つまるところ。エデン条約というのは、『憎み合うのはもうやめよう』という条約。
トリニティとゲヘナの間で、長きに渡って存在してきた、確執にも近い敵対関係。
そこに終止符を打たんとするもの。
互いが互いを信じられない故に、久遠に集積していくしかなかった憎悪を解消するため、それに代わって新たに信頼を築き始めようとするプロセス。
より簡単に言おうか、つまりはゲヘナとトリニティの平和条約だ。
ただ、連邦生徒会長の失踪をきっかけに、この条約は何の意味も持たなくなってしまった。
そう言えば、君はエデンという地を知っているかい?
それは太古の経典に出てくる楽園の名前。
キヴォトスの『七つの古則』、その五つ目にまさに楽園についての質問が出て来るね。
曰く、『楽園に辿り着きし者の真実を、証明することが出来るのか』。
簡単に言えば、これはパラドックスの問題だね。
楽園は素晴らしい。一度でも辿り着けば、そこに永住してしまう程に。
だとしたら、一度辿り着いた者は帰ってくることが出来ないので、楽園に到達した証明が出来ない。
つまりは、そういう事だ。
実に意地悪な質問だろう?
仮に、君のような他者を思いやる者が真に楽園に辿り着いて、他の者を導くために戻って来ても、戻って来れた以上は楽園ではないと糾弾出来る。
天国は近い、と叫んでもその天国を証明する術はない。
そんな証明の出来ないことを証明しろという悪魔の証明なのだよ。
まるで、君を苦しめるケーキのように甘い甘い理想を冷笑するかのようにね。
さて、先生。
これから始まる物語は、君のような現実主義者にとっては酷く見慣れたものかもしれない。
それとも、人を導く君にとって最も魅力的な舞台かな?
いずれにしても、君は決断を迫られることになるだろう。
誰かに犠牲になれと脅して、楽園に辿り着くか。
楽園など存在しないと、犠牲を否定する道を行くか。
道は二つに一つ。
さあ、先生。君は――
(―――解!!)
扉間は舌を血が出る程に強く噛むことで、キツネの耳を持つ、幻覚の生徒の話を断ち切る。
(ここは……移動中の電車の席? となると、先程の幻術は夢か?)
懐に手を入れて、拳銃に触れながら扉間は慎重に周りを確認する。
不自然な光景はどこにもない。
普通の車内だ。だが、それが余計に扉間に警戒を抱かせた。
(術者が近くに居ない? つまり、より高度な幻術……いや、この世界で言えば精神干渉の類と言うべきか? とにかく、夢という形で一方的にワシに干渉してくるとは……侮れん)
普通に仕事をしているつもりだった。だというのに、いつの間にか夢を見ていた。
「アロナ、先程のワシに異常はなかったか?」
『え? 何もなかったですよ。でも、先生には珍しくお昼寝をしていました』
一応、アロナにも確認は取るがやはり外的接触は何も無い。
普通に考えれば、疲れていて眠ってしまっただけ。
そして、今から向かうトリニティに関するおかしな夢を見てしまっただけ。
普通の人なら、そうやってすぐに忘れてしまう夢。
「……そうか、分かった」
だが、そんなことで納得する扉間ではない。
彼の半生は幻術を得意とするうちはとの闘いの日々である。
やろうと思えば、現実における一瞬を月読で72時間説教が出来るのがうちはだ。
上を見れば、究極幻術の別天神による自分では操られている自覚が一切ない幻術。
イザナギによる現実改変。
もう、インチキとしか思えないオンパレードである。
だから、扉間は精神に対する攻撃は人一倍気を払っている。
(夢で見た少女……あれは、トリニティの
百合園セイア。
学園の方針を決めることのできる今期のホストではあったが、現在は体調不良という理由で桐藤ナギサが務めているらしい。
(キヴォトスの『七つの古則』の5つ目。今調べて確信したが、ワシが知らなかったはずの情報だ。夢が脳の見せる錯覚であるならば、本人が知り得る情報以外は出てこない。となれば、やはり他者からの干渉を受けた可能性が高い)
扉間はタブレットに先程の夢で得た情報を入力しながら考える。
百合園セイアの話し方の特徴や情報。
これらを照らし合わせれば、彼女がどこかから自分に干渉してきた証拠になるかもしれないと考えて。
「鬼が出るか蛇が出るか……トリニティ、見ものだな」
「百合園セイアはどうした?」
桐藤ナギサにより、ティーパーティーの場に招待された扉間の第一声がそれだった。
まるで、お前らじゃ話にならないから
そして、何より隠さなければならない情報の核心に迫る物言いに、桐藤ナギサと聖園ミカの表情は強張る。
「……本来であれば、セイアさんがホストだったのは事実ですが……諸事情があり、現在は私がホストを務めさせて頂いています」
「セイアちゃんは、入院中でトリニティには居ないの」
「
2人の説明に、いけしゃあしゃあと口だけで謝罪する扉間。
どうやら、セイアが居ないのは隠したい事実らしいと確認しながら。
「では、改めまして。私はティーパーティーのホスト、桐藤ナギサです」
「聖園ミカだよ。ホストじゃないけど、生徒会長の1人だよ、よろしくね先生」
「連邦捜査部シャーレの顧問、千手トビラマだ。よろしく頼む」
場に存在する2人の生徒会長。
普通に考えれば、おかしな話だがトリニティにおいてはこれが普通である。
「先程、セイアさんを探しておられましたが、トリニティでは生徒会長が3人居るのが通常です。権限や能力においても3人が同等のものを有します。そもそも、トリニティは総合学園の名の通り、かつては争い合った各分派が集まったことで出来た学園です。パテル、フィリウス、サンクトゥスの派閥……以前はそれぞれの学園だった者達が、代表を出し合って順番にホストを務めています」
「なるほど……紛争を止めるために、和解した組織か」
まるで、里のようだなと扉間は思う。
かつては
まさに、木ノ葉の里と同じ成り立ちだ。
「それで、今回ワシを呼び出したのはより大きな和解を為すためか?」
「…! 話が早いようで助かります」
「え? いきなり本題に入っちゃうの。もっと、アイスブレイクとかして緊張をほぐそうよ」
「ミカさん……少し静かにお願いします」
早速本題に入ろうとする扉間とナギサ。
それに対して、茶々入れをするミカ。
これだけでも、2人の性格が分かるというものである。
「既にご存じとは思いますが、トリニティとゲヘナの間でエデン条約が結ばれる予定です。長きに渡る紛争の解決……そして和解。そのために、今は重要な時期なのです」
「いいよね、和解。まるで、夢物語みたい」
「………ミカさん、今話しているのは私です」
再度、話を邪魔してくるミカに、ナギサの眉がつり上がる。
あ、これは次はロールケーキがぶち込まれるなと、判断してミカは若干大人しくなる。
因みに、ロールケーキ攻撃は扉間の胃にも効く。
「先日のトビラマチャンネルでも、先生がゲヘナ風紀委員会のヒナさんと親しい間柄なのは分かりました。彼女はゲヘナにおいて、エデン条約の推進を行っている穏健派。先生もゲヘナと悪くない関係を持っていると存じています。それに何より、ミレニアムのリオ会長に言った通りなら、先生は平和主義者」
以前の、トビラマチャンネルの情報から扉間の性格を判断する、ナギサ。
間違ってはいないが、やはり情報源がシュールである。
「へー、先生はゲヘナと友達なの?」
「ミカ、お前は条約に反対か?」
「え? いや、そういう意味で言ったんじゃないよ。それに
「……ミカさん」
「ご、ごめんね。しばらく、黙っておくから」
黙れ、とばかりに名前を呼ばれてミカは慌てて謝る。
もう、次は無いとナギサの幼馴染みとしての直感が判断したのだ。
「そこでなのですが、エデン条約の締結に向けて先生のお力を借りたいのです」
「子ども達の和解に手を貸すのは先生の務めだ。力を貸すのもやぶさかではない。だが、具体的な内容を聞かんことにはな」
力を貸すのにノータイムで頷くことはしない。
扉間とトリニティは現状では、どちらも恩や貸しが無い状態。
ヒフミの件はあるが、ヒフミの誘拐未遂を救ったことと、その後の戦闘で力を貸したことでどちらかが強く出ることの出来る案件ではない。
ならば、頼む側が下にならざるを得ない。
力を貸して欲しい。つまりは、相手が下手に出ている状況。
このチャンスを生かさない手はない。そして、吐かせる。
「……先生は、同盟の締結において問題は何があると思いますか?」
だが、ナギサもその手には簡単には乗らない。
しっかりと、扉間への牽制を込めて、質問に質問で返す。
「まあ、やられて一番困るのはクーデターだろうな。ワシは一度それで死にかけたことがある」
「「……え?」」
それに対して、扉間も弾丸ライナーで打ち返す。
クーデターで死にかけたという言葉に、流石のナギサとミカも咄嗟の返答が出来ない。
というか、クーデターがきっかけで一度死んでいる。
「特に相手側の方で起こされて巻き込まれると、対処に困る。いくら、こちら側で間者や内通者を炙り出しても条約締結当日に、相手のトップも知らない状態で発生すると何もかもが台無しになるからな。あれが無ければ……戦争が終わったというのに」
思い出すのは雲隠れの里との同盟。
実質、扉間の命日だ。
木ノ葉の方は不穏分子を抑えられたが、雲の方の金閣銀閣はどうしようもなかった。
まあ、雷影が殺されたのを見るに、当時の雷影ではどうしようも出来なかった可能性もあるが。
この事件だけは、黒ゼツもマダラも関わっていないので本当に不思議なものである。
「まあ、もう終わったことを気にしても仕方ない。クーデター以外となると、内部に居るスパイ。条約の反対派の対処。後は、条約締結後の両学園間でのパワーバランスぐらいか。中立の機関と言えど、どちらかの学園の方が圧倒的に強くなればそちらに吸収されるのは目に見えている。まあ、一先ず条約を成功させんことには何もないが」
ワッと一気に情報の洪水を浴びせて、扉間はナギサ達を牽制する。
最初にこれだけ言っておけば、何を言われてもワシの言った通りだなで、マウントを取れるのだ。
そして、相手もそれを否定することが出来ない。
「で? ワシに何を頼みたいのだ?」
相手を見下ろす様に告げる扉間に、ナギサは腹芸は通用しないと悟る。
ここまで言わせた以上、綺麗なお題目だけでは通用しない。
というか、綺麗なお題目だと別に恩を売っているわけでもないので、扉間である必要がないのだ。
ワシは日帰りで帰る、と言われても引き留める術がない。
「内容を正しく聞かんことには、何も行動が出来ん。そうは思わんか?」
「………トリニティに潜む、条約を邪魔するスパイを監視して欲しいのです」
「ナギちゃん……」
だから、ナギサは素直に告げる。
ゲヘナと仲が良く平和主義者の扉間なら、条約の締結の邪魔はしないだろうと考えて。
何より、それが依頼を受ける交換条件だろうと察して。
「スパイか。まあ、居るだろうな。目星はついておるのか?」
「はい。私の方で精査し、怪しい4人をピックアップしています。こちらが、そのリストになります」
「ブラックリストってやつだね」
「4人……
渡されたリストをパラパラとめくりながら、ミカとナギサを見る扉間。
白洲アズサ、浦和ハナコ、下江コハル、阿慈谷ヒフミ。
約1名知っている顔を見かけて、手を止める。
「ヒフミ?」
「はい。以前、カイザーグループに誘拐されそうになった際に、助けて頂いたヒフミさんです」
「……理由は聞いても良いか?」
以前、アビドスと便利屋と共に戦った戦友。もとい、巻き込まれたヒフミ。
見たところ普通の少女だったが、一体何をしたのかと扉間は尋ねる。
「確たる証拠があるわけではありません。ですが、ヒフミさんは度々ブラックマーケットに出入りしており、その足取りの全てはこちらでも追えていません。先生もご存じのように、ブラックマーケットはどの学園にも属さない無法地帯。他の学園と繋がりを持ち、情報を提供するにはうってつけの場所です」
至極真っ当な理由に扉間は頷く。
確かに、モモフレンズのグッズのためにブラックマーケットまで来ていると、嘘をついている可能性は高い。
かつて、カイザー理事が便利屋68がブラックマーケットで他の学園と連携していることを疑ったように、荒唐無稽な話ではない。
「ヒフミさんが、モモフレンズの熱烈なファンであることはよく知っています。ですが、最近のヒフミさんの行動は目に余ります。ヒフミさんの行動を監視していましたが、試験を放棄してまでトリニティを抜け出すのは些か異常です。何か、どうしても外せない裏の要件と試験日が重なり、そちらを優先したと考えた方が辻褄が合うでしょう」
「確かに……怪しくはある」
ナギサの意見に頷く、扉間。
外に遊びに行くなどと言って、敵と通じている子供には覚えがある。
まるで、兄者のようだ。
「他の者は?」
「アズサさんは転校生ですが、それまでの経歴が全くもって掴めないのです。書類での情報は確かにあるのですが、実際に以前の学校に問い合わせてもそんな学生は知らないと返されるだけ。後ろめたい何かを抱えているのは確実でしょう。いっそ、陽動を疑う程度には怪しいです」
「あはは……」
転校生。しかも、エデン条約の締結が現実的になってからの存在。
明らかに怪しい。むしろ、あからさまに怪しすぎて罠を疑うレベルである。
そんな、ナギサの意見にミカも苦笑を溢す。
「次にハナコさんですが、彼女は1年生の頃はトリニティきっての才女と騒がれていました。何事も無ければ、ティーパーティーのこの席にセイアさんの代わりに居たことでしょう。しかし、現在はどういう訳か試験を真面目に受けず落第点ばかりを取り、尚且つ礼拝堂や校庭などを水着で徘徊するなど訳の分からない行動を行っています」
「ふむ…?」
ここに来て、急に警戒する理由が変わったなと思う、扉間。
スパイにしては意味もなく悪目立ちし過ぎである。
「そして、最後にコハルさん。彼女はスパイとしての疑い以上に、正義実現委員会のハスミさんを統制するための存在。言わば、人質です」
「ハスミを?」
「はい、先生の前では取り繕っておられたのでしょうが、本来のハスミさんは大がつく程のゲヘナ嫌い。条約の締結に対して何を起すか分からない時限爆弾です。なので、コハルさんを人質として確保することに意味があるのです」
(チナツとは問題なく連携を取っておったのだがな……)
かつて、シャーレの奪還戦でハスミに会ったが、そこまでの狂犬には見えなかった。
もちろん、パーソナリティを知れる程の付き合いではないので、実際の所は分からないが。
「以上の4名を、先生には補習授業部という形で行動を監視してもらいたいのです。彼女達の共通点は前回のテストの点数が悪かったこと。一纏めにするには十分な理由があります。そして、可能であれば彼女達の排除も」
「ナギちゃん、ぶっちゃけるねー」
「……対等な依頼である以上は、誤魔化すわけにもいきません。後で、依頼内容と違うと言われて断られても困るのですから。シャーレにはそれだけの権限があります」
「道理だな。契約の穴は封じておかねば、予期せぬ形で利用されるからな」
ちゃんと、説明するなんて意外と告げるミカに、ナギサは静かに返す。
シャーレに嘘をついて、今後の関係を悪化させるのは不味い。
シャーレには生徒の退学にも関われる力があるのだから。
「トビラマ先生。どうか、エデン条約の締結のためにお力を貸して頂けないでしょうか」
故に、ナギサは騙し討ちはせずに正攻法で依頼を出す。
「……もう少し、確認したいことがある。そして、ある生徒の情報をワシに与えてくれるのなら、監視の依頼を受けよう」
「ある生徒? リストの生徒の情報ならば、可能な限り教えますが……それとも、他に目星がついている生徒が?」
「先に、確認したいことの話からだ。今回、お前はどこまでワシに望む?」
依頼を受けると確約する前に、情報を絞れるだけ絞っておこうという扉間にナギサは内心で苦々しい顔をする。つまり、扉間が求める生徒の情報とは、ナギサが提供に渋る可能性があるレベルの生徒だからだ。ひょっとすると、ミカやナギサ本人の可能性もある。
「……どこまでとは?」
しかし、ここで引くわけにもいかない。
内容自体では、取引を打ち切ることも考えながらナギサは平静を装って返す。
「スパイを炙り出すということにも、狙いは複数ある。1つは言葉通りにスパイを捕まえて、情報の漏洩を防ぐこと。2つ目は、スパイがどこに通じているかを逆に探知して、大元から叩くことだ」
「なるほど……確かに、それは先生に取って重要な問題ですね」
扉間の言葉に納得を示す、ナギサ。
スパイを捕まえるだけなら、別にいい。
軟禁するなり、矯正局に送るなりすればいいだけだ。
だが、スパイの大元を叩くとなると話は違う。
ゲヘナの手の者だとしよう。ミレニアムの手のものだとしよう。
そこを叩く大義が果たして先生にあるだろうか?
「ああ。ワシはトリニティの先生ではない……キヴォトス全土の先生だ」
答えは否だ。
スパイを送り込まれたトリニティには悪いが、キヴォトスの先生である扉間の立場からすれば、それは生徒間のいざこざでしかない。
視点が違うのだ。キヴォトスが学校であり、学園は学級でしかない。
A組にB組の生徒が、紛れ込んでいたとしても連邦生徒会の
当然、そんな校則などない。他の生徒に危害を加えるなら別だが情報収集だけでは裁けない。
A組でこんなことをしていたよと、B組で話すだけだ。
学級間で独自の取り決めはあっても、学校つまりは連邦生徒会で何かをすることは不可能。
何故なら、それを行うということは依怙贔屓のようなものであり、学園の自治権に反する。
つまり、シャーレの権限と学園の権限は、全くもって別のものなのだ。
だからこそ、
「……私の願いはエデン条約の締結。つまり、そこさえ邪魔をされなければ後は内々に処理することが出来ます」
「ならば、ワシがやるべきことは情報の漏洩を防ぐことでよいな?」
「はい。もちろん、確たる証拠があれば、どこの勢力かを教えて頂きたいですが……4人を閉じ込めておくだけでも、十分助かります」
「いいだろう。何かあれば、お前に教える」
本来なら、不安の種を纏めて一掃するために退学にしたいのだが、生徒会長と言えどもそこまでの権利はない。シャーレの権限を使えば、可能ではあるがそこまでの権限を行使させる程の恩も無ければ、関係性も無い。
4人を隔離してもらうだけでも十分だろうと、ナギサは判断を下す。
「さて、それでは先生の言うある生徒とは?」
「ああ、お前も良く知る人物――」
さて、一体誰の情報について知りたいのか。
様々な可能性を考えながら、ナギサは優雅にティーカップを口に運ぶ。
「―――百合園セイアだ」
そして、思わずティーカップを落としそうになる。
ミカが動揺で、大きく息を呑む。
「間違いなら、夢想と笑ってくれて構わんが……奴は夢で他人に接触するなどの能力を持ってはおらんか?」
「そういった事情で、お前達はスパイ疑惑をかけられておる。今回、わざわざ合宿所に集めて本館から離したのもそういった理由だ」
所変わって、こちらは補習授業部。
別館の合宿所。
扉間は集めた4人に向けて、初手全ブッパを決め込む。
当然、4人は反応が出来ずに固まる。
「さて、説明も済んだ以上は、早速補習授業に入るとしよう」
「いや! ちょっと待ちなさいよ!」
「どうした、下江コハル? 質問があるなら挙手をしてからにしろ」
「スパイって何!? そもそも何で普通に授業始めようとしてるの!? 目的と関係ないじゃん!」
一番最初に再起動がかかったのは、もっとも単純なコハルだった。
疑われる心当たりが全くない彼女は、普通に授業を始めようとする扉間にツッコミを入れる。
「スパイに関しては先程説明した通りだ。エデン条約が近いので、怪しい人間を纏めて隔離しておく。それだけの話」
「全く納得できないけど、そこは分かるわよ! でも、それなら授業する意味ないじゃん!!」
「下江コハル。お前達はスパイに関係なく、成績が落第点だからな。そこは動かん事実だ。補習をする理由は十二分にある」
「だからって、スパイとか言った後に普通に授業始められる訳ないでしょ!!」
こんな精神状態で勉強なんて出来るかと叫ぶコハルに、他の3人も頷く。
因みに、扉間がフルネームで呼んでいるのは、嫌っているわけではなく、弟子のコハルと区別するためだ。
「そ、そもそも、私達をスパイだと思っているなら、話していいんでしょうか?」
コハルに続くように、ヒフミが律義に挙手をする。
私も、ナギサ様に疑われてたんだとショックを受けながら。
「……いいえ。よく考えれば、全て話すことで一気に問題が解決しますよ」
「ハナコさん?」
だが、ヒフミの質問に答えたのは扉間ではなく、黙って考え込んでいたハナコだった。
「自分を疑っている。もしもスパイである人がそう言われたらどうすると思いますか? ヒフミちゃん」
「え? それは、スパイじゃないって証明しようと……あ」
「え? なになに? どういうこと?」
ハナコの問いかけに気づく、ヒフミ。
訳が分からず、疑問符を浮かべる、コハル。
「はい。スパイでないと証明しようとして、スパイ活動を控えます。仮に、続けようとしても、今まで以上に慎重に動かないといけなくなります。もしも、外と連絡を取り合っているなら当然、それも控えます」
「……つまり味方に情報を与えることが出来なくなる」
「はい、その通りです。アズサちゃん」
ハナコの説明に付け加えたのは、ずっと黙り込んでいたアズサ。
その表情は、非常に浮かないものになっている。
「大したものだな、ハナコ。実戦形式のテストなら、今ので加点している」
「ありがとうございます。でも、先生も人が悪いですね。
「……だから、今から補習授業を行うのだ。お前達をここに隔離出来た以上、ワシがするべきことは他に何もないからな」
扉間の騙し討ちに、棘のある言い方をするハナコ。
そして、あたかも自分がスパイであるような言い方をしているのは、相手を混乱させるための意趣返しである。
「私はともかくって、あんたがスパイなの!?」
「あらあら、どうでしょうねー? よろしければ、コハルちゃんが私を調べてみますか? もちろん、体の隅々まで」
ハナコはワザと告げなかったが、扉間の目論見はもう1つある。
それは、この中にスパイが居るということで、4人に相互に監視させ合うためだ。
スパイでない者は、自らの潔白を証明するために。
スパイである者は、自らの罪を相手に擦り付けるために。
決して、4人での協力をさせないよう、仲間割れさせる。
「体の隅々って!? ど、どうやって?」
「もちろん、私の服を剥ぎ取って裸にしてからじっくりと」
「エッチなのはダメ! 死刑!」
コハルを弄りながら、扉間に卑劣な人だと冷たい視線を向ける、ハナコ。
まあ、その程度の視線で扉間が気にするわけもないのだが。
「と、とにかく、私はスパイじゃないし、ハスミ先輩も変なことしないわよ! だから、私は帰る!!」
「……それはやめておいた方がいいですよ、コハルちゃん」
「な、なんで?」
こんな場所に居られるか、私は帰る。
と、フラグ満載な退場をしようとするコハルをハナコが止める。
「監視している場所から1人だけ逃げたら、まるで後ろめたいことがあるように見えませんか?」
「わ、私は後ろめたい事なんて、何も……」
「真実などどうでもよい。怪しい人間を消せて、そのことを建前に正義実現委員会を責められればいいのだ。いや、お前を助けようとしたハスミを暴走させて、先手を打って処理するのも悪くはない手だな、下江コハル」
「そんな……」
状況証拠的に怪しい。
それだけで、ナギサには大義名分が手に入る。
そもそも、補習授業部である以上はテストで合格点を取るまでは、合宿所から抜け出せない。
普通の脱走になるので、正義実現委員会としてはナギサに強く出れなくなる。
「それにここには、無数の監視カメラが仕掛けてある。ここに来るまでに偵察したから間違いない」
「監視カメラ? それってどれぐらいあるんですか…? アズサちゃん」
「死角なく張り巡らされていることと、ここの広さから考えれば……ざっと100台はあるだろうな」
「そ、そんなに?」
アズサからの回答に、ドン引きするヒフミ。
因みに、監視カメラの出所はアコが無駄に買ってしまった分である。
「うふふ、花の女子高生のあられもない姿を盗撮するだなんて、先生も隅に置けませんね」
「勘違いするな。このカメラは
「……用意周到ですね」
自分をどうにかしても、監視の目からは逃れられないぞという扉間にハナコは目を細める。
ここは監獄。一度入ってしまった以上は抜け出ることは許されない。
「先ほど言ったように、真実などどうでもよい。お前達が真にスパイであっても、エデン条約の締結まで大人しくしていれば、それで無実となる。と言うよりも、スパイである意味がなくなる。今は大人しく勉強に集中するのだな」
「それだと、トリニティはずっと内部に敵を抱え続けることになりますよ?」
「ワシはキヴォトスの先生であって、トリニティの先生ではない。その後のことは今回の依頼とは関係ない。ワシが受けた依頼は、『トリニティに潜む、
あくまでも、スパイを監視して条約を邪魔させないことが目的だと告げる、扉間。
まあ、そんなことを言われても4人は信用できないだろうが。
「それとだ。政治というものは内部の敵は排除するだけではなく、如何にして利用するかが重要だ。いたずらに排除をするだけでは、全体の力が下がるだけ。特に、トリニティのような異なる集団が集まってできた組織はな」
チラリと監視カメラを見ながら、扉間が語り掛ける。
例を挙げると、木ノ葉刑務部隊の設立だ。
マダラがやらかしたせいで、特大の地雷となったうちはを何とか治安維持部隊にした。
監視する目的もあったが、あれが無ければ他の一族がマダラの件でうちはの排除に動いた可能性もあるので、あの時はあれで正解だっただろう。
まあ、後世で爆発する地雷になってしまったのだが。
「とにかく、今のお前達に出来ることは勉強をすることだけ。疑いをかけられている以上、お前達が大手を振って学園に戻る方法は、大人しくしていることぐらいだ。……もしくはお前達以外の――」
扉間がチラリとハナコの方を見る。
「―――真の裏切り者でも見つかれば、話は別だがな」
まるで、何かを試す様に。
原作と今作の先生のセイアの夢の反応の違い
原作「今のは夢?」
今作「幻術か!?」
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