たぶん悪役貴族の俺が、天寿をまっとうするためにできること   作:嶋野夕陽

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変わらぬ性質

 5階へ降りると開けた空間が広がる。

 古びた墓地が時に倒れており、あちこちに武器を持った骨がさまよっていた。

 二人が扉をくぐると目のない視線が一斉に向けられる。

 迫りくる骨の群れを、アルフレッドが切り込んで道を作っていき、足を引きずりながらレーガンがそのあとに続く。レーガンの実力は確かなもので、自衛だけではなくアルフレッドの身に迫る危険をすべて的確に排除していく。

 アルフレッド自身、多少無茶をしてもカバーしてもらえるとわかっているからこその突貫だ。目的は大勢の弱い敵と対峙することではなく、乗り越えなければならない強敵を探すことだから、この進み方が一番効率が良かった。

 

「数が多いな」

「でも弱い」

 

 墳墓に来てからの敵は質より量といった感じになってきている。

 この調子だとフィールドが広くなっただけで、大した訓練になりそうにない。

 

「正面にまっすぐ進んでいくと、巨大なスケルトンが現れるそうだ。その骨の硬度は鉄にも匹敵するほどで、退治には苦労するだろう。それほど恐ろしい敵だとは聞いていないが、どうしても無理なら撤退も考えてくれ」

「…………わかった」

 

 いつだって自分より強い相手に、死ぬような思いでかじりついて成長を続けてきたアルフレッドは、強くなりたい癖に軟なことを言うなと思いながら返事をする。

 間違ったことは言ってないけれど、また反発心が心の奥底から湧き上がってくる。

 アルフレッドには嫌いなものがたくさんある。

 それがつい反発心として表に出てきてしまう。

 大人、自分より強いやつ、自分勝手なやつ、弱いくせに偉そうなやつ。生き汚くて馬鹿で大事な友人を殺してしまうようなやつなんて特に大嫌いだった。

 どこかで死んでしまえばいいと思う反面、どうしても勇者にならなきゃいけないとも思う。

 自分の身を犠牲にしてでも誰かを助けられるような人が、アルフレッドの理想だ。

 だからこそ自分の都合ばかり優先している自分も嫌いだし、隣で戦うレーガンにもあまり好感はもてない。

 

 『私たちは似た者同士なのかもしれない』

 

 レーガンの言葉は自己矛盾だらけでわき目もふらずに走っているアルフレッドの胸にしっかりと突き刺さっていた。

 そうだと思いながら、そうじゃなければよかったのにと思う。

 

 八つ当たりの様に振られた剣がスケルトンを破壊し、かけらを踏みつけながらアルフレッドは走る。

 こんなのが相手では成長もできない。

 

 そうしてたどり着いたボス部屋には、確かに巨大なスケルトンが待ち受けていた。

 真っ黒な骨で構成されたスケルトンは身の丈9メートルはあろうかという巨体で二人を見下ろす。

 大きいというのはそれだけでアドバンテージだ。

 鈍重そうな体がごとりと動き、他のスケルトンと同じく真っ黒な眼孔がアルフレッドを捉えた。

 

 ギャルルと、何か硬いものがこすれると音がして腕が振るわれる。

 普通の人間の構造とは違って、骨のつぎはぎで作られた腕は、想定の数倍長い射程を持っていた。そして見た目に反して素早いその動きは、鞭のような軌道をもって、アルフレッドの意識のはざまを突いた。

 回避しなければならない一撃。

 しかし間に合わないことを悟ったアルフレッドは、何とか防御体制を取ったが、同時に自分の死を悟った。

 空気を切る音はボススケルトンの十分な質量と速度を示している。

 冷静に考えて受け止めていい攻撃ではない。

 つぶれたトマトのように壁にたたきつけられることを確信したアルフレッドが覚えた感情は、恐怖。それから、僅かな安堵だった。

 

「ボーっとするな!」

 

 思わぬ方向から衝撃が走り、備えていたからだが突き飛ばされる。

 身震いするような風切り音が体の上を通過。

 突き飛ばされながらも目を開けていたアルフレッドが見たものは、ボススケルトンの指先がかすり、駒のように回転しながら飛んでいくレーガンの姿だった。

 

 ボススケルトンの腕は通過した先の壁に突き刺さり、間抜けな動きで手を引き抜こうともがいている。

 立ち上がったアルフレッドは、即座にレーガンに駆け寄りながら叫んだ。

 

「何してんだよ!!」

 

 もううんざりだった。

 自分の周りで人が死ぬのは嫌だった。

 嫌いな奴だとか好きな奴だとか、そんなのどうでも良くて、自分が無力なせいで人を殺してしまうことが心の底から嫌だった。

 

「……逃げろ」

 

 引きずっていたレーガンの左足も、今はもうまともな形を残していなかった。

 ただ地面に血の海を作るばかりである。

 アルフレッドはすぐさま自分のズボンを剣で割いて、レーガンの足に巻き付けて出血を止める。

 

「あんた強くなるんじゃなかったのかよ! 俺のことなんか助けてんじゃねぇよ!」

「……お前が死んだら、どうせ私は足を治してもらえないだろう。助けきれなかった私が悪いんだ。お前まで死ぬことはない、逃げるんだ」

「うるせぇ! 黙れ! 死ぬな!」

 

 こんなはずじゃなかった。

 多少無茶をしたところで、自分の方が弱いのだから、死ぬのは自分だけのはずだった。足手まといの自分さえ死んでいれば、レーガンの方が強いのだから逃げられるに決まっているのだから。

 

「違う、こんなの違う! 死ぬな、絶対死ぬな! 俺の前でみんな勝手に死ぬな!!」

 

 ボコりと腕が抜けて、暗い眼光が再び二人を捉える。

 囮になるように前へ飛び出していくアルフレッドを見て、レーガンは二人とも助からないであろうことを悟った。

 半分目を閉じてその姿を見送っていると、アルフレッドの体がほのかに光る。

 レーガンはいよいよ目も駄目になったかと自嘲の笑みを浮かべた。思いのほか早かったなと、ぼんやりと見つめていると、その光はますます強くなっていく。

 

 振られる巨大な骨の手。

 アルフレッドが懐に入っていったせいで、その勢いは先の一撃ほどではない。

 それでもたった13歳の子供一人ひねりつぶすのには十分な威力があるように思われた。

 

 悲しみなのか怒りなのか、よくわからない慟哭と共に振り下ろされたアルフレッドの一撃が骨の手を迎え撃つ。

 光が爆ぜた。

 骨の手が爆発したようにはじかれ、アルフレッドの体も反対側へと転がっていく。

 どちらもすぐに立ち直り、再度接触。

 同様に光の爆発。

 

「なんだこれは……、夢なのか……?」

 

 繰り返される理解しがたい光景に、レーガンは咳き込みながら呟いた。

 

 ありえない光景を目の当たりにしたレーガンだったが、アルフレッドが巨大なスケルトンの攻撃を再び凌いだのを見て叫ぶ。

 

「逃げろ!」

「嫌だ!」

「どうせ俺は死ぬ、早く逃げろ!」

「うるせぇ、死ぬな!」

 

 レーガンは謎の覚醒を見ても、頑張れとか、場合によっては助かるのではないかという希望を抱かなかった。

 その力を持ってもなお、アルフレッドが巨大なスケルトンを討伐する未来が見えなかったからだ。

 力に振り回されている。

 一撃を凌ぐたびに、アルフレッドの体に負荷がかかり、骨が軋んでいるのがわかった。

 それでも今ならばまだ生きて逃げられる。

 レーガンを見捨てれば、アルフレッドは逃げることができるのだ。

 

 レーガンだって勇者の話は知っている。

 もしアルフレッドが本当に勇者なのだとしたら、少なくとも自分のために落としていい命ではないと考えたのだ。

 それでも頑なに逃げ出そうとしないアルフレッドに、レーガンは仕方なく、腕に力を込めて這いずるようにして自身の体を撤退させることにした。

 戦いに加わることはできない。

 ならばレーガンのできることは、退避して安全を確保することで、アルフレッドに撤退という選択肢を与えることくらいだ。

 あの謎の力が、自分を生かすために発揮されているのだとすれば……。そんな思考が、レーガンから自害の選択肢も奪っていた。

 

 どうやら転がされた拍子に肩が外れてしまったようで、右の手には力が入らない。左腕一本で鍛えぬいた重たい体をずるずると引きずって撤退を続ける。

 振り返って確認せずとも、剣と骨がぶつかり合う音が聞こえているうちは、アルフレッドも生きているということだ。

 あまりの情けなさに思わず涙と鼻水がこぼれ落ちたが、レーガンにそれを拭う術はなかった。

 

 元々致命的な傷を受けていたレーガンは、這いずりの途中で時折意識を飛ばす。しかし、目が覚めるたび、まだ戦いの音が聞こえてきて、まだ自分も休むわけには行かないと、気力だけでまた動き出す。

 どんな理屈なのか、巨大なスケルトンが出た時点でこの階層のすべての魔物が消え失せたおかげで、レーガンはかろうじて命を繋いでいる状況だ。

 もはや幾度も意識を失ったレーガンには、あれからどれだけの時間が経ったのかわからなくなっていた。

 まだアルフレッドは生きている。

 ならまだ自分も逃げなければいけない。

 口の中にある砂利だか歯のかけらだかわからないものを吐き出して、レーガンがまた這いずり出した時、頭上から声が降ってきた。

 

「先生、この怪我は……!」

 

 ほんの少しだけ顔を上げると、どうやらレーガンは這いずったまま5階の入り口までやってきていたことがわかった。

 レーガンの視界に入ってきたのは三人六本の足。

 

「アルフレッド、が……」

「くそ、あの馬鹿……!」

 

 その中でも一番小さいものが何か毒づいて走り出す。

 

「ちょっと待ちなよ! あぁ、もう!」

 

 続いて聞き馴染みのある声。

 話し方には焦りが見られるが、それは同僚であるクルーブの声であった。

 つまり、レーガンとアルフレッドが勝手に遺跡に潜っていたことがバレたのだ。とんでもないことだと冷や汗を垂らすべきことであるはずなのに、レーガンは少しだけホッとしていた。

 大きな影がしゃがみ込み、緩みかけていた止血のための布を再び強く締め直す。声を上げることも辛くなっていたレーガンは激しい痛みにもわずかに呻いただけであった。

 

「レーガン先生、いいですか、話を聞きたいので絶対に死なないでください」

 

 膝をついて顔を掴み目を合わせてきたのは、瞳に怒りと悲しみが混ざり合ったようななにかを宿したアウダスである。すぐに2人を追いかけて足音が走り去る。

 レーガンはぼやけた視界の中で、まっすぐなあの男らしいなと場違いなことを考えながら、また意識を失った。

 

***

 

 

 意味がわからない。

 まともに対応していれば、あの2人なら5階はなんとかなったはずだ。

 万が一のこともあると思って、クルーブとアウダス先輩が合流するのを待って急いでやってきたけれど、まさかレーガン先生があそこまで酷い怪我を負っているとは思わなかった。

 頭の中が真っ白だ。

 実力のある先生があれでは、アルフレッドは、と思ったが、どうやら何かが巨大なスケルトンと戦っている。

 レーガン先生の服についた血は、ところどころ乾きかけていた。つまり、あのスケルトンを長時間相手している誰かがいるってことだ。

 

 混乱しながらの現状の把握に努めていると、レーガン先生が途切れ途切れの小さな声でアルフレッドの名前を呼んだ。

 

 直感的にわかってしまう。

 なんだか知らないが、きっとあそこで戦っているのはアルフレッドだ。

 自然と口から言葉が漏れて足が動き出していた。

 自分でもよくわからないくらい、いつの間にかだった。

 

 馬鹿でどうしようもなく勝手だけど、アルフレッドはまだまだ子供だし、死んでいいと思えるほど嫌なやつじゃない。

 また首を突っ込んで死ぬのかと、頭の中の冷静な俺が呆れた声を出した。ぼやけたネオンを眺めたまま冷たくなった俺は、次こそ天寿をまっとうして死ぬつもりだった。

 今だってそのつもりだ。

 大事なものができたし、まだまだやりたいことだってある。

 

 駆けつけたところにいたのは、満身創痍で床に転がったアルフレッドだった。間に合わなかったのかって思ったけれど、アルフレッドはふらつきながらも両膝を地面に突き立ちあがろうとする。

 そこへ巨大なスケルトンがカラカラと歯を打ち合わせて音を立てながら、巨大な腕を振り下ろす。

 

 自分の身を盾にすれば逃すことができるか。

 間に合うか微妙なところだ。

 ミスったら死ぬ。

 『死んでも馬鹿が治らないのか?』って頭の中で前世の俺がヘラヘラ笑った。

 

 でも今この瞬間。

 カッとなっている俺の体はもう動き出していたし、頭の中では今の俺が、賢ぶって格好つけてる昔の俺に向かって『それどころじゃねぇんだよ』って怒鳴りつけていた。

 

 

 

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