千手扉間のブルーアーカイブ   作:トマトルテ

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40話:楽園

「情報? 何の情報だと言うのだ?」

 

 黒服、マエストロと対峙しつつ、ベアトリーチェに銃を突きつける扉間。

 ゲマトリアの黒服が提示してきた、人質との交換条件とは……。

 

「“大人のカード”。その本当のリスクについてお教えしましょう。私達はここであなたと争う気はありません。先生も、今の状況で私達全員を相手するのはリスクが高いでしょう?」

「必要ない。何らかのリスクがあることは、理解しておる。……そして、物事にはリスクを取っても動かねばならぬ時もある」

 

 大人のカードについて教える。

 そう告げる黒服に対して、扉間は話にならんと鼻を鳴らす。

 

「おや? ご自分ではなく、()()()()()()()()リスクもですか?」

「……何?」

 

 しかし、黒服は落ち着いた態度のまま交渉を続ける。

 以前に、扉間の疾走について行けずに息を切らせていた面影はない。

 ひょっとすると、鍛え直して来たのかもしれない。

 

「どうやら興味を持っていただけたようですね」

 

 黒服は扉間の考えをある程度理解している。

 自分の犠牲なら簡単に許容できるが、子供の犠牲は嫌う。

 ならば、子供にかかる不利益を提示するのが一番の近道だと。

 

「……話せ」

「おっと、それでは彼女の安全が保障できません。せめて、彼女を解放してからにしてくださいませんか?」

「解放すると同時に、逃げる可能性があるのにか?」

「これは失礼。ですが、あなたの方も話だけ聞いて解放しない可能性もあるのでは?」

 

 静かで冷たい舌戦。

 どちらも、自分の利益を譲ろうとしない。

 

「2人とも落ち着き給え。これでは争いの未来しか待っていない。お互いに妥協点を出し合うべきだ」

 

 これでは交渉のテーブルにつくことすら出来ない。

 そう、判断したマエストロが折衷案を出す。

 

「そうですね……では、一先ず彼女から手を離して頂きたい。ですが、拘束を解く必要はありません。そのまま生徒達に監視させていただいて結構です」

 

 黒服がマエストロの意見に従って、妥協点を出す。

 それに対して、扉間は。

 

「いや……貴様らの方に返してやろう」

 

 意外な程に譲歩の姿勢を見せる。

 

 

「その代わり、こいつの身体に今のワシらが持つありったけの爆弾を仕込ませてもらう。貴様らが取引に応じない場合は即座に爆破する。なに、キヴォトスの人間なら死にはせん」

 

 

 と、見せかけて敵陣に爆弾を送り込む。

 

「……もしもの場合は、私達ごと爆破するつもりですか」

「か弱いワシと違って、貴様らなら死ぬことはないだろう。せいぜい怪我するだけだ。だが爆弾で覆えば、ひ弱なワシはベアトリーチェに近づくことが出来なくなるのは悪くないと思うが? 元々、この小娘には大した価値を見出しておらん。嫌がらせ程度に使えれば十分だ」

 

 扉間にとっては、ベアトリーチェはサッサと殺しておきたい、舐めた態度の小娘。

 だが、ここで殺してしまえば、ミカやアリウス生徒との信頼関係が崩れかねない、小娘。

 正直、扱いに困っていたので、情報と引き換えならまあ手放してもいいかなと思っている、小娘。

 なので、穢土転生爆弾のようにしてクーリングオフしたい、なめなめ小娘。

 

「なるほど……いいでしょう。どちらにも保証がある。それでいきましょう」

「感謝する。アズサ、ありったけの爆弾で飾り付けてやれ。ほれ、まずは()()()()()()()

「………マダム。まさか、あなたに同情する日が来るとは思わなかった」

「そのような憐れみの視線を(わたくし)に向けないでください!!」

 

 子供達から憐れみの視線を貰うという屈辱を受けて、激昂するベアトリーチェ。

 命があるだけ感謝して欲しいものだ。

 

「手持ちの爆弾類は、ヘイロー破壊爆弾も含めてこれで全部だ。他に誰か持っていないか?」

「あ、ここに来る途中の訓練場で拾った、サーモバリック手榴弾ならありますよ」

「………サーモバリック手榴弾? 失礼ですが、現在では生産禁止兵器では? カイザーグループですら現在は作っていません」

 

 ヒヨリが何食わぬ顔で取り出した、サーモバリック手榴弾にちょっと引く黒服。

 因みにサーモバリック手榴弾とは、爆発した空間の酸素を使い切り燃焼する兵器だ。

 塹壕やトーチカ、更には密閉空間の攻略で使われていた。

 有効半径の敵を爆風で吹き飛ばして、衝撃波によって建物も跡形もなく消し飛ばす。

 これは手榴弾なのでそこまでの火力は出せないが、これが大型化するとそれはもう酷いことになる。

 

 製造禁止になった理由?

 “貧者の核兵器”という異名で察して欲しい。

 

「アリウスなら、そこら辺に転がってるよ」

「……ベアトリーチェ」

「それに関しては内戦時代からのものです。(わたくし)のせいではありません」

 

 ミサキの発言に、黒服がベアトリーチェに呆れた視線を向ける。

 まあ、ベアトリーチェからすると以前から残っていただけで、責められるのはお門違いだと言いたい気分だが。

 

「……なるほど酸素を空間から奪うのか。断続的に閉所で使用すればキヴォトスの人間でも、酸欠で殺せるな」

「先生? 禁止兵器だからね? 使ったらダメなやつだからね?」

 

 ついでに扉間はサーモバリック弾の仕様を調べて、相手を酸欠で殺せるなと1人納得してミカにツッコミを入れられている。

 

「分かっておる。禁術は不用意に使うべきではないからな」

 

 今は自分達も閉所に居るため、ここで使えば巻き込まれかねない。

 そう判断した扉間は素直にミカの言葉に頷く。

 違う、そうじゃない。

 

「よし、出来た。これでいつでもマダムを爆破できるぞ」

「ほぉ……芸術の素養もない子供達と思っていたが、才能はあるようだな。磨けば光るだろう」

「マエストロ…! 言わせておけばッ」

 

 一仕事を終えたとばかりにドヤ顔をする、アズサ。

 そして縛り上げられた紐を爆弾でデコレーションされたベアトリーチェを見て、思わず笑いを溢す、マエストロ。

 場は混沌を極めていた。

 

「……それではマダムを返してもらいましょうか」

「ああ。では、教えてもらおう。子供達にかかる大人のカードのリスクとやらを」

 

 そんな空気の中でも、黒服は真面目に交渉を進めて行く。

 まあ、現実逃避かもしれないが。

 

 

「簡単な話ですよ。大人のカードは子供達の―――()()()()()

 

 

 未来を縛る。

 遠くから聞いていた、サオリ達は疑問符を浮かべている。

 だが、扉間はそれを聞いて一瞬で理解して、渋面を作っていた。

 

「大人のカードは未来を確定させる。先生が自身の死の未来、そしてそちらの聖園ミカの未来を変えたように」

「…………」

「それの何がいけないの? おかげで私はミサイルを受けてもピンピンしてるよ?」

 

 黙り込む扉間。

 反対にミカは黒服に、それの何がいけないかを尋ねる。

 

「ええ、決して悪い事ではありません。上手く使えば都合の良い未来を引き寄せられる。ですが」

 

 黒服が、何かを思い出す様に唇を吊り上げる。

 嘲笑するように、自嘲するように。

 

「それは都合の良い未来でしかありません。ましてや、更にその先の未来を保証するものでも」

「? んーと、私が聞いても……不都合があるようには聞こえないけど」

 

 アツコも言っている意味が分からずに首を捻る。

 だが、大人である扉間と黒服だけは理解していた。

 

「つまり――」

「―――予想外の未来は訪れんということだ。要するに、お前達の()()()()()()()

 

 都合の良い未来を確定するということは、子供達の未来をせばめるということ。

 本来であれば、無限の可能性を秘めて何にでもなれる子供を束縛する。

 

 芸術家志望の子供の未来を、安定するという理由で公務員で確定させるということ。

 扉間(おとな)にとっての望みを押し付けるだけ。

 

「……良く分からない。先生が悪い未来を望まなければ、誰も傷つかないんじゃないのか?」

 

 しかし、まだ子供のサオリ達には分からない。

 どうして、黒服と扉間が欠点と断言しているのかが。

 

「クックック……いいえ、いいえ。理解できなくても仕方がありません。これは大人にならなければ理解できないこと。先生が誰よりもあなた達のことを愛しているが故に起こる欠点。本来ならば若者に未来を託せる正しい大人だからこそ、リスクとして成立するものなのです」

 

 壊れたように口を広げながら、黒服は嗤う。

 まるで、自分も通ってしまった道だとでも言うように。

 

「トビラマ先生。あなたの教育方針は自分が居なくなっても、子供達が険しい道を歩いて行けるようにするものでしょう? ですが、大人のカードを使い未来を確定し続ければ、それは()()()()()()()()()()()()()()()()()子供達の量産に過ぎない。それは優しい虐待です」

 

 扉間は何も言わない。

 黒服の言葉を黙って聞く。

 

「本来ならば、私たち大人では考えつきもしない柔軟な発想を持つ子供の可能性を、大人の定規で計ってしまう行為。良き大人だからこそ、子供を信じる大人だからこそ、子供達を未開の荒野へと送り出さなければならない。ですが、大人のカードは子供達を楽園へと閉じ込めたままその可能性を否定してしまう」

 

 かつて、人類が楽園を追放されるまでは、(おや)の言う事だけを聞いていれば良かった。

 だが、荒野に出た以上は自分達で考えて生きるしかない。

 そして、それこそが人類の可能性となった。

 

「あなたが大人のカードを使う限り、それはあなた1人で全てをこなしているだけです。本来ならば、子供達自身の手で乗り越えるべきだというのに……分かるでしょう、先生? いえ、分かるはずだ。あなたは大人なのだから」

 

 黒服が扉間に詰め寄る。

 1人で全てをこなそうとする者は必ず失敗する。

 そんな真理を思い出させるように。

 

「あなたが思い描く未来が、必ずしもこの子達にとっての最上のものとは限らない。我々大人では想像もつかないような行動と結末。それらを生み出す可能性こそが、子供というものでしょう? 大人のカードは()()()()()(おとし)めてしまう」

 

 もしも、シロコが銀行強盗マニュアルを作成していなかったら。

 モモイがこっそりとアリスを転入させずに扉間に任せていたら。

 ヒフミが扉間の思惑通りに大人しく勉強だけをしていたら。

 

 きっと、今この状況はなかった。

 扉間の発想を超える行動が、良い結果を生み出して来たのだ。

 

「もちろん、手を出すなと言っているわけではありません。私のように悪い大人に騙されないように、子供の手では処理できない問題の時は手を貸すべきでしょう。ですが、それは()()()()()()()? 努力と運。そして交渉で乗り越えられる我々に使うべきでしょうか? この程度のことで、子供達の未来を狭める必要はあるでしょうか?」

 

 扉間がシャーレの人間として、生徒を呼び出す限り子供達はシャーレの人間であり続ける。

 それを束縛と言うのなら、確かに束縛なのだろう。

 本来なら、生徒自身が決めるはずの未来を扉間が決めてしまうのだから。

 

「未来とは無限に広がっているからこそ価値があるもの。しかし、広がりが無くなり、分かれ道を失った未来は、この世の地獄……何をしても変えられない一本道の終着点。ましてや、それが生徒達の未来ならば、何をしても拒むべき世界」

 

 黒服の伽藍洞の瞳が扉間を射貫く。

 そこに存在するはずの目はなく、どこまで続く白い闇だけが広がる。

 深く、虚ろな穴……。

 

「これは私からの素直な忠告です、先生。大人のカードに頼り過ぎると……」

 

 静かな言葉。

 しかし、どこか実感がこもったような重い言葉。

 

「いつの日にか、大切な誰かを()()()にすることになりますよ?」

 

 自嘲するように、黒服のひび割れた口が裂ける。

 

「……良き大人としての判断をお願いしますよ、トビラマ先生」

 

 黒服が扉間から離れて行く。

 交渉は成立したと確信するように。

 

「……随分と詳しいものだな、貴様…何者だ?」

「クックック、私は誰でもありません。誰でも居たくないのです。故に名前ではなく黒服とお呼びください」

 

 個人としての名称を捨てた男は嗤う。

 かつて誰かであった男を嘲笑うように。

 

「では、ベアトリーチェは返してもらいます。ご安心を、アリウスに手を出さないように私達からも言っておきますので」

「フン、情報提供感謝する」

 

 扉間も静かに背を向けて、生徒達の元に戻っていく。

 その手は、意図してか無意識か、大人のカードから最も遠い位置に置いてあった。

 

「……ああ、今のご質問に答えられない代わりに1つ。これはサービスです」

「なんだ?」

 

 黒服の言葉に扉間が振り返る。

 

「私がカイザーグループと繋がりがあったのはご存じでしょう?」

「ああ、知っておる」

「彼らの企業はキヴォトスという大樹の根。例え、隠したい暗部であってもそれが無ければ、大樹は倒れてしまう。故に、幹も葉も根と繋がりを持ちます……良くも悪くも」

「なるほどな……アリウスを治安維持部隊にする際の注意点か」

 

 黒服からのサービス。

 そこにどういう意図があるかは分からないが、何を言っているかを理解して扉間は頷く。

 今後、カイザーグループと向き合う必要があるのだと知って。

 

「それで、どういう意図で追加の情報を寄越したのだ?」

「ククク、こちらも可能ならサービスが欲しいということですよ。ええ、具体的に言えば――」

 

 ニヤリと笑って黒服が言葉を紡ぐ。

 

 

 

「―――ベアトリーチェにつけた爆弾と()()()を生徒達にはずさせてもらえませんか? 男の私が女性の身体に無暗に触ると、セクハラになりかねませんので」

 

 

 

 現代社会では結構切実な問題を。

 

「フン、流石に発信機はバレていたか……」

 

 そして、扉間がこっそり取り付けていた発信機の存在を。

 

 

 

 

 

 アリウスの襲撃。ベアトリーチェの討伐。エデン条約の締結。アリウス学園独立。

 そして、なんか蘇った扉間のニュースがキヴォトス中に流れて数日後。

 扉間はとある場所に訪れていた。

 

「お会いできて光栄です、トビラマ先生。シスターフッドのトップを務めさせて頂いています、歌住(うたずみ)サクラコと申します」

「連邦捜査部シャーレの顧問兼、()()()()()()()()の千手トビラマだ。よろしく頼む」

 

 静かで厳粛な教会。

 その奥。一般の人間では入れない場所。

 その場所で、シスターが集う部活“シスターフッド”のトップである歌住サクラコが扉間を迎え入れる。

 

「はい、これからよろしくお願いします。ハナコさんもお忙しい中、お付き合いくださりありがとうございます」

「いえ、教会の閉ざされた場所。男女の密会……これはもう、出歯亀(でばがめ)に来るしかないと思っただけですから!」

「……ええと?」

 

 そして、扉間の付き添いで来た、サクラコと面識のあるハナコ。

 ハナコは元々、シスターフッドに勧誘されていたが水着で礼拝に参加するという荒業でもって、距離を取ることに成功したのだ。

 ちょっと、何を言ってるか分かりませんね。

 

「ハナコ、話が進まん。お前は大人しくしておけ」

「先生もせっかちですねぇ、前座も無しに本題に入るなんて……女の子には色々と準備が必要なんですよ?」

「あの、私としても話に移りたいので、話を脱線させないで頂けますか、ハナコさん」

「うふふ、では後はお2人でごゆっくり、どうぞ」

 

 ハナコ流のアイスブレイクを終わらせて、扉間の隣に座る、ハナコ。

 出来るのなら普段から真面目にやって欲しいと、扉間とサクラコの思いが一致する。

 これこそがハナコの狙いであった。たぶん。

 

「こほん……それで、本日はどのようなご用件で来られたのでしょうか?」

「アリウス学園について……いや、前身のアリウス分校とシスターフッドの繋がりを聞きに来た」

 

 単刀直入に目的を告げる扉間。

 

「アリウスの人間から聞いたが、かつてトリニティがアリウスを弾圧した時に今の自治区に匿ったのが、ユスティナ聖徒会だったそうだな」

 

 それに対して、サクラコは笑顔のまま頷く。

 まるで、全て想定の範囲内だとでも言うように。

 

「シスターフッドの前身……ユスティナ聖徒会。彼女達がアリウス分校を匿ったというのは、恐らくは事実なのでしょう。古聖堂から続くカタコンベは、元々ユスティナ聖徒会の管理地。彼女達が何も知らなかったとは、口が裂けても言えません」

 

 ユスティナ聖徒会とアリウスの繋がりを認める、サクラコ。

 

「ですが、ユスティナ聖徒会はあくまでもシスターフッドの前身です。組織としての体制も既に変わっており、私が知り得る範囲でアリウスと繋がりを保っていた事実はありません」

 

 ()()()()()()微笑みを浮かべながら、サクラコは告げる。

 シスターフッドそのものには、アリウスとの繋がりはない。

 全ては過去の先達が行ったことでしかないと。

 

「……本当に何も知らんのだな?」

「ええ、()()()

 

 当然、そんなことがあり得るのかと疑う扉間だが、サクラコの笑みは揺らがない。

 

「今回のアリウス分校の古聖堂への襲撃。管理者であるはずのシスターフッドの不在。何より、トリニティを裏切りアリウス分校を匿っていた事実。全てシスターフッドは関与しておらず、ユスティナ聖徒会のやったことだと。そう捉えて構わんか?」

「先生のお考え通りだと思います。それと……ユスティナ聖徒会がアリウス分校を匿ったのは、恐らくは慈悲の心から。トリニティに害意をもった行動ではないと思います」

 

 ユスティナ聖徒会がアリウス分校を匿ったのは、弾圧に心を痛めたから。

 そんなシスターらしいことを語るサクラコに、扉間は首を振る。

 

「弾圧をするのなら徹底的に根絶やしにするのが定石だ。でなければ、今回のように未来に禍根が残り、無意味に被害が広がる。それに真に和解を望んでいるのなら、時機を見てティーパーティーとアリウスに口出しをするべきであった。だが、何も知らないと言うのなら、その責務を放棄したことにならんか?」

 

 今回のアリウスの件はなぜ起きたのか?

 アリウスの貧困? ベアトリーチェの暗躍? 恨みや復讐?

 違う。弾圧を決めたというのに、根絶やしにしなかったからだ。

 故に恨みを残した。弾圧をするのなら根切りにせねば意味がない。

 

 でなければ、必ずどこかでしっぺ返しを食らう。

 うちは一族を滅ぼすと決めたにも関わらず、サスケを残してしまったように。

 

「もう一度言うぞ。ユスティナ聖徒会の中途半端な慈悲とやらが、ミカやナギサの命を奪いかねない事態へと発展させたのだ」

 

 為政者としての言葉。

 甘い対応は未来への毒となるという現実主義的な考え。

 それを受けて、サクラコは。

 

「……何でもしましょう」

「! 今、何でもと?」

「ハナコ、黙れ」

 

 何でもするとサクラコが呟き、ハナコが反応を見せる。

 当然、扉間にお口をチャックさせられる。

 

「シスターフッドのトップとして、ユスティナ聖徒会の功罪を全て引き継ぎましょう。もちろん、組織として守るべき者が居るので出来ないこともありますが……私個人としては先生が望むことは何でもします」

 

 覚悟の籠った真っすぐな瞳で、扉間を見つめる、サクラコ。

 扉間もその視線を黙って受け止める。

 

「先生のおっしゃる通り、ユスティナ聖徒会の中途半端な慈悲がこの事態を生み出したことは疑いようのない事実。ですが、それは慈悲の否定になるものだとは私は思いません。中途半端な慈悲がいけないのなら、溢れる程の慈悲と愛を与えましょう」

 

 支配の仕方には2種類ある。

 徹底的に力で抑えつけるか、孫娘のように蝶よ花よと甘やかすか。

 

「つまり?」

「アリウス学園への支援を致しましょう。ユスティナ聖徒会を継ぐ、シスターフッドでしか出来ないこともあるでしょうから」

 

 アリウス学園への支援。

 それを行っていくとサクラコは告げる。

 

「いきなり、トリニティに対して心を完全に許すのはアリウス側も難しいでしょう。ですが、ユスティナ聖徒会の後身であるシスターフッドであれば、彼女達の警戒心も少しは和らぐと思います」

「なるほど、的を射ているな」

「かつてユスティナ聖徒会がなることの出来なかった、トリニティとアリウスの架け橋。私達シスターフッドがそれを担いましょう」

 

 トリニティとアリウスは立地的にも、精神的にも切り離せない存在。

 だが、昨日今日で憎しみは消せるものではない。

 だからこそ、その架け橋にシスターフッドがなるのだ。

 

 

「それが私の覚悟です」

 

 

 先祖達が残した罪を継ぐというサクラコ。

 そんな、サクラコに対して扉間は。

 

「……すまんな、少々意地悪をし過ぎた」

「え?」

 

 申し訳なさそうに頭を下げる。

 

「先祖の罪を引き継ぐなどバカバカしい。かつて、ワシ自身が言ったことだ。お前達がユスティナ聖徒会のことで責任を取る必要は無い。お前達は、新しいアリウス学園と新しい関係を築いてくれればそれでいい」

 

 シスターフッドが色々と怪しかったので、試していたがサクラコの真っすぐな瞳に扉間は彼女を疑うのを止めた。きっと、彼女の腸は噂になる程黒いものではないのだろうと信じて。

 

「……それでは、一体今日は何のために?」

「ある程度支援を引き出すのも目的であったが……いや、シスターフッドが余りにも怪しいので確認しに来ただけだ」

「私はそんなことはないって、言ったんですけどねぇ。でも、状況的に怪しすぎるので」

「……そんなに怪しかったですか?」

「シスターフッドがトリニティを裏切ると仮定すると、全てが上手く当てはまってな」

「何故このようなことに……」

 

 特に何もしてないのに、やたらと疑われていた事実を知って苦悶の表情を浮かべる、サクラコ。

 別に全てが綺麗だとは言えないが、ここまで堂々と疑われると中々に来るものがある。

 

「まあ、気にするな。ワシも昔は握手をするだけで、何か仕込まれていないか疑われていたものだ」

「あ、私も笑顔で握手をしようとすると、何故か少し怯えられるので分かります」

「そんな隕石に当たるぐらいのレアケースで、共感しないでください」

 

 そして、扉間も自分もサクラコのように、よく疑われていたと共感を示す。

 まあ、笑顔が怪しいだけのサクラコと違って、こいつは100%自業自得なのだが。

 むしろ、角都のような被害者に謝って欲しいぐらいだ。

 

「では、これからもよろしく頼むぞ、サクラコ」

 

 ハナコのツッコミをスルーしつつ、扉間は手を差し出す。

 扉間の生前を知る者なら、柱間以外は警戒する握手だ。

 だが、そんな扉間の握手に対して、サクラコは。

 

「はい……よろしくお願いいたします。先生」

 

 少し、はにかんだように笑って、握り返すのだった。

 

 

 

 

 

「教会の奥。一般の方は入れない秘密の場所。罪を償うために何でもすると告げるサクラコさん。そんな彼女に執拗に意地悪な言葉攻めをする先生。そして、仲直りの証に絡み合わされる体の先端部分……まさにその場所は痴情(ちじょう)に残された最後の楽園(パラダイス)。そう、名付けて―――イチャイチャパラダイス!」

「エッチなのは駄目! 死刑!!」

 

 ある晴れた日の午後。

 お菓子が欲しくなる時間に、広々としたテラスでハナコとコハルがいつもの漫才を繰り広げている。

 本日は補習授業部が主催のお茶会。

 

 アリウスとトリニティの歩み寄りの第一歩として、使節団の補習授業部が選ばれたのである。

 あまり目立ちたくないハナコ的には、嬉しくない事態なのでこうして、コハルに絡んで遊んでいるのだ。

 

「うわぁん! お茶会のマナーなんて、全然分かりません! でも、お菓子とお茶を残したくないのでいただきます!」

「あはは……今日は無礼講らしいので、そんなに気にしないでいいそうですよ。私もマナーとかには自信はないので」

 

 その隣では、パクパクと高そうなお菓子を口に運ぶヒヨリと、それを見て笑うヒフミ。

 他のアリウスの生徒が緊張で固くなっているのとは反対に、ヒヨリは図太く居座っている。

 

「……ところで、ヒヨリさん。こちらのぬいぐるみなどに興味はありませんか?」

「よく脂が乗っていて可食部が多そうな鳥ですね、食べられるんですか?」

「い、いえ、食べられませんが……そうだ! 今度、ペロロ様のお菓子を御馳走しますね」

「いいんですか?」

「はい、私やアズサちゃんは可愛すぎて食べられないので。でも、食べないと腐るだけで勿体ないので」

「よく分かりませんが、ありがとうございます!」

 

 そして、アズサの家族ならとモモフレンズを広めようとする、ヒフミ。

 彼女も色々と忙しくて、少しストレスが溜まっているのかもしれない。

 

「ミサキ、これも美味しいぞ。後、これもだ。初めて食べた時はほっぺたが落ちるかと思った」

「私はいいよ、アズサが食べなよ」

「ダメだ。ミサキは昔からあまり食べようとしないからな。私はみんなと美味しいを共有したいんだ」

「……ハァ、いただきます」

 

 そして、更にその隣ではアズサが妹の世話を焼くように、ミサキに色々とお菓子を食べさせている。

 ミサキの方は最初の内は抵抗を見せていたが、アズサの意志が固いのを見て取ると、諦めて食べ始める。

 

「……美味しい」

「だろう? いつか、みんなにも食べさせたいとずっと思っていたんだ」

 

 分かり辛いが、確かに頬をほころばせる、ミサキ。

 アズサはそれを見て、願いが叶ったと喜ぶ。

 

「初めまして。ティーパーティーのホスト、桐藤ナギサです。あなたがアリウス学園の生徒会長になるアツコさんですね?」

「初めまして…? マスクつけてたから、分からなかったの? ほら、カタコンベで戦った」

「それは……どう言うべきでしょうか。私であって私でないと言うべきか……」

「…?」

 

 そして、主催ではないが居ないと色々と始まらないので、参加しているナギサとアツコの両トップ。

 大人のカードのせいで、またもや食い違いが発生してナギサが苦い顔をする。

 因みにアツコは、未来のナギサが消える前に攫われたので消えるシーンは見ていない。

 

「大人のカードで呼び出したもう1人の自分。なるほど、便利に見えてこういった欠点もあるのだね。自分が知らぬところで、自分が動くというのはまるでドッペルゲンガーのようだ」

「あなたは……百合園セイア?」

「ああ、そう言えば私は夢の中で君を助けてはいるが、現実では初対面だったね。やれやれ、知っているはずなのに知らない。知らないはずなのに知っている。これは一度、お互いの情報を擦り合わせる必要がありそうだ」

 

 逆に、アツコはセイアに夢の中で会っていると言われて困惑する。

 ナギサとアツコ→未来のナギサとはアツコは会っている。

 セイアとアツコ→セイアが夢の中で一方的に知っている。

 

 初対面なのに、片方は会ったことがあるというややこしい状況に3人は苦笑いする。

 

「大変だね、3人共。もう、一から自己紹介した方が早くないかな?」

「……そう言えば、クーデター前にアリウス自治区でミカと戦ったが、あれも先生の大人のカードなのか?」

「わーお。私も知らない所で、誰かと出会ってそう」

 

 そんな3人を他人事といった様子で、見ていたミカだったがサオリの言葉に他人ごとではないことに気づく。

 

「あの時はアリウス学園とは何のことかと思ったが……こうなる未来を知っていたんだな。()()()()がこの未来を決定させたんだな?」

「……何?」

 

 サオリがアリウス学園の代表として隣に座る校長の扉間に話しかける。

 しかし、当の扉間はサオリの言葉に、渋面を作っている。

 

「違うのか?」

「ワシはミカの生存を確定させるために、ミカが生きている未来を呼び出しただけだ。アリウス学園の構想はその時に考えていたわけではない」

「要するに偶然…?」

 

 アリウス学園。

 つまり、扉間がアリウスの面倒を見ることを決めたのは、サオリの話を聞いてからだ。

 

「なるほど……黒服の言っていたリスク。未来の選択肢が狭められるとはこういうことか」

 

 改めて、黒服の言葉を思い出して扉間は溜息を吐く。

 ミカの生存を確定させると共に、アリウス学園の設立も知らぬ間に確定していた。

 安易に呼び出しすぎると、知らぬところで滅びの未来が確定しかねない。

 

「危うく、お前達の未来の可能性を潰しかねない所だった。やはり、禁術は不用意に使うべきではないな」

 

 大人のカード。

 負債以外にもリスクがあるなら、これまで以上に慎重に使わねばならないだろう。

 

「うーん……でも、別に悪い事ばかりじゃないよね?」

「ミカ?」

「だって、偶然でもアリウス学園として独立したから、こうやってお茶会が出来ているんだし」

 

 顔を顰める扉間とは反対に、ミカはのほほんと笑う。

 ミカのアリウスと和解したいという願いは、どういう過程であれ成立したのだ。

 

「まあ、流石に、独立するのは予想外だったけど……」

「ですが、独立というのは悪くありません。分校のままでは和解イコール、トリニティに吸収という形になるのですから。エデン条約の締結も、トリニティとアリウスは別ということにしておけば、ゲヘナを憎むアリウスも心の棚を作れます」

「そもそもの話、アリウスの成立はトリニティ総合学園の設立に反対したことが発端だ。つまり、一度たりともアリウスが()()()()()()()()()()()()()()()()()()。あくまでもトリニティ総合学園成立以前の派閥でしかない。分校呼び自体が私達トリニティの傲慢さ故のものだ。独立してこそ初めて、対等な立場になれる」

 

 ミカ、ナギサ、セイアが話を続ける。

 アリウスはそもそも、トリニティ総合学園の成立に反対した派閥。

 つまり、トリニティ総合学園の()()という呼び方は正しくないのだ。

 一度たりとも、マダラと違いトリニティ総合学園の一員であったことはないのだから。

 それでも、分校呼びされていたのはトリニティ側が支配下に置いていると思っていたため。

 

「うん。サッちゃん達がやったのはクーデターだけ。それから、先生が独立させた。別にいきなりトリニティと和解するとも、ゲヘナを許すとも言っていない」

「私達の恨みや憎悪は、ベアトリーチェに植え付けられたものだ。だが、全員がすぐに割り切れるものではない。時間が必要だ。そのためには、和解してトリニティになるのではなく独立して和平を結ぶ方がいい」

 

 そして、当然アリウス側はそれに反発する。

 なので、別々の学校として向き合わせる。

 完全に別の学校であれば、そもそもトリニティとの問題は発生しないのだ。

 

「瓢箪から出た駒というものだ。未来が確定してしまうという恐ろしさは、私もよく知っているが……偶にはこうした偶然の幸運を享受するのも悪くはない。棚から落ちてきた牡丹餅の賞味期限を確認すれば、後は幸運に感謝して食べてしまえば良い」

 

 今までの人生で未来に縛られ続けて来た、セイアの言葉。

 決まったものは仕方ないのだから、せいぜい利用すればいい。

 

「ええ、私も先生があのカードを使う判断は、間違っていなかったかと思います。先生が居なければ私とミカさんは、ミサイルで死んでいたことに疑いはありませんので」

「うっ!?」

「あ、いえ……別にサオリさんを責めたわけでは」

 

 黒服との対峙の際に使わなかったのはともかく、ミサイルで死ぬ未来を覆すのには必要だった。

 そう告げるナギサの流れ弾を受けて、サオリが苦悶の表情を浮かべる。

 やはり、殺そうとした罪悪感は未だに消えていないようだ。

 

「私は……よく知らないけど、悪くなってないなら別に良いと思う。()()()()のおかげで生贄として死なずにすんだし」

 

 そんなサオリの背中をポンポンと叩いて、アツコは目の前のロールケーキを上品に口に運ぶ。

 そしてご満悦な顔を浮かべる。どうやら、お気に召したようだ。

 

「だからね、先生。ありがとう。こうして、お茶会が開けているのは先生のおかげだよ」

 

 ミカも笑いながらロールケーキを口に運ぶ。

 そんな姿に扉間は、二重の意味で若いとは良いものだと思う。

 1つは真っすぐな心に。

 2つ目は、甘いものを積極的に食べられる胃腸に。

 

「まだ、他のアリウスの子とは距離があるけど……それはこれから頑張っていくから! 私、一応親善大使だし?」

「まったく、調子のいい……」

「いいじゃないか。変に思い詰めてクーデターや暗殺を起されるよりは、まだマシというものだ」

「うん、その件は本当にごめんなさい、2人とも」

 

 セイアの弄っているのか、ガチなのか分からない言葉に平謝りする、ミカ。

 そんな光景に、サオリはどういう反応をすればいいか分からずに困惑し、アツコはクスクスと笑う。

 

 トリニティのトップとアリウスのトップが、同じテーブルを囲み笑い合う。

 ミカの何となく思い描いていた楽園。子供のような夢。

 それは確かに、扉間の努力で形になりつつある。

 

「で、でも、今回みたいに諦めずに頑張ればなんとかなるよね? ね、先生?」

 

 ミカが扉間に助けを求めるような視線を向ける。

 努力すれば夢は叶い、助けを求めれば誰かが助けてくれる。そんな子供の甘い理屈。

 それを肯定して欲しくて、助けを求めたのだ。

 

「校長先生はロールケーキ食べないの? 美味しいよ」

「いただこう」

「せんせーい! 助けてよぉ~!」

 

 だが、扉間はそれをスルーしつつ、アツコに勧められてロールケーキを口にする。

 未遂に終わったナギサへのクーデターはともかく、セイアの襲撃は実際にやったのだから、少しは怒られるべきと考えて。

 別に、甘味に負けて明日は胃もたれにならないだろうかと、怯えてミカに気づいていないわけではない。

 

「……やはり、甘いな」

 

 口いっぱいに広がる、クリームの甘さ。老骨にはあまり得意なものではない。

 紅茶でそれを中和しつつ、扉間はチラリとミカの方を見る。

 

 セイアを殺したと思い、怯えていた姿はもうない。

 甘い理想を口にする、まっすぐな子供。

 現実が見えているのかいないのか、分からないお姫様。

 それでも。

 

「だが――」

 

 

 諦めない大切さを知ったバカ。

 

 

 

「―――嫌いではない」

 

 

 

 そう言って、扉間は再びロールケーキを口に運び入れるのだった。

 

 




これにてエデン条約編完結。
次回からはカルバノグの兎編。まあ、最初はアリウス学園周りの後始末を書きますが。

感想・評価お願いします。

以下、エデン条約編全体の後書き。特に読まなくても問題ないです。




エデン条約編を書いてる時の内情。

「え! ゲヘナの治安を改善して欲しい!? できらぁっ!」→エデン条約機構の設立。
「え! アズサとスクワッドを分断する!? できらぁっ!」→初手スパイばらし。
「え! ミカの魔女扱いをどうにかする!? できらぁっ!」→補習授業部IN。
「え! ミカが補習授業部に入った理由!? できらぁっ!」→使節団結成。
「え! マコトの裏切りの動きを封じる!? できらぁっ!」→ヒフミのプレゼント。
「え! スクワッドが扉間を暗殺するの!? できるかっ!」→未来予知で補強。
「え! ユスティナ抜きでネル達を防ぐ!? できらぁっ!」→セイアの未来確定(プロットガード)
「大人のカードは、こう使うのだ」→出るか…! 二代目様考案の…互乗大人札!
「え! アリウスを全部救うの!? ここはプロット通りだ」→アリウス独立。

 こんな感じで書いてました。
 みんなを救おうとした結果、やることが…やることが多い…! 状態に。
 後、ヒフミがオチを務めると、読者様の期待がヒフミ奪還編に向くので禁術指定。

 そして、暗殺が2回入ったのに読者の誰も心配しない扉間様。
 この小説で、ピンチで緊迫した場面は書けないと悟りました。
 今後も気楽に読める作品になるように頑張っていきます。
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