たぶん悪役貴族の俺が、天寿をまっとうするためにできること 作:嶋野夕陽
どう見たって俺が以前戦った巨大スケルトンとは大きさが段違いだ。腕が風を切る音も重く、その威力は計り知れない。
最低限の威力なんて計算ができる訳ないから、今俺ができる出力を出し切って、第一階梯の礫弾を準備。
ちょうどアルフレッドくんと巨大スケルトンの手のひらの間に体を滑り込ませたタイミングで、特大の岩の塊を射出した。
威力が足りなきゃ俺ごと潰れることになるけど、俺にはそうはならないだろうという確信があった。
短い時間で準備したにしては、圧倒的なデカさ。
射出速度も十分なそれは、砕けながらも巨大スケルトンの腕を押し返し、そのまま壁に突き刺さった。
ほぼ初めての全力。
愛用の剣でもなければ、杖を使ったわけでもないから大味になったけれど、それでも予想外の威力だった。
ルドックス先生をして、第一階梯を極めるだけで強いと言わしめた俺の魔力は伊達ではない。俺はその言葉を脳内でリフレインさせながら、クルーブにも内緒で、第一階梯魔法の練習を積み上げ続けてきたのだ。
努力は無駄ではなかったらしい。
危機がさったところで剣を片手に、左手に杖を滑り落とす。先ほど借りた剣を使って魔法を使ったのは、攻撃の威力を受け止めきれない時に、剣で受け止めるためだ。
よく考えたら最初から杖を使っていた方が、大きさや射出速度を上げられて良かったような気がする。
俺も少しばかり気が動転していたので、それくらいは許して欲しいところだ。次は気をつけよう。
まだ片手が残っているのに、磔にされた腕の方がどうしても気になるのか、巨大なスケルトンは一生懸命壁から手を引き抜こうとしていた。
俺が倒したやつよりデカくて硬くて強そうだけど、所詮は技術や戦術といった脳のないスケルトンである。
こちらの警戒もせずに蠢いている巨大スケルトンに向けて、俺はド級の礫弾をいくつも用意していく。
スマートに勝利する必要なんてない。
質量には質量を。
脳のない相手には、それなりの魔法をぶつけてやればいい。
やつの頭蓋骨ほどある巨大な岩をいくつも用意した俺は、それを全力で射出。空気を裂き、やや赤く熱を帯びた岩は、砕けながらも巨大スケルトンの頭蓋骨を壁にめり込ませていく。
スケルトンは頭蓋骨さえ砕いて仕舞えば活動を停止する。
随分と硬いようだが、硬いのならば壊れるまで射出を続ければいいだけの話だ。十数発叩き込んで、ヒビが入り、続く一撃がめり込みかけていた岩を押し込み、そのまま頭蓋骨がパカリと割れた。
念の為もう数発続け様に礫弾を放ってから、杖の先端を向けたまましばし様子見。たっぷり十数秒、再び動き出さないことを確認して、俺はようやく杖を下ろした。
と、そこまでやって、急に体の力が抜けた。
心臓が早鐘を打っているのは、全力疾走してきたせいじゃない。場合によっては死のリスクすらある場所へ、体が勝手に飛び込んでいったことに今更動揺しているからだ。
その場で座り込んで、いつの間にか止めていた息を吐いてすぐに吸い込み、やっとアルフレッドくんの方を見ることができた。
部分的に昔見たスーパーなんとか人みたいになってたけど、果たして無事だろうか。
丸い目をして俺を見ていたアルフレッドと目があって、また一つ体から力が抜けた。
「良かった、生きてるみたいだな」
今度は助けられた。
……今度はってなんだ。
不意に心の中に湧いてきた想いの意味がわからず混乱する。
今度はっていうのはつまり、前は助けられなかったってことで。前ってのはつまり……、多分俺が死んだ時のことなんだろう。
そこまで考えて、ストンと何かが腑に落ちる。
ああ、そうか。
俺、死んだのも辛かったけど、結局無駄死にだったってのも結構辛かったんだな。
気持ちばっかりが先走って、結局何もできなかった無力感がめちゃくちゃ悔しかったんだなぁ。
もしあの時の俺が、今の俺みたいに強かったら、俺もイレインも元の世界で普通に暮らしてたのかもしれない。
……そもそもあいつが変な女引っ掛けてなけりゃそれで済んだ話だけど。
「ルーサー……」
クルーブにしては低めの声が肩越しに聞こえる。
勝手に突っ走ったことを怒っているに違いない。
「すみません。体が勝手に……」
言い訳をしようとしたところで、頭の上にぼすっと手が乗せられて髪の毛を乱暴に掻き回される。
「色々言いたいことあるけどさぁ。とりあえず救出は間に合ったし? 今のうちだけは褒めてあげるよ。やるじゃん、さすが先生と僕の弟子だね」
「まぁ、僕はルドックス先生の最後の弟子ですから」
「今わざと僕の名前省かなかった? 生意気な弟子は、やっぱりこの場で怒って欲しいのかなぁ?」
クルーブの手が撫でるではなく、叩くに移行しつつあるので、冗談を言うのをやめる。
「どうしてもうまくいかなかったらクルーブさんがなんとかしてくれると思ってました」
「ルーサーみたいな規格外じゃないんだから、あまり期待しすぎないでくれる?」
そんなこと言って、俺が弾き返した直後くらいに、魔法が二つ発動されたのを俺は知っている。
それらが俺の想定通りの魔法だったとしたら、多分俺が失敗していたとしても、怪我くらいはしても命までは落とさなかったはずだ。
まさに効率と発動速度を極めているクルーブらしい判断だったと思う。
これだけ褒めておけば大丈夫だろう。
そう思っていた時期が俺にもありました。
なぜかガッチリと頭を両手で掴んだクルーブが、無理やり俺を振り向かせて至近距離で目を合わせてくる。
まつ毛なげー。
「……君は……僕がいなくたって飛び込んでいったんじゃない?」
「……そんなことないですよ?」
整った顔立ちが機嫌悪そうにしていると、迫力があって怖い。
「……本当に」
嘘っぽい追撃をすると、クルーブは俺の頭から手を離してため息をついた。
「ルーサーはもっと自分のことを大切にするべきだ。怪我をするだけで大騒ぎする人がたくさんいるって自覚した方がいいね」
「……すみません」
「今回のことはミーシャに報告するから」
「心配させたくないのでやめてください、お願いします。本当にもうしませんから」
「どうかな、考えとく」
まじでやめてほしい。
自惚じゃないけどな、お前、今の話したらミーシャ泣くぞ。大好きなミーシャが泣いてもいいのか、このやろう。
そんな想いを込めて睨みつけたが、今回のクルーブはクールでまるで効果がなさそうだった。
「なぁ……。助かった。ありがとう……」
隣から声がする。
助かったはずなのに泣きそうで、今にも消え入りそうな声だ。
「……本当に、無事で良かったです」
こりゃあまたごちゃっとした面倒な話になりそうな気配がした。
座り込んだアルフレッドくんを立ち上がらせるために手を差し出す。俺の手を掴んだアルフレッドくんの手は震えていて、握力もほとんどなくなっていた。
俺たちが間に合わなかったら、あと何合耐えられただろう。本当にギリギリまで力を出し切ったんだな。
気が抜けてしまったのか、立ち上がらせてやっても、足が震えていて一歩踏み出すこともままならない。
「大きな怪我はないようですね」
手を掴んで立ち上がることができるんだ。致命傷のようなものは受けていないだろう。あちこちに小さな怪我がたくさんあるから、ここで治してやりたいところだけど……。
「あっ! なぁ、先生は!?」
怪我の具合を見ていると、アルフレッドくんが急に大声を上げた。あたりを見回してレーガン先生がいないことに気づいたらしい。
そうだった。
アルフレッドくんよりもレーガン先生の方がよっぽど重症だ。
「生きてるから大丈夫です。あ、アウダス先輩! 彼を頼みます」
「わかった」
ちょうど追いついて状況がよくわかっていないままのアウダス先輩にアルフレッドくんを押し付けて走り出す。
この場で治癒魔法を十分に使えるのは俺だけだ。のんびりしていないでレーガン先生の元へさっさと戻るべきだった。
全力で魔法を使ったせいで、珍しく体内魔力の減少を感じたけれど、まだまだ底をついた様子はない。
レーガン先生の元へ辿り着くと、仰向けで唇が紫になり始めていた。
やばい。
とりあえず体を横に向けて、背中をバシバシと叩きながら大声で名前を呼ぶ。首を痛めていたり、頭の中に出血があるとやばいけれど、呼吸ができていないのがもっとやばい。
「レーガン先生! 死なないでください! 聞きたいことが山ほどあるんです!」
勘弁してくれ。
俺は目の前で人が死ぬところなんて見たくないぞ。
治癒魔法は瞬間的に怪我が全て治るような万能なものではない。
それでも、体をあるべき正しい姿へと少しずつ戻してくれる魔法だ。ただしそれは相手が生きている場合に限られる。
しばらく叩いていると、レーガン先生が咳と同時に血を吐き出して、苦しげな呼吸を再開する。おそらく肋とか内臓も痛めているから、こんだけ叩かれたら相当な痛みがあるはずだ。
申し訳ないけれどいい気付になったのかもしれない。
先生の体勢を維持するために、背中側に自分の体を入れて支えながら治癒魔法を施す。ここで何もかも治すわけではないが、まずは外に出て落ち着いて治療できるところまで生きていてもらわないと困る。
「いいですか、先生。治癒魔法を使いますが、先生もしっかり生きるつもりで気を強く持ってください」
「…………アルフレッドは、どう、だった?」
「生きています。先生の心配をしています。ですから先生も気をしっかり持って」
「……無理だ。この怪我じゃ、奇跡でも、起きなければ、助から。ない……」
そういってレーガン先生は目を閉じる。
満足そうな顔して、痛みがあるはずなのに安らかな表情で……。
「って、ざけんじゃねぇよ。生きろって言ってんだろ!」
「ぐぉ……っ!」
俺が生かすって言ってんのに、勝手に死のうとしてんじゃねぇよ。背中を拳で殴ってやると、変な声を出してレーガン先生は体を丸めた。
ああ、腹立って涙出てきた、くそ。
「治すって言ってんですよ。勝手なことして勝手に満足したみたいな顔して死なないでください、腹が立つ!」
「……随分と、乱暴だな……、殺す気か」
「ひびが入った骨がちょっと酷くなったって人間は死なないんですよ。勝手に死のうとしたら何度だって殴ります」
「はっ、はは」
レーガン先生が顔を歪めて笑う。
笑っただけでめちゃくちゃ体が痛いだろうに、声を出して笑った。
「優等生、だと思っていた、が。変な、子だ」
「人に言ったら殺します」
「ここで、見捨てたら、どうだ?」
「いやです」
何がおかしいのか、レーガン先生がまた笑う。
笑ってんじゃねぇよ、こっちは必死なんだよ。治癒魔法って結構集中力が必要なんだから、ごちゃごちゃ言わないでくれ。
おそらく三人が近くへやってきた音がしたが声はかけられない。一度アルフレッドくんの「先生……!」という声が聞こえたきりだった。
俺が真剣に魔法を使っていることを、クルーブあたりが説明してくれたんだろう。
治癒魔法に集中することしばらく。
レーガン先生の顔色が良くなってきたのを確認して、ようやく俺はかざしてた杖を袖へしまった。
どこまで治ったかわからないけれど、すぐに死ぬような人の顔色じゃなくなった。
ダンジョンを出て、治療を続ければ命に別状はないだろう。
立ち上がって振り返ると、アルフレッドくんがよろりと歩き出して転びそうになる。前に出て支えてやろうとすると、そのまま肩を掴まれた。
「なぁ、先生は大丈夫なのか?」
「医者でも専門の治癒魔法使いでもないから断言はできませんが、大丈夫だと思います」
「……そっか、ありがとう」
随分と素直になったもんだ。
くしゃりと崩れた表情は安堵か喜びかよくわからない。
「アウダス先輩、先生をお願いします。ここからは僕がアルフレッドくんを背負って帰るので。クルーブさんは先導をお願いします」
「はいはい」
俺の行動に思うところがあるのだろうけれど、クルーブは呆れた顔をしながらもお願いを聞いてくれた。
ダンジョン内において最も信頼できるクルーブが先頭を歩いてくれるなら、俺たちは何も心配しないで後に続けばそれでいい。
うめくレーガン先生をアウダス先輩がうまく担ぎ上げ、俺はアルフレッドくんを背負うために背中を差し出す。
「……いや、俺は歩く。そこまで……」
「アルフレッドくん、いいから乗ってください」
「いや、だから」
「……早く乗れ」
「……はい」
そういうプライドとか出してる場合じゃねぇんだよ。俺が乗れって言ったら素直に乗れ。
多少言葉が乱雑になったけれど、俺も疲れてるのでそこは大目に見てほしいところだ。