千手扉間のブルーアーカイブ   作:トマトルテ

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39話:至聖所

 

 至聖所へ至る道のり。

 本来ならば、敵が待ち構えているはずの険しい道のり。

 だが、アスナの手にかかれば。

 

「ここに、こんな道が隠れていたのか」

「警備の人が居ません……まさか、ちょうど交代のタイミング?」

「壁が老朽化して崩れて、新しい道が出来てる……」

「新しい発見ばかりだな。これは、地図を描き直すのに苦労しそうだ」

 

 地元のアリウススクワッドの人間でも、知らない道をスイスイと進んで行く。

 何なら、道がないなら屋根伝いに移動もしたりする。

 

「これが全部勘なの? アスナちゃんに狙われたら、どこに隠れてもダメじゃんね」

「C&C。分かってはおったが、呆れる程に優秀だな」

 

 勘と幸運が全開になったアスナの道を阻む者は居ない。

 勘で敵の動きを察知するなど、もはや未来視と変わらない。

 

「よーし、ここまで案内すれば大丈夫かな。後は、スクワッドさんなら分かるよね?」

「ああ、感謝する。あなたの貢献を忘れはしない」

「あはは、良いって。そんなに(かしこ)まらなくて。それじゃあ、会長のドローンも届いたみたいだし、後は頑張ってね、ご主人様! ……それと()()()()()()さん」

『私の存在に気づいていたのは、勘違いではなかったようだね……やはり天才か』

 

 最後に小さく呟いて、ポンと音を立てて煙になって消える、アスナ。

 限界だったのか、それとも最後は任せた方が良いという勘なのか。

 それは、分からないが後はベアトリーチェと戦うだけになった。

 

「見えない誰か…だと? ……そう言えば、アスナは以前にも何かに気づいておったな。その時に、アリウスにワシらが来たことを知っておったのはミネと()()()だけ。そして、ミネより連絡のあったその後のセイアの昏睡……それが病状の悪化ではなく外的要因が原因だとすれば」

「先生、セイアちゃんがどうしたの? それに昏睡って……」

『ミカ……見えているのに会話できないというのは、もどかしいものだな』

 

 アスナが残していった言葉に、思考を働かせてある事実に気づく扉間。

 ミカがセイアの名前に反応して、心配そうな顔を見せる。

 

「……確証がない。だが、悪いようにはならんはずだ」

「本当?」

『この反応……どうやら先生は私の存在に気づいたようだね』

「どちらにせよ、今は時間が無い。ベアトリーチェの方を優先するしかない……切り替えるぞ、ミカ」

 

 もしも、扉間の予想通りならこちらに優位に働くかもしれない。

 だが、こちらから確認する術がないので、扉間は今は忘れるべきだと自分とミカに言い聞かせる。

 

「それで話を戻すが、このまま突撃するか? それとも奇襲を仕掛けるか」

「奇襲なら任せてくれ。準備はしっかりしてきている」

 

 サオリの問いかけに、アズサがガスマスクを被って準備は万全だと告げる。

 

「まず、煙幕をはって“彼女”の視界を奪う。その隙にアツコを確保して、後は全員で囲んで倒そう」

 

 奇襲を以て、ベアトリーチェを討つべきだと主張する、アズサ。

 囲んでリンチ、人類史において最も有効な作戦だ。

 

「いや、正面から行く。アズサの作戦は悪くはないが、それではこちらがただの襲撃者になってしまう。リオからの撮影ドローンも無事に到着したことだ。存分にプロパガンダを行わせてもらおう……他のアリウス生をこちら側につけるためにな」

『ベアトリーチェか……彼女は私に干渉できた。つまり、その逆も可能なはず……見つからずに潜むのは私にピッタリな仕事になりそうだ』

 

 しかし、扉間は首を振って否定する。

 ベアトリーチェをただ倒すだけでは、武力で取って代わっただけ。

 後の統治に問題が出て来る。

 故に、ベアトリーチェは悪だという確固たる証拠を見せつける必要がある。

 

「プロパガンダ? 何をする気なの? 先生」

 

 何をするの? と、可愛らしく首を捻るミカ。

 そんなミカに対して、扉間はハッキリと宣言する。

 

 

 

「―――第22回トビラマチャンネルだ」

『なるほど……やるんだね、今ここで』

 

 

 

 

「貴様がベアトリーチェだな?」

「あなた達は!? どうやって(わたくし)の目をかいくぐって…!? そもそも、どうやってマエストロの教義を突破して…?」

 

 カツンとワザとらしく音を立てて、至聖所に踏み込む扉間小隊。

 当然、ベアトリーチェは予想外の事態に驚くしかない。

 

「姫…!?」

「十字架に磔にして、何をする気…?」

 

 そして、アリウススクワッド達はベアトリーチェの奥に居るアツコを見つけて、声を上げる。

 今のアツコは主に捧げられる子羊。

 アブラハムがイサクを主に捧げたように、神を呼び出すための贄。

 

「待っててください、姫ちゃん! 今、助けに行きます」

「ああ、行こう。みんな」

「あの十字架を引っこ抜けばいいのかな?」

 

 当然、子供達は一早くアツコを救うべく駆け寄ろうとする。

 だが。

 

「待て。まずは対話からだ」

「先生!?」

 

 その行動は扉間の手によって止められる。

 

「ベアトリーチェ。アリウス分校の生徒会長で間違いはないな? 貴様に少し、聞きたいことがある。連邦捜査部、シャーレの顧問……キヴォトス全土の先生としてな」

 

 アリウス分校の生徒会長。

 つまりはベアトリーチェも生徒。

 ならば、自分はベアトリーチェの先生でもあると告げる、扉間。

 

「……いいでしょう。(わたくし)としても、野蛮な暴力よりも話し合いの方が好みですので」

「感謝する」

 

 それに対して、ベアトリーチェはチラリとアツコの方を見て頷く。

 儀式はまだ途中。

 自分が“崇高”に至るにはまだ時間が要る。

 話し合いで時間を稼ぐのは悪くないと判断したのだ。

 

「では、まず―――何故ミサイルを再度古聖堂に撃った? アリウスの生徒が居る状況で」

「……なるほど。御高名通りの優しい方ですね」

 

 しかし、これは話し合いとは名ばかりの尋問だ。

 扉間も時間稼ぎのために、相手が話し合いに応じるのは分かっている。

 だからこそ、そこで答え辛い質問をぶつけて、強制的に口を割らせようとしているのだ。

 

 相手が口を割ればそれで良し。

 はぐらかすようなら、そのまま暴力で殴るだけだと脅しながら。

 

「理由は3つほどあります。少し長くなりますが聞かれますか?」

「……いいだろう」

 

 ベアトリーチェもそれが分かっているので、事実を小出しにしながら時間を稼ぐ作戦に移る。

 

「では、まず1つ目。それがアリウスの掟であり、ルールだからです」

「掟やルールだと?」

「はい。そこのスクワッド達は任務に失敗した。任務に失敗した者には罰を。それが(わたくし)のアリウス分校のルールです」

 

 罪には罰を。

 失敗には死を。

 それがアリウスの掟だと告げる、ベアトリーチェ。

 

「先生。あなたならばよくご存じでしょう? 子供達は、ルールや掟で縛らなければ愚かな行動を繰り返す。だから、()()()()()私達が支配する必要がある。(わたくし)がやったことは、他校もやっていることです。ただ、罰を決めるルールが違うだけ。これだけで、こちらを悪とするのは、少々横暴ではありませんか?」

「……一理あるな」

「先生!」

 

 ベアトリーチェのよく回る口に一定の理を見だし、頷く扉間。

 当然、ミカはそんなこと納得がいかないと叫び声を上げる。

 

「何か、文句でもあるのですか? トリニティの聖園ミカ。そもそも、アリウスに厳しい掟が根付いたのは、この過酷な環境に追いやったあなた達のせいではないのですか? 限られた物資。限られたスペース。それらを効率的に運用するには、ときには残酷なまでに厳しい掟も必要になるものです」

「それは……」

「ミカ、気持ちは分かるが、話はワシに任せておけ」

 

 しかし、ベアトリーチェの洗練された言い回しによって、何も言い返せなくなる。

 ベアトリーチェは確かに、恐怖や痛みで子供達を従えている。

 だが、それは集団を統率する上で、必要だからという理屈は間違いではない。

 過酷な環境であればある程に少しのミスが命取りになる。

 故に、砂漠地帯の宗教などは厳しい掟が適用されるのだから。

 

「すまんな。では、次に2つ目の理由を聞かせてはくれんか?」

「ええ。先生が実に理性的で(わたくし)も助かります。2つ目ですが、純粋にミサイルを撃ち込むことで、敵戦力を削ぐためです。トリニティとゲヘナに戦争を仕掛けた。これは隠しようのない事実です。ですが、あくまでも学園間での問題。連邦生徒会でも手出しは出来ない事柄のはずです」

 

 巡航ミサイルを撃ち込むことで、ゲヘナとトリニティのトップを暗殺しようとした。

 こればかりは、何をどう言おうとごまかせない。

 しかし、ベアトリーチェはあくまでも学園間での問題だと主張する。

 

「トリニティとゲヘナ……ああ、ミレニアムのトップも居ましたね。彼女達からの抗議は受け付けましょう。聖園ミカ、これに関しては(わたくし)も言い返せることはありません。ですが、トビラマ先生。シャーレの顧問である貴方には、学園間の問題を強行的に解決する権限はないはずです。違いますか?」

「貴様の言う通りだ。ワシは助言は出来るが、あくまでも最終決定権は学園側にある」

 

 シャーレの権限は破格ではあるが、あくまでも連邦生徒会の組織。

 組織を超える権限を発揮することは出来ない。

 なので、アリウスが戦争をする権利を潰すことは許されない。

 

「……さて、程よく時間が経ちましたね。では、3つ目の理由ですが――」

 

 ベアトリーチェがチラリとアツコの方を見る。

 時間稼ぎは完了した。

 本来の姿を取り戻す時だと。

 

 

「―――あなたを殺すためですよ、先生」

 

 

 バキバキと音を立てて、ベアトリーチェの身体が変形していく。

 アツコが苦しそうな声を上げる。

 まるで、魂を卑しい獣に啜られているかのように。

 

「姫!?」

「ま、マダムが、あんな化け物だったなんて……」

 

 ベアトリーチェの顔が花開き、巨大なヘイローを背負う。

 骨とも木とも言えぬ不気味な腕が翼のように背中に生える。

 脚は血を啜る木の根のように広がり、贄を存分に味わう。

 

「どうですか? これが私の本来の姿。偉大なる大人の崇高なる力です」

 

 勝ち誇ったように告げるベアトリーチェ。

 その視点は既に神の視点。

 目の前にいる扉間達等、蟻を見るようなものでしかない。

 

「本来ならここに、ユスティナ聖徒会も居る予定だったのですが……ああ、そうですね。スクワッドの子達。あなた達も千手トビラマを殺せば許してあげましょう」

「なに…?」

「元々、貴方方に与えていた任務をここでこなせば、許すと言っているのですよ? それともこの状況で私に逆らうと?」

 

 戦力確保のために、サオリに対して甘言を告げる、ベアトリーチェ。

 扉間を今ここで殺せば、アリウススクワッドは許してやると。

 

「だが、姫は…?」

「残念ですが、ロイヤルブラッドを返すことは出来ません。ですが、どちらの方がリスクが少ないか、愚かな貴方でも分かるでしょう? 私に逆らい全滅するか。それとも、アツコ1人を犠牲にして妹分を守るか。賢い返答を期待しますよ」

 

 このまま全滅するか、それとも自分達だけは助かるか。

 究極の選択肢を提示して、揺さぶりをかけるベアトリーチェ。

 そんな彼女に対して、扉間は――

 

 

「―――舐めるな、小娘」

 

 

 鼻で笑うのだった。

 

「……小娘? この(わたくし)が? どうやら、立場が分かっていないようですね」

「何を言っておる。貴様が、()()()()だと言うのなら生徒だろう。そして、ワシは先生。どちらの立場が上かぐらい、分からんか?」

 

 ピクッと怪物になった顔を引きつらせる、ベアトリーチェ。

 その様子を見て、扉間はようやく隙がつけたなと笑う。

 勝利を確信した相手程、簡単に口を滑らせる相手はいない。

 

「心外ですね。そもそも、生徒会長という立場はアリウスを利用するのに便利だったからに過ぎません。内戦を治めたのもそう。連邦生徒会の目も届かない、都合の良い土地が欲しかったから、それだけです。そうでなければ、誰が一体このような愚かな()()()()()に付き合うでしょうか?」

「おままごとだと…?」

 

 心底呆れたようなベアトリーチェの侮辱の言葉。

 それに対して、サオリが怒りを込めた視線を向ける。

 

「ええ、そうですよ、サオリ。復讐だの憎悪だの……実にバカバカしい。何年もこの狭い土地に籠って実行に移すこともなく、トリニティやゲヘナへの恨み言を言うだけ。迫害や弾圧が既に無くなっていることなど、簡単に得られる情報だけで分かるのに、いつまでも外に出ず身内同士で争うばかり。(わたくし)が準備を整えてあげなければ、アリウスはトリニティと戦う勇気すら持ち得なかったでしょう」

 

 今の今まで散々にアリウスの憎悪を煽って来た人間からの、バカバカしいという発言。

 スクワッドの4人は怒りを通り越して、ただただ茫然とすることしか出来ない。

 

「それは……でも、マダムがそう教えたから……」

「種が無ければ花は咲かせられません。アリウスの憎悪は元々、あったものです。(わたくし)はただその憎悪(たね)に水を上げ栄養を与えただけです」

 

 ミサキの呟きにベアトリーチェは平然と答える。

 ベアトリーチェ自身にとって、トリニティやゲヘナのことはどうでもいい。

 ただ、子供達を支配するのに丁度いいからアリウスの憎悪を煽っただけ。

 もし、他の要素の方が都合が良ければ、迷わずそちらに変更しただろう。

 

「じゃ、じゃあ、私達は何のために……」

(わたくし)のためですよ。それ以上でも、それ以下でもない。()()()()。いえ、いつまでも昇華することの出来なかった復讐を形に出来たのですから、少しはあなた達にも益はあったかもしれませんね」

 

 ヒヨリの震える声にも、ベアトリーチェは平然と答える。

 長年の復讐心を形にしてやったのだから、むしろ感謝して欲しいと。

 

「よかったではありませんか。恥じらう乙女の自慰行為のように、自分を慰めるだけの憎悪ではなく、しっかりとした復讐相手を得て実行することが出来たのですから。未殺人(処女)のまま終わることなく済んだのは良かったのでは?」

「……ふざけるな、私達はお前の都合の良いオモチャじゃない。人間だ…!」

 

 自分の存在が無ければ、復讐一つ行えなかった臆病者。

 利用されること以外に価値のない存在。

 平然とアリウスを侮辱するベアトリーチェに、アズサが珍しく激情をあらわにする。

 

「おもちゃですよ。あなた達、愚かな子供達に最後に1ついい事を教えて差し上げましょうか。この世の真理を」

「真理…? このおばさん何言ってるの?」

 

 御大層に語るベアトリーチェに、ミカが青筋をピキらせながらおばさんと言い放つ。

 

「この世は弱肉強食。大人が子供を搾取し、運良く大人になれた子供が自分の子供から搾取する。ただ、その繰り返しなのです。愛や絆、平和などという言葉は所詮はまやかし。トビラマ先生、軍人のあなたならよくご存じでしょう? 平和など、所詮は夢の中にしかないと。政治家の語る耳当たりの良い票集めに過ぎないと、分かっているはずです」

 

 ベアトリーチェは寝言は寝て言えとばかりに、和平を目指していたミカを馬鹿にする。

 

「そうでない人間はただの理想家の夢想家。現実が見えていない愚かな白痴(はくち)。自分を虹のように特別な存在と勘違いした、大人になれない子供」

 

 そして、ミカのように夢を見て平和を目指す人間を同じようにバカにしていく。

 夢を見る人間が大好きな扉間の前で。

 

「同情しますよ、千手トビラマ。軍人時代に現実を知らない政治家(じょうし)に振り回され、現在はそこの夢見がちな聖園ミカ(こむすめ)にまで夢物語を聞かされて、振り回される空虚な人生。(わたくし)なら余りの辛さに気が狂ってしまったかもしれません」

 

 的外れのまま、ベアトリーチェは知らないであろう人間の侮辱を重ねていく。

 その人生を無意味なものだったと、訳知り顔で語っていく。

 不躾に、爪を整えていない愛撫のように。

 

「ですが、安心してください。そんなあなたの無意味で無価値な人生も……ここで終わらせて差し上げますから」

 

 そして、時間稼ぎはこれで十分とばかりに血に染まったように赤い手の平を、扉間にかざす。

 そんなベアトリーチェに対して、扉間は――

 

 

 

「―――遺言はそれで十分か?」

 

 

 

 心底くだらなさそうに、鼻を鳴らすのだった。

 

「……(わたくし)が遺言? 立場が分かっていないのですか?」

「誤魔化しても無駄だ。貴様はサオリ達にワシを殺すのを協力しろと言った。要するに、今のその姿でもワシを殺し切る自信が無いということだ。最初からその力があるのなら、裏切り者を元に戻す必要は無い」

 

 まるで授業でも行うかのように、懇切丁寧に語っていく扉間。

 それはまるで()()()()を行うかのような口調。

 

「いいえ、違いますね。労せずに目的を達成する方法があるので試しただけ。仮に失敗しても、疑い合わせて互いの愛や絆に罅を入れられる。だから言っただけです」

「なんだ。あれほど、愛や絆を馬鹿にしておきながら結局は愛や絆が怖いのか。まあ、愛が恐ろしいものに変貌するのはワシも知っておるから、馬鹿にはせん」

 

 うちはのことを思い出しながら、扉間は愛を語る。

 愛の千手一族。そして、愛に誰よりも深いうちはと長年殺し合ってきた扉間。

 愛には一家言ある。

 

「減らず口を……そもそも崇高に至った(わたくし)の力は神そのもの。貴方1人他愛もない」

「その程度で神か。山を越える程度のデカさもないとは……随分と卑小な神だな。貴様自身、力に自信がないのではないか? さっきから、おしゃべりをしてばかりだからな。大方、時間稼ぎだったのだろう?」

「…!」

 

 ここに来て、会話に徹していた狙いがバレていることに焦りを見せる、ベアトリーチェ。

 

「なぜ…? それが分かっているなら、どうして(わたくし)との会話に応じていたのですか?」

 

 しかし、同時に疑問もわく。

 扉間が何故、相手の狙いを分かった上で放置していたのか。

 その疑問に対して扉間は。

 

「分からんか? 貴様と同じ―――時間稼ぎだ」

 

 シッテムの箱をベアトリーチェに見せつける。

 より正確に言えば、そこでリアルタイムで放送されている―――第22回トビラマチャンネルを。

 

「先程の会話内容は全て、映像ドローンを使って、アリウス自治区の壁やスクリーンに流させてもらっている」

「………は?」

「そして、貴様は第22回トビラマチャンネルのゲストだ」

「は?」

「アリウスの生徒を騙し、利用したその悪行。例え、天が見逃しても、この千手トビラマは見逃さん。白日の下に貴様の罪を晒してやったまでだ」

 

 リアルタイムで映し出された、画面のベアトリーチェが呆気にとられた表情で現実の自分を見つめ返す。

 余りの衝撃で、扉間の白々しい口上など耳に入って来ない。

 

「これで貴様にアリウスに居場所はない。アリウスはワシが責任を持って面倒を見る。安心して、アリウスから姿を消せ。そして、金輪際この地に踏み込むな」

「む、無駄なことを……先程も言った通り、アリウスはただの駒です! 奪われた所でここで貴方達を始末さえすれば――」

 

 問題ない。

 ベアトリーチェは、その言葉を言い切ることが出来なかった。

 

 ―――アツコを磔にしていた十字架が、根元から折れる音でかき消されたからだ。

 

「……な、なにが?」

「私達以外にも誰か来たのか…? いや、しかし、どこから?」

「姫ッ!!」

 

 突然の事態に呆然とする、ベアトリーチェ。

 自分達以外にも増援が来たのかと首を捻る、アズサ。

 一目散にアツコの下に駆け寄る、真面目なサオリ。

 

「これは現実からの干渉ではない…? そして、(わたくし)と繋がった十字架だけの破壊……まさか――」

 

 どこにも人影は見えない。

 かといって、爆弾が作動した形跡も見られない。

 そして、ベアトリーチェと繋がった十字架。

 つまりは、ベアトリーチェだけに干渉してくる存在。

 

『ニーチェいわく。“深淵を覗くとき、深淵もまたこちらを覗いている”……君が現実から夢の中の私に干渉できるように、私も現実の君に干渉できるという仮説に間違いはなかったようだね。感謝するよ。君という存在と接触しなければ、私は未来永劫、夢の中から現実に干渉するという発想を得られなかっただろうからね』

「やはり…百合園セイアですか…!?」

「え! セイアちゃん? どこ!?」

 

 百合園セイアの存在である。

 辺獄(リンボ)から脱出して、能力を失う前に最後の力を振り絞ってベアトリーチェに反逆したのだ。

 具体的には、夢の中で愛銃を創り出して十字架をへし折った。

 

 後、ミカがキョロキョロと辺りを見渡しているが、ベアトリーチェしか感知できないので感動の再会はもう少し後になりそうである。

 

『君が至ろうとした存在……崇高、神とでも言うべきか。何はともあれそれは諦めてくれたまえ。私も、もうこれ以上は力が使えそうにない。そろそろ温かいベッドと美人看護師の元に帰らせてもらうよ。……ああ、そうだ。最後に、もう1つニーチェの言葉を君に送ろう――』

 

 やたらと長い、皮肉たっぷりの話し方でベアトリーチェを煽りつつ、セイアは消えていく。

 クズノハとの契約で、最後の一回だった予知夢の力が失われていっているのだ。

 だが、その顔に悲壮感は一切ない。

 ムカつく奴にやり返せたぜと、イキイキと輝いている。

 

 

『―――“神は死んだ”。いや、死ぬのはこれからかな? 君には天国への道案内は必要ないだろうから、1人で行くといい。()()()()()()()

 

 

 キッチリと煽り切り、ガイ先生ばりのサムズアップをした後に、それをクルッと下に向ける、セイア。

 何という事でしょう。地獄に落ちろ、のサムズダウンに早変わりではありませんか。

 

 これには、ベアトリーチェも激おこぷんぷん丸である。

 だが、悲しいかな。

 セイアは既にその姿を消している。

 

「百合園セイアァアアアッ!!」

「な、何だか分かりませんけど、凄く無防備なので攻撃していいですか?」

「ああ、もう小娘の下らん話に付き合う理由はない。行くぞ」

 

 ちゃっかりとチャンスを見つけて、撃っていいですか? と聞くヒヨリ。

 ああ、存分に撃て。弾薬のおかわりもあるぞと頷く扉間。

 

「アツコはサオリが確保してくれている。ここは私達だけでやろう」

「そうだね。姫の体調は不安だけど……リーダーの様子的に生きてるのは確定だろうし」

 

 アツコの手当てはサオリに任せて、なんかもう哀れに感じるベアトリーチェに発砲するアズサとミサキ。

 哀れには感じるが、その手に一切の淀みはない。

 ベアトリーチェによる軍隊教育の賜物だ。

 これが自業自得(おんがえし)というものである。

 

「アハ! 駒と見下していた存在に足を(すく)われる気分はどう? あなたに(すく)いがありますように……なんてね!」

「この……愚かな小娘がッ!?」

「自己紹介? ごめんね。あなたのことを覚えていられる程、記憶力良くないの。私、トリ頭だから」

 

 セイアに負けず劣らず、ベアトリーチェを煽りながらサブマシンガンでボコる、ミカ。

 どうやら、彼女もしっかりと頭トリニティだったらしい。

 通称、トリ頭だ。

 

スクワッド(飛車角)を抜いて、他の生徒()からも見放されれば、こうなるのも当然だな」

 

 扉間もBluetooth銃でベアトリーチェの目を狙って、目くらましをしつつ参戦する。

 

 これは将棋。

 ベアトリーチェの盤面は全ての駒を取られて裏切られた状態。

 盤上に残るのは哀れな玉のみ。

 

 もう何者にも()()ことの出来ない、1人では役に立たない大人(こま)

 

 

 

「では―――王手だ」

 

 

 

 

 

「これにて、第22回トビラマチャンネルを終える。ゲストはトリニティ総合学園の聖園ミカ、白洲アズサ。()()()()()()の錠前サオリ、槌永(つちなが)ヒヨリ、戒野(いましの)ミサキ、そしてアリウスの新生徒会長の(はかり)アツコだ」

「なにそれ、聞いてない」

 

 ベアトリーチェを全員でボコった後に、何事もなかったかのようにチャンネルの終了宣言をする扉間。

 怒涛の展開で、助け出されたばかりのアツコは当然何も知らないので、宇宙猫になっている。

 

「ああ、それとだ。そこに転がしている小娘……ベアトリーチェとか言う奴は、恐らくはゲマトリアという組織の者だ。ゲマトリアという組織の人間と出会った場合は、すぐにワシに報告しろ。年端も行かぬ子女を狙う危険人物達だ。大人の後始末は大人がする故、シャーレに投げて良い」

 

 そして、ボコボコにして元の姿に戻して縛ったベアトリーチェをゲマトリアと仮定して、注意喚起を行う。

 もし違っていたら?

 ホシノを攫おうとした黒服が居る時点で、どの道碌な組織じゃねぇんだ。見つけ次第()るぞ!!

 

「では、これで本当にチャンネルを終了する。チャンネル登録と評価を忘れずに頼むぞ」

 

 そして、何事もないようにトビラマチャンネルを終了し、扉間は一息つく。

 

「ふぅー……」

 

 目を閉じて、大きく深呼吸をする扉間。

 それは疲れを取るようにも見え、同時に気分を切り替えているようにも見える。

 そして、目を再び開けた時。

 

 

 

「さて―――殺すか」

 

 

 

 絶対零度の殺意が宿っていた。

 

「「「「え?」」」」

「アズサ、ヘイロー破壊爆弾なるものは持ってきておるな?」

「……ああ、先生の指示通り持ってきた」

「ベアトリーチェに()()()()()としよう」

 

 アズサから、かつてセイアの暗殺に使われるはずだった、ヘイロー破壊爆弾を受け取る扉間。

 スクワッド達は突然のことに反応が出来ずに固まる。

 

「……無駄なことです。それはヘイローを持つ生徒にのみ効く爆弾。私達には効きませんよ、千手トビラマ、貴方も含めて」

「お前達は離れておけ。こいつの口に詰め込んで爆発させる。少しは効くだろう」

「ま、待ってください、そんな野蛮な…!」

「―――黙れ」

 

 ヘイロー破壊爆弾をベアトリーチェの眼前に突きつけつつ、扉間は平坦な声を出す。

 死体が喋っている。そんな目を向けながら。

 

「仮に貴様の言う通り、ヘイロー破壊爆弾が効かないとしても関係はない。キヴォトスの人間はワシより遥かに頑丈だが……殺す手段ならいくらでもある。貴様がアズサ達に教えたようにな」

「肉体に取り返しがつかない、致命的なダメージを与える……与え続ける。普通は致命傷にならない。でも、ダメージが無いわけじゃない。異常な程に与え続ければ、銃だけでも殺すことは不可能じゃない。重火器以外だって、いくらでもある。病気を感染させて殺すことも出来る。水や食料を絶てば生物である以上はいつかは飢え死にする。呼吸が出来ない環境に閉じ込める。身体機能が停止する程の流血をさせる。体温が一定以下になるような状態で、ずっと拘束を続ける……今みたいに」

 

 殺す手段なら幾らでもあると、扉間とアズサが告げる。

 ベアトリーチェの瞳に恐怖の色が浮かぶ。

 

「全てあなたから学んだことだ、マダム。そうだろう? みんな」

 

 グルッとスクワッドの仲間を見渡して、問いかけるアズサ。

 私達の殺しの技術は、今ここに居るベアトリーチェから与えられたものだろうと。

 

「アズサ…? どうしたの、一体?」

「アズサちゃん、少し変ですよ……」

「何もおかしくなんて無い……自分の役割を果たしている」

「じゃあ、なんで目を合わせようとしないの?」

「……真実に近づく、そのためだ」

「何の話だ? 何なんだ……」

 

 アズサは基本的に殺しが嫌いなのは分かっている、スクワッドは困惑した様子でアズサを見る。

 だが、アズサはふいと目を逸らして扉間の方に目を向ける。

 

 まるで、打ち合わせと違うぞと助けを求めるように。

 

「貴様が利用した恨みや復讐。それがお前に跳ね返ってくるというだけの話だ、ベアトリーチェ」

「ヒッ!?」

 

 扉間はそのヘルプの視線を受けて、間髪を入れずにベアトリーチェの顔にBluetooth銃を突きつける。

 一発だけなら豆鉄砲のようなもの。

 だが、それが異常な量で撃ち込まれれば生徒でも死ぬ。

 ベアトリーチェの支配下のアリウスで教えたことだ。

 それが脳裏に過り、ベアトリーチェは思わず悲鳴を上げてしまう。

 

「ワシも鬼ではない。死に方ぐらいは選ばせてやる。どれがいい? 好きな殺され方を選べ」

「そ、そのような脅しが効くとで――」

 

 銃声が響く。

 ベアトリーチェの顔に痛みが走る。

 それは血すら流れない、軽微なもの。

 だが、終わりの始まりを意識させるには、余りにも過剰であった。

 

「ならば、ワシが選ばせてもらおう。貴様如きに弾薬を使うのももったいない。このまま、口に土でも詰め込んで窒息させるとするか」

「ひ、人殺し…!?」

「悪いが、人殺しが罵倒として成立するような環境で育ってなくてな」

 

 ベアトリーチェを適度に脅しをかけながら、扉間はチラリとミカに目配せをする。

 ミカはそれに対して頷き、涙を浮かべ酷く悲しげな表情を見せる。

 まさに、悲劇のヒロインという表情だ。

 

「……イヤだよ、先生」

 

 そっと、優しく扉間の銃を持つ手を握る、ミカ。

 彼女の姿はまさにお姫様。

 これでアカデミー主演女優賞は、ミカのモンだぜ!

 

「先生が言ったんだよ? 殺したくないなら、殺したくないって言っていいって。だから、私は言うよ。先生が人殺しをするのは見たくないって」

「……生かしておけば、必ず後の禍根となる。始末するべきだ」

「先生にはずっと私のお手本で居て欲しいかな?」

 

 ね、お願い。

 そう言って、聖母のような笑みを浮かべる、ミカ。

 きっと、ナギサとセイアが見たら、悪いものでも食べたのかと心配するだろう。

 

「はぁ……殺しはせんが矯正局で監視する。それでいいな?」

「うん! それでこそ、私達の先生だよ!!」

 

 殺さないが、牢屋にぶち込む。

 予め決めておいた内容を、まるでミカに説得されて変えたかのように告げる扉間。

 

 もう、お気づきだろうが今までのやり取りは、ベアトリーチェを脅すための芝居だ。

 これが補習授業部の絆の結晶である。

 

「ベアトリーチェ。貴様を殺すのは取りやめだ……だが、もしも再びアリウスの地に足を踏み入れるというのならば、()()()()()()()()。分かったな?」

「わ、分かりました…ッ」

 

 何故、ベアトリーチェを脅しているのかと言うと、殺さない場合に再びアリウスと接触される可能性があるからだ。

 今は、トビラマチャンネルによるネガキャンで、ベアトリーチェの支持率は低い。

 だが、時間が経てば昔は良かったとベアトリーチェを知らない人間が、言い出す可能性がある。

 まるで、生前は一族に総スカンされたマダラが、後の世のうちはの過激派に崇められたように。

 

 要するに、再びベアトリーチェが復権するチャンスを完全に潰したいのだ。

 生徒の模範として、出来れば殺す以外の方法で。

 

「では、お前は特殊な独房にでも――」

「―――これは面白いものを見せてもらった。だが、彼女を連れて行かれるのは少々困るな」

「お前は……マエストロ!?」

 

 まるで、喜劇を見終えた観客のように甲高く手を鳴らしながら、マエストロが現れる。

 同じゲマトリアのメンバーである、ベアトリーチェを救うために。

 

「知っているのか、みんな?」

「そっか、アズサは知らないんだ……あの人形はマダムの協力者。ユスティナ聖徒会の複製(ミメシス)って言うのを作ろうとしてたんだけど、いつの間にか変な怪物を出して私を攫って行った」

「……つまり信用できない大人だな」

 

 信用できない大人がもう1人。

 少しげんなりとした顔で、アツコの説明を聞くアズサ。

 

「私の芸術を、じっくりと鑑賞して貰えなかったのは残念だが、代わりにそなたと生徒達の信頼関係が見えたので良しとしよう。全てを自分でやるのではなく、生徒を信じて独り立ちを促す姿勢。先生の教育者としての考えが見えてよかった」

「芸術? 生徒に任せる……まさかあのヒエロニムスとかいう怪物か?」

 

 そう言えば、道中で変な怪物に会ったなと思い出す扉間。

 因みに生徒達に関しては、実力があるのであまり心配していない。

 

「怪物とは不躾な呼び方はやめてくれたまえ。あの教義には強さ以外にも美しさも含まれているのだから」

「生徒はどうした?」

「交戦中だよ。まだ決着はついていない。そなたが私の言葉を信じるかどうかは、知らないが」

 

 扉間の不安を煽るような物言い。

 恐らくは、ここを通す代わりにベアトリーチェを渡せということだろう。

 そう判断した扉間は、ならこっちはベアトリーチェを人質に使うかと判断して、ベアトリーチェを引き寄せて再び銃を突きつける。

 

「うッ!?」

「そうか。ならば、道を空けろ。ワシはこの小娘の命など、どうでもいいからな。それとも貴様も一緒に捕まるか?」

「言葉に虚飾はない。そなたの殺人の意志は本物だろう。だが、そなたの力では簡単には殺せまい。まあ、子供に殺人を肩代わりさせるなら別だが……そなたはそのようなことはせんだろう?」

 

 どちらも要求を通すには決定打が足りない状況。

 ここでマエストロを倒すことは出来るかもしれない。

 だが、ベアトリーチェが怪物になった以上、同じような手を持っている可能性もある。

 生徒達が連戦にどこまで耐えれるかが、分からない状況だ。

 

(カードを切るか……)

 

 ならば、この勝負は先にカードを切った方の勝ち。

 扉間はそう判断して、大人のカードを取り出そうとして――

 

 

「―――そのカードを多用するのはお勧めしませんよ、先生」

 

 

 もう1人のゲマトリアが姿を現す。

 

「貴様は…!」

「お久しぶりですね、先生。残念ながら緑茶とお菓子は用意できていませんが……その代わり、彼女との交換条件に情報を1つ差し上げましょう」

 

 マエストロの隣に現れたのは、黒服の男。

 扉間が初めて接触したゲマトリア。

 ホシノの身柄を狙った神秘の探究者。

 戦闘力も思考も目的も全てが未知数。

 

 

「そう、これは……あなたには決して拒めないであろう提案です」

 

 

 黒服、()()()()()()()()()()について知る異端の男だ。

 

 

 

 

「ククク……今回は『貴様は後!!』と言われなくてよかったです」

 

 

 

 




今回アロナ文字ならぬ、セイア文字がアスナの最後の言葉から章変更までに潜んでます。
豆知識。ベアトリーチェはダンテの『神曲』のヒロイン名。
天国に導いてくれる女性です。
原作で慈悲の歌を流すなと言ったのも、考えさせられますね。

次回でエデン条約編は終わってカルバノグの予定。1話ぐらい伸びるかもしれんけど。
まあ、アリウスと絡める感じになるので割とキャラは続投が多そう。

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