千手扉間のブルーアーカイブ   作:トマトルテ

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27話:そのための補習授業部

 

「こうして、実際に顔を合わせるのは久しぶりだな、ナギサ」

「トビラマ先生…! 補習授業部の方はよろしいのですか?」

 

 本来なら3人居るはずのティーパーティーの場に、1人ぼっちで佇むナギサ。

 そんな彼女の下に訪ねて来たのは、合宿所を抜けた扉間だった。

 

「ワシとアズサが仕掛けた数々のトラップ。それを切り抜けた先で待ち構える、トリニティ最強格のミカ。指揮を執るのは学園きっての才女のハナコ。下江コハルも、正義実現委員会である以上、戦闘面で不安があるわけでもない。唯一不安なのはヒフミだが……まあ、ある意味では一番の危険人物かもしれん。短時間なら、十分に防衛できるだろう」

「……まさか、厄介者を閉じ込める檻を城として利用されるとは思いませんでした」

 

 補習授業部の合宿所は、今や要塞である。

 色々と、付け狙われるであろうアズサやミカを守るための城。

 危険人物を集めた結果、逆に安全な場所と化したのは皮肉としか言えない。

 

「アリウスからの接触があるかもしれんアズサだけでなく、ティーパーティーから補習授業部に来たミカも内外に敵を抱えておろう。お前とて、ミカを守るために補習授業部送りにしたのだろう?」

 

 包帯を巻いた左手に持っていた()()を降ろし、ナギサの真正面の椅子に座る扉間。

 流石に、机の上に腰かける喧嘩スタイルは自重したようだ。

 

「ミカさんはアリウスと通じて、セイアさんを暗殺しようとした。これが、明るみに出ればミカさんの立場は非常に危うくなります。下手をすると、敵討ちとして派閥同士の大きな抗争が起きかねません」

 

 意図的に自分へのクーデターという言葉を省いたのか、ナギサは少し震える手で紅茶を飲む。

 やはり、親友に裏切られかけたことは堪えるようだ。

 

「この時期にそんなことを起こさせるわけにいきません。なので、ミカさんには表向きの理由として、先生の補佐という名目で補習授業部に出向してもらっています」

 

 補習授業部はテストの点数が悪い生徒が集められた部活。

 既にテストが終わっている以上は、ミカを入れるには強引な理由が必要だった。

 しかし、そんな理由で周囲が納得できるわけがない。

 

「そして、裏の理由も噂として流しています」

「裏の理由?」

 

 なので、ナギサは意図的にある噂を流した。

 

「私とミカさんが致命的な対立をした結果、ミカさんをティーパーティーから追放するに至ったと」

 

 和平派と反対派の政治的な対立によって、2人が仲違いを起したのだと。

 理解できる範囲で、かつあり得そうなことを。

 

「……なるほどな。嘘はついてはおらん。お前とミカは確かに対立をした。だが、実際に追い出そうとしたのはミカという情報は隠しておる」

「私が悪役になることで丸く収まるのなら、それが一番です」

 

 嘘は言ってはいないが、真実も言っていない情報。

 人が最も信じやすい嘘だ。

 こうすることで、ナギサは自分のエデン条約への強固な姿勢をアピールしつつ、ミカを裏切りの魔女扱いから救ったのだ。

 

 自分を犠牲にするやり方で。

 

「……ミカは知っておるのか?」

 

 そういうやり方はよさんか!

 そう言ってやりたかったが、アロナからどの面下げてと言われそうなので穏便な言い方にする扉間。

 

「はい。もちろん反対されましたが、黙っておくように頼んでいます。……これは私の我儘です。ルールや掟に沿うならば、ミカさんの罪を白日の下に照らし出すべきです。ですが、私はそれをしたくなかった」

 

 ミカはナギサが悪者になるのに反対しようとした。

 だが、ナギサはミカの立場の弱さを盾に取り、押し切った。

 自分が全ての元凶であるミカは、当然それに反論出来る訳がない。

 

「ミカさんに『ごめんね』と言われました……だから私は、もう一度何事もなく笑い合える日が来て欲しいのです。例え、ルールや掟を破るクズ扱いをされたとしても、ミカさんを()()()()()()()の裏切り者にすることはしたくないのです」

 

 もう一度、友達として笑い合いたい。

 その願いのために、ナギサは自らを悪として扱う。

 

「自分1人にヘイトを向けさせることで、真に大切なものへのヘイトをコントロールする。悪くない手だ」

「お褒めに与り光栄です」

 

 二代目火影の卑劣な術だ。

 このセリフに集約されているように、扉間も生前は穢土転生の術を自分1人の術として扱い、他里のヘイトをコントロールしていた。

 最悪、木ノ葉の代名詞になりかねない所を、個人の悪行に収めたのは大したものだとしか言えない。

 

「だが―――甘いな」

 

 しかし、そんなことをやる子供を扉間が見過ごすなど、見通しが甘いとしか言えない。

 ロールケーキよりもなお、甘い。

 

「甘い…?」

「物事は裏の裏を読むべし。ルールや掟を破る奴はクズ呼ばわりされる、だがな、仲間を大切にしない奴は、それ以上のクズだ」

 

 ―――先生、ちょっとお話しよっ!

 

 ミカが扉間の部屋を訪ねてきた理由。

 それは、扉間にナギサの行動をどうにかして欲しかったからだ。

 ナギサとの約束(おきて)を破ってでも、ナギサを救いたかったのだ。

 

「……ミカさんから、私を止めるように頼まれたのですか?」

「ワシは話を聞いただけだ。頼まれたわけではない」

「火事が起きていると聞いて、そのまま座り続ける人は居ないでしょう? 誰だって、動きます」

「直接ではないが……そうなるな」

 

 話しただけで、頼んだも一緒。

 そう告げるナギサに、扉間は肩をすくめてみせる。

 

「私は何を言われても、この方法を変える気はありませんよ」

「だろうな。ワシも、お前のやり方に口を出すつもりはない。お前はそのまま、嘘の噂を広めればいい」

「……何をするつもりですか?」

 

 止めに来たのではないのなら、どうして直接会いに来るなんてことをするのだ。

 そう訝し気に、ナギサが扉間を睨む。

 それに対して、扉間は憮然とした表情で言い放つ。

 

 

 

「―――補習授業部をゲヘナへの和平使節団として派遣する」

 

 

 

 扉間の発言に、ナギサは目を見開く。

 

「ゲヘナへの使節団…?」

「ミカはその親善大使だな」

「ミ、ミカさんが…? 人選ミスでは?」

 

 使節団。最も有名なのは、岩倉使節団だろう。

 早い話が、他国との交流をして親善を深めたり、情報収集、条約の改正が目的の集団である。

 

「ミカのゲヘナへの憎悪は、中身のない張りぼて。嫌な顔は隠せんかもしれんが、出会うなり殴りかかる類のものではない。そして、変に政治的な話が出来ない分、親善という目的であれば、むしろ適任だろう」

 

 ナギサは下手なことはしないが、逆に相手の懐に入れない。

 セイアはあの長ったらしい話では、ワザと馬鹿にしているのかと思われる。

 そうなると、細かい政治は出来ないが、明るく社交的なミカの方が外交官に向いている。

 細かい話は、横に政治が出来る人間を置けば良いだけだ。

 

 要するに、柱間と扉間である。

 

「補習授業部とは、ゲヘナへの使節団を秘密裏に作ったものという噂を広める。そして、ティーパーティーのミカと共にゲヘナに実際に使節団として行けば、嘘が(マコト)になる。秘密裏に作った理由は、それこそ過激派からの襲撃を避けるためで良かろう。勉強しているのも偽装のためだ。実際は点数が良いのはハナコとヒフミが証明している」

 

 ナギサが流しているのは噂。別に公式発表ではない。

 そこに、(マコト)を伴ったもう1つの噂が流れれば、どちらが信じられるか?

 答えは言わなくとも分かるだろう。

 

「そうすれば、お前とミカが対立しているという噂もなくなり、ミカも追い出されたのではなく、秘密裏に動くためだったと言い分が出来る」

「で、ですが、補習授業部をいきなりゲヘナへの使節団になんて……信じられるのでしょうか?」

 

 扉間の狙いは分かるが、補習授業部なんて落ちこぼれ部隊が秘密裏に作られた使節団なんて信じられるのかと、ナギサは問う。

 それに対して、扉間はどこか自嘲するように笑いながら告げる。

 

「補習授業部が唯一外出をしてペロロのライブに行った場所……どこだったか、覚えておるか?」

「それは、ゲヘナに……」

「そして、補習授業部の発足のためにワシがトリニティに来る直前。ワシがどこに居たと思う?」

「ゲヘナ……ですね」

 

 ナギサは思わず頬を引きつらせてしまう。

 

 点と点が線で繋がったのだ。

 バラバラだったピースがピッタリとはまっていく。

 

 何という事でしょう。

 補習授業部について、調べれば調べる程、親ゲヘナのための組織に見えてくるではありませんか。

 

「補習授業部発足の直前に、トビラマチャンネルで同じ誕生日という無理やりな理由で推進派のヒナと繋がりを持ち、ペロロのライブの際にはこの荒れる時期にもかかわらず、風紀委員会に話を通すことで何事もなくゲヘナに行って帰って来ている。疑い深い者ほど、補習授業部とゲヘナの関係性について考察してくれるはずだ」

 

 ミカの反ゲヘナの姿勢も、全ては強硬派を炙り出すための罠。

 そう、全ては条約締結のための一芝居。

 本人はナギサとの固い絆によって、結ばれているのだ(大本営発表)。

 

「補習授業部のメンバーも疑えば疑う程に、使節団としてピッタリに見える。ミカに関しては、ティーパーティーとして他に言うことはない。そして、ハナコは一見すると問題児にしか見えないが、怪しんで調べれば1年時の優秀さが分かる。疑って調べた者ほど使節団のブレインと思うだろう。シスターフッドとの繋がりもあるしな」

 

 人間とは人から聞いた嘘には気づけるが、自分が調べて得た解答を嘘だとは疑わない。

 苦労して集めた情報程、何も疑わずに真実だと判断してしまうのだ。

 故に、補習授業部を疑う者ほどこの罠にはまる。

 

「ヒフミは一見すると普通に見えるが、お前との関係性を知る者はお前の身内と判断するだろう。そして、ヒフミは一度トリニティの代表として、シャーレ、アビドス高校、便利屋68(ゲヘナ学園)と共闘してカイザーPMCと戦っている。最初から、お前に外交の役目を与えられていたと考えれば、ブラックマーケットへの侵入問題も説明がつく」

 

 ヒフミの不穏な行動は全て、ナギサによる他校へのスパイ活動。

 すなわち、エージェントとして考えれば辻褄が合う。

 ナギサの懐刀、エージェント・ファウストの誕生である。

 

「次にアズサは転校生。他の学園の視点でものを見れる存在は貴重だ。アリウスの生徒だと分かれば、様々な意味で和解への一歩を示していると思うだろう。最後に、下江コハルだが、エデン条約機構(ETO)の核となる正義実現委員会の一員。ここが、ゲヘナと手を取り合うアピールをする意義は非常に大きい。ゲヘナへの嫌悪の感情も若いが故に、上級生と比べて少ないように見える」

 

 そして、面子もどういう訳か使節団として見るとバランスが取れている。

 やはり、天才かと思わず言ってしまいたくなる程に。

 

 親善大使のミカは流石に3年生だが、他は違う。

 ハナコ、ヒフミ、アズサは2年生。

 そしてコハルは1年生。

 

 明らかに未来を見据えた編成である。

 同盟という長期に渡る構想を考えれば、若い人間で固めた意図も分かるというものだ。

 

「……恐ろしいまでの計画力ですね」

 

 補習授業部について、調べれば調べる程、調べた人間は思うだろう。

 一体、いつからこの盤面を思い描いていたのだと。

 全て何者かの掌の上の出来事ではないのかと。

 これはシャーレの先生、千手トビラマの神算鬼謀(しんさんきぼう)に違いないと。

 疑心暗鬼になる。

 

 

「全くの偶然ということに目を瞑ればですが」

 

 

 まあ、実際の所は『作者の人そこまで考えてないよ』案件なのだが。

 

「だが、悪くない案だろう?」

「ええ、正直私が外から見ていれば、先生の想定通りの勘違いをしたと思います」

「これならば、お前の懸念点も晴れ、かつミカもお前も悪者にはならん」

「はい……呆気ない程に」

 

 割と覚悟を決めて挑もうとしていたことを、あっさり覆されて肩を落とす、ナギサ。

 どうやら、彼女には悪役は似合わないようだ。

 やはり、希望を抱いて真っすぐに前に向かう、素直で夢見がちなバカが似合う。

 

「計画の詳細は、追って連絡する。まあ、それまでは悪い噂が広まるだろうが……しばしの辛抱だ」

「元々、覚悟していたことです。むしろ、一生背負うと思っていたものが消えて、肩が軽いぐらいですよ」

「フ、そうか」

 

 扉間が椅子から立ち上がる。

 話はこれで終わりなのだろうと察し、ナギサも見送るために立つ。

 

「それでは、ミカさんやヒフミさんによろしくお願いします」

「ああ……それと、忘れるところだったな。土産だ」

「お土産ですか?」

 

 帰ろうとしたところで、持ってきておいた荷物の存在を思い出して怪我している方の手で持ち上げる、扉間。少し大きめな荷物だが、どうやらそこまで重いものではないらしい。

 

「ヒフミからの土産だ。受け取れ」

「! ヒフミさんから……」

 

 結果的には無実だったが、自分がその信頼を裏切ってしまった友人。

 もしかすると、もう二度とお前とは関わらないという絶縁状かもしれないと、思いながら荷物の中身を確認する、ナギサ。

 

「これは……確か……モモフレンズの()()()()()…?」

「ペロロという鳥らしいぞ。中々に軽快な動きをする奴であった」

 

 思い出すのは『えっと…お願いします、ナギサ様。お土産も買ってくるので』という言葉。

 本当にお土産を買ってくるとは、律義というか天然というか。

 そう思いながら、ナギサは扉間が来て初めて表情を柔らかくする。

 

「ああ…それと最後にもう1つ、ヒフミからの伝言だ」

 

 そんなナギサの表情を見ながら、扉間は伝言を伝える。

 

 

「『あはは! 楽しかったですよ、みんなとのライブ。今度はナギサ様も一緒に行きましょう!』……だ、そうだ」

 

 

 ヒフミの方は今もナギサを友人だと思っている証拠を。

 

「ふふ……『ええ、喜んで』とお返事お願いします。そして、このぬいぐるみはヒフミさんと思って、大切にするとも」

「承知した」

 

 その言葉に、ナギサは今日初めての笑顔を見せるのだった。

 

 

 

 

 

「というわけで、今日から補習授業部はゲヘナへの使節団となる。ミカにはその全権大使を務めてもらう。後日、再度ゲヘナに赴くこともあろう」

「だから、どうしていつも私達が何も知らないうちに話が進んでるのよ!」

 

 補習授業部改め、トリニティ使節団に変更の発表。

 またしても、何も知らない下江コハルは、当然の如く涙目で抗議する。

 

「情報提供が遅れたのはすまなかった。だが、考えを変えてみろ、下江コハル。お前はトリニティ使節団に選ばれた唯一の1年生。補習授業部で補習を受ける落ちこぼれから、正義実現委員会のエリートに早変わりだ」

「わ、私がエリートに…?」

 

 普段は自分のことをエリートと言って、臆病な自尊心と尊大な羞恥心を隠すコハルだが、現実としての自分がバカなのは薄々気づいている。そんな自分が、名目上のエリートになることに、思わず目を見開く。

 

「そ、そんなこと、いきなり言われても、自信がないし……」

「3年次には正義実現委員会の委員長になれるやもしれんぞ」

「だ、ダメよ! 委員長っていうのは、本当に凄い人がなるべきなんだから! そうじゃないと、ツルギ委員長に悪いわよ!」

「フ、ならば立場に見合った実力がつくように、努力をするのだな。どの道、お前が上級生になれば、下の者を背負う立場になることに変わりはないのだ」

「ううぅ、何でこんなことに……」

 

 突如として降りかかってきた責任に、呻き声を上げる、コハル。

 出世自体は嬉しいが、身の丈に合わない責任は急に来られても困るものだ。

 

「まあ、そこまで真剣に悩むな。トリニティ使節団も所詮は、仮初の姿。エデン条約が締結すれば、すぐにお役御免になろう」

「それでも、今は滅茶苦茶な状況じゃない!」

 

 一応、扉間がフォローは入れるがコハルはまだ立ち直れない。

 許せ、コハル。また今度だ。

 

「あはは……ごめんね、コハルちゃん。私のせいで」

「ミカ。分かっておるとは思うが、お前に親善大使を拒む権利はないぞ」

「……うん。ゲヘナと戦争しようとした私が、和平の使者になるなんて皮肉だけど、ナギちゃんのためだもん。ちゃんとやるよ」

 

 そんなコハルに、申し訳なさそうな顔をする、ミカ。

 彼女には他の面子と違って、一切の拒否権はない。

 自分とナギサの立場がかかっているので、嫌いなゲヘナとも笑顔で握手しなければならない。

 

「ゲヘナと戦争…? え? ミカ様が?」

「あ、言ってなかったっけ。私がトリニティの裏切り者だったんだ。ごめんね、私のせいでみんなをここに集めちゃって」

 

 衝撃の告白に思わず目が点になる、ヒフミ。

 流石のヒフミも、まさかティーパーティーが内通者だとは思っていなかった。

 というか、合宿所に来てから半分以上は、勉強とモモフレンズの事だけ考えているような気がする。

 

「ミカが内通者…? どういうことだ?」

「アズサちゃんはアリウスと私が繋がっていたことは、知らなかったんだ。先生、見ての通り、アズサちゃんは白だよ。ナギちゃんを襲おうとしていたのは、私だけだよ」

 

 そして、同じくアズサもミカが内通者であることは知らなかったのか、驚愕に目を見開く。

 それを見ながら、ミカはアズサを弁護に回る。

 スパイであったアズサを無罪にしようと思って。

 

「案ずるな、ミカ。ワシはアズサに何かをするつもりはない。突き出すつもりなら、すでにこの場にはおらん」

「あはは、そっか……何だろ、凄い安心した」

 

 扉間の言葉に、安堵の息を吐くミカ。

 そんな姿に、ヒフミとコハルは疑問符を浮かべ、ハナコは静かに微笑む。

 そして、当のアズサといえば。

 

 

「……なるほど、先生は私がスパイだということを既に知っているのか」

 

 

 ミカの気遣いを無にしていた。

 

「……え? それ、言っちゃう?」

 

 私にしては珍しく気を使ったのにと、呟くミカ。

 周りもアズサに驚いた視線を向けている。

 

「監視されて動けなくなった以上、いつかは告げるべきだと思っていた。補習授業部の目的がスパイの監視である以上は、スパイを見つけるまでは拘束され続ける。私はともかく、それは他のみんなに悪いとは思っていた。でも……」

 

 自分が自白すれば、他の者は解放される。

 そんな単純な仕組みに気づいてはいたが、アズサは言い出せなかった。

 それは。

 

「……楽しかったんだ。みんなと勉強したり、ライブに行ったりするのは。監視されているから、アリウスに接触できないから、だから仕方がないとずっと自分に言い訳をしていた」

「アズサちゃん……」

 

 生まれて初めて、何者にも縛られずに何かを学び、遊ぶことが出来たから。

 ミカがアズサの告白に、辛そうな表情を見せる。

 

「そして、ミカだとは知らなかったが自分以外にもスパイは居ると思って、そちらに任せようと思っていた。そうだ、私は逃げたんだ。トリニティとしての責務から、アリウスとしての責務から。責任を負うべき者の役割を放棄して」

 

 トリニティとしてナギサの暗殺を止めることを。

 アリウスとしてナギサを暗殺することを。

 アズサは監視されているので何もできなかったという、言い訳を使って。

 

「色々と言ったが、簡単に言うなら私欲のためだ。軽蔑してくれて構わない」

 

 これは懺悔だ。

 アズサが今まで友達を自分のために騙していたという、懺悔。

 

「……でも、アズサちゃんはこのまま逃げることを良しとしなかった。だから、このタイミングで自白したんですよね」

 

 しかし、ハナコはその懺悔を否定する。

 

「…………」

「ミカさんが、つまりはもう1人のスパイが捕まったタイミング。要するに、アリウス分校へ情報を提供する人間が居なくなったタイミング。逆に言えば、アリウスへ渡る情報が完全に把握出来なくなったタイミング」

 

 ミカが全ての罪を背負うと言ったのだ。

 安穏に生きるのなら、その甘言に乗ればよかっただけ。

 だが、アズサはそれをしなかった。

 何故か?

 

「つまり、アリウスの方針が変わるタイミング。アズサちゃんは本当は、アリウスのスパイとして潜入しながらも、ナギサさんが暗殺されないように情報を制限する二重スパイをやっていたんじゃないですか?」

「ああ……内部からの情報が無ければ、暗殺など上手く行くはずがない。だから、私の方でコントロールをしようと思っていた。……私が何を言っても、言い訳に聞こえるだろうがな」

 

 最悪の事態を回避しようと足掻いていたからだ。

 

 アズサはアリウスからのスパイである。

 だが、本人はトリニティとの戦争など望んでいない。

 故に自分の立場を利用して、アリウスに流す情報を意図的にコントロールしていた。

 

「先生に、私の策はあっさりと潰されたことだし」

「………それはワシのせいか?」

 

 まあ、扉間の策に一瞬で潰されたのだが。

 この間にミカがナギサの暗殺に動かなかったのは、ある意味で幸運である。

 

「ナギちゃんを守ろうとして…? それは……どうして?」

「エデン条約の締結。アリウスとトリニティの和解にはそれが必要だと思っているんだ」

「え…? ど、どうして?」

 

 アリウスとの和解には、エデン条約が必要と言われて戸惑う、ミカ。

 さもありなん。つい先日まで、アリウスとの和解にはエデン条約は不味いと思って動いていたのだ。

 その衝撃は計り知れない。

 

「………アリウスは10年ほど前まで内乱が起きていた。今は生徒会長が治めてくれたが、あれは酷いものだった。もしも、トリニティとゲヘナの間であんなものが起きたら……きっとキヴォトス中の平和は乱れる。今日食べる物にありつけるかも分からない状態で、明日の事なんて誰も考えられない。そうなれば、和解など考えもせずに奪い合うだけだ」

 

 だから、和解のためにはまずは平和が必要なんだ。

 そう告げるアズサの姿に、ミカは衝撃を受ける。

 

「わ、私は……」

 

 戦争こそが彼女の夢を遠ざけるのに、その戦争を起そうとしていたのだ。

 皮肉にもほどがある。

 

「後ろめたく思わなくていい、ミカ。仲間を裏切っているのは私もだ。話を戻そう。アリウスはトリニティの情報を得るのが難しくなった。なら、別の方針を取るはずだ。そして、私が知るアリウスなら次に取る行動は……」

 

 ナギサの暗殺が難しくなった。

 だから、やめようなどという殊勝な心がアリウスにないことはアズサが一番よく知っている。

 ナギサの暗殺を続行するにせよ、別の作戦を練るにせよ、取るべき行動がある。

 

 

「最大の邪魔者を排除することだ」

 

 

 暗殺の邪魔をした敵対者を排除することだ。

 

「フ、邪魔者か」

「ど、どういうこと?」

 

 邪魔者。その言葉で全てを察した扉間は、薄く笑う。

 コハルは情報の余りの多さについて行けずに、どういうことだってばよと、疑問符を浮かべている。

 

「補習授業部を設立して、スパイであるアズサちゃんを閉じ込めた元凶。そして、計画の主犯となるはずだったミカさんも確保した。おまけに、アリウスの大嫌いなゲヘナとの和解を推し進める、アリウスにとっての最大の邪魔者。それは」

「え、それって、もしかして……」

 

 ハナコの言葉に、ヒフミも何かに気づき扉間の方を見る。

 アズサはヒフミの視線を肯定するように、小さく頷いて告げる。

 

 

 

「ああ―――先生だ」

 

 

 

 アリウスが真っ先に狙うであろう暗殺対象を。

 

 

 

 

 

「アズサとは連絡は取れそうか?」

「だ、ダメみたいです。今も補習授業部とかいう場所に捕えられているみたいで。もしかして、痛くて、辛いことをさせられているんじゃ……」

「……命の心配はないだろう。そこまで心配は必要ない」

 

 埃と瓦礫と、火薬の匂いだけが支配する廃校舎。

 そこに明らかに、堅気の雰囲気ではない4人の生徒達が居た。

 

「聖園ミカもシャーレの先生に確保されたみたい。リーダー、どうする? 桐藤ナギサの暗殺をこのまま進める?」

「……いや、ミカが捕らえられた以上は、こちらの情報が全て漏れていると考えて動くべきだ。待ち伏せされかねない」

「じゃ、じゃあ……どうしましょうか?」

 

 リーダーと呼ばれる帽子とマスクをつけた生徒に、緑の髪の少女ヒヨリとショートカットの少女ミサキが声をかける。どちらも、その表情は浮かばない。まあ、それも当然だろう。計画が、事前に壊されていっているのだから。

 

「…………」

 

 悩むリーダー格の少女に対して、ガスマスクで完全に顔を覆った少女アツコが近づいていく。

 顔も髪もほとんど見えないというのに、その所作にはどこか気品が漂っている。

 

「姫…?」

 

 そしてスッと、何事かジェスチャーを使ってリーダー格の少女に伝える。

 姫と呼んだ少女の意図を正しく理解したリーダーは、小さく頷く。

 

「そうだな……一度『彼女』に、マダムに報告しよう」

 

 自分達の上司であるアリウス分校の生徒会長に。

 ()()()に連絡を取ろうと告げる、リーダー。

 

「うん。大幅な計画変更なら、部隊編成も変えないといけないし、それが一番だと思う」

「お、怒られないでしょうか?」

「アズサはともかく、ミカの件は私達に非はない。『彼女』は直情的な性格ではない。話せば分かるはずだ」

 

 マダムと呼ばれる人物に対する恐れ。

 それを、隠せずにいるヒヨリを宥めつつ、リーダー格の少女はひび割れたスマホを取り出す。

 

「……もしもし、マダム」

 

 普通の人間なら、画面がひび割れていれば何か思うだろうが、彼女は何も思わない。

 まるで、ひび割れた状態こそが正常だとでも言うように。

 歪んだ状態のものしか知らないとでも言うように。

 

『はい、何でしょうか?』

「計画に不測の事態が起きてしまいました。指示が欲しい」

 

 リーダー格の少女は、受話器の先に居る女性に状況を説明する。

 ナギサの暗殺が難しくなりそうなこと、シャーレの先生が大きな障害になっていることを。

 

『……なるほど、分かりました。桐藤ナギサの暗殺の件は、後回しで構いません。条約の締結日を狙えば、遅いか早いかの問題にしかなりませんので』

「分かりました」

 

 それに対して、マダムはナギサはどうでも良いと告げる。

 計画通りならば、ナギサだろうがミカだろうがミサイルで消し飛ばせる。

 順序が前後するだけだと。

 

『そして、シャーレの先生についてですが……最大の変数を見逃すわけにもいきません』

 

 しかし、扉間だけは見逃すわけにはいかない。

 マダムは扉間を最大の敵として認識していた。

 生かしておけば、必ずや後顧の憂いとなると。

 

「……と、言うと?」

『桐藤ナギサの暗殺に使う予定だった戦力を、そのまま使って貰って構いません。手段は問いません。どんな手を使ってでも――』

 

 故に、アリウススクワッドのリーダーであるサオリに指示を出す。

 

 

 

『―――千手トビラマを暗殺しなさい』

 

 

 





角都「……無理な依頼に対しては、断る勇気も時には必要だぞ?」

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