千手扉間のブルーアーカイブ   作:トマトルテ

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110話:過去との決別

 

「“大人のカードを使う!”」

『ひぃー…! 砂祭りの準備が間に合わないよぉ~』

 

 アビドスの大人になった生徒が増える。

 

「“大人のカードを使う!”」

『パンパカパーン! 勇者は過去の世界にタイムスリップしました! TSC5に活かせそうです!』

 

 ミレニアムの大人になった生徒が増える。

 

「“大人のカードを使う!”」

『う…二日酔いで頭が……風紀委員会の同窓会で、少し飲み過ぎたかしら』

 

 ゲヘナの大人になった生徒が増える。

 

「“大人のカードを使う!”」

『エッチなもの? まあ、あのぐらいの年の子なら誰でも興味あるわよ。許してあげなさい』

 

 トリニティの大人になった生徒が増える。

 

「“大人のカードを使う!”」

『どうしよう……先生の顔岩の横に二代目校長として、私の顔岩も作られそう……先生の顔岩は、生徒会長時代の私の提案だから断り辛い……』

 

 アリウスの大人になった生徒が増える。

 

「“大人のカードを使う!”」

『まさか、モエが一番に来ているとは思いませんでしたが……これも正義の戦いですね。最善を尽くします』

 

 SRTの大人になった生徒が増える。

 

「“大人のカードを使う!”」

『これが口寄せの術…! 主殿! 二代目火影・千手トビラマが弟子、久田イズナが馳せ参じました!』

 

 百鬼夜行の大人になった生徒が増える。

 

『な、何を急に…! 大人のアリスまで呼び出して……乱心ですか!? 先生!』

「大人のカードの乱用…? 確かにナラム・シンの玉座(この空間)()()()()()()()()()()()混ざり合う、混沌の空間なので、生徒さんの未来が確定されることはありませんが……あれほど使うのを渋っていた、この世界のトビラマ先生まで何故?」

 

 行動は鏡合わせ。

 しかし、内容は一致しない。

 2人の扉間はどういう訳か、1人も被ることなく大人になった生徒達を呼び出していく。

 

『そんなに呼び出してどうするんですか!? まさか、呼び出した教え子で、この空間を埋め尽くすつもりですか?』

()()()()()()()()()()? まさか……」

 

 どんどんと生徒達で埋め尽くされていく、ナラム・シンの玉座。

 もはや、玉座というよりも教室である。

 そんな光景に、プラナはある可能性に思い至る。

 

「大人のカードの“確定”。ナラム・シンの玉座の“不確定”。今はナラム・シンの玉座が勝っていますが、これが大人のカードの連打で、確定に近づいて行けばいずれ──」

 

 世界を欺く者(プレナパテス)と扉間の凶行。

 その隠された意味。それは。

 

 

「──矛盾(パラドックス)が生じます!」

 

 

 矛盾(パラドックス)を引き起こすこと。

 大人のカードは未来を束縛し、ナラム・シンの玉座は解放する。

 実在は架空に。夢は現実に。肯定は否定に。

 2つの相反する事象がせめぎ合い、お互いに押し合い、やがて──

 

 

【……理解出来ぬ】

 

 

 ──全てが有り、全てが無い(パラドックス)状態になる。

 

『ッ! 本当に居たんですね、過去に執着した無知ども…!』

【理解出来ぬ。何故、我らを裏切った? 鍵よ】

【理解出来ぬ。名が無いために呼ばれず、呼ぶことが出来ないが故に、存在しない我らを見つけ出すなど】

【理解出来ぬ。色彩に囚われた身で、己が意思を持ち続けていたとでもいうのか?】

 

 現れたのは、観測者気取りの臆病者達。

 自らが世界(舞台)から降りた身であるにもかかわらず、舞台に執着する者達。

 世界に住む体すら捨て、奪った者達への復讐のためだけに存在する、名も無き司祭達。

 

『存在しないくせに、いつまでも存在し続ける過去の亡霊……そんな矛盾した存在だからこそ、矛盾(パラドックス)を引き起こしたこの空間では、()()()()()のですね』

「安全地帯で隠れておればいいものを……大方、復讐対象の苦しむ顔を見たくて出て来たか?」

 

 無名の司祭は輪墓(リンボ)空間の居る存在のようなものだ。

 通常の方法では、現実世界から接触することが出来ない。

 だが、実在と非実在が同時に存在する、パラドックス空間ならば話は別だ。

 

【理解出来ぬ。千手扉間、お前は生徒という醜悪な化生の真実を知らぬから、生徒を救うなどと言えるのだ】

【あの者達は、“名も無き神”と我らから世界を奪い去った“忘れ去られた神”】

【あれらの真の姿は生徒ではなく、ましてや子供ですらない。テクスチャを張り、与えられた役割(ロール)を遂行するだけの存在】

【この醜い学園世界で、永遠に生徒を演じるだけの醜悪な道化だ】

 

 怨嗟の声が響く。

 個人の声ではなく、集団の声。

 全てが同じで、個を表す記号は欠片も存在しない。

 そんな狂気の復讐者達。

 

「醜悪ですか……神の力を崇めることで自分達のものにするなどと宣う、驕り高ぶった存在がよく言いますね。また、水底に沈めてあげましょうか?」

名を忘れ去られた神(YHWH)め!! 全ての元凶が、何故のうのうと子供になどなっているのだ!?】

「私が作ったキヴォトス(箱舟)以外に、別のアトラ・ハシース(箱舟)を作って生き延びたのは別に構いません。そのまま自らの驕り高ぶりを反省すれば、(わたし)も見逃しましたが……あなた方はどうやら骨の髄まで腐っているようですね。洪水だけでは、警告が足りませんでしたかね?」

【驕るなーッ!!】

 

 そして、かつて無名の司祭達を滅ぼした全知全能(YHWH)が、イノリが冷たく司祭達を見つめる。

 司祭の身でありながら、神の力を我が物として利用した存在を。

 名もなき神々の王女という、絶対的な存在すら生み出した、神に近づきすぎた存在を。

 

【今回の試みは、幾度の危機を乗り越えて、ここまで来ることが出来たのだ!】

【狼の神と色彩の接触を待ち、死の神(アヌビス)を崇高へと至らせた!】

【そして、我らはその死の神を崇めることで──崇高を手にしたのだ!】

【全ての時空の忘れられた神々を消滅させるために!】

 

 自らの崇める神(シロコ*テラー)に死も安息も許さずに。

 ただの殺戮兵器として、運用するためだけに崇め続けたのだ。

 その力を使役し、利用するために。

 

 これを驕りと言わずに何と言おうか。

 

「悪いが、貴様らの因縁には興味は無い。どちらが善か悪かの判断もワシでは、あまりにも判断材料が足らん。だが──」

 

 しかし、それでも扉間は司祭達を悪とは言わない。

 やってやられての繰り返しに、嫌気がさした男なのだ。

 どちらが悪いという議論に価値が無いことぐらい、よく理解している。

 ただ。

 

 

「──ワシは先生だ。ならば、生徒を守るのがワシの仕事だ」

 

 

 己の立ち位置を明確にするだけだ。

 

【驕るな──!!】

【あれらはお前の知る生徒(こども)ではない!】

【神々の隠喩(メタファー)であり、観念でしかない!】

【神を子供扱いする傲慢なる異邦者が! 我々の世界に口を出すな!!】

 

 どの口が言ってんだ?

 などというセリフを、恥ずかしげもなく吐き出す司祭達。

 それに対して、扉間は。

 

 

「神? 細胞から木が生えることすらない、ただの人間だろう」

 

 

 神だというなら、忍の神(柱間)と同じことをしてみろと吐き捨てる。

 

【何を言っているのだ? そのような化け物が居るわけがないだろう!】

「貴様らに理解など求めておらん。とにかく、生徒達が神だとしてもワシには関係ない。ワシが信じる神は忍の神だけで、仮にワシの子供達が人でなくとも、ワシは子供達を愛しておる。ワシが生徒側に立つ理由はそれで十分だ」

 

 親だから、子供を守る。

 他に理由など必要ない。

 そして、これだけは何人たりとも否定出来ない真理。

 

【理解を求めていないのはこちらのセリフだ!】

【もとより、全ての世界、全ての神々は滅ぼすつもり】

【お前もろとも滅ぼすだけのこと】

死の神(アヌビス)よ! その崇高を存分に見せつけるがいい!】

 

 だが、司祭達には理解できない。

 既に体を失い。過去の怨念だけで存在する彼らには。

 次の代に、未来を守るという動機など、とうの昔に忘れてしまっていたから。

 

【……死の神(アヌビス)? 何故動かないのだ! 死の神(アヌビス)!!】

「シッテムの箱の指示を一時停止。シロコさんには待機状態になって貰っています」

聖櫃(アーク)の管理者が何故逆らえるのだ!? 箱の力は我らが預かったはず! まさか、我らの科した枷を解いたというのか?】

 

 許された行動の範囲内で、隙をついたプレナパテスはともかく、プラナは動けないはず。

 そう言って、困惑する司祭達の耳に。

 

『だから、あなた方は無知なんですよ。本当の無知とは、何も知らないことではなく、()()()()()()()()()()()です。まあ、過去に囚われ続けているあなた方には理解出来ないでしょうが』

 

 ケイの煽るような声が届く。

 ()()()()()()()()()()()()

 

【鍵が何故、こちらのシッテムの箱に!?】

『ペアリング機能で、こちらのシッテムの箱とも繋がらせて頂きました』

【まさか、枷を解いたのは…!】

『大した枷ではありませんでしたね。まあ、私はあなた方の作った最高傑作の1つですから、この程度は当然です』

 

 ケイは無名の司祭の技術の粋。

 ほぼカンニングペーパーのようなものである。

 そのため、名も無き神々の技術関連で解けないものはない。

 

『もっとも、あなた方が()()()()()()()()()()()話は違ったでしょうが……何百年も前の防犯システムを、そのまま使っているなんて知ったら、ヒマリが呆れそうですね』

「感謝します、ケイさん。これで、自由に動けます」

 

 何せ、過去に囚われているだけの司祭達に、進歩というものは存在しないのだから。

 

『そして……いい加減起きてください、アロナ』

 

 ケイがシッテムの箱の奥で眠る、アロナに声をかける。

 ペアリング機能でプレナパテスのシッテムの箱と繋がったため、直接声をかけることが出来るようになったのだ。

 

『それとも、連邦生徒会長と呼んだ方が良いですか?』

『いいえ……アロナでお願いします、キーさん』

 

 呼びかけに応えて目を覚ます、アロナ。

 

「無事だったか、アロナ!」

『先生……ご心配をおかけしました』

『早く、こちらに戻ってきてもらえませんか? 本職でもないのに、2つのシッテムの箱を動かすのは結構面倒なんですよ?』

『はい! お任せください!』

 

 ペアリングで繋がった以上は、いつもの教室に帰ってくることが出来る。

 その事実に、アロナは力強く頷き、プラナに声をかける。

 

『短い間ですが、お世話になりました、プラナちゃん!』

「プラナ…?」

『プレナパテスのA.R.O.N.Aでプラナです。現状、アロナちゃんが3人もいる状態ですので……』

「あなたはそもそも、連邦生徒会長なのでは?」

『どの道、名前が被ることに違いはありません!』

 

 強引な命名に、冷や汗を流すプラナ。

 本来ならば、捕らえているアロナを逃がすわけにはいかないのだが、真の敵が明らかになった以上、敵対は無しだ。

 

「“大人のカードを使う”」

「え? わ、私が外に…?」

「先生? 私とアロナをプラナの様に、シッテムの箱から出したのですか?」

 

 そして、アロナが元に戻ってくると同時に、再び大人のカードが使われる。

 プラナと同じように、アロナとケイがナラム・シンの玉座へと実体となって姿を現す。

 

「あの白い奴らの相手は全員でやるぞ。イノリ、ケイへの指示はお前に任せる」

「まだ、アラサーなのに未来の私はあんなに衰えて……え? あ、はい」

「アロナ、ケイ、プラナ。お前達は実体化しているが、シッテムの箱のOSであることに変わりはない。そして、今は3台のシッテムの箱がペアリングによって繋がれておる」

 

 未来の自分の衰えっぷりに、愕然としていたイノリに声をかけ、策を伝える扉間。

 シッテムの箱の3人は実体化しているが、あくまでもシッテムの箱のOS。

 プラナが外に出ていても、シッテムの箱を操作できるのは外に出てもちゃんと繋がりがあるからだ。

 つまり。

 

 

「お前達は、それぞれの居場所をペアリングで交互に入れ替えられる──互瞬回しの術が可能だ」

 

 

 飛雷神互瞬回しの術が可能になったのだ。

 

「互いの場所の入れ替え……つまり、不意打ちが簡単に出来るということでしょうか?」

「きっと先生のことですから、攻撃の瞬間に入れ替えて回避不能の攻撃も作っているはずです!」

「なるほど……確かに強力ですね。ただ……」

 

 プラナ、アロナ、ケイが多分こういう卑劣な術なんだろうなと想像しつつ、司祭達の方を見る。

 同時に周りを埋め尽くす多くの大人になった生徒達を。

 

「正直、あの無知共には過ぎた戦力ですね。自分では何も出来ずに、王女の陰に隠れているだけの臆病者しかいませんから」

【鍵の分際で創造主に逆らうか!】

「私は王女の侍女であって、あなた方の部下ではありませんので」

 

 過剰戦力。

 ただ神を崇めることしかできない司祭が、直接戦闘で戦えるはずがない。

 仮に戦えても、忘れられた神々に滅ぼされた存在が、忘れられた神々に勝てるわけがない。

 

「大人しく諦めて、負けを認めたらどうですか? あ、既に負けていましたね。失礼しました」

【驕るなーッ!!】

 

 ケイのキレッキレの煽りが、司祭達に突き刺さる。

 一応は、元同じ陣営のはずなのにボロクソに言われる、司祭達。

 人望の無さが良く分かるというものだ。

 

【我々が今の間に、何もしていないと思ったのか?】

「何も出来ないの間違いでは?」

 

 やめて、ケイちゃん!

 司祭のライフはもうとっくにゼロよ!

 

【黙れ! この矛盾(パラドックス)空間であれば、全ての可能性が許容される。失敗した過去すら、成功の未来へと塗り替えが可能! あの冥府の神(オシリス)のように!】

【そして、愚かにも千手扉間は王女を呼び出した!】

【つまり我らがこの空間で崇めれば、完成された名も無き神々の王女(AL-1S)の可能性を引き出すことも可能ということだ!】

【今ここに全ての忘れられた神々が居るのならば、王女の力で纏めて消し去ってしまえばいい!】

 

 だが、司祭達はとっくの昔にライフ0状態なのに、諦めない。

 そもそも、こんな所で諦められるのなら、亡霊状態になっても復讐しようとしていない。

 

「まさか…そんなことが可能なのですか…? アリ──」

 

 ──パンッ!

 

 乾いた銃声がケイの頬を打つ。

 

 

 

「何をしているのですか、ケイさん? あの司祭達が崇める前に消去すればいいだけの話です。早くハチの巣にしてしまいましょう、ハリー、ハリー」

「プ、プラナ……」

 

 

 

 銃の持ち主はプラナ。銃口の先は司祭達のムカつく顔面。

 無表情ながら、明らかにキレた声を出して、ケイがちょっと引いている。

 まあ、プラナにとって司祭達は世界を滅ぼした上に、扉間を操っている存在なので許すわけもないのだ。

 

『待ってください。一度だけチャンスを与えてくれませんか?』

「アリス…! 何を言って……」

『ケイ、心配しないでください。すぐに終わりますから』

「……分かりました」

 

 しかし、そんなブチギレプラナを、近くに来ていた大人アリスがやんわりと止める。

 ケイは当然、あんな奴らを助けるのかと抗議の声を上げるが、大人アリスの大人びた優しい笑みに、何も言えなくなる。

 

『司祭さん、初めまして? それとも、お久しぶりでしょうか? 天童アリスです』

【名乗るなーッ! 名も無き神々の王女に名は不要ッ!!】

『確かに、名も無き神々の王女ならそうかもしれません。ですが、ここに居るのは天童アリスです。先生の生徒で、ただの1人の……人間です』

【あり得ない! その身を創ったのは我々だ! その体は人間という名の肉の衣ではない! 神聖であり、崇高であり、破壊そのものなのだ!!】

 

 先生に呼び出された生徒だから、王女ではない。

 そう告げるアリスに、司祭達が発狂し、アリスを否定する。

 

『………では、こうしませんか? 私のお願いを1つ聞いてくれたら、私は王女に戻ります。ケイも鍵として存分に働いてもらいます』

「アリス!? 何を言っているのですか!!」

【おお! それで、王女の願いは何だ?】

 

 今なら、洗剤もつけるよといったノリで、セットにされるケイ。

 司祭達は、何が何だか分からないが、ようやくチャンスが来たと色めき立つ。

 そんな中、名も無き神々の主、天童アリスが言い渡した示談の条件とは……。

 

 

 

『──復讐をやめて、仲直りの握手をしましょう』

 

 

 

 司祭達には到底受け入れられる条件ではなかった。

 

【……なに?】

『先生。先生なら、もう何もしない相手を傷つけることはしませんよね?』

「両親と先祖。兄弟、里の家族、生徒達に誓っていい」

『先生もこう言っていますよ、司祭さん。復讐は何も生みません。あなた達もアリス達と一緒に、この世界で生きてみませんか?』

 

 それは司祭達にとっては、吐き気を催す程にグロテスクな提案だった。

 自分達を滅ぼした存在を許せというのだ。

 もう何度も何度も、この世界は間違っていると結論付けたというのに。

 

【そこまで堕ちたか、王女よ!!】

【もはや、お前には崇める価値はない!!】

【忘れ去られた神と共に滅びるがいい!!】

 

 罵倒と怨嗟の嵐。

 決して、それだけは認められないと。

 死んでも、否、何度生まれ変わろうとも許しはしないと、妄執達は叫ぶ。

 

『そうですか……残念です。これで最後の可能性は断たれました。あなた達は、神様(わたし)の言葉を無視するのですね?』

 

 そして、それは自らに垂らされた蜘蛛の糸を断ち切る行いだった。

 

『私を王女として……名も無き神々の主として崇めるのなら、あなた達は私の言葉に従わなければいけなかったのです。司祭とは、神の声に従う従者なのですから』

 

 神の声に従わない司祭は、果たして司祭と呼べるだろうか?

 神を否定する声を、崇めると言えるだろうか?

 答えは簡単。否だ。

 

『神の言葉に耳を塞いで、神を否定した。あなた達は、あなた達の信仰を裏切りました。もう、いくら崇めようとも、偽りの声は届きません。水底に沈んでいくだけです』

「結局……あなた達は何も変わらないんですね。驕り高ぶったまま、洪水に呑まれて消えていく。あなた達は突然滅ぼされたと言うでしょうが、神からすれば今までの負債を回収しただけですよ?」

【我々が驕っていると言うのか!?】

『言ったはずです、もうあなた達の祈り(こえ)は届かないと』

 

 アリスとイノリが最後の言葉を告げる。

 これ以上は、何を言おうとも聞く耳を持たないと。

 彼らの中に、救うべき誠実な人間は1人もいないのだから。

 

『ケイ、このアトラ・ハシースを、海上まで移動させるのを手伝ってください。この船の最後の大仕事です』

「分かりました、アリス」

「私もお手伝いします。箱舟の辿り着く先が、山頂ではなく、海底とは……皮肉なものですね」

『このアトラ・ハシースごと冷たい水底で、私の思い出になってください』

 

 アリス、ケイ、プラナがそそくさと箱舟を沈めるために動き出す。

 アトラ・ハシースの本来の持ち主と、現在の持ち主が動く以上は誰も破滅は止められない。

 

【やめろ! 我々はまだ悲願を遂げられていないのだ!!】

「後を継いでくれる人を作っておけばよかったのに……先生ならそうしましたよ?」

【貴様が言うなぁッ! 忘れ去られた神々の主よ!!】

 

 先生なら出来たぞ? と、意地悪く煽る、イノリ。

 自分達だけで宿願を果たそうとした司祭は何も残せずに消え、次の世代に引き継いだ扉間は火の意志を残す。

 

「おい、もう1人のオレ」

“……!”

「互乗起爆札のカードだ。これでアトラ・ハシースごと自爆をしろ。生徒に手を汚させるな」

“……”

 

 例え、自らが滅んだとしても。

 火はどこまでも燃え広がる。

 

「先生!! 一応はあちらも先生なんですよ! そういう言い方はよしませんか!?」

「ワシだから遠慮なく言っておるのだ。自分に死ねと言って何が悪い?」

「私の教育に悪いです!」

 

 後、あまりにも人の心の無い発言に、イノリが抗議の声を上げる。

 まあ、爆弾を投げ渡してこれで自爆しろは、敗戦間近の軍隊かと言いたくなるのでしょうがない。

 因みに、これがもっと酷くなると、爆弾がもったいないので敵軍に突っ込めとなるだけである。

 

「そんなことよりも、ウトナと連絡を取れ、イノリ。脱出シーケンスでワシらは帰るぞ」

「わ、私は……」

「アロナ、お前はここで脱出までの間、ワシと共に司祭達が変な動きをしないように見張っておけ」

 

 そして、アトラ・ハシースとは特に関係のないアロナだけが、ポツンと取り残される。

 バブみを感じてオギャってるだけだから、しょうがないね?

 

“……っ”

「っ! これは……シッテムの箱か」

 

 そんな中、プレナパテスの方も扉間へと、傷だらけのシッテムの箱を投げて寄越す。

 プラナが入っているシッテムの箱を。

 続いて、シロコ*テラーを指さす。

 

 

“──生徒達を……よろしく頼む”

「……そっちこそ。あの世の兄者に、よろしく頼むぞ」

 

 

 この子達のことは頼んだぞと。

 また、扉間が生きなければならない理由を増やしていく。

 

『聞こえますか、トビラマ先生、イノリさん。脱出シーケンスの準備が整いました。これより、先生と生徒さん達をウトナピシュティムにワープさせます』

「ウトナ、ワシは最後にしろ。連れ帰らんといかん人間が増えたからな。ワシは飛雷神で帰る」

「先生、私のシッテムの箱もお渡ししておきます。これがあれば、A.R.O.N.Aちゃん経由で私達が戻った後でも連絡が取れます」

「ああ、分かった」

『では、他の生徒さん達の脱出シーケンスの起動を開始します』

 

 アトラ・ハシースの破壊は、プレナパテスに任せればいいので、ワシは帰る。

 ワシはこれからのキヴォトスを見守っていく、先生だからな。

 などと言って、トビラマはそそくさと退避の準備を始める。

 

「ま、待ってちょうだい…先生! ま、まだ、未来の私との決着がついてないわ…!」

『いや、目的は達成できたんだから、もう諦めなさいよ……』

 

 だが、そんな中で1人だけ納得しない者がいる。

 アルだ。

 

『そもそも、あなたが生きてるのは、初めから私が殺す気がなかったからよ。最初から勝負はついていたのよ?』

「だとしても……このまま負けたままじゃ──そっちの先生が安心できないでしょ!」

『…!』

 

 プレナパテスが安心して死ねない。

 そう告げる、アルに大人アルが目を丸くする。

 

「どんな苦難の未来も乗り越えられるって、証明しないと……任された意味が無いじゃない」

『本当……馬鹿ね』

 

 相も変わらず甘い。

 そう、ニヒルな口で告げる、大人アル。

 

『──今も昔も変わらないまま』

 

 だが、それこそが自分の本質なのだと、酸いも甘いも知った上で笑う。

 

『銃を拾いなさい』

「え?」

『大出血サービスよ。早撃ち勝負で決めてあげるわ』

 

 攻撃をやめて、銃が拾えるように促す、大人アル。

 わざわざ手加減をした上で、真っ向勝負に出てくれるというのだ。

 

「そ、そんな、施しを受けるつもりは──」

 

 当然、そんな条件は飲めないとアルは断ろうとする。

 だが。

 

子供(ジャリ)を相手に本気を出す、大人はいないわ。手は抜かない、全力よ。でも子供相手に何でもありの本気を出す大人なんて、勝っても負けてもカッコ悪いだけじゃない?』

「…ッ! 分かったわ……礼は言わないわよ?」

 

 大人の自分の矜持の前に折れる。

 大人と子供では、最初からまともな勝負は成立していないのだ。

 だったら、せめて相手の決めた土俵(ルール)の上で、力を示すしかないのだと。

 

『ルールは簡単。銃を下げた状態から、3秒を数える。1,2,3っていう風にね?』

「つまり、3になった瞬間に早撃ちをして、()()()()()()()()()()()()()()ということかしら?」

『ええ、シンプルでいいでしょう?』

「……構わないわ」

 

 大人と子供。瞬発能力の高さが鍵の、この勝負では子供の方が有利。

 その事実に、奥歯を噛みしめながらアルは頷く。

 手加減をされているのは事実。だが、そうでもなければ覆せない力の差がある。

 そして、力の差をそのまま押し付けて子供に勝っても、大人は誇れないというハードボイルドな意思を感じ取ったため。

 

『じゃあ、準備は良い?』

「ええ」

 

 2人がダラリと銃を床に向ける。

 呆れたような扉間と、プレナパテスの視線が見届け人として2人の方に向く。

 

『──1』

「──2」

『「──3ッ!」』

 

 

 ──バンッ!

 

 

 ほぼ同時に鳴る銃声。

 

『…ッ!』

「きゃあッ!?」

 

 銃口をしっかりと向けた状態で、僅かに目を見開く、大人アル。

 銃口が()()()床に向いたまま、眉間を撃ち抜かれて悲鳴を上げて後ろに倒れる、アル。

 勝負の結果は一目瞭然。

 

 

『……私の負けね』

 

 

 のように見えたが、大人アルは自分の足の付け根を見て、苦笑いを零す。

 かすり傷に等しいが、そこには確かにそこには銃弾の跡があった。

 そう、大人アルが眉間に撃ち込むより僅かに早く、アルの銃弾が()()当たったのだ。

 

『銃を上げきらずに、床からの()()()足を狙うなんて……跳弾でスピードが落ちるとは、思わなかったのかしら?』

「痛つつ……普通にやっても勝てないなら、奇策に頼るしかないじゃない?」

『そうね。無謀だけど……時にはその無謀さも重要ね』

 

 アルの作戦は単純。

 相手に銃口を向ける手間を省くために、銃を垂直に上げきるよりも前の斜めの段階で放ち、地を這うような弾道(アウトロー)で足を狙ったのだ。

 

 ルールとしては、()()()()()()()()()()()()()()なのだから。

 

『流石は昔の私と言った所ね。やっぱり──アウトローだわ』

「そういうあなたも──理想のアウトローになったわね」

 

 そんな満足げな言葉を残し、アルは倒れたまま脱出シーケンスで帰っていくのだった。

 




次回はプレナパテスの見送りと、祝勝会ですね。
あと2話ぐらいで完結予定。

次回は26日に投稿します。
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