たぶん悪役貴族の俺が、天寿をまっとうするためにできること 作:嶋野夕陽
通り道に出てきた魔物は全部ぶち殺して押し通って来たけれど、時間が立てば移動してきた奴が立ちはだかったりすることもある。ただし、この辺り程度の魔物であれば、走りながらであってもクルーブが後れを取ることはあり得ない。
見敵必殺《サーチアンドデストロイ》ってやつで、はしから頭をぶち抜かれて地面とお友達だ。普段のクルーブがアウダス先輩のような前衛を連れてきたり、俺と一緒に入ったりしているのは、一人だと危険だからというわけではない。
単純に俺たちの訓練を兼ねて、いざという時のための魔力温存をしているだけだ。
「ちょっと待ってて」
クルーブはダンジョンを抜けたところで俺たちを待機させ、鍵のついた扉を内側から少しだけ開けて、するりと外へ抜け出す。
「ああ、中に入ってた人は死んでたよ。どっかの探索者《シーカー》が、お宝でも探しに来たんだね。ここのダンジョンは特殊なのに下調べもしないで入ったら死ぬに決まってるさ。ま、僕は君たちがやられちゃったこと、見なかったことにしてもいいけど……、報告する?」
クルーブの問いかけに兵士たちは狼狽えながらも、結局それじゃあ何もなかったということにしておこうと決まったようだった。アウダス先輩は苦虫を噛み潰したような表情をしていたけれど、俺はクルーブの方針に異存なかった。
このまま何もなかったことにしようって話ではなく、もう少し事情を聞かないと判断がし難いということだ。どちらにせよ兵士を巻き込み国の問題としてしまっては、学園の裁量だけではいろんなことが決められなくなってしまう。
兵士たちだって好き好んで処罰を受けたくはないだろう。
ま、こういうところから不正とかって広がってくもんだから、本来あんまりよくないけどな。
兵士たちはその場で解散したらしく、再びダンジョンの入り口の管理はクルーブの手に戻る。彼らが去ってから十分に時間を置いてから、クルーブは扉を開けて、俺たちに外へ出るように指示をした。
そのままダンジョンへ潜るための準備室のような場所へ移動すると、アウダス先輩はレーガン先生をベッドに寝かせる。先生は痛みによって僅かに声を漏らしたけれど、自主的に何かをしゃべろうとはしない。
クルーブが椅子を引いて背もたれに腕をひっかけながら視線を向けると、先生は気まずそうに眼を逸らす。
アウダス先輩がため息をついて座ったところで、俺も椅子を引いて、大人しく背中で静かにしていたアルフレッド君をそこに座らせた。
「……ありがとう」
こんなお礼いえるタイプの子だったか?
まぁ、素直なのはいいことだけれど。
「けが人なんですから気にしないでいいですよ」
俺が優しく答えてやると、アルフレッド君は誰だこいつみたいな表情で顔をじっと見つめてきた。
何だこの野郎、文句あんのか。
「で? 何してくれたわけ? 特にレーガン先生。あんた、大人だよね? ダンジョンの危険について僕はさんざん説明したつもりだけど、どうしてこんな馬鹿な子供連れて中に入ったの?」
「違う! レーガン先生は俺が」
「黙れ」
アルフレッド君が口を開いた瞬間から、つーっと腕を動かし始めていたクルーブは、人差し指をアルフレッド君の眉間に突き付けて、いつもよりかなり低い声で短い言葉を発した。
めちゃくちゃ怒ってんじゃん、こわ。
流石のアルフレッド君も空気を呼んだのか、話しが中途半端なところで口を閉ざす。
「君に聞いてない。君がダンジョンに入りたがってることも、強くなりたがってることも、無鉄砲な馬鹿なことも知ってた。で、なんで?」
「……彼の情熱に負けた」
「……僕が若いから舐めてる?」
室内に緊張が走る。
アウダス先輩ですら体をこわばらせているのだから、そのプレッシャーは相当なものだ。
自他ともに認める天才が、そんなしょうもない言い訳にごまかされるはずもない。
穏やかで子供っぽい表情にごまかされがちだけれど、クルーブは探索者の中でも最上位に位置する人間兵器みたいなやつだ。あまり怒らせないほうがいいに決まってんだけどな。
「ルーサー、みんな連れてどっか行ってくれる?」
「……わかりました。離れて大丈夫なんですね?」
重症とはいえレーガン先生は接近戦のプロだ。一対一で大丈夫か、という意味に加えて、もしそうなった時殺しちゃったりしないよね、という確認でもある。
「うん、大丈夫。子供は外出てて」
「……歩けます?」
「……俺は……」
アルフレッド君はどうしてもレーガン先生のことを庇いたいらしい。
そういうタイプでもないと思ってたのに、どうしてこんなになついてるんだ?
ダンジョンの中で熱い友情でも芽生えたのか?
それとも隠してただけで、実はもともと仲が良かったとか?
なんにしてもクルーブが出てけと言ったのだから、俺はアルフレッド君を連れて外へ出るけどね。
「歩けないなら背負います」
「……歩く」
よろっと立ち上がったアルフレッド君に肩を貸して外へ向かう。
「外で待ってた方がいいですか?」
「ううん、帰っててもいいよ。話がついたら一応教えるから」
「わかりました」
あー、これ俺たちに何も関わらせる気ないな。
クルーブはそれが
先に出ていたアウダス先輩がドアを開けて待っていてくれる。
「どうする?」
そっとドアを閉めたアウダス先輩に尋ねられて、どうしたもんかと考えを巡らせる。
アルフレッド君がこの調子じゃ何をするにも目立つんだよな。
「近くで人目につかないような場所あります?」
「……ついてこい」
ホントはこの辺だって人が通ることは滅多にないのだけれど、最近は集まって色々やっていたから、もしかするとふらっと誰かがやってくる可能性がある。
毎日学園中を巡回しているアウダス先輩は、迷うことなく人気のない場所を目指して歩きだすのであった。
アルフレッド君がこれだけぐったりしていると、寮に帰るまでの道のりで不審に思われてしまう。クルーブが今回の件を内密にしようとしているのならば、俺もその方針に従うべきだろう。
すくすく成長するままにされている、ダンジョン近くの林の中までアルフレッド君を運びこむ。
「その辺に座って休んでください」
「何するんだよ」
お、生意気な口調。
元気になってきたじゃん、ほっぺ思いっきりつねって伸ばしてやろうか。
「まだ体の傷が治りきっていないはずなので治癒魔法を使います」
「……レーガン先生を治療してやってくれよ」
「それ、僕が頷くと思って言ってますか?」
多分こいつは馬鹿ではない。
ただ人とのかかわり方を知らず、自分の意見を通すことにがむしゃらなだけだ。
だから俺の質問に対して沈黙することしかできない。
「いいから大人しく痛む箇所を教えてください」
不満そうな表情を浮かべたアルフレッド君だったが、やがてぽつりぽつりと痛む箇所を教えてくれるようになった。その度俺は患部を確認し、内出血なのか、骨の痛みなのか、などを確認して治癒魔法を施す。
治癒魔法も、むやみやたらにやればいいってもんじゃないからな。
思った以上にあちこちを怪我していたせいで、治癒にはかなり時間がかかる。
全身打ち身だらけで、足首とかはめちゃくちゃはれ上がってるから多分折れてた。ぶつけて折れたってより、ぐねったか疲労骨折っぽい感じなのか?
なんかピカピカしてたし、本当に勇者パワーみたいなのに目覚めて、リミッターみたいなのがぶっ飛んじまったのかもしれないな。
扱いきれない力とか、解放できてもあまり意味なくない?
勇者って案外しんどそうだな。
「なぁ、レーガン先生どうなるんだ」
「その前に自分の心配をしては?」
「……なぁ、ルーサー」
「名前、憶えていたんですね」
意地悪を言うと、アルフレッド君の顔がくしゃっと歪んだ。
ごめんってば、そんなに打たれ弱いと思ってなかったんだよ。今はフィジカルもメンタルやられてるところだったもんね、ごめんね。
「俺、勇者候補じゃなくなったらユナ、どうなるんだ」
「……さぁ、僕にはわかりかねます。勇者と聖女が一括りなのだとすれば、学園から出て元の生活に戻るのでは? そうでなければ、別の勇者の相棒となるのかもしれません」
何でもは知らないんだよね、知ってることだけ。
というか、なんで俺が勇者関係のこと知ってると思ってんだこの子。
アルフレッド君が望む答えは渡せていない気がするけど、多分これが現実だ。
でもなぁ、アルフレッド君ピカピカしてたしなぁ。君が本当の勇者の可能性結構あると思うよ?
今のうちに恩を売っておくべきだろうか。
いつか俺のことを断罪しに来ないようにするために。
「なぁ、もし俺が学園から出ていくことになったら、ユナを相棒にしてやってくれよ。俺、多分お前が勇者だと思うんだよ」
「嫌だけど? ……いや、僕は勇者候補でも何でもないですから」
何言いだしたのこの子。
もしかしてあの糸目先輩から何か吹き込まれてるのか?
あまりに意味わからなかったせいで、つい素が出ちゃったじゃんか。
アルフレッド君は気にしてないけど、さっきからアウダス先輩が俺のことじーっと見てるんだよ。背中に視線をめっちゃ感じる。
「だって俺より強いじゃんか」
「……早熟なだけです。それに僕は小さなころから良い師に恵まれてきました。きっとこれからアルフレッド君が頑張れば、僕のことなんて直ぐに追い抜かしますよ」
「だから……、頑張ろうとしたらこんなことになったんだろ……」
それはそうなんだよな。
この子はこの子なりに、一生懸命やったんだろうな。
まだ十三歳なんだから頑張り方を間違えることなんてある。中身が大人なはずの俺だってそんなことばかりなんだから。
だからこそ大人であり、生徒を導くべき立場であるレーガン先生は、なんとしてでもアルフレッド君を止めるべきだったんだろうけど。
クルーブが内心怒り狂ってる原因はここにある。
ああ見えてクルーブは子供を大事にするタイプだ。
多分いい父親になる。
表向き応援してないけど、内心ではミーシャとくっついてもいいと思ってるし。
「勇者が決まるのがいつなのか知りませんが、まだ時間はあるんでしょう? 今回、アルフレッド君はやり方を間違えました。でも、クルーブ先生は子供にとても優しいので、アルフレッド君がこれからも学園生活を送れるように頑張ってくれるはずです。だからユナさんを任せるとか、僕が勇者だと思うとか、そんな世迷いごとを言っていないで、ちゃんと責任を背負って、前を向いて歩いてください」
「でも……」
ため息が出る。
自信を失ってるのも、レーガン先生のことを気にしているのも分かる。
でもそうじゃないだろ。
両手でアルフレッド君の頬を叩くように包み込む。
目を丸くしてないでシャキッとしろこの野郎。
「お前、なんか理由があって勇者になりたかったんだろ。こんなことで諦めて人に任せるくらいなら、最初から迷惑かけるんじゃねぇよ。人を巻き込んどいて、今更尻尾巻いて逃げるな」
子供に言うことじゃないのはわかってる。
でも多分、こいつはここで逃げ出したら、一生ろくでもない人生を送ることになるだろう。
学園を出て、チンピラまがいに生きればいい方で、都合が悪くなった大人たちに消される可能性だってある。勇者候補って言ったって、現段階ではアルフレッド君より強い大人なんてごまんといるのだ。
「分かったのか」
「わ、わかった」
「よし」
額を強めにごつんとぶつけてやってから解放。
アルフレッド君は呆けた面して額を撫でているが、先ほどまでのうじうじした感じはどっかに吹っ飛んだみたいだから、まぁよしとする。
「……ルーサー」
「……はい」
やべ、アウダス先輩いるんだった。
何を言われるかなと思っていたら、でかい手が俺の頭にぼすんとのってきた。
「なんです?」
俺の問いに答えはなく、アウダス先輩は手を動かして頭をぐしゃぐしゃにかき回しただけだった。
解せぬ。