たぶん悪役貴族の俺が、天寿をまっとうするためにできること   作:嶋野夕陽

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処遇

 レーガン先生を説得することに成功したらしい。

 倒れ込んできた先生を、よいしょとベッドに戻し、とりあえず今日の分の治癒魔法をかけることにする。結構ぐっちゃぐちゃになってるから治るまで時間かかるだろうなぁ。

 夏休みの間頑張ればなんとかなるか?

 

 治癒魔法を施している間は、あまり他のことに気を取られてはまずい。

 魔力を流し込みすぎて爆発とかしても困るからね。

 治癒魔法って相手の体に直接魔力を送り込む形になるから、調子こいて一気に流すと相手側の魔力の管みたいなのがぶっ壊れちゃったり、妙な腫瘤ができちゃったりする。

 まず相手の魔力の管の具合を把握して、どっから流せるかなーって探して、魔力の質を調節して流し込むわけで……とにかく第五階梯だけあって繊細な作業なんだよな。

 

 黙って怪我を直す間、クルーブとイレインはボードゲームをしているようだった。

 どうせイレインが勝つんだろうけど。

 体感一時間治癒魔法を施す間、レーガン先生はずっと無言だった。

 なんかジーッと俺の横顔を見ていることだけはわかったんだけど、ちょっと怖いんでやめてほしいなぁって感じだ。これからもずっとこんな風に見つめられながら魔法使わなきゃいけないの?

 やっぱ勧誘の仕方が胡散臭過ぎたか?

 でもレーガン先生もノリノリだったじゃん。

 

「……今日は終わりです。治癒魔法は毎日同じ時間使います。学園を出なければいけなくなるまでには、セラーズ家の屋敷で迎え入れられるように準備しておきます。何か聞いておきたいことはありますか?」

「君……ルーサー様はセラーズ家の嫡男であることは知っている。ただ、本当にルーサー様の一存で私は受け入れてもらえるのだろうか」

 

 まぁ、不安になるよな。

 でもまぁ、大丈夫だと思うんだよなぁ。

 父上も母上も俺には甘いし、今回の件をのぞけばレーガン先生の出自ははっきりしている。失敗もあったけれど、最終的にはアルフレッド君を命懸けで守ったってところはポイントが高いと思う。

 

「結構いい子に過ごしているので、滅多にしないお願いくらいは聞いてもらえると思います。どうしてもだめなようであれば、僕が個人的にため込んだ資金で雇います。レーガン先生が嫌でなければですけど」

 

 レーガン先生はやっぱりじっと俺の顔を見つめる。

 母上似の可愛らしい顔つきをしているはずだから、そんなまじまじと見ても変な部分はないと思うけど。

 ああ、そうか、俺の懐が心配なのか。

 

「探索者としてそれなりにお金を貯め込んでいるので、お金の心配はしないでください。路頭に迷わせるようなことはしませんから」

 

 レーガン先生は、ふっと笑った。

 笑うと眉尻がさがり、困ったような顔になるんだな。

 

「なにか変なことを言いましたか?」

「……いえ。細かなことまでよく考えてくださっているなと感心しました。お役に立てるよう精一杯働かせていただきます」

「……そうですか? 不満とかあれば何でも言って下さいね」

「いえ」

 

 首を横に振ったレーガン先生の表情は、このわずか一時間程度で随分と明るくなった気がする。これが俺の提案のお陰だというのなら、中々頑張ったのではないだろうか。

 

「話もないみたいだし、アルフレッド君に状況報告してきたら?」

「そうですね。では僕はこれで」

 

 俺が立ち上がるとイレインも自然に立ち上がってついてくる。

 あー、アルフレッド君になんて説明するべきなんだ?

 首にはなるけど、生活の保障はしましたとか?

 とりあえず道中イレインと相談しながら決めればいいか。

 

 

 最後までルーサー様は怪しいそぶりを見せなかった。

 私が雇われることが決まったから、何か特別なたくらみに協力させられるのではないかと警戒していたが、今のところは何もないようだ。

 

「まったく、ルーサーは……」

 

 ぶつぶつと文句を言いながら湯を沸かしているのは、若き天才魔法使いであるクルーブ先生だ。

 口調は軽く、まるで子供の様な表情を見せる癖に、時折ドキッとするほどドライな発言をする二面性のある青年であった。ともにダンジョンに入ったこともあるので、その実力はある程度把握している。

 互いに本気を出してはいないはずだが、おそらく距離をとって戦いが始まれば、私でも勝つことは難しいだろう。

 子供への評価が厳しいことから、あまり好きではないのかと思っていたのだが、どうやらそれは勘違いであったようだ。

 

 厳しい言葉も、厳しい評価も、自分では判断が難しい子供を守るためのものであったのだろう。ダンジョンから帰って意識を取り戻した私に詰め寄ってきた剣幕はすさまじく、殺気すら感じるようなものだった。

 それからずっと厳しい視線を向けられていたけれど、いつの間にやら態度が少し柔らかくなっている気がする。

 

 湧いたお湯で茶を作ったクルーブ先生は、自分のものと、もう一つのカップを持って戻ってきて「ん」と言って私へ差し出した。

 急な変化に戸惑い様子を見ていると、何を勘違いしたのか「毒なんて入ってないよ」と言ってさらにカップを押し付けてくる。

 とりあえず私がカップを受け取ると、それで満足したのか、クルーブ先生は椅子に座って私と向き合った。

 茶を啜り無言。

 おそらく私の言葉を待っているのだろう。

 

「……ルーサー様は、どんな方なんだろうか」

「見たまま。あまり深く考えないほうがいいよ。……あと、ルーサーは僕の弟子でもあるし兄弟弟子でもある。妙なことをしたら本当に許さないから、そのつもりでいるんだね」

「もちろん……、と言っても信用はないか」

「…………ルーサーが雇うっていうんだから、もう一度だけ信用してあげるよ。もう裏切らないでよね、レーガン先生」

「……承知した」

 

 ありがたいことだ。

 クルーブ先生なりに、仲直りをしようとしてくれたのだろう。

 私は茶をこぼさないように深く深く頭を下げた。

 

 

 平民男子寮にアルフレッドくんの呼び出しを頼んだところ、裏で素振りをしていると教えられた。ぐるりと建物を回り込んでいくと、日陰の涼しい場所で、アルフレッドくんが汗を流しているのを発見。

 

 型はあまり整ってないけれど、剣筋はちゃんと鋭いんだよなぁ。剣の先が描く放物線のずれの少なさは、アルフレッドくんが普段からどれだけ素振りに時間を割いているかを示すものだ。

 最初からこれ見てりゃ、こいつ頑張り屋なんだなぁって思えたかもしれないけど、出会いが悪かったよな。

 先輩相手に喧嘩売ってる勇者候補だもん。

 どうしたってお近づきになんてなりたくなかった。

 

 足を止めてしばらく眺めていると、イレインが拳で肩をどついてくる。顎でクイっと『さっさといけ』と指示を出す。

 人を顎で使うな、王女様め。

 付き合わせておいて黙って突っ立ってる俺も悪かったけど。

 イレインにしてみれば、平民の男子寮付近の、しかも人目につかない辺りをうろうろしてるなんて、悪い噂の種になりかねない。さっさと場所を移すか用事を終えてしまいたいのだろう。

 近寄っていくと気づいたアルフレッドくんはすぐに素振りをやめて、駆け寄ってくる。

 

「どうだった!?」

 

 どうどう、落ち着きたまえよ。

 

「レーガン先生は学校を辞めるそうです」

「……そうか、ダメだったか」

 

 うん、ダメだったかっていうか、最初からそれは諦めてたけどね、俺は。あれだけのことして残留は流石に無理よ。

 

「でも生活の保証はしてきました。足もできる限り僕が治します。悪いようにはしないから安心してください」

「……そっか、ありがとな」

「いえ、ご希望に添えず……」

「やれるだけやってくれたんだろ」

 

 いや、学校に残らせてくださいとはお願いしてないです、すいません。

 でも、まぁ……。俺なりにレーガン先生が再起できるための環境を整えて見たつもりだ。マッチポンプみたいなところはあっても、アルフレッド君を守るために命を張ったレーガン先生に俺は敬意を持っている。

 ヘラヘラと喧嘩の間に入り込んで間抜けにも命を落とした俺とは大違いだ。

 イレインの方へ視線を向けると、スーッとそらされる。おい、お前も作戦一緒に考えたんだから一蓮托生だろ。

 せめて気持ちだけでも俺に寄り添えよ。

 

「……そうですね」

「お前がやってダメならしょうがねぇよ」

 

 なんだその絶大な信頼は。

 俺はスーパーマンじゃないぞ。ちょっと自分の利益も考えて身内に引き込んだ悪い奴だぞ。

 そんなイノセントな目で俺を見るな。

 

「随分と評価してくれるんですね」

「だってお前すごいじゃん」

「……いや、別にそんなことは」

 

 ものすごい罪悪感と、素直に褒められた恥ずかしさで感情が微妙な感じにシェイクされてる。

 酷い環境で育ったのに随分素直じゃねぇか。絶対亡くなった友人君もいい奴だっただろ。

 俺がぐちゃぐちゃの感情に整理をつけていると、急に隣からくぐもったような音が聞こえてきた。

 見るとイレインが済ました顔で、肩を揺らし、時折鼻からフスフスと息を漏らしている。

 こいつさては笑ってるな?

 俺が照れて困ってる顔見て笑ってるな、この野郎。

 

「そういや隣の誰だ?」

「……ああ、こちらは隣国の王女様です」

 

 わざと曖昧なことを言って黙ってやった。

 ちゃんとやれみたいな視線を向けてきているが知ったことか。

 俺のことを笑っておいて、全部人任せでいられると思うなよ。自己紹介くらい自分でするんだな。

 

「……イレインです」

「さっきからルーサーと目でやりとりして、仲良いんだな」

 

 互いにチラリと顔を見てから、言われたばかりの行動をしていたことに気づく。

 あー、癖になってるんだな、これ。

 どうしてミーシャはじめ家の人たちが、俺たちを仲良い仲良いと言ってくるのかがようやくわかった。

 そんなにしょっちゅう二人きりで喋ってたわけじゃないのにみんなが生暖かい目で俺たちを見てたのはこれが原因だったか。

 クルーブとかよくニヤニヤしてたし絶対にわかってて黙ってただろ。

 誰か一人くらい教えてくれてもいいじゃんか。

 

「まぁ、小さな頃から一緒にいますから」

 

 先に調子を取り戻したイレインが俺の代わりに答えた。

 まぁ、本当にそれだけだ。

 唯一同郷の友人。

 数少ない理解者。

 前世でもこれだけ一緒の時間を過ごした友人っていなかったし、よく考えてみれば、そりゃあ仲くらいいいに決まってる。

 

「いいな、羨ましい」

 

 アルフレッドくんは変な顔をしてポツリと言った。ああ、そうか、お前はきっと、俺にとってのイレインみたいな友人を殺しちまったんだもんな。

 そりゃあ必死にもなるし、がむしゃらにもなるか。

 

「なぁ、ルーサー」

「なんですか」

「レーガン先生の足が治ったら、稽古してもらえるかな」

「……できるようにします」

「ありがとう」

 

 それからほんの少しだけ、請われるがままにイレインと俺の昔話をした。

 アルフレッドくんは楽しそうに、でも寂しそうに、時折頷きながら静かにそれを聞いていた。

 

 

 

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