千手扉間のブルーアーカイブ   作:トマトルテ

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42話:ラビット小隊

 

「ううぅ…どうして、こんなことになったんだろう……」

 

 元、SRT特殊学園の生徒。

 RABBIT(ラビット)小隊の狙撃手(スナイパー)である霞沢(かすみざわ)ミユは落ち葉に埋もれながら、悲し気に呟く。

 そのお腹からは、漂うカレーの匂いにつられてクウクウという可愛らしい鳴き声が響いている。

 

「やっぱり、私達なんかじゃ、何をやっても閉校の取り消しなんて出来ないんじゃ……」

 

 他のRABBIT(ラビット)小隊の仲間達と閉校に反対して、デモとして子ウサギ公園を占拠したまではいい。

 だが、そこからのヴィジョンが無かった。

 てっきり、連邦生徒会がこちらの対応に来るかと思ったが無反応。

 

 あろうことか、デモの許可を正式に出されて彼女達は、何事もなくここに留まることが出来ている。

 デモ活動ならお好きにどうぞ。ただし、聞く耳は持ちませんが。

 言外にそう言われているのは、分かる。

 

「もう、先輩達みたいに連邦生徒会を襲撃するしか……でも、それをしたら良くて矯正局行き。悪くて、一生指名手配犯……ヴァルキューレに転校することすら出来なく……」

 

 相手が反応を示さないのなら、武力で訴えるしかない。

 だが、既に3年生のFOX小隊がそれはやっている。

 完全な奇襲だった。連邦生徒会だって、まさか身内にやられるとは思っていなかった。

 

 だというのに、FOX小隊は打撃を与えるだけで要求を通すことは出来なかった。

 むしろ、閉鎖推進派に勢いを与える結果に。

 それを1年生の自分達に、3年生以上に上手く出来るとは思えない。

 

「でも、もう、3日もほとんど食べてなくて…お腹が空いて限界……」

 

 それに何より、食料が無い。

 お金もない。あるのは持ち出した武器と公園の水だけ。

 平常時は頼りになる相棒である高性能のスナイパーライフルも、今は10円チョコ以下の価値しかない。

 

 戦場において、最も重要なものは兵站(へいたん)であると言われている理由を、今更ながらに痛感する。

 腹が減っては戦えない。

 気合や信念では超えられない、生物としてのシステムがそこにはあった。

 

「……ねぇ、サキちゃん? 外で行われている炊き出しに行って、私達もカレーを貰わない?」

 

 なので、ミユは通信で仲間の空井サキにカレーを貰おうと提案する。

 

『…………ダメだ、ミユ。どう考えても怪しすぎる! 私達のデモが許可された時点でおかしいのに、公園を取り囲むような炊き出し、どう考えても私達の誘き出しを狙っている!! 騙されるなッ!!』

 

 だが、たっぷりと悩んだような沈黙の後に返ってきたのは否定の言葉。

 空腹をごまかすために、気合を入れて大声を出しているのか、いやに言葉が強い。

 

『じゃあさぁ、私がドローンを操って軽く爆撃して追い払うから、カレーを奪おうよ?』

『お前が爆撃したらカレーごと吹き飛ぶだろう!? いや! そもそも、一般人も参加してる炊き出しに爆撃するのは流石にダメだ!! SRTの誇りを思い出せ!!』

 

 そんなサキに物騒な提案をするのは、風倉モエ。

 同じく、RABBIT(ラビット)小隊のオペレーターである。

 

『でも、背に腹は代えられないって言うじゃん? あ、でもこの状況で最後のカレー(希望)を吹き飛ばすのも中々……グヒヒヒ』

 

 ついでに、極度のトリガーハッピーかつ破滅願望の持ち主。

 かつて、商店街を半分吹き飛ばすなどの被害を出した問題児である。

 そもそも、SRT特殊学園に入った理由も『火力の高い兵器が使える』からという、筋金入りだ。

 

『私もサキの意見に同意します。これは明確な罠です。全員ここで待機して警戒するべきです。確認しましたが、炊き出しを行っているのはトリニティのシスターフッドのシスター達。ボランティア活動を行う聖職者(シスター)を私達が攻撃をしたら、世間から危険人物であるという非難は避けられません。恐らくは、それが連邦生徒会側の狙い。完全にこちらの目的を潰すつもりのはずです』

 

 言い争う2人に対して、冷静に意見を行うのは月雪ミヤコ。

 彼女は連邦生徒会。正確には扉間の狙いを見抜いている。

 

『私達が匂いにつられて出て来ればそこを叩く。もしくは、交渉。炊き出しを襲うようなら、テロリスト集団として討伐する。おまけに、連邦生徒会側は先んじてデモの許可を出すという譲歩をしている。私達が下手な動きを見せれば、()()()として堂々とこちらの非を訴えるはずです』

 

 出て来れば交渉。戦うなら、容赦なく世間の反応を利用してSRT特殊学園を完全に潰す。

 そして、ここで待機し続ければ兵糧攻めで飢え殺し。

 実に無駄のない作戦だ。

 

『この卑劣な手を考えたのは一体…? 行政官? それとも……』

『私と同じ意見なのは分かったが、お前が命令するな! 私達は同じ1年生なんだからな』

『でも、ずっとここに居たら飢え死にじゃん? だったら、最後にパーッと派手な花火をさぁ』

「ね、ねえ、交渉できるならカレーを食べに行ってもいいんじゃ……」

 

 相手の目的は読めた。だが、分かったところでRABBIT(ラビット)小隊に打つ手はない。

 そして、RABBIT(ラビット)小隊の欠点。

 1年生の段階で閉校してしまったせいで、正式なリーダーが決まっていないのだ。

 

 軍にとってそれがどれだけ危険なことか、分かっていない彼女達ではない。

 だが、彼女達の目的はSRT特殊学園の閉鎖の取り消し。

 つまり、元に戻るための行動だ。

 

 連邦生徒会長から決めてもらえるならともかく、自分達で()()()()()()()()()()

 それをしてしまえば、もう二度と元に戻れないような気がするから。

 

「ううぅ……お腹空いた……」

 

 そして何より、空腹が彼女達の冷静な思考力を奪い、イライラとさせていた。

 どんな強固な軍も空腹には勝てない。それがこの世の真理である。

 

「あぁ……お腹が空いているせいで、カレーの匂いだけじゃなくてフライドチキンの匂いまで……いいなぁ」

 

 射撃ポイントで落ち葉に埋もれながら、ジメジメとしながら嘆く、ミユ。

 そんな彼女の下に、フライドチキンの香ばしい油の匂いが届く。

 

「辛いですよね、ひもじいですよね……分かります。何も食べられないと、食べ物のことしか考えられなくなりますよね?」

「はい、本当はダメなのに、持ち場を離れてカレーを食べに行こうと足が勝手に動きそうで……」

「分かります、分かりますよ。頭ではダメだと思っているのに、体が勝手に動いてしまうんですよね」

「食べられないことがこんなに辛いことだなんて……え!?」

 

 後ろからしてきた声と途中まで会話していたミユだったが、やがて気づく。

 

「誰ッ!?」

 

 即座に横に転がることで、場所を移動して声の主から距離を取る、ミユ。

 

「分かりますよ。スナイパーが後ろを取られることは死と同じですから、怖いですよね? 私もスナイパーだから分かります」

「どうやって後ろに来たんですか…? そもそもどうやって私の居場所を見つけて…?」

「特殊部隊ってやっぱり凄いですね、この公園で一番の狙撃ポイントを押えておくなんて。でも、だからこそ、公園の地図を見ればどこに居るかが分かります」

 

 心臓が早鐘のように打つ。

 相手の言うように、スナイパーが近づかれることは致命傷だ。しかも後ろから。

 本当ならば、既にやられていなければおかしいぐらいだ。

 だが、どういう訳か自分はまだ無事だ。

 ならば、すぐに相手を倒せば何とか。

 

「あ…ああ…ッ」

 

 愛用のスナイパーライフルを構え振り向くが、引き金を引けない。

 指が震え、掠れた声が零れる。

 

 見てしまったのだ。

 自分の後ろに立つ、アリウス学園のヒヨリの姿を。

 ヒヨリが手に持つものを。すなわち。

 

 

「いいんですか? 私を撃って。私を撃ったら―――せっかくのフライドチキンが地面に落ちちゃいますよ?」

 

 

 フライドチキンが入った大型の容器(バーレル)を持つ、ヒヨリの姿を。

 

「悲しいですよね? 苦しいですよね? お腹が空いていると、集中力もなくなっちゃいますよね? 良ければ一緒に食べながら、お話ししませんか?」

「ひ、卑怯な手には乗りません…!」

「そうですか……なら、冷めるともったいないので、私だけで頂きますね」

「あ……」

 

 サク! ザクッ!

 ジュワぁ……ゴクン。

 

「美味しいですねぇ。熱々のサクサクで、噛むと油がじゅわぁっと出てきて、手と唇がべとべとになっちゃいますね。これだけ美味しいのに、食べると無くなっちゃうなんて虚しいですよね」

「う、ううぅ……」

 

 ムシャ、モシャぁ……ペロ。

 コリッ、コリッ。

 ナポ…。

 

(いや)しいですよね? 少しのお残しもしたくなくて、硬い骨にしゃぶりついちゃうなんて? いやらしいですよね? 手についたテカテカをそのまま舌で舐めとっちゃうなんて」

「あ、あ、あッ」

 

 ピチャ…チュパ…チュパ…ベロン。

 チュルル……ゴクン。

 

「ああ、せっかく舐めて綺麗にお掃除したのに、また汚れちゃいました。虚しいですね。でも、どうせベトベトに汚れるなら、汚さずに保ってきた方の手も使っちゃいましょうか」

「そ、そんな、両方の手でチキンを持つなんて…! こ、こんな邪智暴虐……メロスの王様だってしませんよ!?」

 

 ヒヨリが脇にバーレルを挟み。

 空いた両方の手で、チキンを掴み取る。

 そして、ゆっくりと口に近づけていき。

 

「2本同時にいただいちゃいますね?」

 

 両方に一気にかぶりつく。

 プシャッと熱い油が飛び散り、ヒヨリの頬を卑しくテカらせる。

 

「うわぁぁぁん! 私の分もください! ごめんなさい、みんな!」

『どうした、ミユ!? 応答しろッ! ミユッ!!』

 

 霞沢ミユ、陥落。

 

 

 

 

 

「ミユからの通信が途絶えた…! 敵襲で間違いない、どこからだ? 侵入経路に仕掛けているトラップに反応は無かったぞ?」

「待ってて。今、ミユの方にドローンを飛ばして確認する」

 

 突如として、叫び声を上げて通信が途絶えた、ミユ。

 緊急事態の発生に慌てて、状況を把握しようと動き出すサキとモエ。

 

「突然の連絡の遮断。こちらのトラップや居場所を把握しているかのような動き……いけません! すぐに、この場所を離れます!」

 

 そして、自分達の置かれている状況を瞬時に悟って、離脱を呼びかけるミヤコ。

 

「流石は特殊部隊だな。いい反応だ」

「ッ!? どうやってここに? トラップはッ!?」

「教科書通りの100点満点のトラップだったからな。公園の地図と照らし合わせれば、場所(解答)はおのずとわかる。簡単に見取り図が手に入る場所を拠点にするのはお勧めせんぞ?」

 

 物陰や木々の間から現れる3人の集団。

 襲い掛かってくるわけでもなく、奇襲を仕掛けるわけでもない。

 

「千手トビラマ。シャーレの顧問兼、アリウス学園の校長だ」

「同じく、アリウス学園の治安維持部隊隊長の錠前サオリだ」

戒野(いましの)ミサキ」

 

「シャーレの先生…!?」

 

 現れたのは扉間、サオリ、ミサキの3人。

 そして、その手に持っているのは。

 

「か、カレーを持ってきて何のつもりだ!?」

「タッパーに入れているが、まだ冷めてはいないはずだ。食え」

 

 タッパーに入れたカレーだ。

 因みに、米はミサキが持っている。

 

「匂いで気づかないなんて……いえ、それを隠すために炊き出しでカレーを?」

「鋭いな。流石に近づけば飯の匂いで気づかれるが、周囲に充満していれば匂いが多少強くなった所で気づかんだろう?」

 

 ここに接近されるまで何故、気づかなかったかの理由を悟り、悔しそうな顔をするミヤコ。

 

「敵の差し入れを受け取ると思うか? 何が入ってるか分からないだろう!」

 

 敵の差し出す料理など食べられるかとサキは叫ぶ。

 

「ふむ、やはり美味いな。自然の中で食べるのもまた格別だな」

「あー……野菜がゴロゴロのカレーじゃん。ジャガイモが美味しいんだよね」

 

 そして、扉間は見せつけるようにカレーをスプーンですくって口に運ぶ。

 毒見アピールも兼ねているが、9割の理由は相手を煽るためだ。

 

「サオリ、皿を頼む」

「はい、校長」

「ミサキ、米を頼む」

「分かった」

 

 まだホカホカのご飯の上にアツアツのカレールーがかかる。

 コロンと、ジャガイモとニンジンが米の丘から転がり落ちる。

 湯気と共にカレー特有のスパイシーな香りがフワッと鼻腔をくすぐっていく。

 

「うっ!? 卑劣な手を…!」

「それで私達の口を割らせるつもりですか?」

「ああ……もう、お腹が減り過ぎて何も考えられない……」

 

 キュルルルと3人の腹が鳴る。

 乙女としてどうかと思うが、3人共そんなことを気にする余裕はない。

 

「テーブルはあるか? ないなら、座れ」

「だから、私達は……」

 

 なおも、拒絶しようとするRABBIT(ラビット)小隊の3人。

 ただし、目はカレーに釘付けになったままだが。

 そんな3人に対して、サオリとミサキが声をかける。

 

「……3日近く食べていないのだろう? 私もベアトリーチェに牢獄に入れられていた時に、経験があるから分かる。その状態ではまともに頭など回らない。言いたくないことも自白させられる」

「現にここまで近づかれているのに、逃げたり戦ったりしないで残ってる。まともに考えられてないよ、あんた達」

「う…ッ」

 

 2人の指摘通り、ここまで接近を許しておきながらRABBIT(ラビット)小隊は何もしていない。

 あわよくば、飯を相手から奪えないかという欲望に支配されて、適切な判断が出来ていないのだ。

 女騎士を相手にするとき、『クッ、殺せ!』を期待して、ついつい本気で殺せなくなる現象と同じである。

 

「学園の閉鎖を取り消したいのだろう? シャーレの顧問であるワシなら、何か策を打てるかもしれんぞ。まずは話してみろ。ワシはSRT閉鎖の反対派だ」

 

 カレーを差し出しながら、扉間は3人に声をかける。

 その姿を見て、ミヤコの中で全てのピースが繋がっていく。

 不自然なデモの許可。シスターフッドの炊き出し。

 そして、学園の閉鎖の取り消しへの協力の申し出。

 

「あなたが数々の問題を解決していっている千手トビラマ……今、理解しました。連邦生徒会にデモの許可を出させたのはあなたですね? そして、このような私達の空腹を利用した卑劣で陰湿な兵糧攻めも。ハッキリ言っておきましょうか」

 

 この空腹の3割ぐらいの原因は、目の前のこいつにあるのだと。

 残り7割? 流石に食料を持ち出さなかったことは、この3日間で嫌という程後悔している。

 

「私はこのような卑劣な手を使う、あなたのような大人が大嫌いです」

「カレーが冷めるぞ? 文句で口を動かすより、食うのに使った方が建設的だ」

 

 

 

 

 

「武器や教範(きょうはん)だけ持ち出して、食料や金は持ち出しておらんのか? 兵糧攻めしたワシが言うのも何だが、もう少し自分達の身体を労われ。身体に障るぞ?」

「う、うるさいな! そもそも金はSRTの口座が凍結されたせいで下ろせなくなっているんだよ! 食料は……その…教範や武器と違って、替えが利くから持ってこなかったんだ!」

 

 ムシャムシャ。

 パクパク。

 

「SRTの武器ってどれも最新鋭のものだよね? 売れば、結構するでしょ。そのお金でコンビニでも行けばいいのに」

「この火力を使わずに売るなんて、もったいないでしょ!? ……いや、限界になったらそうする気だったけどさ」

 

 福神漬け要ります?

 え? あ、ありがとうございます。

 

「この公園なら、あの野草とかは食べられるはずだ。逆にあの木の実は毒がある。タンパク質は虫で補える。例えば、この倒木の下とか……いたな。ムカデは毒があるが、焼くと食べられるんだ。少し苦いが味も案外悪くない」

「……サバイバル技術に関しては、まだ習っていなかったので。勉強になります。SRTが再興した暁には、しっかりと学びたいと思います」

「いや、私達の場合はサバイバル技術というか……純粋に食べ物が無かった時に覚えただけだが」

 

 先生、カレーのおかわりをお願いします。

 あ…え、えっと……私は……。

 遠慮するな。今までの分も食え。

 

「………ところで」

 

 要らないんですか? じゃあ、私が全部食べちゃいますね。

 ま、待ってください! 私もおかわり欲しいです。

 

 

「―――いつまで食べているつもりだ!? ミユッ!!」

「ご、ごめんなさい!!」

 

 

 真面目な話をしている横で、ヒヨリと一緒にカレーをパクパクしてたミユに、サキが遂にキレる。

 

「それと緑髪のお前もだ! 何で、敵陣でリラックスして食事をしてるんだ!?」

「ごめんなさい。でも、カレーが冷めると悲しいので。それに皆さんが食べないなら、残って捨てるしかなくなるので」

「た、食べないとは言ってないだろ!?」

 

 後、何故かRABBIT(ラビット)小隊に持ってきたはずのカレーを、我が物顔でムシャるヒヨリにもキレる。

 

「ああ……私って最低だ。食欲に抗えなくて、みんなを裏切って……このまま裏切り者としてみんなから追放されて、誰からも忘れさられて冷たい路地裏で死んじゃうんだ」

「分かります、分かりますよ……みんなから忘れられてしまうのは辛いですよね、苦しいですよね。でも、どうせ忘れられるのなら最後ぐらい、お腹いっぱいまで食べるべきです」

「そ、そうなんでしょうか?」

「はい、どうせ死ぬのなら最後ぐらいはめをはずすべきです」

 

 引っ込み思案でネガティブなミユ。

 思考はネガティブなクセに、開き直ることで図々しいヒヨリ。

 変なところで波長が合ってしまったのか、化学反応を起こして仲良くなる2人。

 まあ、一緒に遊びに行くといった感じの距離感になることはないだろうが。

 

「……なーんか、波長が似てるようで根本的な所が違いそうな2人だねぇ」

「その……うちのヒヨリがすまない……悪気はないんだ」

 

 そんな2人にモエが呆れた視線を送り、サオリが申し訳なさそうに頭を下げる。

 

「……ミユは裏切っていません。何故なら、私達もカレーを食べてしまったのですから。同罪です」

 

 自分は裏切り者と言うミユをミヤコが庇う。

 本当ならば、扉間からの食料提供など断りたかったが、3日の断食は辛過ぎた。

 というか、このままだと飢え死にという可能性もあったので、隊員のために受け入れるしかなかったのだ。

 

 なので、ミユにこれも全て千手トビラマって奴が悪いのだと告げる。

 だが。

 

「で、でも、私はフライドチキンも分けてもらって……」

 

「それは完全な裏切り行為ですね、恥を知ってください。恥を」

「見損なったぞッ! ミユッ!!」

「私達にもチキンをくれるべきだよね?」

 

 フライドチキンの件を聞けば、手の平を高速回転させるしかない。

 私だってチキンを食べたかった! と、心の中で雄たけびを上げる。

 

「はぁ……後で買って来てやる故、喧嘩はするな」

「先生、どうせまた行くなら、今度はデザートも頼んでもいいですか?」

「ヒヨリ、少し黙ろう」

 

 ため息をつく扉間。

 ついでに、デザートを頼むヒヨリ。

 自分のハンカチでヒヨリの口を拭くついでに、お口にチャックをかけるミサキ。

 

「………カレーを頂いた手前、説得力はありませんが、これ以上あなたから施しを受けるつもりはありません」

 

 フライドチキンの誘惑に負けそうになるが、グッと堪えて首を振るミヤコ。

 しかし、それで話を終える扉間ではない。

 

「何か勘違いしておるようだが、そのカレーはシスターフッドの炊き出しだ。別にお前達は、何もワシに借りを作ったわけではない。そして、今回は誰も戦闘行為はしておらん。実に平和的な話し合いだ」

「屁理屈ですね。それに何の意味があるのですか?」

「屁理屈であろうと何であろうと、建前は大切だ。これでお前とワシは対等な対場を保てる」

 

 偶々、シスターフッドが炊き出し用に作ったカレーがRABBIT(ラビット)小隊の口に入った。

 戦闘行為があったわけでも、敵対関係にあったわけでもない。

 RABBIT(ラビット)小隊が合法的なデモ活動をしている時に、偶々扉間が訪ねて来た。

 ただ、それだけの話。

 

「先程も言ったが、ワシはSRT特殊学園の閉鎖を取り消したいと思っておる」

「理由は?」

「他の生徒に頼まれたこと。そして、何よりワシ自身が学校の閉鎖が嫌なのだ」

「信用できませんね」

「信用出来んでも、ワシにはそれだけの地位と権力がある。せいぜい利用しろ」

 

 兵糧攻めなんて手段を用いる奴は信用できない。

 RABBIT(ラビット)小隊全員が頷く中、扉間は自分を利用しろと告げる。

 

「……仮にお前の言葉を信じるとしても、何のメリットがあるんだ? まだ、復興させたSRTの武力を、自由に使いたいと言われた方が納得できるぞ」

「武力ならアリウス学園で十分だ。ワシ個人でこれ以上力を持つのは、政治的にあまり良くない。無駄に多くの敵を抱えることになる」

「それこそ、あんたがさっき言った建前でどうとでもなるじゃん。『先生がSRTを再興させたのは、個人的な武力のため』だって、相手は言えるよ?」

「フ、流石はSRTに抜擢されるだけはある。皆、優秀だな」

 

 サキとモエの疑いの視線にも、簡単に相手を信用しない所は高得点だなと頷く、扉間。

 復興を餌に簡単に信用するようでは、復興後心配なのだから。

 

「ち、因みに、再興させるとしたらどうするんですか?」

「SRT特殊学園の閉鎖の根本的な問題は、連邦生徒会長の不在だ。責任者の不在で動かせないので、ただの金食い虫になる。ならば、連邦生徒会長を新しく決めるか、SRT特殊学園そのものに生徒会長を据えて動かせるようにする。正常に機能するのなら、再興の反対派とて有用性は否定できん」

「生徒会長? も、もしかして、先生が生徒会長になるんじゃ……」

「馬鹿を言え、どこぞの小娘ではないのだ。大人がそのような恥知らずな真似が出来るか」

 

 扉間が生徒会長になって、SRTを支配する気では?

 そう、恐る恐る呟くミユを扉間がバッサリと切り捨てる。

 子供に混ざって生徒会長を名乗る大人とか、客観的に見てとても恥ずかしいだろ。

 

「……筋は通っています。ですが、何度考えてもあなたにメリットが無い。本当の望みは何ですか?」

「だったら、さっきのワシのセリフは聞いているだろう。この千手トビラマに一切の虚飾は無いとな」

「やはり…正直には話しませんか…!?」

 

 SRT特殊学園の再興。

 それを為した所で、扉間個人へのメリットが無い。

 新しい連邦生徒会長の後ろ盾につき、陰から操るのが目的と言われた方が納得できる。

 

「ふむ……このまま話し合いを続けても、時間の無駄だな。お前達はワシを信じる気がない」

「ようやく意見が合いましたね。このままお引き取りして頂けると助かります……それから、シスターフッドの方にはカレーは美味しかったと伝えてください」

 

 人は思い込みの中で生きている。

 真実を嘘と思い込み。嘘を真実と思い込む。

 本当の事実など関係はない。

 自分自身が信じられるかどうか。

 それだけだ。

 

「悪いが、生徒達にここまでお膳立てしてもらった故、先生として手ぶらで帰るわけにはいかん」

「ついに本性を現したな! この兵糧攻めの卑劣漢め!!」

 

 フゥーと息を吐く扉間に、サキが遂にやる気かと臨戦態勢に入る。

 サオリとミサキが、スッと扉間を守るように前に踏み込む。

 だが、それを扉間は手で制して止める。

 ヒヨリ? 食べ過ぎたせいで、行動が遅れてるよ。

 

「ワシは子供達が、子供のままで育つことの出来る世界を創りたい」

「急になに…?」

 

 唐突な扉間の宣言に警戒の目を向ける、モエ。

 

「人と人が争うことなく、手を取り合える平和な世界が見たい」

「ど、どうしたんですか? そんな夢物語を語って……」

 

 困惑した顔で扉間の方を見る、ミユ。

 

「哀しい現実など見たくはないし、愛と勇気に満ちた夢物語を実現したい」

「……子供の夢みたいなことを言って、どうしたんだ」

 

 大人だと思っていた相手の口から語られる、幼稚で稚拙な夢。

 それを聞いて、サキは知らず知らずのうちに敵意を失う。

 

「これがワシの(はらわた)の中だ。信じるも信じないもお前達次第だが……これがワシの知る最も誠意のある行いだ。もしも、ワシを欠片でも信用してくれるのなら……お前達の(はらわた)を見せてはくれんか? ワシはお前達がSRT特殊学園にかける想いを知りたい」

「千手トビラマ……()()

 

 机に頭をつける程に、頭を下げる扉間。

 その姿に、ミヤコが初めて先生と口にする。

 

「別に今すぐに結論を出す必要は無い。だが、これをきっかけにすれば、何かが変わるかもしれない。だからまずは、お互いに話し合ってみんか?」

「校長…! 頭を上げてくれ。長たる者のする行いではないだろう、それは」

「……サオリさんの言う通りです。組織の長が、私達のような者達に簡単に頭を下げるべきではありませんよ。このことを言いふらす気はないので、早く頭を上げてください」

 

 校長なんだから、頭を下げないでくれと焦ったように言う、サオリ。

 それに対して、同意してみせる、ミヤコ。

 だが、扉間は問題ないと告げる。

 

「ワシが校長なのは、アリウス学園に居る時だ。ここに居るのは、ただの先生だ。問題あるまい」

「また、詭弁を……」

 

 ミヤコは考える。

 目の前の人間は本当に信用に足るかどうかを。

 そして、その判断を自分1人で決めて良いものかどうかを。

 

「………SRTには他の何ものにも左右されない正義がある。私がSRTにこだわる理由はそれです」

「ミヤコ!?」

「勘違いしないように。これはあくまでも私個人の意見です。他の隊員にも、それぞれの理由があります。()、語れるのはこれだけです」

 

 悩んだ末に出した答えは、自分だけ答えるということ。

 そして、信用するかどうかの結論はまだ出さないということ。

 

「フ、そうか。今はか……また明日来るとしよう」

「お忙しいでしょうから、来なくても結構ですよ?」

「そういう訳にもいかん。生徒と話すのも先生の仕事だ」

 

 その返答を聞くと、扉間は満足気に顔を上げて立ち上がる。

 

「帰るぞ、サオリ、ミサキ、ヒヨリ」

「……了解しました」

「分かった」

「はい。では、また会いましょう」

 

 少し不満気な様子のサオリ。

 無表情で感情の分からない、ミサキ。

 ミユに別れの挨拶をして、フライドチキンのゴミを持って立ち上がる、ヒヨリ。

 

「ああ……それとだ。これは少しだが金だ」

 

 そして、最後に僅かばかりの現金を置いていこうとする、扉間。

 ミヤコはその行動に首を捻りながら、現金を押し返す。

 

「施しは要りません。対等であるべきだと言ったのはあなたでは?」

「いや…まあ…そうなのだが……流石にこれを放置するのは……大人としていかんと思ってな」

 

 やけに歯切れの悪い扉間。

 ますます、困惑するミヤコ。

 明らかに言い辛いことでも、ズバズバ言いそうな扉間が言い渋るとは一体。

 

「何なのですか? 言いたいことがあるのなら、ハッキリと言ってください」

「……まあ、お前達も女子(おなご)と言えど特殊部隊。覚悟はあるか。では、単刀直入に聞くぞ」

 

 最近はコンプライアンスや、セクハラにうるさいがSRTなら大丈夫だろう。

 そう、考えて最近知った年若い女子が気にするであろうことを、ハッキリと告げることにする。

 渡したお金の使い道。それは

 

 

 

「お前達―――最後に風呂に入ったのはいつだ?」

 

 

 

 銭湯代である。

 




作者の秘密① 実はケンタッキーよりも、モスチキンの方が好き。

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