たぶん悪役貴族の俺が、天寿をまっとうするためにできること   作:嶋野夕陽

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空回り

 思考の整理をしているうちに、ユナは胸キュン状態から立ち直ったらしく、不安そうに俺の方を見ていた。

 そんな心配しなくても俺はアルフレッド君に死ねなんて命令はしない。

 

「一応話を整理しておきます。アルフレッド君はこれまでと変わらず勇者を目指す。ユナさんはアルフレッド君の事情を聞いてしまったことは黙っておく。そうですね……、最悪僕のことは報告してもいいです。アルフレッド君のいい訓練相手が見つかったとかなんとかで。わかりましたか?」

 

 身を危険に晒すつもりはないが、ここまで近づいてしまった以上、訓練くらい付き合ってやった方がいいだろう。イス君と合わせて勇者の成長に協力してやるってんだから文句は言わせない。

 秘密の話をするにしたって、コソコソと会って話をするよりは、普段から一緒にいるくらいの方が不自然ではないだろう。

 

「あの、私、嘘が顔に出やすいようで……。昔からすぐにバレてしまうのですが……、大丈夫でしょうか」

 

 しらねぇよ、頑張ってくれ。と突き放したい気持ちでいっぱいだけれど、聖女様のやらかしはそのまま俺やアルフレッド君にも被害を及ぼす可能性がある。

 

「実家に帰る予定は?」

「今の所はありません。年の変わり目だけと決めていますので」

「まだ時間はありますね。何かいい手がないか考えてみます」

 

 あー、とりあえずイレインに相談するか……。

 あいつの方が長期的な計画とか作戦とか立てるの得意だからな。現場は俺、作戦立案はあいつに任せたほうが多分何かとうまくいく。

 

「なぁ、そんでレーガン先生はどうなんだ?」

「あー……そうでしたね」

 

 アルフレッド君の話で動揺させられまくったせいで、すっかり頭から抜け落ちてたよ。

 そうは言ってもなぁ、俺にできることなんて限られてると思うんだよな。あー、そうだ、一応アルフレッド君とユナの件はクルーブとも共有しておこう。

 クルーブは、学園の先生である前に俺の身内みたいなものだ。

 

「決定権は学園にあると思いますが、救出には僕も手を貸していますし、できるだけ口を挟んでみます。二人は大人しくして、これ以上問題を起こさないでください。アルフレッド君も、腕を上げたいなら手合わせくらいしますから、短気を起こさないように」

「わかった」

 

 真剣な顔をして同時に頷いた二人。

 ああ、そうだ、聞いておかなきゃいけないことがあったんだ。

 

「アルフレッド君、レーガン先生はなんでダンジョンに入ることに協力したの?」

「…………足の怪我を治してもらいたかったらしい」

 

 答えるまでに随分と間が空いた。

 なんでも言うことを聞くと言った割に悩んだのは、もう一人の命の恩人のことだったからだろう。

 

「ルーサー、それでも先生は命懸けで俺のことを守ってくれたんだ。だから……」

「わかってます。それだけはよくわかってます」

 

 死にかけの大怪我をしていたんだ。

 それくらいは俺だって理解している。

 俺は軽い気持ちで喧嘩の仲裁に入って、結果死んだことで、あんなことしなきゃよかったって後で何度も思った。

 レーガン先生は、死にかけの状態でもアルフレッド君が無事であったのを見たら、少しだけホッとした顔をしていた。這いずって、命を削って助けを求めに来ていた。

 どんな理由があろうと、誰かのために命を張れる奴ってのは、一定以上の尊敬ができる。

 

 とりあえず二人はこの場で解放。

 マジでこれ以上問題を起こさないように大人しくしておいてくれ。

 生徒もだんだん帰省しているから、問題を起こす相手もほとんどいないだろうけどな。

 

 仲良くならんで帰ったのを見送ったら、今度は人の気配のする準備室の方へ向かう。

 おそらくあちらでも俺が来ていることにはもう気づいていることだろう。

 

 ノックをすると内側から扉が開いて「入っていいよ」とクルーブが声をかけてくる。ベッドとテーブル、それにデスクが置いてあるさほど広くない部屋の中に、みっちりと大人が詰め込まれていた。

 今年になってから運び込まれた棚にはクルーブの私物が山ほど詰まっており、あれさえなければもう少し広いのだけれど。

 

 ベッドの上で上半身だけ起こしているのはレーガン先生。椅子に座っているのはちょっとだけルドックス先生に似ているおヒゲの学園長と、背中まで伸ばした髪をオールバックに撫で付けている学年主任、それから我らが魔法の先生であるストーンズ先生だ。

 

「ま、座りなよ」

 

 さっさと元いた席に戻ったクルーブは、小さな丸いすを指さして俺にそこへ座るよう促した。

 みんな背もたれと肘置きがある椅子に座ってんのに俺だけこれかよ。

 

「失礼します」

 

 クルーブはともかく他の先生方には頭を下げてから着席する。こう見えて俺は真面目な生徒をやっているのだ。

 授業はサボったことがないし、成績もいい。

 

「外で誰と話してたの?」

 

 わかってて聞いてるな。

 まぁ、最初から説明した方が他の先生方にもわかりやすいだろう。これまでどんな話をしていたかわからない以上、クルーブの誘導に従って話をするのが無難だろうな。

 

「アルフレッド君がレーガン先生がこれからどうなるか心配していたので。自分が無理やり頼み込んで巻き込んだのだと言っていました。嘘はないと思います」

「で、レーガン先生はどうしてそれを受け入れたんですっけぇ?」

「彼が強くなるところを見たかった。情熱に押し負けた」

 

 まだそんなこと言ってるのか。

 

「レーガン先生、体の調子はどうですか」

 

 俺からバラす前の最後の気遣いだ。

 視線を足下へ向けると、レーガン先生は情けなく眉尻を下げて答えた。

 

「…………よくは、ないな」

「ふぅん」

 

 俺のことをよく知っているクルーブだけは、俺が今の問いかけに、レーガン先生だけに伝わるメッセージを込めたことに気付いたようだった。

 

 レーガン先生は不意に外へ目をやってから、俺の顔をじっと見て、深く深くため息をついた。

 俺が何を言いたいか察したのだろう。

 それから、その情報源も。

 それから部屋の四隅や外の様子を気にしてから、おもむろに口を開く。

 

「教会から持ち掛けられた、できる限りアルフレッドの願いをかなえてほしいという取引に応じました。協力した条件は、私の足を治癒魔法で完治させることです。ああ、勘違いしないでいただきたいのは、今回のダンジョンに入り込んだ件は、私からアルフレッドに話をもちかけたという点ですね。協力の成果によっては早めに治癒魔法を受けられそうだったので」

 

 レーガン先生が分かりやすくアルフレッド君のことを庇っている。

 あまり噓はお上手ではないようだ。

 

「レーガン先生は、私たちの目を節穴とでも思っているのかな? だとすれば大変遺憾だが」

 

 学年主任のベッツ先生が指を組んだまま冷ややかな視線を向ける。

 顔つきが酷薄そうに見えるから、そういう態度をとられると怖いんだよなぁ。

 だけどまあ、俺が追い詰めたわけだし、アルフレッド君からのお願いもあるし一応フォローでも入れとくか。

 なんでいたいけな十三歳の俺が、こんな大人たちの会話に混ざらなきゃいけないんだよ。

 

「レーガン先生、アルフレッド君が命を救ってくれたあなたに感謝を伝えたいと言っていました。先生がいなければ自分は死んでいたと」

 

 じろりとベッツ先生の冷たい視線が俺の方を向いた。

 バレバレだねこれ。さりげないフォローとか、この緊迫した空気の中では無理でした。

 ベッツ先生、目つきが蛇っぽくて怖いんだよ。

 

「助け船かね?」

「……ただ自分の足を大事にするだけの人ならば、命をかけてアルフレッド君を助けるとは思えません。見捨てて逃げ帰っても誰にも見つからないかもしれないのですから」

 

 ベッツ先生が俺のことを鼻で笑った。

 そんな変なこと言ってないと思うんだけどなぁ。

 

「そもそも私はレーガン先生を生徒を見捨てて逃げるような屑であるとは一片たりとも疑っていない。教師たるもの命をかけて生徒を守ることなど当然の話なのだ。私たちが問題にしているのは、私欲のために規則を破り、生徒を危険にさらしたことだ」

「……失礼いたしました」

 

 一瞬何を言われたかわからなかったが、しばし言葉をかみ砕いてようやくその意味を理解した。

 たった一人、俺だけが勝手に先生たちの心根を測り間違えて踊っていたことになる。恥ずかしいね。

 

「……どちらにせよ、学園の、しかも国外の勢力に属してしまった以上、教師はやめてもらわねばならぬ。そこは譲れぬな」

 

 学園長先生がゆっくりとした重々しい声でレーガン先生に罰を告げる。

 たった一度の過ち。しかし公正を期するためには許されない過ち。

 それならばクルーブが俺を贔屓しているのはどうなんだって話になるけれど、その辺りだって公に責められては危ういラインだ。

 今俺がダンジョンに入ることを許されているのは、ただただクルーブがダンジョン管理の第一責任者であるからに他ならない。加えて俺がすでに幾度も探索者として活動していることや、きちんと上にも許可をとっているなどの理由もある。

 まぁ、個人的に贔屓をしているのと、他勢力の働きかけによって贔屓するのはかなり話が変わってくる、みたいなのもあるんだろうな。

 

 特に今回の場合、他勢力と一口に言っても、教会全体の決定として学園に向けて出された依頼ではないのが問題だ。

 教会の一勢力が、個人に対して、やってはいけないとわかっている依頼を出すというのはつまり、私腹を肥やすための依頼に他ならない。他勢力の派閥争いになんて巻き込まれてしまっては、学園の質自体を疑われかねない。

 ことが公になったことを考えると、やはりレーガン先生を学園に置いておくわけにはいかないのだろう。

 

「生徒に話すような事ではないな。ルーサー君だったか? そろそろ彼は話から外れてもらった方がいいだろう」

 

 ベッツ先生がクルーブに目配せをする。

 子供だったら仲間外れにされたようで気分を害するかもしれないが、俺は大人なのでほんのちょっとしか気分を害していない。

 なぜならベッツ先生が、俺が余計な権力闘争に巻き込まれたりしないように避難させようとしているのだと察しているからだ。

 でももうちょっと言葉を選んだほうがいいと思う。

 ただでさえ怖い顔してるんだから。

 

「そうですねぇ。じゃ、ルーサーは外出てて。気になるなら話せることはあとで教えてあげるからさぁ」

「わかりました。失礼いたします」

 

 素直に立ち上がり、頭を下げて準備室の外へ出る。

 耳を壁に貼り付けて先の話を聞きたいところだが、やったところですぐにばれてしまうだろう。

 折角クルーブが後で色々教えてくれると言っているのだから、今は素直に退散すべきである。

 

 しかしなぁ、かなり厳しめの重たい空気だったから少しでも庇おうと思ったんだけど、ほぼなんもできなかったな。あそこから教師を続けられる方に話を持っていくなんて不可能だろう。

 あー……、なんか俺にできることがあるといいんだけど。

 このままじゃあ次にアルフレッド君と会った時、目を合わせづらいったらないな……。

 

 

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