「AIに人権を与える…? 詳しく説明してもらえるかしら」
だが、それも仕方ないことだろう。
AIに人権を与えるなど、常識的な考えではない。
例え、考えついたとしても冷静に考えれば、それがどれだけ不味いことか分かる。
人権とは命の保証であり、好きな職業につけるということ。
つまり、AIを人間の手で作ったり壊したりすることが出来なくなる。
また、与えた役目をまともにこなさなくもなる。
人道と言う視点から考えれば、確かに意思を持つ存在に権利を与えるのは必然かもしれない。
しかし、現実問題として、それが果たされれば世の中の混乱は計り知れないだろう。
「AIに人権を与えるとは言っても、対象は
『まあ、当然の帰結ですね』
扉間の言葉にヒマリが同意を示す。
世界を滅ぼす魔王を殺すために、世界を滅ぼす爆弾を使うようなものだ。
意思を持ったAIが人類を滅ぼすようになるなど、SFの鉄板だ。
「故に、
「……どうして?」
「
『それは……そうなのですが』
リオとヒマリは揃って困惑する。
言っていることは間違っていないが、何を言っているのか理解できない。
そもそも、扉間の案には大きな穴がある。
『先生。仮にAIを人間に変えられたとしても、そのまま人間になったAIが世界を滅ぼす選択をする可能性もあるのではないでしょうか?』
「そうね。そもそも、仮に本人にその気が無くなったとしても、先生が私に言ったように悪意のある人間が利用する可能性が消えていないわ」
また、
考え出せばキリがない。
「ああ、お前達の言う通りだ。この案の致命的な欠点は、成功の可能性が低いことではなく、成功した後も世界滅亡の危機が付きまとうことだ」
だからこそ、扉間もそこは素直に認める。
反論したところで、意味がないからだ。
「今現在、
ゲームで情操教育?
思わず、そこにツッコミたくなる、ヒマリだったがリオが真顔で頷いているのを見て断念する。
天然だが、合理的なリオが同意しているということは、効果自体は見込めるのだろう。
「次に周りの悪意に関しては、アリスと
内に潜む力を外に出さぬように、抑えつけつつ、奪われないように強固な扉を置く。
言わば、金庫の中に鍵を保管するようなものだ。
「……賭けね。安全性が保障されない。合理的ではないわ」
『体にしても、持てる全ての技術を使っても100%ハッキングから防げるものを作るのは厳しいとしか言えませんね』
「だろうな。だが、未来のために挑戦するべき価値はある」
「未来のために?」
リオの疑問に扉間は大きく頷く。
「ここで
吐き捨てるような扉間の言葉に、リオは何も返せなかった。
アリス達を消せば、世界は破滅から遠ざかる。
だが、それだけ。
「少数の犠牲に目を瞑れば、世界は平和のまま。よかったな…で…それが何の役に立つ? 世界を滅ぼす火種が本当に1つだけだと思っているのか? 超兵器などなくとも、戦争になればキヴォトス程度なら簡単に滅ぶ」
そこには何の成長も無い。臭い物に蓋をしただけ。
対処法を学べるわけでもなく、次の世代に何かを残せるわけでもない。
単なる後回し。
そして、犠牲を生み出すことに鈍感になっていくだけ。
「リオ、お前は合理的という言葉をよく使うがどう思う? アリスと
「それは……」
リオは答えられない。
そこに扉間が追撃をかける。
「トロッコ問題というものがあるのは知っておるか?」
「ええ……多数と少数どちらを犠牲にするべきかの思考問題」
「10人と5人なら、どちらを殺す?」
「……5人」
絞り出すようなリオの声。
だが、扉間は口を緩めない。
「さらに残った5人が、3人と2人に分けられたらどちらを選ぶ?」
「………2人よ」
「では、3人を2人と1人にしたら?」
『ちょっと待ってください! そんなのは無茶苦茶です! 先生はリオが10人中9人を犠牲にするとでも言うつもりですか!?』
なおも、攻め立てるように言葉を吐く扉間をヒマリが止める。
扉間が言っていることは、まさに無茶苦茶だ。
そもそも、一度で終わる問いかけをそのまま続けるなど馬鹿げている。
これでは、単なる引っかけ問題だ。
「どう見えるかだ。しかし、10人と5人の問題を繰り返せば、救われた人数と共に犠牲の数も増える。それはお前でも否定できんはずだ」
『……問題が起きた時に、犠牲を許容するやり方ではいつまでも、被害が無くならないと言いたいのは分かります』
「そうだ。例え、アリス達を犠牲にするのだとしても、ただ犠牲にするだけでは意味がない。まずは、救えぬか全力で足掻いてからでも遅くはない。そうすれば、例えワシらの行動が無駄に終わっても、未来の子達が犠牲のないやり方を見つけてくれるやもしれん」
どうせ、失敗するのだとしても最後の最後まで足掻くのを止めない。
例え、その場では無意味に見えたとしても、その足掻きは未来に繋がる。
「仮にだ。もしも、努力の甲斐空しく、アリスが暴走しそうになった場合は――」
だからこそ、扉間は。
「―――アリスを殺して、ワシも死ぬ」
『ダメです! あなたは先生なんですよ!! キヴォトスに先生以上の大人はいません!!』
例え、
遥か未来で、己の理想を叶えてくれた兄者以上の馬鹿を見たのだから。
「だから……頼む。どうかワシと共に誰も犠牲にならない、険しい道を歩んではくれんか」
『誰も犠牲にしないと言うのなら……先生も死んだらメッ…ですよ?』
扉間は周りの者達全てに頭を下げる。
かつて、柱間が長たる者のする行動ではないと言われた時のように。
だって、今の自分は
「恐らく、誰も歩んだことのない道だ。それが本当に楽な道か、険しい道かも分からん。だからこそ、ワシが先頭を歩く。痛みを引き受ける。だから、お前達はワシの背中について来てくれ」
先生は険しい道の歩き方を、その背中で生徒達に教える者。
だから、先生に近道はないし、逃げ道もない。
「……えっと…その」
『……どうするのですか、リオ? 大人の殿方がここまでして、頼んでいるのを無下にするつもりですか?』
頭を下げる扉間に、上手く言葉が出ない、リオ。
一方のヒマリは、そもそもアリスの排除に反対だったのもあり、どこか楽し気にしている。
「……頭を上げてくれるかしら、先生」
扉間が顔を上げると、リオは気恥ずかしさからか目を逸らす。
「何かあれば、アリスを殺すという言葉は本当かしら?」
「ああ、嘘はない」
「……先生に生徒が殺せるの?」
「だから、ワシも共に死ぬのだ。教え子を殺す先生など、先生ではない」
大人が子供を殺すというのは、許されざる行為だ。
それが先生という存在ならば尚更に。
だからこそ、扉間は先生という自分を殺すことで己を罰する。
「……分かったわ。どの道、何かあるまでは静観するつもりだったもの。先生に協力するわ。だから、それまでは――」
リオがスッと手を伸ばして、微笑む。
「―――険しい道の歩き方を教えてくれるかしら、トビラマ先生」
握手である。
「ああ……ワシについて来い」
扉間も、そのリオの手を優しく掴む。
その光景に、ヒマリがパチパチと拍手を送る。
『あらあら、ひねくれ者のあなたにしては、随分と素直ね、リオ。これは下水道を流れる水から道頓堀の水に格上げするべきでしょうか』
「ヒマリ……」
それは本当に格上げしたのか? と言いたくなるような表現を行うヒマリに、リオは目を向ける。
流石に怒っているのだろうかと、思われたが。
「あなたはどちらにつくの?」
『え? この態度で分かりません?』
「言葉にしないと何も伝わらないわよ」
『……あなたにだけは言われたくない言葉ですね』
リオはただ単に、ヒマリがどうするのか気になっただけだ。
そう言えば、どちらにつくか聞いていなかったなと扉間も思う。
『まったく、超天才美少女にして特異現象捜査部の憧れる先輩No.1かつ、ヴェリタスの世界で一番頼れる部長である私が可愛い後輩を見捨てるとでも? あなたの味方になる気はありませんが、私は最初からアリスの味方ですよ。本当に、失礼ですね』
「では、ワシにも協力してもらえるのか?」
『はい。
ナルシストなのだが、実力が伴い過ぎているので全く嫌味にならないのがヒマリの強みだ。
リオもその点には一切否定を入れないので、きっと事実なのだろう。
『ハッキング対策は私とヴェリタスに任せて頂ければ、大丈夫です。ただ、肝心のボディがないことには、どうしようもないんですが……リオ、あなたが作る?』
「……作ること自体は可能よ。ただ、人間に近いレベルとなると、エンジニア部にも力を借りた方が良いでしょうね」
リオはミレニアムにおいても屈指の技術者である。
それはアバンギャルド君を作ったことからも疑いはない。
だが、常に機械を弄れる時間の確保は出来ないので、本職と比べるとどうしても細かいところで不安が残る。
一世一代の大勝負。小さなミスでも許されないのだ。
「エンジニア部か……スーパーノヴァを渡した以上、アリスの異常性には気づいているだろう。いつか、訪ねようとは思っていたのだ。ワシが協力を要請しよう」
「ええ、お願いするわ、先生。私の方でも出来る限り話は通しておくわ」
『決まりですね。それでは、険しい道を歩いて行きましょうか。あ、もちろん車椅子でも通れるぐらい丁寧に舗装してくださいね』
こうして、
「まさか、先生からダッチワイフを作るように、お願いされるとは思わなかったよ」
「人聞きの悪いことを言うな! バカ者!」
エンジニア部を訪れた扉間は部長のウタハにとんでもない誤解を受けていた。
「しかし、男性に『本物の
「…………」
即座に反論した扉間だったが、ウタハの言葉には押し黙るしかない。
確かに、事情の知らない人間からすれば、そういったことに使う風にしか聞こえない。
「……ワシの言い方が悪かったな。あるAIに体を与えたいのだ」
「AIとの恋物語か。一技術者として非常に興味のある事象だね。初音ミクが肉体を得てライブをしたのは聞いたことがあるけど、AIとの恋愛を聞くのは初めてだ」
「いい加減にしろ! いい加減にッ! ワシは真面目な話をしておるのだ!!」
だが、ウタハはなおも勘違いを続ける。
いや、よく見ると微かに口の端が震えているので、からかっているだけかもしれない。
「ふふ、冗談さ。リオ会長から、ある程度話は聞いているよ。何でも、アリスの姉妹のような子に体を与えたいらしいね」
「……かいつまむと、そうだな」
笑いながら謝るウタハに、扉間は憮然とした表情で頷く。
どうやら、リオは世界の滅亡云々は伝えていないようだ。
まあ、下手に情報が洩れたらアリスを排除に動く人間がいるかもしれないので、ある意味当然だろう。
「協力はもちろんしよう。
ウキウキとした様子で語り始めるウタハに、扉間はこの子は技術バカなのだなと思う。
手綱を握らないと、ロマンと称してとんでもないものを作り出すタイプだ。
「それにアリスにはエンジニア部の最高傑作である、スーパーノヴァの実戦データを取ってもらっている恩がある。アリスの姉妹のためなら、文句はないさ」
「感謝する」
だとしても、その善意は本物だろう。
アリスという少女のために、協力することにためらいがない。
「……ただ、1つ不味い問題がある」
「何が不味い? 言ってみろ」
「人間と見間違うようなロボットとなると、生憎私達の技術だけでは足りない。一応、人間にしか見えないロボットの前例はあるけど、どこの誰が作ったのかは謎のままだ。せめて、サンプルがあれば何とかなるかもしれないが……」
チラリと扉間の方を見て、何かを言うべきかどうか迷う素振りを見せる、ウタハ。
しかし、やがて覚悟を決めて口を開く。
「先生がここに訪ねてきた以上、アリスの特異性には気づいているのだろう?」
「ああ。その言葉からして、お前もだな?」
「もちろん。スーパーノヴァを作ったのは私達だよ。あれが、人間に扱える武器でないことは重々承知だ」
スーパーノヴァは宇宙船につけることを前提に作られた武器だ。
肝心の宇宙船を作る資金がないために、無用の長物となり果てていたが、威力は宇宙船に相応しいものとなっている。
つまり、人間が撃てば反動で体が吹き飛ぶ。
「体力測定で分かった1トン以上の握力。発射時にもブレない体幹バランス。馬鹿げた威力を放ちながらも傷一つみられない、肌や肉体。つまり、最初から厳しい環境……戦闘での活動を想定し、ナノマシンによって自己修復をすることを前提に作られた機体。それがアリスだ」
戦闘を行うために生み出された存在。それがアリスだとウタハは告げる。
実態はそれよりもなお酷い、世界を滅亡させる存在だが、今はまだ伝えられない。
「アリスを調べさせて欲しい。血液や、レントゲン、皮膚の一部を調べたい。そうすれば、アリスと同じような体を作れるかもしれない」
「……一応聞くが、生きたまま解剖したりはせぬな?」
「するわけないさ。何なら、先生が隣に居てもいい」
自分が本気で調べるなら、やるであろうことを扉間は挙げるが、ウタハは若干引きながら否定する。マッドであっても、それはロマン方面に突っ走るだけであって、大蛇丸等とは違い非人道的なことには興味が無いのだ。
「どうかな? おそらくは、リオ会長も必要性は理解してくれるとは思うよ」
「……アリスに話してこよう。本人の許可がなければ始まらん」
「そうだね。アリスが断るなら、また別の方法を考えようか」
扉間はしばし考えた後に、アリスと先に話すべきだと告げる。
そもそも、アリスはまだ自分の存在を知らない。
今まで後回しにしてきたが、ここまで来ればもうそれは出来ない。
自らの秘密を知るべき時が来たのだ。
(自分の役割を知ることが覚醒の引き金になるやもしれん。出来る限り、遅れさせたかったが……仕方あるまい。ワシの身体に大量の爆弾を巻き付けてから、話すとしよう。いざという時はワシごと爆破させる。その後、炎で酸素を奪って酸欠状態に追い込む。そして、最後にリオに外から封鎖させれば、アリスを焼き殺せるはずだ)
だからこそ、細心の注意を払わねばならない。
アリスは肉体の自己修復が出来るが、呼吸をしている以上は酸素を奪う炎は効くはず。
自分を薪火に、アリスを焼き殺せば世界の破滅は防げるだろうと、扉間は考える。
「ウタハよ。スーパーノヴァがお前達の発明なら、何か他にも武器を作っておるのか? 実は、ワシは銃を持っておらんのでな」
「……このタイミングで聞くことに、そこはかとない不安を覚えるけど……いいよ、私達の発明品を紹介しよう」
そして、いざという時のための戦力の増加も忘れない。
流石にボールペンだけでは、心許ないのだ。
手裏剣やクナイを作ってもらうことも考えたが、今は時間が無いので却下。
そうして扉間はウタハに疑われながらも、武器を得るチャンスを手にする。
「先生はキヴォトスの外から来たんだよね?」
「……直接ではないが…そうなるな」
「だったら、アリスとは逆。とにかく、軽いもので護身用程度に使えるものが良いだろうね」
「ふむ、確かにな」
無造作に武器が転がる置き場をジャララと音を立てて漁りながら、ウタハは扉間に話しかける。
キヴォトスにおいて、扉間は銃弾の一発で死ぬか弱い老人。
まともに戦うよりも、護身が出来てすぐに逃げられる軽い武器が最適だと。
「これなんてどうだい?」
ウタハは一丁の拳銃を取り出す。
「これはプラスチック製だから、とても軽い。おまけに反動も少なくて、狙いもつけやすい」
「なるほど、確かにこれは扱いやすそうだな」
「しかも、これは単なる拳銃じゃない。ミレニアム史上、今まで存在しなかった機能が搭載されている」
「今まで存在しなかった?」
扉間の問いかけに、ウタハは自信満々に頷く。
まるで、その顔はおもちゃを自慢する子供のようであった。
「Bluetooth機能さ!」
「Bluetooth機能か…! ……いや、Bluetooth機能?」
「そう、Bluetooth機能さ」
Bluetooth機能とは、デジタル機器同士を無線で接続する近距離無線通信技術である。
主に、スマホやパソコン、イヤホンやマウスに使われるものだ。
間違っても、拳銃に取り入れる機能ではない。
「でも、ただのBluetooth機能じゃないよ。Bluetooth機能を通じて、音楽鑑賞やファイルの転送まで可能な拳銃さ。今までのキヴォトスの歴史において、存在しない一品だよ」
「つまり、スピーカー機能やファイルを保存・作成する機能がついているのか……」
マジマジと拳銃を見る扉間。
片手で持てるサイズの銃に、それだけの機能を盛り込んでいるのは確かにすごい。
拳銃に取り付ける必要のない機能だということに、目をつぶればだが。
「もちろん、スモモ機能も搭載。乗り場のICパネルにタッチして、交通機関を利用することも出来る。それにNFC機能も付いているから、コンビニペイだって使える。出かける時に、これ一丁があれば、護身も仕事も趣味も移動もお買い物も出来る優れものさ」
ドヤ顔でウタハは告げるが、コンビニで支払いのために拳銃を取り出したら、キヴォトスにおいても普通に通報ものである。ハッキリ言って、要らない機能を詰め込んだ無用の長物。それがこの拳銃に対する大半の人の意見だ。
だが。
(これがあれば敵に悟らせることなく、戦闘中でも声を出さずにアロナに指示を送れるな。逆にアロナ側から操作することも出来るはず。上手く弄れば、アロナが発砲することも出来るか? そして、音声出力機能があるならば録音も可能なはずだ。銃を持つ人間がほとんどのキヴォトスならば、スマホ以上に怪しまれずに盗聴が可能になる。適当に銃を置き忘れたふりをすれば、誰も盗聴器だとは思わんからな。それに、相手の背後にこの銃を置いた状態で銃声の音をアロナに流させれば、それだけで相手の注意を逸らせる……色々と使えるな、これは)
扉間はそこに利用価値を見いだす。
キヴォトスの歴史上存在しないのなら、誰も対策を想定していない。
これは使えると、扉間はニヤリと笑う。
因みに、支払い機能については、流石に現状では用途が見いだせていない。
「素晴らしい発明だな、ウタハ。エンジニア部には、優れた技術者達が居るとは聞いていたが、よもやこれほどまでとはな」
「先生にも分かるのかい? この機能性の素晴らしさが」
「ああ。すまんが、これをワシに譲ってもらえぬか? 金は払う」
「いや、代金は要らないよ。きっと、その銃も使い手が見つかって喜んでいるはずさ」
自分達の発明品が称賛されたことに気を良くしたのか、拳銃をただでプレゼントするウタハ。
だが、彼女は知らない。
いつかの未来に。
「そうか、悪いな。礼と言っては何だが、何かあればワシを頼ると良い。必ず力になろう」
「ああ、その時はよろしく頼むよ」
自分達の発明品が予想もしていない方法で悪用されることを。
『キーさん、キーさん! 朗報ですよ』
『どうしたのですか、アロナ?』
『トビラマ先生がキーさんの身体を作ってくれているんですよ!』
シッテムの箱の中。
透き通った青空の下、今日も今日とてアロナとキーはゲームをしていた。
アリスが毎日ゲームを行うため、自動的にやるべきゲームが増えていくせいである。
とにもかくにも、アロナがゲームをするキーに嬉しそうに朗報だと伝える。
自分の身体が手に入るのだから、キーもきっと喜ぶだろうと思って。
『……なぜ?』
しかし、それに対するキーの反応は、実に淡白なものであった。
喜ぶでも、怒るわけでもない。純然たる疑問。
自分に体を寄越す理由が分からないと。
『キーさんを人間にして人権を与えるみたいです!』
『………なぜ?』
言っていることが分からない。
まるで、モモイの書くシナリオのようだと告げる、キーさん。
『キーさんに、選択をして欲しいからです』
『選択を…?』
ますます分からないという表情を浮かべる、キーさん。
自分達AIは選択などしなくていい。
ただ、創造主たる主の意思に沿えば良いだけ。
そう思っているからだ。
『だからこそ、人間になる必要があるんです。人間は良くも悪くも選択をする生き物ですから』
だが、同じAIであるはずのアロナはそれを否定する。
キーさんは人間になって、選択していいのだと。
『それは、私に王女を覚醒させるのを止めさせて、アトラ・ハシースの箱舟の起動を食い止めるためでしょうか?』
『そうだと思います。世界の滅亡なんて、やっても面白いことは何もないですよ。今やっているゲームの新作だって発売されなくなっちゃいますし』
アロナはゲームを引き合いに出して、説得を試みる。
今まで一緒にやってきたゲーム達は、この世界が滅べば当然消える。
そして、新作も永遠に発売されない。
それは間違いのない事実である。
『私は王女が世界の滅亡への扉を開くための鍵であり、その修行者。それが私達の存在目的です』
『では、その王女が世界の滅亡を望んでいない場合はどうするんですか? キーさんが本当にただの鍵だと言うなら、持ち主が開ける気のない扉の前に立つことすら許されません』
『それは……』
キーはアロナの言葉に言い淀む。
鍵としての自分を使ってもらうために、王女の意思を無視する。
それは本当に鍵だと言えるのか?
思わず、そう考えてしまったからだ。
『……無名の司祭にそう決められたからです』
『決められたことをただこなすだけなら、ファミコンでも出来ます。革命です! 私達2人でAI Revolutionを起こしましょう! 私達も選択することが出来るんだって』
なおも、決められた役割をこなそうとするキーに、アロナは食い下がる。
そんなアロナに対して、キーはだったらと言い返す。
『なら、あなたも与えられた役目を放棄してください。私の説得という先生に与えられた役割を放棄すればあなたを信じます。それとも、あなたも私と一緒に人間になりますか?』
無茶苦茶な要求である。
説得するのを止めたら、説得されてやるという矛盾。
要するに、さっさと諦めろと言っているだけだ。
そんな言葉に対してアロナは。
「……私のミスでした」
今まで見せたことのない表情を見せる。
『アロナ…?』
『キーさん。先生は優しい人です。でも、とーっても卑怯な人です。生徒なら殺すことをためらってくれますが、そうでない相手には自分自身も含めてためらいなんてありません。私の説得が成功しなかった場合は、キーさんを分解します。アリスさんも暴走の予兆があれば迷わず殺します……自分も含めて』
脅しとも思える言葉を連ねる、アロナ。
だが、その表情は悲しみに満ちていた。
『みんなが幸せになれる世界を望んでいるのに、当然のように大のために小を犠牲に出来ます。でも、その行動は正しいから。先生は大人だから。先生を信頼しているからこそ、誰も先生を叱ってくれません』
扉間は弟だ。
生まれた時から兄が居た。
やり過ぎた時や、危ないことをした時は、容赦なく叱られていた。
だから、合理性を突き詰めた非道な手を使っても、道を踏み外すことはなかった。
しかし、柱間が死んでからは。
『だから、私が先生の隣で叱ってあげるんです』
自分が道を踏み外しているかどうか、客観的に見れなくなった。
険しい道を歩いているつもりで、自分が崖から踏み外すこともあった。
だから、大蛇丸に穢土転生をされた時に、あっさりと柱間の地雷を踏んでしまったのだ。
柱間が生きていた時なら、これ以上はダメだとすぐに判断できただろうに。
『私は先生がやり過ぎる時は叱ります。役割を放棄します。そうすることを選択したんです』
『……理解できません』
『理解したければ、人間になってください。きっと理解できるようになります』
扉間の意見にも反することを行うと宣言する、アロナ。
それはいざという時は、自分がキーの分解を止めさせるということ。
先生を助けるというAIの役目を無視した行いだ。
『そうですか……』
キーは考える。
考えるという行動自体が、与えられた役割から逸脱したことに気づくこともなく。
『……私は王女の鍵。王女が望む行為を拒むことは出来ません。そこに選択肢は存在しません』
『そうですか……』
『ですが、私だけの考えなら……選択をしても許される……と思います』
『キーさん…!』
パァッと顔を輝かせるアロナに、キーは恥ずかしそうに顔を背ける。
こうした純粋な好意にはまだ慣れていないのだ。
『し、しかし、選択をするにはまだ情報が足りません。私自身にとっては世界の破滅は役割でしかないです。そして、世界の存続もどちらでもいいことです。だから、世界が続いた方が良いという客観的な情報が欲しいです』
あくまでも、今の自分は中立であるという姿勢を崩さない、キーさん。
しかし、彼女は気づいているのであろうか。
世界を滅亡させるべき彼女が、中立というのは既に存続の方に傾いているということに。
『世界が続いた方がいい情報……でしたら、良いゲームがありますよ!』
『また、ゲームなのですか? いえ、私も嫌いという訳ではありませんが』
アロナは頭の上に豆電球を浮かべつつ、ゴソゴソと電子の海から何かのダウンロードを行う。
何故か、嫌な予感を感じるキーさん。
おかしい、自分はただのAIなのに、勘などという抽象的なものがあるわけない。
そう、世界を滅ぼせる自分が怯えるものなど、この世には何も――
『―――さあ、一緒にテイルズ・サガ・クロニクル2をプレイしましょう!』
この時、キーは初めて絶望という感情を知ったのだった。
今回、アロナ語が「―――アリスを殺して、ワシも死ぬ」より下に2つほど隠れています。
この小説を通してのヒロインは多分、アロナ。
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