千手扉間のブルーアーカイブ   作:トマトルテ

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28話:万魔殿

 

「マコト先輩、報告があります」

「なんだ、イロハ?」

 

 ゲヘナ学園、生徒会室。

 またの名を万魔殿(パンデモニウム・ソサエティー)の悪魔の住処。

 その場所の主、羽沼(はぬま)マコトは(なつめ)イロハから報告を受ける。

 

「トリニティのティーパーティーの聖園ミカが、シャーレの先生と一緒にゲヘナを訪ねに来るそうですよ」

「……補習授業部という奴らか」

「もう知ってました?」

「キキキッ、マコト様の情報網を舐めるなよ」

 

 報告内容は、ミカが使節団としてゲヘナに訪ねて来る事。

 来たるエデン条約に向けての、友好のアピールだということは誰にでも分かる。

 

「シャーレの先生が設立した補習授業部……一見すれば、ただ問題児を集めただけのゴミ箱に見えるが、この羽沼マコト様の目は誤魔化せん!」

 

 グラスに注いだぶどうジュースをちびりと飲みながら、マコトは不敵に笑う。

 

「メンバーの浦和ハナコは情報によれば、露出狂の問題児にしか見えん。だが、その実1年時にはトリニティの才女と謳われる程のキレ者。更に、シスターフッドやティーパーティーの百合園セイアとの個人的な繋がりもある。使節団のブレインは間違いなくこいつだ」

 

 マコトの情報網は非常に優秀だ。

 取りあえず問題は暴力で解決しようぜ、が基本方針のゲヘナにおいて貴重な頭脳枠である。

 情報戦においては風紀委員会のアコをも上回る。

 

「1年生の下江コハルは、正義実現委員会の次期エリート。成績が悪く見えるが、解いた問題は3年生のテストのため、その真の実力は隠されている。大した、隠蔽力だ。まあ、この私の前には無意味だがな!」

「1年生……まあ、この前マコト先輩が正義実現委員会の羽川ハスミ副委員長を怒らせましたからね。変に軋轢のない1年生を選びますか」

 

 優れた情報網、優秀な頭脳。

 それらがあるが故に、マコトは相手の情報を的確に見抜く眼力を持っている。

 

「次に白洲アズサ。こいつは、雑に隠蔽されているがアリウス分校からの転校生だ」

「アリウス分校……トリニティはアリウスとの和解を目指しているんでしょうか?」

「だろうな。だからこそ、エデン条約の締結のための使節団に組み込んだはずだ。アリウスとトリニティが別れたのは、同盟に反対したからだ。エデン条約の場にアリウスの人間を置くことで、今度は志を共にすると表明するのが目的だろう。雑な隠蔽は後で、アリウスからの転校生だと、大々的に公表するために敢えて穴を作っているからだ」

 

 手に入れた情報を元に推測を重ねていく、マコト。

 アズサはアリウスとの同盟のための鍵。

 ゲヘナとの和解という一つの目標の下に、肩を並べたというアピール。

 

 そのためには、別の学園からの転校生では困る。

 故に、ミカはワザと雑に偽装した転校届を作ったのだ。

 後で、真実を公表しやすくするために。

 そう、マコトは考察する。

 

「そして、阿慈谷ヒフミ。こいつは目立った実績もなく、何か部活に入っているわけでもない。一見すれば、どこにでも居る普通の生徒だ」

「はぁ……そんな子が何で補習授業部に」

「だが―――最も危険な奴はこいつだ」

 

 マコトはグラスを置き、真剣な目をする。

 この天下のマコト様の目を欺く程の、隠蔽力。

 それこそが、最も恐ろしいのだと。

 

「ティーパーティー、シスターフッド、正義実現委員会、アリウス。この狼の群れの中に一頭だけ居る羊。真に恐ろしいのはこいつだと、私の直感が告げている」

 

 普通が普通でいられるのは、周囲が普通の状態だけだ。

 カフェでお茶を飲むのは普通の行為だが、銃撃戦が行われるカフェでお茶を飲むのは普通ではない。

 銃撃戦が日常のゲヘナの生徒だって、お茶を飲むのを止める。

 だが、ヒフミはそのままお茶を飲み続ける類の普通だ。

 

「この羽沼マコト様には一切の虚飾は通用しない」

「……と、言うと?」

 

 マコトは明らかに普通なヒフミに、何かおかしな点は無いかと徹底的に調べ辿り着いた。

 

「阿慈谷ヒフミは―――他校へのスパイだ」

「へー……」

 

 大して興味の無さそうな、イロハの相槌。

 だが、マコトは大して気にせずに話を続ける。

 

「こいつはティーパーティーの桐藤ナギサと繋がりがあることが分かった。そして、時折学園を抜け出しブラックマーケットに侵入していることや、ライブに参加したりしていることもなぁ」

「……何となく話が見えてきましたよ」

 

 一般の生徒はブラックマーケットでは活動しない。

 だが、ヒフミはその内情に詳しくなるまでに通っている。

 

「そして、更に調べた結果。こいつはシャーレとアビドス、そして我が校の便利屋68(爪弾き者)と交流があった。つまり、ブラックマーケットで他校の生徒と接触して情報を集めるのがこいつの仕事だ」

「へー……ライブの件は?」

「ライブ会場は人込みだらけで、追手も自由に動けない。人の身体に接触することも不自然ではない。情報の受け渡しには打ってつけ、人を隠すには人の中というわけだ」

 

 そして、足繁く通うライブやコンサートの会場も、秘密裏に情報を受け渡すには打ってつけの場所。僅かな情報から、漏れ出る不審さがヒフミの実像を歪ませ、覆い隠していく。まるで光を拒絶するように(愛さないように)

 

「以上の事から考えれば、阿慈谷ヒフミはナギサの懐刀。無害そうな顔をして、他校の情報を抜き出す冷酷なスパイに違いない!」

「……そうですか」

 

 まーた、馬鹿なマコト先輩が馬鹿なことを言っている。

 そんなことを考えながら、イロハはとっとと話が終わらないかなと願う。

 早く仕事を終わらせてダラダラしたいのだ。

 

「信じてないようだな、イロハ」

「マコト先輩の情報網は、私でも把握できませんから。確認のしようがないので」

「キキキ! そう、褒めるな」

「いや、別に褒めてないですけど」

 

 完璧な理論だ。と、鼻を鳴らすマコトにイロハは溜息を吐く。

 情報網自体は信頼できるし、頭も悪くはないのだが、騙されやすいのだ、マコトは。

 

「シャーレのトビラマ先生……よくぞ、ここまで秘密裏にメンバーを集めたものだ。その才能は認めてやろう。だが、この究極の指導者たるマコト様に一歩及ばなかったようだなぁ! キシシッ!」

 

 筋自体は通っているが、どうにもイロハには不安が残る。

 そして、悲しいことにその不安は当たっていた。

 

 補習授業部が使節団として集められたというのは、完全に偶然である。

 

「それで、どうしますか?」

「どうとは、なんだ?」

 

 まあ、だとしてもエデン条約を結ぶのは()()()()なので、そこまで問題ないだろうと考え、イロハは無理やり話を変更する。今は、差し迫った問題を解決すべきだ。

 

「トリニティは生徒会長が3人の体制。現在のホストは、桐藤ナギサですけど格的にはマコト先輩と同じです。迎えの挨拶ぐらいした方がいいんじゃないんですか?」

 

 問題とは、補習授業部に対して万魔殿で何かアクションを起こすかどうかだ。

 相手が友好の使者を送ってきているのに、無視をしては敵対行為と受け取られかねない。

 条約締結前にそれをするのは流石に不味いと、イロハは指摘する。

 

「ふむ、そうだな………キキキ、いいだろう。このマコト様自らが出迎えてやるとしよう。イロハ、スケジュールの調整を頼む」

「はぁ、面倒ですが、分かりました……一応、言っておきますけど、この前の正義実現委員会のようなことはしないでくださいよ? 一部活の副委員長と生徒会長じゃ、冗談が冗談ですまなくなりますから」

 

 イロハが思い出すのは、マコトのハスミへの態度。

 天然か、ワザとかは分からないが、ハスミを馬鹿にして会談を破談させたマコトに釘を刺す。

 あれを他学園の生徒会長相手にやれば、戦争不可避である。

 

「分かっている。私とて、()()()()()条約が破談するのは避けたい」

「はぁ、分かっているならいいですけど」

 

 どこか含みのあるマコトの言葉に、溜息を吐きながらイロハは帽子をかぶり直す。

 

「それじゃあ、私はこのことを補習授業部の方に伝えて来ますから」

「ああ、任せたぞ……キシシシ」

 

 こうして、羽沼マコトと聖園ミカの会合が決まるのだった。

 

 

 

 

 

「あなたが羽沼マコトだね?」

「そういうお前は、聖園ミカだな」

 

 ニコリ。

 言葉にすると、何でもない表現だが色々と裏に込められた笑みを浮かべる2人。

 

「よろしくね、マコト」

「キキキ、何だその手は?」

「握手だよ。それともゲヘナでは、()()()()()()が良いのかな?」

 

 手を差し出すミカにたじろいで、小馬鹿にしたように鼻を鳴らす、マコト。

 それに対して、ミカは内心イラっとしながら別の方法が良いかと尋ねる。

 別に、暴力的な挨拶をすると言っているわけではない。

 

「握手か、別にしてやっても構わんが……人に何かお願いをするなら、大切な言葉が必要だろう。お願いします(プリーズ)が」

 

 ピキキ、とミカの額に青筋が走る。

 マコトがフルフルと頬を震わせながらニィと笑みを浮かべる。

 

「マコト先輩、問題を起さないように言いましたよね?」

「キキキ……ちょっとした、冗談だ。よろしく頼むぞ、ミカ」

「……うん、よろしくね、マコト」

 

 イロハから睨まれ、肩をすくめながらマコトはミカの手を握り返す。

 ミカはその手を思わず握りつぶしたくなったが、必死に我慢をする。

 

「護衛として風紀委員会をつける。安心して、我がゲヘナ学園を見学していってくれ」

「うん、お気遣いありがとうね」

 

 どちらからともなく、パッと手を離し挨拶を終える。

 

「では、良い時間が過ごせることを祈っているぞ。何かあれば、()()()()()を頼るといい。それでは、私は仕事に戻らせてもらおう。イロハ、行くぞ!」

 

 挨拶を終えるとすぐに、マコトは立ち去っていく。

 普通ならばこのまま会談などを行うのだろうが、マコトに常識は通用しない。

 貴重な時間を、お前相手に使いたくないといわんばかりだ。

 

「はいはい、分かりましたよ……その、こんな挨拶ですみません」

「ううん、いいよ。忙しい所に無理を言って来た私達が悪いんだから」

 

 そんなトップの態度に、イロハは流石に不味いと思ったのか謝罪を行う。

 ミカはその姿に、トリニティで磨いた張り付けたような笑顔で対応する。

 これが正式な外交なら、もう少し強く出てもいいのだが、ミカは半ば贖罪としてゲヘナに来ているので抑える。

 

「それでは、失礼します」

 

 イロハも頭を下げて立ち去っていく。

 その姿が、完全に見えなくなるまで見つめてから、ミカは大きく息を吐く。

 

「……先が思いやられるなぁ」

「その……お気持ち察します」

 

 ポツリと溢したボヤキを拾われて、慌てるミカ。

 

「うわ!? だ、誰?」

「あ、すいません。私、風紀委員会所属の火宮チナツといいます。ヒナ委員長から、ミカさんを案内してくるように言われて来ました」

 

 しかし、ボヤキを聞いたのはチナツという穏健派だったので事なきを得る。

 後、風紀委員会は万魔殿と仲が悪いので、マコトへの批判なら基本問題ない。

 

「ああ……うん。ありがとうね。他のみんなも先にそっちに行っているのかな?」

「はい。それと……マコト議長が風紀委員会に頼るように言っていませんでしたか?」

「え、うん。それがどうしたの?」

 

 何か不味いことがあるのかと首を傾げる、ミカ。

 彼女からすると、ゲヘナからの客を正義実現委員会に任せるといった感じにしか感じられない。

 不安を抱くことなど何もない。

 だが、ここはゲヘナだ。

 

「向かいながら話しましょうか。……万魔殿と私達風紀委員会は仲が非常に悪いです」

「え、なんで?」

「それは……分かりません。風紀委員会が万魔殿よりも目立っているせいか、ゲヘナ最強の称号を奪われていると感じているせいかは分かりませんが、とにかく万魔殿は私達に嫌がらせをしてきます」

「あちゃあ……うちわもめかぁ」

 

 ミカを風紀委員会に案内しながら、チナツはポツリポツリと話し始める。

 風紀委員会と万魔殿の仲の悪さを。

 その元凶である、マコトの嫌がらせの数々を。

 

「この前なんて、ヒナ委員長の誕生日に風紀委員会の経費であんこ抜きのどら焼きを大量注文してきたり……」

「あんこ抜きのどら焼き? え、それ、美味しいの?」

「いえ、それはお店の方が注文ミスと思って、ちゃんとあんこを入れて下さったので、未然に防げたのですが……とにかく、致命的ではないですが地味に困る嫌がらせを何度もしてくるんです、マコト議長は」

「た、大変なんだね」

 

 真面目に仕事をしているだけなのに、どうしてこんな目にと遠い目をする、チナツ。

 これには、内心ではゲヘナ嫌いのミカも同情するしかない。

 

「と、とにかく、あの議長が万魔殿の兵力ではなく、私達風紀委員会を頼れと言ったのは間違いなく裏があると思います」

「裏?」

「はい。例えば、ワザと温泉開発部を焚きつけてミカさんが行きそうな場所を爆破して、軽微な被害を出します。そして、風紀委員会がミカさんの護衛を全う出来なかったとしたら……あのマコト議長が黙っていませんね」

 

 早い話がマッチポンプである。

 ミカを護衛させると同時に、ミカを襲う。

 そうすることで、護衛が全うできなかったと罰を与える。

 どこぞの卑劣を思わせる作戦である。

 

「……私、もしかして迷惑をかけてる?」

「あ、いえ! そう言っているわけではなくてですね。何かしら起こると思うので、覚悟をしておいて欲しいというか、何というか……どうせ、いつも行われていることなので、ミカさんが迷惑をかけている訳ではありません」

 

 逞しい問題児達を殴り飛ばして鎮静化させつつ、万魔殿の嫌がらせに対処する。

 アコが3徹するはめになるのも分かる、ゲヘナクオリティである。

 

「むしろ、私達としてはエデン条約を締結させてエデン条約機構(ETO)を早く成立させたいので、ミカさんは歓迎しています」

「あ、あはは、ありがとうね」

 

 条約が締結した方が楽になると告げるチナツに、ミカは苦笑いしか出来ない。

 ここに居るのが、その条約をぶっ壊そうとしていた張本人である。

 とは言えない。

 

「……でも、今日は先生もいるので何か策を出してくれると思います」

「そうだね。先生なら、マコトにぎゃふんと言わせる策を出してくれると思うよ」

 

 ミカの気まずそうな笑いを、ゲヘナ内情に引いていると思ったのか、チナツは話題を変える。

 ミカも下手な腹の探り合いになりたくなかったので、その話に乗る。

 

「まあ、その間は流石に私達はお留守番かな。他の学校の自治区だと自由に動けないし」

「ご不便をおかけします」

「大丈夫だよ。私はただ単に、お話をしに来ただけなんだから。こうやって、チナツちゃんとお話しているだけでも、お仕事になるんだよ」

「そう言って頂けると、助かります……あ、ここが私達の風紀委員会です」

 

 そして、2人はみんなが待つ風紀委員会に到着する。

 

「ヒナ委員長、ただいま戻りました」

「おかえり、チナツ。それと……初めまして、空崎ヒナよ」

「こちらこそ、初めまして。聖園ミカだよ、よろしくね」

 

 今度は少し警戒しながら手を差し出す、ミカ。

 ヒナはその手を当然のように握り返す。

 

「あ……」

 

 そのことに思わずミカは驚きの声を上げてしまう。

 

「…? どうしたの?」

「委員長。ミカさんはマコト議長に、意地悪をされていまして……」

「ああ。マコトのことだから、素直に握手せずに悪態でもついてきたんでしょ? 気にしなくていいわ。そういう人間なだけだから」

「あはは……」

 

 ある意味で信頼されているマコトに、思わず苦笑いを零すミカ。

 ゲヘナでは、その程度のことを気にしている暇はないのだ。

 

「ミカさん、お疲れ様です」

「あ、ヒフミちゃん。他の3人は?」

「アズサちゃんとコハルちゃんは、風紀委員のイオリさんと一緒に外に行きました。ハナコさんは、アコさんと何か打ち合わせをしているみたいです」

「ふーん」

 

 ミカはマコトに会っている間に待っていた、ヒフミの出迎えを受ける。

 そして、すでに何かしらの動きが行われていることに気づいて、目を細める。

 

 因みに、イオリとアズサとコハルは割と仲良くやっているが、アコとハナコは微妙な空気になっている。

 まあ、これは仲が悪いというより、ハナコがアコの首輪や手錠を見て本当に先生の犬ではないのかと無言で疑っているだけだが。

 

「………あれ? そのぬいぐるみどうしたの? いつもの、鳥とは違うよね」

 

 そして、同時にヒフミにある違和感を覚える。

 それは、どういうわけかその手に見慣れない、ピグレ〇トのぬいぐるみが握られていたことだ。

 

「気がつきましたか……これはですね、ペロロ様の可愛さを分かってくれた()()()()()()と交換したものです。私はあげると言ったんですが、私が1人になるのは可哀そうだと言われたので、交換という形でペロロ様をお渡ししたんです。あ……勝手な行動は不味かったですかね?」

「うーん、いいんじゃないかな? こういうのが、交流でしょ」

 

 どうやら、ゲヘナでも早速交流を広めたらしいヒフミに、ミカは内心で驚く。

 ティーパーティーのナギサとも平然と付き合えるだけあって、どこに行っても物怖じせずに人と関わり合える性格らしい。

 

「さて、ミカとチナツが揃ったなら、作戦会議と行くか」

「あ……先生」

「どうした、ミカ?」

「えっと……マコトが風紀委員会に、嫌がらせしようとしているみたいなんだけど」

 

 役者が揃ったので、そろそろ始めるかと告げる扉間にミカが言い辛そうに告げる。

 自分達のせいで、風紀委員会に迷惑をかけてしまうかもしれないと。

 

「ああ……大丈夫よ。マコトの嫌がらせはいつものことだから。というよりも、あなた達をうちで預かるように言われた時点で、察していたわ」

「故に、ヒナの証言をもとにワシが策を考えた。それにあった戦術もな。練習もなくやるのは初めてだが」

 

 しかし、ミカの不安はあっさりと払拭される。

 どうせマコトが、なんかやってくるだろうと思っていたヒナと、相談を受けた扉間。

 この2人に時間を与えすぎてしまった。

 

「策とは…?」

「マコトはどうにも、地味な嫌がらせしかしてこんらしいからな。まあ、ゲヘナの戦力の中核を担うヒナがクーデターを起こしたら、止める術がないので当然と言えば当然なのだが」

 

 チナツの質問に扉間は答える。

 マコトがやり過ぎた場合はヒナが物理的に絞めるのだと。

 そして、そのために致命的な嫌がらせはしてこないだろうと。

 

「つまり、今回も補習授業部を適当に襲わせる程度の嫌がらせと考えるべきだ。仮にミカが重傷を負えば外交問題だからな。マコトが狙うとすれば、『風紀委員会が役に立たずにミカが軽傷を負ったので、トリニティへの謝罪の意味を込めて厳罰を与える』といったところか。こうすれば、風紀委員会の戦力を削れて、トリニティにも誠意が見せられる。一石二鳥だな」

「……如何にもマコトが考えそうな策ね」

 

 扉間の予想にヒナが大きく、溜息をつく。

 頭の中で、高笑いをするマコトが浮かんできたのだ。

 

「さて、ではこの策を封じるにはどうするかだが……まずは、少々の怪我をしても責められない状況を作る」

「怪我をしても仕方ない状況ですか…? そんな状況どうやって……」

 

 客人が怪我をしても責められない状況。

 そんな状況は思いつかないと呟く、ヒフミ。

 

 

「―――デモンストレーションだ。エデン条約機構(ETO)のな」

 

 

 それに対して、扉間は告げる。

 エデン条約機構(ETO)の練習を行うのだと。

 

エデン条約機構(ETO)のデモンストレーション…?」

「ああ、エデン条約機構(ETO)はゲヘナとトリニティの中立組織が紛争を解決するということ。つまり、ゲヘナとトリニティの生徒が協力して、事件の解決に当たればいい。今回の使節団の目的は、その練習ということに()()()()

「要するに……私達がゲヘナ風紀委員会と一緒にお仕事をすればいいんですか?」

 

 ヒフミの言葉に扉間とヒナが揃って頷く。

 

「その通りだ。目的が()()()()なのだ。重傷でなければ、怪我は起こるもの。むしろ、マコト側が補習授業部が大怪我をせんように、風紀委員会のフォローに回るしかなくなるやもしれんな」

「流石に軽傷で文句を言ってくるようなら、私が風紀委員会の普段の訓練で出た軽傷の治療費の分だけ部費を水増しして請求してくるわ。軽傷でも問題だと言うのなら、学園としてお金を出してもらわないといけないもの」

 

 揃って悪い顔で、悪いことを発言するヒナと扉間。

 生まれた日が同じというシンパシーが2人の卑の意志を繋ぐ。

 これが、絆の力だ!

 

「確かに凄い作戦だけど……そもそも、エデン条約が締結されてないんだから、他校の生徒が学園の自治区で戦闘行為をするのはアウトじゃないの?」

「ミカよ。お前はワシがシャーレの先生であることを、忘れたのか?」

「あ……」

「気がついたか」

 

 本来なら、エデン条約機構(ETO)が無ければ他学園の自治区での戦闘行為は違法。

 だが、ここに例外が存在する。

 

「そういう事よ。因みに、風紀委員会は全員シャーレの部員になったわ。先生の指示があれば、トリニティにも行けるわ」

「ヒ、ヒナ委員長、いつの間に……」

 

 シャーレの先生。

 そして、シャーレの部員なら先生の許可があれば他学園の自治区でも自由に戦闘が出来る。

 簡易版のエデン条約機構(ETO)の完成である。

 

「これがワシの策だ。もちろん、お前には最大限に動いてもらうぞ、ミカ」

「正義実現委員会のツルギと同格の強さ……拝見させてもらうわ」

「……まさか、親善大使として来て戦うことになるとは思わなかったよ」

 

 たった5人増えただけで何になる?

 そう言われるかもしれないが、風紀委員会はヒナの力で持っている部分が大きい。

 つまり、ヒナの実力に近い者が1人増えるだけで、二面展開が可能となるのだ。

 これは、ヒナの負担を減らすという点で非常に大きい。

 

「私、この見た目通りに、蝶よ花よと育てられてきた箱入りのお姫様なんだけどなぁ」

「大丈夫ですよ、ミカさん。お姫様が戦ったらいけないなんて、決まりなんてあってないようなものです」

 

 お姫様としてどうかと思うと告げるが、ヒフミに否定されてしまう。

 攫われるだけのお姫様なんてつまらないと。

 ゲーム開発部の面々も、ありきたりなシナリオで楽しくないと言うだろう。

 時代は、女性の自立だ。

 

 王子様は男の子だけの特権じゃないぜ!

 

 

「まぁ……いいか。久しぶりに―――運動もしないとね?」

 

 

 こうして、ミカはゲヘナの不良学生から『地獄の天使』として語り継がれることになるのだった。

 

 

 

 

 

「マコト先輩、報告です。補習授業部と風紀委員会がエデン条約機構(ETO)のデモンストレーションとして協力しているおかげか、犯罪件数が下がっていってます」

「なにィイイッ!?」

 

 万魔殿、生徒会長室。

 イロハの報告を受けたマコトは白目を剥きながら叫ぶ。

 こんなの想定外すぎると。

 

「ま、待て! ミカが出ているということは風紀委員会は、ミカを守れていないのではないのか!?」

「シャーレの先生がエデン条約機構(ETO)のデモンストレーションとして、行っているので文句ならシャーレに言えとのことですよ。それから、ミカさんは無傷らしいです。いやぁ、風紀委員長が2人に増えたみたいなものですよ、これ」

「ならば、シャーレに抗議を!」

「何を抗議するんですか? シャーレの先生は連邦生徒会長の後釜。エデン条約機構(ETO)の提案は連邦生徒会長のものだったんですから、後釜の先生がデモンストレーションをしても何もおかしくないですよ。自治権の侵害を訴えようにも、どこでも戦闘できるシャーレの部員を戦わせているだけで、むしろこっちは助けてもらってる側ですし」

 

 風紀委員会に文句を言いたいが、シャーレの指示と言われる。

 そして、シャーレの権限は破格すぎてゲヘナという大規模な学園でも、抑えられない。

 おまけに、肝心のミカはヒナレベルの実力な上に、生徒の実力を引き出す先生がバックについている。

 傷つく姿が想像できない。

 

「後、治安が若干良くなったせいか、エデン条約に前向きな声が増えてます。条約を結ぶことを認めたマコト先輩の支持率も上がってますよ」

「なんだと!?」

「いや、いい事なんですから、そんなに驚いた顔をしなくても」

 

 これはデモンストレーション。

 エデン条約が締結した際に、何が起きるかを示しているのだ。

 トリニティの勢力と協力できるということが、どういうことか。

 荒くれ者はその身で授業料を払い、温和な者は無駄な争いが少なくなり喜ぶ。

 

「いや、不味い! これは不味いぞ!! ミカが使節団の役目を終えて帰れば、当然犯罪件数は元に戻る! ダブルヒナがシングルヒナになるからな!」

「なんですか、その変な呼び方」

「そうなれば、平和を知った人間はあの時の平和をもう一度と思うだろう。そのために、エデン条約の推進を支持するはずだ。そうなると、推進派のヒナの発言力がさらに高まってしまう!」

 

 マコトが恐れていることは政権交代。

 ゲヘナの生徒が政治に興味が無く、力こそが正義な思考も合わさってヒナがその気になれば生徒会長の座を取れてしまいかねない。

 まあ、当の本人は疲れたので風紀委員会やめようかなと、思ったりしているぐらいなので、完全なる杞憂なのだが。

 

「これがシャーレの先生の神算鬼謀…! なんて冷静で的確な判断力だ…ッ」

 

 悔しそうに唇を噛むマコト。

 因みに、今回は勘違いでもなく事実である。

 デモンストレーションによって、エデン条約への機運を高めようとしているのは事実だ。

 ヒナの政権交代? そっちは、ただの勘違いである。

 

「……マコト先輩」

「なんだ?」

「犯罪件数が減って、支持率が上がっているんだから別にいいんじゃないですか?」

「…………」

 

 イロハの正論に、黙り込むマコト。

 そもそも、エデン条約を結ぶ気なら、ヒナの支持が上がるのは分かり切っていたこと。

 今更過ぎる問題ではないかと。

 

「……それもそうだな」

 

 故にマコトもあっさりとその事実を認めて切り替える。

 計画とは違うが支持率が上がったので、よし!

 高度な柔軟性を維持しつつ臨機応変に対応するのが、指導者としての務めだ。

 

「ならば計画変更だ! ()()()()()先生をどうにかして味方につけて来い! イロハ!!」

「どうにかしてって、なんですか? 丸投げですか? まともな指示ぐらい出してくださいよ」

 

 時間があるうちに先生を味方につけた方が得になる。

 そう判断して、マコトは扉間に対しては懐柔して味方につけようと決める。

 

「なんか…こう…色仕掛けでもして、誘惑とかどうだ?」

「年の差があり過ぎて、良くて孫じゃないですかね」

「なら、孫になってこい!」

「そういうのはイブキの役目だと思うんですけど」

「馬鹿! 可愛いイブキにそんな役割をさせられるわけがないだろう!!」

「同感ですけど、私のことはどうでもよさそうな言い方はイラっとしますね」

 

 ギャーギャー叫びながら、議論とも呼べぬ話し合いを続ける2人。

 目に入れても痛くないイブキに、汚い仕事はさせられない。

 だから、イロハが汚れ仕事をするべきだと。

 まあ、言われる側からすればムカつくのはしょうがない。

 

「マコト先輩…イロハ先輩…? イブキのことで喧嘩してるの…?」

 

 そんな、ガキのような言い争いをしている2人の下に天使が舞い降りる。

 小柄な体にクリクリとした目。

 浮かべる笑顔は悪魔も天国へ送り込む、エンジェルスマイル。

 丹花(たんが)イブキ。万魔殿のアイドルである。

 

「イブキ!? ち、違うぞ! 喧嘩などしていない! イブキは可愛いという話をしていただけだ! なぁ、イロハ?」

「……はい、そうですよ。私とマコト先輩は喧嘩なんてしていないので、安心してください」

「本当? よかったぁ」

 

 どんな強者も泣いている子供には勝てない。

 涙目になっているイブキを見た瞬間に、マコトとイロハは戦いを中断して肩を組む。

 そんな様子に、喧嘩していないと判断したのかイブキはニパッと笑顔を浮かべて、テチテチと駆け寄ってくる。

 

 2人の心が可愛いで埋め尽くされていく。

 

「2人がイブキの名前を呼んでたから、イブキが悪い子になっちゃったかと思ったの」

「そんなわけないだろう。イブキが悪い子になるはずがない。もしも、イブキが悪いというのなら、それは世界が間違っている」

 

 いつもの凛々しい顔はどこにいったのか。

 今はイブキをべったべったに甘やかして、とろけた顔をするマコト。

 

「おや、新しいぬいぐるみですか? これは……鳥?」

 

 流石にマコト程甘やかすのはどうかと思っているが、実はこっちも大差がない、イロハ。

 

「うん! ペロロさんって言うの! 可愛いでしょ?」

「そうですか……味のある表情をしていますね」

 

 ペロロのぬいぐるみをかかげてみせるイブキに、イロハは内心で可愛いか? と思いながらも、大人の対応を見せる。イブキが白だと言えば、黒でも白になるのだ。

 

「これは、どこで買ってきたんだ?」

「えっとねー、可愛いぬいぐるみだなーって見てたら、交換してくれた先輩がいたんだよ」

「イブキと交換だと? 図々しい奴だな。黙ってイブキに献上――」

「でも、一緒に居た友達がいなくなったら寂しいよ?」

「―――そうだな! やはり、イブキは本当に優しい子だな!」

 

 ドリルでもここまで勢いよく回転はしないだろうという速度で、手の平を返すマコト。

 螺旋丸もビックリである。

 

「そうですか、その先輩にはお礼を言わないといけませんね。イブキ、名前は分かりますか」

「えっとねー、名前はね――」

 

 イブキとぬいぐるみを交換してくれた先輩。

 イロハはイブキの保護者として、お礼を言っておくべきかと思い、名前を尋ねる。

 それに対して、イブキはニコニコとした笑みを浮かべて答えるのだった。

 

 

 

「―――ヒフミ先輩って言うんだ」

 

 

 




次回はアリウスの扉間暗殺の動きの予定。

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