千手扉間のブルーアーカイブ   作:トマトルテ

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57話:フェイクニュース

 

「あーあ、結局捕まっちまったなぁ」

「ヴァルキューレ程度なら何とかなるかと思ったけど、普通に強かったわ」

「まあ、これで陸八魔アルに恩返しは出来たからいいや」

「先公もアル様の起こした爆発で吹き飛んだしな! ざまぁみろだ!」

 

 矯正局行きの護送車の中。

 あえなくカンナ率いるヴァルキューレに捕まえられた、不良達はダラダラとだべる。

 数の利があったとはいえ、カンナの公安局は精鋭揃い。

 不良達で足止めできただけ、良かった方である。

 

「おい、貴様らうるさいぞ」

「別にいいじゃねぇか。最後の娑婆の空気だ。せいぜいゆっくり味わわせてくれよ」

「娑婆の空気が好きなら、更生して仕事にでもつけ」

「うるせぇな、就ける仕事なんてねぇんだから、ダラダラやってた方がいいだろ」

「……どうやら、キリキリ吐かせられたいようだな。矯正局に着いたら楽しみにしておけ」

 

 そんなダラダラと喋る不良達に対して、監視として同乗しているカンナが苦言を呈する。

 社会のゴミ共のくせに口だけは一丁前だなと。

 

「今回のシャーレの爆破。一体どこからが陸八魔アルの計画だったのか。貴様らがいつから陸八魔アルの支配下に居たのか。全て吐いてもらうぞ」

 

 陸八魔アルによるシャーレの裏切り。

 そして、扉間の安否。

 裏事情を知らないカンナにとっては、知らなければいけないことが多すぎる。

 故に、こうした不良共ですら貴重な情報源になるのだ。

 

 帰ってカヤに聞けば一発なのだが、今までのパワハラのせいで聞きづらくなっているのが可哀想である。

 まあ、これに関してはカヤが全面的に悪いのだが。

 

「ハハハ! 計画なんてねぇよ! たまたま集まってたら、陸八魔アルが来ただけだよ」

「恩返しのチャンスが来たから、戦っただけだ。連携なんて一つもしちゃいねぇだろ?」

「たまたまだから、誰も助けに来ないしな。ま、そこは普通の依頼でも同じだけどさ」

「あたしらは、安い捨て駒みたいなもんだからなー。誰も助けてくれねぇよ」

 

 だが、カンナの期待とは裏腹に不良達は何も知らないと事実を告げる。

 そもそも、安い金で使い捨ての駒として使われるのが、彼女達の日常。

 まともに依頼料を払われないことすらあるのだ。

 今回は最初から最後まで自分達の意志だった分だけ、マシな方まである。

 

「……真っ当に学校に通っていれば、こうはならなかっただろうに」

 

 そんなある意味で物悲しい不良達に、カンナは僅かながらに同情の視線を向ける。

 彼女とて1年生の頃は正義を求めて、ヴァルキューレの門を叩いた。

 救えるものなら救いたいという意志はある。

 

「もう退学したからな。それに学も金もない。あるのは体力ぐらいだ。こんな奴ら受け入れる学校なんてねぇよ」

「それもそうだな」

「うわ! 事実だけどあっさり肯定されるとムカつくな!」

 

 しかし、今の彼女は自分に出来ることと出来ないことを知っている。

 同情するだけ。同情できるだけだ。

 

「とにかく、貴様らには矯正局での厳しい生活が待っている。せいぜい、覚悟しておけ――」

 

 爆発音がする。

 そして、遅れて運転手が急ブレーキをかけるが間に合わずに車が横転する。

 

「うわぁッ!?」

「な、なんだ!?」

「敵襲か!? それとも事故か? とにかく確認を……」

 

 真横に倒れた車の中でもみくちゃになる不良とカンナ達。

 しかし、そこは不測の事態も常に想定して動く、公安局の局長カンナ。

 キヴォトス人の頑丈さで無傷な体を動かして、護送車の扉を開けることを試みる。

 

「扉は……よし、開くな。おい、貴様ら動けるか? 負傷者が居れば怪我していない者が肩を貸して、一度外に出るぞ」

「そ、外に出ていいのか?」

「車が燃えたら流石に死ぬぞ? お前達には腐るほど罪があるが、死刑に値する程のものはない。人命優先だ。さっさとしろ」

 

 罪はあるが、死刑になるほどではない。

 緊急事態では、(エッチ)ではないので無罪(セーフ)だとコハル神も言っている。

 

「おい、運転手は無事か!」

「は、はい。局長」

「原因は事故……ではなさそうだな。貴様らの仕業か?」

 

 爆破で抉れた道路を。

 そして、それを行った下手人を見つけてカンナは睨みつける。

 

 

「―――便利屋68」

 

 

 シャーレの爆破に巻き込まれたせいで、全員ボロボロの服装になっている便利屋68を。

 そして、その先頭に立つ長。

 

「そうよ。悪いけど、その子達は置いて行ってもらうわ」

 

 爆破でアフロヘアーになった陸八魔アルを。

 

「部下を助けに来たのか?」

「部下じゃないわ。ましてや、雇った訳でもない。でも、その子達には手を貸してもらった。一瞬でも私を信じてついて来てもらった。なら、恩は返さないと」

 

 アフロの状態でも、何とか低い声を出して威圧感を出そうと頑張る、アル。

 何とか、シャーレの爆破から逃げ出した便利屋68だったが、そこで連行される不良達を発見。

 勘違いでも助けて貰った以上は、見捨てられないと火の意志を発揮したアルが助けに行くことを提案し、他の3人もやっぱりアルはこうでないととついてきたのだ。

 

「覚えておきなさい。恩には恩を。仇には仇を。それが便利屋68の流儀よ」

 

 今初めて聞いた。

 内心でそんなことを思うカヨコとムツキ。

 一心不乱にメモを取る、ハルカ。

 まあ、言ったのは初めてなだけで、割と行動で示してきているのでセーフである。

 

「あ、あたし達を助けに来てくれたのか…? ゆ、幻想(ゆめ)じゃねぇよな?」

「これが裏社会(アウトロー)の伝説…なんて神々しいんだ…!」

「陸八魔アル! 私達は誓う!! 永久の忠誠をッ!!」

「アル様に心臓を捧げよッ!」

 

 そして、それは意外にも成功して、不良達の中には涙を流して忠誠を誓う者すら現れ始める。

 

(え? いや、そこまで言われても困るんだけど……で、でも、やめてって言える空気じゃないし)

 

 当然、言い出しっぺのアルはその強烈すぎる忠誠心にドン引きする。

 だが、言い出した手前、否定も出来ないのでなんかカッコいい風に言い訳を行う。

 

「馬鹿ね。アウトローは一匹狼。例え群れであっても、自分がリーダーになろうという意志は捨てない者よ。心まで他人に跪くなんて論外。喩え相手が神様であろうとも、心は対等でありなさい」

 

 これをカッコつけないで言うと。

 

(いきなり忠誠心とか言われても困るし、私は社員が独立したいとか言ったら応援するから。あくまでも対等なビジネスパートナーでありたいの)

 

 こんな感じになる。

 欲しいのは奴隷ではなく、社員なのだ。

 

「…! そ、そこまで考えて……やっぱすげぇよ、アル様は」

「神相手でも臆さねぇ……流石は裏社会の伝説。いや、アウトロー神!」

「きっと後ろの部下も24時間365日でアル様の首を狙ってるんだ……それでも従え続けるなんて、パネェ」

「孤高の一匹狼……あの先公でも従えられねぇわけだ」

 

 そして、上手いこと軌道修正に成功するが、尊敬度は更に上がってしまう。

 まあ、実害はないから、よし!

 

「陸八魔アル……やはり危険だ。後々、さらに巨大な悪になりかねない」

 

 カンナはアルと不良達の勘違いに気づかない。

 故に、アル達を決して野放しにしてはいけない悪だと判断し、銃を握り締める。

 

「貴様らは私がここで刺し違えてでも捕らえる。キヴォトスの平和のために」

「ふふふ、ヴァルキューレごときに出来るかしら?」

「その減らず口。二度と利けなくしてやろう」

 

 ピリリとした空気が辺りを包む。

 カンナを中心にヴァルキューレが陣営を組む。

 不良達がゴクリと唾を飲みこみ、行く末を見守る。

 そして、陸八魔アルが。

 

 

(なんで逃げないで観戦してるのよ!? 一発入れて相手が混乱している間に、全員で逃げる予定だったのに! ほら! 今、こっちに注目してるんだからコッソリ逃げなさいよぉ! 援護射撃ぐらいは出来るから!! というか、それ以上の弾薬がないのよ!?)

 

 

 想定外の事態に、頬をひくつかせている。

 元々、爆破された帰り道。

 体力的にも装備的にも心許ない。

 混乱を起こして、ある程度手助けすれば、罪悪感もなくなるだろうと軽く考えていただけなのに。

 どうして、世紀の一戦が行われるみたいな空気になっているのだろうか。

 内心で思わず泣きそうになるが、カッコ悪いので顔には不敵な笑みを張り付けたままだ。

 

「……行くぞ」

「来なさい(来ないで!)」

 

 そして今、伝説の一戦が始まる。

 

 全盛期・陸八魔アル伝説。

 NEW! たった一度、恩を受けた相手を助けるためだけに、ヴァルキューレを襲撃。

 

 

 

 

 

「マコト先輩、先生がシャーレごと爆破されて消息不明です。そして、それをやったのが、便利屋を率いる陸八魔アルのようで……後、ヴァルキューレの護送車も襲撃したそうです」

 

 動物園。

 普段は家族連れで賑わうその場所で、場違いな威圧感を放ちながらゲヘナの議長である羽沼マコトが歩く。

 横では、秘書のような形でついて来ている棗イロハが報告を行う。

 

 内容は、つい先程起きた陸八魔アルによるシャーレの襲撃爆破。

 信長のように爆破後に首を残さず消えた扉間。

 そして、元ゲヘナ生徒の犯行。

 割と大ごとなので、イロハは慌てて伝えたのだが。

 

「そうか」

「そうか……って、流石に不味くないですか? 陸八魔アルはゲヘナの生徒ですよ」

()()。風紀委員会の犬が指名手配犯にしたのも、かなり前の話。これで責任を取らされるのなら、狐坂ワカモの件で百鬼夜行は賠償の嵐になっているぞ?」

「まあ、そうですが……でも、先生の件はどうするんですか?」

 

 それはもう終わったことだろう。

 マコトは、ゲヘナは便利屋とは無関係だと言い切る。

 本当なら、風紀委員会に責任を押し付けたいところだが、それをやるとゲヘナの責任にもなるので、今回はスルーする。

 

「キキキ、千手トビラマがあの程度で死ぬわけがないだろう? 先生はこの羽沼マコト様の暗殺計画を切り抜けたのだぞ? しかも、今回は消息不明でしかない。以前よりも明確に死んでいないと言い切れる」

 

 扉間の安否の件も、自分の暗殺を切り抜けたのにそれ以外の人間に殺されるわけが無いと否定を返す。

 とんでもない、信頼の仕方である。

 

「それに、陸八魔アルとやらはカイザーPMCを率いていたんだろう? ブラックマーケットの件といい、カイザーに土地を売る件といい、明らかに先生はカイザーにアクションをかけている。今回も何かやるつもりに違いない」

「はぁ……まあ、私も先生が死んだとは思えませんけど」

 

 カイザーグループに対して、積極的に関わっていた所でこの事件。

 以前のように、決定的な証拠でも掴むために死んだフリをしているのだろう。

 マコトはそう判断して、静観を決めこむことにする。

 

「もろもろの業務は先生が生きていることを前提に進めて構わん」

「はぁ、分かりましたよ」

「さて、そんなことよりも今はこの動物園の視察だ。イブキが見に来たいと言っていたのだ。完璧な安全が保障されているか、この目で確かめなければな」

 

 どうせ生きてるだろうから、今は差し迫ったイブキの動物園観光のための準備に時間を割くべき。

 マコトはハッキリと言い切り、動物園の様々な施設に目を光らせる。

 

「休憩場所、観光ルート、避難経路、食事処、イブキが好きそうな可愛い動物の場所。全て事前に把握して完璧な案内をしてやらねば……」

 

 政治よりもイブキ。

 万魔殿の絶対的ルールである。

 これには、イロハも全面同意をするしかない。

 

「バーカ! バーカ!」

「耳障りな声だな。つまみ出せ」

「マコト先輩、オウムですよ。オウム」

「オウムだと?」

 

 不意に聞こえてきた罵倒の声に、マコトはサッサと追い出せと命じるがイロハは檻の中を指差す。

 そこには、一匹のオウムが居た。

 

()()()! ()()! ()()()!」

「何だこいつは? 罵倒の言葉を覚えたのか」

「誰かが面白がって覚えさせたんでしょう。悲しいですけど、よくある事みたいですよ」

「世の中には低俗な連中がいるものだな。()()()()()()()()()()()()?」

 

 世の中には人間の皮を被った獣が居るのだなと、呆れながらマコトはオウムを見やる。

 イブキの教育に悪い言葉を吐かせ続けるわけにもいかないと。

 

「おい、オウム。その汚く愚かな言葉遣いはやめろ」

「ヤメロメロメロ!」

「ダメですよ、マコト先輩。オウムなんですから、オウム返ししか出来ませんよ」

 

 やめろとオウムに告げるが、返ってくるのは同じ言葉だけ。

 当然だ。オウムは遊びで真似をしているだけで、言葉の意味を理解しているわけではない。

 

「それもそうか……仕方ない。イブキの教育のためにも汚い言葉を吐かせるわけにもいかん。この羽沼マコト様が美しい言葉遣いというものを教えてやろう。キキキ! 愚かな獣畜生にとっては一族の末代まで誇りになるだろう」

「イチゾク! イチゾク! オロカナイチゾク!」

「マコト先輩、汚い言葉はダメですよ」

「む、うっかりしていた。人に教えるのとは勝手が違うな」

 

 オウム故、ここは真似して欲しい。

 ここは真似しないで欲しいなどという器用なことは出来ない。

 故に、単語で綺麗な言葉を教えるしかない。

 

「むぅ……よし、ならば挨拶だ。『こんにちは』だ」

「バーカ! バーカ!」

 

 ピキキとマコトの額に青筋が走る。

 

「……『こんにちは』」

「ヤメロメロメロ! マコトメロ!」

「………『こんにちは』だ。リピート、アフターミー?」

「マコト! アホ! マコト! バーカ! マコト! マヌケ!」

「この獣畜生が!! いい加減にしろ! 焼き鳥にしてくれるわッ!!」

「イイカゲンニシロ! イイカゲンニ!」

「やめてください、マコト先輩。動物相手に」

 

 マコト、キレる!

 オウム相手にブチギレるマコトに、イロハがため息をつく。

 いくら何でも煽り耐性が低すぎるだろうと。

 

「ふぅ……そうだな。私としたことがムキになっても仕方ないな」

「シカタナイ! シカタナイ! マコト! オロカ!」

「…………」

「マコト先輩、小動物に発砲は流石に引きますよ?」

 

 カチャリとマコトが銃を構える。

 イロハが慌ててマコトを抑える。

 オウムはそんな光景を煽るように、首を傾げて足で頭を掻く。

 マコトの青筋が更に、太くなる。

 

「いいだろう……貴様がオウム返しをするというのなら、絶対に真似できない言葉を言ってやろう」

「マコト先輩? 真似させたいんですよね? 出来ないことをやらせてどうするんですか?」

「デキナイ! バーカ! マコト! マコト!」

 

 イロハが頻繁にマコト先輩と言うので、お気に入りの言葉になったのかマコトとバカを組み合わせるオウム。

 そんなオウムに対して、マコトは絶対に真似できない言葉を叩きつけやると意気込む。

 この時点で負けでは? とは、言ってはいけない。

 

「Esel essen Nesseln nicht,Nesseln essen Eselnicht!!  八百标兵奔北、炮兵并排北边跑! ثَلْثَ ثُلاَّثَةِ ثُلَاثِ الثَّلاَثَةِ!!  Can you can a can as a canner can can a can! この竹垣に竹立てかけたのは、竹立てかけたかったから、竹立てかけたのです! どうだ!? 5ヶ国語での早口言葉の完全詠唱だ! 貴様如きでは理解することすら出来まい!! これならば、お得意のオウム返しもお終いだ!」

 

※:訳

(ロバはイラクサを食べません、イラクサはロバを食べません。

 兵800名が北へ向かい、大砲も北へ並走した。

 三分の三人の三人の三人。

 缶詰を作る人が缶詰を缶できるように、あなたは缶詰を缶できますか。

 この竹垣に竹立てかけたのは、竹立てかけたかったから、竹立てかけたのです)

 

 ドイツ語、中国語、アラビア語、英語、日本語の5ヶ国語を用いての、無駄に教養のある早口言葉を繰り出すマコト。

 通常の人間ならば、発音どころか聴き取れもしないだろう。

 まさに、渾身の一撃としか言いようがない。

 バカ・アホ・マコトとかしか喋れないオウムに真似出来る訳が――

 

 

「Esel essen Nesseln nicht,Nesseln essenEselnicht!!  八百标兵奔北、炮兵并排北边跑! ثَلْثَ ثُلاَّثَةِ ثُلَاثِ الثَّلاَثَةِ!!  Can you can a can as a canner can can a can!!  コノタケガキニタケタテカケタノハ、タケタテカケタカッタカラ、タケタテカケタノデス!」

 

 

 ―――出来た。

 

「なん…だと…!?」

「オウムは音を真似するだけなので、言語は関係ありませんよ。マコト先輩。いや、でもあの長さを一発で覚えるなんて、この子は賢いですね。マコト先輩以上かもしれませんね」

「カシコイ! カシコイ!」

 

 渾身の一撃を壁打ちのように跳ね返されてマヌケ面を晒す、マコト。

 そんなマコトに溜息をつきながら、イロハはオウムに餌をやる。

 争いは同じレベルの者でしか発生しないのなら、最初からマコトは人間として負けていたのだと白い目を向けながら。

 

「私が()()()()()()()な鳥畜生以下だと!?」

()()()()()()()()()()()()()()()()?」

「キー!!」

「はいはい。マコト先輩の判定負けです。さっさと次の場所に行きましょうか」

 

 もはや、どちらが鳥か分からない声を上げるマコトを引きずりながら、イロハはオウムのエリアから離れていくのだった。

 

 なお、後日イブキが訪れた際には『コンニチハ! マコト!』と喋って『マコト先輩! オウムと友達なの!? すごーい!』と大層イブキを喜ばせたそうな。

 めでたし、めでたし。

 

 

 

 

 

「さて、これでワシは後がなくなったな」

『楽しそうに言う事ではありませんよ? 先生』

 

 子ウサギ公園の近隣。

 かつて、アビドスが“所確幸”から最新武器(所有しない幸福)を頂いた廃墟。

 そこで扉間はアロナと一緒に話す。

 

「後は、最後の逃げ場であるこの廃墟をジェネラルが突き止めれば、任務完了だ」

『ジェネラルさんが来たところで、また自爆するんですか?』

 

 扉間=自爆。

 そんな認識になってきているアロナが、胡乱気(うろんげ)な目を向ける。

 

「いや、今回は自爆はせん。相手も警戒してくるだろうからな」

『……一応信じておきます』

 

 信用ならないけど、先生の言う事だしとアロナは渋々納得を見せる。

 まるで、悪い男に騙された女のようだ。

 

『それで、どうやって相手をここに誘き出すんですか? 今の先生は下手をしなくても、死んだと思われていてもおかしくないですよ?』

「分かっておる。お前に手伝ってもらう……これはお前でなければ出来ないことだ」

『も、もう、しょうがないですねぇ、先生は』

 

 お前でないとダメだ。

 そう言われて、チョロっと落ちるアロナ。

 チョロインの座はきっと不動のものだろう。

 

「感謝する。お前にやってもらうのはハッキングだ」

『ハッキング? どこにですか?』

「どこというわけではない。SNSで各地にワシの目撃情報を流すのだ。名付けるならば……」

 

 扉間が狙うのは、アロナの力で各地で扉間の生存の情報を流すこと。

 つまり。

 

「“電子影分身の術”だ」

『で、電子影分身?』

 

 フェイクニュースだ。

 

「ワシの生存を仄めかし、相手をかく乱、かつ疑心暗鬼に追い込む。つまり、フェイクニュースを流すのだ」

『でも、それだと結局、この場所にはたどり着けないんじゃないんですか? むしろ、ここに辿り着く確率が減ってしまう気が……』

 

 アロナの言っていることはもっともだ。

 各地での生存報告が上がれば、しらみ潰しで探す羽目になる。

 誘き出すという観点から見れば逆効果だ。

 

「お前の言う通りだ。故に、それに付け加えてヴァルキューレの内通者からワシの現在地をジェネラルに流させる」

『最初から、そうすればいいんじゃないんですか?』

「相手とてバカではない。唐突に降って湧いた情報の真偽は吟味するはずだ。そこから、罠であることが見破られる可能性がある。だからこそ、先にかく乱するのだ。溺れる者は藁をもつかむ。相手から余裕を奪えば、シンプルな罠も凶悪な罠へと変貌する。相手の仕掛けるタイミングも、こちらから情報を流すのなら操作が可能になる。いい事尽くめだ」

 

 目の前に水たまりがあれば、余裕のある人間はそれを避けて歩く。

 だが、慌てていたり急いでいる人間程、足元の確認を疎かにして水たまりに足を踏み入れてしまう。

 

 これを扉間流にすると、まず蒸気で相手の視界を奪い、ついでにクナイのマーキングを隠す。

 そして、相手がクナイを避けることに集中した所で、クナイに飛雷神でワープして斬り殺す。

 かの有名な『かかったな、馬鹿め! くらえ! 飛雷神斬り!!』(注:コラ)である。

 

『た、ただ、バレないためだけに、そこまでするんですか?』

「失敗すれば死ぬのだ。やり過ぎて困ることなどない」

 

 そこまでするのかと、慄くアロナに対して扉間は憮然と答える。

 死ぬのかもしれないのだから、死ぬ気で準備するのは忍の心得だ。

 

『……分かりました。私も先生には死んで欲しくないので、少しでも成功率が上がるのならやります』

「すまんな」

 

 SNS側には悪い気もするが、命には代えられないとアロナは扉間の提案を呑む。

 

『それで自爆じゃないなら、結局の所ジェネラルさんが来た時になにをするんですか? 先生と私だけだと、戦って勝つのは無理ですよ』

「ニコに頼んでFOX小隊に救援を行うように予め伝えてある。あやつらには、罪を打ち消すだけの功績が必要だからな。殺人未遂の犯人の確保。そして、元理事がリークした地下サイロの件をFOX小隊が入手した情報として発表する。これならば、ジェネラルという凶悪犯罪者を捕らえた功績が出来る。それに加えて――」

 

 迷惑をかけた連邦生徒会には謝らせるが、世論の反応は柔らかくしておかねば復帰が難しくなる。なので、目に見える功績を立てさせるべきなのだと、扉間は告げる。具体的には。

 

 

 

「―――千手トビラマの逮捕の功績を立てさせる」

 

 

 

 ワシ自身が囚人になることだ。

 

『なるほど、千手トビラマさんの逮捕を功績に……え!? も、もう一度お願いします!』

「腐敗した権力者達を捕まえる正義の部隊。それがFOX小隊だと、世に知らしめるのだ」

『そこじゃないです! ジェネラルさん以外に誰を捕まえるのかです!!』

「ワシだが?」

『ワシだが? じゃ、ありませんよ!』

 

 しれっと自分を捕まえさせると言う扉間に、アロナがシッテムの箱を突き破る勢いで叫ぶ。

 自分から豚箱に入りに行くと言われたのだから、それもそうだろう。

 

『そもそも、悪評の大半は冤罪じゃないですか!? 捕まえてもしょうがないでしょう!』

「だからこそだ。一時的に捕まるが、しっかりと裁判で裁かれれば、その内出て来られる程度の罪。しかし、裁判が行われる前であれば凶悪な権力者にしか見えない。捕まえれば、それなりの人気取りにもなろう」

『先生を慕う生徒さん達が、黙っていませんよ!』

「シャーレを……連邦生徒会の施設をぬいぐるみ爆弾で爆破したのはワシだ。カイザーへの意趣返しではあったが、事実を自白すれば身柄の拘束は免れないだろう」

 

 現在の扉間は逃げ出した、腐敗権力者。

 世論の点数稼ぎぐらいには使えるだろう。

 そして、しっかりと裁判をやればそこまでの期間拘束されるわけでもない。

 実に都合が良いのだ。

 

「それとだ。この逮捕にはもう1つ狙いがある」

『狙い?』

「ワシに力が集中している状況を改善し、連邦生徒会に権力を戻す」

 

 更に、扉間はもう1つの目的を告げる。

 扉間とシャーレに権力が一点集中している状況の改善だ。

 

「仮にも逮捕される以上は、シャーレに今までと同じ権限を与えるわけにもいかんだろう。1人に権力が集中できる体制の問題が取沙汰されるのは、想像に難くない。故に、連邦生徒会長が居ないのなら連邦生徒会の幹部が、シャーレの顧問の役割を分割して担えばいい」

 

 シャーレは連邦生徒会長の後継と言われるように、強力な権限を持つ。

 だが、それは今回のように権力の腐敗の温床にもつながる。

 故に、1人ではなく多くの人間で回すシステムの構築を目指す。

 

 連邦生徒会長(たった1人)の失踪だけでガタガタになるシステムは、あまりいいものではないのだから。

 

「連邦生徒会長不在で出来なかったことも、シャーレの権限があればある程度出来るようになろう。かつて連邦生徒会長の権限でSRT特殊学園が持っていた、キヴォトス全土の捜査権。これも、シャーレの権限とヴァルキューレの権限を組み合わせれば、ほぼ同じに戻せるはずだ。資金に関しては、シャーレには権限が無いので財務と交渉せんといかんがな」

 

 そして、その権限を連邦生徒会の他のメンバーに割り振ることが出来れば、会長の不在による混乱もいくらか収まるはずだ。

 

「リンは他の役員の顔色を窺わずとも動くことが出来るようになり、政策を決められる。カヤも大手を振ってSRTの権限を最大限に使える状態にできる。責任の所在を明らかにすれば、SRTの閉校も完全に取り消しに出来るだろう。ワシ1人に権力が集中しているよりかは、余程健全な状態だ。面倒な仕事は、ワシが今回の罰として奉仕活動を行っているということにして引き受ければいい」

 

 誰が責任を取るのか。

 誰の指示で動くのか。

 連邦生徒会長の失踪で、あやふやになっていた部分を明確に決め直す。

 そうすれば、諸々の問題は解決する。

 

『あ、アリウスはどうするんですか? 先生の権限が無いと、アリウスは成り立ちませんよ』

「ワシの権限ではない。()()()()()()()だ。ワシが辞めるからといって、シャーレを解体する必要は無い。今までのシャーレの功績は無視は出来ん。キヴォトス全土で戦闘を行える権限。これはシャーレの部員が行使できるもの。ワシの後継が許可を出せばいいだけの話」

『後継の人が許可を出さない可能性もあります!』

「ワシが悪人という事は、アリウスの生徒は()()()、悪い大人に騙されたことになる。世論操作をすれば、後継が誰になろうとすぐにはアリウスの傭兵稼業を潰すのは困難だ。弱者は判官贔屓されるものだからな。だが、時間が経てばアリウスの特権にも批判が行くだろう。そうなれば、ワシの当初の目論見通りにアリウスは戦い以外を知る普通の学校にならざるを得ない」

 

 悲劇のヒロインであれば、特権も許される。

 そして、時間が経って悲劇のヒロインで無くなれば、特権を手放す必要が出て来る。

 特権の持ち主達が、それを当たり前と思い腐敗していく前に。

 

『それに軍事学校の件はどうなるんですか? 元理事さんを完全に信用していいんですか?』

「ワシが消えるわけではない。忍術で殺されるかもしれないという脅しは変わらず続く。それにだ。どちらにせよ、いつかはワシが居なくなる日が来る。ワシが居なくとも、自浄出来る体制をワシが生きているうちに作っておくべきだ」

 

 老人は死ぬ。

 恐らくは、元理事よりも早く寿命が来る。

 なら、扉間が居なくなった時にどう動くかを、扉間が生きているうちに確認するべきだ。

 

『……本当に()()()()()()んですか?』

「権力を持つ大人という意味ではな。教育を行う先生という意味でなら、相談役として居れば十分だ。今まで通り、各学校の悩みは聞いたりするが、解決自体は生徒主体に切り替える方がいいだろう」

 

 子供は大人に頼るべきだ。

 だが、子供もいつかは()()になるのだ。

 扉間は今度は、生前のように後任に放り投げるような真似をせずに、見守れる体制を作りたいのだ。

 自らの後継を相談役として見守れる環境を。

 自分が死ぬ前に。

 

 

『「ダメです! あなたは先生なんですよ!! キヴォトスに先生以上の大人はいません!?」』

 

 

 悲鳴が重なって聞こえる。

 まるで、終焉の引き金を引こうとしている人間を止めるように。

 

「確かに、現状のキヴォトスでワシが最も優秀な大人の可能性はある。だが、それは現在の話だ。今まで生徒達と関わって来たことでワシは確信した。生徒達は未来を託すに値する大人になれるとな」

 

 しかし、扉間は首を振る。

 今の生徒達が卒業し、大人になれば必ずやキヴォトスを平和に出来ると。

 そして、今回は生前と違い自分が死ぬ前にフォローに回れる。

 ヒルゼンやダンゾウにかけた苦労を減らしてやることが出来るのだと。

 

「■■■……学校を慕い、お前を信じる者達を守れ。そして育てるのだ。次の時代を託す事ができる者を……明日からはお前が―――■■だ…!!」

 

(柄にもなくサルのことを思い出しているのか? 妙な記憶が……)

 

 ふと、()()()のことを思い出して、感傷に浸る扉間。

 後を継ぐ瞬間というものは、寂しさと嬉しさで妙な気持ちになるものだ。

 

『「……先生は必ずこの結論に辿り着くんですね」』

「アロナ?」

『「分かりました……先生の指示通りのことをします。ですが、覚えておいてください」』

 

 愛しさと切なさと、悲しみの籠った大人にしか出せない声を出す、アロナ。

 

 

『「先生は、先生が思っているよりも、ずっと…ずっと…! たくさん愛されていることを…!」』

 

 

 どこにも行かないで。

 傍に居てください。

 お願いです。

 先生。

 

 私はまだ―――大人になんてなりたくないから。

 

「愛か……そうだな、忘れてはいかんな」

『はい。それに、先生は連邦生徒会に雇われたシャーレの顧問です。辞めさせる権限があるのは、()()()()()ですよ』

「……まあ、勝手には辞められんか」

 

 一般的な職業なら、辞めるのに個人の意思以外は要らない。

 だが、火影やシャーレの顧問ともなれば、辞めますで辞められるものではない。

 退職代行だって、総理大臣を辞職したいという依頼には、『いや、無理』と返すだろう。

 

『だから、先生には知ってもらいます。先生がどれだけ必要とされているかを』

「……まて、アロナ。何をするつもりだ?」

『先生の指示通り、()()()()()()()()を流すだけですよ?』

 

 アロナがSNSにハッキングを仕掛け、キヴォトス全土に“電子影分身の術”を放つ。

 扉間が生きて、その地に姿を現しているというAI写真やコメントを。

 そして。

 

 

 

『トビラマ、先生やめるってよ』

 

 

 

 扉間辞任の()()()()()()()()を。

 




おまけ「トビラマ先生殿、ちょ~っとお時間貰っちゃうねぇ?」



「ミチル、何をやっておるのだ? スイカ割りでもやるつもりか?」
「違うよぉ……“キヴォトスニンジャアスリート”のステージを再現してるんだよぉぉ~……」

 バットを支点に、グルグルと回るミチルを見て何事かと問いかける、扉間。
 そんな扉間をよそにミチルは、目を回しながら前に進もうとして倒れこむ。

「……忍者と関係があるのか? これは」

 床に倒れたミチルを助け起こしながら、扉間は呆れた目を向ける。
 敵の目を回すだけの術など聞いたことがない。

(そもそも、敵を回転させられる程に隙があるのなら、そこで殺せばいい。いや、幻術ならありか? だが、幻術ならもっと効果的なものを見せた方が……)

 その隙があるなら首でも斬って殺した方が速くない?
 合理主義者らしい考えをしながら、扉間はバットを拾い上げる。
 そういう話ではない? それはそう。

「あ、あるよ~。忍者なら木の上に駆け上ったりぃ……飛び移ったりするからぁ……」
「確かに壁を駆けあがる以上、重力のかかり方が変わり三半規管に影響は出るが……流石に何回転もせんぞ? 隙が多すぎる」

 派手なバク転とかは確かに映像映えはするが、隙が大きい。
 そもそも、相手を一瞬でも見失うとか怖すぎる。
 扉間ならその間に飛雷神で相手の背後を取れる。

「そ、そんなぁ~……」
「………いや、高速でワープするための練習と思えば、使えんこともないか」

 落ち込むミチルに、若干甘さの残る対応をする扉間。
 飛雷神なら、超高速で空をワープしながら戦うので、確かに目を回さない練習は必要だ。
 もっとも、そんな超高速戦闘が出来るのは扉間とミナトぐらいしか居ないのだが。

「ワープ!? なにそれぇ! そんなカッコいい術があるの!?」
「ふ……自身をマーキングした場所まで飛ばす術でな。口寄せの原理を利用したものだが……ワシの自慢の術だ、ワシの」

 ミチルに飛雷神をカッコイイ判定をされて、上機嫌になる扉間。
 案外チョロいな、こいつ。

「先生殿! 飛雷神の術を教えて! 教えて~!」
「それは構わんが……まずは、“瞬身の術”からだな」
「“瞬身の術”?」
「こちらは単なる高速移動だが。まずは、速さになれんことには始まらんからな。それに、瞬身と飛雷神は組み合わせて使うことで、最大限の効果を発揮する」

 “瞬身の術”は足にチャクラを溜めての高速移動。
 難しい技術も要らない。
 だが、線で動く“瞬身の術”と点で動く“飛雷神の術”を組み合わせることで、より効果的に相手の隙を作れる。
 実に卑劣な戦術だ。

「というわけで、まずは足腰の強化からだな」
「えー、忍者への道は一日にしてならずだよ~」
「フ、せいぜい気張れ。期待しておるぞ、ミチル」

 そう言って、扉間はミチルに優し気な目を向けるのだった。


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