千手扉間のブルーアーカイブ   作:トマトルテ

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45話:信用

 

「お忙しい所、御相談に乗って頂きありがとうございます」

「構わん。ラビット小隊の処遇はワシが決めたようなものだ。それで何か問題が起きているのなら、ワシが対処するのが筋だ。それに、この時間でアリウスの生徒にヴァルキューレの見学をさせて貰っているのだ。礼を言うなら、むしろこちらの方だ」

 

 ヴァルキューレの客室に招いた扉間に対して、カヤがにこやかにお礼を言う。

 手には2人分のコーヒーカップが握られている。

 

「コーヒーしかなかったですけど、いいですかね?」

「別に飲み物に対して、こだわりがあるわけではない。生徒が淹れたものを拒む気はない」

 

 カヤからコーヒーを受け取り、匂いを嗅いでから飲む扉間。

 いつものように、毒物の類が無いか確認したのだ。

 そして、カヤはそんな扉間の様子をねっとりとした目で見つめる。

 

「美味いな。お前が淹れたのか、カヤ?」

「はい。コーヒーが好きなもので、結構こだわっているのですよ?」

「なるほどな。道理で、味がいいわけだ」

 

 以前に来た時もそうだったが、高価なコーヒーを出されて扉間は目を細める。

 客人用なので、財政難のヴァルキューレでも見栄を張っているのかと思ったが、どうやらカヤ個人の趣味らしい。

 

「それで、ラビット小隊の件だったか?」

「はい。子ウサギ公園に滞在するのに、既にリン行政官が許可を出しているのは知っています。ですが、困ったことに子ウサギタウンには再開発の話が出ていまして」

「……なるほどな。再開発の邪魔になるので、退いて欲しいというわけか」

「流石、先生。お話が早くて助かります」

 

 ニコニコと笑いながら、薄目でジットリと扉間を見つめる、カヤ。

 扉間はその視線に気づきながらも、敢えて無視をしてコーヒーを飲む。

 

「だが、解せんな」

「と、言いますと?」

「あそこは市民も利用する公園。公の土地。つまりは連邦生徒会の所有する土地だ。だからこそ、リンに許可を出させたのだからな。だというのに、退かなければならない理由があるということは……」

 

 再開発と言えど、土地の所有権が無ければ何もできない。

 まずは土地を買う必要がある。

 つまり。

 

「あの公園を売る予定があるのか?」

「はい。元々、あの公園は撤去予定でしたので。ほとんど市民も利用しない辺鄙な場所にある公園。だったら、売ってしまった方が財源にもなると。これはリン行政官も知っていることです。私はその購入者の方から、どうにか出来ないかと相談されまして」

 

 あの一帯の土地を連邦生徒会は手放す予定だという事。

 そして、その購入者にせっつかれてカヤは追い出し作業をしているのだ。

 

 一見すると警察と企業が繋がっているように見えるが、土地の所有者が『私有地に不法滞在者がいるのでどうにかしてくれ』と頼んでいるだけなので、ギリギリグレーゾーンである。

 

「……カイザーグループか。先日も“カイザー・インダストリー”がアリウスに営業をかけてきおったな」

 

 覚えのあるグレーゾーンギリギリのやり口。

 そして、アビドスが土地を買われた経緯を思い出して、購入者に当たりをつける扉間。

 

「はい。“カイザー・コンストラクション”がここに地下鉄を整備して、新しいショッピングタウンを建てるそうですよ。元々、寂れていた街なのでこれで地域の活性化に繋がると町長さんなどは喜んでいました」

 

 なお、鼻薬を嗅がされても、従わない住人などは容赦なく追い出していく。

 札束と暴力、その2枚看板がカイザーグループの売りである。

 

「先生はご反対ですか?」

 

 細めていた目を開き、チラリと舌を見せるカヤ。

 それは獲物を狙う蛇のようで、どこか緊張をほぐすために唇を舐めているように見えた。

 

「土地の売買はシャーレの管轄ではない。連邦生徒会で決めたのなら、ワシに何かを言う権限はない。それに、土地の再開発自体は悪いことではなかろう。思い出だけでは、飯は食えん。ただ……」

「ただ?」

 

 過疎化が進んで行くだけなら、土地の再開発に賭けるのも悪くない。

 理想だけでは食っていけないのは、扉間とてよく知っている。

 しかしながら。

 

「カイザーグループは信用出来ん。お前達も、いたずらに土地を売り過ぎるとそのうち乗っ取られかねんぞ。かつて、キヴォトス最大規模の学園だったアビドスの土地の大半は、現在はカイザーグループの所有地になっている。この意味が分からんお前ではないだろう?」

「……ご忠告感謝します。肝に銘じておきましょう」

 

 カイザーグループは信用できないのを扉間はよく知っていた。

 アビドスの土地を不自然に買い漁っていたのもあり、裏で何かを企んでいる可能性に思い当たる。

 

「だが、子ウサギ公園が買われるのなら、ラビット小隊がいつまでもあの場に居るわけにもいかんのも道理だ。ワシの方から別の場所でデモを行うように、それとなく勧めてみるとしよう。別にデモ活動はどこでも出来るからな」

「流石、先生! お話が早くて助かります」

 

 ラビット小隊の目的のためには、別に子ウサギ公園に居る必要は無い。

 デモ活動も、指名手配犯を捕まえるという手法になったため、滞在の理由は薄い。

 そう告げる扉間に、カヤはワザとらしく手を合わせてキャピキャピとした反応を取る。

 

「……このまま先生が、()()()()先生になってくれれば助かるのですが」

 

 しかし、それは表面上だけ。

 カヤの目は妖しく輝き、チロチロと舌なめずりをする。

 まるで、獲物を丸呑みにして、自分だけのものにしてしまう蛇のように。

 

「ワシはキヴォトス全土の先生だ。1人だけの先生にはなれん」

「分かっていますよ、ええ、冗談です……冗談ですよ」

 

 扉間の当然の反応に、カヤも笑って引き下がる。

 ねっとりと糸を引くような視線を残したまま。

 

「話は以上か? この後、子ウサギ公園による予定があるのでな。先程の件もある。少し早いが、今日はここで帰らせてもらうぞ。連れて来たアリウスの生徒と合流せんといかんしな」

「名残惜しいですが、仕方ないですね。それでは今日はありがとうございました」

 

 扉の向こう側に消える扉間を笑顔で見送る、カヤ。

 そして、完全に人の気配が無くなったのを確認して、声を出す。

 

「もう、入って来て大丈夫ですよ」

「……護衛として使う気なら、常に傍に居るように指示を出してもらわないと困る」

「まあまあ、2人きりの時間を邪魔されたくない乙女心というものですよ。察してください」

「武器に感情は不要。一考の余地もない」

「あらら、もう少し楽しい会話に付き合ってくれてもいいのですよ?」

 

 音もなく部屋に入って来た、()()の少女に冗談めかして言うカヤ。

 一方の狐耳の少女は、無表情のまま淡々と会話を続ける。

 

「それで、先生はあなた達の目から見てどうですか? F()O()X()()()の隊長、ユキノさん?」

 

 狐耳の少女、ユキノ。

 連邦生徒会を襲撃したFOX小隊の主犯である彼女は、少し目を閉じて考える。

 

「……隙が無い。前の時もそうだったけど、コーヒーを飲むときに匂いを嗅いでいるのは、毒が無いかの確認。明らかに私達(こっち)側の人間」

「つまり、私は信用されていないと?」

「さあ? ああいうのは、目の前の相手の信用度は関係ないから。自分で用意したもの以外は信用できないのは常識」

 

 ユキノの言葉に、少しカチンと来たような声を出すカヤ。

 しかし、ユキノは死んだ目のまま表情を動かさない。

 武器に感情は不要だとでも言うように。

 

「何にせよ、仲間に引き込みたいなら、もっと知る必要がある。下手に懐に入れたら、食い破られかねない」

 

 感情はない。だが、警戒心が無いと言うわけではない。

 むしろ、ユキノは扉間に最大限に警戒を示していた。

 

「クーデターの仲間にするか、それとも―――シャーレを廃絶するか。慎重に選ばないと滅びるのはこっち」

 

 SRT特殊学園の復活。

 その最大の障害がアリウスという武力を持つ、扉間になるのかもしれないのだから。

 

 

 

 

 

「うわぁん! トラップで足を取られてしまいました! もうダメです、このまま餓死するまで吊るされちゃうんですね……ああ、こんな人生なら最後にもっとチキンを食べていれば良かったです……」

「いや、するわけないだろ。侵入者を捕えるのが目的なだけだ」

「あ、ヒヨリちゃん…こんにちは」

「あ、こんにちは。今日もいい天気ですね、私には眩しくて目が痛いくらいです。逆さになってるせいで、直接太陽が目に入るからですかね?」

 

 子ウサギ公園にて、ラビット小隊のロープトラップにかかったヒヨリが木の上から逆さに吊るされている。

 扉間を嵌めるために、工夫を凝らして進化したトラップに引っかかったのだ。

 サキは少したるんだお腹をさらけ出すヒヨリに得意気に鼻を鳴らし、ミユは呑気に挨拶を交わす。

 

 ヒヨリのスカート?

 お腹を犠牲にして手で押さえているので、問題はない。

 

「ヒヨリ……お前、最近少したるんでいるぞ。鍛え直せ」

「お腹もたるんでるしね」

 

 そんなヒヨリの姿を見て、サオリは頭を抱える。

 ミサキも仲間がやられているにも関わらず、呆れた視線を送る。

 

「え、えへへ……最近色々と美味しいものを食べられるようになったので、ついつい食べ過ぎちゃうんです。この前はアイスクリームの5段乗せに挑戦しましたし……」

 

「サキ、このまま吊るしておきませんか? 何だか、無性に腹が立ってきました」

「奇遇だな、ミヤコ。私も同じ気持ちだったところだ」

「どうする? ついでだし、下から火で炙っとく?」

「ヒヨリちゃんの裏切り者(フライドチキン)……」

 

 そして、吊るされた圧倒的な不利な状況にも関わらず無意識に煽りをかます、ヒヨリ。

 未だに食の安定供給の無いラビット小隊は、このままチキンの燻製にしてやろうかと青筋を立てる。

 

「はぁ……普通の学園にしたいが、鉄火場に出すのに一切の訓練をしないのも問題か。校舎の掃除も終わったことだ。通常の学習に加えて、戦闘訓練(たいいく)もカリキュラムに組み込むか」

 

 扉間はたるんだヒヨリのお腹を見ながら、ちょっと甘やかしすぎたかと反省する。

 ヒヨリのたるんだお腹は、過保護にすると子供のためにならないことを雄弁に物語っている。

 

「サオリ、ナイフを貸してくれ」

「はい、校長」

「ミサキ、ヒヨリを頼む」

「……重いんだよね」

「あの……そこまで言われると、流石に傷つくんですけど?」

 

 サオリから借りたナイフをブーメランのように投げて、ヒヨリを吊るすロープを断ち切る扉間。

 ドサッと落下してきたヒヨリを、重たそうな顔をして受け止める、ミサキ。

 乙女としての尊厳が傷つけられ、ちょっと涙目になる、ヒヨリ。

 尊厳を気にして泣くのなら、お腹をさらけ出した時点で泣けと思わなくもない。

 

「ヒヨリが迷惑をかけたな。この()()()寿()()は迷惑料だ、受け取れ」

「本当はお前を吊るすために仕掛けた罠だ。別に要らない」

 

 ここに来る前に買ったいなり寿司を差し出す、扉間。

 だが、例の如くサキは首を横に振る。

 

「おっと、ナイフで限られた罠を壊してしまったな。物々交換という事にしてくれんか?」

「アビドスといい、お前といい当たり屋か!? 分かったよ! このまま断ったら今度は別のものを壊しそうだし」

 

 しかし、前日に引き継いでの物々交換の前に屈する。

 どうせ、断っても無理やり押し付けられるのが分かってきたのだ。

 

「お、いなり寿司じゃん。懐かしいねぇ」

「はい。学校があった時は、よく先輩に作ってもらっていましたね」

「……()()か」

 

 手渡したいなり寿司に対して、一切の拒絶を見せないモエ。

 そして、懐かしそうに目を細めるミヤコの会話を聞きながら、扉間はいなり寿司の売り子を思い出す。

 サオリ達も一緒に居たせいか、不自然な接触はなかったがピンクの狐耳の売り子は所作に隙が無さ過ぎた。

 まるで、24時間いつでも出動出来るようにしている特殊部隊のように。

 

(SRTから転校した生徒か? まあ、他校ならアルバイトぐらいは珍しくない…か?)

 

 もし本当に元SRTの生徒なら、ラビット小隊の説得に利用出来るかもしれない。

 そんなことを考えながら、扉間はいなり寿司をサオリ達にも渡す。

 

「いなり寿司……稲荷(いなり)は狐のことだと聞いたことがあるが、何故狐なんだ? まさか、この包みは狐の皮なのか?」

「へー、狐って美味しいんですね。今度狩りでもしてみましょうか」

 

 常識が無く、かつ生真面目なサオリがとんでもない勘違いをして、ヒヨリがむしゃむしゃしながらサオリ姉さんが言うならと納得する。

 というか、ヒヨリは少しは食べる量を抑えろ。

 

「えっと……油揚げは狐の好物だから……それで包んでいるから、いなり寿司…だと思います」

「狐って、油揚げ食べるの?」

「え? えっと…それは……食べる…んですかね?」

 

 そんなとんでもない勘違いを否定する、ミユ。

 ミサキはそんな彼女に、新たな疑問をぶつけるがそこまで詳しくないミユは目を右往左往させる。

 

「元々はネズミの油揚げらしいぞ。狐は食料を食い荒らすネズミが好物で、昔はネズミを食べてくれる狐への感謝のお供え物としてネズミの油揚げを出していたんだ。でも、時代が変わる中で、油揚げに変わっていったそうだ」

「おお、サキの教科書通りの知識も偶には役に立つじゃん」

「“偶には”、は余計だ、モエ!!」

 

 困っていたミユに代わり、何だかんだで知識が豊富なサキが答える。

 彼女は小学校や中学校の社会の教科書も、豆知識も含めて丸覚えしているタイプなのだ。

 

「ネズミか……肉は不味くないんだが、しっかり火を通さないと酷い目に遭うからな」

「あー、サオリ姉さん小さい頃一度ネズミに当たって1週間程寝込んだことがありますからね」

「あの時は、本当に死ぬかと思って心配した。まあ、ネズミって不衛生だからね。ゴキブリが餌だったりするし」

 

「すいません、ご飯を食べている時にそんな話をしないでもらえますか?」

 

 あの時は食べるものが無かったからなぁと、懐かしそうに語るアリウス組にミヤコがドン引きしながら声をかける。

 やめてくれ、アリウス。飯時にその話は食欲が失せる。やめてくれ。

 

「ほら、トビラマ先生も食べていないじゃないですか?」

「というか、1個も食べてないじゃん。もしかして、自分で買ってきておいていなり寿司が嫌いなの?」

「別にいなり寿司は嫌いではない。ただ――」

 

 先程から、子供達にいなり寿司を譲るばかりで1つも食べる気配のない扉間に、疑問の目が集まる。

 

 狐、すなわち九尾のことで思うことがあるのか。

 生前の扉間を知る人間ならそう思うかもしれない。

 

 

「―――いなり寿司が好物だった男が嫌いなだけだ」

「いや、どんだけその人のことが嫌いなのさ」

 

 

 まあ、実際の所はマダラの好物なのを思い出して、微妙な気分になっているだけなのだが。

 

 

 

 

 

「それで、今日は何の用ですか? アリウス学園の生徒まで連れてきて」

「仕事の依頼だ。アリウスの不得手な所を補って欲しくてな」

「私達はSRTであって傭兵ではありません」

 

 扉間の仕事という言葉にミヤコは当然の如く、拒絶の言葉を返す。

 

「……ですが、私達を騙そうとせずにストレートに仕事だと言ってくださったので、話だけは聞いてみたいと思います」

 

 しかし、その後に話だけは聞こうと譲歩を見せる。

 

「……まあ、飯代ぐらいは払うさ。ただし、やるかどうかは内容次第だからな!」

「力づくで言う事を聞かせようと思えば、幾らでもチャンスはあったしねぇ」

「さ、流石にいつも食べ物を貰うだけなのも……悪い気がしてくるので……」

 

 カレー、オレオォ! いなり寿司。

 既に、3回は餌付けをされたラビット小隊の警戒度は当初に比べて、大分下がっている。

 根が真面目なので、働いていない状況に罪悪感を覚え始めているのもあるだろう。

 彼女達は“所確幸(ニート)”とは違うのだ。

 

「すまんな。さて……どこから話すべきか。実は、つい先日“カイザー・インダストリー”から、アリウス学園に営業を持ち込まれてな。武器の購入をしないかと」

「ああ、あそこね。ブラックマーケットの企業だけど、ちゃんとした武器が届くよ。中古品もあるから、傭兵からはかなり利用されてるね。まあ、中古の品質はそれなりだけど」

 

 “カイザー・インダストリー”、アビドスのヘイトを一身に受けるカイザーグループの武器販売会社である。

 カイザーグループの企業なので、当然金にはがめつい。

 そして、子ウサギタウンの再開発に熱心な“カイザー・コンストラクション”と同じく、仕事熱心でもある。

 

 最近出来た新たな治安維持組織。つまり、武器が大量に使用される。

 しかも、公的機関ではないので、堂々とお金の取引が出来る。

 そうしたアリウスにビジネスチャンスを見出すのは、ある意味で当然と言えよう。

 

「……やけに詳しいですね、モエ? まるで、利用したことがあるような言い方で」

「いや、だって私はあそこのVVIPだし、色々売ったり買ったり……あ」

「そ、そう言えば、偶に細かな帳簿が合わないことがあったような……もしかして」

「横領か……仲間をこんなバカなことで、失うことになるとは思わなかったぞ、モエ」

 

 そして、SRT特殊学園が存続している時から、取引をしていたことがバレる、モエ。

 

「だ、誰も盗んだとは言ってないでしょ!? ただ単に買い物しただけだから! ミサイルとか! クラスター爆弾とか!」

「個人で必要になる範囲のものには思えんが…?」

「先生は知らないかもしれないけど、私は最新鋭の武器を好きなだけ振り回せるからSRTに入ったんだよ! それなのに、1年生に支給される武器だけで満足できるわけないじゃん!!」

「別に好きなだけじゃないだろ。そもそも、お前はいつも過剰なんだよ! 以前は任務中に商店街を半壊させたし!」

 

 お前よくそれでSRTに入学できたな、という理由をぶっちゃける、モエ。

 仮に彼女がゲヘナで育っていたら、温泉開発部のエースになっていたかもしれない。

 

「……話を戻してよいか?」

「あ、はい。すみません。モエの件は後で、じっくり問いただしますので」

 

 そんなモエに呆れた目を向けながら、扉間は話を再開する。

 今回の話はモエの力が必要なので、これは弱みにつけ込むチャンスかもしれないと考えながら。

 

「“カイザー・インダストリー”から武器を買うのは、まあ別に良いのだ。武器の安定供給は軍には必須だからな。ただ……カイザーグループは色々と信用ならんからな」

「あー……そう言えば、ついこないだもカイザーローンで横領の不正があったっけ?」

 

 武器会社と契約するのはいいが、カイザーグループは信用ならない。

 子供を殺すという選択を取る人間が幹部に居る。

 子ウサギタウンの件もきな臭い。

 正直、気になる要素だらけである。

 

「サーモバリック弾の不正製造もしていて、SRTの先輩方が捕まえていましたし」

「関係会社をしっぽ切りすることで逃げるから、本体が中々潰れないんだよな、あそこ」

「あ、悪の組織みたいな会社だよね……」

 

 ラビット小隊からの悪評に、アリウス組も安易に頷かなくてよかったなという顔に変わる。

 

「それで、カイザーグループが信用ならないなら、取引しなかったらいいんじゃないの?」

「まあ、話は最後まで聞け。“カイザー・インダストリー”はブラックマーケットにも根を張り、中古品も多く取り扱う。少し気になることもあってな。これを利用して、ちと罠をはってみようと思ってな」

「罠?」

「サオリ」

「はい、校長」

 

 扉間の呼びかけに応えて、サオリがあるものを懐から取り出す。

 それは手榴弾。

 しかし、ただの手榴弾ではないことにミヤコが気付く。

 

「それは…! サーモバリック手榴弾!? 禁止兵器のはずですよ、先生!」

「アリウスにはこれが今もゴロゴロと転がっていてな。購入自体は禁止される前のはずだ」

「だとしても、所持も禁止のはずです」

「まあ、そこの責任はベアトリーチェに押し付ける」

 

 ミヤコからの批判の言葉を、いつものようにベアトリーチェに押し付けながら、扉間は話す。

 アリウスに転がる禁止兵器が、問題になっているのだと。

 

「さて、ミヤコの言う通り禁止兵器の所有は問題になる。そこでだ。この機に厄介払いとして“カイザー・インダストリー”にサーモバリック手榴弾を回収させようと思ってな」

「……ものによっては、“カイザー・インダストリー”の製造したものもあるでしょうから、製造物責任法的には可能では?」

「それで? 結局、私達の仕事って何だ? 話が見えてこないぞ」

 

 要するに、製造会社に不良品を回収させるだけ。

 自分達の必要性が見えてこない。

 そう首を捻るサキに対して、扉間が告げる。

 

 

「サーモバリック手榴弾の中に探知機を仕込んで、その行方を追って不正の証拠を掴む。お前達にはその役目を頼みたい」

 

 

 “カイザー・インダストリー”に仕掛ける罠を。

 これがシロコにも受け継がれた『不正の証拠は見つけるものではなく、作るもの』という考えだ。

 

「探知機を仕込む? 何でだ?」

「先程も言った通り、カイザーグループは信用ならん。そんな奴らが禁止兵器を素直に処分すると思うか?」

「それは……そうだな」

「サーモバリック手榴弾はその威力故に、需要自体は必ずあるはずだ。中古だとしても、ブラックマーケットの傭兵なら買う可能性は高いだろう」

 

 金にがめつい人間が、売れば高値で売れる物をただで手に入れたらどうするか?

 もちろん、売り捌くだろう。

 故に、探知機を仕込んでサーモバリック手榴弾の行方を追うのだ。

 

「つまり、先生は“カイザー・インダストリー”がサーモバリック手榴弾を違法に売りさばく可能性を考えて、その証拠を押さえたいんですね?」

「きちんと処分するのならそれで良し。違法所持を続けるようなら、警察組織として捕らえる。こういう事こそ、SRTの正義だと思うのだが……違うか?」

「言ってくれるじゃないか…!」

 

 扉間の挑発的な台詞に、サキが思わず乗り掛かる。

 SRTの正義と言われれば、引き下がるわけにはいかない。

 

「でも、そこまで計画があるなら自分達でやればいいんじゃないの?」

「わ、私達じゃなくても、出来ると思いますし……アリウス学園のみなさんは凄い練度なので」

 

 しかし、モエとミユはどうして自分達がと不思議そうな顔をする。

 ヒヨリは吊るされてたるんだお腹をさらけ出すことになったが、それでもアリウスは精鋭だ。

 自分達に頼る必要は無い。そう考えたのだが。

 

「アリウス学園はな。電子戦、それと空中戦に弱いのだ。ドローンの扱いも不得手でな」

 

 扉間はアリウス学園の弱点をさらけ出す。

 

「すみません……校長」

「お前達のせいではない。電子戦は情報が命。お前達に外の情報を与えたくなかったベアトリーチェが、その部分を自分だけで独占したのが原因だ」

「ヘリに関してはアリウス自治区内ならともかく、外に出るのに地下空間(カタコンベ)を通るのには適さないので、みんな下手なんですよね……」

「ドローンも高いから触れる機会が無かったし……」

 

 全ては虚しい、と子供達に植え付ける際に外部の情報は有害。

 スマホはあるが、自治区外に出て無料WiFiなどを使わないとネットも見れない。

 そうやってベアトリーチェは意図的に情報を遮断して、ヴァニタス教育をしていたので、まともなオペレーターが育っていない。

 

 大体の学園が所持するヘリもカタコンベを通るのは至難の業なので、基本地上戦。

 ドローンなどの最新機器はお高いので、経験が少ない。

 ここら辺がアリウス学園の弱点なのである。

 

「特に今回の作戦は探知機の追跡がメイン。優秀なオペレーターの力が必要だ。そして、追跡するためのドローンやヘリを操る技術を持つ者達がな」

「なるほど……そこで私達に白羽の矢が立ったと」

 

 話が自分達に回って来た理由を理解して、瞳を静かに閉じるミヤコ。

 純粋にSRTとしてカイザーグループの不正を暴くと考えれば、信念に反することは何も無い。

 何もないなら、何もないで終わらせればいい。

 と、そこまで考えたところで。

 

「それともう一つの依頼だ。先程の依頼とは別に、先程言った弱点部分をお前達からアリウス生に指導してもらいたい。傭兵としてではない。SRT特殊学園の生徒として正式に()()()()()()()。それから、可能であればSRTの教本が欲しい」

 

 扉間からの、カヤの依頼も踏まえた追撃が来る。

 

「し、指導ですか? 先輩方ならともかく、私達はまだ1年生で未熟なまま……練度で言えば、アリウスの皆さんの方が優秀かと」

「確かに、私達は単純な戦闘ならお前達にも負ける気はない。だが、それは子供の頃からそれしかやって来ていないからだ。私達は国語も社会も理科も英語も習っていない。数学だけは戦闘に必要だから、やらされてきたがな」

「教科書もないので恵んでくださると助かります……」

「後、常識もないからね。私達の当たり前は外の当たり前とは別物だから」

 

 聞かされるのは、ベアトリーチェ時代のアリウスの闇。

 未熟なラビット小隊の知識でさえ、役に立つという酷い現実。

 それを改めて目の当たりにして、ミヤコは言葉を失う。

 

「教本はトリニティのはダメなのか? SRTのは特殊部隊のものだけあって、かなり戦闘に寄った特殊なものだぞ」

「トリニティのお古だと、また別の問題が出て来るのだ。いっそ、無関係な方がいい。それと純粋な学問に関しては……高校のものより、小学校や中学校のものから始めた方がいい。あの手のものは基礎知識がないと先に進めんのだ。アズサにも意見を聞くか……」

 

 サキの質問に扉間はどちらかというと、戦闘に特化している方が助かると告げる。

 足し算が出来なければ、掛け算が出来ないように勉強とは基礎からやる必要があるのだ。

 なので、基礎学問は高校の教科書よりも、それより下のものの方が要る。

 アズサが勉強に苦労しているのも、それが原因だ。

 

「お前達がどう思っているかは知らんが、SRTはエリートの巣窟。そこに入学出来たお前達の能力は他の生徒よりも高い。なにも教師になれと言っているわけではない。お前達の出来ることを教えてやるだけでいい」

「わ、私に出来ることなんて……何も…無いです…」

「“カイザー・インダストリー”の追跡はいいんだけど、教えるのはちょっとねぇ……自信が」

 

 ミユを除けば、ラビット小隊はなんだかんだ言って、自分の能力に自信を持っている。

 だが、人に教えるとなると怖気づく。

 教えるとは人の人生を決めることなのではないかと、無意識に考えてしまって。

 

「私は……追跡の依頼に反対はしません。ですが、指導の件は出来ません。私達もまだまだ学ぶことがある身。人に教えるには余りにも未熟です」

「私も同じ意見だな。教本に関しては……今持っているのならコピーしていいぞ。ディスクとかは本校に残っている。先生なら連邦生徒会と取引して取り寄せられるんじゃないのか?」

「私も聞かれたことを答えるぐらいはするけどさぁ……きちっと教えるのは先輩とかに頼んだ方がいいよ」

「わ、私に先生なんて……無理です」

 

 追跡の依頼は受けるが、教えるのは無理。

 それがラビット小隊の総意であった。

 

「そうか……まあ、無理は言わん。だが、教えるのは中々に楽しいものだぞ? 成長を見守るのは何物にも代えがたい喜びだ」

「トビラマ先生。私はあなたのような大人が嫌いですが……今は少しだけ尊敬しています」

 

 人を育てるのは楽しいぞと、笑顔で語る扉間にミヤコが僅かながらに尊敬の念を向ける。

 人の人生を背負う。その重みを僅かばかりにも考えたが故に。

 

 

 

(さて、指導の依頼を断った罪悪感で、“カイザー・インダストリー”の追跡依頼はスムーズに受けさせられたな。アリウスの指導の件と子ウサギ公園からの移動は、また別に考えるとするか)

 

 

 

 実は、扉間が追跡の依頼を受けさせるために行った、ドアインザフェイスだとは気づかずに。

 

 

 

 

 

「はい、それではこちらが領収書になります。毎度ありがとうございました! 今後ともご贔屓にお願いします!」

「ああ。それとサーモバリック手榴弾の処理を忘れずに頼むぞ? あれは禁止兵器ゆえな」

「はい、我が社が責任を持って処分いたしますので、ご安心ください。トビラマ先生」

 

 アリウスに残っていた大量のサーモバリック手榴弾を積んだトラックが、カタコンベ出入口の前に止まっている。

 今回は武器を一括購入する代わりに、サーモバリック手榴弾の処分費用をタダにして貰うという契約で、武器を購入したのだ。

 

 アリウスは邪魔なサーモバリック手榴弾をただで処理でき、カイザー・インダストリーは新たな客を手に入れることが出来る。

 そこまで珍しくもない取引。

 別に、どちらかが一方的に損をするわけでも得をするわけでもない。

 通常なら、そこで終わる取引。だが。

 

(くくく、今は手に入り辛いサーモバリック弾がタダで手に入るなんて、ラッキーだな)

 

 グレーゾーンを生きるカイザーグループが、そこで終わるわけがない。

 禁止兵器という肩書はプレミア感を出し、実像以上の値段に膨れ上がる。

 

 多重影分身という名前ならそこまでヤバそうに見えないが、禁術・多重影分身となると一気にヤバい術に見えるようなものである。

 更に、千手扉間考案のと肩書に加えると警戒度が10倍プッシュだ。

 マダラが単なる含み針でも、須佐能乎(すさのお)ガードを選択するぐらいである。

 

「こちらRABBIT1。ターゲットが『ローズ』を積みこむのを確認。RABBIT3、発信器の状態は?」

「感度良好、バッチシだよ。いつでも追跡可能だよ」

 

 故に、どこに持ち運ばれるのかを確認する必要がある。

 それを明らかにするために、兎達は静かに動き始める。

 自分達の力を証明するために、そして何より。

 

 

「了解しました。それでは只今より『ローズ作戦』を開始します」

 

 

 綺麗なバラ(うまい話)には棘があると、カイザーに教えるために。

 




この小説におけるカヤちゃんのモチーフは大蛇丸とダンゾウ。

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