのだろう。ミーシャが目を伏せて頭を下げる。

 別に悪いうわさじゃないからそんなに隠す必要もないと思うんだけど……。

 

「聞かなかったことにしてもいいんだけど、その噂ってどこが出所なの?」

 

 俺は外に出ることがないから、噂の元となるのは屋敷のだれかしかない。貴族の子供だからいいうわさを流すくらいするのかもしれないけれど、噂ばかり先行して後でがっかりされてもちょっと嫌かもな。

 

「あの、秘密なんですが……。アイリス様とオルカ様が、お外で会った方に色々とご自慢されているそうで……」

「あー……」

「あまり褒めすぎるのも教育に悪いから、と言われていたのですが……。ルーサー様なら大丈夫ですよね?」

「うん、まぁ、頑張るよ」

 

 天狗になりたい気持ちはあるんだけど、魔法ではルドックス先生の繊細さにはまだまだかなわないし、剣術は知っての通り父上にかすりもしない程度の実力だ。

 鼻が伸びる暇なんてあるわけがない。

 

「……楽しみですね、イレインお嬢様がいらっしゃるのが」

「そうだね、楽しみ、かな?」

 

 神童ねぇ。

 そうは言っても相手も5歳児だし、多分大したことはないだろう。

 あまりハードルを上げ過ぎてがっかりした顔を見せたくもないし、できるだけフラットに、偏見無しでイレインお嬢様を迎え入れてあげることにしようかな。

 

 

 やってきました来客当日。

 なんとタイまで締めた正装で、ウォーレン家の皆さんをお出迎えするらしい。

 旧友を迎えるだけでちゃんとしなきゃいけないの、貴族って面倒だよなぁ。

 

 一際豪華な馬車の中から、ぬっとあらわれた男性は一目で武闘派と分かるような容姿をしていた。

 グレーの髪をぴったりとなでつけオールバック。鋭い目つきをして、笑っているつもりらしい唇の形をしているが、左側しか持ち上がっていないせいで酷薄そうに見える。

 極めつけに左目には眼帯だ。

 

 悪そうな軍人さん描いてーっていったら、特徴の7割くらいは一致しそうな御仁だった。

 

 父上とどっちが悪そうかって聞かれたら、今はあちらに軍配が上がりそうだ。この間までの球体だったらいい勝負だったけどね。

 

「久しいな、オルカ」

「元気そうでなによりだ、プラック」

 

 二人は歩み寄って男らしいハグを交わした。BとかLとかっぽさはまるでない。互いに背中を叩いて再会を喜んでいるように見える。

 

「この、随分と丸くなりやがって」

「これでも最近は少しやせたんだぞ」

「ははは、何の冗談だ? それ以上太ったら人じゃなくて球だぞ! 転がった方が速く動けるようになっちまう」

 

 冗談じゃありません。この間まで球でした。

 本当に仲がいいんだろう。父上の言葉も少し崩れていて、いつもより若々しく見えた。

 

 おつきの人々がうちの使用人たちとせわしく情報をやり取りする中、家族同士の心温まる交流は続く。

 いつの間にか母上に手を取られた俺は、そのままあちらの奥様の前へと連れていかれた。めちゃくちゃグラマラスな美女だ。歩くたびにおっぱいが揺れている。

 

「あら、元気そうじゃない」

 

 厚めの唇が開くと、これまた何か企んでそうな微笑をたたえて夫人が言った。

 

「ええ、元気よ。ローナ、見て! この子がルーサーよ」

「挨拶の前に息子の紹介? 相変わらずね、あなた」

「お目にかかれて光栄です、ウォーレン夫人。いらっしゃるのを楽しみにしておりました」

 

 上流階級の挨拶なんてさっぱりわからないけど、こうしたらいいと言われたことをとりあえずそのままやっておいた。5歳児なら許されるでしょ。そろそろ礼儀作法の勉強もしないといけないのかなぁ、めんどくさいなぁ。

 

「聞いていた通り聡明そうね。イレイン、挨拶なさい」

 

 夫人に促されてすぐ横で澄ました顔で目を伏せていた少女が、初めて俺と目を合わせた。

 あー、美少女だね、お人形さんみたい。

 パーツがどことなく両親に似ていて、将来迫力のある美人になること間違いなしだ。

 父親譲りのグレー、というよりも銀色に近い髪はやんわりとウェーブがかかっている。目つきの鋭さは父親譲り、バッシバシのまつげと紫色の瞳は母親譲りかな。

 

 ふんわりとしたスカートを指でつまんだイレインお嬢様は、それらしい所作で頭を下げてから口を開く。

 

「イレイン=ウォーレンですわ、お会いできるのを楽しみにしておりました」

 

 ……5歳児のスマートさじゃねぇな。

 いや、俺が覚えてないだけで、普通の5歳児ってこんなもんなのかな?

 だとしたら俺、神童としてやっていける自信ないよ?

 

「イレインさんもしっかりしてるわね」

 

 母上の言葉『でもうちのルーサーの方が』という副音声が聞こえてくる。やめて母上恥ずかしい。ウォーレン夫人笑ってるからね、さっきから。多分その副音声、あの人にも聞こえてるよ。

 

 ほどなくして大人同士の話が始まると、子供は蚊帳の外に置かれることになる。神童だなんだとか言われてようと、政治の話やお金の話などに交ざる権利はさすがにない。

 

 屋敷の中に入って座ってもそれは同じだった。

 黙って座っているのも仕事の内と思ってニコニコしていたが、いい加減表情筋が疲れてきた。

 一時間もした頃、ようやく世間話に一区切りついたのか、ウォーレン伯爵が俺に目を向けた。

 

「おっと、随分と静かにしているから君がいるのを忘れていた。大人の話は退屈だろう?」

「いえ、大人になったみたいで楽しいです」

 

 本当は退屈です。昔話を聞くのはちょっと面白かったけど。

 

「ははは、なるほど。しかしうちのイレインはそうではないようだ。悪いのだが、屋敷の中を案内して、一緒に遊んでやってもらえないだろうか?」

「はい、わかりました」

 

 イレイン嬢ずっと虚空を見つめて静かにしてるから、退屈してるのかしてないのかわかんないんだよな。しょっちゅう座り直したり、きょろきょろしたりしてる俺の方がよっぽど子供っぽい。

 

「うん、いい返事だ。ルーサー君は魔法も剣術も得意なんだろう? イレインは女の子だから、何かあったら君が守ってやってくれよ?」

「はい!」

 

 屋敷の中で危険はないけれど、偉い人の言うことはとりあえず元気よく返事をするものだ。

 『子供は子供で遊んできなさい』は、意訳すると『大人にしか聞かせられない話があるから出てけ』である。というわけでミーシャを引き連れて俺は退散しますよ。

 

 立ち上がってイレイン嬢の元へ向かい、手を差し伸べる。

 エスコートするときはそうするんですよ、とミーシャに口を酸っぱくして言われていたからだ。

 

「屋敷を案内します、お手をどうぞ」

 

 イレイン嬢は無言で俺の手の上に小さな手をそっと重ねる。

 ぎりぎり触れるか触れないかくらいの重ね方だったけれど、俺はそっとその手を包んで一緒に廊下に出ることにした。

 

 手を握ったとき、一瞬不満そうな顔したの、俺、見逃してないからな。

 ちょっとショック。

 

 

 

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