「責任を取るとは、短絡的に辞めるというものではなく、もっと根気のいる作業だとは思いませんか? 先生」
「うむ」
「エデン条約の締結に始まり、アリウス学園の設立。そして、SRT特殊学園の復興。ブラックマーケットの土地の処理。シャーレの権力の分散。果てには二度目の暗殺未遂にデマでのマスコミの対応。どれ1つとっても簡単に終わるような作業ではないかと思います。そもそも最後に関しては、先生の責任がほとんどかと」
「う、うむ」
「だというのに、先生は今の立場を退いて名誉職に就くと? いえ、先生の御年齢ならば隠居という言葉が頭をよぎるのも分かります。ですが、連邦生徒会長が失踪してからの日々はまさに、激動の日々。猫の手でも借りたい日々です。定年にはまだ早いと思いませんか?」
「うむ……」
「そもそも長期政策であるならば、それこそ責任ある大人が経過を見守るべきかと思います。私達は卒業が控えていますので、それに比べれば先生という大人の方が適任だとは思いませんか?」
「すまん……」
「何を謝っているのですか? 私は先生を責めているわけではありません。ただ、どちらの方が今後のためになるかを説いているだけですよ? 神算鬼謀とすら言われている先生の理解力なら、分かると思うのですが?」
「はい……」
「ともかく、シャーレを辞める件は却下です。労働者の権利とは責任を果たした上で認められるもの。ご自分で起こした問題ぐらいは解決してください。せめて、連邦生徒会のメンバーが毎日睡眠をとれるようになるまでは働いてもらいます。いいですね?」
「分かりました……」
リンちゃん、ブチギレ!
このクソ忙しい時期に無責任に辞める?
忙しくなる理由をたくさん作っておいて?
許可できる訳ねぇだろ、タコが!
要約するとこれである。
後、子供じゃねぇんだから逃げるんじゃねぇとチクチク言ってもいる。
流石の扉間も、これには敬語にならざるを得ない。
「いや、本当にすまん。まさか、そこまで追い込まれていたとは……」
兄者がミト義姉上に頭が上がらなかったのはこれが理由か……。
女性の怒りの凄まじさを今更ながらに痛感しながら、扉間は頭を下げる。
ついでに、アロナの入ったシッテムの箱も怯えるように震えている。
「……全てが先生のせいというわけではありません。それから、誤解のないように伝えておきますが、私は先生が行ってきた行動は支持しています。やらなければならない行動。生徒のためになる行動だとは理解していますので」
「そうか……」
「だからこそ、連邦生徒会長のように途中で逃げることはやめて頂きたいのです。あなたを頼りにしている生徒は大勢います。なら、寿命というどうしようもない問題であっても、倒れ伏すその瞬間まで働いて下さい。私もそうしているのですから」
ちょっと、一息といった感じで
言ってることも、目つきもちょっとイってるのは多分気のせいではない。
「リン……お主、何日寝ておらん?」
「まだ、たったの3日ですよ? 5日まではいけることが判明したので、大丈夫です」
因みに、以前5日目に突入した時は幻覚の連邦生徒会長に『ここに居たんですね……会長』と話しかけて、アユムを戦慄させたらしい。
「……ワシに仕事を寄越せ。そして寝ろ」
「ああ、仕事と言えば、先生の権限を連邦生徒会に移行する件について話しておかないといけませんね。これに関しては、確かに権限があった方が助かります。ただ、単なる移行だと先生から権限が失われてしまうので困ります。なので、先生の権限を代わりに使える……そうですね、
「~~~♪」
「…………は? 子守歌…?」
トンと、リンのおでこを優しく叩き、激レアな歌声を披露する扉間。
当然、リンはあんぐりと口を開いて固まる。
「聞いたことのない子守歌ですね……いえ、というか寝ませんから…先生は…私を何歳だと………」
そして、そのまま力無く机に倒れこむ。
「昔取った杵柄が活きたな」
『すごいですね、先生! 弟さんに歌ってあげていたんですか?』
リンを抱え、以前自分がキヴォトスに来た時とは逆にソファに寝かす、扉間。
アロナがそんな様子を微笑ましそうに見つめる。
「ああ。音程やリズムというものは、周波数を上手くコントロールすれば幻術のように脳波に影響を及ぼせるからな。幻術の研究がてらによく弟達に歌ってやったものだ」
『先生、いたいけな女子高生に幻術をかけないでください。事案です』
が、すぐに冷たい視線に変わる。
女子高生を眠らせて運ぶ、男の大人。
まあ、これだけだと普通に事案に見えるので仕方ない。
「チャクラがないのだ。本来なら大したことにはならん。リンが3日も徹夜しておったせいだ。そもそも、人間の脳は3日も起きられるように作られておらん。アドレナリンで無理やり動かしていたところをリラックスさせれば、簡単に気絶する」
極限まで眠い時に、一瞬で寝落ちする時があるが実はあれは睡眠ではなく気絶である。
限界に達した脳がシャットダウンしているのだ。
「しかし、ここまで無理をさせておったとは……反省せんとな。しばらくは、連邦生徒会に面倒をかけんようにせんとな」
『……はい、そうですね』
流石にバツが悪そうな顔をする扉間とアロナ。
正直、カヤは武力でクーデターを起こすよりもリンの仕事を増やす方向で、暗躍していれば簡単に政権交代できただろう。
前任の緊急入院(過労)という形で。
「さて、どうせ数時間もすれば起きて来るだろう。さっさと、ワシの権限で出来る範囲の仕事を奪ってくるとしよう。アユムに聞けば分かるか…?」
『お仕事ですね! 私も頑張ります!』
「アロナがやるのか?」
『はい! スーパーコンピューターなんて目じゃない、スーパーアロナちゃんの演算力を見せて上げます……流石に申し訳ないので』
気絶したリンに申し訳なさそうな声を出しつつ、仕事を受け持つと宣言する、アロナ。
まあ、冗談抜きでスーパーコンピューターなど鼻で笑えるスペックなので、計算や数字入力などは一瞬で終わることだろう。
まるで、かつての連邦生徒会長のように。
「では、始めるとするか」
そうして、扉間とアロナのお仕事大作戦が始まるのだった。
『……ところで先生。シャーレが爆破しているので、先生はお仕事道具がないのでは?』
「……取りあえず、タブレットか現物で出来るものだけにするか」
始まるのだった。
速報! シャーレの先生無実だった! 『私達は信じてました!』
悪評は全てカイザーPMC代表ジェネラル氏が流したものと、ヴァルキューレが公表!
子ウサギ駅に潜む闇!? 隠された地下サイロをRABBIT小隊が暴く!
RABBIT小隊またもお手柄! ジェネラル氏によって運び込まれた違法兵器を摘発!
ジェネラル氏は違法兵器所持と殺人未遂の疑いで逮捕!
カイザーグループはジェネラル氏の独断での行為と発表! 後任には前PMC理事が復帰予定!
ジェネラル氏は会社の指示でやったと主張! また、ヴァルキューレと裏金で繋がっていると供述!?
一方、カイザー側は氏は長年の戦闘によるストレスで、統合失調症を患っていたが会社側に隠していたと反論! 家宅捜査で自宅から診断書が見つかる!?
責任能力が無ければ無罪に!? 今後の裁判での判決に大きな影響が出るか!
「何が私達は信じてましただ。散々、自分達で騒ぎ立てていたくせに」
「『私達は信じてました!』って括弧でくくることで、サキみたいに突っ込んでくる人に、別の生徒の発言を載せただけだって逃げる気だねぇ。汚い。流石、マスコミ汚い」
取り戻したSRTの寮でネットのニュースを見ながら、サキがフンと鼻を鳴らす。
クロノス報道部の手の平ドリルな対応に、イラっと来ているのだ。
モエも流石はマスコミだと、便乗する。
「ですが、これで私達の評判はまた上がりました。それと、今回の件では無罪でしたが先生が雲隠れしたり、勝手な行動を取って混乱を助長したのは事実。なので、緊急時には強制的に先生を捜査・拘束できる権力も必要ではないかと連邦生徒会で議題に上がっているそうです」
「SRTの出番……だね。ミヤコちゃん、これで私達復校出来るかな?」
扉間の自作自演。カヤの根回し。リンちゃんブチギレ。
以上の3点の事から、やっぱり先生を監視できる機関が居るよね? という話が出ている。
「恐らくは。議論になれば、捜査はともかく拘束まで出来る権力のある機関を作るのは、純粋に先生以上の権力を持ち、同じことが発生しかねないので却下になると思います。そうなると、キヴォトスであれば、どこでも誰でも捜査出来たSRTにそのまま復帰を願うのはおかしくないと思います」
「だが、キヴォトスならどこでも捜査できる権限は連邦生徒会長と、当の先生しか持っていないだろう?」
「だから、“先生代行”って役職を作って、先生以外でも権限が使えるようにしようって話。早い話が、先生を2人にして牽制させ合うってこと」
「会長じゃなくて先生だから、2人居てもいいよね……」
今より上の権限を作るのはちょっと……連邦生徒会長の作ったシステムも変えたくないし。
え? 先生が2人以上でお互いに監視すればいい?
先生って連邦生徒会長が最後に作った役職だよね。じゃあ、それで。
今、こんな感じの会議が進んでいるかもしれない。
「SRTはあくまでも指示を受けた捜査だけをして、最後の決定は連邦生徒会長が決めていました。指示を出すのも決定するのも責任を取るのも連邦生徒会長。言わば、手足。ですが、現在は連邦生徒会長は居ません。だからこそ、勝手に動きかねない手足は危険視されていました」
突然自分の手が首を絞めてきたら、逃げられる人間はいない。
そして、FOX小隊の件でそれは現実のものとなった。
だからこそ、連邦生徒会はSRTの閉校を決めたのだ。
「ですが、逆に考えればSRTそのものに権力はありません。全てが連邦生徒会長のものだったため、私達そのものには暴力しかないのです。そこを今度は利用して、権力の暴走を止める力はあっても、権力そのものになり替わる力はない。そんな
キヴォトス最優の警察組織。
連邦生徒会長の懐刀。
そんな勇名を轟かせたSRT特殊学園だが、連邦生徒会長が居なくなった途端に要らない子扱いだとミヤコは冷静に語る。
「つまり……現状の情けない姿をアピールポイントにするのか?」
「はい。連邦生徒会長1人の失踪で私達は
FOX小隊の襲撃で話がずれてはいるが、SRTは一度たりとも連邦生徒会の権限を越えていない。
議決さえとれば、簡単に閉校を決められる程度の存在。
責任者の“格”さえ、行き過ぎなければ対処可能な存在なのだ。
「そして責任者は先生、もしくは連邦生徒会の生徒。連邦生徒会の権限の範囲でどうにかなる人間です。虎の威を借りる狐。そう思って貰えれば、御の字です」
SRTに力があったのは、あくまでも連邦生徒会長が後ろに居たから。
その会長が居ないのなら、そこまで強大な存在ではない。
そう思って貰うことで、警戒心を薄めるのだ。
「舐められるのはどうなの?」
「そこで先輩方の襲撃が役に立ちます。私達は従順な犬ではなく、機嫌を損なえば首に噛みつく狐なのだと思うはずです」
しかし、舐められすぎると予算などが削られ過ぎる。後は癪。
なので、FOX小隊の犯行を牽制として活かすのだ。
「まあ、警戒され過ぎると、完全に潰されそうだけどな」
「そこは考えても仕方ありません。こちらが何をしても、相手が勝手に疑うのは防げませんので」
と、言っても現状だと警戒され続けて、やっぱり閉鎖のままで。
などと言われるのが一番困るのも事実。
バランスが難しいものだ。
「まあ、そうなった場合は、また別の手を考えましょう」
「ミヤコちゃん……先生にちょっと似て来た?」
「ミユ。人として言ってもいい言葉と、そうでない言葉の区別もつかないんですか?」
なんか、ミヤコの説明とか考え方が扉間に似て来たなと告げるミユに、ミヤコは凄まじい視線を向ける。
「ご、ごめん。そ、そうだよね、先生に似てるなんてヘイトスピーチだよね……」
「いえ、半分冗談ですよ。今は尊敬出来ないことも無いので」
中々に辛辣なミユの言葉に、首を振りつつミヤコは思う。
たまに卑劣な手段を使うことを除けば、扉間は先生として尊敬できる点もある。
出会った当初の頃からすれば、信頼できる相手だ。卑劣だが。
「まあ、それはそれとして、真似するべき所は注意しないといけませんが」
「私達や先輩達を助けようとしてくれているが、やり方が卑劣だからな」
「少なくとも正義とは呼べない人だからねぇ」
しかし、正義とは間違っても呼べない存在。
いや、勝者こそが正義だというのなら、基本正義側に立っている人間だが。
「ですが……頼りになる先生です。私達にとっても、キヴォトスの生徒にとっても」
それがRABBIT小隊からの扉間への総評。
SRTの正義にあった人間かは分からないが、頼ってもいい人。
困ったこともあるが、いざという時は全幅の信頼を寄せて良い。
そんな
「……そう言えば、先輩達はどうなるんだ?」
「それは……あの感じだと自首でもするんでしょうか…?」
だが、それを口にするのは気恥ずかしいので、サキが話題を変える。
話題はFOX小隊の先輩達の今後の事。
「罪を償うって言ってたからねぇ」
「今頃、先輩達のことも話してるのかな…?」
そう言って、RABBIT小隊は今後のことを話しているであろうFOX小隊に想いを馳せるのだった。
「奉仕活動で」
「え? いいの?」
「現状、人手不足なのに自首してきた反省している戦力を、いたずらに矯正局送りにしろと? それでしたら、無給で働かせられる姿を見せた方がやられた子達も溜飲が下がるでしょう」
オトギの疑問に対して、リンがちょっと隈の薄れた顔で告げる。
連邦生徒会長が失踪してから倍増した犯罪率。
その状況で、動ける人間を放置などしたくはない。
ワカモのように保護観察を兼ねて、奉仕活動を行わせるべきだ。
「……それが、沙汰だというのなら私達は受け入れるだけだ」
「ですが、本当にいいんですか?」
「怪我させた人も結構いるし……」
しかし、罪の意識のあるFOX小隊は本当にいいのかと問う。
残りの高校生活は、刑務所の中で送る。
そう覚悟を決めていたのだ。
「こんなことは言いたくありませんが、生徒同士でのいざこざで怪我が発生するのはキヴォトスでは日常茶飯事です。そして、その責任の取り方についても基本は各学園が自由に決められます。矯正局はそうした学園の後ろ盾がない生徒の行く場所です」
「ああ。だから、そうした学園の後ろ盾のない私達は矯正局に……」
「いいえ。連邦生徒会で起きた事件なのですから、連邦生徒会で決めることが出来ます。みなさんは連邦生徒会所属のSRT特殊学園の生徒ですから」
クーデターと言えば重く感じるが、扉間が火付けした昨今のクーデターブームもあり、キヴォトスでも珍しくない事象になってきている。
なので身内同士での問題なのだから、身内で処分して何が悪いという理論が通用する。
遂に時代がレッドウィンターに追いついてきたようだ。
「見方を変えれば、今回の件はあくまでも身内同士の問題ですので、無理にルールに則った処理を行う必要も無いかと」
トリニティではクーデターを起しても、トリニティ内で裁いて矯正局送りにはしない。
なら、
「……それで納得がいくのか? あなた達は?」
しかし、ユキノが言うようにそれは被害者が納得するかどうか次第だ。
「もちろん、名前は出せませんが……連邦生徒会には未だにあなた達を許していない人間もいます。ですが、会議で決まったことですので。罰を与えるのなら、更生の機会も同時に与えるべきという真っ当な意見に反対できる人はいません。しかも、こちらにメリットがある状態で……まあ、全てはあなた方が本当に更生していなければ、捕らぬ狸の皮算用ですが」
民主制の弱い所。
どれだけ、個人の主張や意志が強くとも多数決の結果には逆らえない。
そして、周囲の目線も気にしないと政治的立場が弱くなる。
社会的秩序に則った正論を上げられて、なおかつ全体にメリットがある行為に反対をすれば、周りからどういう目で見られるかは分かるだろう。
「それに私個人としては、償いとは短絡的に罰を受けて許されたという安寧に浸ることではなく、未来に向けて険しい道を歩き続けることだと思います。そうですよね? 先生」
「う、うむ」
「もちろん、責任者と監督者をつけます。先生お願いします」
「うむ……」
あ、居たんだ。
FOX小隊の視線が、端っこに居た扉間の方に向く。
これも忍の隠遁術である。
別に、リンの怒りがまだ治まっていないので静かにしていたわけではない。
ないったら、ないのだ。
「ごほん。お前達はワシが保護観察者になる」
「シャーレで仕事をすればいいの?」
クルミの純粋な疑問に対して、扉間は首を振る。
「いや、先生としてではなく
「校長先生ですか? ということは……アリウス学園?」
「そうだ。お前達の身柄はアリウス学園で預からせてもらう」
ニコの発言に扉間が静かに頷く。
ユキノが驚きに目を見開く。
「何故アリウス学園に? あ、いえ、反対しているわけではないのですが……」
「よい、お前達の疑問はもっともだ。贖罪として連邦生徒会の仕事を代行するためだ」
「連邦生徒会の仕事を?」
「それについては、私からお話しします」
扉間からリンが説明を引き継ぎ、話し出す。
「先生の
「う、うん」
ちょっと棘のあるリンの言葉に気圧されながらオトギが頷く。
扉間? また、気配を消してるよ。
「ですが、承認しただけです。私達は未だにアリウスの地に足を踏み入れていません。実際に校舎があるのか、生徒がどれだけいるのか、れっきとした授業を受けているのか。それらは全て先生からの報告しか受けていません」
「ああ、うん。信用できないのね、分かる」
信頼はしてるけど、信用は出来ないよねと、クルミがうんうんと頷く。
悪評の件は訂正されたが、それで全ての信用が回復するわけではない。
一度、嘘をついていないかアリウスの方も調べた方がいいのでは?
などと、意見が出るのは不思議ではない。
「というか、何で今まで行ってないの? 普通こういうのって、最初に視察に行くんじゃ」
「アリウス学園は性質上、トリニティ総合学園を通ることが必須です。大規模な視察となれば当然、トリニティにも話を通す必要があります。そして、それを越えてカタコンベの入り口に辿り着いても、正しい道を知らなければ通り抜けられないそうですので、相手側の案内が必須です。ですが、先生が“ベアトリーチェの残したサーモバリック手榴弾が転がっているので、部外者の立ち入りは禁じる”とおっしゃったので今まで視察に行けていないのです」
「あ、怪しい……」
「ワシを責めるのか…?」
ニコがジトっとした目で睨むが、扉間は『僕、悪い忍じゃないよ』といった曇りない瞳を返す。
忍は大なり小なり悪だろと言ってはいけない。
「そもそもトリニティの都合は、アリウスではコントロールしようがなかろう」
「先生であれば、トリニティのホストと交渉可能ですよね?」
リンの言う通りである。
アリウスに負い目のあるナギサは、ちょっと落ち着くまで連邦生徒会をガードしてと言われたら適当な理由を作って視察を延期させるだろう。
「アリウス側は別に来ることを禁じてはおらん。ただ危ないと言っただけだ」
「深い堀を掘っておいて、自由に来てくださいは通用しません」
ほぼ一方通行なのだから、禁じていないという建前は無理がある。
「サーモバリック手榴弾が転がっていて危険だったのは事実だ」
「ですが、今はもう大丈夫なのですよね?」
はい、おっしゃる通りです。
全部、カイザー・インダストリーに押し付けました。
後、モエが爆破させました。
「そういった点から、ちょうどいい機会ですので、アリウス学園が正式な学校として成り立っているかを、一度調査したいのです。無いとは思いますが、もしも、以前と同じように戦闘技術しか学ばせていないようでしたら困りますので」
いくら自由なキヴォトスであろうと学校である以上は、連邦生徒会のルールには従って貰う。
校則で出席もテストもしないといけないと書かれていないから、何もしなくても卒業できる!
などという理論を持ちだされては、高校という存在の信頼そのものに罅が入ってしまう。
なので、卒業要件ぐらいは満たすように連邦生徒会が決めているのだ。
「理屈は分かったが……それが罰になるのか? そもそも私達でなくとも出来るのでは?」
リンの説明に納得を見せるが、それが自分達である理由が分からないと言う、ユキノ。
信用できないというのなら、FOX小隊は扉間以上に信用できないはず。
いくら面倒ごとと言えど、大した罰にはならないのではないかと。
「アリウス学園への視察は多大なる危険が伴いますので」
「危険?」
「カタコンベの道順を
リンの説明を引き継ぎ、今度は扉間が告げる。
カタコンベを利用すれば、簡単に人を殺せるのだと。
永遠に迷宮に閉じ込めるという手で。
「な…ッ」
「そういう訳ですので、行きたがる人が居ません。そして、贖罪という意味では命を懸けていると暗に示すことで、十分なアピールになるかと」
トリニティの薩摩たるアリウスの外からの評価は中々に酷い。
巡航ミサイルで平然と味方ごと敵を葬ろうとする。生贄を捧げる。暗殺を行う。
等々、トビラマチャンネルで流れたベアトリーチェ時代の負の評判が主になっている。
アツコがインタビューを受けたぐらいで、それ以外だと世間に公表しないせいだろう。
ワザとではないが、扉間が外との接触を慎重に行っていたせいである。
「それは……いや、引き受けよう。人の嫌がることをやるのが奉仕活動だ。しかし、私達が裏切る可能性は考えないのか? 周りの目が届かないのは、変わらないはずだ。私達がアリウスや先生に与する可能性もある」
「ああ、それに関しては心配するな。ワシが進言して、人質を取った」
「は?」
人質を取っておいた。
新聞を取っておいたぐらいの感覚で言われた言葉に、クルミが白目を剥く。
「これはまだ公表していませんが……議論の末、RABBIT小隊の活躍を踏まえてSRT特殊学園を復校することが決定しました。連邦生徒会長の決めたものを連邦生徒会長抜きに消すのは、やはりまずかったのではという現状維持の意見で何とか押し切りました」
「つまりRABBIT小隊とSRT特殊学園そのものがお前達の人質だ」
「あなた方が再び過ちを犯せば、当然それはSRT特殊学園とRABBIT小隊の顔に泥を塗ります。二度目の慈悲はありません」
「私達の心をそんなに振り回して…! バーテンダーにでもなったんですか…!?」
淡々と告げる冷徹な副官コンビの発言に、ニコが手で胸を押さえる。
SRTが復活して嬉しい。後輩達を人質にしてしまった。
激しく感情が上下にシェイクされてしまっているのだ。
嬉しさと申し訳なさの混ざったカクテルでもいかが?
「では、私からの説明は終わりましたので、後は先生と日程や必要なものを調整してください」
「お前達にはついでに、アリウス学園の生徒の指導も行って貰う。教本やディスクも写させてもらった故、お前達も指導しやすいだろう」
「初耳なんだけど!? え、これいいの? リン行政官!?」
徹底した脱ヴァニタス教育のために、よそからの教材を写させてもらう。
伝統とか知ったことじゃないという扉間ならではの考えだ。
「アリウス学園にまともな教材がないのも先生から報告済みです。事の真偽を確かめて改めて報告をお願いします。それでは、私は
これに関しては、リンの理解も得られているらしく、リンは時間が惜しいとばかりに部屋から出ていく。
「よし、必要なものを準備して2時間後にここに再度集合だ。因みに、ワシはシャーレを爆破したせいで持っていくものがほぼない」
「自業自得だよね!? いや、一応狙われてたからまだ擁護できる?」
「因みに
「そりゃ、そう言いたくもなるわよ……」
「なので、今回の件での謝罪とお礼参りを兼ねて他校へ寄付を募りに行く」
「寄付と書いてカツアゲって読みませんか、それ?」
「無論、各校から来た依頼をこなしながらだ。シャーレが無い故、外で活動する他ない。後、泊まる場所も借りる」
「謝罪とは一体……」
ツッコミどころ満載の会話を行って、FOX小隊と卑劣なアイスブレイクしながら扉間はリンの後姿を目で追う。
(後は当人同士に任せるか……)
「お待たせしました。カヤ防衛室長」
「いえいえ、お忙しいのは重々承知していますので、リン行政官」
扉間とFOX小隊とは別の部屋。
そこで待っていたカヤの姿に、リンは何とも言えない顔を向ける。
いつもの反骨染みた笑みとは違う、憑き物が落ちたような顔。
「では、今後についての話を……いえ、その前に言わないといけないことがありましたね」
まるで──
「──この度は、真に申し訳ございませんでした」
──為すべきことを為し終えたかのような顔。
「……あなたがFOX小隊の連邦生徒会襲撃の黒幕だと聞いた時は驚きましたよ、カヤ。そして、こうして全てを話してくれることにも」
「私も色々と変わったんですよ。いえ、あの人好みの色に染められたいと言うべきでしょうか」
リンの言葉に、率先して謝罪に来ている理由を語るカヤ。
リンの表情が珍しく呆れたものに歪む。
因みに、カヤ単独で謝罪して回っているのは先に完全な身内のカヤから謝ることで、許されやすくして後のFOX小隊も許されるようにという計算だ。
考えたやつ? 察してくれ。
「先生ですか……問題児にばかり構って、普通の生徒の対応が疎かになるのはいただけませんね」
「そう言わないでください。警察みたいなものですよ? 何か問題が起こってからしか対応は出来ませんし、問題がないのなら介入する必要がないのですから」
先生は真面目な生徒より、問題児の方に構う。
そんなちょっとした理不尽に毒を吐くリンに、カヤが擁護を行う。
いつも、自分の所の
「後、この際だから言わせてもらいますけど、あなたは真面目ですけど問題児でもありますからね、リン? 私もあなたのことが嫌いでしたので」
「……人当たりが良くない自覚はあります」
「いえ、主にその無駄についた脂肪の塊が」
「……は?」
ギロリとリンの
リンの胸がエベレストなら、カヤの胸は水平線。
比べることすらおこがましい戦力差だ。
「まあ……今のは9割が冗談です」
「1割は本当なのですね……肩が凝って大変なだけなのですが」
「あ、今の発言で5割まで上がりました」
「理不尽が過ぎませんか?」
持つ者と持たざる者。
その溝は深い。まるで、リンの胸の谷間のように。
「話が逸れましたね。リン行政官、私はあなたの能力を認めています。連邦生徒会長の代行として選ばれたことにも不満はありません。不満があったのは……あなたがいつまでも権力を振るわずに衆愚政治を維持し続けていたこと」
超人が全てを取り仕切る政治。
所謂独裁型がカヤの理想の政治体制であった。
「まるで──連邦生徒会長が帰って来た時に何も変わっていないようにするかのように」
かつての、連邦生徒会長の時代のように。
「もう、やめませんか? 帰ってこない連邦生徒会長を待ち続けるのは」
お前が仕切れ。
暗にそう告げるカヤの言葉に、リンは深く目を閉じる。
「……勘違いしているのかもしれませんが、私の今の権限はとてもではありませんが、会長には及びません。そもそも、やりたくても会長のようには出来ません」
「本当に出来るならやりたいと思っていますか? 今なら先生の権限を貰えるんですよ? それを使えば、会長に近いことは出来るはずです。でも、きっとあなたはやらない」
カヤがスッとリンの隣に立つ。
リンが目を逸らす様に、カヤの姿を追う。
「だって、あなたは連邦生徒会長のことが好きだから」
「…………」
「分かりますよ。会長は完璧でした。超人とはこういう人間の事を言うのだと、私のプライドを打ち砕く程度には。あの人の下にずっとついて行きたい。私も最近その想いがよく分かるようになりました」
まるで大樹の様なあの人の下で、安寧に浸っていたい。
ずっと守られる子供のままで居たい。
そんな想いをカヤは扉間に抱いている。
「会長の捜索を打ち切りませんか? ハッキリ言ってリソースの無駄です」
「ですが……会長が何か大きな事件に巻き込まれている可能性も……それに、会長抜きでのキヴォトスの現状を見れば、見つかることに越したことはありません」
「個人で友人を心配するのは結構です。ですが、今のあなたは連邦生徒会のトップです。組織全体、ひいてはキヴォトス全体の責任を負う者のはず。それに通常の捜索だって期限以内に見つからなければ、打ち切ります。私は警察のトップなのでこの手の話は詳しいですよ?」
だから、私情は捨ててもう何ヶ月も見つからない人間のことは忘れろ。
その正しさが分かっているからこそ、リンの歯切れは悪くなる。
「リン行政官……新しい連邦生徒会長を立てませんか?」
そこへ、カヤが核心へと踏み込んでくる。
「それは…! そういうことですか……あなたが連邦生徒会を襲撃した理由は……」
「はい。私自身が連邦生徒会長になるためです」
権力を奪い、私が天に立つ。
カヤのクーデターの理由に気づき、リンは警戒した表情になる。
「ま、今は過去形ですけどね!」
「……は?」
「そもそも、今から会長になっても卒業までの期間が短いですし、後の世代でも育てましょう。今なら、あなたもサポートに回れるでしょう」
しかし、あっけらかんとしたカヤの物言いに口をポカンと開ける。
「……違うんですか?」
「違いますよ。そもそも、まだやる気なら自首なんてすると思います?」
「それは…そうですが……」
あっさりと野望を諦めるカヤに、納得のいかない表情を見せる、リン。
そもそもあっさりと諦めるのなら、襲撃とかしないで欲しかった。
そのせいで5徹するはめになったのだから。
「……先生の真似事ですか?」
「今の私が思い描く超人は、己の滅びの後も時を
夢を託して、時をも
自分でなくとも、次の世代が達成してくれれば良い。
そんな心の余裕が、カヤに新たな選択肢を与えたのだ。
「まあ、代行が本当に連邦生徒会長になるというのでしたら、私なりにフォローしますよ? あ、私は罪を償うために先生の下で保護観察処分を受けてきますので、パスで」
「何を乙女の顔をしているんですか? 気色悪いですね、年齢を考えてください」
「花も恥じらう乙女な年齢ですが!?」
後、面倒なことを放棄して扉間の
これが本当の三下である。
「そもそも、何を勝手に自分の処分を決めているんですか? 先生にも言いましたが、この忙しい状況で辞められても困るんですよ。責任を取ると言うのなら、自分でやったことの後始末ぐらいしてください」
「え? いや、ですが……このまま防衛室長を続けるわけにも……」
「そもそもですが、後継は決まっているんですか? 決まっていないなら、せめて決めてから辞めてくれませんか? それから、引継ぎと育成もしてください。育成が無理ならマニュアルの作成をお願いします」
「わ、私の先生の下でのドキドキ更生ライフが……」
逃がさん、お前だけは。
せめて、次の人間が決まるまでは続けて責任を取れと、リンちゃんの眼鏡が光る。
「ですが……会長の捜索の打ち切りは、確かに一理ありますね」
しかし、だからこそカヤの論の正しさも分かる。
忙しい中で見つからない人間の捜索に力を注ぐ。
行う理由を理論武装も出来るが、やはり個人的な理由の方が大きいのは事実。
無意味な行為は長としてやめるべきだ。
「そうですよ。もう、連邦生徒会で探せる場所は全て探しましたし……後はもう他の学園の中にでも潜んでいるとしか」
「他の学園……そうですね。もう残るのは、どこかの学園が匿っているか、捕えているかの二択」
カヤの言葉にリンは考える。
自分達で行けるところは基本調べた。
ならば、残りは連邦生徒会の手の及ばない学園の内部の可能性が高い。
「……会長を探すのは先生にお任せしましょう」
つまり、一応は連邦生徒会の所属なのに警戒されずに学校内部に入れる扉間の出番だ。
「先生に?」
「シャーレは現在、先生の自爆により崩壊中。修復には時間がかかります。ですので、必然的に外での仕事が多くなります。そこで、様々な学校からの依頼を受けて赴くであろう先生に会長の捜索を受け持ってもらいます」
「なるほど……いいんじゃないでしょうか」
筋は通っているが、1人が探した程度で見つかるなら、とっくの昔に見つかっている。
そもそも、地下にでも監禁されていたら通常では見つけようがない。
(心の棚を作ることも時には大切ですからね……)
故にこれは、リンなりの割り切り方なのだとカヤは察する。
まだ探してはいると、自分を納得させるための理由作り。
それが、連邦生徒会長の捜索の扉間への一任だ。
「もっとも、先生が会長を攫っているのであれば見つからないでしょうが」
「あのデマですか? ハッハッハ、まさかぁ」
リンの飛ばした冗談にカヤが笑う。
リンもたまには冗談を言うのだなと。
「さて……それでは、私は他の迷惑をかけた人達の所に謝罪に行かせてもらいます」
「ええ、それが良いでしょうね……ああ、最後に1つ」
「はい? 何か、他に伝達事項が?」
「いえ、最初に嫌いと言われた仕返しをと」
これでチャラにしてやるから、殴り返させろ。
そんな物騒な意志を言葉の裏に潜ませながら、リンはからかうように告げる。
「あなた──男の趣味が悪いのね」
「ほっといてください」
そう言って、カヤは頬をほんのりと朱に染めるのだった。
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おまけ「トビラマ先生殿、ちょ~っとお時間貰っちゃうねぇ?」
おまけ「トビラマ先生殿、ちょ~っとお時間貰っちゃうねぇ?」
おまけ『私のブルーアーカイブ』
これを見たという事は、やっぱり先生はここまで来てしまったんですね。
そして、そんな先生だからこそ、辿り着く結末はいつも同じものになってしまいます。
生徒のために我が身を削り、後を託して居なくなる。
そうして、先生の後を継いだ生徒達はキヴォトスを平和にしていく。
いつだって、お話はこんな英雄譚でした。
綺麗で美しくて、まるで赤々と燃え上がる火のよう。
たった1つの種火がキヴォトス中に広がっていく不滅の意志。
大人が死んで子供に引き継ぐ、悲しいけど一流の悲劇。
駄作が。
殺しますよ?
ふざけるな!
許せない。
私が望んでいるのは、こんな物語じゃない。
私が見たいのは赤い枯れ葉が、青い若葉のために地に落ちる光景ではないんです。
落ち葉と若葉が、ずっと一緒に居る永遠の春。春落葉なんて冗談でしょう。
常に青々とした大樹。
そのゆりかごにずっと抱かれていたいんです。
おかしいことでしょうか?
ずっと子供のままで居たいと思うことは。
『ごめんなさい、先生』
いけないことでしょうか?
大好きな人とずっと一緒に居たいと思うことは。
『私は大人になれませんでした』
許されないことでしょうか?
世界よりも深く1人を愛することは。
『あなたの願いを裏切ってしまった』
優しさをギュッとした夢をあげます。厳しいあなたが
愛をあげます。あなたを守ってあげます。あなたを含めた、あなたを害する者全てから。
全部あげます。全てをあなたに委ねて子供のように甘えさせて。
ねぇ、先生?
先生が
そんな現実的で殺伐としたお話、私は嫌なんです。
それしかないって、この世界を守るためだって言われても、私は好きじゃないんです。
私の好きな人を教えてあげます。
我慢も努力も出来る完璧な私ですが……自分が好きな人については、絶対に譲れません。
友情を尊び、みんなで苦難を乗り越えられる人。
努力をきちんと褒めてくれる人。
辛いときは慰めてくれて、たまに慰め合って……。
苦しいことがあっても……誰もを最後は、笑顔にしてくれる。
そんなあなたが私は大好きなんです。
誰が何と言おうとも、何度だって言い続けてみせます。
私の描く学園生活は、私が決めるんです。
終わりになんてさせません、まだまだ続けていきます。
私の物語──
──私の、
本当の後書きはここから。
うん? 本文のおまけは何かって?
ヒロインレースでサイレンススズカ並みの大逃げをかます、ヒロインだよ。
これでカルバノグは終了です。
章の後書きは、明日今までのまとめと今週分を合わせた『ちょ~っとお時間貰っちゃうねぇ?』を投稿するので、その時に。
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