千手扉間のブルーアーカイブ   作:トマトルテ

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36話:古聖堂の戦い

 

 足元にある屋根。頭上にある床。

 壊れて座れなくなった椅子。椅子の代わりに地べたに鎮座する机。

 巡航ミサイルが撃ち込まれた後の古聖堂は、まさに滅茶苦茶であった。

 

「こ、これは一体…!?」

 

 正義実現委員会の副委員長である羽川ハスミは、待機を命じられていた場所から地獄絵図となった“通功の古聖堂”を見て、絶句する。

 

「敵襲!? ティーパーティーの2人や先生は!? そもそも、ミサイル撃墜防備をどうやって突破して?」

 

 上司であるティーパーティーのナギサやミカ。

 それに、シャーレ奪還作戦で指揮下に入っていた扉間を心配して、ハスミはうろたえる。

 

「すぐに救援に? いえ、まずは敵の正体の確認が先でしょうか? それとも――」

「落ち着け、ハスミ」

「ツルギ…!」

 

 今からどう動くべきかと、混乱する頭を無理矢理働かせようとする、ハスミ。

 そんなハスミに対して、ツルギと呼ばれた人相の悪い少女が肩を叩く。

 

「まずは2人の安否確認と被害確認だ。ティーパーティーと先生は私が通信を入れて、確認を取る。お前は他の委員の安否確認。それから動揺しないように指示を出して回れ」

「指示?」

「戦闘準備だ。ミサイルを撃ってきた敵がこれから来るはずだ」

 

 彼女の名前は剣先ツルギ。

 正義実現委員会の委員長にして、トリニティの最強。

 テンションが上がって狂犬のようにはしゃぐこともあるが、長らしく根は冷静な子だ。

 まあ、戦闘中は『ヒャハハハハ!』などと、どこぞの医療忍者のような声を出したりするのだが。

 

「…! 分かりました。イチカ、マシロ、聞こえているのなら返事を。手分けをして、全員の安否確認を行います」

 

 そんな有事に頼れる委員長の言葉に、ハスミは落ち着きを取り戻してすぐに部下に指示を出し始める。

 ツルギはそんな様子を見ながら、黙って通信機を見る。

 

「………出られないだろうな」

 

 連絡を入れるとは言ったが、遠目で分かるように古聖堂は瓦礫の山、火の海。

 仮に無事であっても、落ち着いて通信が出来る状態だとは思えない。

 しかし、確認しないわけにもいかないので、諦めて連絡をしようとして――

 

 

『ツルギさん、聞こえていますでしょうか?』

「ナギサ様…!?」

 

 

 聞こえて来た()()()()()の声に、思わず可愛い声を上げてしまう。

 

「ご、御無事で!?」

『はい。私とミカさん、そして先生とゲヘナの2人も無事です。すみませんが、学園側にも私達は無事であると、伝えて頂けませんか?』

「……何か、連絡が取れない理由でも?」

 

 ()()()()()からの、無事の連絡。

 正義実現委員会のトップとして、直接顔を合わせる機会の多いツルギが間違えるはずがない。

 だからこそ、どうして自分で学園に連絡をしないのかと聞く。

 直接、声を届けた方が学園側も安心するはずだと。

 

『はい。今は隙を狙って連絡していますが、現在私達はアリウス()()の生徒と交戦をしています』

「アリウス…!? つまり、ミサイルの犯人は…! いや、その前にどうやって古聖堂に?」

 

 告げられる交戦状態の報告。

 その事実に、ツルギはナギサがアリウス分校と呼ばずにアリウス学園と呼んでいる事実を見逃してしまう。

 

『……古聖堂の地下に、かつてシスターフッドが管理をしていたカタコンベがあり、そこを通って襲撃を仕掛けて来たのです。私は現在、地下で戦闘中です』

「地下…ですか!? まさか、シスターフッドが裏切って……いえ、とにかく私達もすぐに古聖堂に向かいます」

『恐らくは、私達と戦っている部隊とは別の別動隊が()()止めを刺すために、古聖堂に向かっていると考えられます。十分に気をつけてください』

 

 古聖堂の地下にあった、アリウスからの直通ルート。

 そして、場所だけ貸して自分達は一切顔を出していないシスターフッド。

 まさか、ミサイルが撃ち込まれることを事前に知っていての行いかと、思わず怪しむツルギ。

 

 なお、何も知らない歌住(うたずみ)サクラコ。

 

『それから……くれぐれもゲヘナとは交戦しないようにお願いします。あちらも、混乱状態。()()()()で争い合っては困ります』

「はい、私が先頭に立ちます」

『それでは、お任せします。ツルギさん』

 

 ゲヘナが犯人ではない。

 そのことをしっかりと、伝えてからナギサは通信を切る。

 これで、混乱からの味方同士の相打ちは無くなるだろうと。

 

「ハスミッ! ハスミはどこだ!? すぐに私の所に来てくれ! 話がある!」

 

 本来なら、まだ味方ではないはずのゲヘナを味方だと言い切って。

 

 

 

 

 

 潰れたトマトになった扉間。

 血を流して、倒れるミカとナギサ。

 瓦礫の山に飲まれた会議室。

 

 セイアが見た未来。

 滅びの運命。

 その終着点。

 

「ミカ、ナギサ。もう、いいぞ?」

「え? これで終わり?」

「……こんなことで予言を覆せるのでしょうか」

 

 はーい、カット!

 と、言わんばかりの切り上げ具合で、起き上がるミカとナギサ。

 因みに、トマト状態の扉間は役目を終えたので煙となって消える。

 

「問題なかろう。ゲヘナで死亡を偽装した時も、ワシは実際には生きておったからな」

「……心臓を撃たれて、5階から落下したと聞いていたが……なるほど、さっきの力を見れば死なないのも納得だ。どうやら、シャーレの評価を上方修正する必要があるな、キキキ」

 

 そんなトリニティの2人に対して、以前もこんな感じだったので大丈夫だろうと告げる扉間。

 そして、騙されていたマコトは、そういう事だったのかと納得して強気に笑う。

 まあ、若干顔が引きつっているのは、隠せていないが。

 誰だって、2度も自分の死を偽装する人間には、ドン引きするので本当に仕方がない。

 

「もう、大丈夫かしら、先生。そろそろ、ネル達の行方を聞きたいのだけど」

 

 命の危機が救われたので、ホッと胸を撫で下ろしつつリオが尋ねる。

 扉間と一緒に行動していたはずのネル達は、どうなったのかと。

 

「ああ、ネルの件だがな。今はホシノや()()()と共にアリウスと交戦しているはずだ」

「小鳥遊ホシノ? ……ん? え、待って。ナギサってここにいる、桐藤ナギサよね」

 

 知っている人間の名前が出て、思わず反応するヒナ。

 しかし、すぐ後に次に出た名前のおかしさに気づいて、疑問を口に出す。

 ナギサは今ここに居るのだから、おかしくないかと。

 

「そうだ。ナギサ本人だ。ただし、()()()と但し書きがつくがな」

「……つまり、先程のようにもう1人の私を呼び出したと?」

「お前の死の未来を上書きするためにな。まあ、ついでにネル達の戦力増加と混乱するトリニティ陣営への指示出しも依頼してきたが」

 

 自分で大人のカードを使う分には、代償は消せない。

 つまり、どうせ呼び出すなら、おまけに色々とやってもらおうとした結果である。

 

 おまけって、ハッピーセットじゃねぇんだぞ?

 

「先生本人以外にも呼べるのね……でも、アスナの勘のように何か代償があるんじゃ」

「まあ、支払いからは逃げられんな」

「……先生、今まで何人を呼んだのかしら?」

 

 便利な大人のカード。

 しかし、“互乗大人札”で代償を軽減したとはいえ、リオの言うようにリスクがないわけではない。

 未来の扉間に大人のカードを使わせるための、初回分の支払いからは逃れられない。

 

4()()だ。ワシを含めてな」

「そう……余り多用しないことを進言するわ」

「ああ、お前の言う通りだ。禁術は不用意に使うべきではない」

 

 ミカ・ナギサ・扉間。そして、ナギサと一緒に呼び出しておいた()()1()()

 複数人を同時に呼べるかの実験で呼んだ上での4人。

 こんなことを思い出しながら、扉間はリオからの心配そうな目線に頷く。

 

「えっと……話を変えるけど、アリウスと戦闘ってどういうこと? 外から攻めて来たの?」

「外……と言うよりも、地下からだな」

「地下? カタコンベのこと?」

 

 ミカの質問に扉間はゆっくりと頷く。

 

「3日前にワシはアリウス分校に赴いた。先程撃ち込まれたミサイルを()()()()()()()()()、威力を軽減するためにな。だが、それは失敗に終わりワシらは3日間カタコンベに籠った。そして、今日になって道が開かれたのだが……その道はこの古聖堂の地下に繋がっていた」

「地下…ですか? ここはシスターフッドの管理する土地。そして、カタコンベも……そもそも、ここは以前にトリニティ発足の公会議が行われた場所。まさか、シスターフッドは当時からアリウスと繋がりが…?」

 

 扉間の言葉からある真実に辿り着き、戦慄するナギサ。

 その考察は間違っておらず、アリウスを秘密裏に匿ったのはシスターフッドの前身、ユスティナ聖徒会だ。

 利用するつもりだったのか、はたまた神の慈悲気分だったのかは分からない。

 分かるのは、トリニティ総合学園が設立時点で一枚岩ではなかったということ。

 そして何より。

 

「まさか、今回の襲撃にはサクラコさんも関わって…?」

「馬鹿な! このマコト様の情報網にも何も引っかからないのだぞ? それほどの手練れだと言うのか、シスターフッドの長、歌住サクラコは…ッ」

 

 シスターフッドの歌住サクラコが、やたらと怪しいということだ。

 これには、アリウスと繋がっていたマコトも驚くしかない。

 ゲヘナとアリウスとトリニティ。

 全ての監視の目を潜り抜けられる、猛者が居るのかと。

 

 なお、またしても何も知らないサクラコは、純粋に襲撃の事実を聞いてナギサ達を心配している。

 

「……シスターフッドがどういう考えかは分からないわ。ただ、ネル達が戦っているというのなら、まずは救援に行くべきではないかしら? 先生」

「そうだな。ネル達の力は信頼しておるが、リオの言うようにワシらも救援に行くべきだろう」

 

 大人のカードによる偽装工作も終わったので、これで自由に動けるようになった。

 扉間はリオの進言を受け入れて、大きく息を吐く。

 

「それに実力はあるが、3日間カタコンベの中に籠っていたことで、疲労がたまっているやもしれん。ワシと違って、長期間の野宿に慣れておらんかったからな。……風呂に入れんことを嘆いていたのは、盲点だったが」

 

 瓦礫の山を見渡して、安全なルートを探しながら扉間がボヤく。

 忍者は潜入が当たり前。何日も帰れず、飲食もろくに取れない。

 子供達にはひもじい思いをさせないように、食料はしっかり用意していたが、風呂に関しては思い至らなかった。

 

 現代女子の視点が無かったのである。

 生前の扉間の周りに居たくのいちは、基本覚悟ガンギマリの女傑だ。

 任務の時に風呂に入れない程度で、文句を言ったりはしないのだ。

 

 扉間、痛恨のミスである。

 と言っても、カタコンベで風呂に入りようがないので、何かできたわけではないのだが。

 

「え? 先生、3日もお風呂に入ってないの?」

 

 ミカがビックリといった様子で、クンクンと扉間の匂いを嗅ぐ。

 

「ミカ………変態みたいよ」

「へ? あ!? い、いや! 本当に何となく嗅いだだけだよ!?」

 

 そんな少し変態っぽいミカの行動に、ヒナが若干引きながら忠告する。

 ミカはハッとした表情で、必死に首を振って否定するが、周囲の目は冷たい。

 

「キキ……ミカ。千手トビラマは既に高齢。加齢臭が気になる年頃だ。少しは気を使うべきだろう」

「そういうマコトが一番失礼じゃない!? というか、先生は別に臭くないからね! 私が驚いたのも、3日もお風呂に入っていないのに全然臭わなかったからだし!」

 

 何故か、こういう時だけ常識人になる、マコトのツッコミ。

 まるで、自分が扉間の加齢臭を気にしていたみたいに思われていることに憤慨する、ミカ。

 

「あなた達……少しは状況を考えてくれないかしら。それから、測定機器がないから正確な数値が出せないけど……先生は私の鼻でも特に臭わないから、安心してちょうだい」

「ええ、先生は別に臭くない……どっちかと言うと、少し森みたいな匂いがするわ」

 

 そして、リオとヒナの真顔でのフォロー。

 状況は、何故か混沌へと向かっていた。

 

「……お前達」

「ミカさん。先生も呆れてらっしゃいますので、あまり変なことを言うようでしたら、ロールケーキを口に突っ込みますよ」

 

 扉間はそんな緊張感のないミカ達に呆れた目を送り、溜息を吐く。

 ナギサも扉間に同意するように、ミカへ厳しい視線を向ける。

 だが。

 

 

「潜入ミッション中に体臭を消すのは、当然のことだろう?」

 

 

 扉間が呆れていたことは、ナギサの考えとは全く違う所だった。

 

「臭いで敵に気づかれるなどという初歩的なミスは、野生動物でもやらん。基本的に体臭は常に消してある」

 

 忍が相手に臭いで気づかれるなど、言語道断。

 体臭を消す薬や、消臭剤には事欠かない。

 そこはNINJAと忍者に違いはない。

 

「へー、そうなんだ。そう言えば、先生と一緒に居て匂いがしたことないかも」

「ミカさん、それは常に……いえ、何でもありません」

 

 もしかして、常に臭いを嗅いでいるのか?

 と、ミカに臭いフェチ疑惑を抱いてしまう、ナギサ。

 

 幼馴染みにそんな趣味はなかったはずと、記憶を探るがクーデターに気づけなかった身。

 幼馴染みの自分でも知らない、趣味趣向がある可能性は消えないと疑う。

 完全に、ミカの身から出た錆である。

 

「まったく……今は瓦礫を撤去することに集中しろ。この手の力仕事はワシは戦力外だ」

「キキキ、先程のカードの力でも使えばいいのではないか?」

 

 か弱い老人に、力仕事をさせる気か? と、堂々とした顔で腕を組む、扉間。

 そんな、扉間に対してマコトが挑発的な表情で、大人のカードは使わないのかと、聞いてくる。

 代償のことを聞いてもなお、力の発動条件などを知って対策することを優先したのだ。

 

 当然、リオのマコトを見る目が鋭くなる。

 だが、マコトはまるで気にしていない。

 

「そうだな。もう1人お前を呼び出せば、仕事がはかどるかもしれんな。ついでに、色々と()()()()()()こともあるしな」

 

 しかし、それは扉間も一緒だった。

 

「……キシシ。結局、私が労働するだけなら、呼ぶ必要性は無いな」

「なら、肉体労働は頼む。年寄りは労わればよいことがあるかもしれんぞ?」

 

 扉間の言葉に、不敵な笑みを浮かべながらマコトは頷く。

 だが、その内心は笑みとは程遠かった。

 

 大人のカードは、未来のシャーレの人間を召喚するだけの能力。

 来てはもらえるが、相手に言うことを聞く気がなければ、無理には働せられない。

 相手にその気がなければ、負債だけ溜まっていく仕組みだ。

 そして、コピーという性質があるので、その気になれば相手側から解除して帰れる。

 

 つまり、信頼関係が無いと金だけ失って、何も手に入らない状態になるのだ。

 扉間だって、無意味に呼び出されたら『ワシは飛雷神で帰る』してくる。

 要するに、穢土転生のように自由自在に、情報を吐かせることは出来ないのだ。

 

 やはり、穢土転生。穢土転生は情報問題を全て解決する。

 

(もしも、呼び出したこのマコト様を自由に使役できるなら……既に情報は筒抜けか)

 

 しかしながら、そんな裏事情を知らないマコトからすれば、こちらの全てを知られかねないと警戒してしまう。

 

(千手トビラマ……やはり、どうにかして味方につけなければな。敵となった時の危険度が高すぎる。そして、逆に言えば)

 

 目の当たりにした、10人の扉間。

 そして、マコトからは全く仕組みの分からない、Super A.R.O.N.A Guard(スーパーアロナガード)

 何より、死の偽装を含む頭卑劣な思考能力。

 

(味方に引き入れた時のメリットは計り知れない。先生の頭脳とこのマコト様の力が合わされば、キヴォトスの征服など容易い…!)

 

 故に、ここは大人しく言うことを聞いて好感度を上げておこうと、マコトは画策するのだった。

 

 

「よし、ヒナ! 私と先生のために道を切り開け! こういう肉体労働が、お前達の役目だろう?」

「その通りだけど、あなたに言われるとモチベーションが下がるから、黙っててもらえるかしら?」

 

 

 面倒な瓦礫の撤去作業をヒナに押し付けながら。

 

 

 

 

 

 道理だ。一度描き上がった絵を別の絵に描き変えることは出来ない。

 

「さあ、リベンジマッチだぜ! ガスマスク野郎共!!」

「どうやって間違った道から抜け出して…!? まさか、カタコンベの変形で偶然この場所に?」

 

 マエストロは、“通功の古聖堂”の地下でアリウス生徒と戦うネル達を見ながら、溜息をつく。

 芸術の何たるかを理解しようともしない、同僚(ベアトリーチェ)の願いで、ここにユスティナ聖徒会の複製(ミメシス)を顕現させに来た。

 

 そのために、鍵となる当時のアリウス生徒会長の血を引くアツコと共にここに来た。

 未だ芸術を理解する能力が育っていない子供と、共に居るのは楽しくはない。

 だが、はなから理解を放棄しているやつと共にいるよりはマシな仕事。

 

 “通功の古聖堂”に公会議が行われた時と同じ人間を集め、過去を複製(ミメシス)する。

 言わば、神話の再現を用いて、本来そこに居るべき戒律の守護者(ユスティナ聖徒会)を呼び出すつもりだったのだが。

 

「今日は、前みたいにボーっとはならないよ! ()()()聞いたからね!」

「でも、()()()()アスナちゃんは無理はしちゃダメだよ?」

「ホシノ先輩も油断しないで。今は数が少ないけど、前みたいに増援が来るかもしれない」

 

 今の盛大に邪魔をされている状況では、それもこなせそうにない。

 サオリやヒヨリ、ミサキがそれぞれ隊を率いている以上は、アツコが最高戦力になる。

 そして、ネルはアリウススクワッド最強のサオリと互角かそれ以上。

 そして、後ろに続くのは全快したアスナ達。

 まともに一般生徒やアツコに止められるわけがない。

 

「さーて、今回はおじさんも張り切っちゃうよ」

「…! な、なんだ? 攻撃が全く通らない…!?」

 

 おまけに今回はホシノが前に出る。

 守るべき扉間が居ないので、攻勢に出られるのだ。

 そのため、アリウスの一般生徒が容赦なく蹴散らかされていく。

 

「私も続くよ……ホシノ先輩、あのダサいガスマスクいくらで売れると思う?」

「んー、流石に他の学校の生徒から盗……寄付してもらうのはねぇ」

「ん、残念」

「こ、こいつら、人のことを動く財布だとでも思っているのか…!?」

 

 そして、ホシノの後ろを犬のようについていくシロコも手練れ。

 ちゃっかり、アビドスの借金返済にアリウスを利用しようとしているが、目を瞑って欲しい。

 お手製の覆面をダサいと言われたことを、まだ根に持っているのだ。

 

「クソ! ただでさえ、少ない物資を強盗共に盗まれてたまるか!!」

「盗む? 人聞きの悪いことを言わないで。私は落とし物を警察に届けるだけ。ただ、持ち主が現れなくて、仕方なく私達のものになるだけ」

「盗むのと何が違うんだよ!?」

「これだから素人は。盗めば悪党。警察に届ければ善人。その違いが分からないの?」

「分かったのは、お前達の卑劣さだけだよ!?」

「ん、誉め言葉」

 

 以前に覆面をダサいと言った、テンションの高いアリウス生徒と口論を繰り広げながら、戦うシロコ。

 少ない物資という言葉に、貧乏高校アビドスとして共感を覚えなくもないが、それはそれ。

 そもそも、ここに居る部隊だけでアビドスの倍以上の生徒が居るのだ。

 

 同情などするわけがない。

 金が渡せないなら、生徒を人身売買(よこせよ)

 

「さて……みなさん、援護はお任せください。消えるまでは、アスナさんと同様に()()全力でお力添えをします」

「あれはトリニティのホストの…桐藤ナギサ…!? バカな! 奴は地上の古聖堂にいるはず! まさか…こちらの行動を全て読んだ上で先回りを!?」

「ご想像にお任せします」

 

 そして、ネル・ホシノ・シロコ・アスナの4人の援護を行うのは、桐藤ナギサ。

 本来、この場所に居るはずのない存在に、アリウス生徒が度肝を抜かれるのも仕方ない。

 彼らは大人のカードの召喚術を知らないのだから。

 

「なるほど……そういうことか。千手トビラマも面白いことをするものだ」

 

 ほう、と息を吐き、大人のカードで呼び出された未来のナギサに興味を持つ、マエストロ。

 

「これは生徒の複製(ミメシス)? いや、未来の可能性を呼び出した?」

 

 アリウス生徒達が不利な状況ではあるが、マエストロは特に焦らない。

 この状況ではユスティナ聖徒会を複製できないだろう。

 まあ、それは残念ではあるが、所詮はベアトリーチェの依頼。

 嫌味を言われることになっても、イラつくだけで申し訳なさはない。

 そもそも、ベアトリーチェの兵士が負けるような状況がいけないのだ。

 

「質量を持った分身と言うべきか……恐らくは、一定の負傷をすれば消えるのだろう。何度でも復活できるようには見えないが、私の複製(ミメシス)と違い精度は段違い」

 

 自分が創ろうとしていた複製(ミメシス)に共通点を見だしながらも、マエストロは首を振る。

 ユスティナ聖徒会の複製(ミメシス)は物言わぬ兵隊。

 殺しても何度も蘇る穢土転生のようなもの。

 

 いや、殺す度に別の個体を呼び出しているだけかもしれない。

 とにかく精度で言えば、思考して喋る本人そのものな大人のカードが上だ。

 

「……素晴らしい…ッ」

 

 故にマエストロは、人形の口をカタカタと揺らす。

 扉間的には、むしろ無駄な機能(しこう)のついていない複製(ミメシス)の方が羨ましいとも、知らずに。

 

「恐らくは、これが黒服も知る例の“カード”の力! 千手トビラマ、いや先生! そなたに俄然、興味が湧いてきたぞ!」

 

 扉間という人物に興味を持ったマエストロは、思考を巡らせる。

 

 彼に知性があるか。

 品格があるか。

 礼儀と信念は?

 経験と知恵は?

 

「試さなければ! 観察しなければ! 我が芸術を鑑賞して貰わねば!!」

 

 マエストロは芸術家だ。

 芸術は爆発だ、と言うタイプではないが思考自体は似ている。

 要するに、芸術のためなら何でもやる男だ。

 

「ロイヤルブラッドは恐らく逃げられぬだろう」

 

 マエストロはチラリとアツコを見る。

 ネルに押され、力尽きるのも時間の問題。

 見捨てるのが正解だろう。

 

「何より、あれ程の完成度の分身(ふくせい)を見せられたのだ……中途半端な劣化品を見せるのは失礼に当たる」

 

 大人のカードの分身の後に、ユスティナ聖徒会の複製(ミメシス)を出すのは芸がない。

 芸術家にとってネタ被りは死活問題だ。

 しかも、相手の方が完成度が高く自分の方がパクリ扱いされたら、憤死ものである。

 扉間も、飛雷神や影分身を『ワシの術だ!』とアピールするので、製作者にとってどちらが先にやったかが如何に大きい問題か分かるだろう。

 

「で、あるならば……やはり“太古の教義”。あれを以て、挨拶をするしかあるまい」

 

 “太古の教義”。カタコンベと同じくトリニティの地下に眠る存在。

 あれならば、自らの崇高と呼ぶにふさわしい。

 扉間にぶつけても問題はあるまい。

 

「そうと決まれば、早速準備に取り掛からねば……待っていてくれたまえ、先生。私の崇高をあなたにお見せしよう」

 

 そう笑って、マエストロは静かに姿を消すのだった。

 

 

 子供を見捨てるという、実に()()()()()行動をもって。

 

 

 

 

 

「そんな…馬鹿な…!? お前は確かに私が殺したはず…!?」

 

 ネル達の援護のために地下に向かう扉間達。

 だが、地下に続く道に辿り着く前に、止めを刺しに来たアリウスの別部隊と出会ってしまう。

 

「む? お前は……確か?」

 

 殺したはずの扉間の姿に、怯えた表情を見せる、サオリ。

 誰だって、死んだはずの人間が現れればそうなるだろう。

 

「ッ! 死んでいないのなら、今度こそ――」

 

 人を殺した人間が最も、怖れること。

 それは、殺した人間が蘇って自分を責めに来ることだ。

 故に、世界各国には呪いや幽霊という非科学的な話が山程あるのだ。

 

 当然、サオリも恐慌状態に陥り、ライフルを放とうとする。

 だが。

 

「そうカンタンに先生に手は出させないよ、錠前()()()!」

「やはり…錠前サオリか…!?」

 

 サオリと面識のあるミカが扉間の前に立って、盾になることでそれを止める。

 

「援護するわ、ミカ」

「キキキ、()()()()()()。アリウス分校」

 

 そんなミカを援護するように、ガチャリと重い音を立ててマシンガンを構えるヒナ。

 サオリを煽るように、ワザとらしく初めましてと告げる、マコト。

 

「あなたがアリウス分校の……出来れば、こんな形で会いたくはありませんでした」

「先生。他のアリウスの部隊が、風紀委員会と正義実現委員会と戦闘を開始したみたいよ」

 

 サオリともっと別の形で会えていればと、悔やむ本物のナギサ。

 冷静に周囲の情報を得て、それを報告する、リオ。

 

「クッ、全員散開しろ! 数ではこちらが上だ。包囲して、休むまもなく千手トビラマを狙って撃ち続けろ! 今度こそ…! 今度こそ……ッ」

 

 相手は精鋭ではあるが、数はこちらの方が上。

 そう判断して、徹底的に相手の弱点を突こうとする、サオリ。

 だが、最後の言葉がどうしても出てこない。

 

「……なんだ? ワシを殺せと言えないのか?」

「ッ!」

 

 そうだ。

 扉間は生きていた。

 サオリに殺されていなかった。

 つまり、自分は人殺しではないと心の奥底で安堵してしまったのだ。

 

「くッ! 殺せッ! 囲んで撃てッ!!」

 

 そんなことで、殺そうとした事実が消えるわけがないというのに。

 人を殺す意志を持った時点で、単なる人殺しでしかないというのに。

 なんて恥知らずなと、サオリは歯噛みしながら部下に叫ぶ。

 己は既に人殺しだと、自分に言い聞かせながら。

 

「ヒナ。お前の出番だ」

「分かってるわ、マコト」

 

 だが、毎日のようにゲヘナの不良を大量に処理するヒナの前で、それは逆効果。

 1対多の状況で、散り散りになるやつらを潰すためのマシンガンだ。

 

「グウッ!?」

「しまった…! 空崎ヒナは要注意人物だと言うのに!」

 

 まるで、箒でゴミを掃うようにあっさりとアリウス生徒を一掃する、ヒナ。

 

「キシシ、空崎ヒナはゲヘナにて最強……覚えておけ」

「なんで、あなたが得意気なのかしら?」

 

 そんなヒナの姿に、虎の威を借りる狐ばりの笑みを見せるマコト。

 普段はいがみ合っているが、自分の味方に居るなら遠慮なくポジる。

 また、敵に回ったら? そりゃ、嫌がらせ合戦よ。

 

「まだだ…! まだ、私が居る。人を殺すという意志が……“殺意”があれば、それだけで人は殺せる!!」

「…………」

 

 数の減った部下を集め、すぐに部隊を再編成しつつサオリは叫ぶ。

 ベアトリーチェから教えられた教義。

 自分達は人を殺す意志を持つが故に、既に人殺しなのだという意識。

 そんなサオリを黙って見つめた後に、ミカは静かに口を開く。

 

「そっか……あなたは私と同じだよ、錠前サオリ」

「何を…?」

 

 困惑しながらも、銃を構える、サオリ。

 そんなサオリに対して、ミカは――

 

 

 

「あなたに()()()()()()()()()()

 

 

 

 自分の銃を投げ捨ててみせる。

 

「何やってるの、ミカ!?」

「……待て、ヒナ」

 

 当然、防衛の要を務めるもう1人のヒナは、何をやってんだミカァと叫ぶ。

 しかし、スッと扉間がその口を抑える。

 

「何の真似だ……」

「これをあなたに言うのは2回目かな。サオリ」

 

 一歩、また一歩。

 ゆっくりとサオリに近づきながらミカは思い出す。

 初めてアリウスに赴いた日を。

 その時に会ったのも、サオリだった。

 

「私の気持ちはあの頃から変わらないよ」

「止まれ! この距離ならお前を避けて、千手トビラマを狙えるぞ…!」

「嘘。私はバカだけど、それぐらいは分かるよ? だって、さっきからいくらでも撃つ機会はあったのに、撃ってないもの。それはあなたが人を殺すことの重みに耐えられないから」

 

 スッとミカが右手を差し出す。

 あの時、扉間に銃を向けたのと同じ手。

 まだ、血に塗れていない綺麗な手。

 

「何を言っている!? 生きていたとはいえ、私は既に暗殺をしたんだぞ!」

「だから、2回目は出来ない。私もセイアちゃんを殺したと思った後は、悪夢とか見て苦しかったし」

 

 一線を越えてしまったからこそ、その重みを真の意味で理解して二度と出来なくなる。

 要するにトラウマと言うやつだ。

 

「もう一度……ううん、何度でも言うよ。こんな状況になっちゃったけど関係ない。私は――」

 

 それを理解しているからこそ、ミカはサオリが優しい人間なのだと思う。

 かつて、扉間が自分を人を殺すことの重みに耐えられぬ、優しい心を持っていると評したように。

 

 

 

「―――アリウス(あなた達)と和解したい」

 

 

 

 心の奥底(はらわた)では、和平を願っているのだと信じて。

 

 

 

 

 

「……まさか、あれ程殺す様に念を押していた千手トビラマを殺し損ねていた上に、マエストロがユスティナ聖徒会の複製(ミメシス)の作成を放棄するとは……使えませんね」

 

 アリウス自治区、生徒会長室。

 生徒の多くが出払い、静かになったその場所でベアトリーチェは静かに溜息を吐く。

 

「スクワッドは暗殺失敗に加えて、古聖堂への襲撃も失敗気味。マエストロの()()()()の方も出来ていない……」

 

 カタコンベ内、そして古聖堂の状況を確認してアリウス側が不利なのを悟ったのだ。

 ついでに、マエストロが別の目的を持って動き始めたことも。

 心底苛立つが、ゲマトリアは仲間と言えど深く干渉しない主義。

 そもそも、手伝う義務などないのだ。

 

「……まあ、いいでしょう。所詮は子供。役に立つはずもない。ただ便利に動くように調整した駒なのですから」

 

 しかし、ベアトリーチェは慌てない。

 所詮は、思想を捻じ曲げ、偽りの憎しみを植え付けた便利な兵士達。

 “駒”以外の使い道などない。

 

「ロイヤルブラッドは地下。地上で何をしようと、ロイヤルブラッドに影響はないはず。死ななければ回収は可能。地上の子達にはせいぜい、使えない駒なりに囮として役に立ってもらうとしましょうか。今度こそ……千手トビラマを始末するために」

 

 ベアトリーチェは、ゆっくりと細く長い指を()()()へと伸ばす。

 それは発射ボタン。

 とある()()の起動装置。

 

「まさか、巡航ミサイルを無傷で耐え抜くとは思いませんでした。ですが……それだけの力、勘や幸運でもなければ何かしらの代償を払ったことは確か。一度目は無傷で耐えられても、何度も使える手ではないはず。それに何より……一度目と違い今度は守るべきものが多い」

 

 遠くで爆発音に近い、発射の音が聞こえる。

 それは()()()()の発射音。

 誰もミサイルが1つしかないとは言っていない。

 

()()()()()()、先生。キヴォトスの全生徒の先生を名乗るのですもの。まさか、ゲヘナとトリニティ。そしてアリウスの子供を見捨てるという()()()()()()()を、貴方はしないでしょう?」

 

 古聖堂から徹底的に人払いをしていた一度目とは違う。

 現在、着弾点に風紀委員会・正義実現委員会・アリウス部隊が居る。

 それらが全て、子供の命を守るという扉間の信念を突き、逃げることを妨げるのだ。

 

 

 

「さて…2発目はどうします…トビラマ()()?」

 

 

 

 2個目のミサイルが今、扉間と生徒達に襲い掛かる。

 




ミサイルおかわり。

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