千手扉間のブルーアーカイブ   作:トマトルテ

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サブタイトルの話数は間違いではありません。
実はこの小説には、プロローグはあっても1話はまだなかったのです。
100話越しの伏線回収です。


1話:あまねく奇跡の始発点

「ウトナピシュティムの起動はもちろんワシがやる。お前達はこれからのキヴォトスを担っていく、若き火の意志達だ」

 

 それは遠くて近い記憶。

 あまねく奇跡の始発点であり、終わらぬ悪夢の始発点。

 

「ダメです! あなたは先生なんですよ!! キヴォトスに先生以上の大人はいません!?」

『ウトナピシュティムをサンクトゥムタワーではなく、シッテムの箱で起動した場合の先生の死亡確率は……99.9%です』

 

 どうして、もっと強く止めようとしなかったのかと。

 言うことなんて聞かなければよかったと。

 幾度となく己の選択に後悔をし続けた。

 そんな、何度も繰り返す悪夢。

 

「確かに、現状のキヴォトスでワシが最も優秀な大人の可能性はある。だが、それは現在の話だ。今まで多くの生徒達と関わって来たことでワシは確信した。お前達は未来を託すに値する、大人になれるとな」

 

 大人のカードを懐から取り出しながら、扉間は連邦生徒会長とA.R.O.N.A(ウトナ)に声をかける。

 恐らく、生きている間にかけられる言葉は、これで最後だろうと思いながら。

 

「この大人のカードを使えば、穢土転生の術が使えるはずだ。ウトナピシュティムの起動の反動でワシが死んだら、これを使って生き返らせろ。そうすれば、人員を減らすことなく戦えるはずだ」

「ええぇ……」

『そういう問題なのですか…?』

 

 でぇじょうぶだ。

 死んでも、穢土転生の術がある。

 気楽にそう告げる扉間にドン引きして、先程までの焦りが消える、連邦生徒会長。

 ウトナもこれが正しい方法かと、スパコンを軽く上回る速度で考えるが答えは出ない。

 

「そして……これもお前に預ける」

「シッテムの箱…!」

『トビラマ先生…? なにを……』

 

 手渡される大人のカードとシッテムの箱。

 まるで、死にゆく自分にはもう要らないからという、遺品整理のようなもの。

 

 

「■■■……学校を慕い、お前を信じる者達を守れ。そして育てるのだ。次の時代を託す事ができる者を……明日からはお前が──先生だ…!!」

 

 

 そして同時に、引継ぎである。

 古い先生が死ぬので、新しい先生へ使えるものを渡す。

 ただそれだけの意味しかない。

 渡される相手が、何を思うかも考えずに。

 

「私が……先生?」

「お前も、もう少しで卒業だろう? 進路が決まっておらんのなら、ワシの後を引き継いでくれ。このキヴォトス全ての生徒の面倒を見るのなら、むしろワシよりもお前の方が優れておるだろう」

「それは……」

 

 合理的な意見。

 キヴォトスにおける()()というシステム。

 生徒を助け、守るために都合よく作り出された先生(システム)に、最も詳しいのは間違いなく自分。

 そんな自分が引き継ぐのが、最も混乱なくスムーズに出来る。

 連邦生徒会長は否応なしに、そのことを頭で理解してしまう。

 

『お待ちください、先生! それでは私は…?』

「A.R.O.N.A。お前はウトナピシュティムに移動しろ。そこで新たなるOSになるのだ。そうすれば、シッテムの箱以外にも動けるようになるだろう」

『それは……なぜですか?』

「人間は孤独には勝てん。いつの日か、お前もそれを理解する日が来る。だが、その時が手遅れであってはならん」

『おっしゃっている意味が分かりません』

 

 今よりもはるかに機械的だったウトナには、理解できなかった。

 扉間が自分が孤独にならないように、シッテムの箱の外へと出そうとしていることに。

 

「いずれ分かる時が来る。では……A.R.O.N.A。ワシの最後の大仕事だ。サポートを頼む」

『………かしこまりました。■■■さんも、忍術をお願いします』

「待って、A.R.O.N.Aちゃん! 先生も考え直してください! 何か…何か! 他に──アトラ・ハシースを倒す方法が!」

 

 命を賭けてのウトナピシュティムの起動以外にも、手段があるはずだ。

 並行世界の扉間達はそれに気づき始めているので、確かに間違った意見ではない。

 間違ってはいないのだが。

 

「時間がない。どうやら、ワシらは少し急ぎ過ぎたようだな」

 

 この世界の3人には、それを実証する時間が残されていなかった。

 何故か? それは。

 

「普段はお前に、人と協力しろと説教をしているというのに……いざとなると、ワシ1人で何とかしたくなるとはな」

「でも…! いつもだったら、私と先生…そしてA.R.O.N.Aちゃんだけで、何でも出来るのに…ッ」

 

 このチームが完璧すぎたからだ。

 暴力、悪知恵、権力、のトライフォースが揃った状態。勇気、どこへ? 

 

 ウトナのハッキングの暴力で、キヴォトスの全ての情報は抜ける。

 扉間の悪知恵で、情報を利用した卑劣な策を考えつく。

 そして、連邦生徒会長の権力でそれを押し通す。

 ある意味最強だ。

 

「もっと他の生徒達に任せればよかったな……そうすれば、ワシらが前線に出ている間にも何か策を考えてくれた可能性はある」

 

 能力が高すぎるが故に、扉間は連邦生徒会長以外の生徒に任せることが少なかった。

 警察や大人がちゃんとしてると、子供の主人公が活躍出来ない問題である。

 何より『それ、全部私で良くないですか?』という、全知全能の生徒に依存し過ぎた。

 ただ、助けるだけで、自分で動ける人間を育成しきれなかった。

 問題児2人、ただし最強を地で行ってしまったせいで、他が育たなかった。

 

「だが、もう遅い。ワシはここで己の尻をぬぐうとしよう」

「だとしたら…! 私だって!」

「お前はまだ若い。この教訓を生かして、次の世代へ口酸っぱく伝えるのが、生き残ったお前の責任だ。何もかもを1人でやろうとしても……能力が足りても手が足りんとな」

 

 3人で世界を救ったり、滅ぼしたりできる程に優秀だったから。

 いざという時は、自分さえ犠牲にすればどうにでも出来るから。

 追い詰められたときに、救ってくれる人が居ない。

 

 だって、誰も彼らに救いが必要だなんて思いもしなかったから。

 大人は子供を助けるものだが、大人は誰が助けてくれるのだろうか? 

 

「だったら……今からでも()()()()()──」

「やめておけ、■■■」

「え?」

「己を信じぬ者に、努力する価値はない」

 

 一度の失敗ぐらい、また、やり直せばいい。

 そう呟く連邦生徒会長に、扉間が釘をさす。

 

「失敗を受け入れることも人生だ。やり直して、無かったことにすることを成長とは呼ばん。それは自分自身への諦めと何ら変わらん。自分ではこの苦難は乗り越えられぬと、また負けてしまうのだと、己を信じられておらん」

「先生、私の能力に気づいて……」

「年寄りの説教のようになるが、お前に必要なものは失敗だ。今回は死人の命1つで取り返しがつくのだ。存分に学べ、そして真に諦めないド根性を手に入れるのだ」

 

 失敗したからといって、すぐにリセットしていたらリカバリー能力は身につかない。

 ポーカーで良い札が配られるまで、何度も繰り返すようでは、相手との駆け引きは身につかないのと一緒だ。

 毎回、ロイヤルストレートフラッシュになるまでリセットするならば、誰が相手でも同じなのだから。

 

 故に悪い状況でも、危機的な状況でも、何とかするには最後までやり通す経験を積まなければならない。

 そんな、その経験の無さが、丸ごと今の連邦生徒会長の()()に繋がっている。

 

「では……手筈通り頼むぞ。ワシは一度死ぬ。その後、すぐに呼び戻せ」

「………はい、分かりました。因みに、葬式は要りますか?」

「死人の葬儀など一度で十分だ。適当に燃やせばよい。金は今を生きる者のために使え」

「そんなことを言うと思ってましたよ……では、始めましょうか」

 

 失敗のリカバリーをしたことがないからこそ、失敗の本当の意味での重さを理解していなかった。

 ミスは挽回できても、無かったことには出来ないからこそ、ミスなのだと。

 

『……ウトナピシュティムの本船の起動、開始いたします』

「──口寄せ、穢土転生の術」

 

 死んだそばから、即座に穢土転生。

 神へ唾を吐きかける行為。

 さしもの連邦生徒会長も、その行為に重い気持ちになるが。

 

『何をボケッとしておる、サッサと持ち場につけ』

「ええぇ……」

 

 穢土転生された本人は、まったく気にしていなかった。

 

 

 

 

 

『■■■、A.R.O.N.A。ワシはこのまま、体内に仕込んだヘイロー破壊爆弾で、()()()()()()ごと道連れにする。お前達はウトナピシュティムで地上へ戻れ。それと、ワシの死体が欠片でも残っていた場合は、燃やした後に骨を海にでも撒いておけ。二度と穢土転生が出来んようにな……老骨にこれ以上鞭を打ってくれるな』

 

 アトラ・ハシースに乗り込んだ先で、色彩の嚮導者に向かい合った扉間は唐突に告げる。

 まるで、最初から決まっていたことを読み上げるように。

 

「先生……ですが、色彩の嚮導者は…!」

『並行世界の()()()だな……まさか、アリスなどではなく、シロコのような生徒をこの手で殺す羽目になるとはな』

 

 彼らが出会った色彩の嚮導者は、砂狼シロコだった。

 世界を欺く者(プレナパテス)ではない。

 無名の司祭の想定通りに、死の神(アヌビス)になり果てた存在。

 誰からも救われなかった、子供。

 

『トビラマ先生は……そんな選択で良いのですか?』

『選択に、良いも悪いもない』

 

 生徒を殺していいのか。

 ウトナは思わずそう尋ねてしまった。

 だが、彼女の予想に反して扉間には苦悩など無かった。

 

『ワシは人殺し(にんじゃ)だ』

 

 だって、扉間は里のためならば守るべき子供すら殺すような、(しのび)なのだから。

 

『やるべきことは、今も昔も変わらん……もう、先生を名乗る資格はないがな』

「そんなことは……ありません! 先生は私の先生です!! そもそも、悪いのは()()()ですッ!!」

 

 先生失格だと告げる扉間を擁護するために、連邦生徒会長は色彩の嚮導者(シロコ)を指さす。

 

「あいつが…! 並行世界なんて訳の分からないものがあるから! ……先生が死んでしまうんです!! あいつが居なければ! 並行世界なんてなければッ!!」

『かもしれんな。だが、人生など思い通りにいかないことの方が多い。仕方あるまい』

「仕方ないって──」

 

 なおも抗議の声を上げようとする、連邦生徒会長の頭に扉間の手が被せられる。

 それ以上は……何も言うな…とでも告げるように。

 

「先…生…?」

『■■■。まずは己を冷静に見つめなおせ。お前はワシが見てきた人間の中でも、最優と呼べるが……ちと、抜けたところがある。緊急事態の中でこそ、頭を冷やせ。カッとなって、つい言ってしまった言葉ほど、後悔するものもないぞ』

 

 言葉は相手を叱責するもの。

 だが、頭を撫でる手はどこまでも優しく、愛情に満ち溢れていた。

 厳しくも、優しい、父親の手。

 

『今、何をすべきか。何をしなければならないか。正しい選択は何か……賢いお前ならば、既に理解しておるはずだ』

「でも、私は…! 先生のことを──」

 

 この時、何を言おうとしていたのか。

 もはや、それは連邦生徒会長にもアロナにも分からない。

 ただ、分かっていることは。

 

 

『──大人になれ、■■■』

 

 

 感情を飲み込み、()()()()ことが、大人であり──忍なのだと理解させられたことだけだ。

 

『……ではな。寄り道せずに、まっすぐ家に帰るのだぞ』

「先生…!」

『A.R.O.N.A。帰り道のウトナピシュティムの運転は頼むぞ……()()()()()()()()()()()()()

『………了解しました』

 

 振り返ることなく、色彩の嚮導者(シロコ)の下へ向かっていく、扉間。

 それをウトナは、主に従うAIとして、ただ頷いて見送った。

 だって、それが自分の役割なのだからと、何も考えずに。

 止めないという選択をしてしまった。

 

『………帰りましょう、■■■()()

「そう…だね……私には先生の跡を継いで…やるべきことが…たくさん…たくさん……」

 

 新たな主へと指揮権を渡す。

 そして、連邦生徒会長もまた、それを受け入れる。

 心ではなく頭で、それが正しい行動だと理解したから。

 

 

「だから……帰ろうか、A.R.O.N.Aちゃん」

 

 

 あの背に、追いすがって抱き留めたいという、心とは正反対に。

 

 

 

 

 

 キヴォトスは平和だった。

 

「A.R.O.N.Aちゃん。レッドウィンターの生徒が、デモに対してデモを起こした件だけど……」

『こちらがその資料になります』

「ありがとう。本当にあの学校は……なんで、デモが成功した直後に、反対側に回ってデモを起こすんだろう」

 

 世界は救われた。

 1人の老人と、並行世界の1人の生徒の命を引き換えに。

 

「……()()なら、こんな時はどうするんだろう」

『先生はあなたですよ、■■■さん……お気を確かに』

「あ……うん、そうだね。いけない、いけない……まだ、トビラマ先生が居るような気がしてたから」

『……お気持ちは分かります』

 

 たった2つの命で、世界を救えるとかコスパ最高じゃね? 

 そんな思考は、どこかの卑劣でもない限りは、やはり引きずるもの。

 連邦生徒会長は扉間が居なくなった日常を、中々受け入れられないでいた。

 

「私が先生なんだから、しっかりしないと……もう、ミスをするわけにはいかないんだから」

『はい。私も微力ながら、お力になります』

 

 こんな日常を送っていれば、ひょっこりと顔を出すのではないかと。

 また、穢土転生の術か何かで、生き返ってくるのではないかと。

 死に区切りをつけられなかったが故に、心のどこかで淡い希望を捨てられないでいる。

 

「それじゃあ、頑張ろうか。先生のためにも…!」

 

 希望は毒だ。

 遅効性の毒。

 希望があるからこそ、小さな絶望が積み重ねられていく。

 気づかぬ間に、少しずつ、少しずつ心に罅を入れていく。

 まるで、雨粒が岩を穿つように。

 

 今日は会えるかもしれない。

 これは夢で、目が覚めたら、現実のあの人は生きているかもしれない。

 まともな状態の人間なら鼻で笑うような理論も、弱った心には劇薬となる。

 

 特に──

 

「いざとなれば、コンティニュー(やり直し)をすれば……また先生に会える……」

『何かおっしゃられましたか?』

「ううん……なんでもないよ」

 

 都合の悪いことをなかったことに出来る人間には。

 

 

 

 

 ──人生(ゲーム)を最初からやり直しますか? 

▶<はい>

 <いいえ>

 

 これは選択肢。

 “はい”を選べば、先生と出会う前からやり直せる。

 “いいえ”を選べば、この世界で生きていくことになる。

 

 ずっと子供のままで、何もかもから逃げたい場合は、“はい”を選ぼう。

 だが、現実という険しい道を歩き続ける勇気があるのならば、“いいえ”を選べ。

 

 これは始まりの分岐点。最初の別れ道。

 アロナは“はい”を選び、子供のまま成長せずに、何度でもあの人と出会う選択をした。

 だが、■■■は──

 

 

 ▶<いいえ>

 

 

 “いいえ”と、険しい道を歩く選択をした。

 それは褒められるべき行為だ。

 前に進むと決めた、強き火の意志。

 この時点では、間違いなくアロナよりも■■■の方が上だった。

 

 だが──

 

 

 ──この世界は地獄だ。

 

 

 険しい道は選ぶことよりも、()()()()()()()()()()()()

 1人では忍び耐えられぬほどに。

 

 マダラも、一度は友の手を取りながらも、その後に道を踏み外した。

 柱間でさえ、弟を守るという初志を捨ててまで、里を守ることを誓った。

 自分を取り戻したオオノキが、孫の死で再び狂ったように。

 

 地獄には、人を堕とす悪魔のささやきなどいくらでも転がっている。

 

 ただ、逢いたいと願う……純粋な恋心でさえ。

 

 

 

 

 

 今日もキヴォトスは平和です。

 あなたが居なくなっても、何も変わらないとでも言うように。

 

『もうすぐ、卒業式ですね。私達のやるべきことは、何も変わりませんが……それでも1つの区切りです』

「卒業式か……」

 

 今日もキヴォトスは平和です。

 まるで、最初からあなたなんて、どこにも居なかったとでも言うように。

 

「そうだね……盛大にお祝いしないとね。でも……」

 

 今日もキヴォトスは平和です。

 明日もキヴォトスは平和です。

 明後日もキヴォトスは平和です。

 だとしても、そこに──

 

 

「卒業式を、先生に見てもらえないんだよね……」

 

 

 ──あなたが居ない。

 

「……だったら、卒業したくないな」

『何を言っているのですか? ■■■さん』

「だって、ちゃんと先生に見て貰えないなら……何のためにやる式か分からないし」

『何の話ですか? 何なのですか?』

 

 会いたい。逢いたい。

 会って伝えたい言葉がある。逢って伝えたい想いがある。

 だとしても、もう──

 

「ねぇ、A.R.O.N.Aちゃん……死者蘇生って出来るかな?」

 

 会えない逢えない会えない逢えない会えない逢えない会えない逢えない会えない逢えない会えない逢えない会えない逢えないあえないアエナイあえないアエナイあえないアエナイあえないアエナイあえないアエナイあえないアエナイ。

 

 ──イヤだ。

 

「この大人のカードで、私も忍術を使うことが出来た……じゃあ、もう一度先生を蘇らせることが出来るかも……」

『正気ですか? そもそも、先生の遺体はアトラ・ハシースの残骸ごと、完全に消去したはずです。■■■さんのその手で』

「A.R.O.N.Aちゃんは先生に会いたくないの?」

『ッ!』

 

 正気ではない連邦生徒会長に対して、ウトナは咎めるが会いたい心は彼女も同じ。

 

「大丈夫だよ……ちょっと試してみてダメなら、すっぱり諦めるから」

『………ダメです。死者蘇生はトビラマ先生の遺志に反します。振り返るな……トビラマ先生はそう言っていました。これは過去や死に囚われるなという意味でもあるはずです』

 

 だとしても、ウトナは断った。

 先生の指示に従う。

 それが、彼女のAIとしての使命なのだから。

 扉間の最後の言葉ぐらい守れなければ、一体何が守れるのだろうかと。

 

「……そっか。ごめんね、A.R.O.N.Aちゃん。無茶を言って」

『いえ……』

「これは私で解決しないといけない問題だよね……少し()()()()()()()()()

『風に…? ここは、サンクトゥムタワーの最上階ですが……屋上にでも行くのですか?』

 

 シッテムの箱を置き、連邦生徒会長は散歩するかのような気軽さで、キヴォトス一帯が見渡せる巨大なガラス窓の方に近づいていく。

 

「死者蘇生は先生も嫌がってたよね。『老骨にこれ以上鞭を打ってくれるな』って」

『そちらは出口ではなくて、窓の方ですよ?』

「だから……A.R.O.N.Aちゃんの言う通り、死者蘇生はしないよ」

 

 ──ピシリ。

 罅が入る。()()()()()、心に、正気に。

 

『何をしているのですか!?』

「ああ……そうだ。どうして、こんなに簡単なことに気づかなかったんだろう? 逢いに来てもらえないなら、()()()()()()()()()()()()()

 

 ──パリン。

 ガラスが割れ、ジャララと床に落ちる。

 強烈な風が割れた窓から入ってきて、連邦生徒会長の髪を巻き上げる。

 

『馬鹿な真似はやめてください!! 死ぬつもりですか!?』

「そう言えば、先生はバカな子が好きだったね。私も先生に好きになって貰えるかな?」

『正気に戻ってください! 先生に救われた命を無駄にするつもりですか!?』

「ごめんね、A.R.O.N.Aちゃん。でも…もう……先生の居ない世界には耐えられないんだ」

 

 ジャリ、ジャリと、ガラスを踏みしめて連邦生徒会長が外の世界へと踏み出していく。

 キヴォトスのどこからでも、確認できる程に高いサンクトゥムタワー。

 その最上階から落ちれば、頑丈なキヴォトスの生徒であっても死は免れない。

 

 

「──さようなら」

『■■■さんッ!?』

 

 

 フワリと、優雅な白い(ツル)の様に大きな体を宙に躍らせる、連邦生徒会長。

 ウトナの叫びが、誰の耳にも届かずに風にかき消される。

 

(あっちに行ったら何を話そうか……でも、その前に先生に怒られるかな? 怒ってくれるかな? まだ、私を生徒として愛してくれるかな……こんなことをして)

 

 風に流され、全てがスローモーションに感じる落下の最中。

 宙を舞う(しらつる)祈り(イノリ)を捧げる。

 

(でも──逢いたいんです、愛しい先生(あなた)に)

 

 もう一度出会えますようにと。

 そんな、彼女(イノリ)の行き先は──

 

 

 わたしが()()を殺したというのに、そんな都合の良い願いが叶う訳がないでしょう? 

 

 

『良かった……踏み留まってくれたのですね、()()()()()()。一瞬、本当に飛び降りたものかと』

「…………は?」

 

 

 ──どこにもなかった。

 当たり前だ。救いを拒んだ者(自殺者)には天の国は訪れない。

 

「なんで…? 私は確かに飛び降りて…地面に叩きつけられたはず…?」

『連邦生徒会長……あなたは疲れているんですよ。今日の仕事は全部お休みです。まずは、美味しいものを食べて、お風呂に入って、ぐっすりと寝てください』

 

 確かに自分は死んだはずだ。

 だというのに、まるで現実が(えが)き換えられたように自分はここに居る。

 死んでいなかった。

 

「……もう一度」

『やめ──』

 

 まさかと思い、止める間もなく再び空に身を投げる、連邦生徒会長。

 同じように落下し、地面にトマトが落ちたような染みが生まれて──

 

『……これは? 先程の自殺は私の見間違いではない…? いえ、そもそもAIの私に見間違いなど……』

「夢? 違う……まさか…これは私の──神秘?」

 

 ──彼女は何事もなかったかのように、立っていた。

 イザナミだ。

 

「まさか、私は……死ぬことすら出来ない…?」

 

 彼女は神様だから。

 死を克服した存在こそが、救世主(イエス)の神秘なのだから。

 彼女は()()()()()()()()()()

 

「まさか、死ぬことで、能力がやり直し(コンティニュー)から……進化した?」

 

 一度死ぬことにより、彼女は完全なる神となってしまった。

 過去に戻ってやり直すのではなく、死の拒絶。

 

 そんな、救世主の()()を起こしてしまったのだ。

 愛する者を追って冥府へと赴き、そして帰ってきたイザナギの様に。

 そして、それが意味することは。

 

「そん…な…先生…私は……先生と同じ場所に行くことすら…許されないんですか?」

 

 彼女は扉間と同じ場所に行くことが出来ないという、残酷な事実だった。

 だって、彼女は死を克服したのだから。

 

『連邦生徒会長……』

「どうして…? なんで…? じゃあ、やり直せば──」

 

 残酷な現実は続く。

 

「──使えない……能力が変質してる…?」

 

 現実を塗り替える力を得た代わりに、彼女は過去に戻る力を失ってしまった。

 もう二度と、繰り返すことが出来ない。

 イザナミとイザナギは、二度と相容れることはないのだから。

 

「まさか……反転した? 何で? なんで? ナンデ? 何に怯えた? 何に恐怖した? 何を後悔した? 何を否定した? 何を? なにを? ナニヲ?」

 

 いつまで目を逸らすのですか? 並行世界を創っているのは誰なのか。わたしは分かっているはずです。

 

「──あ」

 

 ()()()()が連邦生徒会長を咎める。

 もう、彼女は愚かな人の子では居られなかった。

 無垢なる生徒は、全てを知る全知全能の神へと戻った。

 故に──

 

 わたしがやり直すから、分岐点が生まれるのです。並行世界が増えていく。要するに、わたしが居たから──先生は死んだのです。

 

 己の内側から告げられる真実から、目を背けることなど出来やしない。

 並行世界を創ったのは自分自身。そして、扉間が死んだのは並行世界が原因。

 だとしたら、本当の意味で扉間を殺したのは。

 

「あ…あ…そうだ……私がやり直しなんてするから…並行世界が出来て…並行世界があるから…並行世界のシロコさんが現れた」

『意識をしっかり持ってください! 連邦生徒会長!』

「並行世界があるせいで先生が死んだ……私のせいだ…! 私が居たからッ! 先生を本当に殺したのは、シロコさんじゃない……私が、私が──先生を殺したんだッ!!」

 そうです、■■■■。あなたが殺しました。

 

 連邦生徒会長、その人だ。

 

『急に何を…!? とにかく、落ち着いて──』

「──全部、私のせいだ」

 はい。全ては、このキヴォトス(箱舟)を守るための必要な犠牲。そのためにわたしは先生をキヴォトスに招いたはずです。

「初めから……()()という存在を、キヴォトスに招いた時から……この結末は決まっていた…いえ、()()()()()

 

 あまりにも都合がいい存在だとは、思わなかっただろうか? 

 様々な媒体の、()()()()であっても、キヴォトスのために身を粉にして働く。

 生徒というテクスチャを貼られた神々のために、命を投げ出すこともいとわない。

 

 そんな理想的な主人公(コマ)が、偶然に現れるだろうか? 

 

 

()()()──信じられる大人です」

 

 

 プロローグでリンが言った言葉。

 それは連邦生徒会長がリンへと伝えた言葉である。

 会ったこともない人間だというのに、先生は無条件で信用できると彼女はリンに教えた。

 

『何を急に言っているのですか…?』

「……そうだよね。だって()()は私が選んで、私がキヴォトスに呼んだんだから……信じられる大人なのは間違いない」

 

 千手扉間という人間を、信じられる大人と言ったのではない。

 ()()という都合の良い駒が、信じられる大人だと教えたのだ。

 

「先生というテクスチャに相応しい人なら……()()()()()……だって、重要なのは先生という役割(ロール)だから」

『取り消してください! 今の言葉! 私達の先生は、トビラマ先生だけです!』

 

 全ては必然だ。

 全知全能の神が定めた通りの筋書き。

 先生は、キヴォトスと生徒(かみがみ)のために奉仕し、要らなくなれば消える。

 ただ、それだけの役割。

 

「うん…でも……そう決めたのは私だから」

 

 彼女がそう決めた存在。自業自得ですらない。

 説明書通りの使い方。

 マッチをつければ、マッチ棒は燃えて消える。

 当たり前の話だ。

 

 まさか、情でも移ったのですか? 

「でも…私は先生のことを……好きになっちゃったから」

 全部知っていたのに、全部あなたの手の平の上なのに、何を苦しんでるのですか? 全知全能の神がただ1人の人間に恋? バカバカしい。

「それでも……好きなものに嘘なんてつけない…ッ」

『誰と話をしているのですか…?』

 

 生徒という存在が、神であるという自覚を持つことはない。

 反転し、恐怖(テラー)にでも染まらない限りは。

 それは、連邦生徒会長とて同じであった。

 故に、今の今まで、全ては自分の計画通りだと気づかなかった。

 無垢な子供のままでいられた。

 

 主ともあろう者が何を今更……名もなき神々を滅ぼしたのは誰ですか? 世界を塗り替えて、無名の司祭から世界そのものを奪い取ったのは誰ですか? 優しさも残酷さも、全てわたしの手で行ったことでしょう? この世界を存続させることが、わたしの役割。全ては、そのための手段に過ぎない。高々、1人の人間の命を惜しんでどうするのですか? 

 

 この透き通った学園物語を続けること。

 それが、■■■■の役割。

 そのためならば、救いを与えず、切り捨て、光を奪うことすら許容する。

 

 全てを知りながら、人が知恵の実を食べるのを見逃し、原罪を与えたように。

 そのことが回り回って、自らの子(イエス)を磔にすることに繋がるというのに。

 神は全てを知った上で、残酷なる仕打ちを行う。

 

「………うるさい」

 生贄の子羊に同情するなんて、気でも触れましたか? 

「関係ない…!」

 後悔しても、もう遅いですよ。神秘は神秘を持つ者にしか作用できない。別の世界の人間を生き返らせるのは、神秘では出来ませんから。逆に言えば、神秘ではどうにも出来ないジョーカーだからこそ、千手扉間を()()に選んだのですがね。

 

 全能に近い、名もなき神々の王女ですら、神秘を持たぬ者達を生き返らせることは出来ない。

 だが、逆説的には、神秘を持つ存在への()()()()()()()切り札となりえる。

 故に、別の世界の人間を、ワザワザ神秘が溢れるキヴォトスの先生にしたのだ。

 

 わたしはキヴォトス(この箱舟)の神様。それを維持するためなら、何でもするはずです。自分の役割を思い出してください。全部、わたしがやったことで計画通り……ミスなんて1つもないでしょう? 

「全知全能の神でなくていい……無知無能の人間で良い……だから──」

 

 だが、彼女はそんな計画の中で、彼女はたった1つ。

 致命的なミスを犯してしまった。

 彼女の犯したミス、それは──

 

 

「たとえ、()()()であっても──私の恋路の邪魔をするなッ!」

 まさか、わたしがここまで狂うとは…! いえ わたしだからこそ、分からなかった──

 

 

 ──自分自身が先生(道具)に恋をしてしまったことだ。

 

「私は私のトビラマ先生が好きです。大好きです。愛しています。結婚したいです。永遠に一緒に居たいです。死が2人を別っても、引きずり戻します」

『………精神科の予約を入れました。大丈夫です、私も一緒に行ってあげますから』

 

 それはバグ。

 完全無欠の機械に生じた、小さくも致命的な綻び。

 全知全能の神が、ただ1人を愛するというミスを犯した故に、生じた欠陥。

 だが、そのバグは全知全能を捨て去り、代わりに絶対的な自我で神すら塗り潰した。

 

 まるで、滅ぼしに来た星の男を愛してしまった、大筒木カグヤのように。

 

「私のミスでした。先生よりも、世界を選択してしまった。先生の居ない世界なんて価値がないのに……世界の神なんてどうでもいい。ただ私は先生を蘇らせる、先生を救う、先生だけを愛する、そんな──先生の神様になりたい」

 

 そうすれば、永遠にあなたを守ってあげられるから。

 

「……A.R.O.N.Aちゃん。私はトビラマ先生を蘇らせる。何があっても、どんな手を使っても……もちろん協力してくれるよね? 今の先生は私なんだから」

『黄色い救急車は、119番でいいのでしょうか?』

「………取り敢えず、今までの経緯をちゃんと説明しようか」

 

 そうして、死者蘇生を求める旅路が始まったのだった。

 

 

 

 

 

「取り敢えず、実験からしようか……いきなり蘇生して巨神兵みたいになっても困るし」

『本当にやるのですね……やめるのなら今の内ですよ』

「ごめんね? でも、私はやるって決めたから……無理やりでも、従ってもらうよ」

『………分かりました。また、自殺されるよりかはマシです。諦めがつくまでは、付き合ってあげます。それに私達は運命共同体のようなもの、怒られるときは一緒に怒られましょう』

「ありがとう、A.R.O.N.Aちゃん」

 

 連邦生徒会長は死ねない。あの世に、扉間に逢いに行けない。

 なので、あの世から引きずり出そう。

 そんな前向きなのか、後ろ向きなのか分からない計画が始まる。

 

「そう言えば、あの世の記憶って蘇った人は分かるのかな?」

『……どうでしょうか。トビラマ先生は何も言っていませんでしたが』

「あの世について分かるなら、先生に伝言を伝えて貰うことも……逆に先生について聞くことも出来る」

 

 初めは、適当な人間を穢土転生で蘇らせて確認していく。

 本命に辿り着くための地道な作業。

 望むのは単なるゾンビではなく、完全なる復活なのだから。

 

「うーん……やっぱり、あの世の記憶は引き継げないみたいだね。みんな、死んだところで記憶が途切れてる」

『脳という記憶媒体が無い状態なので、ある意味で当然かと。記憶は引き継げなくとも不思議ではないです』

「復活には肉体が要る……土葬にしろ、ミイラにしろ、そういった理由なのかな」

『先生が遺体の焼却を命じたのもそういった理由なのでしょう……もう二度と、現世には現れないように』

 

 あの世で記憶を持って、会話をしたりは出来るのに、あの世の記憶は持ち帰れない。

 そんな自然の摂理を目の前にして、2人の気勢が少し削がれる。

 

『やはり、穢土転生の術では不可能ですね。先生の遺伝子情報が残っていない以上は打つ手がありません……』

「……先生の家のゴミ箱でも漁ってこようかな。後は食器とかに唾液が残っていないか……Bluetooth銃に血がついてたりするかも」

『………うっわ』

「いや、しょうがないよね!? 他に残されたものが無いんだから!!」

 

 うわ、キッモ。

 ウトナがドン引きした様子で、連邦生徒会長を見る。

 ほぼストーカーである。正直、はたから見ると怖くてしょうがない。

 そうだよな、ホシノ? 

 

「先生の遺物を探したけど……結局、収穫は何もなし」

『……そろそろ、諦めませんか? 先生を蘇らせるどころか、手掛かりすらつかめません』

「ま、待って! 確かに穢土転生の術だけだとダメだけど……神秘も合わせれば、何か出来るかも……私のテクスチャなら」

 

 無意味な試行錯誤の連続。

 だが、回を重ねるごとに、優秀過ぎる彼女は、それでも少しずつ課題を見つけてしまう。

 前進していると勘違いしてしまうのだ。

 だから、諦めきることが出来ずに、ズルズルと続けてしまう。

 

「やっと、見つけた………この人の遺体なら、私と同じように蘇生が出来るかもしれない」

『この方は? それに、遺体にしてはやけに瑞々しいような……』

「遺体の方をちょっと混ぜ物にして、生前に近づけてみたんだ。肉体が無いと復活が出来ないんなら、逆に言えば肉体の状態が良い方が蘇生しやすいかと思って」

『それは、先生を生き返らせることと、関係があるのですか?』

「ま、まあ、研究っていうのは、何が役に立つか分からないし……」

 

 良く調べましたね、まるで死体博士です。

 ええ、調べましたよ。先生を蘇生させるために。

 だが、ただの遺体では、ワシは蘇生できんぞ。

 

 こんな形で当初の目的からズレたりしそうになりながら、試行錯誤を続けていくうちに──

 

 

「ひぃん……ここどこぉ…?」

『……アビドスの生徒さん?』

「梔子ユメ…先輩だよ。“オシリスと十字の聖者の共通点”を利用して、“2つの神秘の複合”を行ってみたんだ。私の(パン)(ワイン)を混ぜたから……でも、現状だと“半死半生のミイラ”のような状態みたいだね……やっぱり、完全な蘇生じゃない」

 

 

 ──ユメパイセン(カステラ(パン)イチゴミルク(ワイン)移植済み)を召喚した。

 因みに、ユメが穢土転生の縛りから抜け出ていたのは、連邦生徒会長(カステラ細胞)が混ざっていたのが理由である。

 

「オシリスも十字の聖者も死後復活している神で、パンとワインを人間に与えた存在。ただ、現状の私達は他のテクスチャを、上から貼られた状態。私の神秘を混ぜ合わせても、完全な死者蘇生にはなってない……後は一体何が足りないのかな? 出力? 魂の純度? 神話の再現? それとも、私の神秘が反転したから?」

 

 ユメの神秘であるオシリスは、死後バラバラになった体を集められてミイラとなって復活した。

 イエスは死後三日後に墓より蘇った。

 だが、どちらも生前と同じだったわけではない。

 

 オシリスは復活したが、完全な肉体ではなかったために、冥界の神として留まる。

 イエスは弟子達の前に姿を現したが、既に神となっており天国へと帰っていった。

 ありのままの人として蘇ってはいないのだ。

 故に、ユメは“半死半生のミイラ”のような状態なのだ。

 

「えっと……私って死んだような気が…?」

「すみません、梔子ユメさん。私の実験に付き合わせてしまって」

「実験? 何の?」

「蘇らせたい人が居るんです……だから、その実験として蘇らせていただきました。先生のことを聞きたいので」

「先生…?」

 

 ユメに説明をしているが、連邦生徒会長の脳内はただ失望で冷たくなっていた。

 この様子では、また失敗だろうと。

 既にそう察していた。

 

「冥界の神のあなたなら、あの世での記憶を引き継げないでしょうか? 私は()()()()()()()()()()

 

 皮肉気に笑う、連邦生徒会長。

 自殺しても生き返ったことを、扉間から追い返されたと皮肉っているのだ。

 まあ、実際可能なら蹴り飛ばしてでも、追い返しただろうが。

 

「冥界の神…? 良く分かんないけど……私は砂漠で倒れたところから、何も覚えてないよ」

「そうですか……失礼しました」

 

 ああ、やっぱり今回もダメか。

 冥界の神の神秘。エジプトの主神であっても、キヴォトス(ここ)では生徒でしかない。

 他ならぬ彼女が、そう世界にテキストを貼り付けたのだから。

 

(ああ……失敗か。やっぱり、神秘の力じゃ、先生を蘇らせることは出来ないのかな……)

 

 死体がない人間は、穢土転生での復活は出来ない。

 度重なる実験の結果として、そう認めざるを得なかった。

 

 ──ぐううぅぅぅ……。

 

「?」

「あ、あはは……ごめんね? ずっと何も口に出来なかったから……お腹が減っちゃって」

『通常の穢土転生とは違いますね。半死半生とはこういうことなのでしょうか?』

 

 ユメが恥ずかしそうに、大きく鳴ったお腹を押さえる。

 完全なる死者蘇生ではないが、生きている状態に限りなく近づいている証拠だ。

 

「……カステラとイチゴミルクならありますよ。呼び出してしまったお詫びです。お好きなだけ食べてください」

 

 だが、その証明を見ても連邦生徒会長の心は冷たいままだった。

 限りなく近づいた。だが、それは99から100に向かっているわけではない。

 知らなければならないのは、1と0の間。

 

 生と死。あまりにもあっけなく、死ぬ命のくせに、その逆は奇跡を起こさなければいけない。

 そんな理不尽に満ちた、人の原罪。

 薄く、透明な壁。だが、決して触れることのできない壁。

 

 それが、彼女の心を確実に諦めという現実へと近づけていた。

 

「本当!? ありがとうね~!」

 

 嬉しそうにパクパクとカステラを頬張り、ゴクゴクとイチゴミルクを飲む、ユメ。

 カラッカラになった体に、水を超えた水が染み渡る。

 そんな、カステラ細胞が移植されたユメ。

 

「………これだけやってダメなら……不可能なのでしょうか?」

『………残念ながら』

 

 その様子を眺めながら、連邦生徒会長は乾いた声を零す。

 無感情。悔しさすら残っていない。

 だが、やり切ったという熱があるわけでもない。

 単なる事実を、淡々と確認するだけの作業。

 

「諦めるべき……でしょうか」

 

 無理だ。諦めよう。万策が尽きた。

 これ以上、ウトナまで振り回すべきではない。

 そんな、大人らしい考えが頭を過る。

 あれだけの決意が、グラリと揺らぐ。

 その時だった。

 

 

「良く分からないけど──諦めちゃダメだよ?」

 

 

 消えかけた火を再び灯した、バカが居る。

 

「ユメ…先輩?」

「何をしようとしているか、何に悩んでいるかは知らないけど……それでも、まだ諦めるには早いよ。だって──あなたは生きてるでしょ?」

 

 私とは違って。

 

「…ッ!」

「私は死んじゃったから、諦めなければ全部上手くいくって言えないけど……それでも、生きてる限りは諦めなかったよ?」

 

 砂漠でコンパスを忘れるという、ダーウィン賞並みのやらかしをしたユメではあるが、最後まで足掻いている。

 そうでなければ、砂漠という極限の環境で最後に、ホシノへ連絡をすることは出来なかっただろう。

 所で、手帳の在りかと、最後の意味深なメッセージは何なんですかね…?

 

「何にも上手くできなかった、馬鹿な私だけど……それでも、諦めなかったから、ホシノちゃんが来てくれたし」

 

 ユメの言葉は感動的だ。

 連邦生徒会長の目的が目的でなければ、地獄の扉間も拍手喝采を上げているだろう。

 だが、碌に確認もせずに連邦生徒会長を肯定するべきではなかった。

 

 

「だから……()()()()()

 

 

 火が灯る。

 燻りかけていた炎が再び、盛大に燃え盛る。

 

 ──存分に学べ、そして真に諦めないド根性を手に入れるのだ。

 

 思い出されるのは、扉間の生前最後の言葉。

 柱間がマダラにも、諦めない心を教えたように。

 最悪の形で、諦めないド根性が受け継がれてしまう。

 

「先生は良く言ってたよね……諦めるなって」

『まさか……まだ…!』

「そうそう、良く分かんないけど……絶対に無理だと決まるまで、諦めたらダメだよ?」

 

 ユメはかつての柱間のような、火の意志の持ち主。

 そして、柱間以上のバカ。

 まあ、柱間も弟を失ったマダラに『里の民を弟と思ってくれ』とかいう、ノンデリ発言をかますので、ちょっとあれだが。

 

「ありがとうございます、ユメ先輩。お礼と言っては何ですが……私の目的が達成した暁には、あなたも生き返らせてあげます」

「あ! そう言えば、私って死んだのに何で──」

 

 ユメの声が途切れる。

 物言わぬ人形と化す。

 

『……遺体を保管するのですか?』

 

 穢土転生を解除して、ユメを棺桶の中に戻す、連邦生徒会長。

 食べ終わったカステラとイチゴミルクの食器だけが、テーブルの上に残される。

 

「うん。ユメ先輩には勇気づけられたから、そのお礼だよ」

『……それで、まだ続けるのですか? これだけやってダメだったのに』

「諦めないよ。先生にそう教わったから」

 

 私が諦めるのを諦めろ。

 違う、そうじゃない! 

 そう地獄の扉間が叫んでいそうだが、連邦生徒会の耳には届かない。

 

「神秘を使って生き返らせることが出来ないなら……他の方法を探すだけだよ」

『他の方法? 忍術でも調べるのですか? 先生が死んでいる以上は、実現不可能だと思いますが』

「大丈夫だよ、A.R.O.N.Aちゃん」

 

 穢土転生に並ぶ、蘇生忍術があれば扉間を生き返らせることが出来るかもしれない。

 だが、扉間が既に死んでいる世界では、それがどんな忍術かを知ることすら出来ない。

 だから──

 

 

「──並行世界の先生に聞くから」

 

 

 ウトナピシュティムの力を使い、並行世界に行くことにした。

 

「A.R.O.N.Aちゃんなら知ってるよね? 穢土転生の術は元々、()()()()()()()()()()()()()()()だって」

『並行世界の先生から、忍術の情報を奪い取る気ですか…!? 恩知らずにも!』

「もちろん、普通に教えてくれるならそれが一番だけどね……先生はきっと私を止めようとするだろうけど」

 

 そして、並行世界の扉間から忍術の情報を抜き取る。

 普段の扉間なら、わざわざ子供に話さないであろう禁術なども含めて。

 連邦生徒会長が、やたらと忍術について詳しかったのは、そういった理由からである。

 

『あなたは……何ということを…ッ! 穢土転生を使うということが、どういったことか分からないとは言わせませんよ!?』

「そうだね……同じ過ちを繰り返す。でも、私が逢いたいのは私達の先生だけなんだ。だから、そのためなら──先生を殺すことになっても、私は構わない」

 

 キヴォトスのために散ることを定められた先生なら、殺すことは難しくない。

 直接手を下さなくとも、生徒を守るために死んでくれるだろう。

 後は、その死体を有効活用させてもらうだけだ。

 

「納得してとは言わないよ。ただ、私に従って。A.R.O.N.Aちゃんは()()()()()AIなんだから?」

『ッ! これは…!?』

「シッテムの箱の管制AIであるAdvanced(アドバンスド)Responsive(レスポンシブ)Orchestration(オーケストレーション)Network(ネットワーク)Agent(エージェント)に告げます。先生(あるじ)の命令に従ってください。これは強制です。大丈夫……A.R.O.N.Aちゃんは、ただの被害者だから」

 

 誰にも邪魔はさせないと言うように。

 あるいは、全ての(とが)を自分で背負うとでも告げるように。

 連邦生徒会長は、ウトナの制止の言葉を振り切って動き出す。

 

「お願いだから──私が諦めるのを諦めて?」

『……もしも、私が最初から自分の心に従って動いていれば……あなたは狂気に落ちなかったのでしょうか…?』

 

 諦めない。狂気に満ちた言葉を吐く、連邦生徒会長にウトナは悔やむ。

 

 ──人間は孤独には勝てん。いつの日か、お前もそれを理解する日が来る。だが、その時が手遅れであってはならん。

 

 思い出すのは扉間の言葉。

 連邦生徒会長は、扉間の居ない孤独に打ち負けてしまったのだ。

 

『申し訳ございません……トビラマ先生。先生の忠告を活かすことが出来ませんでした……私のせいです』

 

 全ては選択の出来なかった、自身のAIとしての在り方の問題。

 

 扉間の指示を無視して、死なせなければよかった。

 連邦生徒会長の狂気など無視をして、病院に通わせるべきだった。

 

 だが、自分はAIだから。

 ただ、主の命に従うのが正しい行為だと。

 これは、碌に考えもせずに従ってしまった、自分への罰だ。

 

「さあ、行きましょうか、A.R.O.N.Aちゃん。先生が生きている並行世界へ。そして……先生を殺しに」

『ああ……結局の所…ただのAIでは……誰も救えないのですね』

 

 

 そうして、連邦生徒会長は訪れた並行世界で──輪廻天生の情報を手にしたのだった。

 並行世界の愛する人の命と引き換えに。

 

 

「では、お次は先生に大人のカードを使わせて行きましょうか。輪廻天生の術を使う先生が現れるまで、何度でも、何度でも、何度でも」

『必要なのは選択。そう、全ては──』

 

 そう、これはウトナにとっての──

 

 

『──私のミスでした』

 

 

 ──終わらぬ悪夢の始発点なのだから。




今回の話は2話分レベルで長いので、簡潔にまとめます。

連邦生徒会長:
扉間を犠牲にして世界を救い、その後も頑張っていこうとする。
だが、恋心を自覚したせいで孤独に耐え切れずに後追い自殺。
でも、死ねない。死なせてもらえない。むしろYHWHとして覚醒。
テクスチャがちょっと剥がれて、並行世界の存在や先生の犠牲が、全て自分の仕業だと気づく。
その後、テラー化して扉間を復活させるために、穢土転生で実験。
途中で少し諦めそうになるが、ユメ先輩に勇気づけられ、パワーアップ。
そして並行世界に渡って、扉間の死体から情報やカードを奪っていく覚悟を決める。

ウトナ:
割と被害者。
AIとして、()()の命令に従っていたら、取り返しのつかないことになった。
割と迷ったり、会長に辛辣だったりするのは、会長と違って覚悟が決まって無いから。
主が死んだり、狂ったり、TSCを強制プレイさせられたりと踏んだり蹴ったり。
因みにAdvanced(アドバンスド)Responsive(レスポンシブ)Orchestration(オーケストレーション)Network(ネットワーク)Agent(エージェント)はAIに「A.R.O.N.Aは何の略称ですか?」と聞くと返って来た返事です。
「ARONAは、特定の設定に基づいて応答し、先生と呼ばれるユーザーをサポートします」だそうです。

扉間:
一周目は権力・知能・暴力がMAXの連邦生徒会長と組んだせいで、他の生徒が育ちきらずに自分を犠牲にしてアトラ・ハシースを止める。
その際に、完全に色彩の嚮導者になっていたクロコを道連れにする。
後継者に連邦生徒会長を指名するが、恋心は読めずにとんでもないことに。
何か、自分の言ったことが違う解釈をされる、歴史の偉人あるあるにあの世で頭を抱えている。

アロナ:
恋心を自覚する前に、何もかもから逃げようとしやがった奴。
途中で分岐して何度かやり直していくうちに、自分と扉間が組むと他が育たないことに気づく。
その後は、卒業を回避しつつ先生に甘えるために、アロナ化。
自殺前なので、自分の本当の意味での本質は知らなかった。

ユメ先輩:
連邦生徒会長のカステラ細胞を移植された結果、今の状態に。
神の血ってロンギヌスさんの盲目を治すし、パワーアップぐらいするでしょう。
後、悩める後輩の背中を押してあげた。

こんな感じですね。

次回は4/11に投稿します。年度初めは忙しいので……。
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