たぶん悪役貴族の俺が、天寿をまっとうするためにできること   作:嶋野夕陽

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イレインのお気に入りを探せ

 廊下に出るとミーシャだけが俺たちの後についてくる。

 多分イレインのおつきメイドもいるはずなんだけど、今回は招待しているセラーズ家に任せるってことなのかな?

 とりあえず親の目がなくなったところで、俺は握っていた手をそっと放した。嫌がっている幼女の手を握り続ける趣味はない。

 

 イレインは意外そうな顔をして俺を見る。

 なんだこの顔。判断があってたのか間違ってたのかわからないぞ。女心はわからないけれど、幼女心はもっとわからない。

 ただ今までほぼ無表情だったイレインの表情が変わったから、めちゃくちゃバッドなコミュニケーションではなかったのかもしれない。

 

「イレイン嬢は普段は何をして過ごされていますか?」

「……本を読んでいます」

「奇遇ですね。僕も本を読むのが好きです。同じ年頃の子と遊んだことがないのでどうしようかと思っていましたが、まずは書庫にご案内しますね」

「わかりました」

 

 反応薄いなぁ。

 俺、知らない人の家の書庫見せてもらえるってなったら結構喜んじゃうけど。魔法のあるこの世界なら、見たことのない秘術書とか交ざってそうだし。

 いや、流石にそういうのは隠してあるか。うちの書庫にもないもんな。

 

 話が弾まないまま長い廊下を歩いていく。

 ミーシャはこういう場をつなぐのが多分上手だけれど、他家のお嬢様がいる場で気軽に発言したりできないのだろう。粛々と俺たちの後をついてきている。

 そういえばいつもは先導してくれるのに、今日は後ろにいるのな。俺が主導してるんだぞーってイレインに示してくれてるのかもしれない。細かな気遣いだなぁ。

 

 それにしてもさー、5歳児ってもっと騒がしくて馬鹿なものじゃないのか? やっぱり貴族の子だから躾とかしっかりされてるのかなぁ。俺はまだそういう教育あまり受けてないけど、ウォーレン家は厳しいのかもしれない。

 

 通り過ぎていく部屋の説明をしながら、大した雑談もせずにそのまま書庫にたどり着いてしまった。

 書庫の扉を開けると、薄暗い部屋が俺たちを迎え入れる。

 本を守るために、大きな窓には光を遮る分厚いカーテンがかかっている。

 毎日利用しているので埃っぽさはなく、かわりに古い本の匂いが際立っている。俺は好きだけど、嫌だって人もいるのかな。

 

 先に入ってカーテンを引き、窓を少しだけ開ける。

 今日は外も乾燥しているし、湿気の心配はないだろう。

 爽やかな風が吹き込んできて、書庫内の空気を攪拌し扉から抜けていく。

 

 扉は開けたままでもいいかな、気持ちいいし。

 

「気になる本とかありますか?」

「いえ、別に」

 

 なんだよぉ、さっき普段本読んで過ごしてるって言ったじゃんかよぉ。

 もしかして俺と話したくないだけか、この幼女。

 何が悪かったんだ? ルーサーの顔は悪くないと思うんだけど。

 やっぱいきなり手を触ったから? いやでも、あれそうやってエスコートするんですよってミーシャに言われたからやったんだよ? 母上もそれでいいって言ってたし。

 

 わかんないなぁ、この子。

 

 とりあえず童話と、騎士の物語。それから魔法に関する本と、国の歴史が書かれたものを取り出してテーブルの上に並べる。比較的背の低い、いつも俺が座っている椅子を引いて、イレインに声をかける。

 

「どうぞ、座ってください」

 

 イレインはもう一つの背の高い椅子をちらりと見てしばし考えてから、書庫の隅を指さした。

 

「私あそこでいいです」

 

 俺がいつも昼寝をしているスペースだ。マットとクッションがしいてあり、そこで本を読むこともある。

 でもいいのかなぁ。スカートとか皺になりそうだけど……。

 体に合う椅子が一脚しかないことを気にしてのことなのだとしたら、本当に大したものだ。多分俺は勧められたら普通に座っちゃうぞ。

 

 俺はテーブルに重ねた本を持ってマットの上まで行くと、靴を脱いで座り、クッションを整える。

 

「ではこれを使ってください」

 

 イレインはもう一度背の低い椅子を見てから、諦めたように小さくため息をついてクッションへ腰を下ろした。

 マジで何が不満なのか全くわからん。態度悪いぞこの幼女。

 俺がお子様だったらすっごい嫌な気分になってるぞ!

 

「これは昔話、これは騎士とお嬢様の恋愛物語ですね。それからこっちが歴史の本で、これが魔法の理論が書かれた本です。気になるのはありますか?」

「魔法……?」

 

 きょとんとした表情をしたイレインは、年相応にかわいらしく見える。やっと興味持ってくれたか。

 にしても意外だな、魔法のこと知らないのか?

 

「はい、魔法です、読んでみますか?」

 

 こくりとうなずいたイレインに、あまり近づきすぎないように魔法について書かれた本を押しやる。

 あーよかった、一冊興味あるやつがあって。

 最初の三冊の説明をするたび、目が据わっていくからどうなることかと思った。気難しいなぁ。

 

 本を開いたイレインは、じっとその文字を目で追いかけ始める。その動きはひどくゆっくりではあったけれど、興味があるのか顔を上げる様子はない。かなり難しい言い回しをされているのに、普通に読み進めているのを見ると、普段から本を読んでいるというのは嘘でないようだ。

 

 まあいいか、俺も歴史の本読もう。

 この世界ダンジョンとか魔物とかいて、結構物騒なんだよなぁ。

 その割に周りの国と戦争したりしてるし、ちゃんと歴史とか各国との関係把握してないと後で痛い目見そうで怖いんだ。

 

 光石をはじめとする便利グッズとかもダンジョンで手に入ったりするから悪いことばかりじゃないんだけどね。

 探索者(シーカー)とか呼ばれてる職業もあるらしくて、もし貴族から追放されたらそれになろうかなぁとか考えてた時期もあった。男の子としてはさぁ、どうしても憧れちゃうよなぁ、そういう職業。

 探索者(シーカー)、めっちゃかっこいい。

 

 今となっては貴族の嫡子として、ある程度両親の期待にこたえたいから、そんなふざけたこと言ってらんないのだけれど。

 

 イレインに渡した本は、魔法の理論とはいっても、魔力の動かし方や系統が説明されてるくらいの初歩的なものだ。

 赤子の頃に本を読まずに魔法を知った俺は、気合で魔力を操作し始めたから、後々この本を見たときも。へーそうなんだ、くらいにしか思わなかった。臍の下あたりで魔力を練って、みたいなことが書いてある。

 

 お互いに何を話すこともなく文字を追いかけていると、一緒にいるという感覚もだんだんとなくなってくる。

 きりのいいところまで読み進めてふと顔を上げると、イレインが両手で腹を押さえて難しい顔をしていた。床に広げられた本は、魔力を練るためのページが開かれている。

 

 あー、やっぱ魔法って見たら使いたくなるよなぁ。

 俺も最初に魔力っぽいものを放出できた時感動したもん。

 

 つんつんと肩をつつかれてそちらを見ると、ミーシャが腰をかがめて顔を寄せてきている。

 

「なに?」

「イレインお嬢様、魔力を練っていらっしゃいませんか?」

「うん。魔法って知ったらやっぱり使って見たくなるよな」

「万が一うまくいってしまい、魔力枯渇されてはまずいのではないかと……」

 

 ……やべ。

 それで気絶でもして後遺症が残ろうものなら、大問題になるぞ。

 ありがとうミーシャ、流石ミーシャ。

 

「イレイン嬢、魔法が気になりますか?」

 

 とりあえず集中力乱してやれ。

 魔力を感じて動かすのって、最初のうちしばらくはめっちゃ集中力使うから、会話しながらできるようなことではない。

 邪魔されたせいで若干むすっとした表情になったイレイン嬢は、開いていたページを閉じて俺の方を向いた。感情を爆発させて怒り出さないあたりかなり偉い。

 俺小さいときに母親にゲーム邪魔されて怒鳴った記憶あるからね。

 

 コンセント抜かれてぶっ叩かれたけど。

 今思えばあれは、ご飯に呼ばれたのに生返事を繰り返してた俺が悪い。

 

「……ルーサー様は魔法を使えますか?」

「はい、先生に習っています」

 

 初めて名前呼ばれたな。

 野生の動物が警戒しながら近寄ってきてくれたみたいでちょっと嬉しい。

 

「私も魔法を使ってみたいので、魔力の練り方を教えてください」

「……すみません。魔力は使いすぎると枯渇して意識を失うことがあります。何かあってはウォーレン伯爵閣下に顔向けできません」

 

 せっかく頼ってくれたところ悪いけど、これは断るしかないや。

 俺と同じように魔力枯渇して、親に迷惑をかけるような状況にはなってほしくない。

 というか、魔法の存在を教えるのまずかったんじゃないだろうか。

 貴族だし、当たり前に使われているものだから、イレインだって知っていると思ってたんだけど……。

 この様子だと魔法の存在自体よく知らなかった可能性がある。

 

 これ、戻ったらウォーレン伯爵に伝えておいた方が良さそうだな……。

 

 イレインは難しい顔をして本の表紙をじっと見てから、その表情のままもう一度俺の方を見てため息をついた。

 

「……無理を言ってごめんなさい。ならいいです」

「いえ、こちらこそ」

 

 気まずいって。

 というか、理性的すぎるだろこの子。

 自分の要望が通らないのに文句言うどころか、こっちの事情を察して謝ってきたぞ。

 仲良くなれるかは別として、マジで頭いいな。

 

 ……これ、もしかして俺と同じ転生者だったりしないか?

 しかも、妙に俺と距離をおこうとする感じ、まさかこの世界をあらかじめ知ってる系の転生者って可能性もあるんじゃないか?

 

 どうすっかなー……。

 俺、すでに原作と違う動きしてたりしそうだけど……。もし俺が元からその作品に出てくるキャラクターだったとしたら、想像している通り悪役である可能性が高い。

 魔法が使えるかって質問は、まさか探りを入れられていたのか?

 

 今はまた本に目を落としておとなしく文字を追いかけているけれど、これ、すでに何かしくじってるんじゃないのか。

 

「……なんですか」

 

 俺のページをめくる手が止まって自分の方を見ているの気づいたのか、イレインがいぶかしげな表情を浮かべている。

 

「いえ、なんでも。気に入った本があって良かったなと」

 

 笑顔笑顔、何にも気づいていないふり。

 目つきを余計険しくするのやめてくれない? 普通に傷つくけど。

 まあいいや。どうせわからないのなら、俺は貴族の嫡男らしく振舞うことしかできないんだ。

 

 もしイレインがこの世界の未来を知っているのだとしたら、いつか変な行動をしている俺に向けてアクションを起こしてくる可能性もあるだろう。

 でも、警戒だけはしておかないとな。

 もし俺が悪役ムーブしないことで彼女に不利益がある場合、陥れるべく動き始める可能性だってある。

 

 女性って怖いんだぜ。

 俺たくさんお腹刺されて死んだから知ってるんだ。

 

 お陰様でメイクばっちり系の女性にちょっと恐怖心あるからね。

 イレインのお母さまは美人でばっちりお化粧してるから、正直ちょっと怖い。

 あーあ、俺もともとそういう人タイプだったのになぁ……。

 

 それはともかくとして、イレインにこれ以上俺の情報を与えるのは良くないかもしれないな。魔力を練り始めないようにだけ気を付けながら、俺も読書に集中することにしよう。

 

 西日が斜めに差し込んでくるまで、俺たちの間には会話らしい会話はなかった。

 イレインが他の本を探しに行くことの許可を求め、俺が笑顔で承認したくらいか。

 ミーシャが途中で心配になったのか肩を何度か突っついてきたけれど、俺は小声で「大丈夫だから」と答えるだけにとどめておいた。何が大丈夫かは俺も知らない。

 

 屋敷で働くメイドが食堂に集まるように伝言を届けてくれたことで、俺はようやくこの息の詰まるような空間から離脱することができることになった。

 書庫を出るときも笑顔で手を差し出したつもりだが、イレイン嬢はちらりとそれを見て「大丈夫です」と言って歩き出す。

 何が大丈夫かはやっぱり俺にはわからなかった。

 わかるのは俺の笑顔が若干ひきつったことくらいだろうか。

 

 あのなぁ、男の子って結構繊細なんだからな。

 俺が本当に5歳児だったら、これトラウマになってるからな。

 

 

 

 

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