千手扉間のブルーアーカイブ   作:トマトルテ

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エデン条約編
31話:代償


 夢を見る。

 自分の銃弾を受けて、倒れていく人の姿を。

 真っ赤に染まる視界を。

 

 夢を見る。

 地面に倒れ伏し、虚ろな瞳でこちらを見つめる瞳を。

 もう動くことのない冷たい死体を。

 

 夢に見る。

 

 お前が殺した。

 お前に殺された。

 私が殺した。

 私に殺された。

 

 お前がお前がお前がお前がお前がお前がお前がお前がお前がお前が。

 私が私が私が私が私が私が私が私が私が私が私が私が私が私が私が。

 

 この―――人殺し。

 

「姉さん……サオリ姉さん、起きてください…!」

「…ッ! ヒヨリ…か…?」

「起きてよかったです。ずっとうなされていましたから……」

 

 サオリが目を覚ますと同時に目にしたのは、心配そうに自分を覗き込むヒヨリの姿だった。

 

「そうか……すまないな」

 

 べったりと額にまとわりつく汗を掌で拭き取り、サオリは体を起こす。

 自分でも情けないと思うが、未だに人を殺した罪の意識から逃れられない。

 アズサは百合園セイアを殺して以来、ずっとこんなものと戦っていたのかと、思わず尊敬してしまう。

 

「『彼女』から呼び出されていたのは覚えていますか…?」

「ああ、覚えている。ヒヨリ、今は何時だ? 仮眠のつもりが、まさか寝過ごしていたのか?」

 

 エデン条約の締結日まで1週間。

 会談の場である古聖堂に、ゲヘナとトリニティが集まるタイミング。

 そこに巡航ミサイルを撃ち込み、エデン条約を自らのものとする。

 それがアリウス分校の、いや『彼女(マダム)』の目的だ。

 

「時間は大丈夫です。そろそろ、準備をしないとって思って起こしに来ただけで……」

「……心配をかけたな」

「い、いえ……そんなことより、サオリ姉さん……さっき寝言で人殺しって――」

 

 ヒヨリが心配そうに声をかけて来るのを、サオリは手で制する。

 これは、自分の問題でヒヨリが出る幕ではないと言うように。

 

「これは私の問題だ。そもそも、人を殺すのも動物を殺すのも本質は変わらない。生きるためにすることだ。直に慣れる……慣れるはずだ」

「………分かりました。それでは、私達は外で待ってますね、()()()()

 

 サオリ姉さんから、リーダーと呼び方を変えてヒヨリは出て行く。

 それは彼女なりのケジメのつけ方なのだろう。

 プライベートと仕事の境界線をつけるための。

 

「……後少し、後少しなんだ。後少しでアリウスの憎悪と復讐は成就する。痛みを知らない奴らに痛みを教えてやれる。そのためには……必要な犠牲だ。どうせ全ては虚しいんだ、苦しんで死んでいくだけ。それが早いか遅いかの違いでしかない」

 

 1人残されたサオリは、ブツブツと自己暗示をかけるように呟く。

 トリニティに弾圧された痛みへの復讐。

 ゲヘナへの長きに渡る憎悪。

 その全てを成就するためだと自分へ言い聞かせるように。

 

「そうだ……これは必要な……犠牲だ」

 

 どうして、成就させなければならないのかの理由も分からぬままに。

 

 

 

 

 

「なるほど……芸術の何たるかを知らぬ(わらべ)だな。知性、品格、経験……それらが著しく欠如している。いや、()()()()()()()()()とでも言うべきか、ベアトリーチェ?」

「……マダム、この方は…?」

 

 アリウス分校の生徒会長、ベアトリーチェ。

 またの名をマダムに呼び出されたサオリは、ある不思議な存在と対面する。

 生身の肉があればするはずのない、乾いた木が鳴る音。

 二つの人形のような頭。

 それらを持つ、このキヴォトスには相応しくない異形の存在。

 

「この男のことはマエストロと呼びなさい。今回の計画において重要な守護者たちの複製(ミメシス)の作成。それを彼に担って貰います」

 

 そして、その人形の男に相対する女性もまた異形。

 純白のドレスを身に纏う肌は血よりも赤く、その頭部には無数の目がついている()()

 美少女ではない、美女だ。

 

 そう、ベアトリーチェは生徒会長を名乗っているがれっきとした()()

 2人は共にゲマトリアに属する大人なのである。

 

「あなた達には、マエストロをアツコと共にカタコンベを通って古聖堂の地下に連れて行ってもらいます。条約の再現にはロイヤルブラッドの存在が不可欠。襲撃部隊以外の別動隊を指揮する権利も与えます」

「分かりました」

 

 サオリにはどういう理屈で、アリウスの姫であるアツコが必要なのかは分からない。

 ただ1つ分かることは、ベアトリーチェに。

 大人に逆らえば、碌な目に遭わないという事だけ。

 

「本来ならば、そなたらのような芸術を理解せぬものに力を貸す道理はない。だが、ユスティナ聖徒会の守護者の複製をこの手で作れるのならば、目をつぶってもいいだろう」

「あら? 兵器には兵器の計算された美しさがあるとは思いませんか、マエストロ」

「そなたが真に研ぎ澄まされた刃に美しさを見いだしているのなら、私も理解しよう。だが、そなたが見いだしているのは、如何にその刃が人を殺せるかの実用面だけだろう、ベアトリーチェ?」

「機能美と言い換えて欲しいものですね。美しいかどうかは私が決めることにします。まあ、これ以上話しても時間の無駄です。もっと価値あることに時間を使いましょう」

 

 なおかつ、大人の2人はどう見ても仲が良いようには見えない。

 目的が同じだから同じ方向を向いているだけ。

 手を取り合う気など欠片もない。そんな剣呑さが感じ取れる。

 

「サオリ。あなたが、シャーレの先生という邪魔者を排除してくれたおかげで、私は後顧の憂いなく動くことが出来ます。褒めてあげましょう。よくぞ、人を殺してくれました」

「……ありがとう……ございます」

「醜いな……」

 

 ニタリと笑ったベアトリーチェの誉め言葉に、震える心を抑えてサオリは頭を下げる。

 そんな洗脳まがいの行動に、マエストロは腰に手をやり醜いと顔を顰める。

 

 信念を捻じ曲げ、本来持っている優しさという輝きを押し隠す。

 そんな行動に、そなたは美しくないと言って。

 

「言ったはずです、マエストロ。価値あることに時間を使いましょうと」

「……ああ、理解した」

 

 これから先は命のやり取りしか残らないぞと、ドスを利かせた声にマエストロも口を噤む。

 どうやら、これ以上喋る気はないようだ。

 

「サオリ。巡航ミサイルで古聖堂を爆撃した後は、マエストロが複製したユスティナ聖徒会を率いて、残った憎きトリニティとゲヘナを蹂躙しなさい」

「両校をですか…? 戦力的に可能なのですか?」

複製(ミメシス)は肉のある幽霊のようなもの。言わば、不死身の軍隊です。兵士として使えば、数の利など簡単に覆してくれるでしょう」

「分かりました」

 

 マエストロが複製しようとしているのは、ユスティナ聖徒会。

 かつて、トリニティが成立した時の公会議で条約の守護者となった者達。

 古聖堂で、トリニティの人間と、アリウスの生徒会長の血(アツコ)が揃う。

 

 この神話の再現によって、ユスティナ聖徒会という戒律の守護者を呼び出そうとしているのだ。

 要するに、生贄の要らない穢土転生のような存在の召喚である。

 

「期待していますよ。ユスティナ聖徒会が顕現し、あなたがゲヘナとトリニティを排除すれば、アツコは約束通りに生かしてあげますから」

「はい……努力します」

 

 ベアトリーチェの言葉に、サオリは小さく頷く。

 

 サオリがベアトリーチェの指示に粛々と従っている理由。

 それは仲間のアツコの命を守るためだ。

 アツコは天に捧げられる生贄(こひつじ)

 

 その運命に逆らうために、サオリはどんな汚い事でもやると決めているのだ。

 

「それでは、期待していますよ。私の可愛い―――お人形(生徒達)

 

 仮令、再びこの手を血に染めることになろうとも。

 

 

 

 

 

 シャーレの先生暗殺!? 噂の真相を連邦生徒会へ取材!

 

 スマホの小さな画面に映像が映し出される。

 その中央に映っているのは、連邦生徒会の首席行政官である、七神リン。

 扉間にキヴォトスで初めて接した生徒である。

 

『リン行政官! シャーレのトビラマ先生が暗殺されたという話は本当でしょうか!?』

『現在調査中のため、根拠のない発言は出来ません』

『しかし、現在先生はシャーレに姿を現しておらず、仕事もシャーレの部員が行っているだけとの情報が入っています』

『先生がシャーレを離れて長期出張なさることは、多々あります』

『ゲヘナの救急医学部の部長が死体を運んだと、発言していますが!?』

『私は聞いていませんので』

 

 レポーターからの質問に対して、鉄仮面のまま答えられないと答える、リン。

 その態度からは、何も話す気はないという強い意志がありありと感じ取れる。

 

『連邦生徒会長の失踪に続き、権限を引き継いだ先生の暗殺! これは何か裏で大きな事件が起きているのではと、巷ではもっぱらな噂になっています』

『噂は噂です』

 

 しかし、そこで終わるようではレポーターの名折れ。

 クロノススクールの名誉にかけて、レポーターの川流(かわる)シノンはなおも食らいつく。

 

『しかも、エデン条約を推し進めていた2人が条約の後一歩の所での失踪。早くも、エデン条約は血塗られた条約という名前が付けられ始めています』

『学園間の政治的関わりについて、連邦生徒会が踏み込んだ発言をするのはかえって無責任になりかねないので、コメントは差し控えさせてもらいます』

 

 だが、マスコミに誘導されて不用意な発言をするようでは、連邦生徒会の行政官は務まらない。

 暖簾に腕押し、糠に釘とばかりにリンは何も答えない。

 

『それでは時間になりましたので、取材はここで打ち切らせてもらいます』

『あ、待ってください! まだ聞きたいことが――』

 

 そして、最後は取材時間の終わりという体の良い理由で、さっさとリンは帰っていってしまうのだった。

 

 

 

「ヤバイよ、ヤバイよ、ヤバイよ。ヤバイ!! ヤバイって!! 本当にヤバイよ、コレはヤバイ!!」

「お姉ちゃん、うるさい。静かにして」

「違うよ! ミドリ!! 先生が、先生が!!」

 

 ヤバイと連呼しながら、スマホを片手にニュースの内容をミドリに伝えるモモイ。

 

「……先生が暗殺? ……え」

「どうしよう、先生が死んじゃったよー!」

 

 涙を流して、扉間暗殺の訃報に嘆くモモイ。

 ミドリも驚きの表情のまま、動けない。

 

「モモイ? 先生が死んだとはどういうことですか…?」

「アリス……うわーん!」

「も、モモイ…?」

 

 そして、騒ぎを聞きつけたアリスがただ事ではない空気に顔を出して、モモイに抱きしめられる。

 

「お、落ち着いて、みんな……あくまでも噂だって」

 

 そこに、ロッカーの中から状況を把握したユズも加わり、何とかモモイを落ち着かせようとする。

 

「そ、そうだよ。お姉ちゃん。出来の悪い噂だよ……そうだ、先生に電話をかけてみようよ」

 

 ミドリがモモイを落ち着かせるべく、扉間に電話をかける。

 だが、何度コール音が響いても電話は繋がらない。

 まるで、受話器の先の人間が喋れないとでも言うように。

 

「い、忙しいだけだよね……」

「そ、そうです。先生が死ぬはずがありません。アリスは知ってます。死の偽装はアサシンの十八番。きっと、何かあるはずです」

「そうだ! ケイ、ケイならアロナと連絡が取れるから、本当のことが分かるよ」

 

 まさか、本当に扉間が死んだのか。

 そんな嫌な不安を払拭するために、ユズはケイを探す。

 シッテムの箱に居るアロナと仲の良いケイなら、真実が分かるはずだと。

 

「うん……そうだね、ケイに聞いてみよう。ケイは今どこにいるのかな?」

「そう言えば……ケイちゃんは確かさっき――」

 

 しかし、肝心のケイの姿が今日はゲーム開発部には見つからない。

 キョロキョロと辺りを見渡すモモイの代わりに、ミドリがその居場所を答える。

 

「―――リオ会長に呼びだされてたよ」

 

 

 

 

 

「そう……分かったわ。情報提供、感謝するわ」

「いえ、構いません。話していけないとは言われていないので」

 

 生徒会長室で、いつものように盗聴などの可能性を排除しながら、リオはケイの言葉に頷く。

 

「先生は生きている。ただ、暗殺を受けたことは事実。だから、自らの死を偽装して身を隠しているのね」

「はい。恐らくは、シャーレの部員だけに真相を教えて、自分が動けない間の指示を出しているものかと」

「先生はどこにいるのかしら?」

「それは私にも分かりません」

「そう……()()()()()()()()()()()()

 

 扉間は生きている。

 その事実に、心底安心したように息を吐くリオ。

 今回の偽装作戦の真実を知るのは、シャーレの部員だけ。

 

 何気にゲーム開発部は、学籍の偽装のために必要だったケイしかシャーレに所属していない。

 他校に行くことがなかったり、大して戦闘が無かったが故にシャーレに入れる機会がなかったのだ。

 これも全部、ケイをシッテムの箱に入れたせいである。

 

「偽装である以上は、それを知る人間は最小限に抑えるべき……合理的な判断ね。C()&()C()()()()()()()()、中々真実に辿り着かないわけだわ」

「その割には、表情が浮かないように見えますが?」

 

 扉間の偽装作戦に、合理的だと告げる、リオ。

 しかし、ケイが指摘するようにその表情は明らかに険が浮かんでいる。

 

「そう見えるかしら? ……いえ、そうね。合理を追求するだけでは人の感情をコントロールすることは出来ない。つい最近、教わって理解したと思っていたのだけど……今、言葉ではなく心で理解できたわ」

 

 合理的な作戦なのは認める。

 だが、自分がどれだけ心配したか。ショックを受けたか。

 自分には教えてくれても良かったではないかと、思わずにはいられない。

 

「先生が心配ですか?」

「妹なのだから、兄を心配するのは当然の事よ」

「………妹?」

「ええ、妹よ」

 

 何を言ってるんだ、こいつは。

 そんな感情を隠さずに、リオを見つめるケイ。

 しかし、あまりにも真っすぐな瞳に気圧されて口を開けない。

 こいつ、本気で言ってやがる。

 

「……とにかく、この話は取扱いに注意するようお願いします」

「分かっているわ。先生を()()()()()()()はしないわ」

 

 取りあえず、妹発言は無視して話を進めることにする、ケイ。

 別に、現実逃避をしているわけではない。

 そのせいか、リオがやけに含みのある言い方をしていたことには気づかなかった。

 

「ただ――」

 

 しかし、リオはそこで話を終わらせなかった。

 

 

「―――こっちも()()()手伝わせて貰うわ」

 

 

 扉間(あに)が無茶をするつもりなら、こっち(いもうと)も無茶をしてやろうと。

 

「何をするつもりですか?」

「ミレニアムとして、エデン条約の締結を後押しさせてもらうわ。死んだ兄の意志を継いで、エデン条約を締結させる。何もおかしくはないわ」

「まず、兄妹ではないという当たり前の事実が、歪んでいることがおかしいと思います」

「血の繋がりなんて些細なものよ。私がミレニアムのビッグシスターであることと何も変わらないわ」

 

 お前も妹だと、ケイに告げながらリオはキリッとした顔で頷く。

 見ていますか、二代目。火の意志は確かに受け継がれていますよ。

 

「はぁ……まあ、いいです。それで、どうするつもりですか? 両校が簡単にミレニアムを噛ませてくれるとは思えませんが」

「エデン条約の会談の場は、シスターフッドの所有する古聖堂。そこの警備にミレニアムの兵器を貸し出すわ」

「兵器…? ドローンやガジェットですか?」

「ええ、それもあるわ。人間ならともかく、機械を渡すぐらいなら問題ないでしょう。制御権を与えれば、純粋にあちらの兵力が増えるだけ」

 

 リオが行おうとしていることは、ミレニアム謹製のロボットを護衛に貸し出すこと。

 人間と違い、制御権をあちらに与えれば裏切りの可能性は低い。

 

「理由はどうするんですか? ミレニアムにメリットが無いように感じますが」

「シャーレの先生の暗殺があった以上は、会談当日に両校の首脳陣が狙われる可能性は高い。連邦生徒会長、シャーレの先生。そして、3大学園の内2つの首脳が狙われているとなれば、これはゲヘナとトリニティだけの問題ではないわ。当然、事件の首謀者としてミレニアムも候補に挙がっているでしょうね」

「なるほど……ミレニアムに敵意はないと示すためですか」

 

 ゲヘナとトリニティが平和条約を結ぶことで、強大な組織が成立するかもしれない。

 そうなると、ミレニアムの立場が危うい。故に、この度のエデン条約の妨害はミレニアムの犯行。

 そう考える人間も居るだろう。

 

 だから、こちらに敵意はないとアピールするために条約締結に協力するのだ。

 何もおかしなことはない。

 

「ええ、機械だけでは騙し討ちが心配とあちらが言うのなら、私が立会人として会談に出席してもいいわ」

「……私が止める権利はないので、そこら辺はリオの好きにしてください」

 

 リオまで会談に乗り出してくるとなると、凄まじいことになるなと思いながら、ケイは頷く。

 

「ええ、好きにさせて貰うわ」

 

 それに対して、リオも綺麗な笑顔でニコリと笑って返すのだった。

 

 

 

 

 

「うへー、仕事が山積みだねぇ」

「ん、先生が居ないから、どんどん溜まっていく」

 

 シャーレの事務所。

 主の帰って来ていないその場所で、アビドス高校のホシノとシロコは協力して書類を片付けていく。

 

「ほら、ホシノ先輩にシロコ先輩! 黙って手を動かす! この仕事は歩合制なんだから!」

「割のいいバイトなので、ここで一気に稼ぎましょう。あ、私達に出来ないものは、リン行政官に回してくれとのことです」

「先生の指示があるまでは、ここでバイト三昧ですねぇ。お茶を淹れたのでみんなどうぞ」

 

 そんなだらけた先輩を叱る、セリカ。

 借金返済のための金を稼ぐチャンスだと励む、アヤネ。

 のんびりとした雰囲気で、お茶をみんなの前に置いていく、ノノミ。

 

 どいつもこいつも、扉間が死んだ等とは欠片も思っていない。

 

「もー、みんな気を緩め過ぎよ! 一応、先生が死んだことになってるんだから、他の人に見られたらバレるわよ!」

「大丈夫だってー。マスコミのインタビューは、シロコちゃんとノノミちゃんの名演技で切り抜けるから」

 

 なので、その緩み切った空気にセリカが物申す。

 死亡を偽装しているのだから、もう少しお通夜みたいな空気感でいろと。

 

「確かに、ノノミ先輩とシロコ先輩の演技は凄かったですね……」

 

 そんな様子に苦笑いしながらも、アヤネもホシノの言葉に同意する。

 

「先生が死んだ…? あはは、面白い冗談ですね。でも、本人の前とは言え、そんな冗談は言ったらメッですよ?」

 

 どこか壊れたように笑いながら、誰も居ない虚空に話しかける、ノノミ。

 

「先生……先生…意気地なしで、ごめんなさい……でも、私は、もう…だめ……むり、だよ、もう……あぁあああああ!」

 

 悲しみに必死に耐えようとしていたが、耐えきれずに発狂する、シロコ。

 

「ね? 名演技でしょ」

「……確かに、インタビューに来た人が言葉を失って、何も言えなくなってたけど」

 

 まあ、もちろん、演技なので安心して欲しい。

 今はもう2人ともケロリとした顔で、お茶を飲んでいる。

 

「でも、ホシノ先輩も凄かったですよね。先生の名前を出した瞬間『私の前で、その人の名を口にするな!』って、凄い表情で睨んでましたし」

「え、そう? んー、おじさんにも名女優になる才能があったかー」

 

 アヤネの言葉に苦笑いを返す、ホシノ。

 人が死ぬということには割とトラウマがあるので、真に迫る演技がしやすいのだ。

 

「まあ、とにかく先生が無事に帰ってくるまでは、ここは私達が何とかするわよ」

「うふふ、健気ですねぇ、セリカちゃんは」

「な、何よ? 別に、変なこと言ってないでしょ」

 

 主が帰ってくるまで、この場所を守ろうと気張るセリカを、ノノミがよしよしと撫でる。

 そんな手を恥ずかしそうに払いのけるセリカの姿は、まさに猫のようだった。

 

「大丈夫、セリカ。先生は仕事が終わったらすぐに帰ってくる」

「分かってるわよ、そのぐらい! て……シロコ先輩、何持ってるの?」

「ん、先生用の覆面」

 

 セリカからの問いかけに、シロコは5と書かれた白色の覆面を誇らしげに掲げる。

 

「この前はみんなで被れなかったから、次は先生にも被ってもらう」

「また、銀行強盗するつもりなの!?」

「違う。潜入や襲撃にも使えるオールラウンダー」

「全部、同じじゃないですか!」

 

 セリカとアヤネにツッコミを入れられて、すごすごと覆面をしまい込む、シロコ。

 だが、その目がまだチャンスを狙っていることだけは、全員が理解できた。

 

「うへへ、これは先生から指示が来た時が楽しみだねぇ」

 

 そんな中、ホシノはだらけた顔でスマホを見ながら笑うのだった。

 

 

 

 

 

 さて、巷では暗殺されたともっぱらの噂になっている扉間。

 彼が今現在、どんな暗躍をしているのかと多くの人が考えていることだろう。

 アリウスに潜入しているのか。マコトを問い詰めているのか。

 はたまた、古聖堂を調査しているのか。

 

 だが、現在の扉間はそのどれでもない。

 今の扉間は――

 

 

「…動けぬ…!」

 

 

 ―――ベッドに縛り付けられていた。

 

「動けぬではありません。怪我が完治していないのですから、動かないでください!」

「やあ、先生。ミネ団長の心配性にも困ったものだろう? かく言う私も、しばらく自由に動けていない。夢の中の方が自由に動けるとは、皮肉なものだね」

「セイア様も要救護対象です。意識が回復したとはいえ、まだ予断を許さない状態なのですから」

「先生との出会いの後に、先生の言うように夢の中に囚われるのもいけないと思って起きてみたのはいいが……これならば、もう少し眠っていても良かったかもしれないね」

 

 隣のベッドには、同じように縛り付けられたセイア。

 そして、患者を監視するように仁王立ちするのは、救護騎士団の団長蒼森ミネ。

 ミネが壊して、騎士団が治すがキャッチフレーズの少女である。

 

「ミネよ。ワシを匿い、ゲヘナの救急医学部と掛け合い死亡を偽装してくれたことは感謝する。だが、敵がワシが死んだと思っているうちに動かねばならんのだ」

 

 ミネが扉間を匿いに来たのは、セイアからの情報提供によるものである。

 そもそも、セイアが隠れていたのは暗殺犯が分からないという理由からだ。

 夢でその実行犯のアズサやミカが、安全だと知っていたセイアはミネに説明して扉間を匿う事もお願いしたのである。

 

 まあ、暇潰しに付き合って欲しいというのが本音ではあるが。

 

「先生のおっしゃることは分かります。ですが、救護の妨げになるので全て却下させてもらいます」

「待て、ミネ。ワシは問題なく動ける。実際に心臓を撃たれたわけでもなければ、5階から落下……はしているがダメージを受けたわけではない。入院する程の事ではない」

「確かに、命に別状のある傷ではありません。ですが、体を打ったことでの打撲。特に()()()()()()()()()()()()()。これが、ろくに治療されていないせいでまだ残っています。また、日ごろの仕事での疲労具合。これらを考えると、しばらくの間安静にする必要があると判断しました」

 

 自分は大丈夫だとアピールするが、ミネは問答無用とばかりに切り捨てる。

 ついでに、ミカの説得のために自傷した左手のことが決め手になっているのは、自業自得である。

 

「だが……」

「先生の置かれている状況は理解しています。しかし、だからこそ体を治すことが優先されるべきです。シャーレの部員に指示を出すことまでは止めません。必要なら私も動きましょう。ですから―――私の救護の邪魔はしないでください」

 

 あ、これは何を言っても無駄だなと扉間は悟る。

 ナギサとミカから救護に命を懸けているとは聞いていたが、これは予想以上だ。

 救護の邪魔をするなら、患者を殴って気絶させることぐらいはする。

 そんな凄みが彼女にはあった。

 

 人の話を聞かない相手というのは、扉間にとっての天敵である。

 

「……はぁ、お前の好きにせい」

「元より、そのつもりです」

 

 取りあえず、補習授業部や風紀委員会、アビドスやケイに指示を出せば自分が直接動かないでも何とかなるかと考え、扉間は動くのを諦める。

 そもそも、戦闘力は皆無なのだ。

 裏方で動けるのならそれで十分だ。

 

「セイア、お前にも手伝ってもらうぞ」

「おや、随分と信頼されたものだね。てっきり、『解』されるかと思っていたんだが」

「お前はワシに情報を与え、事実それの通りになった」

「分からないよ。初めは本当のことを言って、信頼を得る。そして、致命的な所で裏切るのが詐欺師の常套手段ではないのかい?」

 

 からかうように喋りながら、扉間を試す、セイア。

 それに対して、扉間は真剣な顔を向ける。

 なお、2人ともベッドの上に縛り付けられているので、俯瞰的に見るとシュールである。

 

「セイア、お前は(はらわた)の中を見ることが出来ると思うか?」

「ここは病院だ。機会があれば見れるだろうさ。それとも、魚でも捌くかい? 釣りは君の趣味だろう」

「ワシらは魚ではない。人間だ」

 

 分かっているくせに、皮肉気に言葉を並べ立て真実を覆い隠す。

 ミカが苦手にするのも分かるというものだ。

 

「人の(はらわた)を覗くことは出来ない。結局の所、相手の事など関係ない。自分が信じられるかどうか、それだけだ」

 

 人の心は分からない。

 いや、分かってしまえばそれは信じるとは言わない。

 単なる答え合わせだ。

 

「ワシはお前を信じる」

「根拠はあるのかい? それに信じるに足る理由は?」

 

 少し楽しそうに笑いながら、セイアは問いかけて来る。

 君の覚悟を見せてくれと。

 

「根拠はない。信じる理由は―――人と人が手を取り合える未来を見たことがあるからだ」

「未来を…? それは私の専売特許だと思っていたんだがね」

 

 目をパチクリと開いて、驚きを表すセイア。

 

「ワシはワシの人生が、決して無駄ではなかったという答えを既に得ている。故に、何度でも人を信じることが出来る。仮令、裏切られ命を落としたとしても――」

 

 扉間もセイアと同じように未来を見たことがある。

 死後に穢土転生で呼び出され、サルが年老いてなお里を守る姿を見ることが出来た。

 再度、穢土転生で呼び出され、いがみ合う里同士が忍連合として戦う姿を見れた。

 

 

「―――火の意志が受け継がれていることを」

「火の…意志?」

 

 

 そう、扉間の作った穢土転生がなければ、未来を知り信じることは出来なかった。

 

「ワシは信じる。お前の(はらわた)の中が、いつか分かる日が来るとな」

「……そうかい。そこまで言うのなら、私が見たもう一つの君の未来を伝えよう」

 

 セイアはフッと柔らかく笑い、もう一つの未来を告げる。

 この未来があったからこそ、前回の忠告では死なないと確信できた。

 しかし、今から告げる未来よりも先の未来は見ていない。

 つまり、そこが誰かにとっての終着点かもしれない未来。

 

「エデン条約の締結の日。古聖堂で――」

 

 セイアはそれを伝える。

 

 

 

「君も、ナギサもミカも―――巡航ミサイルに巻き込まれて死ぬ」

 

 

 

 終末の日を。

 




はい、おかわり。

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