たぶん悪役貴族の俺が、天寿をまっとうするためにできること   作:嶋野夕陽

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息子への信頼

「イレインは学園で不便ないか?」

 

 父上はイレインを俺と同じように名前だけで呼ぶ。

 本来は他国の姫として何か敬称でもつけるのだろうけれど、本人間での話し合いでそれは取っ払われたようだ。

 

「ありません。ローズやマリヴェル……それに先輩方も必要以上に気を配って下さいます」

「そうか。しかしイレインは微妙な立場だから、必要以上ということもあるまい。素直に甘えさせてもらうといい。それでもいざ問題が起これば遠慮なく私に言いなさい」

「ありがとうございます」

 

 イレインが軽く頭を下げれば、父上も深く頷いて納得する。

 確かに周りの立場ある人たちが気にしていなければ、もっとちょっかいをかけられててもおかしくない。まぁ、流石にそうなれば俺もうだうだ言ってないで間に入ることになるんだけど、それをしてしまうと、同級生の間じゃ俺は〈ウォーレン王国〉寄りの奴として認知されることになるだろう。

 そう考えればローズやマリヴェルの存在は本当にありがたい。

 

「父上、報告よろしいですか?」

「ああ、そうだったな。……ただ、もう少し肩の力を抜いて話しなさい。離れている間に父との接し方も忘れたのならば、やはりもう少し顔を出すように言っておくべきだったか」

 

 どうやら俺が緊張していることに気づかれてしまったらしい。

 レーガン先生の件を報告するのに、ちょっとばかり気を張っていたのだ。

 珍しく冗談交じりで俺に注意をする父上に、俺も笑いながら答える。

 

「エヴァにも怒られました。休み明けにはもう少し顔を出すようにします」

「それがいいだろうな」

 

 父上は背もたれに体を預け指を組んで笑った。

 色々経緯を報告してからレーガン先生の件をお願いしようと思ってたけど、緊張することは先にすませちゃうか。

 

「父上。一人、剣の腕がたつ人をセラーズ家で雇ってもらえませんか? 今は怪我をしているので療養が必要なのですが」

「ふむ……我が家でか? それともルーサー付きとしてか? 自由が利くのは後者だが」

「違いは何ですか?」

「ルーサー付きとしておけば、お前個人の頼みを気軽にできるようになる。我が家に勤めていた時のクルーブ先生と同じ扱いになるな。賃金はセラーズ家から出るので変わらない」

「ではそちらでお願いしたいのですが……、事情は聞かないのですか?」

 

 とんとん拍子で話が進み、あっという間にレーガン先生の雇用が決まってしまいそうだ。逆に計算が狂ってしまった俺は、ついつい父上に質問を投げかける。

 

「聞くとも。しかし、私はお前の判断を尊重しているし、もし失敗しても何とかしてやるのが親というものだろう。お前からのお願い事は珍しいし、受け入れない理由はない」

「ありがとう、ございます」

 

 なんか、ちょっとぐっときてしまった。

 父上はいい男だなぁ。流石母上がベタぼれするだけある。

 俺、いつかこんな男になれるのかなぁ。全然想像がつかないんだけど。

 

「それで、それはどんな人物なんだ。お前が認めるほどの腕前ならば私も興味がある」

「あまりいい話ばかりではないと、先に断りを入れておきます」

「ふむ、それでも手元に欲しいというのか。ならばますます気になる」

「長い話になります」

 

 俺は断りを入れてから順番に学園であったことを話していく。

 

「父上は光臨教の勇者候補が学園にいることはご存じですか?」

「入学したらしいというところまでなら。どうも私の情報網には、光臨教に関する情報が真偽不明のものまでばらばらと入ってきていてな。何者かが情報のかく乱をもくろんでいる節がある。おおかたプラックとその背後が仕組んでいるのだろうが」

 

 そういえばウォーレン王は光臨教にバックアップされて独立したんだっけ。

 それでよく堂々と勇者とか入学させてきたもんだよなぁ。

 表向きはそうじゃないから、王国としても何も手出しできないんだろうけれど。

 

「そのうち二人、イスナルドとアルフレッドと仲良くなりました。ともに剣の訓練をしています。アルフレッドと仲良くなったのは本当につい最近のことなのですが」

「ほう、友人ができたか。良いことだな」

 

 父上はにこにこと俺の話を聞いている。

 面白いこと言ってないと思うんだけど、楽しそうに聞いてくれるのがなんだか嬉しい。

 

「あ、あと、エル=スティグマという先輩に、勇者候補として立たないか誘われましたが、光臨教に近付くことを避けたいのではっきりとお断りしました。なんでも今回の神様からのお告げによれば、僕たちの年齢の子に勇者が出るそうです」

 

 父上が目を丸くして、少しだけ身を乗り出す。

 

「……ルーサーは、勇者にはなりたくないのか?」

「なりたくありません」

 

 意外な質問だった。

 俺はセラーズ家の嫡男として立派に責務を果たすつもりだけど、父上からはそうは見えていなかったのだろうか。勇者なんかになったら、そっちが忙しくて貴族の当主としてやっていくことは難しいだろう。

 光臨教では教皇と同じ立場になってしまうらしいし、王国の政治からは自然と弾かれることになるだろうしな。そうしたらあんなに俺に期待してくれている殿下や友人たちを裏切ることにもなる。

 あらゆる面でお断りだ。

 

「なぜ?」

「僕はセラーズ家の嫡男であり、殿下の友人です。セラーズ家を守る責務がありますし、僕を変わらず信じて待っていてくれた殿下や友人たちを裏切るつもりはありません」

「なるほど、そうか。……ルーサー、殿下たちと仲良くやっているんだな」

 

 あ、そうか、それをまず話してなかったのか。

 父上はほっとしたような顔をしてから、優しく俺に微笑んだ。

 イレインがエヴァやローズと仲良くしてるって言っても、俺の個人的な話はあまりしていない。成績だのダンジョンだのの表向きの話より、父上は俺が再会した友人とうまくやっているのかを心配してくれていたのだ。

 

「とても良くしてもらっています」

「良かったな」

「はい」

 

 隣に座るイレインもふっと笑ったのが見えた。

 こんな親子のやり取りを見られるのはこっぱずかしいが、父上からの愛情に免じて、ここはひとつ笑われておくことにしよう。

 

 それにしても父上が勇者に興味があるのは意外だったな。

 この喰いつき具合なら、小さなころには憧れてたくらいのエピソードはありそうだ。

 そのうちおじい様に会ったら聞いてみようかな。

 とにかく今は話を進めるか。

 

「ええと、今回の件はその勇者候補のアルフレッドの生い立ちが関係しています」

 

 人に話してはまずいことだが、父上には全てを伝えておくべきだ。

 これに関してのためらいはない。

 アルフレッドの生まれ、育ち。友人を失ったこと。ともにいる聖女候補との関係や、おそらく会話が筒抜けである状況を話すと、父上の表情はみるまに曇っていく。

 

「守るべき子供を我欲のために利用するとは……」

「はい、許せません」

 

 低い声で呟く父上に同意。

 こ、これはまだレーガン先生の話じゃなくて、光臨教の悪い枢機卿の話だから!

 レーガン先生はちゃんと反省してるし、結果的にアルフレッドを守ったからね。

 

「レーガン先生は足を怪我していていました。その治療の優先と引き換えに、アルフレッドを許可なくダンジョンへ引率しました。ダンジョンボスとの戦いで先生はアルフレッドを庇って死にかけました。アルフレッドはそこから妙な力を覚醒し、僕たちが助けに行くまで攻撃をしのいでいたような形です」

「……妙な力? それはお前が認める剣士が耐えられなかったものに耐え得るほどのものなのか」

「どうやらそのようです。あれが勇者の力だというのならば、本当にそんなものがあるのかもしれません。……一応その、補足をしておきます。レーガン先生は足が不自由な中、無理にアルフレッドを庇いに行った結果致命傷を負っただけであり、はじめから一人であればある程度しのげたのではないのかというのが僕の見解です」

 

 勘違いしないでよね、父上。

 レーガン先生はマジで強いから。両足元気になったら、アウダス先輩をしのぐんじゃないかって俺は思ってるよ。

 俺の説明が下手だったせいで評価が下がるのは不本意だ。

 

「まあそれは治ってから手合わせをすればわかることだ。続けなさい」

 

 俺が一生懸命説明しているのが伝わってしまったのか、笑われてしまった。 

 いやだって、これから一緒に頑張っていこうって人を誤解されたくないじゃんか。

 

「何が言いたかったかというと、その……。つまり、魔が差しただけでちゃんと命懸けで生徒を守れるような人だってことです」

「わかったわかった、お前の自由にしなさい」

 

 父上は相変わらず笑っている。

 笑うってことはつまり、俺が子供っぽく見えたってことなのだろう。結構真面目にプレゼンしようと思ったのに、ついレーガン先生を良い感じに見せようと思って張り切りすぎてしまった。

 一緒にやってくことになるだろうクルーブがちょっと厳しめだから、せめて父上を味方につけておいてあげようと思ったんだけどな。すまん、レーガン先生。

 

「その話はお終いだ。他にはどんなことがあった? 色々聞かせてくれ」

「わかりました。では……」

 

 話すことはたくさんあった。

 アウダス先輩のこと。

 マリヴェルや他の友人たちの成長。

 変わった先輩たちに、ダンジョン探索。

 ああ、同級生にセラーズ家を慕う家の子たちもいた。

 

 思い出しながら一つ一つ話している間に、気付けばすっかり夜も更けていた。

 体が勝手に眠たくなってきてしまい、あくびをかみ殺して次の話へ行こうとしたところで、父上がソファから立ち上がる。

 

「そろそろ一度休むとしよう。話はまた家にいる時に聞かせてくれ。ルーサーだけではなく、イレインもだ。……レーガン先生に関しては、移動が可能になればいつでも屋敷に来てもらうといい。そうでないと何度も往復することになって、お前も大変だろうからな」

「ありがとうございます!」

「ほら、部屋へ戻りなさい」

 

 俺もイレインも、背中を押されるようにして部屋を出ていく。

 大きくて温かい手のひらだ。

 部屋の外では片手に光石のランタンを持ったミーシャが待っていた。

 なんだかこうして案内をしてもらうのも久々だ。

 

「ああそうだ、ルーサー」

「なんでしょう?」

 

 ミーシャの横に立ってから振り返ると、父上は相変わらず穏やかに微笑みながら言った。

 

「エヴァに構ってやるのもいいが、どこかで私とも手合わせをしよう。成長を見ておきたい」

「もちろんです。休みの間は稽古をつけてください!」

「うん、おやすみ、二人とも」

「おやすみなさい、父上」

 

 俺に続いてイレインも挨拶をすると、ミーシャを先頭に左右に光石が吊り下げられた廊下を歩いていく。振り返って確認すると、父上は角を曲がる時にもまだ俺たちを見送ってくれていた。

 こういう些細なところで愛情を感じるんだよなぁ。

 つくづくこの家の子供で良かったと思う。

 

「たくさんお話しできましたか?」

「うん、たくさん聞いてもらった」

「そうですか。皆さま、お二人の帰りを首を長くして待っていらっしゃいました。僭越ながら私も」

 

 きっとミーシャの言葉は本当なんだろう。

 でもきっと、ミーシャの胸の内にはもう一つ気持ちがあるはずだ。

 

「ありがとう、僕も久しぶりに会えてうれしい。……クルーブも、あと数日したら帰ってくるからちょっとだけ待っててね」

 

 ミーシャは少しだけ少しだけ無言で歩みを進め、小さな声で「ありがとうございます」と返事をくれた。

 斜め後ろから見えるミーシャの頬の色はわからなかったけれど、少しだけ口角が上がっているようであることだけはわかった。

 

 

 

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