2話:アビドス
「ここがアビドスか……砂隠れの里を思い出すな」
広大な街。見渡す限りの民家。
だというのに、そこに人の息は感じられない
感じられるのは、砂混じりの乾いた風だけ。
扉間が否応なしにも砂に覆われた、風の国の里を思い出すのは仕方がないだろう。
(アロナが言うには、昔はキヴォトス最大の自治区だったが、環境の変化で街そのものが厳しい状態になっていると聞いたが……なるほど、生活区域が砂で浸食されたのならば、この状況も納得がいく)
扉間は懐に入れていた手紙を取り出す。
(アビドス高等学校の奥空アヤネから送られてきた手紙。地域の暴力組織によって学校が襲われているという情報。単純に考えれば、単なる支援要請でしかないが……どうにも違和感がある)
扉間がここアビドスに来たのは、表向きは生徒からの要請で弾薬などの物資を届けるため。
シッテムの箱と先生の権限があれば、すぐに補給が可能となるのでそこまで大変なことではない。
そして、暴力組織に襲われるのも扉間の価値観からすれば、十二分にあり得る。
だが。
(全校生徒がたったの
生徒の数が少なすぎることには、首を捻った。
過疎化して、生徒数が減ったのは分かるが、それでも少なすぎる。
放置しておいても、数年もすれば自然消滅するだろう。
だからこそ、疑問に思うのだ。
(その暴力組織とやらは、何のために学校を襲っている? アジトにするため? これだけ都合の良さそうな廃墟が広がる街でわざわざ? 目的が分からん)
全校生徒5人ということは、仮に食料や物資目当てだとしても5人分しかない。
しかも、物資に関しては手紙が正しければ、もうほとんどない。
だとすれば、暴力組織が狙っているのは――
(たった5人を学校から退かせようとしている目的。校舎そのものに価値があるのか、もしくは校舎のある土地に何かがあるのか。はたまた、生徒が居なくなる状況そのものが目的か)
―――5人が居なくなるという状況そのもの。
単なる暴力組織が狙うような行いではない。
故に扉間は、違和感を覚えて直接調査に赴いたのである。
(あるいは、手紙そのものが嘘でワシをおびき出す罠という可能性もあるが……行かねば分からん)
脚を止めて、目的地の学校を見る。
所々が砂に覆われて、とてもではないが綺麗と呼べる状態ではない。
だが、入り口だけは砂の浸食が取り除かれており、今も使われていることが分かる。
(使ってはいるが、手入れが出来る人員が居ないといった所か……どうやら、事前の情報通り5人しか生徒が居ないというのは嘘ではないようだな)
砂に覆われていない道、すなわち生徒が普段から歩いている道を通る。
これを辿って行けば、手紙の差出人とも会えるだろう。
(今回の件、何事もなく終われれば良いのだが)
そうして、扉間はアビドス高等学校の校舎の中に入って行くのだった。
「まさか、本当に先生に来てもらえるとは思っていませんでした。シャーレの噂を聞いてすぐに手紙を出してよかったです」
校舎に入った先で、扉間はアビドス対策委員会の面々と会っていた。
「ということは、お前が手紙の差出人の奥空アヤネか」
「はい。私はアビドス廃校対策委員会で書記を務めていて、それでこちらが3年で委員長のホシノ先輩です」
「いやぁー、よろしくね。トビラマ先生」
「他の人達はまだ来ていないので、後で紹介します」
黒く短い髪に赤い眼鏡をかけた、真面目そうなアヤネ。
そして、アヤネとは反対にちゃらんぽらんな雰囲気のオッドアイの娘、ホシノ。
「トビラマだ。お前達に少し聞きたいことがあるが、よいな?」
「えぇー、おじさんのスリーサイズ? もう、スケベだなぁ、先生は」
「たわけ! 嫁入り前の
ふざけた調子でからかってくるホシノに、ツッコミを入れる扉間。
だが、内心ではホシノを静かに見定めていた。
(委員長だけあって、ワシを信用せずに見定めようとしておるな。それに奴の立ち位置はアヤネをいつでも守れる位置だ。余程、後輩を大切に想っているようだな)
眠そうな顔で、欠伸をしているのは恐らくは演技。
細めた目の奥からこちらを窺う鋭さは、隠しきれていない。
「お前達に聞きたいのは、この学校の現状と暴力組織についてだ」
しかし、わざわざそれを指摘するつもりはない。
あなたがこちらを警戒しているのは分かっている。
そんなことを言っても、余計に警戒されるだけだ。
それに、相手を見定めようとする姿勢は扉間には好印象である。
誰彼構わず、懐を開いていく人間はフォローをするのも大変なのだ。
「まず、この学校についてだが生徒の数は5人で間違いないな?」
「はい……他の生徒達はみな転校したり退学していなくなりました」
「学校がこのありさまだと商売も出来ないからねー。周辺の住民もほとんど居なくなっちゃった」
事前に得た情報と差異はない。
扉間は黙って相槌を打つ。
「次に暴力組織についてだが、相手は分かっているか?」
「カタカタヘルメット団という不良や退学した生徒が集まった集団です」
「三流のチンピラのくせにしつこくてねー。何度も追い返しているのに、数日ごとに襲ってくるサイクルをずーっと続けてるの」
「はい、それで遂にこちらの補給物資が切れて……それで先生に手紙を出したという訳です」
扉間は静かに目を閉じて考える。
カタカタヘルメット団というチンピラ集団。
何度もやられているのに、執拗に学校を狙う姿勢。
明らかに気まぐれで行っている行動ではない。
「では、そのカタカタヘルメット団とやらの目的は分かるか?」
「え? それは、その……学校を占拠してアジトにするつもりではないのでしょうか?」
「それは何度もこちらに突撃を繰り返して、物資と時間を浪費してまで得たいものか? アジトならばこれだけの廃墟が広がる街だ。代わりは幾らでも見つかるだろう」
扉間の言葉にアヤネは黙り込む。
そうだ。こちらが物資を消耗しているということは、相手も同じだ。
「無論、最初は気まぐれだったが、後に引けなくなったということは戦争では多々ある。だが、ホシノの言う通りならば、数日おきにサイクルを組んで襲撃をしている。明らかに初めからの計画的な犯行だ。恐らくは、アビドスの物資が少ないことを知り、物資切れを起こさせようと狙っていたのだろう」
チンピラ集団にしては不似合いな、計画的な犯行。
しかも、アジトにするのならば、物資とは戦利品だ。
出来る限り、残させて占拠した方が旨味がある。
「そして何より攻め方がおかしい」
「攻め方ですか?」
「ああ、ワシなら数で上回っているのなら24時間学校ごと包囲する。そうなれば、お前達はどうする?」
「……籠城するのが一番だけど、食料を考えたら打って出て一点突破しかないねー」
「その通りだ。物資が少ないのが分かっていれば、生き残るには一点突破しかない。だが、5人しかいない以上、全員で打って出るしかない。そうなれば……」
扉間は短く息を吐き、続ける。
「学校はもぬけの殻だ。そのまま占領すればいい」
1人1人が一騎当千の戦力であったとしても、飢え死にさせれば関係ない。
もともと、アビドスには店が少ない。食料の流通を途絶えさせるのも簡単だ。
仮に5人のうち何人かが、外に補給に出ても各個撃破すればいい。
そうなることを、考えれば5人は学校を放棄して逃げ出す可能性は高い。
だというのに、それをやっていない。
「それは……相手がその策を思いついていないということはないんですか?」
「無論、その可能性はある。チンピラという以上、まともな軍略を習ってはおらんだろうからな。だが、それならばそれで、お前達が居ない隙を狙って学校を占拠すればいい。24時間ずっと学校に居るわけではあるまい? 仮に居たとしても、5人しかいない以上はどこかで、数が少なくなる。ワシならヒットアンドアウェイの要領でそこを叩き続けて、肉体と精神を追い詰めていく」
カタカタヘルメット団の行動はおかしい。
数で上回っているのなら、幾らでも手はあるのに正面から挑むだけだ。
別に守るべき誇りなどありもしないのに。
「ただアジトが欲しいだけならば、やりようは幾らでもある。だが、それをしない。まるで、お前達自身に学校を捨てたとでも言わせたいかのようにな」
真綿で首を締めるようにじわじわと追い詰めていく。
まるで、アビドスの生徒達が生徒という権利を放棄するのを待っているかのように。
「その上で聞くが、この学校には多大なる労力を割いてまで得たい価値があるか?」
お前達の学校に労力に見合った価値はあるのか。
そう言われて、ムッとなるアヤネとホシノだったが、2人はまだ冷静だった。
客観的に見れば、学校にそこまでの価値はない。
生徒が多ければ話は別だが、今はたったの5人。
これからも生徒が増えないだろう学校に、砂だらけのやせた土地。
贔屓目で見ても高値の物などない。
「ないねー……私達にとっては大切な学校だけど、価値があるかというと……ねぇ?」
「悔しいですけど、そうですね。資産的価値も土地的価値もない。おまけに借金もありますし」
「借金だと?」
「あ!」
言うつもりはなかったとばかりの声を溢す、アヤネ。
それにジロリとした目を向ける扉間。
生前は兄の柱間が孫に教える程によく博打をしていたので、借金という言葉にはいい思い出がないのだ。
綱手が伝説の鴨と言われるまでになったのは、扉間が死んだ後なのは良かったのか悪かったのか。
「……別にいいんじゃない? 何か悪いことをしたわけじゃないんだし」
「……そうですね、トビラマ先生には話しておきましょうか」
ホシノの目配せに頷き、アヤネが語り始める。
カタカタヘルメット団とは比較にならない、アビドス高等学校を脅かす脅威を。
「実は、この学校には借金が9億6235万円程あり、廃校の危機にあるんです」
「砂嵐で街に受けた被害をどうにかするために、悪徳金融業者に金を借りた……か」
「ちょっと! 登校してきたら、なんかシャーレの先生が居て、借金のことを話してるなんてどうなってるのよ!?」
「セ、セリカちゃん、落ち着いて」
「うん、まず落ち着いて話を聞くべき」
残り3人の生徒、セリカ、ノノミ、シロコが登校してきて一気に騒がしくなった教室。
そんな喧騒の中、扉間は静かに息を吐く。
(風影……貴様も大変だったのだな)
碌に資源もないのに、砂嵐などの災害は発生しやすい。
尾獣より金と土地を寄越せと言っていた、風影の気持ちを初めて心から理解する。
まあ、理解しても交渉を甘くすることは絶対にないのだが。
「あ、あの、もしかして怒ってますか?」
「いや、何事も運営していく上では、金が要る。元手や緊急時の資金を考えれば、借金は当然の選択だ。ワシも金を借りたことはある、もっとも……賭け事で負けたのが理由と言われたら、拳骨を叩き込んでおった所だがな」
おっかなびっくり聞いてくるアヤネに扉間は首を振る。
至極真っ当な理由。しかも、自分達の代でこさえたものではない。
綱手と違って怒る理由などないのだ。
「賭け事…? そっか、ギャンブルでお金を増やせば」
「シロコと言ったか? 賭け事とは胴元だけが儲かる仕組みになっておるのだ。やめておけ。いい鴨になるだけだ」
狼のような見た目の生徒、シロコに扉間は釘を刺す。
孫娘程に年が離れている子供なのだ。
綱手のようにならせてはいけないと、密かに使命感を燃やす。
「ほら! 大人なんて正論を言うだけで、力になってくれないんだから! 話すだけ無駄! 借金の問題は私達だけで解決すればいいでしょ!」
そんな扉間に対して、ツインテールで赤目の少女セリカが食って掛かる。
あからさまに大人を信用していない発言。
恐らくは、大人の助けが得られない環境で育ったのだろうと扉間は推測する。
「確かに。借金の件は、ワシには関係ない。ワシはカタカタヘルメット団をどうにかするために来たのだからな」
「…やっぱり!」
扉間に対して、そら見たことかと鼻を鳴らすセリカ。しかし。
「だが、どうすればよいのか聞かれれば答えるぞ。ワシはキヴォトス全生徒の先生だ。生徒に質問されたら、答えるのが仕事だ」
続いた扉間の堂々とした物言いに、呆気に取られてしまう。
「9億を一度に稼ぐのは難しいが、すぐに、そしてある程度は稼げる方法はすでに思いついておる」
「あ、あの、トビラマ先生それは?」
ブロンドの髪の緑の瞳の、巨乳の少女ノノミが挙手をして尋ねる。
それに対して、眉一つ動かさずに扉間は告げる。
「カタカタヘルメット団という輩から奪うぞ」
「「「「「え?」」」」」
略奪するぞ、と事も無げに言われた生徒達は一様に固まる。
だって、そうだろう。不良と言えど子供なのだ。
そこから、先生が略奪をするなど、普通に考えてダメである。
というか、認められてたまるか。
「……だ、大丈夫なのでしょうか? 略奪なんて」
「略奪? 人聞きの悪いことを言うでない。ワシはただ、暴力組織から活動資源や資金を取り上げるだけだ。そう、これは治安維持活動だ」
ノノミの言葉に、略奪なんてしませんと綺麗な言葉を吐く扉間。
「よいか? 犯罪者に再犯をさせないもっとも効率の良い方法は殺すことだ。だが、それは人道的に不味い。特に現代ではこちらが、SNSなどでバッシングを受けかねん。では、どうするか。そう、犯罪を起こすための武器や金を取り上げるのだ。そうすれば、やつらは何も出来ん。無論、それでも暴れる者はおろう。そう言った者達は刑務所で強制労働させることで、社会貢献させる。こうすれば、無駄なく効率的に世界を平和にできる」
ペラペラと語っていく扉間の口を誰も止めることは出来ない。
当たり前だ。火影とは里を背負って戦う政治家でもある。
単なる生徒が止められるような舌はしていない。
「そして、アビドス対策委員会は、今よりワシの権限で正式な委員会として承認する」
「あはは、そう言えば私達、生徒会がないから自称部活だったねー」
「続いて、シャーレの顧問として正式にアビドス対策委員会をシャーレに勧誘する。そして奥空アヤネより受けた依頼の任務を任せる。不良達の集まりであるカタカタヘルメット団を
「……おじさん、こんな悪意のこもった更生って言葉聞いたことないなー」
ホシノがいつもの腑抜けた笑みを引っ込めて、顔を引きつらせるが扉間は無視をする。
その程度の顔、穢土転生をお見舞いした敵の顔で見飽きている。
「もちろん、アビドス対策委員会にはワシの方から報酬を出す。だが、更生のために不良達から取り上げた、武器や資金に関しては寄付することにする。その方が外聞がよいからな」
「? さっきと言ってたことが違う」
「年寄りの話は最後まで聞くものだぞ、シロコ。こうして取り上げたものは、寄付するがどこに寄付するかが重要だ。寄付する先は当然、不良共の被害を最も受けた者達にするべきだ。しかし、ワシでは判断がつかん。現地の状況が分からんからな。故に、最も詳しいであろう
「これが大人……ずるい」
ここまで来ると、もはや子供達には乾いた笑みしか浮かんでこなかった。
完全なるマッチポンプである。
「学校に任せる以上は、生徒会や他の部活に分割されるかもしれんが……悲しいことにアビドスには対策委員会しか存在しない。仕方ない、本当に仕方がないが、全ての戦利品……もとい、寄付金の管理を任せることになる」
「ひ、卑劣……」
セリカの言葉に対策委員会の心が一致するが、扉間は怯まない。
卑劣だのなんだの言われようとも、目的の達成が一番である。
なお、他人からの好感度は気にしないものとする。
「あの……カタカタヘルメット団からの略…更生の依頼ですが、私が出したものを私達が受けてもいいのでしょうか? トビラマ先生が連邦生徒会とかから何か文句を言われたりするんじゃ……」
ここでアヤネからの至極真っ当な意見が出る。
自分で依頼を出して、自分で受けて報酬を貰うなど普通に考えてダメである。
外から見れば必ずやり玉にあげられるだろう。
だが、扉間はあっけからんと答える。
「現状、シャーレに勧誘された生徒はお前達だけだ。他に生徒がおらぬのだから、仕方あるまい。それとも、お前達は銃弾一発で死にかねない、かよわい老人に戦場で戦えというのか?」
どう見ても、かよわく見えない。
そんなツッコミを全員が心の中で入れるが、やはりと言うべきか扉間の表情は変わらない。
「よいか? これはワシにとっても、良いことなのだ。ワシはお前達をシャーレに迎え入れられる。お前達は任務により報酬が得られる。WINWINというのだったか?」
「文句を言われたら……」
「これはシャーレの部員が足りないが故に起きた事態。他の学校からも、何人か生徒を推薦でもして貰えておれば、このような事態は起きなかったのだが……因みに、推薦はいつでも受け付けておるぞ」
こいつ、無敵か。
またしても、生徒達の心が一致するがやはり扉間の表情筋は動かない。
もはや、ロボットである。
「……んー、お互いにメリットのある話なのは分かったけど。なんで、先生はそこまで考えてくれるのー? 最初に言ってたけど、借金に関しては関係ないし」
このまま、全てが扉間の思い通りに進む。
そんな空気になりかかっていた時、ホシノが口を挟む。
やんわりとした口調ではあるが、そこにあるのは利用されてたまるかという警戒心だ。
「先生の義務……では、納得いかんか?」
「無理かもー」
「そうか……ならば、感情で答えるとしよう。ワシは――」
それが分かったのか、扉間も柱間を思い浮かべて、
「―――学校が無くなる所など見たくはない」
だって、学校は
「ワシはな。若い頃に、兄者……兄と一緒に学校を建てたことがある。子供達が安全に成長するための場所をな。故に、それなりに学校というものに思い入れがあるのだ。無論、どうしようもなければ、廃校も仕方がないことだろう。だが、取れる手段があるのなら、諦めるには早い。そう思っているだけだ」
千手扉間は冷酷な人間だと思われることが多い。
だが、本質は理想への炎をいつまでも燃え上がらせている、熱血漢。
故に、若者が頑張る姿が大好きだし、困っている若者を手助けしたくなる。
生前の頃から、先生という職業を十二分に楽しんできた男なのだ。
「……そっか、先生って似合わないけど―――ロマンチストなんだねー」
それが伝わったのか、ホシノは初めて本物の笑みを浮かべて笑う。
ホシノのそんな言葉に対して扉間は。
「似合わんは余計だ」
仏頂面のままホシノのデコを指でつつくのだった。
NARUTOで握手したい人ランキング個人的1位、ナルト。
握手したくない人ランキング個人的1位、扉間。
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