千手扉間のブルーアーカイブ   作:トマトルテ

48 / 112
48話:監査

「ヴァルキューレだ! 手を上げろ!!」

 

 便利屋68の事務所にカチコミをかける、尾刃(おがた)カンナ率いるヴァルキューレ公安局。

 シャーレの闇を担う暗部。その中核である陸八魔アルを捕まえに来たのだ。

 そもそもが指名手配犯なので、何の後ろめたい気持ちもなく銃を向けられる。

 だが。

 

「……もぬけの殻か。私達の動きを察知して、逃げたのか? それともダミーの事務所か?」

 

 チラシに載せられた便利屋68の事務所に辿り着くが、そこには誰一人としていない。

 それどころか、生活感がなく必要なものは粗方持っていかれたような空気。

 引っ越し後の部屋を思わせる閑散さが溢れ出ている。

 

「全員、手分けして捜査をしろ! 取引情報が必要だ。他にも何か目ぼしいものがあれば、報告しろ」

「はい、局長!」

 

 まさか、自分達の襲撃を先に察知して逃げたのかとカンナの脳内に不安がよぎる。

 今回の作戦は、カヤから命令を受けた後にすぐさま行われたものだ。

 具体的には、カヤがジェネラルと取引をして数時間後。

 午前から午後に変わるぐらいの時間しかない。

 

「ダメです、局長。重要そうなものはありません」

「そうか……やはり、ダミーの事務所か?」

「しかし、局長。ゴミ箱にはコンビニの菓子パンのゴミがありましたよ」

「賞味期限は?」

「明後日です。他にも机の一部分だけ日差しが当たっていなかった跡があります。恐らくは、長く本等を置いていたのかと」

「……今日、最低でも昨日にここに立ち寄ったのは間違いないか。そうなると、意図的にシャーレとの繋がりを隠したと見るべきだな」

 

 ダミーで用意された事務所かと思うが、ここで生活していた痕跡がある。

 その事実に、カンナは唇を噛みしめる。

 

「マズいな……」

 

 つい先日までここを使っていた。

 しかし、ヴァルキューレが来るときにはもぬけの殻。

 ここから、導き出される情報は1つ。

 

(ヴァルキューレの情報が漏れている…!)

 

 そう、カンナ達の動きがどこからか漏れているという事。

 すなわち。

 

 

(裏切り者がヴァルキューレ内に居る…?)

 

 

 ヴァルキューレ内部に、既にシャーレの息のかかった生徒が居るという事だ。

 

(誰だ? 今回の作戦は公安局にしか伝えていない。そうなるとこの中か? いや、情報統制はしていない以上、ヴァルキューレ内部なら誰でもおかしくはない。トビラマ先生と関わりのある生徒は……いないはずだ。だが、今まで秘密裏に便利屋68と繋がっていた先生なら、隠し通して密偵を置いている可能性は否定できない)

 

 味方の士気に関わるので、裏切り者が居るとは口にはしないがそれでも考えてしまう。

 ヴァルキューレという警察組織に裏切り者など居るはずがない。

 そう、無邪気に口に出来るのならよかった。

 

(身内が信用できない…!)

 

 だが、カイザーグループと賄賂での繋がりがあるなどの汚いことをしているのは、カンナも良く分かっている。

 故に、身内ですら信用できない。

 カイザー以外にも、シャーレと繋がっている裏切り者が居る可能性を排除できない。

 むしろ、居て当然だとすら考えてしまう。

 

「……建物の管理者に問い合わせろ。9割方無いだろうが、引っ越しという可能性もある。次のアジトが分かるかもしれない」

「承知しました!」

 

 部下に情報を探らせながら、カンナはなおも考える。

 

(裏切り者が居るとすれば、シャーレに手を貸して得をする奴だ。そして、トビラマ先生がキヴォトスに来た時期から逆算すれば、最近ヴァルキューレに入った人間が怪しい……まさか――)

 

 そして、ある可能性に辿り着く。

 最近ヴァルキューレに何食わぬ顔で参入した新参で、扉間に手を貸すメリットがある者。

 

 

(―――SRT特殊学園から編入してきた奴らか?)

 

 

 SRT特殊学園の編入組である。

 

(トビラマ先生が最近行っている活動は、どれもSRTの閉鎖を取り消すためのもの。昨日の声明で、わざわざSRT特殊学園の名前を出したのも、それが理由のはず。編入生がラビット小隊とは別に、裏で復興のために動いているとしたら? いや、そもそも連邦生徒会長が選び、後釜になった先生ならキヴォトスに来る前からSRTの生徒と繋がりがあっても、何もおかしくはない)

 

 寒気が走る。冷たい汗が背中を伝う。

 一体どこから? 一体いつから?

 SRT特殊学園の閉鎖すら計画の内で、ヴァルキューレ内部に間者を送り込むためだったのでは?

 汚職に塗れた自分達(ヴァルキューレ)を裁くために。

 後ろめたい事柄を抱えるが故に、カンナの心は疑心暗鬼に囚われる。

 

(何故そんなことを……とは、言えないな。先生であろうと連邦生徒会長であろうと、私達を裁く理由はいくらでもある)

 

 SRT特殊学園は連邦生徒会長が居た時に、カイザーのサーモバリック弾の製造を突き止めている。

 要するに、カイザーとは敵対関係にある。

 裏金でひっそりと繋がっているヴァルキューレとは違って。

 

「罪には罰が下る……当然のことだな」

 

 カンナの心に残った正義感が諦めろと告げて来る。

 悪を裁くために入ったヴァルキューレで悪行を重ねる。

 そんな生活に疲れ果てて、さっさと断罪の刃を受け入れるべきだと。

 

(だが……それをしても得るのは自己満足だけ。部下達はどうなる? 汚職をして金を稼がねば装備も満足に揃えられない現状で、綺麗ごとを貫いて何になる? むしろ、真っ当に困る市民すら助けられなくなるんじゃないのか?)

 

 しかし、理性はそれを拒む。

 ヴァルキューレに金が足りないのは、つい最近というわけではない。

 カヤが防衛室長になる前から。カンナが下っ端の頃から。

 

 ずっと足りないものだらけだ。

 故に、カイザーを金で見逃す代わりに、それ以外を片付けられるようにした。

 ヴァルキューレが潰れて100の犯罪を見逃すより、汚い手で70の犯罪を解決して、残りの30を見ないフリをする方がマシだろうから。

 

「局長! 事務所の管理者から確認が取れました。やはり、管理者も何も知らされていないようです。不動産会社にも当たりましたが、どこにも新しい事務所を求める話は来ていないようです」

「やはりか……ご苦労。今から部隊をA・Bの2つに分ける。A部隊は念のため、このままここに残って、情報が残されていないか調査しろ。B部隊は私と一緒に――」

 

 誰も便利屋68の行方は知らない。

 まさに闇に溶けるように、地面の下の根に帰るように姿をくらました、陸八魔アル。

 恐らくは、もう彼女を追っても何も掴めないだろう。

 そう判断したカンナは次の行動に出る。

 

「―――シャーレに行くぞ」

 

 敵の本丸。

 カイザーの要望通りに、そこに踏み込んでいくしかない。

 例え、どんな罠がそこに仕掛けてあったとしても。

 例えそこが、扉間(かいぶつ)の巣穴だったとしても。

 

(先生、もしも私の手が綺麗だった時に、あなたに助けを求めていれば……いや、無意味な考えだな)

 

 汚い裏があっても、生徒を見捨てはしないシャーレの先生。

 表面上だけは綺麗だが、裏では生徒を見捨てることもするヴァルキューレ。

 果たして、どちらが正義なのか。

 

(如何なる理由があろうとも、この道を選んだのは私だ。せめて最後まで……歩きぬくさ)

 

 答えの出ない問い(分かり切った想い)を胸に、カンナは便利屋68の事務所から出て行くのだった。

 

 

 

 なお、ここまでのカンナの考察は扉間とアル達からすると『知らん…何それ…(こわ)…』である。

 

 

 

 便利屋が事務所から消えたのは、家賃が払えなくなるという理由での夜逃げだ。

 依頼も失敗して、大爆発まで起きてしまったので慰謝料を請求される前に仕事に必要なもの(顧客情報)と貴重品を持って逃げたのである。

 因みに、今は呑気に野宿する公園を探している所だ。

 

 キヴォトスに来る前からの扉間とSRT特殊学園の繋がり?

 浄土に(死んで)いたんだから、無理に決まってるだろ。

 

 

 

 

 

「監査か? 構わん。権力を握る者は常に監視されておくべきだからな」

「ご協力感謝いたします、トビラマ先生。わざわざ、ブラックマーケットから戻ってきてくださって助かります」

 

 所変わって、シャーレの執務室。

 一時的に占領地から戻って、堂々とした様子でカンナ達公安局を受け入れる扉間。

 そんな、何も悪いことはしていませんけど? な、態度の扉間にカンナは不気味さを覚える。

 

「先日のブラックマーケットでの火災の件でお忙しい所、申し訳ございません。ヴァルキューレとしてはともかく、私個人としては先生の行動を支持しています。ですが、監査とは抜き打ちでやってこそ意味があるものです。何卒、ご理解のほどよろしくお願いいたします」

 

 一体、自分は何を言っているのだろうかと、思わず内心で自嘲しながらカンナは表向きの理由を述べる。

 本当の理由は、カイザーに扉間への起死回生の一手を探してこいと言われただけなのに。

 

「そう、畏まる必要は無い。警察機関が相手に遠慮しているようでは、真実も掴めんだろう。こちらとしても、しっかりとした監査を受けて白と言って貰えた方が、後々助かる」

「そう言って頂けると助かります……お前達、予定通りに監査を行え」

「「「はい!」」」

 

 事前の予定通りに徹底的な調査を行う部下を見ながら、カンナは扉間の方をもう一度見る。

 まるで、今日この日に監査が来ることを知っていたかのように、動揺が無い。

 

(やはり…内通者か…! これは一筋縄ではいかなさそうだな)

 

 ヴァルキューレ内部に扉間の手のものがいるという考察通りであれば、この落ち着きようも頷ける。

 便利屋68の事務所のように、何の証拠も残していない可能性が高い。

 

(カヤの部下か。ワシに随分と好意的だとは思っていたが、しっかりと仕事と個人での線引きが出来ているようで何よりだ)

 

 なお、カンナの勘違いなので、扉間は普通に監査として対応しているだけだ。

 むしろ、内心でちゃんと権力の暴走を防いでいて偉いなとすら思っている。

 まさにアンジャッシュ状態である。

 

「領収書などは保管してありますでしょうか? また、収支報告書などは?」

「紙とデータで保管してある。確認してくれ」

 

 便利屋との取引履歴が無いか。

 シャーレの金の出入りを確認してみるが、やはりと言うべきか何も出てこない。

 しっかりと、使用場所と使用用途が記載されている。

 

「………計算上は間違いないですね。データと領収書の写真を撮っても?」

「構わん」

 

 因みに、これは当然()()()()の記録である。

 扉間個人の家計簿などは別だ。

 

(ワシ個人の方は少々問題があるが、そちらはアリウスに置いてある以上問題なかろう)

 

 アビドスと便利屋に焼肉を奢ったり、アビドスチャンネルに投げ銭をしたり、『廃墟』に行くために便利屋を雇ったり、ペロロ博士のぬいぐるみを買ったりなどは、扉間のポケットマネーから出している。

 公的な機関の記録として残すと面倒だからだ。

 貯金? 老い先短い老人には最低限で十分だろう。

 

「……因みに、アリウス学園の校長としての記録などは?」

「アリウスはあくまでも独立した学園だ。リン曰く、そこまでするのは連邦生徒会の内部干渉ではないか? まあ、お前達がアリウスを調べようとするのを、止める気はないがな」

「……出過ぎた真似でしたね。忘れてください」

 

 当然、カンナも扉間にはもう一つの顔があることを知っている。

 だが、扉間自身の家や口座を調べるには、何らかの罪で捜査令状を出すしかない。

 そして、アリウスに関しては独立した学園なので連邦生徒会長の強権でもなければ、()()()()だけでは調べられない。

 シャーレはあくまでも、同じ連邦生徒会内の内部監査なのだ。

 

(こんな時、私達にSRT特殊学園と同じ権限があればな……)

 

 かつてであれば、こういうのはSRT特殊学園の仕事だったが、今はもうない。

 いや、正確にはラビット小隊が残っているが、カンナ視点だと完全に扉間の支配下である。

 さらに言うと、アリウスは引き篭もりのプロなので、ヴァルキューレではカタコンベが突破できないのだ。

 

 監査? 許可は出してるけど、なんか来ないよね。()()()()()()()()()()

 

 こんなお惚けが通用するのがアリウスの立地である。

 

「局長! 粗方、調べてみましたがおかしな所はありませんでした! 後、整理整頓が行き届いていて、調べやすかったです!」

「そうか、分かった……しっかりと、管理されていらっしゃるようですね、先生」

「昔取った杵柄が活きたようだな」

 

 相も変わらぬ、後ろめたい事など何もないと言った表情の扉間。

 それに対して、やはり便利屋68との繋がりは完全に隠されたかとカンナは内心で、溜息を吐く。

 まあ、そもそもシャーレと便利屋は大して繋がりが無いので、元々証拠など存在しないのだが。

 

「これにて監査は終了です。お忙しい所、ご協力下さりありがとうございました」

「構わん。これからも、公務に励んでくれ。相談して貰えれば、シャーレとして協力することもあろう」

「その時はよろしくお願いします」

 

 こうして、ヴァルキューレ公安局によるシャーレの抜き打ち監査は、終わりを迎えるのだった。

 

「……ところで、話は変わるのですが。先生は便利屋68という集団はご存知ですか?」

「便利屋68…だと?」

 

 だが、調査に対する熱意から異常なまでの聞き込みを行い、“狂犬”と名付けられたカンナはここでは終わらない。

 監査でダメなら、徹底的な聞き込みから証拠を嗅ぎ分けるだけだ。

 

「ええ、何でも凶悪な犯罪組織で、最近ブラックマーケットで暴れているそうです」

 

 まさか、昨日の件がバレたか?

 いや、しかし、あれはモエの自爆みたいなものだったはず。

 そう、内心で考えながら扉間は黙ってカンナの話を聞く。

 

「あくまでも噂の段階ですが……昨日の火災は便利屋68が起こしたものだとか」

「………何の話だ? 何なんだ?」

 

 カンナとしては、便利屋と扉間は繋がりがあると思っているので、これは反応を見るためのジャブだ。

 だが、扉間としては何でそうなってるのか理解できずに、ひたすら困惑の表情を浮かべる。

 これがSRTのマッチポンプだと言われれば、少しは動揺していたかもしれないが、便利屋と言われたら本気で知らないとしか言えない。

 

「どうやら、知らないようですね。失礼しました」

 

 そんな困惑する扉間の表情を見て、腹芸も完璧だなと思いながらカンナは尋問を止める。

 後は、地道に周りの人間に聞きこんでいくしかないだろうと、勘違いしながら。

 

「最近は何かと物騒ですので、家の戸締りにはお気を付けください、先生……では、失礼いたします」

 

 そう結論付けて、カンナは部下を引き連れてヴァルキューレへと帰還するのだった。

 

 

(便利屋があそこに居たことを知っているのは、ワシとラビット小隊。そして、倉庫警備として雇っていたカイザーだけ……なるほどな。子ウサギ公園の件といい、“所確幸”の排除といい、やはりヴァルキューレとカイザーは繋がりがあるようだな)

 

 

 扉間にある種の確信を与えながら。

 

 

 

 

 

「それで、シャーレの監査はどうでしたか? カンナ」

 

 ニコニコとした表情のまま、蛇のように睨むという器用な顔でカヤがカンナを見る。

 これがパワハラの極意である。

 

「……何の成果も得られませんでした」

「何も? おかしいですね。公安局というヴァルキューレのエリートが。“狂犬”の異名を持つ尾刃カンナが。分からないことが分かったという報告すら出来ないとは……言いませんよねぇ?」

 

 直接的な罵倒は言わない。

 ただ、ねっとりと蛇が相手を締め付けて呼吸をできなくするように、カヤは追い込む。

 

「……失礼しました。便利屋68の事務所は既にもぬけの殻。シャーレとの繋がりを示す痕跡も見つかりませんでした。情報を持って夜逃げしたと思われます。そして、シャーレの監査においても、便利屋との繋がりを示すものはありませんでした。また、その他の事項もおかしいものはなく、非常に健全な状態でした」

「流石は先生ですね。こちらの動きは全てお見通しですか……腹立たしい程に完璧ですねぇ」

 

 カイザーから依頼された情報は何一つとして見つからなかった。

 そう告げるカンナに、カヤは流石は私のトビラマ先生だと頷く。

 実際の所は、繋がりとかないから見つけようがないだけなのだが。

 

「その……便利屋は昨日までは事務所に居たのが、消えていました。これは恐らく……」

「内通者ですか……あり得ないとは言いませんよ。そもそも、ヴァルキューレと言えど連邦生徒会長(あの女)の配下の一部でしかない。以前から紛れ込んでいたとしても、不思議ではありません」

 

 そして、便利屋のあまりにもスムーズな夜逃げに、居もしない内通者の存在を疑う2人。

 2人とも自分達が疑われる理由があるのは、自覚しているのでそこに疑問を持たない。

 自分達がやっているのだから、相手も何かしらやっているだろうと疑心暗鬼になっているのだ。

 

「こういうのも何ですが、私は最近ヴァルキューレに編入してきた生徒が怪しいと思っています」

「元SRT特殊学園の生徒が怪しいと?」

「元からいた部下なら、ある程度出来る出来ないは分かります。ですが、編入生はノーマークです。何より、SRT特殊学園は連邦生徒会長の私兵。後継者に近いトビラマ先生に、直接の指揮権が移っていてもおかしくはないかと」

「一理ありますね……ですが、それは私の方で聞いておきましょう」

 

 元SRT特殊学園が怪しい。

 そう告げるカンナに、カヤはうっすらと目を開けてこの話を聞いているだろう、フォックス小隊の方を見る。

 後で、問いただす必要があるなと考えながら。

 

「それで、他に何か情報はないのですか? 余りにしつこい聞き込みから“狂犬”と呼ばれるあなたに頼んだのは、そういう意味もあるのですから」

 

 他の情報は何も無いのかと、人差し指で机を叩きながらカヤは笑う。

 ちゃんと仕事して来たんだろうなと、圧をかけながら。

 

「ほとんどが噂に近いものばかりでしたが……それでよければ」

「構いませんよ」

「生徒のことを必ず助けてくれる理想の先生。私服が和服な点や緑茶好きな点から、百鬼夜行と何か関わりがあるのではないか。忍術を使う忍者ではないのか。殺しても蘇る不死身の術を持っている。元は外の世界で軍人をやっていた。川魚が好き。甘いものが苦手。兄弟がいる。キノコ料理を良く買う。毎日、ランニングなどをしている。結構な年齢ですが、未婚を貫いている」

「ふむふむ、未婚ですか」

 

 知っているものから、あり得ないだろと言いたくなるような噂まで。

 片っ端からカンナの集めた情報にカヤは黙って頷く。

 

「後は……メイドプレイが好きという噂が」

「……メイドプレイ?」

「はい……メイドプレイです」

「…………」

「…………」

 

 メイドプレイという単語に気まずい空気が流れる。

 もちろん、扉間がメイドプレイが好きという事実はない。

 ただ単に、メイド服姿でご主人様と呼ぶアスナが訪ねて来たせいで、広まった噂だ。

 

「ま、まあ、あくまでも噂ですので……」

「そ、そうですね。それに別に犯罪ではないので……はい」

 

 気まずい空気をごまかす、カンナとカヤ。

 援助交際などの犯罪ならともかく、単なるプレイ。

 犯罪ではないので、咎められる理由はない。

 

 悪い、やっぱつれぇわ。

 親のプレイを覗いてしまったような、気まずさが辺りを包む。

 

「そ、それでは、報告は以上になります。私はこれで」

「あ、はい」

 

 何とも言えない空気から逃れるために、カンナは撤退を図る。

 カヤも嫌味で引き留めることも出来ずに、そのまま撤退を許す。

 

「………メイド服ですか」

 

 カンナが出て行って、静かになった部屋でポツリとカヤが零す。

 そして、ガラスに映る自分の姿を見つめる。

 

「先生をこちらに引き込むのに使えますかね?」

「もしも、私達にメイド服を着ろと言うのなら、そこで私達の関係は終わることになる」

「あなた達に着てもらうとは言っていませんよ? それに、ミレニアムのC&Cは正装がメイド服らしいですよ」

「よそはよそ、うちはうちだ」

 

 ユキノがまさか私達FOX小隊に着せるつもりじゃないだろうなと、嫌な顔をしながら現れる。

 

「……いや、待てよ。そのメイドプレイというのは、それこそC&Cのことじゃないのか?」

「ああ、それもそうですね。先生はミレニアムとも親交がありますからね。恐らくは、そこから噂が発生したのでしょう」

 

 そう言えばと、ポンと手を叩くカヤ。

 どうやら、彼女の中での誤解は解けたようだ。

 

「それから……先程のカンナの話は聞いていましたか? 内通者、その存在を」

「……先日のラビット小隊の件もそうだが、一度解散した以上は別に私達SRTは一枚岩じゃない」

「連邦生徒会長の指示を受けている可能性は? もちろん、あなた達も含めて」

 

 そこから話は内通者(笑)の存在に移る。

 今、FOX小隊がカヤの傍に居るのも、全ては連邦生徒会長の罠の可能性すらあるのだ。

 カヤの瞳が疑心暗鬼に染まる。

 

「連邦生徒会長の指示で動けているのなら、最初からそっちの指示には従わない。潜入捜査にしても、SRT特殊学園そのものを閉鎖して動くのは、どう考えてもやり過ぎだろう」

「………そうですね。いえ、今のは忘れてください」

 

 だが、ユキノからすれば連邦生徒会長がちゃんと居るのなら、こんなことはしてないので強い言葉で否定する。カヤの方も、それ以上追及して関係を悪化させたくないのか、黙って引き下がることにする。だが、疑いは決して消えない。

 お互いが相手の(はらわた)を探り合う、信用関係に罅が入る。

 

 これも全て、陸八魔アルの功績である。

 

「話を変えよう。先程、先生をこちらに引き込むと言ったが……ついにその気になったのか?」

「はい。便利屋との繋がりは見つけられなかった。なら、別の手をと……そもそも、私達とカイザーに敵対しない方を向いてもらえば良いんです」

 

 便利屋とシャーレの繋がりは見つけられなかった。

 このままでは、カイザーの扉間の動きを止めてくれという依頼を達成できない。

 しかし、カイザーの不正を明るみに出さない方法は他にもある。

 そう、扉間も含めてグルになればいいのだ。

 

「SRT特殊学園の復興を約束してもらえるのなら、私達は構わない……だが、相手側が受け入れるかの話は別だ。弱みを握るか、恩義で縛るか、どちらかが必要だろう」

「そうですねぇ。弱みは見つからなかったので……恩ですね。ラビット小隊の件は既に浮浪者の排除で終わっていますし……何かないでしょうか」

 

 何か手を貸すチャンスでもあれば、話は楽なのだがと考えるカヤ。

 

「あなた方には何か案が無いですか?」

「待て……人だ」

 

 一応、FOX小隊にも話を聞こうとするが、ユキノは音もなく姿を消す。

 その数秒後に、荒っぽくドアがノックされる音が部屋に響く。

 

「? どうぞ」

「失礼します! 緊急事態です、室長!」

「カンナ? 何事ですか?」

 

 現れたのは、先程気まずい顔をして出ていったはずのカンナ。

 だが、今の表情は切羽詰まったものとなっている。

 

「ブラックマーケットにて、大規模な暴動が発生。ブラックマーケットを占領するエデン条約機構(ETO)への反乱と考えられます」

「……はぁ、まあブラックマーケットの住民が反抗するのは、先生も予想の範囲でしょう。それに、ブラックマーケットは私達の管轄外。何も焦ることはないのでは?」

 

 カンナの報告にも、別にこちらが困ることは何もないだろうと返す、カヤ。

 しかし、カンナは首を横に振る。

 

「いえ、今回の暴動の首謀者が問題なのです。首謀者は――」

 

 暴動そのものではなく、暴動を起こした人物が問題なのだと。

 

 

 

「―――狐坂(こさか)ワカモ。災厄(さいやく)(きつね)です」

 

 

 

 かつて捕らえた宿敵の名前に、陰に潜むFOX小隊は音もなく息を呑むのだった。

 

 

 

 

 

「うふふふ、この中にお上品なエデン条約機構(ETO)の方々へ、ブラックマーケットの流儀を教えて差し上げるのが、迷惑だと思われている方がいらっしゃいますか?」

 

 カヤに報告が向かう数十分前。

 ブラックマーケットの多くの不良や、マーケットガードを前に1人の美少女が演説を行う。

 絹のような黒い髪に、ヒョウの様にしなやかで妖艶な肢体。

 絶世の美女を思わせる色気のある声は、しかし狐のお面でくぐもる。

 

「自分達の土地をシャーレに我が物顔で荒らされて、日和(ひよ)っていらっしゃる方はいますか?」

 

 だが、その声は自分達の家を扉間達に踏み荒らされて、くすぶっていた火種を燃やすには十分。

 ブラックマーケットの住人達の不満と怒りが、一匹の狐に煽られていく。

 まるで、なだらかな水面に石を投げ込んで、波を引き起こす様に。

 

「いませんよねぇ!?」

「「「「うぉおおおおおッ!!」」」」

 

 乗るしかないこのビッグウェーブに。

 災厄の狐、狐坂(こさか)ワカモに扇動されたブラックマーケットの住民が雄叫びを上げる。

 それは戦乱の開始を告げる狼煙(のろし)だ。

 

「では、見せつけて上げましょう。()()()()()底力を。エデン条約機構(ETO)に、アリウスに、SRTに、そしてシャーレの先生に!!」

 

 ワカモに煽られた軍団が、火災現場に陣取る扉間達の下に向かっていく。

 彼らにはやる気がある。根性がある。使命感がある。

 だが、力が足りないので時間はかかるがいずれは鎮圧されるだろう。

 

「狐のおねーちゃんすごいね! カッコいい!」

「うふふ、あなたは本当に切ない程に愛らしいですわね……さて、ここは危ないから、もうお帰りなさい。あなたが()()()()のおじさんから、シャーレの先生に届けるように言われたものは(わたくし)が届けて差し上げますので」

「うん、ありがとうね! 狐のおねーちゃん!」

 

 そして、それは他ならぬ扇動者であるワカモには良く分かっていた。

 故に、偶々見つけた利用されそうになっていただけの、純粋な幼女の頭を撫でながら笑う。

 趣味と実益を兼ねた彼女の目的は1つ。

 

(では、せいぜい囮役を頑張ってくださいませ、ブラックマーケットの方々。(わたくし)がシャーレの先生に()()()()()を届けるまで)

 

 ()()()仕込まれたぬいぐるみを扉間に渡すことだ。

 

 




サプライズワカモ。
先生に一目惚れしてないワカモって、趣味でテロするヤバい娘だよねって話。

感想・評価お願いします。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。