千手扉間のブルーアーカイブ   作:トマトルテ

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カルバノグの狐編
51話:グレーゾーン


 

「やあ、先生。久しぶりだね? ミカやナギサと違い、私はまだ自由に動かさせては貰えなくてね。白衣の天使の寵愛にも困ったものだ。まあ、今はその天使も君の要請した火事場への救護へと向かっているから、私はこうしてゆっくりと羽を伸ばすことが出来るのだが。と言っても、私には彼女達と違い羽がないのだがね、ハハハ」

「セイア、前置きが長い」

 

 カイザー理事との交渉(物理)を終えた扉間は、休む間もなく今度はトリニティに呼び出されていた。

 向かった場所は、セイアの病室。

 体調が悪化したので、見舞いに来たというのが表向きの理由だ。

 実際の所は、元気にお紅茶をしばいているが。

 

「仕方ない。先生は退屈な病人生活に吹き込んだ、爽やかな……と言うには少々強すぎる風だが、大人しく窓を閉めて話をするとしよう。他の者の声が入って来ないようにね」

 

 セイアの病室に呼び出した理由は、秘密裏に会談するため。

 ここなら、誰にも話を聞かれる恐れはない。

 

「さて、それでは本題に入るとしよう。先生の要請に従い、エデン条約機構(ETO)から兵力を出したのは当然知っているだろうが……ある意味で敵のハッキリしている現場とは違い、会議場は乱れに乱れていてね。会議は踊る、されど進まずという状況さ。おかげで、ミカがナギサの代わりにトリニティ領内を抑えるために、緊急で戻ってくるはめになったしね」

「………ゲヘナとトリニティの間で何か揉め事か?」

「ご名答。エデン条約機構(ETO)で占領したブラックマーケットの土地。その後始末を如何にするかで揉めているのさ」

 

 セイアの語る問題は連合軍の占領問題。

 敵地を占領したのはいいが、戦後にそこを治めるのはどちらの国かという問題。

 まあ、よくある問題だ。

 

「知っての通り、今回の場所はトリニティの近郊。だが、ゲヘナとて兵力を出した以上は見返りを求める権利はある。そのため、トリニティに組み込むのは、少々難しいという結論に達したナギサは共同統治の案を出した」

「共同統治?」

「そう。どちらの領地にも属さない、真の意味でのエデン条約機構(ETO)に相応しい本拠地。その場所を今回占領した場所に作ろうとゲヘナ側に提案したんだ」

 

 元々、連邦生徒会も放置していた土地。

 2校で管理しても、誰も文句は言わないだろうという考えでの提案。

 ブラックマーケットの住人は犠牲になったのだ。

 エデン条約機構(ETO)の本拠地、その犠牲にな。

 

「そして、ゲヘナ側も一応は受け入れる姿勢を示したのだが……問題はここからだ。マコトが吹っ掛けて来てね」

「マコトは何と?」

「『エデン条約機構(ETO)の本拠地がトリニティ側にあるというのは、我がゲヘナ学園ではなく、トリニティがエデン条約機構(ETO)の盟主のように感じられ誠に遺憾である。それに現実問題としても、ゲヘナ側の問題に緊急出動が出来ないのは不平等ではないか? しかし、この土地を管理するとなれば、そちらの意見が優れていることも分かる。故に、ゲヘナ側は本拠地の維持費をトリニティ側が多分に負担することを要求する』」

 

 如何にも仰々しいといった喋り方で、マコトの真似をするセイア。

 これが緊急時で無ければ、扉間も笑っていたかもしれない完成度だ。

 

「それで? マコトはトリニティにいくら出せと?」

「その割合、なんと10割。もちろん、本拠地を利用する権利自体は100%享受するつもりだ」

「随分と吹っ掛けて来たな。ここから、交渉で下げることを考えても……7割は負担させるつもりだな」

 

 お前達の方が近いんだから、全額負担しろよ。

 清々しいまでの態度で言い放つマコトは、それはもういい顔をしていたそうな。

 

「まあ、通常ならこちらも無理に交渉には乗らないのだが……悲願のエデン条約機構(ETO)を破綻させたくないナギサ。そもそも、エデン条約機構(ETO)が破綻しても良いマコト。そのせいで中々に交渉が難航していてね」

 

 ふう、と息をついて再び紅茶を飲むセイア。

 自分自身が交渉の場に立つことの出来ない、歯がゆさもあるのかもしれない。

 

「それにトリニティ側でも、エデン条約機構(ETO)の本拠地にするのはどうかという意見が出てきている。先日の狐坂ワカモ率いる大規模な暴動。あれが、ブラックマーケットの本質だ。舐められたら戦うという蛮族的思考、本拠地化した後も暴れる可能性が高いというのは、無視できない意見だ」

 

 ワカモが煽ったとはいえ、占領しても即座に暴動を起こしたのは事実だ。

 これからも、ことあるごとに暴れるのが目に見えている。

 さらに言えば、目に見えない嫌がらせはもっと多いだろう。

 

「マコトも、遠く面倒な土地の管理などしたくないというのが本音だろう。あの地帯は現状、火薬庫のようなもの……いや、実際に二重の意味で大爆発炎上した火薬庫だったね。正直に言って、手に入っても手放しで喜べないのはこちらも本音だ」

「ふむ……それで、言い出しっぺのワシにお鉢が回ってきたと?」

「その通りだよ。元々、私達は先生の声明に従って動いたんだ。ここは先生の鶴の一声で、問題を解決して欲しいというのが私達の偽らざる本音だよ。マコトとて、最初の声明で先生の要請に協力すると言った以上は、先生の意見には耳を傾けざるを得ない」

 

 お前のせいなんだから、何とかしてくれよ。

 セイアの意見は要約するとこういうことだ。

 

「そうだな……元はと言えば、ワシのせい………ワシのせいか?」

 

 モエの暴走なので、まあ管理者の自分のせいかもしれないが、釈然としないものを感じる扉間。

 

「まあ、可愛い生徒の頼みだ。双方が平等に利益を得られるように調整するとしよう」

「感謝するよ、先生。それで、何か策はあるのかい?」

 

 だが、文句を言っても爆発したものは返って来ない。

 大人しく、セイアのお願いを聞くことにする。

 

「ゲヘナ側の言い分も筋は通っておる。ゲヘナから離れている本拠地というのも、いずれ問題になろう。それに土地を平等に管理するのは至難の業だ」

「ふむ、古来より管理者が曖昧になると、様々な問題が起こるのは事実だからね」

「というわけで、売って金に換える」

「……売る? どこに?」

 

 切り取った土地を売る。

 その提案に、驚きの表情を浮かべるセイアだが、まだ余裕はあった。

 しかし。

 

「カイザーに売り捌く。そして、その金をお前達に平等に分けさせる」

「………私の記憶が正しければ、あそこはカイザーグループが管理していたと思うのだが」

「非合法にな」

 

 元々持っていた人間に売りつけるという、やり口には流石にドン引きするしかない。

 

「そもそも、誰のものでもない土地などない。管理者が居ないのなら、キヴォトスであれば連邦生徒会のものになる」

「つまり、私達はこの土地を連邦生徒会に返還し、その後に連邦生徒会がカイザーグループに売るというわけかい?」

 

 つまり、土地の所有者がカイザー→エデン条約機構(ETO)→連邦生徒会→カイザーに変わるのだ。

 カイザーからすると、わざわざお金を払って土地を買い直すことになる。

 

「確かに合法的に自分の土地に出来るなら、カイザーグループは買うかもしれない。だが、そもそもその計画を行うには、連邦生徒会内部とカイザーグループにコネが無いと出来ないだろう? そもそも、連邦生徒会が私達に金を渡す理由が無い。連邦生徒会からすれば、私達も不法に占拠しているようなものだ」

 

 しかし、この計画には欠点がある。

 連邦生徒会に返還は出来ても、そこからの流れが操作できないのだ。

 裏でコネでも持っていない限り。

 

「この計画はワシからの、お前達への信頼の証でもある」

「……あるのかい? 連邦生徒会で意見を通せる人間とのコネが。居るのかい? カイザーグループで先生の意見を聞かせられる人間が」

「内密に頼むぞ」

「先生は善と悪の境目で反復横跳びでもしているのかい? 私には尊敬すべきか軽蔑すべきか判断が出来ないよ」

 

 連邦生徒会にはカヤが。

 カイザーグループには元理事が居る。

 それを告げる扉間に、セイアは遠くを見つめるような目をする。

 

「それで連邦生徒会への理由付けは? 土地を売るにも理由が居るだろう」

「お前達は土地の返還の代償に、連邦生徒会に金銭を要求すればいい。当然、連邦生徒会からすれば無駄な出費だ。元々、持っていなかった土地。そして、連邦生徒会長の失踪で管理する余裕もない。そこで、売却してその金を使うことを提案する。議会を通す以上は少々時間がかかるだろうがな」

「なるほど、悪くはない。だが、連邦生徒会にメリットが無さすぎるのではないかい?」

「案ずるな。お前達には悪いが、金は4等分にする」

「トリニティ、ゲヘナ、アリウス、そして連邦生徒会かい?」

 

 今回の作戦に参加した学校の名前を上げる、セイア。

 だが、扉間は首を横に振る。

 

「いや、トリニティ、ゲヘナ、SRT、そして連邦生徒会だ。アリウス……と言うべきか、声明を発表したワシは金は受け取らん。表の取引になる以上は、そちらの方が外聞が良いからな」

「しかし、アリウスも金は要るだろう。むしろ、一番必要なのは君達のはずだ」

 

 自身は金を受け取らないと告げる扉間。

 しかし、今回はアリウス学園として参加している以上、出費もしているのだ。

 尾獣を配ろうとした柱間のように、タダでもというわけにはいかない。

 

「それに関しては、アリウス個人への謝礼として受け取るつもりだ。カイザーグループの情報を火事場から盗…持ち出していてな。元々保護の礼として、内々に謝礼を受け取る予定だったのだ」

「私は先生のことを尊敬しているよ。嘘ではない、本心からだ。だが、今は猛烈に捕まえた方がいいのではと思っているよ」

 

 徹底的にカイザーグループから金を絞り出そうとしている扉間に、思わず警察に通報するべきかと思う、セイア。だが、悲しいかな。その警察も既に扉間とグルである。

 

「ワシが道を踏み外したと思うのなら、迷わず実行しろ。最悪殺しても……いや、お前達の手を汚すわけにいかんな」

「はぁ……そういう所だよ、先生は」

 

 卑劣なことのオンパレードだというのに、その芯は熱く燃えたまま。

 本当に、面白い人だと苦笑しながらセイアは紅茶を飲む。

 

「それで? 先生のことだ、これだけではないのだろう。君の考えを聞かせてくれないかい?」

 

 扉間のことだ。

 きっと、これ以上の作戦も考えているのだろうと直感し、セイアは問いかける。

 もっと、私を驚かせてくれるのだろう? と。

 

「トリニティとゲヘナの間の問題は、平等な金で一先ず解決するだろう。確かな形で平等な利益だからな。文句が言えん。取り分はトリニティ、ゲヘナ、SRT、連邦生徒会の4勢力での均等配分だが、見方を変えれば面子も保てる」

「見方?」

「トリニティ、ゲヘナ、SRT、連邦生徒会で配分が1:1:1:1だが、エデン条約機構(ETO)としてカウントすれば、2:1:1だ。お前達は連邦生徒会よりも上という面子が立つ。一方で連邦生徒会としても、1:1:2という見方が出来る。知っての通り、SRTは連邦生徒会長直属の組織だったからな。連邦生徒会の組織として見ても何も問題ない」

「なるほど、確かに面子は大切だ。これなら、どちらも自分達の方が上だと主張できる。そして、エデン条約機構(ETO)と連邦生徒会という括りになっても2:2で対等でしかない。明確な優劣はつかない」

 

 政争というものは不思議なもので、どちら側も勝ったと表明し、負けたと言う側はいない。

 都合の良い見方だけ報道して、自軍が有利であると戦意高揚を促すのだ。

 

「しかし、SRTは閉鎖されたはずだろう? 入院していた私だが、それぐらいは知っているよ。連邦生徒会側が素直にSRTにお金を渡すかな?」

「故に、先んじてワシの方からマスコミを通して協力の礼をラビット小隊に表明する。そして、ラビット小隊には『自分達は連邦生徒会の組織なので、礼ならそちらを通してくれ』と宣言させる。そうなれば、どうなると思う?」

「……金を渡さなければ、ラビット小隊の言い分を受け入れたことになる。独立した組織ではなく、連邦生徒会のSRT特殊学園であると」

「そうだ。トリニティやゲヘナに対する面子的にも、金銭的にも、SRTを認めた方が利益が多い。閉鎖の取り消しのきっかけにすることが出来る」

「なるほど、先生はSRTの閉鎖の取り消しに挑んでいるんだね。声明でSRTの名前を出した時から、もしやと思っていたが……」

 

 これはノノミがラビット小隊に授けた、指名手配犯を賞金抜きで引き渡す策を参考にしたものだ。

 師から弟子が学び、弟子から師が学ぶ。

 これが教育の素晴らしい所である。

 

「そして、マコトのことだ。自身の支持率アップのために、ETO(ゲヘナ)は連邦生徒会よりも上だと勝手に喧伝してくれるだろう。そのことを連邦生徒会側が嫌がってくれれば、よりSRTに有利に働く」

 

 あの目立ちたがり屋のマコトが、殊勝に平等に金が配られたと言うわけがない。

 しれっとエデン条約機構(ETO)の盟主面をしながら、連邦生徒会から金をブン捕ったと声高に言うだろう。

 そうなると、連邦生徒会はあくまでも対等と釈明するにはSRTを引き込むしかない。

 

「……一応聞いておきたいのだが、もしかすると先生は連邦生徒会が嫌いなのかい? それとも、連邦生徒会長の代理を務める七神リンが嫌いなのかい?」

「何を言っているのだ。ワシは連邦生徒会のシャーレの顧問だぞ。リンも責任感が強く、非常に優秀な生徒だ。これからのキヴォトスに必ず必要な生徒を嫌うわけがなかろう」

「その割には、連邦生徒会にダメージが行くようなことばかりしている気がするのだが……」

「SRTの復興のためだ。フォローはする」

 

 リンの仕事が忙しくなるようなことばかりしているのを自覚して、若干目を逸らす扉間。

 だが、SRTが復興すれば少なくとも、犯罪への対処はマシになるので許して欲しい。

 

(なるほど……先生のコネがあるのは、リン行政官ではない。そして、SRTの復興に賛成側で、ある程度の権力を持っているとなると……やはり…不知火カヤか…!)

 

 そして、セイアは今までの話から扉間の協力者を推測し、直感で確信する。

 

「それにしても、良かったのかい先生? ここまで、私に話して。信頼の証というのは嬉しいものだが、秘密は時に相手の心の重しになることもある」

ティーパーティー(生徒会長)という立場で、尚且つ自由に話せる時間があるのがお前ぐらいなのだ。少々話しすぎた自覚はある」

「暇で悪かったね。暇で」

 

 立場のある人間で、ここまで長話できるのはセイアぐらいなものと告げる扉間に、セイアはむくれる。

 ニートフォックスですまない。

 

「まあ……後は、トリニティへの迷惑料でもある」

「迷惑料?」

 

 そんなむくれるセイアだったが、ティーパーティーとして聞き逃せない言葉に、大きな狐耳を動かす。

 

「カイザーに土地を買わせるが、その後に土地を利用しようと思っておってな」

「……トリニティのすぐ傍で何をさせるつもりだい?」

「軍事学校を作らせるつもりだ。もとより、あそこはカイザーが管理していた場所。ワシらと違い反発も少なかろう」

 

 そして、『お前の店の横に、競合店作るから』という宣言にピキキと青筋を立てる。

 これが扉間相手でなければ、拳が出ていたかもしれない。

 

「……カイザーグループは、ティーパーティーでも注意していた企業だ。そんな企業にすぐ傍に学園を作られるのは、素直には頷けないな」

 

 当然、お断りだ。

 真横の学園であるゲヘナとの付き合いも苦労しているのに、もう1つなどやっていられない。

 これにはナギサもミカも流石に首を縦に振らないだろう。

 

「案ずるな。その学校にはアリウスの卒業生を教官として送り込む。就職斡旋先だな。変に離れているよりも便利だ。そして、お前達がアリウスと友好関係を築いていれば、内部情報はそっちにもいく。ワシが校長である間は情報を伝えることも約束しよう」

「アリウス関連で攻めて来るかい……これだとミカはそちらに付きそうだね」

 

 だが、アリウスのためと言う但し書きがつくと、ミカが流れる。

 ナギサもセイアも、アリウス関連に反対すると。

『見ろ! 邪悪な弾圧者が本性を現したぞ!』と過去の弾圧を掘り返されるので強く出れない。

 

「それに、アリウスとカイザーの不穏分子を一ヵ所に固められると考えれば悪くはない。トリニティに近いという事は、お前達も人員を送り込めるという事だ」

「いやに、軍事学校を推すね。本当に先生は道を踏み外してしまったのかな? それとも、ここまで話しておいて、私は信用できないと言うつもりかい? 先生の(はらわた)を見せてくれないかな」

 

 政治的な話は分かったから、本音を言え。

 そう告げるセイアに、扉間はニヒルな笑みを浮かべる。

 

「ドロップアウトした生徒の更生施設だ。軍隊仕込みの指導の方が性根を叩き直すのには向いている。すぐそこにブラックマーケットもある故、治安改善には悪くないと思ってな」

 

 不良達が多いブラックマーケット近郊は、人攫い(生徒確保)にはもってこい。

 更生の機会を与えやすい。襲ってきたら、そのまま人攫い(生徒に加える)

 そして、元々ブラックマーケットを支配していたのはカイザーグループだ。

 トリニティやゲヘナに比べて、抵抗する人間も少ないだろう。

 

「なるほど……更生施設か。確かに、矯正局だけでは物足りないものがあるね。それに軍事学校の卒業後は、治安維持の戦力増強に繋がるかもしれない。もっとも私が大人になる頃までは、結果は分かりそうにないがね」

「一朝一夕で解決する物事など、そう多くはない。重要なのは後に続く者を出来るだけ多く作ることだ。無論、お前もその一人だ」

「それが先生の教道(きょうどう)かい? より良い未来を信じ、後に続く子供達に託す」

「ああ、ワシが兄者より学んだ最も重要なことだ」

 

 セイアが扉間の目をまっすぐに見つめる。

 爛々(らんらん)と輝く火が揺らめく。

 柱間より受け継がれた火の意志が、赤く燃え上がる。

 

「……そうだね。せっかく、未来が見えなくなったんだ。未来を信じるという、未来視を持たない者の特権を私も行使してみるとしようか」

「恩に着る、セイア」

 

 未来が見えた目はもうない。

 故に未知となった未来を、何の確証もない未来を。

 セイアは良き方向に向かうと、信じてみようと思う。

 

「しかし、兄者か……一度会ってみたいものだね、先生の兄君に」

 

 そして、扉間が口にする兄という存在に会ってみたいと思うのだった。

 

 

 

「ん? ああ、兄者ならとっくの昔に死んでおるぞ。すまんな」

「やめてくれ。サラッと、重いことを言うのはやめてくれ。反応に困る」

 

 

 

 まあ、扉間のドライすぎる反応に、チベットスナギツネのような顔になるのだったが。

 

 

 

 

 

 

 チクチクと針を動かす。

 チクタクと時計が動く。

 熊のぬいぐるみに綿が詰め込まれ、本来のふわふわ感を取り戻す。

 

「さて、これでもう大丈夫ですわね」

「手先が器用なのだな」

「別に、この程度は嗜みですわ。それで……矯正局まで何のご用ですか? トビラマ先生」

 

 破れたぬいぐるみの補修を終えたワカモが、ガラス越しに扉間を睨む。

 

「そう睨むな。()()の要望通りに針と糸、そしてぬいぐるみを持ってきてやったのだからな」

「それに関しては感謝いたします。ですが、狐は執念深いもので……それに、この要望が(わたくし)と面会するための条件でしょう」

 

 ある昼下がりに扉間が次に向かったのは、ワカモの下だった。

 そして、ワカモは面会条件に、爆弾を抜き出したぬいぐるみの補修をさせることを提示し、扉間はそれを呑んだのだった。

 糸や針などは脱獄や自傷に利用されかねないので、普通は囚人には与えられないものである。

 

「まあ、提示された時は少々面食らったがな」

「無理に爆弾を詰め込まれていましたもの。縫い直して上げないと、この子が可哀想ではないですか?」

「……そうだな」

 

 これが本当に、キヴォトスの長年の悩みだったテロリストなのか。

 そう思わせる幼い言動に、扉間は訝し気に目を細める。

 

「それに、プレゼントとしてお渡しするのに、破れていては恰好がつきませんわ。この子は元々、先生の下に行く予定でしたもの」

「ワシに?」

 

 カイザーが爆弾で自分を狙っていたのは知っていたが、ぬいぐるみを自分に贈るのは知らなかったので扉間は目を見開く。

 

子どものお小遣い(二束三文)で、幼い子供に爆弾の入ったぬいぐるみを届けさせる。酷い話だとは思いませんか?」

「ああ、酷い話だな」

 

 ワカモは倫理的に酷い話と言い。

 扉間は戦術的に酷い話だなと頷く。

 

「嘘も知らぬ無垢な者を騙し、利用する……(わたくし)も人に褒められる生き方はしていませんが、それでも許せないものはありますので」

「全くだな。しかもぬいぐるみに仕込んだものをワシに渡そうとするなど……度し難い」

 

 ワカモは無邪気な子供を騙す手口に憤り。

 扉間は爺に見ず知らずの子供がぬいぐるみを渡すとか、怪しまれて当然だろと戦術のお粗末さに憤る。

 

「うふふふ……どうやら噂通り、お優しいのは事実のようですね。少々空気が読めないのが(たま)(きず)ですが」

「ワシは清廉潔白な人間ではない。あまり良くないことだが、お前以上の罪を重ねている。だが、子どもだけは利用したことはない」

 

 子供を殺したことはそれこそ数え切れない程にあるが、利用したことはない。

 なお、大人に関しては、死後の安寧すら踏みにじり死体まで利用する。

 

「そうですか。てっきりここに来たのは、(わたくし)に利用価値を見出したのかと思っていました」

「いや、単なるテロリストのお前には、大した利用価値などないぞ?」

「……本当に空気が読めませんわね、あなたは」

 

 サラッとぶっちゃける扉間に、ワカモは怒るのも忘れて呆れた目を向ける。

 扉間的には政治的立場の無いただ暴れるだけの存在は、最悪消せばいいだけなのであまり価値はない。

 なので、ワカモを利用する気はないと告げただけなのだが、言葉が足りなさすぎる。

 

「でしたら、一体何の用で? まさか、私に一目惚れでもしましたか? うふふふ、まるで恋愛小説の“恋よ鯉”のように」

「そういう台詞は、身も心も大人になってから言え。ワシはお前の親のおしめを替えていても、おかしくない年だぞ」

 

 ガキが。お前など、せいぜいが孫だ。

 そういった冷たい視線を向ける扉間に、ワカモがイラっとした顔をするが事実なので言い返せない。

 

「今日はお前の更生について考えて来たのだ」

「更生……ふふふふ! 先生はご冗談が上手ですね」

 

 更生を口にする扉間に、ワカモは艶のある嗤いを浮かべる。

 

(わたくし)が何か理由があってやっていたとお思いですか? 略奪も、破壊も、全ては(わたくし)の趣味です。この矯正局もまた脱走してみせましょう。そうして、あなたの手の届かない所で()()続けます」

 

 略奪も破壊も、全ては彼女の一人遊び。

 楽しいからやる。そこに他人は必要ない。

 だから、テロで扇動はしても不利になればすぐに逃げる。

 だって、煽った者達は()()でも何でもないのだから。

 守るべき者のない彼女は、平然と尻尾を巻く。

 

 

「醜いな……」

「醜…っ!? 女性に対して、その言い方は何ですか!」

 

 

 そんなワカモに対して、扉間は憐れみの視線を向ける。

 守るべき者が誰も居ないのに、強さだけを持った存在。

 まるで、里を捨てたマダラのようだと思いながら。

 

「守るべき仲間も、家族も、友もおらん。あるのは力だけ。僅かに残った信用すら自ら切り捨て、現実逃避を行う。そんな砂利(じゃり)を醜いと言って何が悪い?」

「そ、そんな…こと…は……」

 

 現実逃避。

 趣味に傾倒して、身を持ち崩すなど酒やギャンブルに逃げるようなものだ。

 そして、そこで築いた僅かな繋がりすら自分で切り捨てる。

 ワカモは扉間の言葉を何とか否定しようと、言葉を繋ごうとする。

 だが。

 

 

 

「お前、友達がおらんだろう?」

「――――」

 

 

 

 扉間の容赦の無い螺旋丸(ド正論)が突き刺さり、ワカモは撃沈する。

 

「と、友達ぐらい……わ、わかもにも……」

「お前の前回の収容記録を見たが、親も友人も誰一人として面会に来んかったそうだな?」

「……ぐす…っ」

 

 螺旋手裏剣並みの追撃の連打である。

 もうやめて! ワカモのライフはゼロよ!?

 プルプルと目が震えて、今にも涙のダムが決壊しそうになっている。

 

「人を思いやらない者には誰もついて来ん。強さも立場も関係ない。人徳というものだ」

「ひぐ…っ」

「人徳の無い者は見捨てられる。当然だな、助けたいと思う相手しか人は手助けせん」

 

 この取柄は強さだけなのに、それもトップには一歩劣る人間……。

 やはり…うちはマダラか…!?

 

「わア…ぁ…」

 

 言葉のクナイでグッサグッサに刺されたワカモは、かつてない程に顔を歪ませる。

 えげつねーな……反論する暇も無しかよ。

 

「……だが、お前はまだ他者を思いやれている」

「ううぅ……へ?」

「カイザーに利用された子供を助けたのは、他者への思いやりだろう。それがあるなら、まだお前は引き返せるかもしれん」

 

 マダラなら嬉々として、リン(子ども)三尾(爆弾)を持たせる側に回ったが、ワカモはそうではない。

 まだ、最後の一線を踏み越えていない。

 まだ、間に合うのだ。

 

「お前の親が、友人が、お前を見捨てたというのなら、ワシが先生として教えてやる。拳骨付きのスパルタだがな」

「痛いのはいやぁ……」

 

 それを理解した扉間は、最後の手を差し伸べることにする。

 拳骨を入れて叩き直せば、まだなんとなる範囲であると信じて。

 

「お前が良い子にしているなら、拳骨など入れはせん」

「先生のことは嫌いです……」

「嫌われるのも先生の仕事の内だ……まあ、最初は保護観察としてある学校に連れて行くので安心しろ」

「学校…? 百鬼夜行ではなく?」

 

 先生嫌いと、幼児のように告げるワカモにも動揺することなく扉間は告げる。

 ある学校で保護観察処分をするのが一番だろうと。

 

「実はな、既に呼んである。入ってこい」

「……先生の学校と言うとアリウス学園?」

 

 ちいかわ状態から少し冷静になったワカモが考える。

 扉間が学校と言うのは、恐らくは校長を務めるアリウス学園だろうと。

 

「いや、アリウスではない。アリウスではお前を抑えきれんからな」

 

 しかし、扉間は首を振る。

 アリウスでは、ワカモが暴れた際に対処が出来ないと。

 そして、それと同時に面会室の扉が開く。

 

「うへー、狐坂ワカモなんて有名人をうちで預かれるなんて、思わなかったよー」

「ちょっと、あんた! 何、女の子を泣かせてるのよ! 言い方ってもんがあるでしょ!?」

「ん、先輩として歓迎する。安心して、アビドスはアットホームな学校。みんな優しい」

 

 現れたのは、ホシノ、セリカ、シロコの3名。

 そう、アビドス高校である。

 

「な、泣いていませんが!? ……それよりも、アビドス高校?」

 

 突如として現れた3人に、泣いてませんアピールしつつ疑問符を浮かべる、ワカモ。

 名前ぐらいは知っているが、今はもう過疎化も進んだ学校。

 何故自分がそこに預けられるか分からないのだ。

 

「お前の悪癖。破壊と略奪だが……いきなりやめさせるのは難しいと思ってな。代替行為で慣らしていく案を考えてみたのだ」

 

 そんなワカモの疑問を察して、扉間が説明する。

 

「代替?」

「指名手配犯や不良達。人に迷惑をかける者達を襲い、正義の破壊と略奪を行う」

「正義の破壊と略奪」

 

 変にフラストレーションを溜めて、爆発されても困るので社会的に正しい行いにする。

 要は人を殴るのが法で禁止されてるなら、ボクサーになってやろうという話だ。

 もちろん、ワカモは泣くのも忘れて何言ってんだこいつ、という表情になる。

 

「もー、先生、治安維持活動と寄付だよ。人聞き悪いなぁ」

「ここヴァルキューレなんだから、変なこと言わないでよね」

「偶々、指名手配犯のねぐらが破壊されるだけ。偶々、不良達の物資がアビドスのものと入れ替わるだけ。そう、全部()()()()

 

 アビドス組も、ワカモに同調するように白々しい態度で頷く。

 

「案ずるな。ヴァルキューレのトップとは話がついておる」

「ん、流石先生。やっぱり、違法行為は合法に限るね」

「あの、どうしてあなた達が矯正局(こちら側)に居ないのか、激しく疑問なんですが」

 

 こいつら、自分よりよっぽどドス黒い悪じゃないかと、ワカモは抗議の声を上げる。

 

「略奪行為も合法化される。そう、アビドスならねー」

「いや! 略奪行為そのものはダメだから! 相手が犯罪者だから見逃されてるだけでしょ!」

 

 しかし、アビドスは悪びれない。

 法の抜け穴をねぐらにする彼女らにとっては、この程度常識。

 ついでに、ヴァルキューレも真っ黒なので、ここはまさに全員悪党(アウトレイジ)状態である。

 

「ワカモ、お前の趣味趣向とて合法的に満たすことは出来るのだ。しかも、表面上では人からの称賛を受けることも出来る。まずは、こういった考えを学んでいくのだ」

(わたくし)の思い描いていた教えと、180度反対なのですが?」

 

 もっと、こう……ハートフル(heartful)な教えになると思っていたのにこれ。

 完全に有害な(hurtful)教えである。

 

「そもそも、(わたくし)がアビドスから、破壊や略奪をすると考えないのですか!?」

「学校以外なら……ほぼ砂と廃墟だし、まあねぇ」

「破壊? カイザーPMCの土地ならいいわよ。私はまだ、あいつらのこと許してないから」

「略奪は相手がものを所有してるから出来る行為。所有しない幸福もあるって、この前習った」

 

 そして、ワカモの悪癖を抑えるアビドスの勝利の方程式。

 

 7回:過疎化で迷惑かける人がほとんど居ねぇ!

 8回:ほぼカイザーの土地だから心情はともかく、経済的にはノーダメージ!

 9回:略奪できるものがあるならとっくの昔に売ってるわ!

 

 以上の3名の投手リレーで完封出来る。

 

「わ、私を抑えられる人間は……」

「おじさんが居るよー。集団戦ならともかく、サシなら負けないよ」

「ワカモ、お前の強さは扇動力と周囲の武器を掌握する総合力の高さだ。だが、そもそも人も物資も少ないアビドスなら、その強みを最大限に活かすことは出来ん。そして直接戦闘なら、ホシノは3大校の最強格に匹敵する」

 

 そして先発投手は何故か居るホシノ(最強格)だ。

 悪さをするなら、ワカモを真正面からしばける。

 そして、不良を煽ろうにも度重なる清掃活動(ゴミ掃除)で数が減っているので、大した戦力にならない。

 悲しき焦土戦術である。

 

「と、いうわけでお前はしばらく、アビドスに預ける。逃げても構わんが、その時はワシが叱りに行く」

「め、滅茶苦茶です……」

 

 教えはどうなってるんだよ、教えは!

 先生っていうのは、正しい道を生徒に教えるんじゃないのか?

 完全に、グレーゾーンを生き抜く力を身に着けてるじゃねぇか!

 そう言いたい気持ちでいっぱいのワカモだが、落ち着く暇はない。

 

「じゃあ、行こっか。良い感じの指名手配犯(サイフ)が集まってたんだよね。それが終わったら、みんなで帰りに柴関ラーメンでワカモちゃんの歓迎会でもしよっか」

「任せて! 腕によりをかけてサービスするわ! ワカモ!」

「ん、新しい後輩の誕生。先輩が奢る」

(わたくし)こう見えても18歳で、皆さんの年下という事だけは、あり得ないのですけど!?」

 

 新しい後輩(年上)の誕生に沸き立つアビドス勢の勢いに負け、ワカモはそのままアビドスへと連行されていくのだった。

 

 いや、これ拉致だよ。拉致。

 




尺が足りなかったので、ラーメンを直接食べる描写は次回以降だ。
許せ、サスケ…柔拳法、八卦六十四掌。

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