たぶん悪役貴族の俺が、天寿をまっとうするためにできること   作:嶋野夕陽

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勇者候補の約束

 学園から王都のセラーズ邸までって実はそんなに遠くない。

 それでも馬車に乗って移動すると一時間程度はかかるんだけどね。

 そんなわけだから俺は一度実家に顔を出すことに決めた。

 もともと夏休みが始まったら早めに帰るつもりだったし、先に父上や母上にレーガン先生の件を相談しておきたい。

 なによりかわいい妹や弟の顔も見ておきたいし。

 

 ってなわけで、朝から家に使いを出して馬車の手配。

 それからレーガン先生の足に治癒魔法をかけにいき一時間。

 寮へ戻って昼食を取ろうとすると、窓際で褐色皇子様ことメフト先輩が食事をしているのが見えた。あの人はいつも一人で食事をとっている。わざわざカウンター席のようなところで食事をしているのも、特定の誰かと仲良くしているところを見せないようにするためだろう。

 不意に賑やかなところに現れて、誰と話すでもなく消えていくレアキャラである。

 食事をもって席を一つ分開けてメフト先輩の隣に腰を下ろす。

 

「今日から僕も家へ戻りますので」

 

 この人ふらっと訓練場とかダンジョン前の広場とかに姿を現しそうだから、あらかじめ教えておいてあげようと思ったのだ。いざやってきて誰もいないじゃかわいそうだからな。

 

「懐くんじゃないよ、たまに遊んであげただけで」

「気まぐれにいらしゃった時に困るかと思ってお伝えしただけですよ」

 

 横目でチラリと見ると少しだけ唇の端が持ち上がっている。

 多分この人、誰かと喋ることとか嫌いじゃないんだろうな。

 でもスルト帝国ってめちゃくちゃ後継者争いが激しいからなぁ。

 無邪気に人と関わることもできないのはかわいそうだ。

 

「先輩の国も大変ですね。後継者争いから身を引くことはできないんですか?」

「それは私に死ねと言っているのと同じだね。皇帝陛下は自分のまいた種の中で最も優秀なものを後継ぎにと考えていらっしゃる」

 

 俺の方へほんの一瞥もくれずに説明をくれる。

 ほら、おしゃべり好きだ。

 えーっと、これを要約するとつまり、愚かな後継者候補はいらないから殺すってことかな? 

 とんでもない毒親である。

 優秀な他の兄弟を乗り越えたからこそ成長する、くらい考えていてもおかしくなさそう。

 

「ところで私にはもともと八人の兄上がいたそうだが、今は三人しかいらっしゃらない。一番上の兄上は私よりも二十も年上。そして皇帝陛下は御年七十を超えて、近頃ご体調が優れないようでね。在学中の健康が心配でならないよ」

 

 ああ、なるほどね。

 もう兄弟五人も死んでるくらいにガッツリ争っているのね。

 しかも二十も上だと、すでに相当な権力を握って、実績だって残していることだろう。

 だったらさっさと現皇帝なんか死んで、次代皇帝が決まってしまえばいい。

 おそらくメフト先輩の真意はこれだ。

 その時点で生きていれば、後継者候補からは外れる上、お兄様に媚びを売って働けば生きていられるかもしれない、的な算段なのだろう。

 

「……心配ですね、ご健康」

「陛下の健康、君も祈ってくれるかな?」

「ええ、もちろんです」

「君、中々いい性格をしているね」

 

 俺の言いたいことも理解してくれたのか、食事を終えたメフト先輩はにっこりと笑ってから席を立った。自分の身内殺し合いさせるようなやばい皇帝はさっさと死んだらいいなと思うよ、うん。

 隣国の貴族である俺としては、どうせならメフト先輩が後を継いでくれたらもっと色々と捗るんだけどね。

 それは先輩に兄弟同士の殺し合いに参加しろって言ってるようなものだから、口が裂けても言えないけど。

 俺、メフト先輩の弟とかに転生しないで良かったなぁ。

 絶対やらかして殺される自信があるよ。

 

 食事をのんびりと食べて午後もまた外へ出る。

 受付で勇者候補二人を呼び出すと、ほとんど同時に外へやってきた。

 夕方には帰らなきゃいけないので、訓練するなら今のうち。

 二人に伝えるついでにそのお誘いに来たような形だ。

 

「今日家に帰るつもりだから挨拶にきました。帰る前に手合わせでもしておこうかと思ったんですけどどうでしょうか?」

 

 事件があったせいで数日イス君を放っておくような形になってしまったし、アルフレッド君もあまり放置するとまた無茶するんじゃないかってちょっと心配だ。

 俺はイレインと相談した結果、この二人をセットで運用することにより、どちらの訓練にもなったらいいね作戦を採用することにしたのだ。

 君らを推してる人たちは文句言うかもしれないよ?

 でもさぁ、ここは学園だ。

 学園ってのは勉強して友達を作って成長するところだ。

 ライバルがいたっていいじゃんかって思うんだよな。

 

 今はアルフレッド君の方がちょっと強いけど、イス君だってもりもり成長している最中だ。同年代のライバルがいることは、きっといつかアルフレッド君の役に立つ、といいなぁ。

 それに、誰か知らないやつが勇者になるより、一緒に訓練して認め合った相手が勇者になった方が双方納得がいくはずだ。話によれば勇者がいるってことは大変な事態が起きるってことらしいから、その大変な時のためにも頼れる剣士がもう一人くらいいたっていいじゃんかって俺は思うのだ。

 

「……こいつと?」

「えっと、俺はいいけど……」

 

 アルフレッド君は不審なものを見る目で、イス君はちょっとだけ困っている。

 

「威嚇しないでください。イスも僕の友達なんですから」

「……イスっていうのか、こいつ」

「イスナルドです、よろしくお願いします」

 

 ふーん、と言っているアルフレッド君は、相変わらず警戒心を露わにしている。

 うーん、野良犬的だなぁ。

 

「なぁ、ルーサー」

「なんですか?」

「俺のことはアルフって呼べよ。ユナはそう呼ぶから」

「……アルフですね、はい」

「うん。よし、じゃあ訓練行こう」

 

 ご機嫌になったアルフレッド君改めアルフ君は、ちらっとイス君の顔を窺って、訓練場の方へ歩き出す。

 

「……なんか、思ったよりいい人っぽいね」

 

 イス君が小さな声での感想に俺は黙って頷いた。

 そうなんだよ。ちょっと生まれ育ちが大変だっただけなんだ。

 だからアルフ君を推している枢機卿の方には、ちょっと友達が増えるくらい目をつぶって欲しい。

 

 さて、訓練をこなして、俺が二人ともに勝利して一休み。

 結局、剣士なんて強い方の言うことを聞く傾向にある。

 こうした方が、これから俺が話すことに納得いくかな、と思ってのことだ。

 

「二人は勇者候補で、休みの間は訓練相手に困ってますよね?」

「まぁ……」

「うん、そうだね」

 

 二人は俺を真ん中にして互いの様子を窺っている。

 俺の言いたいことはもう理解できているのだろう。

 

「俺としては君たちどっちが勇者になってもいいと思ってるんです。ただ、二人とも友人ですし、いがみ合ってほしいとまでは思いません。どうせ同じ場所を目指すのならば、競い合い、高め合っていく方がいいと思いませんか?」

「……俺の方が強いけど、訓練になるのか?」

 

 言うと思ったよ。

 

「僕たちはまだ子供です。伸びしろは十分にありますし、戦い方だって違います。今日二人はどちらも剣しか使っていない僕に負けました。同い年で勇者候補でもない僕にです。それでも僕はあなたたちと訓練することが無駄だとは思いません。ひやりとして反省する点もあれば、自分にもある良くない点を見つけて自らを省みることもあります」

 

 イスはなるほど、と頷いているけど、アルフはまだまだ首を傾げたままだ。

 難しい話をし過ぎたか。

 もうちょっとシンプルに話すか。

 

「少なくとも、一人で素振りをしているよりはいいと思いませんか? 互いに相手には負けたくないと考えれば、やる気だって出てくるでしょう。アルフ、大事なことは相手のよいところを探して学ぼうとする姿勢ではないでしょうか?」

 

 あ、だめだ、やっぱり理解できてない。

 イスは苦笑いで俺の説得を待っている。

 しゃーない、最後の手段だ。

 

 俺はアルフに近付いて耳打ちをする。

 

「かつての君の友人は、君より強かったのですよね? 自分より弱いはずの君と訓練していたのに、強くなり続けられたんです。同じことですよ」

「……そういやそうだな」

 

 すまんな、名もなきアルフの友人。

 別に悪いことさせようってわけじゃないから許してほしい。

 

「わかった、イス。今日から俺と訓練するぞ」

 

 納得がいけば切り替えも早い。

 アルフが折れればイスはいい子だからそれを受け入れてくれる。

 

「うん、よろしく、アルフ」

 

 イスの方から手を差し出すと、アルフは俺の方を見てから、手のひらをズボンで拭ってイスの手を掴む。いちいち俺の顔色窺いなさんなよ。

 

「よし、じゃあ僕は家に帰る準備をします。喧嘩せず仲良くやって下さいね」

 

 まだ体力は余ってるだろうから好きに訓練してくれ。

 訓練ではアルフが先導して、日常生活はイスが先導してくれるのが理想だな。

 学園がまた始まっても、俺は貴族クラスであの二人は平民クラスだ。

 目が届かないことだってあるし、互いに手を取り合って頑張ってやっていってほしいものである。

 仲良きことは美しきかな、ということで、肩の荷を一つおろしたような晴れやかな気持ちで俺は訓練場を後にするのだった。

 

 

 訓練場に残された二人は、手を握り合ったままルーサーの背中を見送ると、どちらが先と言うこともなく握手を解いた。

 そうして同じように視線を戻し見つめ合う。

 

「おい、イス。俺はいつかルーサーより強くなるつもりだ。それで勇者になる」

「うん、俺もそうだよ。いつかルーサーより強くなるんだ。そうじゃないと胸を張って勇者だなんて名乗れない」

 

 アルフレッドはじっとイスナルドのことを見つめ「分かってるな」と意外そうな顔をする。

 

「……俺は姉さんをルーサーに助けてもらってるし、訓練でも世話になってるからね」

「……俺は命を助けてもらった」

「……あの、張り合ってる?」

「別に」

 

 どう見たって張り合っているけれど、イスは少しだけ大人になってアルフレッドの『俺の方が世話になってるんだ』としか聞こえない言葉をスルーすることにした。

 

「おい、イス」

「何?」

 

 少し強めの語調に、イスは怒らせるようなことは言ってないけどなと、ドキドキしながら返事をする。しかし次の言葉ですぐにアルフレッドが怒ってなどいないことが分かった。

 

「俺は勇者が決まる時までにルーサーより強くなってなかったら、勇者を辞退してルーサーに譲る」

「……そんなことできるの?」

「やる。あいつは俺のことを助けてくれた。お前のことも助けた。ユナのことだって守ろうとしてくれている。レーガン先生のことだって救おうとしてくれている。俺は本当はルーサーに勇者になって欲しい」

 

 強い語調は、決意の表れでしかなかった。

 こうして勇者をルーサーに譲ると言いながらも、アルフレッドの目はメラメラとやる気がみなぎっている。

 

「でも、あいつは勇者になることを諦めるなと言った。俺に勇者を目指せと言った。だから俺はできる限り頑張って、ルーサーより強くなる。頑張って頑張って、それでもだめなら、俺はルーサーに勇者を譲るんだ。お前はどうだ」

 

 イスナルドは少しばかりアルフレッドよりも賢いから、それがルーサーの迷惑になるんじゃないかってところまで頭が回る。

 でも、それでも、アルフレッドの言葉を聞けば、なんとなくその方がいいんじゃないかなと思ってしまった。

 いや違う。

 これまでも心の隅に抱えていた気持ちを、アルフレッドが言葉にしてくれたように感じたのだ。

 イスナルドは自分の気持ちを少しだけ誤魔化す。

 大丈夫。

 来たるべきその日までに、自分かアルフレッドが、ルーサーより強くなっていればいいのだ。

 だから、ここで約束することは悪いことではない。

 

「アルフ」

 

 イスナルドはにっこりと笑う。

 

「その話、乗った。でも俺もきっとルーサーより強くなるよ。アルフレッドより、ルーサーより強くなって、勇者になるよ」

「やってみろよ」

 

 アルフレッドが歯を見せて笑う。

 機嫌も良かったが、威嚇も混じった笑顔だ。

 

「そのために訓練に付き合ってね」

「……それおかしくないか?」

「おかしくないよ。ルーサーがそう言ってたから」

 

 なんか変だと思ったアルフレッドの疑問の芽を、イスナルドはすぐさま引っこ抜く。すでにアルフレッドの扱い方を少しばかり学んだイスナルドであった。

 

 

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